よし、湯治に行こう。
そう決めたのは自分のことを占ってみた結果だ。私利私欲で行きたいが為に理由を外付けしただけ、というのは否定しない。
でも行ったほうが吉、といつか行くべきみたいな占いの結果だから仕方ないよね。占いで今日は外に出るなと言えば、貴族達は本当に一日中引きこもるくらい陰陽師の占いは行動指針となるのだから。
さて、晴明ちゃんをどう説得しよう。
……占いの結果だから行ってくる、でいいか。なんとかなるだろ。そう楽観的に陰陽寮の晴明ちゃんの仕事部屋へ向かった。
晴明ちゃんの部屋は珍しく片付いていた。いつも仕事で山積みになっている巻物がない。
そして見えるは机に突っ伏す晴明ちゃん。
「……どうしたの?」
「うう……、雨陰」
顔を上げた晴明ちゃんは俺と顔を合わせるとドバっと涙を流した。
「ええ……」
「仕事をね! たくさん終わらせたんだよ私は!」
きっと頑張ったのだろう。晴明ちゃんの部屋はいつも巻物がどっさり置いてある。陰陽寮の仕事。貴族からの指名。星読みから個人と占いまで。綺麗さっぱりなくなっているのは初めて見た。
「きっとね! 君が湯治に行きたいと言い出すだろうから、やっぱりどうしても私も一緒に行きたいから頑張ったんだよ私は!」
「そうなんだ」
「そうさ! 都は頼光に任せて私も行こうと思ったんだよ! 頼光を出し抜こうとかそういうのじゃないよ!」
なんか本音が駄々漏れだが気にしてはいけないのかも知れない。
「そしたらさ! 帝から『ちょっと竜宮城へ使いに行ってくれないか?』だって! 竜宮城なんて私しか行けないじゃないか! 他に任すことの出来る仕事なら任せたのに!」
うわあああん、と晴明ちゃんが再び机に突っ伏す。
竜宮城。海の底にある人魚と呼ばれる種族の城。一応城の中は呼吸が出来るらしい。でも行く道筋を把握しているのも、実際行けるのも晴明ちゃんだけだ。というか行き方を教えられても晴明ちゃん以外行けない。
「えっと……、行っていいの?」
「どうせ占いの結果って言うんだろ。雨陰の占いなら間違いないからね」
少し拗ねながら言う晴明ちゃんが少し可哀想になった。
「……晴明ちゃんも見てみる? 俺のこと」
「いいのかい!?」
ガバっと顔を上げた晴明ちゃんの顔は明るい。実は晴明ちゃんには俺の占いはしないように言ってある。晴明ちゃんの占いといえば一年先まで予約で一杯、もはや未来予知のような占いなのであるが、全てを見通されるようでなんとなく嫌なのであんまりしないでねと言ってあるのだ。
「雨陰が私に占いをさせてくれる……! 雨陰が私を信頼してくれる……!」
「信頼はいつもしてるよ?」
「でも雨陰は私の力をこれっぽっちも頼ってくれないじゃないか! 雨陰ならいつでも大歓迎なのにさ!」
「いや晴明ちゃんは俺を占うより溜まりに溜まった仕事を処理するほうが先だから」
「くうう、ぐうの音も出ない!」
と、言いつつテキパキと六壬式占の準備を整える晴明ちゃん。
式盤を取り出して見るからに楽しそうに占いを始める。
やがて手が止まり、式盤をじっと見つめてから晴明ちゃんがやれやれと言った具合でこちらを見る。
「雨陰と同じさ。……行くべき。というか雨陰にとって行かなきゃ駄目みたいだね」
「そこまで? 行くと吉、くらいかと思った」
「うん。ま、正直な話。私は湯治で呪いが解けるとは思わないんだけど、自然の力を利用する、というのは正しい答えへの道の一つだとは思う」
「それ晴明ちゃんが神の力を借りるのと同じことじゃない?」
自然の力、神の力。あまり違いが分からなかった。どちらも超常のものであるくらいの認識だった。晴明ちゃんのせいで超常が身近になっているせいかも知れない。
「まあ、そうだね。目的に接近する方法が多少違うけど。でも様々な手段を試すのは間違いじゃない。その中から適切な方法を絞れば良いんだからね」
「それはそう。……で、一人で行っていいの?」
「それは駄目だよ。頼光に綱を貸してと言ってあるから綱と行くといいよ。……ほんとあの娘は役得が付いて回る星の下にいるな」
「それと、あの感じだともう一人付いて来そうな気がするけど?」
「ああ、そうだね。蘆屋のは……、あれでバカだけど君に関しては無理矢理にということはしなそうだから良いんじゃないかな。能力はある。君の呪いも把握してる。悪くはない。バカだけど」
「ま、確かに嫌いではないかな」
俺がそう言うと、晴明ちゃんが慌てたように接触しそうなくらい顔を近付けて捲し立てた。
「待て待て待てあんなのが良いのかい!? 駄目だよアレは!? アレが高野山に掛けた呪いは知っているだろう!? 愉快犯だよアレは!?」
「いや良いとは言ってないけど」
「そ、そうだよね。うんうん。そうともさ。分かっているとも」
アレ扱いされる蘆屋さん。まあ分からなくはない。
実際、高野山の呪いを見て解除した晴明ちゃんが言うならそうなんだろう。
◇
「お頭」
「ああああああ、私も雨陰と湯治に行きたいいいいいい」
屋敷の床をゴロゴロと転がり回って駄々を捏ねる源氏武士団頭領。
頼光は晴明が都を離れる為に平安京滞在を厳命されていた。ただこの指令には一つ、いわく、が付いている。
どうやら近頃、鬼が一匹、都にいるようだと。
「お頭」
「綱、貴女に雨陰を任せるんですからね! 私が行きたかったんですからね! 本当に羨ましいんですからね!」
「あ、いえ。その……鬼が出るかも、とのことなので。本当に私は平安京から離れてもよろしいのでしょうか」
ゴロゴロと転がっていた頼光がピタリと止まり、姿勢を正して座る。
「いいですか、綱」
「はい」
「貴女の考えは分かります。自身が戦力外として外されたのではないか、と思っているのでしょう」
「……はい」
図星だった。
「ありえません。貴女は貴重な戦力です」
「でしたら!」
綱が前のめりで声を出した。雨陰と一緒が嫌な訳はない。
ただ、尊敬する頼光に不要のように扱われるのが嫌だったからだ。
「だからこそ雨陰を任せるのです。いいですか? もし雨陰の呪いが雨陰を完全に犯してしまった場合、おそらく大陸の王朝をも滅ぼした大妖狐がこの世に顕如することになる。というのが私と晴明の共通認識です」
「……それは」
「その場合、私と晴明は雨陰だった妖狐を全力で殺すことになります。……そのようなことはしたくありませんが、やむを得ません。斬ります」
「お頭……」
頼光は淡々と述べた。それは源氏武士団頭領としての言葉である。
表情も変えていない。だからこそ、悲痛な言葉に綱には聞こえた。
「私にそのようなことをさせないで下さい。頼みましたよ」
「……はっ!」
「でも! 私が行きたかったのが本音ですからね!」
「お頭……」
再び駄々を捏ねる頼光を見て最後まで格好付けててくれないかな、と綱は思うのだった。