青の悪意と曙の意思   作:deckstick

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A’s編49話 道理を掲げて通る無理

 別荘の衛星軌道上にゆりかごを持ってきたお姉様。

 真っ先に取り掛かるのは、ヴィヴィオを王座の間からある程度自由に離れられるようにするための追加改造。

 変態(ロリコン)とジェイル・スカリエッティは、別荘を見に行ってしまったから、ヴィヴィオ以外に残ってるのはお姉様と私達、それにウーノになる。

 

「ゆりかごが起動したので生活用の設備も最低限は何とか動かせそうですし、別荘との通信も繋がっています。必要なものは転送で送ってもらう事も出来ますから、それほど急がれなくても不自由はありませんよ?」

 

「だからと言って、後回しにも出来んだろう。当分は私の出番も無いはずだし、お前が日本で活動する事もそれなりには必要だ。

 それに、この後でやりたい事もある。先にやってしまわんと、ずるずると先延ばしになるぞ」

 

 というわけで、ゆりかごの管制システムや保護システムの、より詳細な調査と改変を開始。

 仕組み的にお姉様と主に似た基盤を使ってるのは確認出来てるし、お姉様と主は通信が断絶するほど離れない限り大丈夫だから、書の構造を参考にすれば改変はそう難しくないはず。

 この部屋の中限定という仕様に依存した構造が多そうで、既に変更が必要な箇所がいっぱい見付かってるけど。

 調整も色々する必要があるから、順調にいっても1週間はかかりそう。

 併せて、生活環境をきちんと整える必要もある。不調な設備やらは、何らかの方法で補う必要があるし。

 物理的な作業もあるから、私達も何人か実体具現化してお手伝い。

 

「そうですか、有り難うございます。

 ですが、時空管理局や聖王教会は大丈夫でしょうか?

 かなり大きな騒ぎとなっているはずですが」

 

「今のところは順調の様だぞ?

 公開している情報も裏を取りやすいものを選んでいるらしいし、正義感や使命感の強い者を中心に、どんどん味方に付きたいとやってきていると聞いている。最高評議会の醜態も公開したし、ここでアレの味方をすれば世間体が悪いという空気を作れたようだからな。

 特に聖王教会は、今回の動きを全面的に支持すると発表している。ついでに、管理局の地上部隊と協力して市民の安全を確保すると宣言して行動も開始したそうだ。

 うまくいけば、管理局と聖王教会の仲もマシになるかもしれんぞ?」

 

「そこまで上手くいくでしょうか?

 レジアス・ゲイズは、聖王教会に隔意があると聞いていますが」

 

「騎士団という独自の戦力が、邪魔で羨ましかったんじゃないか?。

 自身の悪事を探られると困る。人手不足なのにそんなに魔導師を抱え込むな。そんな感じだろうと思うが。

 やましい部分は切り離せたんだ。後は自分が全てをコントロールしたいなどという気持ちをどうにか出来れば、協力は可能だろう」

 

「従来の関係は影響を残しますから、簡単にはいかないと思いますよ。

 それに、私達についての公式な発表は、どうなっていますか?」

 

「お前については、カリムが聖王教会に上手く話を通してくれたようだ。

 記憶と力は本物、聖王の再来と呼ぶに相応しい人物ではあるが、聖王本人では無いため、信仰の対象ではなく1人の人物として良好な関係を築いていきたい、と公式の場で言わせることに成功している。

 具体的には相談役辺り、精々が権力を持たない象徴的な扱いまでで、権力構造の頂点に据える考えは無いという事だな。この方針だったおかげで、権力亡者達の説得も楽だったと言っていたが」

 

 むしろ、体のいい看板を手に入れられると賛成が多かったらしい。

 威信が落ちる時空管理局との対比で、自分達がより有利に立てるという計算もあったらしい。

 権力を持たないと言っても、影響力は抜群だから無碍に出来ないけど。それ以上の利点があると判断する人が多かった模様。

 

「そうですか、それは良かったです。

 エヴァさん達の扱いはどうなっていますか?」

 

「現状では、闇の書の悲劇を終わらせた功労者で、今回の件の協力者でもある、という扱いが中心らしいな。

 大雑把にいえば、闇の書に関する調査中に見付かった様々な資料や、対策中の時空管理局の暗躍が、この騒動の切っ掛けになったという筋書きで、その中心的な人物という扱いらしい。リインフォースや変態(ロリコン)も含め、かなり真実に近い説明になっているぞ。

 それと、無限書庫を復活させ、多くの情報を引き出した人物としても紹介されている。これはユーノと変態(ロリコン)もだが」

 

 公開している“これまでのあらすじ”は、複数ある。

 

 一番サイズが大きいのは、“とある管理外世界での出来事編”。要するにジュエルシード事件と闇の書事件について。

 ジュエルシード事件については、以前提出した報告書から抜粋。世界の番号や一部の個人名を隠したり、詳細な説明を省いたりしてる程度。経緯には手を加えず、アースラが地球に行った理由であり、関係者が出会う切っ掛けだったというプロローグ扱い。

 闇の書についてが重要で、情報も多い。

 既に一部の管理局員が闇の書の存在を掴んでいたものの、60億を超える人が住む管理外世界や多くの魔導師を犠牲にする対策案が有力だった事。カミティー・クカヴァタ……悠久の翼の幹部が、実働部隊の一員として最高評議会の承認を得て動いていた事を、本人のコメント付きで暴露してる。

 その上で、事後評価で失敗しただろうと判断出来る対策案を止めさせ、実際の対処に成功したのはお姉様とプレシア・テスタロッサの功績だと大々的に称えてる。そして、それに協力したのは11年前の闇の書事件の関係者、夫を亡くしたリンディ・ハラオウンと、アルカンシェルを撃ったギル・グレアムという事も記し、過去の悲しみを乗り越え、闇の書の悲劇を止める事に成功したと物語風に持ち上げてる。

 過去の状況を調べるためにユーノ・スクライアを中心とするチームで無限書庫の調査を行い、その正常化への道筋も作った事も記載。ここには、お姉様と変態(ロリコン)の名と、時空管理局の裏側について様々な資料が得られた事も記してある。

 対ナハトヴァール戦についても少々触れてあり、そこではお姉様の戦力を高く評価し、自分を犠牲にしようとするリインフォースを悲劇のヒロイン風に仕立ててある。リインフォースの過去や状況については、詳しくは夜天の書編を参照という事になってるけど、狂った防衛プログラムと狂わされた基礎構造に翻弄されてきた被害者という扱いになってる。

 ついでに、対策案だった凍結封印は、お姉様が使い拘束に失敗した広域氷結魔法(Niflheimr ágeret)程度の威力であり、この手法では確実に破滅的な結果になったとダメ押しもしてる。対ナハトヴァール戦のダイジェストまで公開してるのはどうかと思うけど。

 

 夜天の書編、別名闇の書編は、ヤバい情報が満載。

 アルハザード産の、魔法の情報を集めるための資料本だったと最初に明記。

 過去の主により道具として扱われてきた事。幾人もの主による改編により記憶や制御力を失い、破壊を振りまくようになった事。それにより闇の書と呼ばれるようになった事。過去に最高評議会を中心とするチームも改変を行い、これが暴走を決定的にした事も記載。

 現在の主である八神はやてについても触れ、本来であればあと数か月の命だった事、それでも守護騎士を家族として扱い、勝手な行動を禁止して時空管理局と協力していた事等を説明。

 併せて、守護騎士が黒の騎士団として、犯罪者対策に駆け回っていたことも公開された。

 リインフォースや八神はやて、守護騎士達の写真も付けてある。団欒風景だけじゃなく、ナハトヴァールが暴走した時のうわぁぁぁってなってるのとかも含めて、被害者側である事をアピールしてる。

 

 宵天の書編は、凄く簡潔。

 魔法の情報を集める夜天の書に対して、文化の情報を集めるために作られた、夜天の弟であると明記。

 これまで改変を受けることなく情報を集めていただけの存在であり、壊れていく夜天を治療する糸口となる情報は集めていたが、夜天の居場所を把握出来ず、また、治療に必要な環境を揃える事が出来なかったとしてある。

 無限書庫の復活に関わった事と、オリヴィエ・ゼーゲブレヒトの記憶と力を持つヴィヴィオを養女として保護していた事を、功績として紹介してある。

 だけど、ユーノ・スクライアに関しては記載なし。主としては公表しない方向。

 

 曙天の書編、要するにお姉様編は、情報が多め。

 夜天と宵天が集めた情報を管理するために作られた、夜天と宵天の妹であると明記。御伽噺のアルハザードの元になったと言っても過言ではない、強大な軍事国家だった現実のアルハザードで最終兵器と呼ばれる程の力を持っている事や、最後までアルハザードに留まっていたためその終焉を知るが、2500年間も眠り続けていた事も紹介してある。

 今年の春にジュエルシードの影響を受けた主を得て、目覚める事に成功。ジュエルシード事件の解決に協力し、その後夜天の書が闇の書と成り果てている事を知って、治療の為の行動を開始。主やその友人達の全面的な協力を得て調査を進めるうち、時空管理局の協力も得るが、同時に裏側の干渉や襲撃があった事も記載。襲撃について謝罪した局員のコメント付きで。

 無限書庫については、闇の書の過去を調査するチームに参加。情報統括能力や調査能力を駆使して、無限書庫を正常化する道を作り上げた中心人物としてあるし、その後の“時空管理局の悪行に関する資料”の裏付け調査に、お姉様やその部下達も協力したという実績もアピールしてる。

 対ナハトヴァール戦に限らず、普段の言動も含めた人格面も説明。やっぱり過保護という点は外してないけど、身内には優しく、敵対者には厳しいという面を強調してた。

 それと、通常では行き来の出来ない場所に独自の国を保有し、目覚めた後に指導者として復位している事にも触れ、規模は小さいものの独自の技術や戦力等を保有している事も紹介してる。

 ちなみに、公開している姿は全て通常、つまり幼女か書のもの。日本で使ってる大人の姿を公開してないのは、仮に日本を調査してもすぐには情報を悟られないようにするため、らしい。

 

 アルハザードの遺児編は、要するにプレシア・テスタロッサとジェイル・スカリエッティについて。

 アルハザード人のクローンであるプレシア・テスタロッサ、その卵子を無断使用して造られたジェイル・スカリエッティ、本人達にも知らせないままそれらを主導していた最高評議会、という関係がばっちり明記されてる。

 ジェイル・スカリエッティが人造魔導師や戦闘機人の研究を最高評議会の指示で研究していた事は、レジアス・ゲイズ中将が実際に指示や支援を行った当事者として認めるコメントをしてる。

 プレシア・テスタロッサ凋落の切っ掛けであるヒュードラの事故も時空管理局の指示だったという事を証拠付きで記載。ディラン・ヒューイット一佐が当事者として、信じられない指示を受けて当時勤務していたアレクトロ社を飛び出した事等をコメントしてる。

 その後、プレシア・テスタロッサはロストロギアと思われる何かによる娘の蘇生で正気を取り戻し、ジェイル・スカリエッティと共に埋め込まれていた魔導具の除去で正常な思考も回復。現在はギル・グレアムの重要な協力者となっていると締められてる。

 登場人物の地位と関係性的な意味で、最大級の爆弾。

 

 全体的に見て、秘密や歪曲表現はあるけど新しい嘘は少ない。ジュエルシード事件も時空管理局内の資料との整合性を保ってるから、調査しても齟齬は無い。

 という事を、実体具現化してる中の1人が、作業しながらヴィヴィオに説明。

 長かった。

 

「暴露しすぎじゃないのか、とは思うがな。

 特にレジアスは、自爆したいようにしか見えん。基本的に改心や更生するなら追及しないつもりだったし、ここまでやる必要は無かったと思うが」

 

「罪悪感はあったという事でしょうか。

 若しくは、事情を知る者に暴露される前に自分から公開する事で、ダメージを抑える事を狙っているのかもしれません。今であれば、ギル・グレアムの協力者という強力な盾がありますから」

 

「確かにそうだが……これが連中にとって、どう影響するかは他人事でいいか。

 ただ、正直に言って、私は遠くに逃げたい」

 

「駄目ですよ、これほど世間を騒がせたのですから」

 

「ナハトヴァールが原作相当で、先にはやてを切り離せていれば、ここまでの騒ぎにせずに済んだのにな。クロノとプレシアと武装局員でそれなりに大丈夫、控えにしていたセツナ、フェイト、カイゼにリーゼ達まで参戦すれば充分な筈だったんだ。

 クーデターに関しては私も知らんところでどんどん進んでいるし。クロノじゃないが、本当に世界はこんな筈じゃない事ばかりだ」

 

「現実から逃げるか、それとも立ち向かうかは、個人の自由だそうですよ。

 無関係な人間を巻き込む権利は無いそうですけれど」

 

「私が積極的に巻き込んだのは、死ぬはずだったプレシア、ジュエルシード関連で転生者と無印までの原作連中、元々はやてに関係していたグレアム、リンディの友人繋がりでレティ、ベルカ繋がりのカリム達くらいまでだぞ。

 名前も知らんような局員と転生者以外は、原作や修正力的な意味で、無関係ではいられない人物だけだ」

 

「そういえば、見せて頂いた“原作”にいない人物は、転生者の方達とシルフィさんだけですね。

 ですが、シルフィさんも積極的に巻き込んだのではないのですか?」

 

「カリムが日本に来る時に、技術者として連れてきたのがシルフィだっただけだ。

 それに、少なくとも最初の内は、技術交流の範疇でしか対応する気が無かったんだ。あいつの押しの強さと、研究者として話が合う相性の良さやらが、今の状態になった原因だ」

 

「確かに立場を無視するような言動は多いようですが、場の雰囲気を悪くするやり方ではありませんし。人を茶化しながら使う事は上手そうな方ですから。

 どちらかと言えば、積極的に巻き込まれに来た、といった感じでしょうか?」

 

「私から見れば、そうなる。本人に自覚は無かっただろうがな。

 まあ、私達が最高評議会になるにしても、色々条件を突き付けてやったし。否決するならよし、押し付けられても基本的に何もする気は無いから、何とかなるとは思うが」

 

 条件というか、公約というか。

 まず、なるべく多くの人を有権者とする、信任投票または選挙を行う事。上層部だけで決めるなと言う為に必要だった条件。

 次に、就任直後に、今の最高評議会が持つ権限の多くを返還する事を公約。最高意思決定機関である事を放棄し、新しくなる時空管理局を見守り過ちを正すための監査機能に特化、他は精々助言やらを行う程度とする。

 同時に、解任手段の明文化を要求。手荒な手段を使わなくても行使出来る、自分達で組織を正す手段を用意させる。

 

「意図としては、なりたくない、何もしない、大手を振って辞めたい。

 そんな感じですか?」

 

「そうだな。一応だが了承した以上は明確な拒否もどうかと思うし、この辺が落としどころとして妥当なところだと思ったんだが」

 

 今の制度だと、はっきりしているのは最高評議会関連の位置付けのみ。最高意思決定機関であるからこそ、その決定を覆すのは簡単じゃない。

 その権限を、投票で選ばれた新任自身が崩す。ギル・グレアム達は“空席となってしまう最高意思決定機関を埋めるための方法を提示し、大勢の賛同を得て実行する”という形で、制度破壊という実態が悪しき前例となるのを防ぐ。これが、お姉様に説明された内容。

 

「ですが、現在の最高評議会が抱える問題の多くを解決するという意味では、理想的とも言える内容ではないでしょうか?

 公開されている実績も、闇の書の悲劇を終わらせ、無限書庫の本格的な稼働に目途をつけ、事実確認に力をふるったと多岐に渡っています。これまでの時空管理局が出来なかった事を、短期間で成し遂げたと言ってもいいでしょう。

 国を統べる指導者だと広められていますし、時空管理局の上に立つのではなく、アドバイザー的な位置に留まろうとしているように見えます。

 しかも、アルハザードの最終兵器と呼ばれた力の一部を対ナハトヴァール戦のダイジェストで公開し、身内には過保護でも敵には厳しい事を伝え、時空管理局の一部が敵対行動を取っていた事も明かしています。

 事実上、おとぎ話に登場するような巨大な力と敵対するか、身内に取り込むかの選択を迫っていると言えます。敵対を避けるために、歓迎ムードを作られる可能性が高いように思いますが」

 

「……言うな。私も、情報を広められてから気付いたんだ」

 

 

 ◇◆◇  ◇◆◇

 

 

 そんなこんなで、2週間。

 

 八神家は、お姉様とヴィヴィオが不在気味だった点以外は相変わらず。仕事等は私達が姿を変えて代行してたけど、既にヴィヴィオはそれなりの時間を日本で過ごしても大丈夫になってるし、リインフォースと八神はやては細かい調整や修正を行いながら、基本的に普通の生活を送ってる。

 普通と違うのは、リインフォースや守護騎士が、犯罪者対策に時々呼ばれる事。八神シグナムと八神シャマルは元々のデバイスを使ってるけど、八神ヴィータはお姉様製のデバイスを使う事がある。大人モードが気に入ったらしい。

 ……蒐集に動いてた頃と大差ないから、ある意味では普段通りと言えるかもしれない。ギル・グレアムの依頼で、派手に動いてる点だけが変わってる。

 

 お姉様は現在、研究室で作業してる事が多い。

 もちろん、八神家の家族と過ごす時間は大切にしてるし、関係者達との関係も続いてる。

 

 ジェイル・スカリエッティは、本局でギル・グレアムに協力中。ウーノ達眷属化した戦闘機人も補佐として送ってるし、チンクや連れ去られた転生者達は現在管理局の保護施設に入ってる。もちろん裏側じゃなくて、真っ当な方。

 現在は一般常識を勉強中。戦闘機人関係者という事で、クイント・ナカジマがアドバイザーとして呼ばれたりもしてる。

 

 アースラの拠点は現在、アースラ関係者や聖王教会組が本局やミッドチルダに戻ってる関係で、実質的にテスタロッサ家になってる。

 プレシア・テスタロッサは「元犯罪者が必要以上に表舞台に立つべきではないわ」と言って日本に戻り、相変わらず娘達に甘い生活をしてる。情報操作をしてる報道を除外しても同情的な意見が優勢だから、表に出ても問題にはならなそうだけど、その気は無いらしい。

 日本の環境や料理にもだいぶ慣れてるし、生活に支障は無さそう。

 

 高町家は、ほんのちょっとだけ変わった。

 高町なのは曰く、夫婦や兄妹でやたら甘い雰囲気を出す事が、気持ち減ったらしい。それでも充分に甘いあたりは、相変わらずと言っていいそうだけど。

 

 月村家やバニングス家、それに転生者達も、目に見えて変わったところは無い。今まで通り。

 

「……で、私達の最高評議会就任をどうやって確定したって?」

 

 そしてお姉様は現在、本局に停泊中のアースラにいる。

 ギル・グレアムが話をしたいという事で、会いたいと連絡があった。

 

「本局の将官全員と、各管理世界の代表者による信任投票だよ。君達3人のみと、その主を含む最大6人の2案についてだ。

 どの組み合わせでも、支持率は70%を超えている。更に、管理世界の票に人口比や面積比といった係数を使用しても、50%を切るパターンは見付からなかった。

 それに、主を含む最大6人体制の方が、高い支持を得たのだ。君達の最高評議会就任は支持されたと受け取って、問題は無いだろう?」

 

 というわけで、更にもうちょっと支持率が高め。

 最も高い支持率になるパターンだと、90%に迫る。

 

「代表者というのは、現地の管理局の人間という意味か?」

 

「いや、原則として統治組織の代表だよ。地球で言う所の、大統領や首相……いや、知事や市長の方が近いかもしれないが、その様な立場の人物を選んでいる。

 多くは現地の法に基づき選ばれた人物だ、選択基準が問題とならないだろう。投票に関しても情報を公開しているが、批判の声もあまり聞こえてこないからね」

 

「やれやれ、クリアしてしまったのか。

 それで、解任させる権限は誰が持つ? というか、通常の意思決定はどうやっていた?」

 

「通常は統幕議会が行っている。大枠の法や制度、指針などを決めていたのはここだ。

 無論、細かな部分や各地域別で定めるべきものは、より現場に近い機関や専門の部署に任されるがね」

 

「なら、とりあえずはそこに、不信任か弾劾で私達の権限を停止させる根拠を与えるのか」

 

「いや、その案は既に却下されたよ。各管理世界から信任された人物を、管理局の人員で構成される統幕議会が追いやることは出来ない、とね。

 それに、管理世界の代表者が集まる場という物が、実質的に統幕議会の信任を行う行事に成り下がったものしかない点も問題だ。それも踏まえて、仮に代表評議会と呼んでいるが、各管理世界の代表者が集まる組織を立ち上げようという話になっている。不信任に関する議決権はそちらが持つ事になるだろう」

 

 むしろ、英雄扱いのお姉様を邪険に扱う可能性を減らす目的も大きいらしいけど。

 発起人のギル・グレアム、被害者でありながら平和の為に力を貸したプレシア・テスタロッサ、要所で多大な力を見せるお姉様が、3英雄として持て囃されてる状況。今まで英雄化を避けてた反動か、気持ち悪いくらいヨイショされてる。

 もちろん、協力者としてリンディ・ハラオウンとレティ・ロウランも有名人に。ギル・グレアムを含めて、新・伝説の3提督なんて呼び方もされてるらしい。

 ミッドチルダだと、元最高評議会を含む多くの犯罪者を捕らえているゼスト・グランガイツとその部隊、それと全面的にその動きを支援してるレジアス・ゲイズも英雄化してたりする。

 

 こんな状況だからこそ、お姉様を危険視する人がいるのは間違いない。だからこそ、少なくともある程度運営が軌道に乗るまでは、そういう人が厄介な立場から余計な事を言う可能性を減らしたいらしい。

 ちなみに、現時点ではジェイル・スカリエッティも直接動いてるけど、犯罪者として有名過ぎる事と、闇の書対策や無限書庫正常化の様な解りやすい実績を持たない事が、英雄化されない理由らしい。

 

「今から組織作りか……時間がかかりそうだな。それも時間稼ぎの一環か?」

 

「法の整備の前に、管理世界の意見の調整も必要だからね。状況が落ち着くまでは、これ以上組織が動揺する事はしたくないのだよ。

 それに、統幕議会自身が、自分達を信用出来なくなっている面もある様だ。そのせいか、最高評議会に拒否権を与える事も検討している様だが」

 

 一応捕捉すると、何でも拒否出来る権利じゃなくて、立法や法改正を阻止出来る権限。

 加えて、施行されてる法の執行を一時的に強制停止する権限も検討中。

 

「また危険な代物を。そんなものは要らんぞ」

 

「だが、監査だけでは抑止力として弱いと判断したようだ。

 最高評議会は統幕議会に対する拒否権を。統幕議会は代表評議会に対する解散権を。代表評議会は最高評議会に対する不信任決議権を。

 また、管理局の運営指針の決定権を統幕議会から代表評議会に移す案もある。

 そうする事で、力のバランスを取ろうとしている様だ。監査部は統幕議会が作る制度の影響を強く受けるから、最高評議会として他の手段も必要と判断した結果だ」

 

 ちなみに逆方向は、原則として要請する権利を与える事を検討中らしい。統幕議会は最高評議会に対する協力要請を。代表評議会は統幕議会に対する立法や法改正の要請を。最高評議会は代表評議会に対する投票要請を。

 それぞれ、不可能な場合は明確な理由の提示を義務付ける形で、実質的な強制権を持たせる。

 つまり、お姉様は立法を阻止出来るけど、立法を強制するには代表評議会に立法要請案を提示して投票で支持されないといけない。

 今のところは、そんな感じで話が進んでる。今後の調整で内容は変わるだろうけど。

 

「……確かに意思決定機関ではなくなっている様だが、権限が過剰すぎるだろう!?

 どう考えても運営に影響する立場じゃないか!!」

 

「監査部を独立機関として分離し、その頂点に立ってもらえるのであれば、ここまでの権限は必要無いのだがね。それに、通常は動かなくとも管理局の運営に支障は無い。期待しているのはあくまでも監査と助言、おかしな動きをした際に止めるだけの力を持つ事だ。

 護衛と業務補佐を担うために、リンディ提督が親衛隊の長として地球に滞在する事も関係者の合意を得ている。クロノ執務官が本局側の業務を補佐する形になるだろう。同時期にカリム君達が、君やヴィヴィオ君との関係維持の為に再び地球に向かう事になる様だ。そちらは、彼女の義弟であるヴェロッサ君が聖王教会側の担当を行う事になる様だね。

 実際の就任はもう少し先になるだろうが、概ね、望みに応えられる内容だと考えている。

 どうかね?」

 

 この辺で妥協すべき。

 これ以上何か言うと、余計な業務が増える気がする。具体的には、警察に対する検察の役目を大々的に押し付けられそう。

 元々阿呆の襲撃等に備えて、監視はするつもりだった。提示内容なら、やる事自体は大差ない。

 逆に考えるんだ。権限を得ると、使える手段が増える、と考えるんだ。

 ついでに、既に顔写真も公開されて英雄扱いされてるなら、これ以上箔がついても大差ないと考えるんだ。

 

「……私は、家族と平穏に暮らしたいだけなんだ。

 リインフォースがいる時点で、叶わない願いだったのか……? だが、肩を並べて共に歩める数少ない仲間を見捨てるなど有り得んし……」

 

 そこまで含めて、ジュエルシードの罠だった可能性も。

 だけど、既に匙は投げられてる。

 

(せめて投げるのは賽にしろ!)




次話がエピローグとなります。


2014/07/22 施工→施行 に修正

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