『で、晴明に餌付けされてようやく帰ったと』
「お? 起きてたのかきっちゃん」
『晴明の法力に当てられてねえ。怖くて怖くて』
家に帰った俺の脳内に語りかけてきたのは妖狐のきっちゃん。ちなみに家は晴明ちゃんの家の隣で頼光さんちの正面である。
晴明ちゃんの家は内裏から見て鬼門、北東の方角に位置する。更にその方角を辿ると平安京という王城の鬼門を抑える国家鎮護の寺地である延暦寺を抱く王城鎮護の山、比叡山がある。
つまり、晴明ちゃんの家は政治で決められた家であり、俺の家はそんな晴明ちゃんが無理矢理押し通して決めた家であり、んでもってじゃあ私もと無理矢理押し通して向かいに住んでいるのが頼光さんである。
『ふぁぁぁ……寝る』
「ん、おやすみ」
きっちゃんはほぼ寝ている。
きっちゃんは俺の呪いそのものであるらしい。んで俺の魂と癒着して離れられないとかなんとか。
晴明ちゃん曰く「くっつき過ぎて魂が傷付くので離せない」とか。頼光さんも「……この呪いのみを斬るのは困難。まだ未熟ね」と。いや頼光さん人間に取り憑いている悪霊のみを斬るとか普通にやるから頼光さんが無理なら本当に無理だと思う。
俺個人的に言うと、ほとんど寝てるしなんなら妖術とか教えてくれるから助かることのほうが多い。呪いさえなければ別に居ても良いと思っているくらいである。俺が死ぬときっちゃんも死ぬらしいのできっちゃん的には俺を生かさないといけないから教えているっていうのもあるだろうけど。
そんなことを晴明ちゃんに言うと「妖怪信じ過ぎちゃ駄目だよ?」と真顔で言われるだけなんだけど。
「ご飯! ご飯!」
「ん、ありがとう」
帰ると同時に家の中をバタバタ駆け回り始める小さな雑霊達が夜食が出来てると教えてくれる。この雑霊達はうちの家事を担う子達である。
「雨陰様、おかえりなさい」
「ただいま、玉ちゃん」
俺にぺこりと頭を下げておそらく厨房に戻ったのは妖狐の玉ちゃん。雑霊達を取り仕切ってくれているうちの家人さんである。妖狐らしく、そして俺と同じ狐色の前髪は眉上で綺麗にまっすぐ整っていて、襟足も肩より少し上で綺麗にまっすぐ整っていて、とても清潔感があると思う。ぴょこんと出た狐耳が可愛い。
事あるごとに晴明ちゃんやら頼光さんは玉ちゃんを退治しようとするが、悪さはしていないのでそんなことはさせない。俺の中のきっちゃんに仕えていたからと俺のお世話をしてくれているのだ。
「おそらく食されてきたかと思いましたので少なめに用意しました。足りなければお申し付け下さい」
「助かるよ。いつもありがとうね」
「いえ、お役目ですので」
やはり厨房に行っていたらしい玉ちゃんが食膳を運んできてくれた。玉ちゃんに感謝をしながら箸を運ぶ。強飯や野菜の塩漬け等、量もいつもより少なめ。帰りにどこかで甘味を食して帰るのを見透かされていたような食膳に少し笑いがでる。
「どうかしましたか?」
「いや、いつも通り美味しいよ?」
俺がそう言うと、玉ちゃんは何も言わずペコリと頭を下げて退室した。食事が終わると雑霊が食膳を抱え上げて消えていく。
夜でも火鉢がいるほど寒くはなくなったな、月がよく見える夜空を見上げた。
◇
朝、ちゅんちゅんと鳴く雀が庭の梅の木に止まる。
「うん、分かった」
雀に向かい、寝起きにあくびをしながら返事をする。俺の返事を聞いた雀が飛び立った。晴明ちゃんの元へ戻っていったのだろう。
陰陽術でも妖術でもなく、俺は動物の言葉が分かる。なんでそんなことが出来るのかと言われると、晴明ちゃんのせいというかお陰でというか。
昔晴明ちゃんが浜辺で助けた亀に連れられ海底にある竜宮城に行って、お土産に貰った玉手箱を二人で開けたところ、二人してこんな能力が身に付いたという完全に晴明ちゃんのおこぼれで身に付いた能力だ。
で、晴明ちゃんは烏や雀、鼠を通して伝言をしてくるのである。晴明ちゃん曰く、他者には理解出来ないので二人の秘密感があって良いらしい。
「昼から来て、ね」
昨日の今日でまた悪霊祓いは無いと思うけど、面倒事じゃなければ良いなと思いながら、昼までに悪友である紫式部から預かっている楮紙に書かれた、むほほ小説を読んで置かなければいけないなと書を取る。
今日は内裏にある後宮にも顔を出す日だから、むっきーにも会うのだが、むっきーからはいつも感想を求められるからだ。貴重な紙でこんな遊びをするのはあやつくらいなものだが、これがなかなか面白いことが書いてあったりするので侮れない。というかあやつの文才が半端じゃないのでこんな遊びに浪費していいのだろうかと本気で考えたりもする。
「うわぁ……」
今回も中々激しい。こうすると女性は喜ぶ、という行動はだいたい奴のむほほ小説で学んでいるし、綱の反応を見ると確かに喜んでいるように見えるので合っていると思ってはいるが、うん。今回もヒドいな。なんでこんな発想が出来るんだろうあやつは。今度やってみよう。
後宮というのは色々疲れるらしいので息抜きに馬鹿なことをやらないとやってられない、というのがむっきーの言葉なのでこういう遊びも仕方ないのかも知らない。お前も男房として後宮に勤めれば分かると言われたが、陰陽寮勤めなのでそっち行けないわといつも断ってる。
そしていいなー羨ましいといつも陰陽師の仕事を事細かに聞いてくるのである。その代わりに、聞いてもいない貴族連中の噂話や下世話な話をたくさん教えてくれるのである。後宮内の情報力はなかなか素晴らしく、それはそれは危ない話もチラホラ出てくるので適当に聞き流すに限るのだ。
「ういん! ご飯! ご飯!」
「うん、ありがとう」
雑霊から朝食のお知らせ。
俺の目覚めに合わせて玉ちゃんが準備してくれていたようだ。玉ちゃんには頭が上がらないなと思いながら朝食を頂く為に腰を上げるのであった。
◇
昼。むっきーの小説を片手に陰陽寮へ。
「あれ? 雨陰今日こっちだっけ?」
「晴明ちゃんに呼ばれた」
「そうなの? 暇なら手伝えー」
陰陽寮に入るといつも通りそこかしこから声が掛かる。
「この後、後宮に行かなきゃいけないから駄目ー」
「よし、じゃあ良い男いたら紹介しろよー」
「あいよー」
あんまり良い男いないかも知れないけどなあそこ。紫式部曰く、八岐大蛇ンチンが股間に生えてる浮気者とかいるらしいし。
わざわざ言う必要もないので適当に流しつつ、いつも通り晴明ちゃんの部屋へ行く。
「やあ、呼び出して悪かったね」
昨日、俺が帰った後も仕事をしていたはずなのにそんな雰囲気を微塵にも感じさせない晴明ちゃんは流石である。傍らに書物を抱えた朱雀がいる。仕事もしっかりこなしている晴明ちゃんは凄い。
「いやこいつ家事全てを俺らに全部投げてるだけで全然しっかりしてないからな」
「こら朱雀余計なこと言うなー」
「そもそも俺の心を読んで話すのやめてね?」
朱雀が俺の心を読んで突っ込み、それに晴明ちゃんが突っ込む。いやまあ良いんだけどね。しょうがないか神だし、で全部納得出来るし。
「そういうところが雨陰の良いところだ」
「だから心読んで話すのやめて?」
「そもそも雨陰を呼んだの私なんだから朱雀ばっかり話すなー!」
「へいへい」
それだけ言って朱雀が書物を抱えたまま部屋から出ていった。朱雀がすれ違い様に笑顔で片目をパチリと閉じる。やだこの女神イケ女!?
「こら雨陰! 朱雀に見惚れるな!」
「「こういうところが晴明(ちゃん)の可愛いところだよね」」
「二人して揶揄うなー!」
「で、今日は何かあったの?」
「何事もなかったかのように話す雨陰に振り回される私……。私をこんな風に扱うのは雨陰だけだからね」
まあそうだろうなとは思う。基本、他の人は敬いはするけど晴明ちゃんのことを怖がってもいるからね。神を使役し、ふと発した言葉が呪となる晴明ちゃんに迂闊に近づかないらしいから。強過ぎるんだよね、法力が。
「くぅ……、雨陰に振り回されるの気持ち良い……」
「晴明ちゃん晴明ちゃん」
「はっ! コホン。それで雨陰、来てもらったのはちょっと頼みがあってね」
いつも通り、まったく誤魔化せていない咳込みから晴明ちゃんが本を一冊取り出した。
「今日は後宮に行くんだろう? これを国婿様に届けてくれないかな」
「これは?」
「唐に行った時に写本した向こうの詩集だよ。帝様が国婿様が読み物を欲しがっていると聞いたからね」
「読み物ね」
ふと、自分の手に持つむっきーのむほほ小説を見る。
「駄目だよそれは!? 雨陰が持ってるってことはどうせ紫式部のすけべなやつだろう!? というか堂々と持ち歩くものじゃないよそれ!?」
「……面白い読み物ではあるよ?」
「だろうね! 紫式部の天才的能力を遺憾なく無駄に発揮した代物だろうからね! そんなもの国婿様に渡したら駄目だよ!」
「分かってる分かってる」
「不安だなあ……」
晴明ちゃんから国婿様に渡す本を受け取り、後宮へその足で向かう。
多分これよりむっきーのやつのほうが面白いと思うので、むっきーのほうも渡すことにしようと思う。むっきーには適当に理由を付けておけばいいだろう。たくさん書き溜めてるんだから少しは表に出せば良いと思うんだよね。
……晴明ちゃん、なんでむっきーのむほほ小説知ってるんだ?