翌々日となる月曜日。八神チャチャと闇の書が、次の蒐集対象を選定するまでの休息という事で地球に戻ってきた。
既に前提条件をクリアしたし、作業は早い方がいいだろうという事で、リンディ・ハラオウンとプレシア・テスタロッサ立会いの下、
起動といっても、危険性は低いはず。山の方に遊びに行っていた時にたまたまという事にして、念のため人里からは離れておく程度。変に遠くや別の次元世界に行くと説明が厄介だし。
というわけで、こんなこともあろうかと! 普通自動車免許を取得していた八神チャチャがレンタカーを借りてきて、守護騎士代表のシグナムも含めた6人で、海鳴温泉に向かうドライブコースの半ばにある、公園になってる小さな城址へ。
本来は見晴らしのいい展望台もあるけど、今日の天気は曇りだし、平日だから人気は少ないと予想。駐車場や道路から見えない場所も多く、念のため人払いをした上で使わせてもらうことに。
「やっぱ、エヴァさんは力あるなぁ。
男の人やったら、ドキドキするとこや」
八神はやてはお姉様に抱き上げられて、車から折り畳みの車椅子へ。
体力的に余裕だし、特別な車を用意する必要も無いから、今後はこの方法での移動もちょくちょく行う予定。
「そう言いながら、なぜ胸にすり寄ってくる?
揉み魔だという事は知っているが」
「このふわふわした感覚が何とも……はっ!?
わ、私は皆様のバストアップに貢献しとるだけや!」
「前半は意識が飛びかけていたぞ。
それに、私やアコノ、守護騎士達も不老だ。基本的に体形が変わらんから、揉んでも大きくなることは無いぞ」
むしろ、自身の胸を心配すべきでは?
StrikerSのドレス姿を見る限り……ねぇ。
(予定通りにいけば、ずっと今の姿のままだ。
それは言わない方がいい)
はーい。
そんなこんなで、予定の場所に到着。
闇の書は八神はやての手の中にあるし、傍にお姉様と八神シグナムがいる。
リンディ・ハラオウンとプレシア・テスタロッサは少し離れたところで様子を見てる。八神チャチャがいるのはそっち。
「手順としては、強く念じること。それだけやね?」
「はい、主はやて。
人格起動に特別な魔法は必要ありません。書を手に取り、強く承認する事を願えば、その意思を闇の書が読み取るはずです」
「ああもう、また敬語になっとるし、呼び方も」
「申し訳ありません。ですが、今は守護騎士としての発言をお許し下さい」
「そこも問題やけど、闇の書やない。夜天の魔道書や。
私らが間違えたらあかん」
でも、今は対外的に闇の書なわけで。
むしろ、完治後に夜天の魔道書と呼んだ方が、立場的には良さそうな気もするけど。
「さてと、風景を楽しめる天気でもないし、早速始めるか。
打ち合わせ通り、チャチャがはやてと休憩中、私達が少し離れたタイミングで起動したという体裁を取るから、居場所や記録はそれに準じた形で頼む」
というわけで、お姉様、八神シグナム、リンディ・ハラオウン、プレシア・テスタロッサの4人は、展望台の方へ少し移動。
それを確認すると、八神はやては闇の書を取り出して。
「おきろー、おきろー」
「いや、起こすんじゃなくて、承認するんだが……ん?」
大真面目な八神はやてには悪いけど、その方法では……?
何かがおかしい。少なくとも、起動させようとする意思は見せてるわけで。
「……
お姉様、何を……って、夜天が起きてる?
半透明で妖精サイズの姿を投影してるみたいだけど、八神はやては気付いてない。
夜天は悲しそうな表情で、その様子を見てる。
「エヴァさん、いったい何が?」
リンディ・ハラオウンが代表で質問してくるけど、プレシア・テスタロッサと八神シグナムも驚いてる。
誰も気付いてなかったらしい。
「恐らく、強烈な認識阻害だ。今ははやてと夜天を隔離した状態にして、こっちへの影響を防いでいる。
とりあえず、話が出来ないか試してみるぞ」
(夜天、聞こえるか? まさか、この状態でも管制通信すら通らんとか言わんだろうな?)
(……この方法で話が出来るという事は、本当に私の関係者なのだな。
初めまして、と言えばよいだろうか)
おお、通じた。
何だか声が暗いけど。
(ああ、初めましてだ。私としても会った覚えは無いからな。
それより、その認識阻害はどうにかならんのか?
その状態では、はやてと話すことも出来んだろう)
(これは私を縛る鎖であり、檻の一部だ。書が完成しない限り、解放される事は無い。
400ページを超え、主の承認を得た事で対話と精神アクセス機能は回復しているが、それもどこまで有効か……)
(お前自身の起動ではなく、機能制限を解除出来るという事か……道理で、起動する条件やらに違和感があるわけだ)
管制すべき人格が最後かつ承認が必要だとか。
400ページとかいう中途半端なページ数とか。
原作では起動してないのに、夢で会ってたらしいとか。
管制通信で微妙な反応があったりもしたし。
人格自体は目覚めてたとしか思えなかったのは、正しかったらしい。
(ところで、今の状況は?
目覚めている事は解ったが、どの程度動けるんだ?)
(主が私を目覚めさせようとしていることで、鎖が若干緩んでいるだけだ。
それが無くなれば、私は再び書の中に戻るしかない。この声も届かなくなるだろう)
(そうか。時間が無いなら端的に済ませるぞ。
まず、書の構造を変更するには管理者権限の行使が必要だが、現状でははやても使えない。使うためには書を完成させた上で、防衛プログラムを停止させるしかない。あっているか?)
(恐らくは、そうだ。
私が知る限り、それ以外に可能となる条件は無い)
(防衛プログラムは最初からあるが改悪され、守護騎士達は後で追加されたもの。
夜天の魔道書自体を初期状態まで戻すと、防衛プログラムは正常になるが、守護騎士達は消える事になる。どうだ?)
(判らない。初期構造は、記憶に無いのだ)
(初期構造というか、改悪される前の状態が記憶にない。故に、暴走を一時的に何とかしても、根本的な対策は不可能だった。そうだな?)
(そうだ)
(ならば、話は早い。
初期状態は、私が記録している。防衛プログラムの正常化や改悪部分の修正はそれを使えば可能だし、うまくやれば守護騎士達を残すことも出来るだろう。とりあえずの手掛かりとして、それを渡しておく。
未来に希望がある以上、絶対に諦めるな。はやてには私達と共に生きることについても話をしているし、これまでの様に殺してしまうのは、私が許さんぞ)
夜天の魔道書の初期構成情報の転送開始。
情報量としてはかなり多い。
転送に時間がかかるし、今の夜天に受け入れる容量があるかが心配。
(そうだな、この様な状態になったのは私が誤ったからであり、責められるべきは私だ。
済まない)
(謝るくらいなら、しっかりとはやてを支えてやってくれ。
普段は管制通信が通らないなら、何度かはやてに頼んで話す機会を用意してもらうつもりだ。その時に、現状や正常化の方法を確認したい。現時点で可能な調査をやっておいてくれるか?)
(現状で出来る事は、あまり多くない。
だが、可能な限りやってみよう)
(頼むぞ。闇の書としての蒐集が終わった時が正念場だ、失敗は許されんからな。
それと、はやてに伝えたい事はあるか?)
(この様な悲劇に巻き込んでしまい申し訳ない、と)
(はやても、恐らく謝罪は受け取らんぞ。
罪の意識で萎縮する事も嫌がるだろうな)
(そうか……そうだな。
では、騎士達に暖かい時間を頂けた事に感謝する、と)
(了解した。
そろそろ限度だろう。今回はここまでにしよう)
お姉様が視線を向けた先は、元気が無くなってきてる八神はやて。
反応が無いように見えるから、拗ね始めてる。
初期状態の転送は終わってないけど、量が多すぎ。今回は基礎部分のみで、次回以降も順次転送する方向で。
「済まないはやて、何とか話は出来た。
そろそろいいぞ」
「えー……何も無かったからって、嘘はあかんよ」
認識阻害をまともに受けたままだった八神はやてには、姿も見えていなかったはず。
そりゃあ、信じるのも難しい。
「いや、本当だ。少なくとも姿を見せていたのは、リンディやプレシア、シグナムも見ている。
状況としては、お前が直接話せなかった点以外は想定の範囲内だな。
夜天は、騎士達が幸せそうに暮らしている事に感謝していたぞ」
「そっか。今後の方針は決まったん?」
「やはり、書を完成させる必要がある。
書を完成させ、防衛プログラムを強制停止させた上で、お前と夜天が管理者権限で問題のある個所を修正する必要があるようだ。
その作業にも協力するし、それまでに何度か現状や修正に関して話をしたいから、今回の様な事を何度かしてもらう事になるが……」
「うーん、何も無かったとしか思えへんけど……」
「そうだな、なら、ちょっといくつか実践してみるか。
まず、ここに石があるな?」
お姉様は足下にあった石を1つ拾うと、右手の掌に乗せた。
「うん、小さくて黒っぽい石やね」
「ここに、認識阻害という魔法を、悪意ある方法で使うと……」
左手で黒龍を起動、カートリッジを2発ロード。
小石の存在の認識を、阻害する。
「無くなった……転移したん?」
「いや、あるぞ。
あるという事実を認識出来なくなっているだけだ」
「ま、魔法ってこんなことも出来るんや……」
八神はやては、お姉様の手を触ってる。
石が無いように思えるのに、強く握ると何だか痛いという事に気付いて、再びびっくりしてる。
「こんな感じで、いる事に気付けなかったわけだ。
ちなみに、外から見ていたらこんな感じだったからな」
言いながら、お姉様は記録してた映像を空中モニターに表示。
数枚の静止画だけど、様子は見える。
「おー、ほんまに銀髪美人のお姉さんや。
なんか悲しそうな顔をしとるけど……」
「お前と話す事もままならん現実を悲しんでいるんだ。
こいつも、きちんと助けんとな」
「うん、そうやね」
何とか納得してくれた。
今後の動きとして、八神家側は問題無くなったけど。
「だけどこの映像だけでは、起動したという証拠には弱いわね。
小人の様な姿は記録出来たけれど……」
リンディ・ハラオウンは、先ほどの光景の記録を確認してる。
確かに、八神はやてが闇の書を見て、闇の書の傍に妖精の様な夜天が浮かんでるだけ。
おきろーとかいう声は録音されてるけど、会話も無い。
「起動したようだ、程度の報告でいいんじゃないかしら。
守護騎士すら現れない、変則的な起動よ。管理局に行くときの鎖を止めれば、状況証拠としては充分よ」
「そうなると、私達が知らない間に起動していた事にした方が無難かしらね。
昨夜起動していて、今日は管制人格と話が出来ないか試した事にするのは、エヴァさんとしてはどう?」
「……問題ないとは思うが、お前がその案を出してくるとは思わなかったぞ」
「えーと、日本では、毒を食らわば皿まで、と言ったかしら。
ここで降りる選択肢は無いし、既に致死量の毒を摂取済みよ?」
「…………そうだな」
◇◆◇ ◇◆◇
その後はせっかくここまで来たのだからと、少し足を延ばして日帰り温泉を楽しみ。
入浴の際に八神はやての目が、子を持つ2人に釘付けになってたのは、見なかったことにして。
確かに子持ちとは思えないスタイルの持ち主だけど、と呟きつつ。
どうせ車だからと、幼稚園にアリシア・テスタロッサを迎えに行ったりしながら帰ってる。
「ふふー、おねえちゃーん」
当のアリシア・テスタロッサは、お姉様の膝の上でご満悦。
隣に座ってるプレシア・テスタロッサは、それを見て嫉妬……とかは、特にしてない模様。ニコニコ笑いながらその様子を見てる。
「同じ金髪だからといって、そこまで気に入られるようなことをしたか?」
「え? わたしをたすけてくれたおんじんさん、ってきいてるよ?」
「……意味は理解しているのか?」
「うん。えーと……」
言ってもいいの? と言いたそうな目で八神はやてと八神シグナムを見てる、アリシア・テスタロッサ。
事情をどこまで知ってるのか、伝えていいのか判らない感じに見える。
「ああ、はやてとシグナムがいるからか。
というか、その判断が出来るのか……」
うん、この幼女も判断力的に見てチートだった。
体は子供、頭脳も子供、本来の戸籍上の年齢だけ大人、のはずなのに。
なんという原作関係者のチート率。
「だれにもいっちゃいけないよ、ってママにいわれたもん!」
「ああ、偉いわアリシア……」
「……プレシア、どこまで説明してあるんだ?」
「事故で長い間眠っていた事と、それを治療してくれたのが貴女だという事よ。
目覚めてからの長い入院生活や、フェイトに姉と呼ばれる理由の説明くらいは必要でしょう?」
まあ、現実的に見て妥当な範囲。
それでも、5歳で秘密を守るアリシア・テスタロッサも、転生者と疑っていいレベル。
普通の5歳の女の子なら、何でも喋る年頃のはずなのに。
「……やっぱり、おねえちゃんはだめなの?」
ちょっと悲しそうというか、泣きそうな目でお姉様を見てるアリシア・テスタロッサ。
「ああ、いや、私を姉と呼ぶのは別に構わないぞ。
理由が少し気になっただけだ。私が治療したから、なのか?」
「んーと、フェイトのほうがおっきいのに、ねえさんってよぶし。
きんぱつどーめーのなかで、おねえちゃんがいちばんとしうえなんだよね?」
製造的な意味では、私達やチャチャマル、チャチャゼロの方が早いかもしれない。
でも、お姉様には前世的な意味で20年の加算があるし。
現状の外見を考えると、お姉様と八神シャマルが一番上に見えるようになってるし。事実上は、確かにそうかもしれない。
「まあ、確かにそうだな。
甘えられる相手が欲しいのか?」
「ママはだっこされるとくるしいし、フェイトはなんだかえんりょしてるし?
ほかのひとも、おもちゃにするか、ちょっとえんりょしてるかだし……」
あ、プレシア・テスタロッサが崩れ落ちた。
ダダ甘の悪影響。力いっぱい抱きしめるのは、確かに息苦しい時もあるかも。
「あー、私と一緒にいるとのんびり出来るという事か?」
「そんなかんじー」
体を捻ってお姉様に抱き付き、頭をすりすりと擦り付けて嬉しそうなアリシア・テスタロッサ。
その横で落ち込んでるプレシア・テスタロッサ。
車の右側と左側で空気が違う。
「ああ、でも、この笑顔は好き……」
……落ち込むのかとろけるのか。
せめて、どっちかにしてほしい。
運転免許は、外免切替でも良かったのですが……手段はともかく、チャチャも取得していますよ、という事で。
なお、エヴァ&妹達が認識阻害の影響を受けていた件についての捕捉ですが。
前提条件として、エヴァ&妹達は精神系の絶対防御魔法を使って『いません』。
素で高い抵抗力を持ち、魔力の探知能力も高く、死亡=無限転生なので死後に魂を保護する必要もないため、特に必要性を感じていなかったのが主要因です。
加えて、妹達との通信や、従者・使い魔達の維持に支障がある可能性があることが2番目の要因です。
※
また、認識阻害は「そもそも気付かれていない場合」に大きな力を発揮します。既に認識しているものを認識出来ないようにするのは、とても困難ですので。
つまり、管制人格の起動は後と言う思い込みがあった事も、闇の書の認識阻害がエヴァ&妹達の抵抗力を超えられた原因の一端です。
逆に言えば、石を手に持っている事を知っているはやてが見失うレベルの認識阻害は超高等技術。