その後、八神はやてを家まで送り、お姉様はリンディ・ハラオウンやプレシア・テスタロッサと共にアースラの現地拠点へ。
そこで行われた話は、闇の書の完成を目指す事を、時空管理局へどのように報告するか。
方針としては、ギル・グレアム及び悠久の翼が提示していた手法を考慮し、可能な限りの対策を行いながら蒐集を継続、と言う形を取る事に。闇の書の完成も被害が小さくて済む世界やタイミングを選び、対策が失敗した場合は凍結魔法による封印、更にアルカンシェルによる破壊の3段構えという建前。
「だけど、エヴァさんの立場が少し悪くならないかしら?」
実際は、お姉様はアルカンシェルを使う事を視野に入れてる。
用途は原作通り。闇の書の闇、防衛プログラム“ナハトヴァール”の破壊。
「闇の書の対策に管理局が役に立たなかったと思われるのも、色々と面倒そうだからな。
それに、過去の罪をある程度切り離す為には、見て判りやすい悪役も必要だ。私の本当の仕事、夜天の魔道書への修復はその後だから、別に私が悪役退治を請け負う必要性も無いしな。
ついでと言ってはなんだが、お前達の手で対処に成功した、という満足感くらいはあってもいいだろう?」
その意図を簡単に説明すると、いっちゃえ☆敵討ち。
アルカンシェルがアースラに搭載され、アースラの艦長が前回の被害者遺族であるリンディ・ハラオウンだから提示する手法。
ユーノ・スクライアからの報告も送られてきてるし、夜天の魔道書自身が悪いのではない事は、2人に理解してもらえてる。それでも、実際に暴走した相手を倒すという行為に、ある程度の意味はあるはず。
「そうね……だけど……」
「なに、私が単独で対処に成功するよりは、事後の騒動は小さいさ。
少なくとも、私を不用意に持ち上げようとする馬鹿は減るだろうからな」
「代わりに、見縊る人が増えるわ。
裏の世界で下に見られるのも、色々と面倒よ」
プレシア・テスタロッサも心配してる。
でも、今の言い方だと。
「私が単独か少人数で、アルカンシェル並みの攻撃が可能だと思っているのか?
防衛プログラムは、相当に手強いはずだぞ」
「何を言っているの。アルハザードは軍事国家なのでしょう? そこで最終兵器と呼ばれた貴女に、不可能なわけがないじゃない。
それ以上の攻撃が可能だと言われても、驚かない自信があるわ」
「そうね……たとえおとぎ話や伝説で誇張された結果だとしても、あらゆる魔法が究極の姿と言われるだけの理由はあったはず。
その一端を担っていた可能性を考えると、ね」
お姉様、ふるぼっこ。
でも、実際問題として、認識が間違ってないから困る。
「……まあ、条件が揃えば可能かどうかで言えば、不可能ではないと言うべきだろうが……そう気軽に使えるわけではないぞ。
運用面を考えると、既に必要な設備類は全て揃い、後はチャージして放つだけのアルカンシェルの方が、な」
必要な条件で最大の難関は、お姉様のやる気だけど。
あとは、周囲の魔力素の量。周囲や別荘から一気に吸い上げすぎるのも問題だし。
「まあ、そういう事にしておきましょう。
だけど、アルハザード由来だと知っている私達には、少しくらい見せてくれてもいいんじゃないかしら?
今の常識からは考えられない実力だと予想出来るのだし、これだけの恩を受けておいて裏切るほど薄情でもないわ」
プレシア・テスタロッサは情報公開を要求してるけど、表情は何だか優しげ。
意図としては、さっさと吐いて楽になれよ?
「そんなに難しい顔で考える必要は無いわ。私達は、仲間でしょう?
どこまで任せてよいか、どこまで役に立てるかを知る手掛かりくらいは欲しいものよ。
情報の拡散を心配しているのでしょうけれど、私やアリシア、フェイトもこの世界の生活を気に入っているの。それを壊すような真似を好んで行う気になれないわ」
「そうね。この世界を気に入っているのは、私も同じね。たとえ限られた地域であっても、こんな穏やかな世界はなかなか無いもの。
あと、これ以上巻き込むのはとか、考えるだけ無駄よ?
エヴァさんが平穏を勝ち取れなければ、時空管理局が崩壊しそうだもの」
裏の情報を知れば知るほど、ヤバさも増量。
リンディ・ハラオウンは、クロノ・ハラオウンを経由して無限書庫での話が行ってるはず。
最悪の場合はお姉様との全面対決、というシナリオに現実味が出てる。
「……気持ちは有り難く受け取るが、必要以上の力を見せびらかす気は無いぞ。
そもそも、この件が終わったら地球に引き篭もる気でいるしな。魔法自体を使わずに済めばいい……と、思っていたんだがなぁ」
聖王教会から人が来たりしてる時点で、全く見せないと言う選択肢は取れないし。
どこまで見せるかは、考えておいた方がいいかもしれない。
「例えば、そうね……各種支援を得られた場合、1回の転移で本局まで行けるのかしら?」
リンディ・ハラオウンが気にしてるのは、攻撃時の猶予時間?
でも、お姉様は自力で別荘から無限書庫に跳んだ実績があるから、2回の転移で届くのは確定してる。
というか、実質的に別荘の位置を地球基準で管理してる以上、地球から跳べるのも確定してると言える。
「……届く可能性は、あるだろうな。
位置の誘導や経路の安全が確保された状態、という事だろう?」
「ええ。でも、やっぱり可能性はあるのね」
ショックは無いみたいだけど、猶予時間がそれほど取れないだろうとは思ってるはず。
少なくとも、リーゼアリアを運んだ時よりも早いのは確実だし。
「それなら、防衛プログラムが暴れた時は、どの程度の戦力と判断していいのかしら?
不安が残るのなら、本格的に戦闘の準備をしておくわ」
おおぅ、元条件付きSS、今は魔力供給無しでもSクラス以上が確実なプレシア・テスタロッサの参戦表明。
本来であれば、確かに頼もしい戦力だけど。
「……お前達には、言っておいた方がいいだろうな。
私の全力がオーバーSなのは確実だ。アコノや妹達、チャチャマル、チャチャゼロもそうだ。しかも、妹達は同時に全員出せるわけではないが、それでも確実に10人以上出せる。
それに、前にも言った気がするが、私は敵味方の識別が下手だからな。迂闊に出られると、巻き添えで落としてしまうぞ」
3桁も鯖よんだー!
確かに2万は10以上だけど!
役目的に全員出撃は無理だけど!
「そう。それなら、非常時を想定した準備をすればいいという事ね。
馬鹿が手を出してくる可能性もあるし、何も無いと楽観出来る人生は送っていないわ」
「そうね、人生はいつだって想定外の連続。
エヴァさんは、私達の後を追っちゃ駄目よ?」
これからの作業で失敗する原因となりうる要素、時空管理局の思惑や闇の書の暴走に人生を狂わされた2人。
その言葉は、とても重い。
「……そうだな。気を付けよう」
◇◆◇ ◇◆◇
夜になり、主、八神はやて、成瀬カイゼと八神ヴィータも含む小学生相当組が眠った後、八神チャチャマルとセツナ・チェブルーが別荘で色々とやってる頃。
八神家のリビングに、お姉様、八神シグナム、八神シャマル、ザフィーラが集まった。
用件はもちろん、現状の夜天、管制人格の状態について。当の夜天……現闇の書は、テーブルの上にいる。
「……というわけで、強烈な認識阻害が行われている様だが、何か心当たりは無いか?」
「あの子の事は、詳しくは覚えていないのだけれど……」
「そもそも、最近は会う事も少なかった。
私も当然のようにそれを受け入れていた……いや、疑問すら感じていなかったな」
「不自然だと感じられなかった事自体が、異常だったのだ。
記憶が摩耗しているのか、それとも、知ることも許されなかったのか……」
うん、証言が役に立たない事は確認出来た。
認識阻害のせいか、改変のせいか、記憶保持のルールのせいか。原因の候補が多すぎて特定出来ない。
でも、八神シグナムとザフィーラは、認識阻害に抵抗出来たような感じも。
「そうか。夜天の魔道書の事でも、管制人格の事でも、お前達の事でもいい。
改変や不自然な点に気が付いたら、教えてほしい」
「解った、それも改悪点の調査という事なのだな。
だが、夜天の魔道書の始まりを知るのなら、直接差を調べることは出来ないのか?」
八神シグナムの疑問は尤も。
だけど、原作情報としても無限書庫の情報としても、色々と問題が判明してる。
「現状で闇の書の構造に手を出せば、主を取り込んで無限転生が発動する可能性が高い。つまり、はやてを死なせることになるんだ。
そもそも改変の可能性がある箇所は膨大だ。経験やらによる自己最適化で変化した部分だってあるはずだから、単純な比較では改悪箇所だけを見付けるのは不可能だしな。
それと……最悪の場合は、私は夜天の修正を優先する。次がはやて、悪いがお前達はその後になるだろう」
最悪の中での最終手段は、夜天の魔導書の初期化。私達が確保している情報での完全上書き。
但し、これは夜天の記憶や守護騎士、八神はやてまで存在を否定する可能性が高い。
「はやてちゃんが優先じゃないんですね……」
「可能性の問題でな。はやては現状、闇の書に半ば取り込まれて侵食を受けている状態だ。ここからはやてを切り離しても生き残れる可能性はかなり薄い上に、闇の書がそのまま存続する事になるだろう。
闇の書の闇を何とかした方が、はやての生存率も、成功率も、高いはずだ」
「主の魔導資質は闇の書の中……確かに、そうなのだろう。
我等が消滅することになった場合は、主を頼む」
「シグナム!?」
八神シャマルが驚いてるけど、八神シグナムは落ち着いてる。
「我等は守護騎士。闇の書……いや、夜天の魔道書が無ければ生きられん。主や夜天の魔道書が優先されるのは当然だ。
それに、闇の書の守護騎士として、罪も重ねてきた。我等がいなくなれば、主が背負う事になる闇の重みも少しは軽くなるはずだ」
「我等も長く生きてきたのだ。
真に仕えるべき主の為に死ねるのならば、本望と言えよう」
「ザフィーラまで……」
「あー、もう一度言うが、最悪の場合の、私が優先する順の話だからな。私としても、お前達を消滅させる気はない。
ただ、最悪の場合、私の手をお前達に向けられない可能性があると言っている。
その時は全力で抗え。はやての為を想うなら、絶対に諦めるな。仮に闇の書から切り離されたとしても、存在し続ける方法はあるんだ」
「そうか……そうだな。優しい主だ、我等が犠牲となって生き残った場合、それも背負うべき罪だと考えてしまっても不思議ではないな。
ならば、最悪の状態になる可能性は、どの程度あるのだ?」
「高くは無いが、低いとも言えないと思っている。闇の書に関しては、想定範囲内ではあるが悪い方に状況が傾いているからな。
無限書庫にあった情報だが、自動防衛運用システム、ナハトヴァール……恐らく改変された防衛プログラムの事だが、これが上位であるはずの管制人格や主の権限を封じ、自身を含む周囲の破壊を行うために暴走するらしい。
闇の書として完成した後、暴走し制御不能になるまでの短い時間が勝負だ。この間に夜天とはやてを逃がすことが出来なければ、かなり苦しいことになるだろう」
「ナハトヴァールが?
何故、防衛システムがその様なことを……」
「どうも、闇の書の自己消滅を目指して改変された結果らしい。
目標は解らんでもないが、結果として致命的な改悪になった例という事だろうな。
比較的最近のようだが、その時の記憶はあるか?」
この辺の説明は、かなり神経を使った部分。
今で言う古代ベルカ系の技術者達が頑張りきれなかった結果で、オリヴィエ・ゼーゲブレヒトが生きていた時代より後の、ベルカが衰退していく時期の出来事だという程度の説明で終了出来たのは幸いだった。
「いや……そもそも、書が改変されたという記憶自体が無いように感じる。
シャマル、ザフィーラ。お前達はどうだ」
「ええと……ナハトヴァールも闇の書も、昔からあんな感じだったような気がするのだけれど……」
「だが、覚えているのは、書を完成させるために破壊を繰り返してきたこと、あれ……管制人格がいつも悲しそうな顔をしていた事くらいだ。
よく灰色の空を見上げていたような気もするが」
だめだこりゃ。
改変箇所の調査としては、やっぱり夜天に頑張ってもらうしかなさそう。あと、無限書庫。
下手に手出しすると主を取り込み転生するのが、無限書庫の情報からも確定してるし。
「そうか。これだけ強烈な認識阻害だし、散々改変された結果が今だからな……お前達も何らかの影響はあっただろうとは思っていたが、手掛かりも無し、か。
予想はしていたが、現実として見ると、やはり泣けてくるな」
お姉様もお手上げ。
夜天とは自由に話せないし、守護騎士達は手掛かりを持ってない。
やっぱり、八神はやてに頑張ってもらうのが唯一の手段になりそう。
◇◆◇ ◇◆◇
というわけで、夜が明けて。
朝食が済み、学生組が登校したり、守護騎士達も各自の仕事などの為に家を出たりした頃。
「ところでエヴァさん、闇の書を完成させるゆーとったけど、やっぱ、危険なんか?
だいぶ前やけど、綱渡りとか、一歩間違えたら地球滅亡とか聞いた気がするんよ」
八神はやての、質問タイム。
というか、その話をしたのはゴールデンウィークの頃だった。良く覚えてたと称賛。
「そうだな、危険性は高いとしか言えん。
何が起こるかだが……お前が、闇の書に取り込まれる可能性が高い。
管制人格は融合騎なんだが、完全に融合騎が表に出る、融合事故と呼ばれる状態になるだろう」
「融合ゆーたら、あれや、アギトちゃんみたいなのやね?
シグナムが合体して、金髪さんになっとったやつ」
「まあそうなんだが、融合事故と言うのは、融合騎が主導権を握ってしまう事を指す。
外見も行動もだから、事実上乗っ取られると思って間違いない」
「えーと、ホラーとかの、お化けに憑依されるイメージでええの?」
憑依とはちょっと違……う?
見た目はともかく、精神面は正しいかも。
「外から行動だけを見たら、似たようなものだな。
夜天が主導権を握るだけなら、まあいいんだが……問題の防衛プログラム、ナハトヴァールという名が付いているらしいが、これが更に夜天を乗っ取る形になるようだ。
こうなると、お前が意識を保てるか、仮に意識を失ったとしても間に合うタイミングで目が覚めるかが問題だ。お前が持つ管理者権限が無いと、ナハトヴァールを切り離すことも出来んしな。
ああ、一旦切り離して破壊しても、再生は可能だ。一時的に眠ってもらいたいだけだから、気に病まずにさくっと切り離して離脱してくれ」
「はあ……なんか、話だけなら簡単そうや。
でも、まだ何かあるんか?」
「そうだな、原作での描写になるし、夜天がそうする可能性は低いと思うが……闇の書は、取り込んだ相手に永遠の夢を見せるらしい。
その者が望む幸せの夢を、な」
「要するに、自分からは起きたくなくなるって事なん?
でも、永遠なんて無いし、夢は夢や。夢の世界に逃げても、覚めたら惨めになるって青い狸も言っとるし、私もそれに同意や」
夢に関しては、その通り。
永遠については……お姉様が自分で、限界を迎えるかどうかを実証するしかない?
移動可能な世界が全て崩壊するまで存在し続けるとは、思いたくない。
「そうだな。それと、どこかのタイミングで、主としての記憶の流入があるはずだ。
その知識で自分を見失う可能性や、一時的に混乱する可能性も否定は出来ん。原作では問題無かったし、現時点で私達が教えられる事は教えているが、知っていると心構えくらいは出来るだろう。
とりあえず、この2点は気に留めておいてくれ」
「ん、了解や。
ところで、次にお話しするのはいつなん?」
「夜天とか? そうだな、もう少し調べてからでいい。
一番頑張る必要があるお前だけが、現場で見れないしな。少しは進展が無いと、遣り甲斐が無いだろう?」
おきろーと祈祷するのも、せめて進展がないと。
夜天との会話も、少なくとも八神はやては直接出来ないのが確定してるし。
意思に反応して枷を緩める以上、魂を隔離するわけにいかない。
「そうやね。
でも、早めに会いたいなぁ……ちゃんと、名前も伝えたいし」
「そうだな。早めに何とかしたいところだが、急ぎ過ぎて失敗するわけにもいかない。
もう少しだけ、待ってくれよ」
エヴァが実力を公開すると、特に私が楽になります。
誰にどこまで見せたかを管理や確認するの、すごく面倒なんです(´・ω・`)
というわけで、相変わらずの設定垂れ流し。次話は日常的な何か。
ちなみに、はやてに「綱渡り」とか「一歩間違えれば地球滅亡」とか言っていたのは、無印編25話の頃です。
当時は物語内時間で2004年5月2日。今は2004年11月9日なのですよ。