<本編完結>親友のお隣さん~万の羽が彩るハッピーエンド~ 作:白豆男爵
叶と一緒に暮らすようになって一つ分かったことがある。
叶がPCと向き合っている時間が異様に長いということだ。
昼間は普通だ。しかし、夜に叶の部屋の前を通るときは、いつも打鍵音がする。
まるでずっとコードを打ち込んでいるような...
ふと気になった俺は、叶に聞いてみることにした。
「なあ叶、最近ずっとパソコン触ってないか?」
「んー?気のせいじゃない?」
「だって、叶の部屋の前通るとき、いつもキーボード打ってるっぽいから...」
「...バレちゃったか」
やっぱり、何か隠していたのだろうか。
観念したように叶は呟いた。
「...私が情報の授業ずっと復習してたの」
「...へっ?」
「いやー、私情報好きじゃん?彩葉は情報のテストも点数高いし、かぐやちゃんもプログラミング超上手じゃん?だから負けたくないなーって。だからちょっと勉強してただけ!」
「そ、そうだったのか...?」
「うんうん、あ、彩葉とかぐやちゃんには内緒ね?心配してくれてありがと、今日はもう寝るね」
「あ、ああ。お休み」
叶はそう言うと足早に部屋に戻っていった。
「情報の授業、か」
違和感があった。
叶は基本的に嘘をつかない。
だから叶は嘘が下手だ。
だけど今のは違う。
いつもの下手な嘘じゃなく、最初から用意していたみたいな嘘だった。
一歩を踏み出そうとして、俺はまた踏みとどまった。
この先に踏み込んでしまうと、何かが壊れてしまう気がしたから。
「ふー、危ない危ない。何度もシミュレーションしといて良かったー...」
部屋の扉を閉めた後、私は一人呟いた。
一緒に暮らすってなったとき、正直万羽には気づかれると思ってた。
だから頭の中でいくつも返しのパターンを用意しておいた。
「ごめんね、万羽」
嘘をついてしまったことを許してほしい。
今はまだ、知られるわけにはいかないから。
届かない謝罪の言葉を呟いて、私は再びパソコンに向き直った。
モニターには無数のコードが並んでいた。
まだ完成率は七割。
だけど、絶対に間に合わせる。
みんなで、ハッピーエンドを迎えるために。
彩葉とかぐやがヤチヨとのコラボライブを終えた後、かぐやの様子が変わった。
どこか元気がなく、何かを受け入れたような、そんな様子だった。
そんな折、彩葉の提案で、4人で花火大会に行くことになった。
浴衣を着ようという話になったのだが、なぜか俺も着せられることになり、そのまま電車で会場まで向かう。
屋台を回っているかぐやと彩葉はとても楽しそうで、一方、叶は一歩引いてただその二人を眺めていた。
やがて花火が上がり、かぐやはぽつぽつと語り始めた。
月での生活が機械的で退屈だったこと、月から見た俺たちがキラキラして見えたこと、仕事を放り出してきてしまったため、強制送還されてしまうこと。
俺と叶はその様子を少し後ろから眺めていた。
しかし叶が二人を見る目はどこか遠く、もっと先を見ているような気がして、思わず話しかけてしまう。
「どうした、叶」
「えっ?」
「見てないだろ」
「いやいや、見てますとも。花火、きれいだよね」
「違う、花火じゃなくて、二人を」
「...」
叶は俺の返事に黙りこくってしまう。
また、何かを隠している。
叶は俯いたまま、花火の光から目を逸らした。
最近ずっと感じていた違和感。
夜中まで続くキーボードの音、用意されていた嘘。
その全部が頭をよぎる。
だけど、俺は叶が嘘をついていることよりも、頼ってもらえないことが何よりも苦しかった。
「俺じゃ頼りないか...?」
「...ごめんね。本当に、ごめんね...」
叶は質問に答えることなく、静かに謝った。
その謝罪は後半になるにつれて消え入るように弱くなっていく。
気付けば花火は打ち終わっており、かぐやは彩葉に告げた。
「もう
そこから家までの足取りは、とても重苦しいものだった。
叶は最後までこちらを見ることはなく、俺はまた、踏み込むことが出来なかった。
カラン、と武器が落ちる音が響き渡る。
かぐやのお迎えをツクヨミで迎え撃った。
でも、勝てなかった。
お兄ちゃんたちにも協力してもらって、挙句の果てにはお兄ちゃんたちがチートまで使って戦ってくれたのに、勝てなかった。
己がいかに無力であったかを思い知らされる。
「はるばるようこそ。逃げちゃってごめん。でも、すっごい、すっごい、楽しかったんだ!」
かぐやは月人に屈託なくそう言った後、一歩を踏み出そうとして...
「ちょーっと待ったぁ!!」
「えっ?」
その叫びが、響き渡った。
その言葉と共にかぐやのいる天守閣に降り立ったのは、なんと叶であった。
叶のゲームの実力はお世辞にも上手いとは言えず、本人も足手まといになるからと今回の戦いは不参加であったはずだ。
しかも、KASSENはもう終わってしまった。
だが、なぜか叶が天守閣に現れ、待ったをかけた。
「叶!?何で...」
「かぐやちゃんを連れて行かせはしないよ」
叶は月人に向かって堂々とそう告げる。
私はその場面に理解が追い付かなかった。
「あなたたちは、かぐやちゃんが仕事を放棄したからお迎えに来たんでしょ?つまり仕事が滞りなく進められればかぐやちゃんは帰らなくてもいいわけだ」
叶は月人に対し一方的に話をしながら、ウィンドウを操作する。
「これ、かぐやちゃんのお仕事を代行してくれるbotのプログラム。これがあれば問題ないでしょ?」
「「「はっ?」」」
かぐやも、万羽も、私も素っ頓狂な声を上げる。
仕事代行botのプログラム?そんなもの、一体どうやって...?
「これのために、結構頑張ったんだよ?完成するか最後まで分かんなかったけど、なんとか間に合った!」
「...」
月人はその交渉に応じたのか、かぐやに手を出すことなく身を引いていく。
沈黙。誰も言葉を発せなかった。
月人よりも、今私の目に映る叶の方が理解できなかった。
やがて月人はその姿を消し、その場に残ったのは、かぐやを含めた私たちだけであった。
その静寂を破ったのはかぐやで、残れたのがうれしかったのか、叶に抱き着いた。
「叶ーっ!」
「かぐやちゃん!よかったぁ...」
「叶、今のは...?」
私は叶の元まで行き、思わず質問する。
そんな私に対し、万羽は静かに叶の方を見つめていた。
「...今日はもう遅いから、明日話すよ。明日の朝に、全て」
私たちは何が何だか分からないまま、一夜を明かすこととなった。
翌朝、叶は「まず案内したいところがある」と言って俺たちを連れだした。
やがてついたのは、無数の配線が広がるサーバールームのような場所。
その中心には、タケノコのようなものが水槽に漬かっている。
「ここからツクヨミに入って」
俺たちは叶に言われるがままスマコンを起動してツクヨミにログインする。
そして目を開けると、いつものエントリー場所ではなく、誰かの私室のような場所だった。
その中心には、誰かが鎮座していた。
その長い髪をたなびかせているのは、紛れもなく月見ヤチヨであった。
「なんで叶がヤチヨと...?」
「...今は昔──」
「月に帰ってバリバリ社畜してた、えらえらかぐや姫の所に歌が届きました。それはかぐや姫のために作られたかぐや姫だけの歌」
月に帰って...?歌...?
何のことだ?
「かぐや姫は大喜び。それでもっかい地球に行こ~~って、お仕事爆速ですっかり片付けて引き継ぎも完了。ただ、地球の時間では大遅刻。でも、安心。月の超テクノロジーは時間も超えられます。時を超えて、地球に向かうかぐや姫。でも、もう少しの所で、でっか~い石に当たっちゃったの」
分からない、一体何を言っているのか。だってかぐやは今俺たちの隣に...
「ヘロヘロになりながらやっとのことで辿り着いたのは、ざっと八千年前の地球でした。壊れた舟の僅かな力で、同行していた犬DOGEだけが体を得ました。たまたま近くを泳いでいたウミウシになれたのです。かぐやはウミウシを通してだけ、世界と交流を持てました」
脳が、情報を理解することを拒んでいる。
「時は経ち、人は見えないものを形にし、多くの人とつながる力を手に入れた。それは月の世界と少し似ていて、かぐやは初めて、魂だけの自分が世界と関われる可能性を知りました。そして、仮想空間ツクヨミの歌姫として再び彩葉と万羽に会うことが出来たのです」
俺たちはただ呆然と立ち尽くしていた。
「...叶とヤチヨの関係は何なんだ?」
俺が精一杯、絞り出した言葉は、その疑問だった。
「うーん、今は昔...ってほどでもないか、ヤチヨに比べたら。私が中1の頃の話。慣れない環境、その中で完璧であろうとする自分に限界ギリの私のところに、歌姫の言葉が届きました」
・・・
私は天井につるされたロープを見つめる。
もう疲れた。
みんなの理想であることに、理想であるがゆえに誰かに蔑まれることに。
そして何より、私のせいで万羽の生き方を縛り付けていることに...
「さようなら...」
震える手を伸ばす。
怖い。怖いけど、それ以上に疲れていた。
私がそのロープに手をかけようとしたその瞬間、
『待ってっ!』
その声が、響き渡った。
その声がした方向に振り返ると、机の上のタブレットの画面に、一人の女性が映っていた。
その白い髪、聞き覚えのある声の主は...月見ヤチヨだった。
「月見...ヤチヨ?どうして...」
『そんなの、ダメだよ』
「っ!AIに私の何が分かるの!?」
『...私がAIじゃないって言ったら?』
「...!」
よく考えれば、そうだ。
ただのAIがわざわざ私の自殺を止めるはずがない。
だったら、月見ヤチヨは...人間?
「あなた、は...?」
『...私ね、あなたのいない未来から来たの』
「...はっ?」
思わず素っ頓狂な声を上げる。
そんな私をよそに、ヤチヨは自身について語る。
この先の未来で、彩葉という人と、そして万羽と共に過ごした月人であると。
月に強制送還され、再び戻ってきたのは8000年前の地球であったと。
あまりにも、荒唐無稽。でも、ヤチヨが嘘をついているようには見えなかった。
そして何よりも興味を引いた情報は...
「そっか、私は死んでたんだ」
『うん、本当なら叶は、そのまま自殺しちゃってた』
「でも、思わず声をかけたと、助けちゃったと、そういうわけだ」
『うん...私が見てきた未来に、万羽の隣にあなたはいなかった。万羽から、あなたについて聞いたことはなかった。つまりは、そういうことなんだと思う』
私は本来この輪廻の中で生きていない異分子であるらしい。
ヤチヨの行動が、私を救い、輪廻の流れを変えたのだ。
...私が生き残った意味、それを作り出すのは、私自身だ。
「ありがとう、ヤチヨ。私、生きる理由ができた」
『えっ?』
「未来で出会うみんなも、万羽も、ヤチヨも...みんなまとめて私がハッピーエンドに連れていく!目指せ、完全無欠のハッピーエンド!」
『...あははっ!無茶言うねぇ』
私とヤチヨは顔を見合わせて笑い合う。
こうして誰かと心の底から笑ったのは久しぶりだった。
・・・
「それから、私とヤチヨの共犯の日々が始まりましたとさ、めでたしめでたし~!つって」
叶はお茶らけた様子でそう言ってのけた。
俺の知らないところで、叶はヤチヨに救われていた。
俺じゃ救えなかった、叶の心を...
「...何年だ」
「え?」
「あのプログラムを書くのに、何年かかった...?」
「...プログラミングを独学で学ぶのに一年、そこからヤチヨの技術提供の元、コーディングを終わらせるのに昨日までの約三年」
「っ...!」
約四年、ヤチヨに救われた日から、叶はずっとこの日のために準備してきていた。
異常にパソコンに向き合う時間が長かったのも、花火の時にどこか引いた目をしていたのも全部、真実を知る者として、運命を変えようと努力していたからだった。
かぐやと彩葉も、その壮絶な過去を聞いて言葉が出ないようであった。
叶は笑っていた。
かぐやが残れた、その事実が本当に嬉しいのだろう。
だけど、その笑顔はどこか無理をしているようにも見えた。
「さて、残る仕事はあと一つ」
「えっ?」
「もと光る竹の...ヤチヨの体の修理が残ってる」
その言葉に、ヤチヨを含めた全員が絶句する。
叶はまだ、背負おうとしていた。
この期に及んで、またしても一人で。
ヤチヨもそこまでは知らなかったようで、疑問の言葉を投げかける。
「もと光る竹の、修理...?」
「言ったでしょ。ヤチヨも含めて全員、ハッピーエンドに連れていくって。だったらヤチヨも現実で過ごせるようにしてあげなきゃ!かぐやちゃんだけ残れて終わりなんて嫌だよ。ヤチヨだって、私たちの家族でしょ?」
叶は屈託のない笑顔でそう告げる。
その笑顔はどこか危なっかしくて、すぐにでも壊れてしまいそうだった。
そんな叶が見てられなくて、俺は言葉を放つ。
「なあ叶、花火の日のこと覚えてるか」
「え?」
「俺、叶に聞いたよな。俺じゃ頼りないかって」
「...」
「あの時、お前は答えなかった」
「ごめん...」
「謝るな、俺もあの時は踏み込む勇気がなかった。でも、今は違う。だから今答えてくれ」
俺は自分の、思いの丈をぶつける。
今度こそ、叶を救うために。
「今でも、俺たちは頼れないのか?」
「っ!」
「お前は彩葉を救った。かぐやを救った。俺だって何回も救われた」
叶は未だに沈黙を貫く。
まだ自分だけで背負おうとか思っているのだろうか。
だったら、俺が思っていること、覚悟、全部をぶつける。
あの花火の日みたいに、もう見て見ぬふりはしない。
「四年間、お前は一人で戦った。輪廻を変えるために、ずっと頑張ってきた。だから、今度は頼ってくれ。だって俺たち、友達だろ?」
「万羽...」
「...そうだよ、頼ることを私に教えてくれたのは叶でしょ?なのに叶は頼らないなんて、水臭いにもほどがあるでしょ」
「彩葉...」
「かぐやもっ!今度は、かぐやたちが叶を助ける番だから!」
「かぐやちゃん...」
俺たちが言葉をかけると、叶の目尻に涙が溜まっていく。
それはやがて頬を伝って、落下していく。
「そっか...もう、一人で頑張らなくても...いいんだね...っ...!」
「そうだよ叶、みんながいれば、全部大丈夫!ヤッチョたちが保証しちゃう!」
今まで溜めていたものを放出するように泣き出した叶を、俺たちは静かに抱きしめ合った。
ツクヨミで感じないはずの体温を確かめるように...
まだ続きます。
なんか気づいたら叶が超スパダリになってしまった...
くそっ、ここスパダリしかいねぇ!
叶と彩葉は似た者同士なので誰かの言葉がないと止まれないのは叶も同じだったんですね。