あべこべ奇天烈平安京⛤   作:白石基山

9 / 9
其の玖、艶和歌

 俺と綱は牛車の両脇を守るように歩く。

 牛車の中にはつばの広い大きな笠を被り、笠から垂れる薄い布で顔を隠す貴族子男、むっきーである。

 

 

「ふつーさ、男の俺を除霊の現場に連れ出す?」

「ふつーは連れ出さないんだけどねえ」

 

 

 むっきーの言葉に苦笑する俺。

 理由があるから仕方ない。

 

 

「何度も悪霊祓いしたんだけど、よっぽど怨みがひどいのか復活しちゃうんだよねえ」

「宇多読闇殿の霊だっけ。まあ分からなくはないけど」

「そんなに?」

「歌人、宇多読闇は有名だもの」

 

 

 歌会。比較的自由で社交的な集まり。参加者が和歌を詠み、披露し合う会。季節の行事、宴、日常の集いなどで開催される、必ずしも勝敗を争うわけではなく和歌を通じた交流や鑑賞、創作の場。

 

 歌合。競技形式の和歌大会。文化の華。歌人を東西二組に分け、同じ題、桜や恋、月などで一首ずつ詠み、優劣を競う。審判役の判者が勝敗を判定し、判詞、つまり批評を述べる。単に歌の良し悪しだけでなく、衣装や香り、演出なども評価対象になる華やかな大会。

 歌人の才能の披露の場、というのも勿論だが、政治的影響力や出世に関わる重大事となり、宮中(内裏歌合)や貴族邸宅で盛大に催される文化人にとっての戦場である。

 

 

「宇多読闇は歌人として名を挙げた人物さ。多くの歌会に呼ばれ、歌合でもとても評価されていた。……ある時の歌が酷評され、笑い者にされちゃってそれに耐えられなくて自死を選んだ。たまにある話だね」

「一度の歌の失敗でか?」

「一度の歌の失敗でさ。渡辺殿。真剣の立ち合いで負けて死んだ。それと変わらなかったんだよ。宇多読闇にとってはね」

「……なるほどな」

 

 

 綱の問い掛けにむっきーが答えた。綱は納得したようだ。

 本人にとって耐え難い屈辱だったのだろう。何度祓おうとも復活して怨嗟の声を上げる。今はそれだけだがやがて平安京に闇を堕とす大悪霊になりかねない、というのは晴明ちゃんの談。

 

 

「その歌はむっきー的にはどうだったのさ」

「あの歌を評価しないといけないなら俺は歌会には顔を出さないよ」

「それはむっきーが厳しいだけ?」

「さあ? でも和歌には真摯に向き合うよ、俺は」

 

 

 つまり本当に駄目だったらしい。むっきーを連れて来た理由。俺に、和歌に精通する文化人の知り合いがむっきーしかいなかったから。綱にはそんな知り合いいないそうだ。なので無理を言ってきてもらった。むっきーが他の男と比べて寛容で助かった。普通は絶対来ない。

 宇多読闇の悪霊が取り憑いてしまった屋敷に着いた。牛車を門前に止め、むっきーが降りてきた。顔を隠すむっきーに気を遣ってか、むっきーのほうを一切見ずに牛車から降りた気配を察して綱が先に屋敷に入って行った。

 

 

「うんうん。気を遣える女だねえ彼女は」

「綱は語らない方だけど優しいんだよ」

「それは多分雨陰限定だと思うけどね」

「そうかなあ」

「そうだとも」

 

 

 綱を追い、むっきーの手を引いてゆっくり屋敷に入る。

 既に綱が悪霊となった宇多読闇の前に立っていた。刀に手は掛けているものの抜きはしない。つい先日、斬って祓ってみたばかり。つまり斬っても同じことの繰り返しだと分かったからだ。だけどそれでも刀に手を掛けているのは俺かむっきーに何かあった時の為だろう。

 

 

『また来たのか』

「やっほー、宇多殿。成仏しない?」

『憎い。あいつらが憎い。私はまだ歌える』

 

 

 会話になっているようでなっていない。まあそんなもんだろうけど。

 

 

「雨陰、やっぱり私には見えないし何も聞こえないよ。来ても無駄だったね」

 

 

 当たり前だが、むっきーは男なので法力はない。まあ分かっていたことだが求めていたのはそこじゃない。

 

 

「憎い、まだ歌えるってずっと言ってるんだ。どうすれば良いと思う」

「歌わせれば良いんじゃないの?」

「どうやって?」

「会話が出来るなら……短連歌、とか?」

 

 

 短連歌。上の句と下の句を別の人間が読み一つの歌を完成させるもの。

 

 

「ええ……。綱出来る?」

「私に出来るわけがないだろう」

「まじか。……ああ、宇多殿」

『……なんだ?』

 

 

 言の葉に法力を乗せて発する。俺の言葉に宇多読闇が答えた。なんとか成立するかも知れない。

 

 

「短連歌をしないか?」

『……いいだろう』

「いいんだ」

 

 

 

    ◇

 

 

 

「式部殿」

「なんだい渡辺殿」

「短連歌とは、どういったものなんだ?」

「和歌を分割して読み継ぐんだ。前の句を受けて即興で機知に富んだ句を詠む過程は、緊張感と知的な興奮を伴う文芸だね」

「……難しそうだな」

「難しいさ。知識も瞬発力もいる。頭の回転の速さが求められる。相手は歌人、宇多読闇。満足させるには相当な技量がいるだろうね」

「それ、雨陰に出来るのか」

「雨陰はね、私が監修したこきこき和歌集の批評を務めたくらいには充分な知識があるさ!」

「……こきこき和歌集?」

「裏で内密に開催されているちょっとすけべな和歌を読む歌会から私が厳選した和歌をまとめたものさ!」

 

 

 おや。渡辺殿が絶句しておられる。むっつりと聞いていたが案外初心なのだな。私も雨陰も、性に対しては寛容も寛容。むしろ学問と捉えているまであるからどんなすけべな和歌だとて、ちゃんとくそ真面目に批評するぞ。

 

 

『肌の香

  指先迷い

   夜の闇』

 

 

 あれ? 聞こえた。これはあれか。私の歌に関する情熱がなんとかかんとかして聞こえたとかそういう感じか?

 っていうかアレだな。これどすけべ短歌だな。男だからこういうの無理だろう? って舐めて掛かってるだろ。ほら、横で渡辺殿が少し顔を赤くしてる。

 

 

「解けゆく帯の

  音のみ残る」

『な、なんだと……』

 

 

 雨陰のどすけべ返しキター! なるほどとてもどすけべですねえ! これは余韻がとても素晴らしい想像力を掻き立てられる句。上の句をここまで上手く使うとは雨陰もやるねえ!

 

 

『雨音に

  混じる吐息の

   熱さかな』

「濡れし肌、重ね

  夜更けに溶けて」

 

『月光

  白き胸元

   照らしつつ』

「君が舌先

  蕾を焦がして」

 

『……土叩く

  雨の調べに

   腰揺らし』

「秘め処深く

  君を飲まれる」

 

『雨打たれ

  濡れた肌より

   滴落ち』

「繋がるたびに

  声も高鳴る」

 

 

 ……素晴らしい! やはり雨陰は良いね! 才能がある! 全部どすけべ和歌になるから絶対普通の歌会には連れて行けないけど!

 というかこれ完全に雨陰の返しのほうがどすけべだねえ! 顔は見えないけど絶対呆気に取られてるだろ宇多読闇は!

 あ、渡辺殿の顔から鼻血が吹き出した。

 

 

『ぐ……うう……

深く繋がり

 腰を打ちつけ

  喘ぎ声』

「和歌より艶めく

  調べを奏でる」

 

 

 宇多殿が直接的表現に切り替えたら敢えて詩的表現に戻す。これはもう完全に雨陰の勝ちだね。

 

 

『……ふふ、そうか。私に連歌を挑むなんてと思い揶揄ってやろうと思ったが、私なんぞではまったく歯が立たない歌人であったとは」

 

 

 だろうねえ! 雨陰の歌は俺が育てたからねえ! どすけべ過ぎる! こんな連歌、もう公開契りを結んでるようなもんやん!

 

 

「連歌は共作、だろ?」

『共作、か。いや、貴殿の才覚で出来上がった歌だ。貴殿の作品だ。……そうか。私はもう、枯れていたのだな。……ありがとう。大切なことに気付かされたよ』

「宇多殿」

『ふふ、最後の歌会。満足であった』

 

 

 それだけ言って、宇多殿は多分消えた。

 ……だろうねえ! そりゃ満足だろうねえ! 性的な歌で揶揄おうとしたら若い美少年がどんどん乗って上手く返してくるんだもん! ご褒美だったねえ!

 

 

「ってあれ? 綱、鼻血出して倒れてる!?」

 

 

 渡辺殿、潰れる。

 まあどうでも良いや。今度の艶歌会で皆に雨陰の歌を聞かせてやろう。あとこきこき和歌集にも載せよう。

 いやー来て良かった。良いもん聞いたわ。




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