真似すると滑稽になっちゃうよ……
月 第三章 稽古を以て心と化し、心と化して識る。
修練を重ねて拘りや思い込みを捨て去れば、苦難を断ち切り逸楽を求めることなく、淡々と生ききることができるようになっていきます。
何気ない日常の瞬間に「いまやるべきことはなにか?」と己に問いかけるときがあります。そんな時、私は常に理想の自分を思い描きます。
結果は大体この四つ。瞑想、柔軟、筋トレ、骨法道。ネットサーフィンやテレビ鑑賞……娯楽は現実逃避に過ぎなかった。
楽しくやりたいことに取り組むための道具。道具に使われていただけでした。兎にも角にも使って覚えましょう。
余分な「簡単」「ムズイ」に目を晦まされない「実行」
火
残心とは何か?それは自分の出番終わりと出番直前の集中状態が同じであることです。無事にお家に帰るまではずっと遠足だよ!(ちょっと違うか?)
まぁ古い言い回しですが、朝シャキーンから夜バタンキューまで「○○気の炎」ぼうぼうが残心です。
水
家族への愛。この家族愛が神霊への愛よりも少なくなった時、人はカルト宗教に耽ってしまうのです。なので神霊よりも家族を愛しましょう。
地球や宇宙や神霊には大切な道具に注ぐ愛情でよいのです。
御主人様or女王様は犬(私達)に「お世話をしてくれている」と“実感させてくれる”から尊敬されるのであって、未熟者扱いしておきながら震災人災、所謂“カルマ”に理解を期待されましてもねぇ。
感謝の念を抱かせずにと面倒ごとを押し付けてくる相手とは関わって欲しいとは思えませんよね!不遜不敬な表現ですが、対応が悪い。拗ねちゃうぞ!
木
人は他者との差異に思い悩みますが、それだけに飽き足らず自分自身との差異にワザワザ目を向け自傷行為に走ってしまう厄介な悪癖があります。
そんな自傷癖を抑える行為こそ“祈り”なのです。祈っている間は差異に傷つかないまま目標に向かい合うことができます。
本物の自分自身の在り方と、理想的な在り方は等しくありません。それでも擦り合わせることは諦めないで下さい。
金
買い物依存症……買い物は病み付きになるのです。より正確に伝えるのなら“差し出した分だけ対価が手に入る行為”というのは……
勉強や運動……何であれ努力量と戦利品は釣り合わない。スキルポイントなんて現実世界にはありませんから……
では、どうすればいいのか?それを考えるのも鍛錬です!気儘に想像力の儘に自己流の鍛錬法を築き上げる鍛錬。そして強靭なタスク処理へと一心不乱に取り組む裸心を練り上げるのです。
土日
身体能力が自転車、武道は補助輪。体が望む動きをしましょう。ボクシングであれ何であれ格闘技は私や貴方の為に作られた技術ではないのですから……
ですが失敗は有益。気づきが生まれ、次に活きます。努力は無駄になりませんから。
ですから事前に努力内容をラベリングし、他者に対して分かりやすく何を錬磨いているのか説明できるようになりたいですね?
つまり、本気になれば成果は手に入ると言いたかったんです。
怒怒怒助兵衛が与えたルネッサンス時代への影響