落日の竜狩り ―真鍮の鎧と主への誓約―   作:もいもい130

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第二十五話:【海神の怒りと、東の大陸の影】

 

 

朝日が水平線を黄金色に染め上げる頃。

活気に満ちた港町から、一隻の巨大な帆船がゆっくりと出航した。

 

海神の加護を祈るような船乗りたちの掛け声と、巨大な帆が風を孕む音。

 

四方世界でも最大級の規模を誇るその商船は、順風満帆な滑り出しで、未知なる『東の大陸』へと舳先を向けていた。

 

「お嬢様! 今朝のスープの味付けはいかがでしたかね!?」

 

「あ、はい! とっても美味しかったです、船長さん!」

 

甲板の上で、筋骨隆々の船長が、揉み手でもせんばかりの満面の笑みで少女に話しかけていた。

 

つい昨日まで「ガキ」だの「呪われたゴーレムの連れ」だのと悪態をついていた荒くれ者だが、たった一枚の白金貨(プラチナコイン)の威力の前に、その態度は180度ひっくり返っていた。

 

今や少女は、船の全乗組員から『お嬢様』あるいは『女神様』と崇め奉られる、超絶VIP待遇を受けている。

 

提供される食事は船長よりも豪華で、割り当てられた貨物室の一角は、どの客室よりも広く快適に整えられていた。

 

現金なものだ、と呆れることもできるが。

命懸けで海を渡る彼らにとって、船を丸ごと新造できるほどの富をもたらした彼女は、文字通りの救世主だったのだ。

 

「何か不満があれば、いつでも言ってくだせえ! 何せお嬢様は、俺たちの最高の上客ですからな!」

 

船長が豪快に笑い声を上げた、その時だった。

 

ズンッ……ズンッ……。

 

規則正しく、かつ恐ろしく重々しい足音が、甲板の奥から響いてきた。

 

「ひっ……!」

 

船長の顔から、スッと血の気が引く。

周囲で網を繕っていた船員たちも、一斉に作業の手を止めて、青ざめた顔で道を空けた。

 

現れたのは、見上げるような黄金の巨漢。

竜狩りオーンスタインだ。

 

彼が甲板を歩くたびに、分厚いオーク材の床板がギリギリと悲鳴のような音を立てる。

 

船が傾くことこそないものの、その歩みの一つ一つが、常軌を逸した質量を物語っていた。

 

「だ、旦那も……! 今朝は一段と輝いておられますな……っ!」

 

船長が引きつった笑顔で、這いつくばるようにして道を譲る。

 

彼らにとって、オーンスタインは相変わらず『得体の知れない恐ろしい何か』であることに変わりはない。

 

白金貨の恩恵はありがたいが、いつこの黄金の巨人が床板をぶち抜いて船底に穴を開けるかと思うと、気が気ではないのだ。

 

だが、オーンスタインは怯える船員たちを気にする素振りも見せず、ただ静かに少女の傍らへと歩み寄った。

 

「オーンスタインさん、おはようございます」

 

少女が、花が咲くような笑顔で彼を見上げる。

 

オーンスタインは兜の奥で微かに頷き、その小さな頭を巨大な手でぽんぽんと撫でた。

 

「ひえっ……あんな恐ろしいゴーレムを手懐けるなんて、やっぱりお嬢様はタダモノじゃねえ……」

 

遠巻きに見守る船員たちの囁き声が聞こえたが、少女は気にした風もなく、オーンスタインの手を引いて船の舳先へと向かった。

 

***

 

見渡す限りの、青い海。

どこまでも広がる空と水面の境界線が、太陽の光を反射して眩いほどに輝いている。

 

心地よい潮風が、少女のローブと、オーンスタインの兜の赤い房を揺らしていた。

 

(……見事な光だ)

 

オーンスタインは、兜の奥で目を細めた。

 

波間を乱反射する、黄金色の輝き。

その絶対的な『光』は、彼の脳裏に、ふと遠い神代の記憶を呼び起こした。

 

(……太陽の光の王、グウィン……)

 

かつて世界を統べ、最初の火を熾した偉大なる大王。

そして、共に神の都(アノール・ロンド)の黄金時代を支えた、誇り高き同胞たち。

 

深淵を歩いたアルトリウス。

鷹の目を持つゴー。

王の刃たるキアラン。

共に大広間を守護した処刑者スモウ。

 

そして、彼らと共に仕えた、太陽の長子たる『無名の王』。

 

あの輝かしい黄昏の時代。

大王グウィンの放つ太陽の威光の下、神族の栄華は永遠に続くものだと信じていた。

 

だが、火は陰り、神々は去った。

美しかった都は、冷たい幻影だけが残る虚無の廃墟へと成り果てた。

かつての同胞たちも、皆それぞれの運命と使命の果てに、歴史の闇へと散っていった。

 

(……我らは皆、何かを喪い、何かを求めて彷徨い続けた)

 

途方もない時間の果て。

一人残された彼は、主の痕跡を追って世界を捨てた。

 

もう二度と、あの温かく眩い光の時代が戻ることはないのだと。

摩耗し、亡者へと堕ちていく魂の底で、静かに理解しながら。

 

「見てください、オーンスタインさん! カモメがあんなにたくさん!」

 

不意に。

舳先の手すりに身を乗り出し、少女がはしゃぐように空を指差した。

 

彼を過去の幻影から引き戻したのは、鈴を転がすような、明るい声だった。

 

『……カ、モ、メ』

 

オーンスタインが、低い声で復唱する。

 

「はい! カモメ、です。……あっ、あれは『雲(くも)』ですよ!」

 

『……ク、モ』

 

穏やかな波の音を背景に、二人の『言葉の授業』が続く。

 

オーンスタインの学習速度は、決して早くはない。

だが、少女が指差す世界の欠片を、彼は一つ一つ、自らの内側に丁寧に刻み込んでいた。

 

風に揺れる少女の胸元で。

昨日、彼が市場で不器用に雷を込めた『獅子のペンダント』が、微かな黄金の光を放って輝いている。

 

(……温かいものだな)

 

オーンスタインは、小さく息を吐いた。

 

神代の栄華に比べれば、あまりにも小さく、脆い光。

だが、今の彼を満たしているのは、過去の偉大な太陽ではなく、隣で微笑む彼女が放つ、確かな温もりだった。

 

「オーンスタインさん?」

 

ふと、視線に気付いた少女が振り返る。

 

「どうかしましたか?」

 

『……イヤ』

 

彼は静かに首を振り、再び広大な海へと視線を向けた。

 

未知なる東の大陸へと向かう、果てしない航海。

だが、その旅路は決して孤独なものではない。

 

青空の下、波の音と潮風に包まれて。

二人の穏やかな時間は、ゆっくりと過ぎていった。

 

---

 

出航から数日。

白金貨の恩恵を受けた一行の航海は、驚くほど順調に進んでいた。

 

だが、海の天候はどこまでも気まぐれである。

四方世界の広大な海原が、常に穏やかな顔を見せてくれるわけではなかった。

 

その日の午後。

突如として、空は不気味な赤紫色に染まり、瞬く間に分厚い漆黒の暗雲が太陽を覆い隠した。

 

「総員、帆を畳めェッ!! 嵐が来るぞ!!」

 

船長の怒号が、強風に掻き消されそうになる。

 

叩きつけるような暴雨。

波は数メートルの高さまで荒れ狂い、巨大な商船を木の葉のように揺さぶり始めた。

 

「ひゃあっ……!」

 

甲板の下。

貨物室に避難していた少女は、激しい揺れに耐えきれず、近くの木箱にしがみついた。

 

船体全体が、ミシミシと嫌な音を立てて軋んでいる。

 

「大丈夫ですか、お嬢様!」

「外はひでぇ嵐だ! ここから出ちゃいけませんぜ!」

 

船員たちが、必死に荷物を固定しながら少女を気遣う。

だが、彼らの顔にも明らかな焦りと恐怖が浮かんでいた。

 

その時だった。

 

――ズドォォォォンッ!!

 

雷鳴とは違う、船の底から突き上げるような凄まじい衝撃。

 

「な、なんだ!?」

「暗礁に乗り上げたか!?」

 

甲板の方から、悲鳴にも似た船長の声が響いた。

 

「ち、違う! 波の下だ! 海の中に、何かとんでもねえデカさの影が……っ!」

 

次の瞬間。

荒れ狂う海面が、大きく盛り上がった。

 

巨大な渦を巻き起こしながら、深海の底から『それ』は姿を現した。

 

「海大蛇(シーサーペント)だァァァッ!!」

 

見張りの船員が、絶望に満ちた声を張り上げる。

 

ざばぁぁぁっ! と無数の滝を散らして現れたのは、船のメインマストよりも遥かに太く、長い胴体を持つ、凶悪な海の魔物だった。

 

深緑色の硬質な鱗に覆われた巨体。

大蛇のような鎌首をもたげ、黄色く濁った巨大な眼球が、甲板の上の人間たちを餌として見下ろしている。

 

「撃てェッ!! 大砲を撃ちまくれ! 銛を撃ち込めェッ!!」

 

船長が抜剣し、狂乱したように叫ぶ。

 

ドォン! ドォン!

荒波の中で、何とか狙いをつけて放たれた大砲の弾。

そして、数人がかりで射出された巨大な捕鯨用の銛。

 

だが。

 

ガキィィンッ!!

 

「ば、馬鹿な……っ!」

 

船乗りたちは、絶望に目を剥いた。

シーサーペントの分厚い鱗は、砲弾をあっさりと弾き返し、鋭い銛の穂先をへし折ってしまったのだ。

 

「シャアァァァァァッ!!」

 

海大蛇が、耳をつんざくような咆哮を上げる。

怒り狂った魔物は、その長大な胴体を、巨大な商船の船体へと巻き付けた。

 

メキィッ……! バキバキバキッ!!

 

凄まじい怪力での締め付け。

分厚いオーク材の船首が砕け、メインマストが嫌な音を立てて傾き始める。

 

「ああっ……! 船が、船が折れるぞォッ!!」

「終わりだ! 海神様の怒りだァ……っ!」

 

甲板の船乗りたちが、次々と膝から崩れ落ちる。

もはや、人間の武器ではあの巨大な鱗に傷一つ付けることはできない。

 

貨物室の扉の隙間から、その絶望的な光景を見てしまった少女は、ガタガタと震えながら胸元を握りしめた。

 

そこにあるのは、温かな光を放つ『獅子のペンダント』。

 

(オーンスタイン、さん……っ)

 

祈るように、その名を心の中で呼んだ。

 

ズンッ……!

 

その時。

嵐の轟音と、船が砕ける音を圧して。

恐ろしく重々しい足音が、甲板の階段を上がってきた。

 

「……!」

 

絶望の底にいた船長が、弾かれたように振り返る。

 

ドシャ降りの雨の中。

甲板の入り口に立っていたのは、見上げるような黄金の巨漢だった。

 

竜狩りオーンスタイン。

 

彼は、嵐の中でも微動だにせず、ただ静かに、船を締め上げる海大蛇を見据えていた。

 

『――退ケ』

 

低く、しかし絶対的な威圧感を持つ声。

 

「だ、旦那……っ!? いや、無茶だ! あの化け物には、大砲すら効かねえんだぞ!?」

 

船長が叫ぶが、オーンスタインは足を止めない。

 

彼が、ズンッと一歩踏み出す。

 

その瞬間。

彼の分厚い真鍮の装甲の表面を、バチッ……! と青白い火花が走った。

 

バチバチッ! バヂィィィッ!!

 

雨に濡れた黄金の鎧から、凄まじい音と共に『黄金の雷』が奔る。

 

彼の内側に燻っていた、神族のソウル。

それが、主君たる『無名の王』の象徴である雷の力を呼び覚まし、周囲の空気をバチバチと焼き焦がしていく。

 

「ら、雷……!?」

 

船乗りたちが、その神々しくも恐ろしい光景に息を呑んだ。

 

オーンスタインは、背中に背負っていた長大な『十字槍』をゆっくりと引き抜く。

巨大な槍の穂先にも、黄金の稲妻が激しく絡みついている。

 

シーサーペントは、神代の竜に連なる存在だ。

だが、彼から見れば、それはただの『的に等しい水蛇』に過ぎない。

 

(……竜の紛い物が)

 

黄金の兜の奥で、静かな闘気が燃え上がる。

 

(我が雷の前に、姿を晒すか)

 

嵐の海。

水濡れ状態の巨大な標的。

そして、竜の鱗。

 

それは奇しくも、竜狩りたるオーンスタインの力が、最も致命的かつ残酷なまでに猛威を振るう、最高の舞台だった。

 

「シャァァァァッ!!」

 

オーンスタインの放つ尋常ではない魔力(ソウル)の気配に気づいた海大蛇が、標的を彼に変え、巨大な顎を開いて襲いかかってくる。

 

だが、黄金の騎士は一歩も引かない。

 

彼は、雷を纏った十字槍を高く、高く振り上げた。

大気を切り裂く、反撃の一撃が、今まさに放たれようとしていた。

 

---

 

「シャァァァァァッ!!」

 

鼓膜を破らんばかりの咆哮と共に、海大蛇(シーサーペント)が巨大な顎を大きく開いた。

 

狙うは、甲板に立つ黄金の騎士。

その一口で、分厚い帆柱ごと彼を丸呑みにしようという、凶悪な一撃。

 

迫り来る圧倒的な死の影を前に、甲板の船乗りたちは悲鳴を上げることすら忘れ、ただ絶望に目を剥いていた。

 

だが。

竜狩りオーンスタインは、迫り来る巨大な牙を前にしても、微動だにしなかった。

 

彼はゆっくりと、長大な十字槍を高く掲げる。

 

その瞬間。

彼の分厚い真鍮の装甲から溢れ出した『黄金の雷』が、十字槍の穂先へと恐るべき密度で収束していった。

 

バヂヂヂヂヂッ!!

 

周囲の空気が、高圧の雷気によってビリビリと震える。

嵐の雨粒が、雷に触れた端から瞬時に蒸発し、白い蒸気となって立ち上る。

 

オーンスタインの脳裏に、かつて神の都で振るっていた己の力の記憶が蘇る。

 

(……竜の鱗を貫くは、我らが雷の理)

 

十字槍の切っ先に集束した黄金の雷は、やがて巨大な『光の槍』そのものへと姿を変えた。

神代の奇跡、あるいは魔術と呼ぶべきか。それは純粋なソウルの熱量が具現化した、破壊の塊だった。

 

しかも、ここは嵐の海。

周囲は水で満たされ、標的たる海大蛇の巨体も、雨と海水でびしょ濡れになっている。

 

竜に連なる硬質な鱗。

そして、雷の威力を何倍にも増幅し、拡散させる『水濡れ』という絶対的な条件。

 

オーンスタインにとって、これほど条件の揃った『狩り場』はなかった。

 

「――滅セヨ」

 

兜の奥から響いた、地を這うような低い声。

 

オーンスタインが、十字槍を力強く振り下ろす。

同時に、切っ先から具現化した巨大な『雷の投槍』が、一直線に放たれた。

 

ズドガァァァァァァァァッ!!!

 

嵐の轟音すらも完全に掻き消す、天地を裂くような雷鳴。

 

放たれた黄金の雷槍は、海大蛇の分厚い鱗を、まるで薄紙でも破るかのようにあっさりと貫通した。

 

「ギ、ギャァァァァァァァッ!?」

 

海大蛇が、これまでにない凄絶な悲鳴を上げる。

だが、竜狩りの一撃は、ただ胴体を貫いただけでは終わらなかった。

 

バチバチバチバチィィッ!!

 

傷口から侵入した黄金の雷が、水に濡れた巨体を伝い、体内の臓器から硬質な鱗の隙間に至るまで、致命的な高圧電流となって駆け巡ったのだ。

 

「おお……おおおっ……!?」

 

甲板に這いつくばっていた船長が、信じられないものを見るように震える声を漏らす。

 

オーンスタインから放たれた雷の余波は、海大蛇の巨体を伝って海面へと到達し。

なんと、船の周囲の海水を、一瞬にして『沸騰』させたのだ。

 

ボコボコと音を立てて海面が白く泡立ち、膨大な水蒸気が嵐の海を覆い尽くしていく。

雷鳴と、蒸発する海水の音。

そして、内側から完全に黒焦げにされ、断末魔の悲鳴すら上げられなくなった海魔の巨体が、ズズンッ……! と重々しい音を立てて、沸騰する海の中へと沈んでいった。

 

後には、焦げた肉の臭いと、もうもうと立ち込める白い蒸気だけが残された。

 

大砲すら弾き返した海の化け物が、たった一撃。

それも、天変地異としか思えないような、神々しい黄金の雷によって消し炭にされたのだ。

 

「……海神様だ……」

 

一人の船員が、手から銛を取り落とし、甲板に両膝をついた。

 

「いや、雷神様だ! 雷神の化身が、俺たちを救ってくださったんだ……っ!」

 

「おおお……っ! ありがてえ、ありがてえ……!」

 

船長までもが、ガタガタと震えながらオーンスタインに向かって平伏し、祈りを捧げ始めた。

彼らにとって、今の信じがたい光景は、もはや人間の冒険者の枠を遥かに超えた『神の御業』に他ならなかった。

 

だが、当のオーンスタインは、平伏する船乗りたちを一瞥することもなく。

静かに十字槍を下ろし、ただ嵐の空を見上げていた。

 

(……やはり、あの頃の威光には程遠い)

 

彼自身は、兜の奥で小さく息を吐いていた。

全盛期であれば、投槍など使わずとも、ただ槍を一閃するだけで海そのものを真っ二つに割り、あの程度の水蛇は跡形もなく消滅していただろう。

 

それでも。

彼の内に燻っていた『残り火』は、この四方世界で確実に熱を取り戻しつつあった。

 

「オーンスタインさん!!」

 

ふと、背後から切羽詰まった声が響いた。

振り返ると、貨物室の入り口から、お財布係の少女が飛び出してくるところだった。

 

彼女は、平伏する船乗りたちの間を縫うようにして駆け寄り、黄金の装甲にガシッと抱きついた。

 

「無事で……無事でよかったです……っ!」

 

少女の瞳には、涙が浮かんでいた。

彼女の胸元では、彼が雷を込めた『獅子のペンダント』が、主の放った力と呼応するように、微かな温もりを放っている。

 

オーンスタインは、小さく頷き、巨大な手で彼女の背中を優しく叩いた。

 

その時。

彼らの頭上を覆っていた分厚い暗雲が、ゆっくりと割れ始めた。

 

海大蛇という脅威が消え去ったことで、嵐が急速に過ぎ去っていく。

雲の切れ間から、幾筋もの黄金色の太陽の光が、梯子のように海面へと降り注いだ。

 

「あ……」

 

少女が、涙を拭って空を見上げる。

雨は上がり、海は先程までの荒れ狂う姿が嘘のように、穏やかな凪を取り戻していた。

 

「お、おい! あれを見ろォッ!!」

 

不意に、マストの上に避難していた見張りの船員が、空を裂くような大声を上げた。

彼は、太陽の光が差し込む水平線の彼方を指差し、歓喜の涙を流して叫ぶ。

 

「陸だァァァッ!! 陸が見えるぞォォォッ!!」

 

「「「おおおおおっ!!」」」

 

船乗りたちが、一斉に立ち上がり、歓声を上げた。

少女も、オーンスタインの腕にしがみついたまま、その方向を真っ直ぐに見つめる。

 

雲が晴れた水平線の向こう。

そこには、これまでいた辺境の大地とは全く違う、天を衝くような峻烈な岩山と、果てしなく続く広大な大地のシルエットが、朝焼けのような光の中に浮かび上がっていた。

 

古い竜の伝承が眠り、神代の種火が渡ったとされる、未知なる領域。

『東の大陸』だ。

 

オーンスタインは、十字槍を片手に、静かにその新天地を見据える。

 

(必ずや、御前へ。……我が主よ)

 

神話の騎士と、小さな人間の少女。

二つの魂を乗せた船は、潮風に背中を押されるように、新たな大陸へと静かに進んでいく。

 

未知なる冒険の舞台が、黄金の光の向こうで、彼らを待っていた。

 

【第五章:水の街の死闘と、東へ導く残り火・完】

 

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