翌朝。
土曜日で学校は休みなので、朝から主は図書館に来た。
服装はいつもと同じ、ちょっと草臥れた紺のジャージ。
おしゃれに気を使う気は全く無い様子。
魔力は当然封印状態で、お姉様もお部屋で待機中。
主との連絡は、いつも通りチャチャネットワーク。隠密性は高い。
今の主を見て、魔導師だと気付ける者はいないはず。
目的は、八神はやてとの接触。
ついでに、宿題の資料集めも兼ねている。
八神はやては図書館に到着済み。小説関係の棚を見ている様子。
主はさくっと宿題用資料の一つ、地域産業の資料を見付けた後、小説を物色し始めた。
「んー……」
そして、棚を見ながらゆっくりと前進する主の前方。
八神はやてが、原作と同じ様に、高い位置の本に手を伸ばしている。
「……届かない?」
すぐ近くまで近寄った主が、静かに声をかける。
「……ん?
もうちょっと背があれば届きそうなんやけどなぁ」
「良くある事。
使う?」
そう言いながら主が取り出したのは、孫の手。
「どう使うん?」
「こう。本の上に引っ掛けて……」
本を手前に倒し、手が届き易い場所に移動させる。
それを摘む様に取り、孫の手共々本を膝に乗せた。
「こんな感じ」
「おー、やるなぁ。
でも、本が傷まへん?」
「これで取れるのはハードカバーだけ。
ハードだから、きっと大丈夫」
「きっとじゃあかんやろ」
ちょっと呆れた様な、でも楽しそうな笑みを八神はやては浮かべている。
そして、主から孫の手を借りると、自分が取りたかった本を取ろうと試している。
「よっ……ほっ…………これ、結構難しいなぁ」
「慣れれば大丈夫」
場所を移動してもらい、主は八神はやてが取ろうと頑張っていた本をあっさりと引き抜く。
「はー、慣れって怖いなぁ」
「首輪物語?」
「去年、完結編の映画が上映されとったみたいや。
人気があるようやし、せっかく出遅れてるなら、原作から入ろ思てな」
「ファンタジーもの……」
ぱらぱらとページをめくりながら、主が呟く。
「えーと……私は八神はやていいます。変な名前やろ?
お姉さんは何て呼べばええんやろ?」
「私は小野アコノ。音の響きは、私の方がおかしい。
年は、あまり変わらないように見える」
「え、でもなんや綺麗やし、背も高そうやし……
私はもうすぐ9歳やけど、小野さんはいくつなん?」
「アコノでいい。10歳になったところ。
4年生だから、学年は1つ違うだけ?」
「通信教育やから、学校には行ってへんのや。
でも、小学校に行っていれば3年生のはずやし、1つ違いやね」
「ほら、近い」
「でも、学校行ってるんや。ちょっと羨ましいなぁ」
「バリアフリーの学校は遠い?」
「私の病気は原因がわからへんらしくてな?
治療で病院に行く事も多いから学習時間の調整しやすいようにってのと、通学の体の負担で悪化しないように、って事らしいんや」
「私も原因不明。
でも、何とかなってる」
「そうなんか。ええなぁ」
「病院や学校の都合もあるけど、相談すると何とかなるかもしれない」
「そうかぁ……話してみるのもええかなぁ」
「欠点は、たまに検査で授業を休むから宿題が増える事。
学校に行く分、自由時間も減るはず」
「それはちょっと嫌やね」
「あと、ここで話していると、他の人の邪魔になりそう。
休憩室に移動する?」
「そうやね。移動しよか」
◇◆◇ ◇◆◇
「原因不明の病気で似た症状の人って、アコノさんやったんやね」
「そうみたい。連携して調査と聞いていたけど、近所なら同じ病院で検査や治療をした方が良いはず」
休憩室に移動した二人は、ジュースを片手にのんびりと雑談。
話題は、やはり二人の病気の話に。
「その辺は大人の世界やから、色々あるんかなぁ」
「きっとそう。病院の余力の問題かもしれないし、研究の補助金や名誉的な物かもしれない」
「嫌な話やなぁ」
とは言っても、原因不明で足が麻痺、という点以上の事は、まだ説明できない。
その結果、どちらかと言えば現状の確認や愚痴っぽい方向に話は流れる。
「ところで、さっきの本、内容は知ってる?」
「首輪物語の事やね?
今のファンタジーの元祖やゆーのは聞いた事あるよ。
エルフとか魔法とか、夢みたいな内容やけどなぁ」
「夢……エルフとか魔法って、夢?」
「ん? 現実的やないけど、あったらおもろいやろなーとは思うんよ」
「面白そう、っていうのがよく解らない。
宿題で夢についての作文があるから、教えてもらっていい?」
「うまく説明できんけど、ええか?
てゆーか、どこが解らへんの?」
「面白そう、という点。
カウンセラーから、感情が無い、って診断されてる」
「はー、感情が無い、なぁ……
えらい物静かやとは思てたけど、そこまでとは思てへんかったなぁ」
「だから、楽しい、とか、面白い、と言うのを感じない。
魔法って、面白い?
ゲームとかマンガとか、魔法は戦う道具みたいな扱いが多い。
男の子がマンガの技の真似をしているけど、それとの違いも判らない」
「何て言えばええんかなぁ……
魔法はいろんな事が出来る、ってイメージはあると思うんよ。
マリエの工房とかの、錬金術も魔法みたいなもんやし。
若返りとか、瞬間移動みたいなんとか、科学で説明できへんのは全部魔法や。
マンガとかの技も、広い意味では魔法やない?」
「物語に都合のいい、ご都合主義のための道具に聞こえる。
それなら、もし魔法が使えたら、どんな事をしたい?」
「とりあえず、足を治すのは必須や。
アコノさんもやろ?」
「たぶん。自分の足で動けないのは不便。
他には?」
「空を飛んでみたいゆーのは、ちょっと思うなぁ。
あとは、回復魔法とかあったら、いろんな人を助けられそうや」
「じゃあ、少し思考実験」
「思考実験?」
「現実や仮定に基づいて、原因と結果を推測していくもの?」
「へー、面白そうやね。
要するに、IFモノの歴史小説を考える、みたいなもんやね?」
「大体あってる。
では、魔法を使える場合という仮定での思考実験。
まずは、自分ひとりだけが、思うが儘に魔法を使える場合」
「なんや楽しそうな状況やね。
ヒーロー志望にはたまらんやろうなぁ」
「どんな魔法を使って、どんな活躍をしたい?」
「活躍てゆーても、何かを倒すとかは、なんか違う気がするんよ。
やっぱ、難病にも対処できる病院的なものがええやろか?」
「金持ちの巣窟?
魔法だと言えば、真っ先に若返りや蘇生を要求される。
誰にでも行っていい事じゃない」
「困ってる人の治療を優先できへんやろか?」
「難病に苦しむ人は多い。
本当に困ってるか。誰から治すか。その判断にも時間や手間がかかる。
自分で判断するなら、治すために使える時間が減る。
判断するために人を雇うなら、給与を払う必要がある。
つまり、時間を買うためにも収入は大事。
困っている人からあまりお金を取らないなら、一層金持ちの財力が必要になる」
「世知辛い話やなぁ」
「魔法は、使えたらきっと便利だと思う。
でも、現実で使うなら現実的な問題も発生する」
「うーん、一人だけやと、大っぴらに使うのは難しそうやなぁ。
こっそりと、神の奇跡みたいな感じで治療するのはどうやろか?」
「誰を治すかの判断にすごく時間がかかる。
こっそりするための手間や負担も、きっと大きい。
生活費も別途稼ぐ必要があるはず。
それを許容できる?」
「難しい問題やね。
隠れヒーローも楽やなさそうやなぁ」
「魔法を使わない、もしくは自分の為だけに使うという方法もある」
「何かを持ってる人は、それなりの責任を持たなあかんと思うんよ。
魔法なんて大きな力を持ったら、相応の何かをせんとな」
「それで孤立するのは、本末転倒。
英雄が迫害される話も結構ありがち」
「理不尽な世の中やなぁ。
やっぱ、王道でハッピーエンドなファンタジーがええなぁ」
「よくあるのは、魔法の世界とか、妖精の国とか、魔法が普通な人達が暮らす世界がある話。
現実を捨ててそこに行くか、現実に残るか、選択を迫られる主人公的な結末とか」
「それも王道な話やなぁ」
「でも、実際にそこに行く価値と捨てる現実の価値の大きさは人それぞれ。
行く価値は、魔法が自由に使えるようになる事や、魔法を秘密にする苦労からの解放とか。
現実の価値は……家族や友人?」
「そうやろうな。
特に恋人とか、ええ感じの相手が居たら捨てにくいやろなぁ」
「多分、相手の性格次第。
受け入れられる人なら、一緒に行くと言う手段が取れるかもしれない。
魔法とかオカルト的な物が苦手な相手だと、魔法を隠すにも話すにも、苦労はずっと大きい。
はやての身近な人はどう?」
「身近な人かぁ……どうやろ?
そんな話はしたことあらへんし」
「好きな映画とか、よく読む本とか、よく見るテレビ番組とか。
そんなものでも判断できるかもしれない」
「うーん、なんや難しい情報誌とか読んどるイメージしかないなぁ」
「現実主義?」
「そうかもしれへんな」
◇◆◇ ◇◆◇
そして、夜。
いつもの様に食事や入浴を終えた後、お姉様と主は別荘へと来ていた。
「はやてはどうだった?」
「原作通りと言うべきか、やっぱり悲観的な感じは無い。
魔法に関しても忌避感は無い。力を持つ者は責任を負うという考え方をしている。
魔法を教えたら、きっと普通に使い方を学ぼうとする。
地球に残る可能性は低い。人間関係以外の残る理由を挙げなかった。
今のはやての人間関係を考えると、残る選択肢自体が無いに近い」
「ふむ、やはりそうか。
友人としてはどうだった?」
「友人?」
「友人になりに行ったはずだが?」
「そういえば。
素直な性格。子狸の片鱗は見えなかった。
私の感情の無さを見ても動じなかったのは、今後を考えると喜ばしい事のはず。
仲良くなれば、きっと頼れる友人になる」
「原作的に考えれば、外見や病気での差別には嫌悪感がありそうだな。
自身がされて嫌な思いをしてきた分、自分はしないと考えていそうだが」
「それでも。
人間を見る目でなくなることもある。
扱いが全く変わらないのは珍しい」
「やはり、そうか」
ここで空気を読まず、観測結果報告。
近くの中学校にて、高町なのはとユーノ・スクライアがジュエルシードを無事封印。
ジュエルシードは、少し大きめで菱形の青い宝石の様に見える。
高町なのはは疲れている様子。
ここまでは概ね原作通り。
「何か様子がおかしいが……何か問題でもあったのか?」
防護服が、映画版。
袖、足、胸元、腰に金属部品がある。
レイジングハートはデバイスモードのみ確認。
これも映画版の様に思える。
石突や先端部に白色や青色の部品を確認。
テレビ版のシューティングモードやシーリングモードは未使用。
映画版のカノンモードも使っていない。
使用魔法はシュートバレットとプロテクションのみ。
飛行もしていない。
シュートバレットは映画版で使用した魔法。
プロテクションはテレビ版で使用。
リリカル言っていない。
ジュエルシードシリアルほにゃらら、封印っ! も無い。
最終的な封印処理はデバイスに取り込む際に行っている。
手法としては、魔力除去による活動停止処理?
内部構造への介入までは行っていなように見えた。
攻撃での封印は、実質的に魔力ダメージによる強制機能停止と思われる。
乱暴な手法。
「つまり……テレビ版に近いストーリーと行動なのに、装備や魔法に映画版が混在?
映画版は初戦から飛び回っていたし砲撃も撃っていたが、その装備で未だにへっぽこ戦闘……?
いや、シュートバレットで片付くなら、必要十分という事か?」
「原作情報がどこまで有効か、分からなくなった。
介入すべき?」
「……今のところは、方針を維持だ。妹達も少し落ち着いてくれ。
ただ、ジュエルシード関連の監視は強化しよう。
発動前の物を見つけられた場合、確保して調べた方がいいかもしれんが……」
発動前の発見は比較的難しくても、不可能ではないはず。
ジュエルシードの調査目的は?
「私達が知る、原作の様なジュエルシードなのか。
ジュエルシードを使って、何が出来るのか。
元々が、大きな魔力を持つ不完全な願望器とか、魔力の結晶体とかいう程度の説明だ。
変な乖離のあるこの世界で、妙な形に変わっていないとも限らん」
急ぐのであれば優先処理。
今のところ、乖離は決定的でない。
高町なのは、または、フェイト・テスタロッサとの接触後でも可能?
「……迂闊に動くのも危険か。
捜索の際に、少し気を付ける程度で見てくれ」
「闇の書は早い方が望ましい?」
「それはそうだが、無理はしなくていい。
今のところはまだ起動の予兆も無い。
恐らく、起動自体は原作通り6月に入ってからだろう。
友人としての付き合いが優先だ」
「わかった。
また土曜に図書館で会うことになってるから、その路線で」
初の「発言する原作キャラ」である、八神はやての登場です。
普通に友達になる、わけがありません。アコノですから。
無感情と宿題を盾にして、色々と聞き出しています。
アコノにとって、現在の行動理由は「
そして、妹達はプチパニック。
テレビ版だと思っていたら映画版の人がいるみたいでござる、の巻。
統率は乱れていませんが、情報のまとめが怪しいです。
「初めに」には、ちゃんと「映画や漫画版等の影響も多少受けます」と書きましたよ。嘘は言っていません。原作別バージョンの混入は、乖離やブレイクって言うのかなぁ?
なお、妹達が見たのは、テレビ版の第3話の開始直後、学校っぽい建物で光っていた封印です。封印したという点は乖離していません。姿や方法が映画版の様になっただけです。
しばらくは、無印については原作に近い流れが続くでしょう。
主人公達は監視する気はあっても、手出しする心算がありませんから。
なんか勝手に乖離する気配がありますけどね!