相変わらず平日のお姉様は気の修業三昧。
なんとなくコツを掴む事に成功した従者も現れたし、調査が進む気配はある。
アースラの人達、要するにクロノ・ハラオウンを中心とした法務メンバーは、本局を相手にプレシア・テスタロッサやフェイト・テスタロッサに関する話を始めてる。
話をする相手に気を付けているため進みは遅いけど、フェイト・テスタロッサは起訴猶予でほぼ決まり。内容に問題はあったが善意による行為であり、害意は認められないと納得させることに成功したらしい。問題無く修了した教育プログラムや、嘱託魔導師への意欲も無罪化を後押ししたらしいから、狙いは良かった模様。
プレシア・テスタロッサはクローン関係の問題もある為、略式ながら裁判になるらしい。但し、司法取引やジュエルシード回収への協力により罪状や罰金等を相殺する事が可能で、クロノ・ハラオウンは実質無罪で済む手ごたえを感じているらしい。犯罪者の情報やロストロギア回収の協力で罪状を軽減して罰金刑で済ませられる範囲に抑えた上で、提供する医療技術の技術料で金銭面を相殺する腹積もり。
私達も時折相談には乗ってるけど、基本的に時空管理局の法務は解らないからお任せの構え。拘束や監視が抑えられる結果になればそれでいい。
闇の書の起動前に念のためという事でチクァーブによる干渉も試してみたけど、分体が侵入直後にあっさりと破壊されるという事態に。
防衛プログラムが頑張り過ぎでございますな、とチクァーブは笑ってたけど、予想以上に洒落にならない結果になった。
と言うわけで、木曜の夜。
八神家には、住人である八神はやてと大人モードのお姉様に加え、プレシア・テスタロッサとリンディ・ハラオウン、そして子ネズミバージョンのチクァーブの姿がある。
日付としては、6月3日。要するに、もうすぐ“闇の書”の封印が解けるはず。
主はチャチャマルやチャチャゼロ、八神チャチャと一緒にリビングにいる。何かあった際の、戦力的な切り札。
「うー、なんか緊張してきたわ。
魔法は何度も見とるけど、体の中からなんか出てくるってのは初めてやし」
「なに、驚かなければ大したことは無いはずだ。手筈は覚えているな?」
「それは大丈夫や。やけど、もしもの時はお願いや」
「ああ、任せろ」
ベッドの上で座ってる八神はやてが頼んでるのは、最悪の事態に備えるためのもの。
致命的な事態が発生し、かつ、お姉様の管制特権や強制介入、チクァーブの能力でも駄目だった場合の切り札。八神はやての魂とリンカーコアを剥奪して、眷属化すると言う約束。
お姉様は渋ってたし、闇の書に正面から喧嘩を売る事にもなる、使わずに済めばいい手段。
「だけど、こうして見ると、鎖で縛られている事以外は普通の本ね。
……何だか、複雑だわ」
まだ起動していない“闇の書”を手に、リンディ・ハラオウンが呟き通り複雑な表情を浮かべてる。
夫の仇であり、今回の問題の中心に存在するロストロギア。
それが一見無防備に手の中にあるのが、信じられないとかかも。
「それも、あと数分なのでしょう?
今は封印状態で大人しいけれど、無闇に触れるものではないわ」
プレシア・テスタロッサは、大きな杖型のデバイスを手に、部屋の隅に立ってる。
ちなみに、杖の形はやっぱり映画版のもの。名前はカッカラ、高出力時の安定性が高いだけで、割と普通のストレージデバイスらしい。
バリアジャケットは展開してない。魔女だ、露出狂だ、フェイト・テスタロッサが悪影響を受けてる、と皆で散々貶してから、新しいデザインで悩んでる模様。そもそも、今は守護騎士を刺激しないためにも、展開しちゃ駄目だけど。
「それはそうね。どこに置いておけばいいのかしら?」
「棚の方でいいんじゃないか?
驚いて放り投げたりしなければ、手に持っていても構わんとは思うが……何も無い事は保証出来んぞ」
「そうね、何かあってから慌てても遅いわね」
というわけで、リンディ・ハラオウンは本を棚に置き、プレシア・テスタロッサの隣に。
お姉様は大人モードで八神はやての隣にいるし、準備は出来てる。
念のために封時結界も展開。そして、日付が変わって、6月4日。
闇の書が怪しげな光を放ち始める。
「おお、ホンマにきた! これが覚醒イベントやね!」
「お前が魔法を使えるようになるイベントじゃないんだ、少し落ち着け」
「落ち着いてるけどワクワクは止まらへん!」
「それは落ち着いていないだろうに」
どう見てもはしゃいでる八神はやて。
闇の書の起動は、原作と同じ流れ。家が揺れ、怪しく脈動する闇の書が浮かび上がり、縛っていた鎖が砕けて白紙の頁が凄い勢いで捲れてく。
『
機械的な声がしたと同時に闇の書が閉じ、八神はやての目の前に降りてくる。
『
闇の書から赤い光が放たれ、八神はやての胸から白い光を放つ何か……リンカーコアが出てきた。
「これが、リンカーコアってやつやね?」
「そうだ。やはり、お前のは綺麗な白色だな」
八神はやてが興味津々で見守る中、ゆっくりと闇の書へ移動するリンカーコア。
途中、それが強烈な光を放つと同時に部屋の片隅に現れる、崩れた六芒星の魔法陣とその中に跪く4人の人影。
「闇の書の起動を確認しました」
「我等、闇の書の蒐集を行い、主を守る守護騎士にてございます」
「夜天の主の下に集いし雲」
「ヴォルケンリッター。何なりと命令を」
シグナム、シャマル、ザフィーラ、ヴィータ。
魔法陣も体勢も宣言も、原作と何も変わらない。
「うん、みんなの事は聞いてるよ。
そやけど、最初にいくつか確認や。正直に答えてな?」
「はい、我が主」
八神はやての言葉に、シグナムが跪き俯いたまま言葉を返してくる。
無礼は許されない、という初期認識を正しく遂行している模様。
「私が書の主で、私の言う事は絶対なんか?」
「はい、我が主」
「私が命令したらみんなは闇の書のページを集めて、闇の書が完成したら何かいい事がある。
あってるか?」
「はい。闇の書が完成すれば、主は大いなる力を得ます」
「私が大いなる力が欲しい言うたら、蒐集する。
私が大いなる力なんか要らへんって言ったら、蒐集せえへん。
闇の書の完成と、私の指示だと、指示の方が大事って事でええか?」
「はい。我が主の御望みになるままに」
「勝手に何かする事は無い、って信じてええんか?」
「我等の全ては主の為に。
主の望まぬことを行う事は有り得ません」
「なら、大いなる力って、何や?
どんな事が出来るん?」
「あらゆる望みを叶える事が出来る力です」
「その力はどうやって使うか、知ってるんか?」
「それは……」
八神はやての質問に、淀みや迷い無く答えていたシグナムの言葉が止まった。
説明に困っていると言うより、質問自体に困惑している雰囲気。
念話を使ってるような反応があるから、きっと相談してる。
「なら、力がどう使われたか、見た事はあるん?」
「……申し訳ありません。闇の書の完成に立ち会った経験はほとんど無く、その時の記憶も思い出すことが出来ません。
その為、我等は見た時の事をお話しする事が出来ません」
「ということは、大いなる力がどんなのか知らへん、ってことやね?」
「申し訳ありません」
元々俯いていたシグナムの頭が、余計に下げられる。
他の3人は全く言葉を発しないけど同じく頭を下げている所を見ると、結論は同じらしい。
「うん、こんなもんでええでしょうか?」
「ええ。守護騎士達の行動は、過去の主の指示によるものだった。
そう判断するには充分ね」
やり取りを記録していたリンディ・ハラオウンが頷くと、八神はやてはふぅ、とため息をついた。
「よっしゃ、質問はこれでおしまいや。
改めて……ようこそ、私の騎士達。堅苦しい時間は終わりやから、みんな顔を上げて、普通に立ってくれてええよ。少なくとも、家族に傅かれるのは好きやないし」
「はい」
守護騎士の4人は困惑しつつも初めて顔を上げ、主である八神はやての近くにいるお姉様と壁際に立つ2人、その横に浮かぶ小ネズミを見て、表情に警戒の色を浮かべた。
「あ、この人らは家族とお世話になってる人達やから、そんな警戒せんでもええよ。
まずは自己紹介からや。私は八神はやて。みんなのご主人様やけど、見ての通り、足の悪い小娘や。魔法を使った事も無いし、色々迷惑をかけると思うけど、これからよろしくな」
「は、はい。よろしくお願いします」
ニコニコと笑う八神はやての影響か、シグナムが戸惑ってる。
それから、守護騎士4人の自己紹介があり、八神はやてがザフィーラに狼の姿になる様希望して、今は思いっきりもふもふしてる。
「やれやれ、あっという間に犬扱いだな」
「私は盾の守護獣。主の御身を護る為、近くに侍ることが出来るのであれば否は無い。
だが……」
お姉様の呟きが聞こえたのか、ザフィーラはお姉様を見据えてる。
その視線が言ってる。お前は誰だ、と。
「私か。私は八神エヴァンジュ。夜天の関係者で、はやての保護者でもある」
「夜天の、だと?」
シグナムの警戒心が復活。
何か殺気の様なものまで感じられるようになってきた。
「そもそも、お前達はいつからこれを“闇の書”と呼んでいる。
ザフィーラは夜天の主と言っていたんだ、本来は別の名だと知っているんじゃないか?」
再び、念話の反応。
警戒は解いていないものの、ものすごく困惑してる雰囲気がある。
そのまま誰も言葉を発していない間に、闇の書がお姉様の近くに来た。
「本の方から来てくれたわけやし、試してみよか?
あ、守護騎士のみんなは手を出さんといてな。管制人格さんと話が出来んか試すだけや」
「そうだな、やってみるか。
夜天に問うぞ。管制人格の意識はあるのか?
あるなら何らかの言葉を伝えるか、縦に動いてくれ。否定の場合は横に動いてもらえると判りやすいから、意思の疎通が出来るならそうしてもらえると助かる」
しばらく待っても、反応は無い。言葉は聞こえないし、動きも無い。
「ふむ……管制通信開始。これで言葉を伝えられるか?」
回線は繋がってるはずなのに、やっぱり雑音しか聞こえない。
意思がある風には見えないけど、どこか警戒されてる雰囲気もある。
「無理か。チクァーブ、もう一度頼めるか?」
「畏まりました」
プレシア・テスタロッサの横に浮かんでいた小ネズミが分裂し、一方が闇の書に吸い込まれた。
直後、パチッ、と放電したような音が聞こえる。
「ふむ、やはり駄目でございますな。
先ほどと同様に、防衛プログラムが頑張っているようでございます」
「そうか、この状態では相談もままならんし、やはり管制人格を叩き起こす必要があるのか……
守護騎士達に確認だ。管制人格を起動するには、400ページの蒐集と主の承認が必要。
この認識で正しいな?」
「ええ、確かに「シャマル!」ご、ごめんなさい」
お姉様の質問に頷いたシャマルだけど、シグナムに怒られてしょんぼりしてる。
思ったよりも冷酷参謀状態じゃないかもしれない。
「そんなに警戒せんでもええって。
エヴァさんは、今は闇の書って呼ばれてるこの本の、妹さんや」
「ならば、すぐ近くで警戒している者達は何者だ?
何故警戒する必要がある」
「ああ、アコノ達か。私の主と防衛プログラム達だな。
お前達が予想した状態で出てこなかった場合に対処してもらうため、少し離れたところに居てもらっただけだ。
呼ぶか?」
「……ああ。こうも警戒されていては、落ち着けん」
シグナムはどう見ても警戒を解いてないけど、言い分は理解出来る。
主達に状況を見せてるから、もうこっちに向かってるし。
「エヴァ、警戒はもういらない?」
部屋に入ってきた主は、両手を伸ばしてお姉様を見てる。
こっちに来いと、目が言ってる。
チャチャマルとチャチャゼロは、主の両隣で、静かに立ってる。チャチャゼロが面白そうにシグナムを見てる以外は、一応予定通り。
「そうだな、主であるはやての姉を、はやての目の前で傷つける様な真似はしないと信じよう」
お姉様は一旦大人モードを解除して少女の姿に戻り、続いて本の姿になって主の手元へ。
主はお姉様を胸に抱えると、守護騎士達の方へ向いた。
「私は、八神アコノ。貴女達守護騎士の主のはやての姉で、夜天の妹のエヴァの主でもある。
感情を感じることが出来ないから冷たい感じがすると思うけど、邪険にする意図は無い。
横の2人が、エヴァの防衛プログラム。
これから家族としてよろしく。
何か質問はある?」
「……色々と聞きたい事はあるが、ここで確認したい事は一つだけだ。
我が主を害する意図は無いのだな?」
「無い。そもそも、妹に危害を加える意味が解らない」
「……そうですか。
主のご家族に対する失礼な言動の数々、申し訳ありませんでした」
「別にいい。これからは4人とも家族になるから、普通に接してくれれば問題ない。
はやて、説明はした?」
「その辺は今からや。
まず、現状から説明するとな……」
そして始まる、八神はやての状況説明と説得。
保護者のお姉様、姉の主、家主の八神はやて。他にお姉様の防衛プログラムや従者もいる事と、守護騎士4人を“家族”として迎え入れる事。
「それでや、まずは服の用意をせなあかん。
みんなのお洋服を買わなあかんから、サイズ測らせてな」
そう言いながら嬉しそうに、時折胸に手を伸ばしながら採寸してる八神はやて。
お姉様は少女の姿に戻ると、リンディ・ハラオウンとプレシア・テスタロッサの方へ向かった。
「さて、やはり管制人格を叩き起こす必要があるようだ。目標は400ページ。
悪いがリンディ、守護騎士達を犯罪者対策に起用する件について、話を進めてくれ」
「なるべく違法ではない形で蒐集を行うためなのだから、出来るだけ早めに話をしてみるわ。
でも、法的には難しそうだと、改めて念を押していいかしら?」
「予想は出来るさ。だが、私では話も出来んから、よろしく頼む。
それと、プレシア。私について知っていたお前なら、魔法陣に見覚えがあるだろう?」
「ええ。まさか、こんな所に手掛かりがあったなんてね」
守護騎士が現れた際に使われた魔法陣は、ベルカ式で手を加えられた六芒星。
つまり、基本はアルハザード式。
見た限り、かなり色々と取りこぼしてそうな術式だけど。無理に無理を重ねてる印象。
「闇の書が起動するところなど、そう見られるものではないだろう。
それにしても、どんどん問題を先送りしている気分だ」
お姉様はため息をついてるけど、防衛プログラムが張り切り過ぎ。
流石、闇の書の闇。
簡単には祓われてくれないらしい。
◇◆◇ ◇◆◇
その後も、八神はやての説明は続く。
「それと、みんなのお仕事についてや。
みんなのお仕事は、うちで一緒に仲良く過ごす事。一番大事なのはこれや。
そのためにも、勝手に蒐集とかしたらあかんよ」
「本当に良いのですか?
貴女の命あらば、我々はすぐにでも闇の書のページを蒐集し、貴女は大いなる力を得ることが出来ます。その足も、治せるはずです」
「うーん、それなんやけどな?
今までの事例を調べる限り、闇の書の力は破壊以外に使われた事が無いらしいんよ。だから、闇の書と呼ばれる現状を何とかせなあかんという事は解ってる。
蒐集して完成すると、要するに自爆してまう。
蒐集せず完成せんままやと、侵食で麻痺が広がってく。
どっちにしても、みんなと一緒に過ごせへん。
エヴァさんが中心になって、何とかしようとしてくれてる。だから、みんなはそれに協力してほしいんよ」
「しかし、いずれにせよ命に係わるとなると、一体どの様に協力して良いか……」
「治療も難しい、という事でしょうか?」
シグナムが困惑して考え込み、シャマルが自分の得意分野の技術に望みをかけてる。
だけど、侵食は治療してもどうにもならない。
「あかんらしいよ。リンカーコアゆーのが侵されてる上に負荷がかかってる結果やから、それを何とかせな治療してもほとんど意味が無いって言ってた。出来るのは精々問題を少し先送りする程度やって。
さっきも言ってたけど、まずは管制人格さんに起きてもらわなあかんみたいやから、まずはそれを目指す事になるみたいや」
「そうですか。それでは、蒐集を行うという事になります。
では……」
「勝手にやったらあかんて。
エヴァさんが色々と手を回してくれてる。管理局の人とも話をして、問題にならんような集め方を考えてくれてるんよ」
「管理局なんて、信じられねーです」
初めてヴィータが口を開いたけど、なんか冷たいと言うか、ぶっきらぼう。
過去の歴史を考えるとほぼ敵対してるはずだし、嫌いなのは想定内。
「うん、それは解ってるつもりや。
やけど、私はみんなに犯罪者になって欲しくないし、なってもうたら一緒にいられへん。それは嫌やから、お願いや。ちゃんと言う事聞いてな?
夜天の魔導書が闇の書なんて呼ばれるようになる事は、もうせんでいい。私がさせへん。
今までとは違うって事を見せていけば、きっとみんなを見る目も変わるよ」
「お願いなどせずとも、命じて頂ければ我々は……」
「家族に命令なんてしたくない。
だから、お願いや」
「……解りました」
闇の書が起動する際の魔法陣については、テレビ版A’sの第6話を参照してください。ちゃんと六芒星(✡)が見えますから。アルハザード編5話や無印編17話でアルハザードの魔法を使う際に六芒星の魔法陣を使っていたのは、ここが由来なのですよ。
そして、「公式発表」扱いをしてる映画版では、ベルカ式の魔法陣。アルハザードの情報を隠蔽するなら必然的にそうなるでしょう。よし、矛盾しない、はず。
ちなみに、本作の設定で「2004年6月4日 金曜日」となっています。A’s1話の開始直後の時計の表示「6/3 土 25.0℃」などは意図的に無視しています。
※6月3日が土曜日なのは2006年です。無印原作は2005年設定らしいですが2005/6/3は金曜日です。A’sの6話やMOVIE 2ndに数秒出る「10/27 木」を信じると2005年です。何が言いたいかと言うと、分かってやってるから細かい事は気にスンナ、って事です。 ←こんな事を書いてる人が一番気にしてます。
2013/10/04 敵→仇 に修正
2013/11/15 無暗→無闇 に修正
2017/04/25 魔方陣→魔法陣 に修正
2021/01/07 申し訳ありませでした→申し訳ありませんでした に修正