「なんと……この土地はもう数十年は呪われていたというのに……」
なんか言ってるわコイツ。誰だっけ。ナントカのカントカさんだっけ。
平安京郊外。悪霊が取り憑き人が住めなくなった廃寺。
俺を指名し、祓えるものなら祓ってみろと言ってきた貴族の女性。男だからと馬鹿にした態度を隠さずに、挑発してくる輩は残念ながらよくいるので当然無視していたのだが、陰陽寮に正式に依頼してきやがって晴明ちゃんの許可が出てしまったので仕方なく仕事に来た。
いや本当に行きたくなかったのでなんか理由付けたろと思って六壬式盤を使い占った所、行ったほうが良いと出てしまったのでほんとーに仕方なく仕事に来たのだ。コイツの為ではない。
「雨陰は悪霊祓いという分野で平安京一です」
なんか一緒に組で着いてきてくれた綱がドヤ顔で言ってる。
どう考えても平安京一は晴明ちゃんだからね? 俺の場合、勝手に向こうからやってきて抵抗もされずに祓われてくれるってだけで……。いや、俺の例が特殊過ぎるのはそれはそう。これも能力と言われれば、確かに客観的に見れば優秀かも知れないけど晴明ちゃんの場合、そもそもの出力というか、法力が段違い過ぎて比べるべきじゃないんだよなあ。
「それにしてもこんな……男が……数々の陰陽師が失敗した仕事たぞ」
いつも通り祓っただけだし。めちゃくちゃたくさん悪霊がいて、俺に祓われる為の悪霊大行列が出来たのちょっと面白かっただろ。大行列過ぎて時間掛かったけどちゃんと祓ったんだから男男うるさいわボケー、と心の中で突っ込む。口にしても良いことはないのは知ってる。
「男、ではなく雨陰ですよ」
綱がまだなんか言ってる。
「そう……だな。確かに……腕は一流のようだ。賀茂殿。非礼を詫びたい。どうか許して欲しい」
「いつものことなのでお気になさらず大丈夫ですよ」
詫びられたので笑顔で返す。その言い回しだと詫び、受け取ってないじゃないかって? いつも受け取ってないのでいつもと一緒よ。
「そうか。助かる」
ね? とりあえず詫びを言ったことで、言った側は満足するんだから受け取ろうが受け取るまいが変わらないんだわこれが。
「悪評の割に仕事は出来る……か。見た目も、まあ悪くはない。おい、この私が貴様の夜の相手をしてやっても良いぞ? 好き者なのだろう貴様は。武士団の粗忽な連中よりよっぽど楽しませてやるぞ?」
コイツすげえ。いや手のひらクルっと回したかと思えば上から目線で夜のお誘いしてきやがった。しかも源氏武士団頼光四天王の綱の前で武士団を煽りながら。天才か? ほら綱のコメカミがぴくぴくしてるって。
「相手には困っていませんので」
笑顔でそう返す。こういう時は俺に流れてるロクでもない噂が役に立つ。だってこう言っても違和感ないくらいロクでもないんだもの。綱が、そういうこと言うから……みたいな目で見てくるけど無視。
「ふむ。この程度では表情も崩さずに腹芸も出来る、か」
あ、なんか面倒そうなこと言い出してニヤけ面を晒しやがった。
「賀茂殿。正式に詫びよう。後で家の者に詫びの品を持って行かせる。渡辺殿もすまなかった。武士団に対して先程言ったことは決して本意ではない」
こうなると断るほうが面倒なので黙ってその詫びの品とならを受け取ることにする。綱のほうは歯に何か引っ掛かったかのように口ごもっている。言いたいこともあっただろうにグッと我慢した感じ。
「賀茂殿の腕、確かに見せてもらった。安倍殿の推薦は間違いなかった。また正式に依頼させて貰おう。」
明らかに私面倒ですよ的な言動をした……名前忘れた、は牛車に乗って悠々と去っていった。誰だっけあの人。
「……やはり何渡河殿は一筋縄ではいかんな」
疲れた、と一息吐いた綱の口から漏れた名。ナントカ殿。合ってた。
「……何渡河殿? ってそんなに面倒なの?」
「……後宮で何渡河勘渡過殿の名を聞いたことはないのか?」
ある。
そういえばある。むっきーが言ってた。
「めっちゃスケベって聞いた」
「……後宮ってそういう話しかしないのか?」
「むっきーがそういう話ばっかりしかしないんだよ。他に友達いないし」
そういうと綱がコイツ可哀想みたいな視線を向けてくる。やめてその視線は俺に効く。
「……はあ」
「ため息吐かないでくれる? 仕方ないじゃん」
「ま、今更か。さて。雨陰、帰るか」
「あー、先に帰っても良いよ。やることあるし」
「やること?」
「ずっと放置されてた仏像を綺麗に磨いて帰るから」
実は何十年も放置されてた廃寺って聞いてたから、元々仏像が無事なら磨き上げる気で来ていたりする。汚れていい布、ちゃんと持ってきた。だってねえ? 綺麗にしてあげないと可哀想じゃない?
と、廃寺内の仏像に向き合って気合いを入れていると、綱が横から手を差し出してきた。
「貸せ」
「綱?」
「二人でやったほうが早い」
「さっすが綱、惚れちゃう」
「……いいから貸せ」
ほいほいと布を渡すとこっちに目もくれずにとっとと掃除を始める綱。
そんなに早い帰りたいかねえと俺も仏像を磨き始めた。
なかなか立派な仏像である。大きさも成人並みに大きい。毘沙門天様かな。うん。なかなか磨き甲斐がある。
『中々見所のある男だな』
「何今更言ってん……綱じゃない?」
「どうした雨陰」
「いや今なんか声が聞こえなかった?」
「何?」
綱が周囲を見渡す。辺りに気配はない。
「聞こえたんだな?」
「うん」
俺がそういうと、綱は布を床に放り投げて疑いもせず刀の柄に手を掛けた。
『そっちの女武士は随分と凶暴だな』
「綱、聞こえた?」
「いや、聞こえん。雨陰、気配はどこから感じる?」
「強いていうならこの寺全体、だけど……」
「出るぞ。何が起こるか分からん」
それだけ言うと綱が俺の手を取り駆け出した。あーれー。綱は判断がとにかく早い。
『そう焦るな』
勢いよく扉が勝手に閉まる。閉じ込められた、と思った瞬間、綱が進路を変えて壁を蹴破った。判断が早過ぎて笑う。
と、壁を蹴破り外へ出た筈が、まだ御堂の中にいることに気付く。蹴破った筈の壁は綺麗なままだ。よっぽど、妖力の強い悪霊か。
「ちっ。雨陰、相手は?」
「まだ出てきてない」
これだけ力が強いのに気配を一切感じさせず潜んでいたことに感心する。まあでも、考えても無駄か。この寺全体から気配を感じるなら手はひとつ。
寺全体を祓えばいいだけ。
御堂の中心に立ち、印を結び、意識を全体に向ける。
「悪霊退散、急急如律令!」
寺全体を光が包む。いつもより長く、強く。
やがて光が収まり、力を抜いて気付く。
「効果無くて笑う」
「何だと!?」
綱が驚く。
いや寺の気配一切変わってないもん。笑うしかないやん。
にしてもどうしたもんかね。もっと力を強く? さっきので変化がまったくないのだから意味がなさそう。
『そりゃあ悪霊じゃないからな』
また声が聞こえる。綱は反応してないってことは俺にだけ聞こえるように話をしているってことか。理由が分からん。
「誰?」
『目の前にいるよ』
おう。さっきまで何にもいなかったのに、急に目の前に現れた。
燃えるように逆立った赤髪。顔つきは厳つい。黒に近い褐色肌。あとなんかもう色々でっか。そして大きなツノ。
胡座をかいてニヤニヤしながらこちらを見ている。
「雨陰、見えるなら場所を教えろ。斬る」
「綱、ちょっと待って。多分それはマズい」
『うん、よく分かるな』
それはもう。似た雰囲気をよく知ってるから。
晴明ちゃんの十二神将によく似た雰囲気。
これはもう神様の類い。
『君、面白いねってアレ!? 君なんかすけべじゃない!?』
「何が?」
『脚! 脚だよ! 駄目だよ無闇に他人に見せちゃ!』
脚……? 今着てるのは狩衣。袴の裾のヒモは本来足首で結ぶものなんだけど、今は掃除するから動きやすいようにかなり上で縛ってる。膝から下くらいは見えてる。
「いや別に見られても困るもんじゃないし」
『困りなさい。駄目だよすけべ過ぎます。いくらそっちの女武士が恋仲とかでもそういうのは夜だけにしなさい』
「綱とはそういうんじゃないけど?」
『尚更駄目です! 無闇矢鱈と誘惑するんじゃありません!』
「綱は別に俺の脚見たってなんにも思わないでしょ。ねえ綱?」
「……どういう話をしているかはなんとなく分かった。こっちに話を振るな」
『ほら、どうせカッコ付けてるだけでムッツリよその女武士』
「(……今ムッツリと言われた気がする)詳しい話は分からんが多分相手の言ってることのほうが正しいぞ雨陰」
「ええ……。動きやすいように袴上げてるだけなのに」
『心配になるわねえこの子……。貴方陰陽師でしょう。式神は?』
「式神? まだ契約してないよ」
『いいわ。私が契約してあげる。毘沙門天様の像を磨いてくれている子の顔を見に来ただけだったけど、ちょっとあんまりにも心配になる子だったわ』
「ええ……。ていうかどなたですか?」
『ああ。私は毘沙門天様の眷属、羅刹天。貴方の法力なら私を呼び出すのに足りえるでしょう』