翌日、つまり月曜の夕方に馬場鹿乃と上羽天牙の2人からリンディへ連絡があり。
地球拠点経由でアースラへ移動した後は、普通に実際の契約の話に。
情報が欲しいアースラ側と魔法の指導と保護が欲しい2人の利害は矛盾せず、簡単な契約を結ぶ事に。と言っても、魔法の秘匿に関して強く表現されている以外はかなり緩く、常識的な内容。
習う魔法は、2人ともミッドチルダ式になった。そして、上羽天牙の持つデバイス2機は馬場鹿乃に貸し出され、今後馬場鹿乃が得る可能性のある協力報酬は当分の間上羽天牙に渡る。上羽天牙は2人分の協力報酬から、自身のデバイスの費用を出す形となった。
支払の終了後に、それぞれのデバイスの所有権が移動する契約。
もちろんアースラ側に金銭的な利益を出す気は無く、当分の間は情報以外についての協力報酬も無い事が予想されてる。契約上のやり取りと言う形にして貸し借りを明確にする、ついでに今後の繋がりを維持する意味だと2人も納得した上だから問題ない。
話がある程度まとまったところで、2人は時空管理局基準での能力評価と簡単なトレーニングを体験する事に。
上羽天牙は、標準的な杖型のストレージデバイスを使用する事になった。量産型なので比較的安くて丈夫、癖も無く相性問題も出にくいけど、基礎がしっかりしていないと魔法が発動しにくい特性がある。きちんと学ぶには適しているし、自分用に調整していく事で長く使える一品。クロノ・ハラオウンが使ってるS2Uと比べたら色々と劣ってるけど、基本的な扱い方自体に大きな差は無い。
難点は決められた魔法しか使えない事とAAクラスまでという出力の微妙さだけど、普通は戦闘中に魔法の改変なんてしないし、上羽天牙の魔力も多くないから問題無い。少なくとも、お姉様が渡してる入門用デバイスよりは高出力に対応可能。
実際に使った所、飛行魔法に関しての適性はなかなかで、初めての飛行で自分の位置を一度も見失わなかった空間把握能力は大したもの。飛行と別の魔法の同時行使も問題無さそうだったのと併せて、流石特典で空戦魔道師の素質を求めただけはあると称賛。
但し、飛行以外の魔法はこれから頑張りましょう、みたいな。絶望的ではないけど努力は必要。
馬場鹿乃は、例のボディービルのトロフィーに見えるデバイス2機を使用。
ユニゾンで黒ブリーフ全身艶々ワックス仕様になり、右手には黒い革のリストバンドも装備。
み・な・ぎっ・て・き・たぁ! とか叫びながら、AA相当に能力が跳ね上がってた。元がC程度の本人は楽しそうだったけど、他の転生者を考えると微妙な水準だし、見てたハラオウン親子がちょっと引いてた。狙ったかのように適合してるあたりは、元ネタ主従恐るべしと思っておく。
デバイスに依存しての魔法行使でこの水準なのは驚愕。あとは練習と慣れと学習あるのみ。
使える魔法はミッドチルダ式で、自己強化、攻撃、捕縛、防御、移動、幻影、探知、結界が数種類ずつといい感じに揃ってるけど、ほぼ全てが近距離用で明らかに陸上近距離の肉弾戦仕様。探知や封時結界の広さはそれなり、発動に時間がかかる転移のみ遠距離に対応してる。
ある程度測定やらが終わった後で正式に契約し、ようやくアースラ在住組の転生者、要するに成瀬カイゼとセツナ・チェブルーの2人と面会。
新しい転生者の登場に驚く馬場鹿乃と上羽天牙。その様子に、エヴァさんは説明を面倒がったんだろうね、全部で20人いたのは確認しているよ、などと成瀬カイゼが説明してた。
一方、Fate組の2人がアースラに連絡をしている頃、お姉様と主は街へと出てた。
「今度は妙な回避をされなければいいが」
「おかしな制限は無くなっているはず。
これでも回避されるなら、回避自体が特典と判断すべき」
「そうなるが……さて、どうなるか」
目的は、夜月ツバサ。オリ主様系でない事は確かだけど、別の方向で病んでる転生者。
能力その他は、不明。人間不信という点だけは確定。
昨日の連続接触で接触に関する何らかの強制力があり得ると判断したお姉様が、再度接触を試みる気になった。要するにおかしなタイミングで来られるくらいなら自分から会いに行ってしまえ、という事。
そして、今回は特に何の問題も出ないまま、直接姿が見える状態に。今も接近中。
何だか、オドオドしてる。
「ふむ、接触に問題は無いようだな。
初めましてと言うべきかな、アーニャの外見の転生者」
お姉様が声を掛けたら……うん、怯えてる。
何だか闇の福音に威圧されたアーニャを思い出させる勢い。
「エヴァ、元ネタ的に問題がありそうだから、私が話してみる。
初めまして、私達と同じ転生者さん。少し話をしない?」
「う……」
やっぱり涙目。
だけど、主の方が拒絶感は少なそう?
「今やりたい事は、情報の交換。
それ以上の事は話の結果次第だから、とりあえず話だけでもしない?
ジュースやケーキ位なら奢る」
「う、うん……わかった……」
何とか頷いてくれた。
と言うわけで、近くの喫茶店に移動。
3人共ケーキとジュースを注文、認識誘導や認識阻害もした上で改めて自己紹介。といっても、とりあえず名前や原作知識の確認だけ。結果、魔法少女リリカルなのは無印とA’s、魔法先生ネギまは途中までを、見た事はあると言う程度で覚えてると判明。
「あまり聞かれたくは無いと思うけど、怯えて暮らしているのは転生特典の悪影響?」
「あ、悪影響……?」
「神もどきに望んだ希望は、歪んだ結果になっていたり、かなり広い目で見ないと叶っていない様に見えたりする物がある。例えば、私が冷静さを望んで感情を失ったみたいに。
何か、心当たりはある?」
「……無いわよ。何でこんな事になるのよ……」
「望んだ事と、何が問題なのか教えてもらえると、原因が解るかもしれない。
話をするだけでも気が楽になる場合もある。
無理に話さなくてもいいけど、教えてくれる?」
「……料理がうまくなりたい、幸せになりたい、身を守れるくらいの魔法を使いたい、って言ったの。
でも、周りの人の声、それも悪意や下心みたいなのばっかりが聞こえるのよ……ずっと……ずっと! ずっとなのよ!!」
夜月ツバサは、涙を流して叫んでる。
今まで溜め込んでいた分が爆発してるかもしれない。
「読心の一種? 希望の内容を考えると、幸せか身を守る魔法に該当するはずだけど……」
「恐らく、これで他人の悪意や下心による不幸を避けろ、とでも言いたいのだろう。
善意は聞こえないのか? それに、能力を使うかどうかの切り替えはどうだ?」
「聞こえないわよ! 聞こえるのは暗い怨念とか気持ち悪い欲望とかばっかりよ!
下劣な声なんて、聞かなくて済むなら聞きたくないわよ!!」
「最悪だな……悪意だけに晒され続けるなど、今まで正気を保っていた事すら奇跡じゃないか。
というか、良く私達に話す気になったな。私達にも下心はあったはずだが」
「アンタはごちゃごちゃ煩くて聞き取れないの! 木乃香の方はアンタの心配しかしてないっぽいし!」
「アコノ、そうなのか?」
「エヴァの害にならないか確認したいとは思っていた。それが聞こえていれば、能力の説明と性能は間違っていないはず」
「その通りよ、そんな感じに聞こえたのよ!」
思い切り叫び終わった夜月ツバサはジュースを一気飲みすると、深呼吸して息を整えた。
そして、俯いたまま呟くように話始める。
「……話そうと思ったのは、騙そうって気持ちが聞こえなかったから。転生者仲間ってのは嘘じゃなさそうだったし、アタシを探ろうとはしてたけど、変な欲が絡んでる様子は無かったから。
嫌な力だけど……アタシを直接利用する気じゃないって事は、確認出来るし」
「ふむ、それが拠り所か。
とりあえず、聞こえなくなれば、普通の日常を過ごせそうだな。いくつか試してみるか……まずは、これを着けて見ろ」
お姉様が出したのは、ミサンガ。長宗我部千晴に渡したものと同じタイプ。
「これ? ……着けたけど、何かあるの?」
「変化無し、か。やはり探知妨害では意味が無いか」
「え? これって……着けるだけでいい魔法の道具?」
「効果は無かったようだが、そうだな。
精神干渉の一種だろうから……やはり魂関係の魔法が必要か。効果は10分程だが、別の魔法を試してみるぞ。
手元に小さな魔法陣を展開、お姉様の限定しまくりの魔力で、ちょっとだけ発動。
夜月ツバサは、ぽかーんとしてる。
「どうだ、今でも聞こえているか?」
「な、何をしたの……?
聞こえない、聞こえないよぅ……!」
「本来は魂を閉じ込めるための呪縛なんだが、干渉を防ぐ効果を目的に使ってみた。
どうやら効果がある様だが……望むなら教えて「お願い! 何でもするかッ!?」」
凄い勢いでお姉様に迫ってきた夜月ツバサは今、額を抑えて蹲ってる。
直前の効果音は、ばっちん。
とてもデコピンの音に聞こえない。
「落ち着け。それに、何でもするとか言うものじゃない。
とりあえず教える場合、私が提供するものは、魔法の指導とデバイスの貸与だな。当面の目標は今の魔法を自力で使えるようになる事になる。
私達が求めるのは、有事……魔法関係で問題が起こった際の協力と、転生特典の解明への協力だな。どちらもそこまで根を詰める気は無いから、友人として出来る範囲で手を貸す程度だと思っていい。
最後にこの魔法の問題点だが……解りやすく言えば、効果が続く限り成仏出来なくなる事だな」
「へ? ええと、ちょっと待って。成仏できないって……どういう事?」
「魂を閉じ込めるための呪縛と言っただろう。生きている間や死後に早期の蘇生が期待出来る状態ならば記憶や人格の保護魔法になるが、犯罪者を死後も苦しめるための虐待魔法でもあるんだ。
ちなみに、死後は効果が切れるまで何もない空間を漂う感じになるらしいぞ。しかも、死後は意識が切れる事が無いと言う鬼畜仕様で、生きている間も睡眠が浅くなる問題がある。
これを補うための回復促進と狂わないための精神強化も行われるはずだが……」
「そ、それって……」
「脅すようで悪いが、元々は年単位の効果を持ち、それなりの時間をかけて使うような儀式魔法だからな。魔導具にするのも難しいし、どうするか決める前に教えておいた方がいい事だろう?」
「え? さっき、凄く簡単に使ってたじゃない。効果も10分だって……」
「その辺は、私の技術の賜物だ。というか、今の私では本来の儀式に必要な魔力が確保出来んし、人前で大々的に儀式魔法を使うわけにもいかんからな。
お前の魔力量なら足りないという事は無いだろうし、適性によほど大きな問題が無ければ、少なくとも使う事だけは出来る。努力と適性次第だが、私と同じ事、せめて数日で効果が切れる程度にまで抑える事が出来る様になれば、精々数日と笑えるようになるだろうな。それに、魔法が使える状態であれば、術者自身での解除はさほど困難ではない。
それこそトイレやらで切り替えが出来るようになれば、本来の目的の為に使う事も出来るようになるだろう。目覚めた時にかけ直せるようになれば、睡眠の問題も回避可能かもしれん」
「……やってやろうじゃない! マトモな人生を取り戻して見せるわ!!」
◇◆◇ ◇◆◇
夜月ツバサに関しては、翌日から早速高町家の道場に入り浸ってる。
今のところは道場のチャチャが次の来訪予定日、大抵は翌日まで効くように再処理をしてから帰ってる。魔導師として学び始めたばかりで魔力自体に慣れてない事もあって、自力での行使は無理がある。専用魔導具は、どれくらいの技術を持てるか次第で検討する予定。
それでも、本人はだいぶ明るさを取り戻しつつある。テンションが上がってるからという面は否定出来ないし、お姉様、主、私達以外の人には、まだまだ警戒心が強いけど。
水曜日の夕方に月村忍から、お姉様と八神家のチャチャ用の戸籍が用意できたと連絡があった。
予定通り、4月の初めに外国から仕事の都合で来日、遠い親戚の八神はやてと同居する事になったという筋書き。住所も既に八神家に設定済みで、準備してたコンサルタントの会社の社員と言う形で職に就いてる事になってる。
つまり、お姉様と八神チャチャの、真っ当な収入が準備出来たという事。これで、金銭的なあれこれが色々と楽になる。
主の病院に関しての調査も出来てる。院長は息子、つまり主の担当医を勉強の為にしばらく海鳴大学病院に行かせたいと考えていて、実際にコネなどを使って手配をしてるけど、本人は担当の患者を見捨てるような真似は出来ないと拒否する会話を確認済み。
話の内容では、明らかに主が関係してた。両親との人間関係や住居と病院の位置関係を考えて、なるべく近くにという考えが、主の主治医にある模様。
治療や研究の効率と信頼できる家族、加えて緊急時の安全性確保を盾に、八神はやての担当医である海鳴大学病院の石田医師を巻き込んで交渉。結果、主の両親の合意があれば、担当医ごと海鳴大学病院に移る事を納得させる事に成功。
外堀を埋める事が出来たせいか、八神はやては大はしゃぎ。
お姉様と八神家のチャチャを連れ出し、生活用品や家具をとても高いテンションで買ってた。
既に主の分や守護騎士達の分まで手配を始めてる。
そして、土曜日。大人モードのお姉様は、主の家に客として訪れた。
目的は主を八神はやての姉とするための、主の両親の説得。
と言っても、お姉様は特に何もしてない。説明は主が行ってる。
この場には主の両親と兄がいるけど、父親以外は様子を見守る構え。
「……つまり、お前の意思で、はやてちゃんという娘の姉になりたいと。
そのための根回しもしてきたと。
そういう事だな?」
「そう。はやての提案が切っ掛けで、病院への説明はエヴァに任せたけど、姉として八神家に行く事は私が決めた」
「ふむ、そうか。
エヴァンジュさん、アコノの説明に間違いは無かったかな?」
主の父親は説明を聞いて、お姉様に確認。
表情を見る限り、かなり驚いてる。何に驚いてるかは別にして。
「そうだな。はやてがアコノに……正確には私とアコノに姉になってくれと頭を下げたのは事実、その後で私が病院で話をしたのも事実だ。
もう少し前から説明すると、私がはやてやアコノと出会う切っ掛けは、私が日本に住居を探しに来た時に、遠い親戚と聞いていたはやての両親を訪ねた事だ。
私もそれまで知らなかったんだが、はやては両親を亡くして孤独な生活をしていたそうだ。寂しかったせいか、私が住居を探していると聞くなり、一緒に住もう、姉になってほしいと懇願してきてな。その時にアコノもいたから、ある意味では巻き添えになった形だ。
私やチャチャ……私の妹は住居を探していたから同居は問題無かったんだが、国籍や仕事の都合で法的に姉になるわけにはいかなかった。姓は同じだから、姉妹として一緒に生活するという事で納得してもらったんだ。
だが、アコノに関しては諦め切れなかったらしく、実際に姉妹になれる方法を見付けられてしまってな。本人同士が乗り気で、止めることも出来なかったというわけだ」
「なるほど。ここしばらく出かける事が多かったのは、はやてちゃんやエヴァンジュさんと会ったり、色々と調べたりしていたからか……」
「そう」
「アコノにとって、はやてちゃんやエヴァンジュさんは、どんな人物に見える?」
「はやては色々な意味で私に似ていて、理解しあえる仲間。
エヴァは色々な面で頼りになる先生」
「そうか……アコノ、幸太と一緒に席を外してくれ」
「解った」
主と兄、退場。
残ったのは3人だけど、母親は口を出す気が無さそう。
「ふむ、アコノに内緒という事は、どんな秘密の話だ?」
「話と言うよりは、お願いなんだ。
アコノに信頼されているように見えるからね」
「ほう?」
「お願いだ。あの子、アコノを守って、出来れば正しい方へ導いてやってほしい」
「ん? ……本来は家族、つまりお前達の役目のはずだ。
どういう事だ?」
翻意の説得とかじゃないのは予想出来たけど。
何だか、不干渉だった両親とは思えない頼みだった。
「私達は、アコノを守れなかった。導くことも出来なかったんだよ」
「ちょっと待て、アコノを冷遇していたのは事実なんだろう?」
「拒否されてしまったんだよ。
愛情は受け取れない自分にではなく、兄に与えるべきだと言われてね」
「はぁ!?」
お姉様が呆気にとられてる。
というか、主の説明と違い過ぎる。
「アコノの性格は分かるだろう?
こうだと思い込んだら、何とかしてそれは違うと納得させなければ、考えを変えずに突き進むんだよ。
そして、私達は説得に失敗し続けているんだ」
「なっ……つまり、あいつは…………」
「アコノが自分の扱いについて言い始めたのは、4歳の頃なんだ。
その頃、幸太はまだ6歳になったばかりでね。アコノに私達を取られると思ったのか、色々手を焼かされていたんだよ。後で考えれば、ここが最大の過ちだったのだが……兄に、幸太に付き合ってあげてほしいというアコノの言葉に甘えてしまったんだよ。
それからアコノは、ずっと考えを変えてくれないんだ。今までより幸太に向く分が減れば寂しい思いをさせる、と言ってね」
「あ、あ、あ、あの阿呆が!」
「ま、待ってくださいエヴァンジュさん!」
お姉様はいまにも部屋を飛び出しそう。
母親に思いっきり抱き留められて、動けなくなってるけど。
「止めるな! あいつを張り倒してでも納得させる!!」
「話はまだ終わっていないんだ落ち着いて!」
「お前達には親としての気持ちがあるんだろう!?
あいつにも子としての自覚はあるはずだ!
その結果がこれだなど納得出来るか!!」
「力尽くでは自分に求められている役目はこうだと判断するだけなんだ!
それではアコノ自身を変えられないんだ、解ってくれ!!」
「だからと言って放置出来るか!
私は親子の絆を引き裂くために来たんじゃない!!」
「だからこそ君に頼みたいんだ!
アコノに信頼され、アコノに良い感情で接してくれる君に!!」
すごい勢いで叫びあってる。
どう考えても、主に聞こえてる。
しばらくすごく真剣な目で見詰め合ってたけど、お姉様は諦めたように座りなおした。
「……確認するぞ。
非干渉なのは、愛情を兄に向けろと言っていたからという事で間違いないな?」
「そうだ。迂闊にアコノに構えば、ますます身を引いてしまうんだよ。
それこそ、食事すら一緒に取らなくなる勢いでね」
「それには、お互いに手出しをしない事も含まれるのか?」
「そうだ。アコノは、自分で出来る事は自分ですると言い張ってね。手伝う事はもちろん、見守る事すら嫌がるんだよ。
それと同時に、私達の手伝いをしようともしないんだ。不自由な手が増えても、余計な手間を掛けさせるだけだと言ってね。
全ては、私達の時間を自分の、アコノの為に使わせないようにという考えからなんだよ」
「何が暗黙のルールだあの阿呆は……
それなら、あいつの外見が美人だという事は間違いないだろうに、着せ替え人形はともかく、着飾らせないのは何故だ? 時間はともかく、外聞やら色々と言い訳は付けられそうだが」
「綺麗な服を用意する事も拒否されるんだよ。金銭面でも負担をかけるわけにいかない、すぐ小さくなる服にお金をかける必要は無いと言ってね」
「その割に、あの綺麗な長髪はいいのか?」
「綺麗な髪は女性として金銭で賄えない価値がある、髪を伸ばすのは時間がかかるが費用はかからないという理由で、何とか説得出来ただけなんだよ。
本音を言えば、妻が手を出す事を受け入れてもらえる入浴時間を少しでも延ばして、触れ合う時間を増やすためなんだが……そんな事を言えば、アコノは自分で切りかねないんだ」
「……そういう事か。あいつらしいと言うべきか、どこまで馬鹿な方向に突き抜けてるんだと問い詰めるべきか……」
ものすごい勢いで、お姉様がため息をついてる。
予想もしてなかった方向に駆け抜けていた感じ。
「だから、アコノが自分から関わろうとしている、良い関係を築けそうなエヴァンジュさんやはやてちゃんに賭けてみたいんだよ。
アコノを手放す事は辛いし寂しい事だが……それ以上に、普通の生活をして欲しいんだ。
私達がやり直しを目指すよりも、アコノも受け入れやすいだろう」
「はぁ……親の心子知らずの極みだな。
頭は悪くないはずなのに、どうしてここまで拗れるんだ」
「感情が感じられないという事がどれほど影響するのか知らないが、アコノは私達にかなりの負い目を感じているのだろう。
自分を犠牲にされて、喜ぶ親は居ないのだが……」
「そうなんだがな……とりあえず、事情は解った。
他の縁者も来ると言う話もある。あいつを構い倒して、大人数に関わる生活を叩き込んでやる」
「よろしく頼むよ。
会う事はアコノが良く思わないだろうが、せめて近況は知りたいから、たまに写真でも送ってもらえるかな?
私達に対しては、それくらいで充分だ」
「それくらいは問題ない。驚くくらい着飾らせた写真を送ろう」
「ああ、よろしく頼むよ」
◇◆◇ ◇◆◇
それからは、ある意味で大人の会話。
法的に特殊な縁組である事、それに伴い主とその家族の関係はほぼ切れる事、生活費等は不要という事を説明。
両親は生活費等を出さない事を渋ったけど、お姉様は親子関係が切れる事、確実に主が拒否する事を盾に固辞。なるべく状況を知らせる事で納得してもらった。
主の学校については、少し遠くなるけど転校は不要。実際の手続きは来週早々に始め、週末に引っ越しという事で決着。
と言うわけで、一通りの話し合いを終えて八神家に帰るために小野家を出たお姉様は、人気のない場所から主の部屋に転移。無言で防音の結界を張り、主の頭に拳骨を落とした。
「痛い」
「当たり前だ! お前も前世の記憶がある以上、あんな態度を取れば親が悲しむ事くらい解っていただろう!」
「私の記憶や人格は、明らかに異物。
本来の子を奪い、愛情を受け取る力も無い私に、愛情を向けてもらう必要も無い」
「憑依や成り代わりじゃないんだ、間違いなくお前があの両親の子だろうが!
子に拒否される悲しさまで考慮して言っているのか!?」
「魔法使いになる事を求めた私は、最終的には親から離れる事になる可能性が高かった。
はやてを助ける目的の為に、距離を置いていた事が役に立ってもいる。
問題は無いはず」
「大有りだこの阿呆!
親が子を慈しむ感情は、そう簡単に割り切れるものじゃないぞ!」
「そう?」
主がものすごく不思議そう。
感情を感じられなくても、理解は出来るはずなのに。
「……アコノ。お前の前世は、どんな家庭で育ったんだ?
そこから問題がある様に思えるんだが」
「両親と私の3人家族。両親ともに会社員で、住んでいたのは小さいアパート」
「両親との思い出は、どんなものがある?」
「ほとんど帰ってこないから、思い出は特に無い」
「ほとんど?
……大学生だったんだろう? 行くときに相談はしなかったのか?」
「帰ってきた時に、行きたい学校と必要な費用を言って、許可を貰った。
そういえば、願書提出の期限に間に合ってよかったと思った覚えはある」
「暴力やらは無かったんだな?
あと、帰ってこないのは昔からなのか?」
「暴力や虐待は無かった。
私が小学生の頃には誰もいないのが普通だった。その前はあまり覚えていない」
放置?
愛情を受けて育った感じがしない。
誰かの役に立ちたいのは、自己肯定感の無さの裏返し?
「……アコノ。放置も
「知らない。ねぐれくと……?」
「…………はぁ、原因はそこか……天然だったとは聞いていたが、予想以上に天然過ぎだぞ。
とりあえず、大前提がおかしい。普通は、親や子というだけで特別な存在だ。親子は努力して仲良くなるものじゃないぞ」
「そう……?」
主は、とても不思議そうにしてる。
やっぱり、根本的なとこに間違いがある。
「やっぱりか……とりあえず、お前が感情を正しく理解出来ていない事は解った。
感情を思い出す以前の問題として、もう少し普通の事を学ぼう。な?」
「わかった」
前半はツバサ登場回。
教える事にした魔法は、長期間にわたる魂の崩壊防止と外部からの干渉阻害効果を持ちます。悪い面を強調する為に虐待魔法としての側面を強めに言ってますが、蘇生を前提とする場合はほぼ完璧な魂の保護魔法ですよ。
エヴァは「成仏出来ない」という言葉を使っていますが、実際は「魂の崩壊を防ぐ」という効果となります。死後の世界的な物は登場しておりますん。
劇場版のパンフレットで頭の上にわっか浮かべてた人? ……ナ、ナンノハナシカナ??
後半は無印編06話の後書き「ここではやてに語っている事を真に受けてよい様な人達ではないのですよ」の理由説明回みたいな?
アコノと家族の関係はこんな感じでした。元凶はアコノ。
【無印編06話】のアコノの家族批判風発言は、あくまでも相手に“簡単に状況を説明するため”であって、家族を批判してほしかったわけではありません。
「お互いに半ば放置」の実態は「手間を掛けさせないよう自分の事は可能な限り自分でやっている」「自分が手出しをすると余計な手間を掛けさせるため、家族の事には干渉しない」なのです。
【無印編11話】で自分よりはやてを構ってくれと言っていたのも、アコノ自身は家族に対して負担をかけていると思っていて、悪い扱いをされていると思っていないからという理由もあります。自分から言い出した扱いなので変える必要性を感じておらず、エヴァという別の友もいますので。
「嫌いの反対は好きじゃなくて無関心」と言っていたのも、嫌われているわけではなく、自分の話を聞いた上で無関心でいてくれていると判断していたからです。
なお、はやて・アコノの義理姉妹化に関する法的な諸々ですが、以下の制約が付いてます。
※特殊な家の家系断絶を避けるための緊急回避手段という位置付けのものを投入したので、色々と制限がきついです。
・義兄弟にする者が未成年で、かつ相続権を持つ者が居ない事が条件。
要するに、はやてが未成年&両親祖父母他先祖全員死亡&兄弟無し&未婚&子がいないから使える手法という事です。普通に養子縁組出来るならそちらを使え、他に継承出来る人がいるなら緊急回避は必要ないだろうという事ですね。「家系断絶を避ける必要のある家の子」でなければ、こんな手法を使うまでもない(普通に養子や里子に行った方がいい)わけですし。
祖父母が1人でも生きているなら小学生の1人暮らしは無いでしょうから、この条件で問題ないはず。エヴァは後見人であって戸籍に入ったわけじゃないですし、チャチャは後見人の妹でしかないですから。
・義兄弟になる者と、義兄弟になる者の元の血縁者の間の、権利や義務等は消失する。
要するに、アコノと小野家の権利や義務は完全に切り離されます。
現在の特別養子縁組に近い扱いで、近親婚を防ぐための血縁関係のみ残ります。家の乗っ取りを防ぐ為の予防措置1ですが、前提条件(はやてが未成年&保護者無し)を考えると兄弟で保護者無しになりやすいという罠になります。
・義兄弟にする者が生存する限り、義兄弟になる者は同戸籍において世帯主となれない。
要するに、はやてを差し置いてアコノが世帯主になる事は出来ません。でも、分籍とかは可能。
乗っ取りを防ぐ為の予防措置2で、家長制度があった頃の名残(元々は家長になれない)です。何かあったら真っ先に疑われるんだから変な事を考えるなよ、的な意味合いでもあります。
2013/09/25 ネグレイト→ネグレクト に修正
2017/04/25 魔方陣→魔法陣 に修正
2017/09/06 提案がきかっけ→提案が切っ掛け に修正