雨陰と別れた晴明と頼光は、内裏に向け歩いていた。
「蘆屋のをどうみる、晴明」
「とりあえず保留かな。無理矢理雨陰を襲うことはなさそう。呪いが解けたら分からないけど」
「雨陰にちょっかいはかけてきそうだが」
「それくらいは良いんじゃないかな。私は雨陰をそこまで縛りたくないよ」
「そうか」
「それより湯治に興味を持ってたね。そっちのほうが大事だよ」
「都の外では私も晴明も眼が届かないものね」
「でも予想外に動かれるより促すほうがマシかな。渡辺殿を付けれる?」
「綱か。ま、適任かな。ヘタレだし自分から手を出せるやつでもないし。……で、本当に良いのね? 蘆屋のが雨陰にちょっかいをかけても静観で」
「良いさ。確かに蘆屋のが本気で雨陰を殺しに来るなら私達が出る必要があると思う。でもそうじゃないなら雨陰ならどうとでも出来るさ」
「さっきも私達に気を使って動かなかったっていうのもあるんだろうけど、殺気を感じなかったから動かなかったっていうのもあるでしょうしね。そういうの敏感だからあの子。そういうのは敏感なのに、口付けみたいな行為には鈍感過ぎだけど」
「そ。だいたい雨陰はいつまでも自分のこと凡人だと思い込んでるんだから、たまには自覚させてあげないとね」
「……私達、過保護かな?」
「それはない。どんな相手かは分からないから私達が守ってあげないと万が一があっちゃいけないからね! 雨陰は可愛いからね!」
「そうね。雨陰は可愛いからね。──あら」
晴明と頼光が同時に振り返った。
「案外彼女せっかちだね」
「欲望に忠実なだけでしょう」
二人は肩をすくめ、再び内裏に向けて歩き出した。
◇
「ええ……」
「そんなに嫌そうな顔しなくてもいいじゃないか。いやー、すぐ顔出したら安倍殿や源殿がどう反応するか気になっちゃってさ」
去った、と思ったのに蘆屋道満がまた目の前に現れた。
「あれー? 二人戻ってくると思ったのに来ないの? 怒るのか戸惑うのか呆れるのか、反応見たかったのに」
蘆屋道満は首を傾げる。
晴明ちゃんも頼光さんも来ない。自分でどうにかしろってことかな。
(きっちゃん! 起きて!)
(……うん? 雨陰どうかした?)
(戦闘になりそう)
(……雨陰が? 珍しいね。分かった)
脳内のきっちゃんを起こす。
「つまりこれはあれか。この蘆屋道満、舐められてるってことか」
腕を組みうんうんと頷く蘆屋。
消えた。
(雨陰後ろ!)
「印!」
「口と局部以外なら何しても平気でしょうに♪ ……おりょ?」
狐火幻影。俺を後ろから抱きしめた道満は、腕の中で陽炎のようにおぼろげに消える俺に驚いている。
恨狐降臨。妖狐の身体能力をその身に降ろす力で幻影を残して前に飛んだ。
「幻影に身体強化? でも見たことない種類のやつ。面白いね」
(きっちゃん! あれどうやって消えたり出てきたりしてるか分かる?)
(短距離瞬間移動術かな。とんでもなく難しいやつ)
(対策は?)
(法力切れかな。普通二、三回で法力切れするくらい消費凄いはずだけどあれは切れないね。あきらめよう)
(ええ……)
(右!)
「捕まえた! ってまた幻影か。幻影だけど捕まえた瞬間は実体とほぼ変わらない。どういう絡繰かなー?」
(あ、法力で飛ぶから法力使えなくしちゃえば?)
「それか! 結!」
「お?」
硬弧結界。蘆屋を多数の狐火が囲み、その狐火を支点に蘆屋を取り囲む結界を作る。法力無効の特殊結界。突然囲まれ驚いく蘆屋は結界をコンコンと叩く。
「ふむ。飛べん。この結界は対象を捕えるだけではなく法力を抑える効力もあると。凄いなこれは! どの程度対象を広げられるんだ! 一人までか複数か建物を囲むくらいまで出来るのか、興味は尽きんな! 人を囲むなら盾のようにも使えるのだろう? ならば法力を飛ばす術は無効化出来るのだろうな!」
(凄いねあの山伏。一瞬で特性を見切った)
(うん、でもこれで終わり……は?)
「悪いけど私、武士としても天才でね!」
結界に一筋、線が走る。線を境に結界が消える。
……って結界を斬った!? 刀は持っていない。手刀で結界を切り裂いた!? めちゃくちゃだこの人! 綱でも切れないぞそれ!
「面白いぞ加茂雨陰! もっと見せろ! 楽しませろ!」
(雨陰盾を!)
炎や水の塊が道満の目の前に浮かぶ。そして道満が手を前に突き出すと同時にこちらに高速で飛来。きっちゃんの指示通り目の前に複数の盾を張り結界で受け消し去る。
「瞬時に複数局所展開可能か! 自身を覆うように展開するかと思ったぞ! 凄い術式だな加茂雨陰! 天才か!」
大層楽しそうに蘆屋が笑う。こちらはまったく楽しくない。
「楽しそうなところ悪いけどもう終わらせるよ」
「ほう、どう終わらせる。こちらはまだまだ楽しみたいんだ──ッ」
白美弧唱。狐の鳴き声が混ざる法力を乗せた歌。本来とは違う効果を乗せて。
「抵抗……出来ん……だと。く……」
「おやすみなさい蘆屋さん」
音を使う術。少なくとも初見で破られたことはない術。相手を強制的に睡眠へ誘う術。寝付きが悪いからと晴明ちゃんによく使ってくれと強請られる術。つまり晴明ちゃんにすら通る術。問題は聞こえている人間全員に効いちゃうから使い辛いこと。
「まだ……私は……」
そこまで言って道満は地に伏せた。一応確認で近付く。うん、しっかり寝ている。すぐには目覚めないはず。道ど真ん中で伏せているのは流石にアレなので塀側に転がしておく。
「さ、帰ろ」
(じゃあ寝るからね)
(うん、ありがときっちゃん)
(どういたしましてー)
翌日。眠気を感じながら陰陽寮に向かう最中。
「やあやあ加茂雨陰君。ねえ雨陰って呼んでいいかな?」
また来た。ウソでしょ。
「別にいいけど……、何か用?」
「うん! 用だ!」
そう言って蘆屋がガシっと俺の両手を掴む。今の速すぎて動作見切れなかったぞ!? おい昨日の本気じゃなかったな!?
「蘆屋道満、な、何?」
「道満でいいよ! なーに! 優れた男を見つけたんだ! 目的は一つさ! 私と交際をしよう雨陰! 清い付き合いで良い! 君に惚れたんだ雨陰!」
「ごめんなさい」
「はっはっは! ちなみに理由は!」
「複数に手を出してるような人はちょっと」
「それ君が言う? まあ良い。分かった! 待ってろ!」
道満はそれだけ言って走り去った。
そして三日後。
顔に手形をたくさん付けて腫らした道満がまた現れた。
「九十九人、全員と別れてきた! 私と交際しよう雨陰!」
「ええ……」
とんでもなく面倒な人に目を付けられた気がする。この後、どこからか飛んできた綱が道満と対峙した隙に俺は逃げ出したのだった。
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