青の悪意と曙の意思   作:deckstick

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アルハザード編4話 主様

 更に翌日。

 部屋に白衣を着た女史が入ってきた。

 その姿は、良く言えば綺麗なお姉さん。

 正確に言えば、優しげな中に芯の強さが垣間見える長髪のおば……お姉さん。

 ぶっちゃけて言えば、怖くなる前のプレシア・テスタロッサに似ている。

 

「そろそろ起床時間よ、寝坊助さん」

 

 そう言いながら、女史は指先に小さな六芒星(ヘキサグラム)の魔法陣を出現させる。

 それが消えると、紅い本、曙天の指令書がふわりと浮きあがった。

 

「……誰、だ……?」

 

「主に向かって誰とは失礼ね」

 

「そう、か……失礼した」

 

「分かればよろしい。

 名前は教えてなかったわね? リーナ・ファ・ニピン。リーナと呼びなさい」

 

「分かった、リーナ。

 主リーナと呼ぶ方が良いのか?」

 

「主は不要よ。

 さて、今から書の主として、色々とする事があるのだけれど……随分警戒されてるわね?」

 

「は?」

 

 カズキは間抜けな声を上げると、本がくるくると回る。

 

「えーと、俺、何かしたか?」

 

「いいえ?

 貴方自身ではなく、補助魂魄の仕業ね」

 

「あー……妹達が何かしてるのか?」

 

「それはもう。

 そうね、捕虜が尋問を受ける直前ぐらいの警戒心かしら?」

 

「そんな感じなのか……」

 

「あら、管制人格なのに掌握していないの?」

 

「起床直後の寝ぼけ頭に何を期待してんだ?」

 

「なるほど、異世界の人格は伊達じゃないわね。

 あー、一応言っておくけれど、これは誰にも教えないわよ?

 だから、そんなに警戒しなくても大丈夫」

 

「何をどう考えれば、大丈夫って納得できる?」

 

「うーん、失敗したかな?

 敵じゃないって言いたかったんだけど」

 

 リーナは困った顔で、うんうん唸っている。

 

「……まず、聞きたいことがある。

 俺の意識がここにあるのは、意図したものか?」

 

「少なくとも、私は人工魂魄を作ったつもり。

 強度は上げたけれど、人格や記憶については基本の手順のままで、余計な手を加えていないわ。

 そもそも、人工魂魄と言っても、誰かの魂のコピーだもの。知らない誰かの意思が来るなんて、普通なら考えられないわ。

 この返事で十分かしら?」

 

「十分だ。

 それで、俺の事は誰にも教えないって、どういう意図だ?」

 

「それだけど、私を書の主として正式に登録してからでいいかしら?

 登録方法や結果は、補助魂魄が知っているわ」

 

(……登録の方法って、眷属化だよな?)

 

 正しいけど、少し違う。

 実行はチャチャゼロ似の防衛プログラムもできる。

 お姉様は不慣れ。任せるべき。

 

(とりあえず、実行は防衛プログラムに任せていいとして、だ。

 やっても問題は無さそうって事でいいんだな?)

 

 自身のリンカーコアに罠を仕掛けていない限り。

 殺すつもりであれば、自爆と同義。

 未知の強制停止命令を含まない限り、無限転生でお姉様は存続。ここからいなくなるだけ。

 警戒すべきは、未知の強制停止命令と、洗脳系及び呪縛系。

 拒否権が、先程の起動時に付与された模様。

 未知の強制停止命令にも有効か不明。

 現在の状況を考えると、お姉様が主の生殺与奪権を握った形になっている。

 拒否権の付与と洗脳や呪縛は矛盾。

 理解不能。

 最高貴族院と反目?

 猜疑心の塊がミス?

 攪乱目的?

 

(おーけい、落ち着け。

 とりあえず、防衛プログラムの起動……こうか?)

 

 出てきたのは、お姉様の記憶に近い、チャチャゼロの様な何か。

 小さな体格や耳部のアンテナっぽい物、もみあげだけを伸ばした金髪ショートヘア、背中の蝙蝠の羽、自身より大きい剣はそのまま。

 手足や顔は、人形ではなく人間風。

 悪の妖精といった雰囲気を纏った何か。それが防衛プログラムの姿。

 

「オー、デバンカ? 殺ッテイイノカ?」

 

「性格までチャチャゼロかよ!」

 

「危険物の極みたる貴女を守るのよ?

 殺しを躊躇う様では話にならないわ」

 

「オレハチャチャゼロッテ名前デイイノカ? ゴ主人ノイメージ通リカ。イイネイイネ!」

 

「とりあえず、興奮するのは後にしてくれ。

 その人を主として登録。任せていいか?」

 

「早速オレノ出番ダナ!

 オーケィ、チャチャットヤッテヤンゼ!」

 

 チャチャゼロが手を翳すと、リーナから薄紅色の光が2個現れると、そのまま本へと吸い込まれる。

 

「……成功ね?」

 

「失敗スルワケガネーヨ」

 

「お疲れ、チャチャゼロ。

 話したい事もあるけど、今はちょっと下がっててくれ」

 

「ナンダヨ、モウ出番終ワリカ?」

 

「悪いな」

 

 文句を言いつつも、チャチャゼロは素直に姿を消した。

 それを確認した後、本はリーナの前にふわりと移動する。

 

「さて、と。そーいや、剥奪は死ぬか眷属なりにするか。だったか?」

 

「死ぬか支配下に入るかの二択と言う点は合っているわ。

 その意味では、話は聞いてくれるって事かな?」

 

「そうだな。このまま放浪ってのもアレだ」

 

「ふふ、やっぱり面白い子ね。

 さて、聞きたい事は色々あるだろうけど、初めにはっきりさせておくことがあるわ。

 貴女を作った目的は、魔法技術の発展のため。

 これは理解できる?」

 

「発展か。蒐集とは違うんだな?」

 

「蒐集は手段であり、夜天と宵天の役目よ。

 さて、ここまでが建前。ここからは本音を話すわよ?

 上層部に不満を持つ者として、端的に言うわ。

 このままだと、アルハザードは長くない。

 強すぎる力を持ち、滅んで行った世界の後を追うのは確実よ。

 貴方に望むのは、アルハザードが滅んだ後の事ね」

 

「滅ぶ世界の技術を発展、か?

 他の世界を滅ぼせと言ってるに等しくないか?」

 

「滅ぶ理由は技術じゃないわ。

 自分の利益しか考えず、自制できない上層部。

 搾取しか能の無い国家体制。

 搾取されるのは、上層部以外の全て。

 崩壊しない方がおかしいわよ?」

 

「どこまで本当か分からないけど、前提が正しければそうなるな」

 

 カズキの声は、あまり納得がいっていない様に聞こえる。

 それは、前提条件の正しさよりも、何故それをここで言うのか、という点が気になっているからのようだ。

 

「もちろん、隠すべき情報は隠してほしいわよ?

 そのために拒否権も付けたし。

 それに、何が良くて、何が悪いのか。

 可能であれば、その検証をして欲しいの」

 

「夜天や宵天は?」

 

「あの子達は、あくまで蒐集が担当。保持できる情報はあまり多くないわ。

 それに、大量の情報を調べられるのは、補助魂魄の助けがある貴女だけよ?」

 

「既存魔法の組み合わせや改良による発展を想定してた、ってことか」

 

「各地の文化、特に創作された物語の発想も取り入れてみたいと思っていたし、そのために宵天も製作したわ。

 まさか、管理人格に別世界の知識が入るとは思わなかったし。

 私としては、素晴らしい結果よ?」

 

 にこにこと笑いながら、嬉しそうに話すリーナ。

 少なくとも、表情からは嘘を言っている気配は感じられない。

 

「アルハザードの上層部には何と?」

 

「建前通りね。

 夜天と宵天の集めた情報を、請求に応じて提出。

 新たな魔法が発見されたら、その報告。

 貴女の場合は、新たな魔法の創造もしそうね?」

 

「過大評価かもな?」

 

「異世界の発想と、補助魂魄の処理能力。

 決して不可能ではないわよ」

 

「そりゃどーも」

 

「あと、書の主は私だし、当面は私を通じて他の人達とやり取りすることになるけど、友人くらいに思っておけばいいわ。

 それと……そうね、名前も決めておきましょうか」

 

「名前?」

 

 既に曙天とか、曙天の指令書とか言われている。

 これは本としての名前でもあり、管理人格のお姉様の名前でもある。

 

「そう。魔法を創った場合の登録名と、他の研究者と連絡を取る際のコードネームみたいなものね。

 曙天だと、既存技術の組み合わせだと思われるでしょ?」

 

「何か問題でも?」

 

「名前と国籍が無いと、身分が付けられないわ。

 あとは、魔導具と分かり辛くなれば、余計な干渉や拒絶も増えなくて済むかも、くらいかしら?」

 

「なるほど。あって困るものでもない、か」

 

 名前を使う用途は、現状あまり無い。

 確かに、開発した魔法を公開する際には、名前があったほうが便利だろう。

 開発者が魔導具だと知った貴族達の反応が好意的とは、考えにくい。

 

「その姿の名前は、エヴァンジェリン……だったかしら?」

 

「そうだな。というか、俺の記憶はどこまで見られてるんだ?」

 

「現在進行形で日本語の会話が成立している程度ね」

 

「……うん、俺が自分で思っていたより間抜けだった事と、深く考えちゃダメなレベルまでだって事は分かった」

 

「その認識でいいから、続けるわね。

 語源としては、恐らくエヴァンジェル……福音、喜ばしい知らせ。

 意識としての元の名前は一樹。一本の樹木。

 あまり長い名前は好きじゃないし、でも、両方の面影ぐらいは残そうかしら?

 そうね、エヴァンジュ。これで行きましょう」

 

「なんか、あっさり決めるんだな。俺だと延々悩むところだけど」

 

 リーナが軽く悩む程度で名前を決めるが、カズキはあまり納得していない様子だ。

 

「元ネタを知るのは私と貴女、それに防衛プログラムに補助魂魄だけよ?

 これ以上ひねる理由が見当たらないわ。

 愛称も元ネタ通りエヴァでいいし、分かりやすいでしょ?」

 

「まあ、そうだな」

 

「名前を付けたんだから、国民登録もしておきましょう。

 どの道、論文は国民じゃなきゃ提出も出来ないし。

 ついでだから、他の子も名前を付けておきましょうか。

 防衛プログラムの前衛はチャチャゼロで決まったわけだし、後衛も外見イメージからチャチャマルでいいわね」

 

「全部掌の上で、しかも名前はそのままか?」

 

「ええ、間違えにくいでしょ?

 補助魂魄は、確か、妹達と呼んでいたわね?

 構造のイメージは、確かミサカネットワーク」

 

「そこも知られてるのか」

 

「補助魂魄達はチャチャシスターズ、構造はチャチャネットワークで。

 うん、分かりやすいわね」

 

「一人一人はチャチャ、って事か?」

 

「ええ、そうよ。

 今は100人だけど、設計では1万人以上軽くいけるし、情報が増えたら人数も増やさないと追いつかないはずよ。

 そんな人数の個別の名前は、貴方にとっては大きな意味は無いでしょ?

 もちろん、愛称や個別名は禁止しないわ。

 その辺も含めて、貴女は適当に役目をこなしながら自由に生きなさい」

 

 自由、という言葉を聞いて、明らかにお姉様が戸惑っている。

 役目をこなすのは、特に難しくない。

 だが、何処まで自由が認められるのか。

 何が許されて、何が許されないのか。

 

「……リーナ。お前にとって、俺は何だ?

 俺をここまで上層部から切り離して、何を求めている?」

 

「さっき言ったでしょ? と言う返事では、納得しないって雰囲気ね。

 そうね、書の主として、隠し事はしないわ。

 私は、知りたいのよ。魔法の可能性を。魔法の限界を。

 行けるところまで行くには、人の命は儚すぎるわ。だから、不老不死を求めた。

 その結果が、貴女。曙天の指令書。

 私は主として、命を差し出して不老不死という加護を得る。

 私は主として、貴女が持つ情報を得ることが出来る。

 研究も協力してもらうつもりだったけど、貴女が独自で研究したほうが面白いものを作りそうだから、たまに手伝ってくれる程度で十分ね。

 これが、私の理由。

 上層部としても魔法技術の管理は頭痛の種だったから、開発費は結構出してもらえたわよ?」

 

「失敗しても気にしていない様子だったのは?」

 

「あら、見られていたのね。

 開発用の出費は、ほぼ貴族の会社への支払いなのよ。

 不自然でない程度に高い値段でね。

 困難があると分かっている研究、十分な建て前、自分の利益、どこかから搾り取ればいいと思っている財源。

 その意味では、私とあの連中はグルね」

 

「ん? 現状でも、建て前は十分なのか?」

 

「ええ、そうよ。

 まず、一つ目の理由。

 アルハザードの情報全てを収めた資料庫は混沌とし過ぎて、ゴミ箱とまで言われているわ。

 貴女に分かりやすく言えば、管理されていない無限書庫と同じ状態ね。

 そこを魔導具で管理できるなら、それこそ有能な人材を数百人雇うだけのコストを払う価値があるということよ。どうせ今まで誰も管理できなかったわけだし」

 

「ユーノみたいな人材はいないのか……」

 

「捜索が得意な人は偵察部隊とかに回されちゃうわ」

 

「あー、人を送り込む気が無いって事か」

 

「そうとも言うわね。

 それと、二つ目の理由。

 人以上の働きをする魔導具を作成する技術力があるという、一種の技術誇示ね。

 出来ない事は無い、と主張するアルハザードだもの。

 他の世界に出来ない事を実現するための開発費は、結構出るものよ」

 

「政治的な理由、か。

 やだねぇ、汚い世界は」

 

「綺麗な世界は無いわよ。

 平和な世界でも、人の本質は変わらない。

 暴力に訴えるか、言葉に訴えるか、隠れてこそこそ何かをするか、胸の奥で暗い炎を燃やすか。

 手段が違うだけで、根は一緒ね」

 

「……それを分かってて、発展を望むのか」

 

「前を向くことが出来れば、足並みは揃いやすい。

 外敵が居れば、余計にね?」

 

「そうか。俺が目指すべきは外敵、って事か」

 

「そこまでは言わないわよ。

 必要だと思えばそうしてくれて構わないけれど」

 

「やれやれ、人類の敵か潜伏か。まるっきりエヴァンジェリンだな」

 

「立ち位置は選べるわよ。

 だけど、言葉遣いは矯正しなきゃね。

 少なくとも、女の子の姿が俺なんて言っちゃダメよ?」

 

「……善処する」




作者の脳内では、主様(リーナ)の声=リンディ・ハラオウンの声で再生されています。
原作に入るとペースがガクンと落ちますが、原作の前はサクサクとストックを放出しますよ。


2012/12/25 実行はチャチャマル似の→実行はチャチャゼロ似の に修正
2020/08/09 2個表れる→2個現れる に修正

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