青の悪意と曙の意思   作:deckstick

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無印編02話 過去と現在

 主が食事と入浴を終え、部屋に戻ってきた。

 入ってきたときは、1人。誰かがついてきた様子は無い。

 本棚で静かに待っていたふりをしていたお姉様は、静かに本棚から出ると、主の目の前へ飛んで行った。

 

「おかえり。誰も付いてこないのか?」

 

「ただいま。いつもこんな感じ」

 

「そうか。

 さて、私の起動に耐える程の魔力を持ってるんだ。

 明日にはそこそこ回復するだろうし、魔法を使えるようになると思うが、どうする?」

 

 主がいない間にお姉様がやっていたこと。

 過去の主候補達がどうなったか、という履歴の調査。これはチャチャゼロの記録を参照。

 結果、過去の主候補の9割以上が、お姉様の起動前に過負荷で衰弱死と判明。

 魔力素質が判明しているのは、過去の主候補の2割弱。

 その全員が、今で言う魔力量ランクSS以上の模様。

 前例を見る限り、主は魔力量ランクSS以上である可能性が高い。

 お姉様が起動し、書の保護下に入った今では、負荷が無くなっている。

 結果として、強力な魔導師の誕生を意味しているはず。

 

「訓練する。

 はやてと友人になれば、闇の書を何とかする必要がある。

 場合によっては、ジュエルシードの対応も必要かもしれない。

 他の転生者と戦いになる可能性も否定は出来ない。

 どの場合でも、戦力はある方がいい」

 

「わかった。魔法はベルカ式にしたいが、何か問題はあるか?」

 

「ミッド式じゃない理由は?」

 

「大きな問題は、ミッド式の魔法の情報が不足している事だ。

 夜天の魔導書が闇の書と呼ばれる状態になってからだと思うが、蒐集か情報転送に異常が出ている様でな。全く無いわけではないが、あまり選ぶ余地も無い。

 ベルカの魔法も末期のものは怪しいが、それでも正常な期間があっただけはある充実ぶりだ。

 真正古代(エンシェント)ベルカ等と呼ばれるものになるはずだが、アルハザードやその他現存するのかもわからん魔法を使うわけにもいかないからな。実質的にベルカ以外の選択肢が選べないんだ。

 それに、カートリッジで魔力量を誤魔化すことも可能だ。

 これを目当てに、アコノと私自身が使うために、ベルカ式でカートリッジシステム付きデバイスを2つ準備しようと考えているが」

 

「闇の書も古代ベルカのはず。関連性を疑われる懸念は?」

 

「むしろ、闇の書に係わるならミッド式にするより無難なはずだ。

 修正後に仲間だと示せる方が良いだろうと思っただけだが」

 

「それなら、問題ない」

 

「なら、デバイスはインテリジェントで、杖型がいいか?

 ベルカだとアームドデバイスという名で呼ばれるが」

 

「エヴァは、闇の書と違ってデバイスではない?」

 

「私は、広い意味ではユニゾンデバイスに該当する。過剰戦力になるがな。

 私単独でも全力ならSSSの条件を軽く超える水準で、妹達を加えると事実上の上限崩壊だ。

 アコノは恐らくSS以上だから、色々な意味で悪目立ちする事になるぞ。

 それに、管理局と話をするなら、暫くは私の存在か、少なくとも実力は隠せた方が良いと思ってな」

 

 管理局は恐らく、闇の書に過剰反応。

 魔導師が八神はやてに接触する事も、ギル・グレアムは警戒するはず。

 主は魔法の訓練と併せて、魔力を隠せるようにすべき。

 当面は魔導師ではなく、車椅子仲間としての接触を推奨。

 

「意図は理解した。

 でも、そんなに簡単に作れる?」

 

「問題ない。

 アルハザード時代、別荘に研究所を作っておいた。

 維持も問題なく行われていたようだからな」

 

「眠っていたのに?」

 

 お姉様と共に眠らずに済む従者や使い魔を配置。

 しばらくは配置した者達で維持できる体制を構築。

 予想以上に長期化。

 従者達と設備の記録を見る限り、アルハザードの暦で約2500年。

 従者達には苦労させた。

 

「随分と長い」

 

「そうだな。これほどになるとは思わなかった」

 

「想定外?」

 

 転移で虚数空間を抜けられず、無限転生に頼らざるを得ない程消耗した点が一つ。

 主登録をしない自然起動は、主候補を命が無くなるまで消耗させても達成できなかった点が一つ。

 チャチャゼロが蒐集で補おうとしても、お姉様が起動していなければ出来なかった点が一つ。

 チャチャゼロの主登録は、感情の流入で主候補を廃人にする。これは知らされていたが主による起動は絶望的だった。

 

「随分と容赦がない」

 

「ここまで徹底されては、感心するしかないな」

 

「つまり、私が感情を感じられなかったから、主となれた?」

 

「そうなる」

 

 お姉様が目覚められる、恐らく唯一の方法。

 だけど、感謝を。

 チャチャゼロの試した、既存の感情封印では対処できなかった。

 神であろうとそうでなかろうと、主の登録に堪え得る感情の操作を行ってくれたのは僥倖。

 

「私がいる事が幸運? 神もどきの悪意? ここに来るための仕込み?」

 

「後者二つの組み合わせだろうな。

 ところで、何を望んだ?

 ここまでされていても、大きく逸脱はしていないんだろう?」

 

「沈着冷静。若く綺麗でいたい。多くの魔法を使いたい。

 大枠では外れてない」

 

「沈着冷静が感情消失、か。随分と徹底した冷静さだな。

 若く……10歳で不老化? 若過ぎだろう、常識的に考えて。

 とはいえ、綺麗と言う表現を使える外見ではあるか。

 多くの魔法は、正しいな。予想魔力量と妹達の知識量を考えると、正しく叶えられたと見ていい」

 

「明確な違反は無い分、余計に質が悪い。

 だけど、感情を感じる事は出来ないけど、感情があった頃の記憶がある。

 その頃を考えると、想像する事は出来る。

 だから、表情は作れないけれど、感情がある場合を考えて動くことはできるはず」

 

「おいおい、グランプのトーキョーバベルだかじゃないんだ。

 感情があるように振舞って実は、なんて展開はやめてくれよ?」

 

「それは無理。言葉は変えられても、演技ができないから。

 それに、私とエヴァは、主従?」

 

「そうだな。アコノが主で、私が従だ」

 

「だけど、とてもそうは考えられない。

 私の方が年下で、主体性も牽引力もカリスマも無い。上に立つべきじゃない。

 食事中に妹達に聞いた構造を考えると、エヴァが宿主で、私は寄生虫が正しい」

 

「いきなり職務放棄か?

 いや、主になってもらえただけでも充分なんだが」

 

「通常はエヴァが上に立つべき。

 だけど、外見的にエヴァが私の保護者とは周囲に理解されない。

 だから、一番いい関係は、友達のはず。

 どちらが中心で行動するかは、状況次第、臨機応変に」

 

「それは構わんが……丸投げされた気分だぞ?」

 

「主体性の無い私が中心になるのは難しい。

 だけど、中心にいるエヴァの隣にいる事は出来る。

 手助けするのは、友達として普通の行動のはず」

 

「完全に投げたな。私は構わんが、アコノはそれでいいのか?」

 

「前世の記憶を思い出す時、何かがおかしい。

 楽しかった記憶。悲しかった記憶。何故か理解できる。

 感情に繋がる何かがあるとも考えられる。

 それを追えば、感情を感じるのかもしれない。

 私は、それを追ってみる事にする。

 エヴァの隣にいれば、きっとそれが出来る」

 

「私の隣にいれば、か。

 必要なのは、魔法か? 知識か?」

 

「エヴァの存在。

 友達が楽しくなければ自分も楽しくない事は、前世の記憶から明らか。

 私が笑えなければ、エヴァも楽しめないと考えられる。

 友達として、それは駄目。

 離れるという解決策は取れない。

 ならば、治すべき」

 

「いや……そこまで思い詰めなくてもいいぞ。

 妹達やチャチャマルもあまり感情を見せてくれないからな。特に何も思わんよ」

 

「妹達に感情はある。

 私は何も感じない。ロボットと変わらない。

 きっと、生きていない事と同じ。

 私と比べたら、妹達の方が生きている。

 エヴァと“生きる”ためには、必要な事のはず」

 

「……本当に感情は無いのか?

 逆流バグに耐えられたんだから、無いのは分かってるんだが……」

 

「これは、私の判断。

 エヴァは私に、主になってくれただけで充分と言った。

 私はエヴァに、隣にいるだけで充分だと言える。

 等価交換。問題はないはず」

 

「そう……か。分かった。

 私に出来る事なら協力してやる。何かあったら言ってくれ」

 

「わかった。それなら、チャチャゼロの滑舌は何とかなる?

 少し聞き取り辛い」

 

「……気にしてなかったな。

 すぐには無理だが、考えておこう」

 

「ありがとう。

 ところで、エヴァの転生特典は?」

 

「真祖の吸血鬼みたいな能力、多くの知識、多くの友人、だ。

 能力については、曙天の指令書の力が概ね該当している。

 知識も、夜天や宵天が集めた情報の集積が役目だ。古いが膨大な量を溜め込んでいる。

 友人は、どうも妹達がそうらしい。眷属や従者の事も含むかもしれん」

 

「無限再生、無限転生、大きな魔力、眷属、従者、リンカーコアや魂の剥奪。

 能力は確かにそうだと言えなくもない。

 知識は納得。

 妹達が友人というのは、違うようにも思える」

 

「立場上、妹達と呼んでいるだけだ。

 同居している親しい友人と説明すれば、そう違和感も無い。血が繋がっているわけでもないからな。

 少なくとも、アルハザード時代から継続して一緒にいてくれる存在だぞ」

 

「なるほど、納得。

 明確な違反は無いという事は、悪意はあっても騙す気は無いということ?」

 

「微妙なズレで慌てる様を楽しんでいるかもしれん」

 

「その程度の悪意なら納得。

 ところで、宵天って?」

 

 宵天の歴史書。

 夜天の魔導書と同じく、世界を渡りながら情報を集める事が役目。

 歴史書と言いながら、文化や娯楽を主に集める享楽家。

 美少女や美幼女についての情報が妙に詳しい。

 幼女趣味(ロリコン)の疑いが濃厚。

 お姉様や主は要注意。

 

「……要注意人物らしい」

 

「知らなかった?」

 

「ああ。

 私が起きていた頃は、食事関係を特に熱心に調べていたんだがな……

 直接会ったことは無いから、人物像も分からないしな」

 

「趣味が変わったか、本性を現したか。

 どちらにしても、要注意人物だと思っておく」

 

「そうだな。

 さてと、そろそろ、デバイスの姿を決めたいが」

 

「特に思いつかない。

 近衛木乃香のアーティファクトは?」

 

「確か扇だったか。カートリッジシステムをどう組み込むかだが……考えてみよう。

 そうなると、騎士甲冑もパクティオーカードの服を基本とすればいいのか?」

 

「問題ない。細かいデザインは任せる」

 

「分かった。次は、使う魔法を決めるとしよう。

 何か希望はあるか?」

 

「足が不自由だから、空を飛べると便利なはず。

 能力も近衛木乃香が基本なら、治癒魔法が得意と予想できる」

 

「基本的な路線は空飛ぶ救急車、ってところか。

 管理局に協力する意思はあるか?」

 

「今のところは無い。

 あったとしても、エヴァのロストロギア指定の可能性がある。

 なるべく力を抑えて協力するのは苦労が多いはず」

 

 お姉様は、主を殺すとして既に第3級指定。

 即封印とまでは行かないものの、警戒対象ではある。

 知名度は低い。

 そもそも曙天の指令書の名は知られていない。

 主殺しの書と呼ばれている。

 

「そうなると、まずは魔力を抑える訓練からだな。

 最初はデバイスで魔力封印を行うが、緊急事態への対処が遅れる。

 最終的には、無意識に制御できるレベルになるのが理想だ」

 

「分かった」

 

 特訓は別荘を推奨。

 外部からの探知は不可能。

 隠れて訓練するには最適。

 出入りの転送魔法のみ注意。

 

「あとは……そうだな、足のリハビリか?

 私の負荷が無くなった分、原作のはやての様に回復に向かうはずだ」

 

「それは病院で。

 だけど、説明は必要になる。どうすればいい?」

 

 主の病院の情報を調査。

 槙原内科医院。

 神経内科での扱い。

 院長は原作にも出る動物病院院長の叔父。

 担当医はその息子。

 海鳴大学病院の石田医師との連絡記録がある。

 協力しながら原因不明の病気の調査をしている模様。

 真面目だが話は通じると予想。

 

「つまり、はやてを巻き込んで回復が見込める頃には、話をすべきという事か」

 

「魔法は秘匿すべきじゃ?」

 

「原因不明の病気が、原因不明の回復をした。

 一人なら偶然で済ませられるが、二人となると難しいだろう。

 ……製薬会社に潜り込んで、神経麻痺に効く薬でも用意するか?

 臨床試験とでも言って捻じ込めば、同時に回復しても言い訳は出来るだろう」

 

「薬を作ると言っても、簡単にできる?」

 

「人権なんてないくせに技術だけはあるアルハザード時代の研究成果は馬鹿に出来ないものがある。

 実際に効く薬の情報を用意する事は可能だぞ」

 

 既存の薬剤との競合に注意。

 この世界に存在する薬剤の情報が不足。

 調査対象に追加。

 既存の薬剤で妥当な物があれば、その情報を提供することで治療という体裁を整えることも可能。

 既存の薬の組み合わせ情報が最も問題が少ないと予想。

 

「やっぱり、優秀。

 実際の対処方法は、調査結果次第で再検討が良さそう」

 

「そうだな。

 他に、考えておきたいことはあるか?」

 

「夜天の魔導書修復の、管理局対策は必要なはず。

 秘密裏に行うにも、最低でも提督一人は対処する必要がある」

 

「夜天の状態次第だから、今はまだ何とも言えないが……

 簡単に修復可能なら、猫にメッセンジャーになってもらう。

 冷酷だが良心はあるだろうし、説得は不可能ではないだろう。

 修復が困難なようなら……誰か、スケープゴートが必要になるか?」

 

「何のための身代わり?」

 

「闇の書を夜天の魔導書に修復したという名誉と、それに伴う面倒事を押し付けるためだな。

 後は、夜天の魔導書についての情報収集……これは原作通りユーノで良いだろう。

 私が表に立てば、SSSランクどころではない目立ち方をする事になる。

 なるべくなら、それは避けたい」

 

「でも、それが可能で交渉できる技術者は……プレシア?」

 

「現状では、そうなる。

 原作の高レベル技術者は他にスカリエッティもいるが、コイツを利用するわけにもいかない。

 原作の他の技術者は闇の書の修復等という大仕事と名誉に耐えられそうにないし、今から有望な人物が見つけて交渉するのは難しいだろう。

 最も、夜天の魔導書の状態次第だがな」

 

 夜天の魔導書の、現物調査を推奨。

 現在は管理局の猫による監視を警戒、八神はやて宅は遠距離からの観測に留めている。

 詳細な調査は至近距離への接近が必須。

 サーチャーでは力不足。

 調査の際は猫を警戒すべき。

 

「状況によっては無印にも介入する可能性がある。

 でも、はやてと友達になることが先決。

 これでいい?」

 

「それで正しい。

 とりあえず、無印介入の条件を纏めておくか。

 プレシアの協力を得るための介入。これは夜天の魔導書の状態次第だ。

 他の転生者による状況の悪化。一番懸念すべき事態だな。

 ジュエルシードによる危険性が予想以上に大きい場合。神もどきの悪意で、介入を前提として状況が悪化している可能性も考えた方がいいだろう。

 当面は、これくらいだな。

 様子を見て、必要なら介入する。

 それ以外は様子見。

 これでいいな?」

 

「問題ない。大丈夫」




アコノの本性、無感情系熱血キャラ。意味不明ですね。
無感情ですが、無気力ではありません。
こうするべきと判断したら、その方向に突っ走ります。
自分を大切にすると言う意味での自重がありません。辛いと思いませんから。
行動原理はともかく、行動力だけは神楽坂明日菜の方でした。
意表を突くことが出来ていれば、作者がニヤニヤします。
さーてどうしよう、この動かしにくそうな子(笑)

「漂流編」の存在理由と、内容の一部を説明する回でもあります。
なお、夜天や宵天の情報は、寝ている時も時折受信に成功していました(漂流編を参照)。
半覚醒 → 受信&周辺情報の取得=夢を見る=魔力消費 → 半覚醒終了、といった感じですね。
本文の説明とあわせてみてください。神もどきがどんな罠を仕掛けていたかが見えます。

そして、夜天を何とかしたいエヴァ、はやてを構おうと考えるアコノ。
現時点でジュエルシード事件に介入する必要や理由は、特にありません。無印編なのに。


(おまけ) 漂流編の、一部解説

以下の3人は、過去の主候補でした。
・やつれた男は何も知らない人(魔法の本らしいものを調べているだけ)。
・ため息をつく男は衰弱死を知っていた人。
・覚悟する女性は感情封印を試した人。


2012/11/17 発言を分かりやすい形に修正
 アルハザードが健在だった、人権なんてないくせに技術だけはある時代の研究成果は馬鹿に出来ないものがある。
  ↓
 人権なんてないくせに技術だけはあるアルハザード時代の研究成果は馬鹿に出来ないものがある。
2012/12/11 ギルアム→グレアム に修正
2012/12/25 以下を修正
 記録で判明→記録を参照
 起動前に負荷で→起動前に過負荷で
2013/03/15 神経麻痺に利く薬→神経麻痺に効く薬 に修正
2015/02/10 伏線となる会話を事後設置的に追加
2018/10/10 利く→効く に修正

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