落日の竜狩り ―真鍮の鎧と主への誓約―   作:もいもい130

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第三十話:【竜鳴の峰と、黒鉄の抜け殻】

 

 

第一部:万年の雷雨と、鉄の関所

 

 

東の大陸の峻険な山々を、さらに奥へと分け入った先に、その峰はそびえ立っていた。

 

『竜鳴(りゅうめい)の峰』。

 

その名の通り、山頂は常に分厚い漆黒の暗雲に覆い尽くされている。

雲の奥底からは絶え間なく黄金の雷鳴が轟き、山肌を、そして周囲の空気をビリビリと激しく震わせ続けていた。

 

地上の季節など、ここには関係ない。

存在するものはただ一つ、万年続く暴風雨と、天から降り注ぐ雷の暴力だけだ。

 

「ひ、ひえぇ……! 本当に、本当に行くのですか!」

 

西を識る商人は、前日に市場で買い揃えた厚手の毛皮の外套に身を包みながらも、顔を青ざめさせて絶叫した。

大声を出さなければ、吹き荒れる暴風雨に言葉がすべてかき消されてしまうからだ。

 

一行は、辛うじて人の手が入れられたと思われる、崩れかけた石畳の登山道を歩んでいた。

足元は泥と雨水に塗れ、一歩でも足を踏み外せば、霧の彼方へと滑落する切り立った断崖絶壁が続いている。

 

「ここまでです、商入さん。あなたは、あそこの祠で待っていてください」

 

小さな魔法使いが、風に飛ばされそうになるフードを必死に抑えながら、登山道の脇に立つ朽ちかけた石の祠を指差した。

かつて東の人々が、山の神を鎮めるために建てたものだろうか。

辛うじて雨風をしのげる程度の、小さな空間だ。

 

「い、良いのですか! 私は、ここから先、何が起きても知りませんぞ!」

 

商人は安堵の表情を隠そうともせず、何度も頭を下げると、逃げるように祠の陰へと身を隠した。

これで、残されたのはオーンスタインと小さな魔法使いの二人だけとなった。

 

オーンスタインは、商人が去った後も無言のまま、山頂へと続く険しい道を見据えていた。

彼の纏う黄金の真鍮鎧は、容赦なく降り注ぐ豪雨を弾いている。

暗雲の切れ間から放たれる雷光を照り返し、その巨躯は闇の中で鈍く、しかし力強く輝いていた。

 

背に負った長大な十字槍は、自身の根源である雷の気配に呼応するように、パチリ、パチリと青白い火花を散らし始めている。

 

(……懐カシイ、匂イダ)

 

万年の雷雨。

それは、かつて彼が主君と共に駆け抜けた、古竜戦争の戦場と同じ、死と雷の匂いだった。

 

「行きましょう、オーンスタインさん」

 

小さな魔法使いが、前日に防水処理を施した魔導触媒の杖を両手でしっかりと握りしめ、彼の傍らに立った。

彼女の小さな体は、本来ならばこの暴風雨に晒され、とうの昔に凍えて動けなくなっているはずだ。

 

だが、彼女の瞳に恐怖の色はない。

自分の誇り高き騎士を、目的の場所へと確実に導くのだという、確かな決意だけが灯っていた。

 

二人は、商人が震えながら待つ祠を背にして、さらに過酷さを増す山頂への道へと足を踏み入れた。

 

上へ進むにつれ、風は刃物のように鋭さを増し、雨は小石のように硬く打ち付けてくる。

頭上で爆ぜる雷鳴の音圧は、鼓膜を破らんばかりの物理的な衝撃となって、二人の体を容赦なく打ち据えた。

 

だが、小さな魔法使いは決して弱音を吐かなかった。

 

彼女は、前日の準備で得た分厚い毛皮の外套をしっかりと纏い込む。

そして、防水の油を塗り込んだ杖の先から微かな魔力を展開し、自身の体温を維持するための薄い熱の膜を張り巡らせることに集中した。

 

足元の泥濘みに足を取られそうになっても、決して歩みを止めない。

前を歩くオーンスタインの巨大な黄金の背中を、見失わないように、ただひたすらに追い続けた。

 

彼がかつての戦友と向き合う時。

自分は相棒として、絶対に彼の足手まといにはならない。

その誓いが、凍えそうな彼女の小さな体を内側から熱く燃やしていた。

 

どれほどの時間を、その過酷な泥道を歩き続けたことだろうか。

やがて、二人の前に、山頂へと至る唯一の道である、峻険な石橋の関所が姿を現した。

 

深い谷底を跨ぐように架けられた、古く巨大な石の橋。

その向こう側、暗雲の切れ間から差し込む強烈な雷光に照らされて、探していた『門番』は立ち尽くしていた。

 

「――っ!」

 

小さな魔法使いが、息を呑み、思わず杖を握る手に力を込める。

 

そこにいたのは、オーンスタインの纏う黄金の真鍮鎧とは対極にある存在だった。

重厚で、一切の装飾を削ぎ落とした、赤錆に塗れた『黒鉄の鎧』。

 

オーンスタインにも引けを取らない、山のような巨体。

身の丈ほどもある巨大な大斧と、城壁を思わせる分厚い大盾を両手に構えている。

近づく者を無差別に粉砕するためだけにそこに立つ、意志を持たぬ機械のように佇んでいた。

 

空を見上げれば、その鎧の周囲を、赤黒く蠢く不気味な魔物が舞っている。

薄気味悪い羽ばたきを繰り返す『巡礼の蝶』だ。

それはまるで、見えない操り糸を引き、空っぽの鎧を無理やり動かしているかのようだった。

 

鍛冶師の言葉通り、中身は空っぽの、悲しき抜け殻に過ぎない。

だが、そこから放たれるソウルの威圧感は、これまでに相対したどの妖怪や魔物とも比較にならないほど、強大だった。

 

それは、神代の戦いの記憶。

古竜を狩るために鍛え上げられた、純粋な殺意と重圧が、嵐の向こうからビリビリと伝わってくる。

 

関所を吹き抜ける暴風が、黒鉄の鎧の赤錆を軋ませた。

ギィィ、と、金属が擦れる不快な音が鳴る。

 

虚無の兜が、ゆっくりとこちらを向き、黄金の騎士を捉えた瞬間。

 

ズガァァァァァァァン!

 

天地を裂くような、一際巨大な雷鳴が轟いた。

それを合図とするように、二人の『竜狩り』の、時と世界を超えた悲しき再会と戦いの火蓋が、豪雨の石橋の上で静かに切って落とされた。

 

 

第二部:激突する二人の『竜狩り』

 

 

ズシン、と。

暴風雨を切り裂くように、黒鉄の鎧が一歩、石橋を踏み鳴らした。

それだけで、足元の分厚い石畳が蜘蛛の巣状にひび割れ、強烈なプレッシャーが関所全体を支配する。

 

オーンスタインは無言のまま、黄金の十字槍を静かに下段へと構えた。

そして、後ろに立つ小さな魔法使いへ向けて、自身の左手をそっと掲げた。

 

『……俺ノ、戦イダ』

 

兜の奥から響く、地を這うような重低音。

それは、決して彼女を突き放すための言葉ではない。

かつて背中を預け合った戦友の、中身を失い操られるだけの惨めな姿。

その狂った因縁に引導を渡すのは、同じ『竜狩り』の称号を持つ己でなければならないという、騎士としての悲壮な決意だった。

 

「……はい」

 

小さな魔法使いは、その高く掲げられた手と、背中から発せられる意志を正確に読み取った。

彼女は深く頷き、攻撃魔術を行使するための呪文を自ら封印する。

その代わり、彼女は両手で握りしめた杖を、石橋の床へと力強く突き立てた。

 

「――『大いなる水よ、我らを護る盾となれ』!」

 

透き通るような声が、雷鳴の轟く空へと響き渡る。

瞬間、彼女の杖の先端から青白い魔力の奔流がドーム状に広がり、オーンスタインと彼女自身を包み込む巨大な防御障壁を展開した。

 

バチィィィン!

 

障壁が展開された直後、空から無差別に降り注いだ自然の落雷が、水と魔力の壁に弾かれて火花を散らす。

彼女の役割は、敵を撃つことではない。

この狂った暴風雨と、視界を奪う豪雨、そして天から降り注ぐ雷の余波をすべて弾き返し、彼が『黒鉄の鎧』との一騎討ちにだけ集中できる、絶対的な「決闘の舞台」を維持することだ。

 

(絶対に、邪魔はさせない……! オーンスタインさんは、前だけを見て!)

 

少女は歯を食いしばり、全魔力を障壁の維持へと注ぎ込む。

雨粒が弾け飛び、二人の竜狩りの間だけ、奇跡のようにクリアな空間が生まれた。

 

その舞台の中央で、黄金と黒鉄が激突した。

 

オーンスタインの足元で黄金の雷が爆ぜたかと思うと、その巨躯が神速の刺突となって黒鉄の鎧へと迫る。

空気を引き裂く鋭い槍の切っ先。

 

だが、黒鉄の鎧は、その巨体からは想像もつかないほどの滑らかな反応を見せた。

左腕に構えた、城壁のような分厚い大盾を微かにズラし、オーンスタインの必殺の刺突を完璧な角度で受け流す。

 

ガァァァァン!!

 

耳をつんざくような金属の衝突音が、石橋を激しく揺らした。

弾かれた十字槍から黄金の火花が散る。

 

その直後、黒鉄の鎧の右腕が大きく振り被られた。

赤錆に塗れた巨大な大斧が、空気を圧縮しながら、オーンスタインの頭上へと振り下ろされる。

 

中身は空っぽのはずだ。

上空を舞う『巡礼の蝶』が、見えない糸で操っているだけの操り人形に過ぎない。

しかし、その装甲に染み付いた古竜を狩るための戦闘技術と、圧倒的な剛剣の破壊力は、紛れもなく神代のままだった。

 

オーンスタインは咄嗟に十字槍の柄を両手で構え、その大斧の軌道を受け止めた。

 

ギガァァァァァァァッ!

 

真鍮と黒鉄が軋みを上げ、オーンスタインの足元の石橋が、その重圧に耐えかねて大きく陥没する。

大斧から放たれる、赤黒く淀んだ衝撃波が、オーンスタインの巨体を後方へと押し込もうとする。

 

(……重イ)

 

オーンスタインは兜の奥で、かつての戦友の力を再認識していた。

空の古竜のブレスを真正面から受け止め、その骨ごと叩き割る剛の極致。

己の機動力と刺突に対し、絶対の防御と破壊力で前線を支え続けた、あの頼もしい背中の重さそのものだ。

 

黒鉄の鎧は呼吸をしない。疲労も知らない。

大斧を振り抜いた反動をそのまま利用し、今度は大盾そのものを巨大な質量兵器として、オーンスタインへと叩きつけるように突進してくる。

 

「く……っ!」

 

障壁を維持する小さな魔法使いが、二人の激突から生じる衝撃波の余波を受けて、思わず悲鳴を漏らした。

彼女の小さな体が吹き飛ばされそうになるのを、必死に杖にすがりついて耐え凌ぐ。

 

オーンスタインは後方へ跳躍し、大盾の突進を間一髪で躱す。

しかし、黒鉄の鎧は全く隙を見せない。

大盾を構えたまま、大斧による大振りの薙ぎ払いを絶え間なく繰り出し、オーンスタインの神速の踏み込みをことごとく牽制する。

 

黄金の雷と、赤黒い衝撃波。

二つの相反する力が石橋の上で何度も交差し、その度に周囲の空間が歪むような破壊が撒き散らされる。

 

オーンスタインは防戦を強いられていた。

相手の防御は鉄壁であり、下手に踏み込めば、一撃で肉体を粉砕されかねない大斧の反撃が待っている。

狭い石橋の上では、彼の持ち味である機動力を完全には活かしきれない。

 

だが、オーンスタインの心に焦りはなかった。

彼は冷静に、ただ静かに、かつての戦友の太刀筋を見極めていた。

どんなに強固な防御にも、連撃にも、大技を放つ直前に必ず重心が偏る一瞬がある。

 

それは、神代の昔、彼自身が隣で何度も見てきた、黒鉄の竜狩りの僅かな『癖』。

中身が空っぽになってもなお、鎧そのものに刻み込まれている、武の残滓。

 

上空では、巡礼の蝶が不気味な羽ばたきを強め、鎧の動きをさらに加速させようとしている。

黒鉄の鎧が、これまでで最も大きく大斧を振り被り、同時に大盾を前面へと押し出した。

絶対的な防御の構えから放たれる、石橋ごと相手を粉砕する必殺の一撃の予備動作。

 

(……来ル)

 

オーンスタインの十字槍に、これまでで最も強く、眩い黄金の雷が収束していく。

暴風雨を遮断する少女の障壁の中、決着の時は、静かに、そして確実に近づいていた。

 

 

第三部:古竜を穿つ二段突きと、天の火

 

 

黒鉄の鎧が、石橋を砕きながら突進してくる。

城壁のような大盾を前面に押し立て、その後ろから、致命の一撃となる大斧が振り下ろされようとしていた。

 

それは、かつて数多の古竜を叩き落としてきた、絶対的な攻防一体の構え。

 

小さな魔法使いが維持する防御障壁の中で、オーンスタインの十字槍に宿る黄金の雷が、極限まで膨れ上がる。

眩い光が、周囲の暗雲すらも一瞬だけ黄金色に染め上げた。

 

(……見極メタゾ)

 

オーンスタインは、突進してくる黒鉄の巨体から目を逸らさない。

回避ではない。彼もまた、正面からその重装甲へと向かって、神速の踏み込みを見せた。

 

激突の瞬間。

オーンスタインの十字槍が、黒鉄の大盾のど真ん中へと突き放たれた。

 

ズガァァァァァァァン!!

 

雷鳴をも掻き消す、凄まじい衝撃音。

だが、その一撃は、盾を『貫く』ためのものではなかった。

あまりにも重烈な刺突の威力を盾の表面に叩きつけることで、黒鉄の鎧の突進力を完全に相殺したのだ。

 

激しい衝撃を受けた黒鉄の鎧は、本能的に――あるいは鎧に染み付いた戦闘技術に従い、前のめりに重心を預けて防御姿勢を固めようとした。

両の足が石橋に深く食い込み、すべての質量が「盾を支えること」に集中する。

 

それこそが、神代の昔から変わらない、彼の戦友の強さであり、同時に唯一の『隙』だった。

 

(ソコダ……!)

 

オーンスタインは、大盾に叩きつけた十字槍を瞬時に手元へと引き戻す。

その後、一段目の刺突の反動と、さらに深く踏み込む自身の脚力を乗せ、流れるような動作で『二段目』の突きを放った。

 

狙うは、重心を落とした大盾の、さらに下。

石橋の床すれすれを這うように潜り込んだ十字槍の穂先が、分厚い大盾の下縁を正確に捉える。

 

かつて、硬質な古竜の鱗の下に刃を滑り込ませ、強引に剥がし取った竜狩りの絶技。

 

「――ッ!!」

 

声なき咆哮と共に、オーンスタインの巨体が跳ね上がる。

十字槍の力点から伝わる爆発的な跳ね上げの力が、黒鉄の鎧の絶対的な防御を、下から上へと完全にこじ開けた。

 

ガキィィィィィン!!

 

重厚な大盾が宙に浮き、黒鉄の鎧の胸部が、無防備に空へと晒される。

 

大斧を振り下ろすことすらできない、完全な死に体。

そこに、オーンスタインの全ての雷を乗せた、真の神速の刺突が突き刺さった。

 

ドスゥゥゥゥンッ……!!

 

黄金の十字槍が、赤錆に塗れた分厚い黒鉄の胸当てを、いとも容易く貫通した。

 

直後、槍の穂先から爆発的な雷光が奔る。

黄金の雷は鎧の内部を駆け巡り、そのまま天に向かって伸びる『見えない操り糸』を逆流していった。

 

上空で不気味に舞っていた『巡礼の蝶』が、黄金の雷に撃ち抜かれ、断末魔のような甲高い悲鳴を上げる。

赤黒い魔物が炎上し、灰となって暴風雨の中に散っていく。

 

同時に、黒鉄の鎧の兜の奥で妖しく蠢いていた赤黒い光が、ふっと消失した。

 

ガラン、と。

支えを失った巨大な大斧と大盾が、石橋の上に重々しい音を立てて転がり落ちる。

 

中身のない抜け殻は、ゆっくりとその場に崩れ落ちた。

両膝をつき、まるで祈るように首を垂れ、ついに完全に沈黙する。

 

終わったのだ。

神代から続く、狂った因縁の糸が、今ここで断ち切られた。

 

――その時だった。

 

崩れ落ちた黒鉄の鎧の隙間から、これまで見たこともないほど膨大で、淀んだ赤黒いソウルが霧となって溢れ出した。

それは石橋を覆い尽くし、小さな魔法使いの障壁すらも圧迫するほどの、圧倒的な質量を持った『力』の塊だった。

 

オーンスタインは無言で十字槍を下ろし、その霧を受け入れるように静かに佇んだ。

決して、ソウルに飢えて力を貪ったわけではない。

これは、呪縛から解き放たれた戦友の魂を自らの内に還し、弔うための神聖な儀式であった。

 

ゴォォォォォ……!!

 

暴風雨の音をかき消すように、赤黒いソウルの霧がオーンスタインの黄金の鎧へと、吸い込まれるように収束していく。

鎧の継ぎ目から、黄金の雷とは違う、赤黒い光が脈動するように溢れ、彼の巨体を包み込んだ。

 

その瞬間。

彼の脳裏に、言葉を持たぬはずの『黒鉄の鎧』の意志が、確かに流れ込んできた。

 

(……感謝スル、黄金ノ同胞ヨ)

 

それは、永きに渡る操り人形の呪縛から解放された、誇り高き竜狩りの安堵の息。

かつて背中を預け合った戦友からの、不器用で、しかし確かな礼の言葉だった。

 

オーンスタインは兜の奥で静かに目を閉じ、その意志を深く受け止めた。

 

ソウルの吸収が止まった時、オーンスタインの存在感は、戦う前とは比べ物にならないほど強固なものへと変貌していた。

鎧の軋みが消え、掠れていた地響きのような声に、かつての神の騎士としての覇気が微かに戻る。

 

しかし、それでも。

 

この膨大なソウルを受け継いでもなお、彼がかつて処刑者の相棒と共に『神の都の大広間』を守護していた頃の、半分程度の力まで回復するのが限界であった。

失われた力と時の重さは、依然として深い。

 

「……オーンスタインさん」

 

小さな魔法使いが、展開していた水と魔力の障壁を静かに解除した。

彼女は荒い息をつきながらも、杖を杖代わりにして、ゆっくりと彼の元へと歩み寄る。

 

暴風雨はまだ続いている。

だが、先ほどまでの殺意に満ちた重圧は消え去り、ただの自然の猛威へと戻っていた。

 

オーンスタインは無言で崩れ落ちた黒鉄の鎧の前に進み出た。

その後、彼もまた静かに片膝をつき、深々と首を垂れた。

 

かつて、共に空を見上げ、背中を預け合った誇り高き戦友。

その魂が、今度こそ安らかな眠りにつけるように。

言葉のない、しかし限りなく深い敬意と哀悼を込めた、騎士の礼。

 

小さな魔法使いもまた、彼の隣に並んで膝をついた。

彼女は胸元の『獅子のペンダント』を両手で包み込むように握りしめ、目を閉じて静かに祈りを捧げた。

自分の大切な人が、かつてどれほどの喪失を経験し、どれほどの重荷を背負ってきたのか。

その一端に触れられた気がして、彼女の目尻から、雨粒とは違う熱い雫がこぼれ落ちた。

 

やがて、オーンスタインは静かに立ち上がった。

未だ雷鳴の轟く暗雲の空を見上げ、その後、振り返って少女を見下ろす。

 

『……行コウ』

 

「はい。……行きましょう」

 

少女は涙を拭い、力強く頷いた。

二人は、地に還った戦友の残骸を後にして、石橋の関所を越える。

 

その先。

竜鳴の峰の、本当の頂。

 

そこには、古竜を祀るために作られたと思われる、巨大で古びた石の祭壇が鎮座していた。

そして、その祭壇の中央。

暗雲から絶え間なく降り注ぐ落雷を一身に受け止め、決して消えることなく燃え続けている、純白と黄金が混じり合った奇跡の炎。

 

――『天の火』。

 

神代の種火が、ただ静かに、そこにあった。

 

オーンスタインは背中の十字槍を手に取り、少女はローブのポケットから青白く透き通る『光る楔石』を取り出す。

 

狂った抜け殻は眠りについた。

残された彼らは、前へ進まなければならない。

かつての主君を探し出すという、次なる希望の火を灯すために。

 

荒れ狂う嵐の頂で、黄金の騎士と小さな魔法使いは、熱を帯びた瞳で互いの顔を見合わせた。

 

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