あべこべ奇天烈平安京⛤   作:白石基山

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其の伍

「雨陰?」

「どうかした? 綱」

「いや、なんか…遠くないか?」

「気のせいじゃない?」

 

 今日も綱と『組』となり悪霊祓い。

 綱と歩く時、いつもは袖が触れるか触れないかくらいの距離感で歩いているが、今日は綱から四歩くらい離れて歩いている。

 あ、綱が無言でスッと一歩近付いてきた。俺も無言でスッと一歩離れる。

 

「雨陰」

「どうかした?」

「……私はお前に何かしたか?」

「いや、何も?」

 

 スッ。スッ。

 

「……はあ。本当に何をしたのか分からないんだ。男心という奴が分かるほど器用に生きてもいない。教えてくれ雨陰。謝るから」

「謝ることなんてないだろ? 俺はただ綱が何人かの男と関係を持ってるって聞いたから、その綱の恋人達に関係ある人が俺と綱を見て近過ぎるとか思われて、綱の恋人達の耳に入っちゃったら喧嘩になっちゃうかも知れないからそれは避けないとなって」

「待て待て待て。私が? 複数人と? 何の話だそれは」

「後宮で綱とそういう関係を持ったって自慢してる人が複数人いるって話」

「……(絶句)」

「あ、言われたくない話だった? ごめん」

 

 衝撃を受けてる綱が無言になった。知り合いにバレたくなかったとだろうか。いやでも聞いてきたの綱だし俺悪くないよね?

 

「…………雨陰」

「何?」

 

 綱はこちらを向き、右手を口の前に上げコホンと咳き込んでしっかりこっちの眼を見ながら言う。

 

「私は誰とも付き合ってなどいない」

「え、じゃあ身体だけって奴? うわあ……」

「断じてない! 私の身体は清いままだ!」

 

 綱が怒る。いや未経験を断じられても、武士が言うのはどうなのとは思う。下世話な話大好きやろ武士団連中。

 

「成人して清い自慢とか悲しくならない……? 武士団連中って誰々を抱いてやったぜ自慢とかしてる印象あるんだけど。ま、俺はこのままだとそういう行為は死ぬまで出来ないから言うまでもないが」

「ふん、そんなことより誰とでも寝るような奴にお前に思われるほうが我慢ならん」

 

 信頼関係の問題だろうか。別に綱がうまく楽しくやってるならそれでいいんだけどね。

 

「モテモテなのは知ってるからまあそういうこともあるのかって」

「……私は雨陰にそういうことがあってもおかしくないと思われてたんだな。雨陰、断じてないからな」

「別に綱が誰かと恋人になっても応援するけど……? それとも誰か想い人でもいる?」

「……はぁ。いいか。私は目標がある」

「ああ、『鬼斬り』ね」

「そうだ。源氏武士団で現状、達成者は頼光様と卜部のみ。卜部も達成したとはいえ、鬼が現れた際はいまだ頼光様頼みとなっている。『鬼斬り』、次は私がやる。その為の刀がコレだ」

 

 綱の腰に帯びた刀。髭切。源氏の重宝であるその刀は今、綱の腰にある。そして。

 

「雨陰が祈祷を捧げてくれた刀だ。これで私と髭切は『鬼斬り』となる」

 

 『鬼斬り』は、鬼を斬った者として正式に帝から認定される強き武士の証。それを達成した人、及び刀は『鬼斬り』を名乗ることを許されるのである。刀を打った鍛治士も、武士の刀に退魔の祈祷を捧げ退魔刀として仕上げた陰陽師も同じく栄誉を授かる。

 

「いつでも晴明ちゃんに頼んであげるからね? 晴明ちゃんより法力強い人間いないからね?」

「雨陰でいい。私と雨陰で『鬼斬り』を達成する。雨陰の初めては私だ」

 

 綱が今なんかキモいこと言った気がするけど流しておこう。

 

「と、ともかくだから私はそんなことにうつつを抜かす暇などないということだ! 分かったな雨陰!」

「はいはい。分かったよ綱。じゃあこれで良い?」

 

 俺はそういうといつも通り、綱の真横に立つ。袖が触れるか触れないかという距離に。それだけなのに綱は満足そうな顔をしている。

 

「綱はよくそんな感じで武士団にいることが出来るよね。下世話話祭りでしょ、女世帯の武士団なんて」

「皆、鯉口を切れば黙るからな」

「帯刀禁止だから後宮じゃ出来ないなー」

「私は行ったことはないが雅な場所なのだろう?」

「綱は入れるだろ? まあ文化的な場所だよ。品がない話をする連中も多いってだけで。面倒な派閥とかもあるってだけで。綱の例みたいにあることないこと風潮してる連中もいるってだけで」

「……私には向いてなさそうだな」

「俺もそう思う」

 

 綱は苦笑する。

 

「で、今日の悪霊さんはー?」

「人攫い、だな」

「また? 最近多いねぇ。治安悪いなぁ」

「だから我々が役に立つんだ。しっかり祓え雨陰」

「りょーかいりょーかい」

 

 

 

 

    ◇

 

 

 

 

 悪霊祓いを終え、雨陰を陰陽寮まで送り届けた綱はその脚で後宮へ向かった。内裏の建礼門にて刀を預け、朔平門から後宮へ中に入る。

 

「飛香舎と言ったな雨陰は」

 

 飛香舎は弘微殿と同じく、帝の寝室がある清涼殿に近く、国婿や身分の高い者が暮らす場所である。

 地理は頭に入っている綱は飛香舎を目指す。綱を見た男性から野太い歓声が上がるが、全て無視する。

 

「誰あのカッコいい御婦人」

「渡辺綱殿じゃない?」

「へぇー! あれが渡辺殿! カッコいいわぁ!」

「とてもお強いんでしょう、憧れるわね」

 

 渡辺綱は全て無視する。

 

「アレ、と良く仕事をしてるんでしょう? お可哀想」

「あんな変わり者の世話をさせられてるんだもの。お辛いでしょうに」

 

 ヒソヒソと聞こえてくる話もある。アレ、変わり者とは雨陰のことだろうとすぐに当たりはついた。だから綱は眉をひそめた。

 

「そこの御婦人、少しお話しませんか?」

「そうです。是非私共と」

 

 積極的に話し掛ける者もいる。全て無視する。

 

「もし」

 

 それでも綱を止めようと、綱は袖を掴まれる。

 

「私に触れるな!」

 

 綱が一喝した。

 

「そもそも触れるような距離まで近付くことを許可した覚えはない。次は斬るぞ」

「ひぇ……」

 

 底冷えするような声を発し、鋭く睨みつけられた貴人は腰を抜かした。綱は帯刀していないが、即座にでも首を刎ねられる。そんな錯覚を覚えたのだ。綱に近付いてはいけない、というのは源氏武士団では常識である。綱と袖を触れる距離まで近付いても綱が許すのは、頭領頼光、頼光四天王、そして雨陰だけなのだから。

 

 恫喝し、貴人を怯ませた綱はそのまま飛香舎へ。

 件のウソを自慢したという貴族士人に「次は殺すぞ」と誠に武士らしい一言で脅しをかけ、噂を絶った。と同時に死ぬ程悪評が広まった。

 

 

 

 

    ◇

 

 

 

 

「いややりすぎでしょ」

「ふん、私は悪くない」




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