お姉様の最高貴族院議長就任未遂から1年。
新たに議長になった貴族も、暴走気味。
ついでに、最高貴族院自体も暴走気味に。
自分たちが抱える研究者では、お姉様の技術を扱い切れないのが不満なのか。
色々と研究や実験を繰り返している様子。
特に執着しているのが、空間魔法と時間魔法。
この二つの魔法に関する実験は、群を抜いて多い。
同じくらい、資料の要求や身に覚えのない糾弾も多い。
「必要な資料は全て公開しているのだが、何を疑っているのやら」
お姉様は、理解できないとばかりに嘆いている。
事実、空間魔法と時間魔法に関する資料は、全て公開済み。
「実力不足を認めるのが嫌なのでしょう」
同じ資料で、主様の研究室は再現に成功している。
常時展開できる規模での空間生成は試せていないようだが。
「それにしても、上層部もテロ組織も、相当焦っているな。
崩壊は近い、か」
チャチャマルがいれたお茶を飲みながら、二人はのんびり話している。
ここにいるのは、お姉様と主様、それにチャチャマルとチャチャシスターズのみ。
盗聴防止も完璧。
遠慮なく話ができる。
「崩壊の切っ掛けを予想してみましょうか?」
「切っ掛け、か。
予想する以前に、既に始まったようだ」
主様が「切っ掛け」と発言するのとほぼ同時。
貴族達の実験場が不自然に光った。
「自爆テロ、かしら?
今は時間魔法の実験中だから……まずいわね」
主様が、実験内容についての資料を見ている。
実験内容は、過去への干渉。
お姉様や私達も手を付けていない領域、手法。
「暴走は必至だろう。
既に、空間の崩壊が始まっている」
「終わりの、始まりね。
どれくらいの人を見捨てることになるのかしら?」
「この崩壊の仕方は……恐らく、この星が虚数空間に落ちる程度で終わるだろう。
20億と少々だな。
私達が今まで殺してきた数より、ずっと少ないとも言える」
「そうね。
それでも、知り合いを見捨てるのは……辛いわ」
「助けるか?
不可能ではないだろうが、アルハザードの存続に繋がるぞ」
「……やっぱり、アルハザードという国の存続は望めないのよ。
でも、身近な、助けることもできる友人の死を見届けるのは、予想以上にね」
「私達の選んだ道だ。
後悔は、今まで殺してきた者達への侮辱に繋がるぞ」
「分かっているわよ」
そう言いながらも、主様の顔色は優れない。
お姉様は、一見いつも通りの雰囲気を保っている。
それでも、やるせない思いでいることは、私達に伝わってくる。
そのまま、無言のまま時間が10分ほど過ぎた頃。
アルハザードの空気が変わった。
「虚数空間に落ちた、か。
これで、アルハザードから殆どの魔法が消えた事になる」
「そうだけど……どうして普通に活動していられるの?
魂はともかく、活動媒体としては魔導具のはずだけれど」
「ああ、知らなかったか?
空間生成の魔法は、虚数空間内に実数空間を作る魔法だ。
それに、虚数空間は魔法に虚数ノイズが入る空間でもある。
虚数ノイズを拒否できる結界を自分の周囲に展開する事で、通常通りというわけだが」
「そう……だったの……」
主様は、衝撃の事実に唖然。
空間魔法の真実についてなのか、虚数空間の実態についてなのか。
どちらにしても、公開した事のない情報。
「ただ、虚数空間に包まれている点は動かしようがない。
自分から結界までの僅かな距離しか魔法は届かないし、正常な転移は使用不可。
脱出はランダム転移か無限転生頼みという点に変わりは無い。
転移での脱出率が0ではない事と、実行するタイミングを選ぶ事が出来るだけだな」
「いえ、それでも、やりたい事が増えたわ。
現状を確認すると、アルハザード首都を含むこの星は、虚数空間に落ちた。
この星では最早魔法は使えず、魔導具や魔導炉も停止。
太陽も魔法も無い絶望的な環境で、人類は滅亡以外に道は無い。
この認識に間違いは無いわね?」
「無いな。
気合のある人間がいても、自給に耐える自然もない。
飲用水すら得られない環境では、どうにもならないだろう。
建物も魔法の補助なしでいつまで建っていられるか怪しいものだ。
それにしても、虚数空間は思ったより明るいな。
空の色は不気味としか言い様がないが」
「原作の虚数空間そのままじゃない。
理解不能という程ではないわ」
「そうだな」
主様は多少落ち着いてきたようだ。
やはり、予想外の事態と情報に動揺していただけなのだろう。
「さて、ここで動けるという事なら、二つ命令があるわ。
完遂してもらえるかしら?」
「内容次第だ。
ここまで来たんだ、勿体ぶる必要はないだろう?」
「そうね。
一つ、この地のアルハザード人全ての抹殺。
一つ、この地に残る技術の完全破壊。
返答は?」
「二つ目は了承した。
一つ目の意図は?」
「飢えや乾きで獣に堕ちる友人を見るのは忍びないわ」
「ふむ、確かに。
その意図なら、速やかに行うべきだな。
とは言っても、魔法の範囲が狭い以上、物理的な手段を取る必要があるか」
「拡散は資料の一部でも防ぎたいから、全てが灰になるまで焼き尽くして。
出来る?」
「徹底するのか。善処しよう」
◇◆◇ ◇◆◇
在庫を抱えていた各種高性能爆弾を乱発。
1日に満たない時間で死の星と化したアルハザード。
全ての建物は崩壊し、一部は地形すら変わっている。
「これで、研究所や情報がある場所は全て破壊。
生きている人もいない事は確認済み。
これで、アルハザードの終焉は見届けたか」
お姉様は、何かをやり遂げたような、やってしまったような。
複雑な表情で、荒野と化した地上を見下ろしている。
隣に浮かぶ主様も表情は似たようなものだ。
「……まだ、全ては終わっていないわ」
「ん?
漏れがあったか?」
「いえ……ここに、アルハザード人がまだ一人いるもの」
「……死ぬ気か?」
「貴女のせいよ?
私のやってきたこと。
私がやろうとしていた事。
良い面だけを見れていたら幸せだったのだけれど」
「……私が、何か言ったせいか」
「そうとも言えるわ。
だけど、貴女に罪は無いから安心しなさい」
「どこに安心できる要素が?」
「全ては私が選択して行動した結果よ。
それと、これを渡しておくわ」
主様の言葉と共に、渡される記憶。
お姉様だけが発動できる、お姉様のための魔法。
意図的に残されたバグ。
チャチャゼロが主を登録しようとすると、剥奪した魂の感情が逆流。
それを逆手に取る、自壊魔法。
剥奪済みの、億を超える魂。
怒り。悲しみ。絶望。
喜び。楽しみ。希望。
方向は様々。きっと、引き裂かれる。
「私だけが死ねるのは、不公平でしょ?」
「私は既に、7000人を超える命と、億を超える魂を抱えているんだ。
早々死ねるものではない」
「……そうね。
だけど、それは私が命じた結果よ。
少なくとも、貴女の意思で奪った命は無いわ」
「それでも、私が背負っているものだからな。
まあ、折れるまでくらいは付き合ってやるさ」
「強情ね。たまには息抜きを覚えることも大事よ?
それに、貴女は本来魔導具。道具を使った責任は、主である私にある。
必要以上に抱える必要はないわ」
「押し付けてよいものでもないぞ」
「あら、押し付けられてなんていないわよ?
私が勝手に持っていくだけだもの」
「そうか。
……最後に、一つだけ教えてくれ。
私は、リーナの希望で在れたか?」
「ええ、最大級の希望よ。
後を託せる程に、ね」
「そうか」
お姉様はしばらく目を閉じると、小さく微笑んだ。
「さてと。そろそろ行動開始かしら。
私がいなくなってからは、貴女は貴方自身になりなさい。
いいわね?エヴァンジュ……いえ、一樹」
「……分かった。では、始めるぞ」
お姉様は自分の胸に手を当てると、薄紅色の光を二つ取り出す。
「最後の確認だ。
本当に、いいんだな?」
「ええ。後はよろしくね?」
◇◆◇ ◇◆◇
その後、リンカーコアを再剥奪されて眠るように倒れる主様を、お姉様は悲しそうに見下ろしていた。
「何が、後はよろしくだ……」
それでも、手は動き、各種燃料を用意していく。
「何が、自分自身になれだ……」
並べた燃料に火をつけ、傍らに腰を下ろす。
待つ事しかできなくなったお姉様は、立ち上る煙をぼんやりと眺めている。
「私は、もう、何にもなれんぞ……
お前だけに、持って行かせるものか……」
その後、主様の遺体を入念に焼き、小さな墓を作った後。
お姉様は、別荘へと向かう。
「理想は、転移での脱出。
最終手段で無限転生になった時は、妹達も一時的に眠りにつく。だったな?」
便利な技術も、どこかに制限はある。
そもそも構造に無理のあるお姉様は、転生の際に殆どの機能を停止させる必要に迫られている。
停止するのは、お姉様、チャチャゼロ、チャチャマル、私達。
お姉様の停止に伴い、全員が停止して無限転生が発動。
周囲の魔力素を集めて、最初に起動するのがチャチャゼロ。
お姉様が眠っている間の主の選定と設定が、チャチャゼロの役目。
お姉様を起動するために必要な魔力が集まったら、チャチャマルが自動起動。
お姉様と私達を起動するのは、チャチャマルの役目。
眷属、使い魔、従者は、お姉様から離れすぎると体の維持や制御が困難になる。
転生の際にお姉様と離れた者は、停止に追い込まれる可能性が高い。
魂やリンカーコアの本体はお姉様の中。体は死ぬけど存在は消失しない。
別荘はお姉様と繋がっている。
別荘にいる限り、停止は無い。
別荘の空間座標は、お姉様、私達、チャチャゼロ、チャチャマルしか判定できない。
お姉様が起動するか、チャチャゼロが知らせるかしない限り、出ることができない。
「つまり、私や妹達がいなくても大丈夫な位に設備を揃えたのは、正解だったわけか」
無限転生の仕様から、可能性を考慮。
宵天からの娯楽情報も、熱海の大型建築物に準備。
各種研究も環境に悪影響が出ない限り許可。
新技術や新しい食材の開発に期待。
転生によるお姉様の休眠の可能性について、通達完了。
転移及び転生実行可能。
「そうか。では、旅を始めようか」
次話は、漂流編(1話。割と短い)です。
簡単なまとめと言う名の設定資料を挟んで、ようやく原作に入ります。
なお、チャチャゼロがリーナを問題なく主として登録できた理由は「剥奪した魂」が無かった、つまり、逆流する感情が無かったからです。
2013/07/03 切欠→切っ掛け に修正
2017/04/25 だた→ただ に修正