焦げた肉の臭いと、鼓膜を裂くような雷杖の爆音が戦場を支配していた。
「前線を押し上げろ! 異形(フェアリー)の群れに隙間を作るな!」
元聖騎士団長にして《女神殺し》の大罪人『ザイロ・フォルバーツ』の怒号が泥濘んだ大地に響き渡る。
第四次魔王討伐――魔王現象によって生み出された異形の群れとの終わりのない死闘。
彼ら「懲罰勇者」にとってここは日常であり、そして地獄だった。
「ひぃぃぃっ! 無理無理無理! 陛下ぁ、そっちは任せましたからねぇ!」
「ええい、我が国境を荒らす痴れ者どもめ! 余の聖印術の錆にしてくれるわ!」
泣き叫びながら逃げ回る詐欺師の『ベネティム』をよそに、自らを国王と信じて疑わないテロリスト『ノルガユ』が後方から強力な聖印の輝きを放つ。
その横では、言葉すら失った狂戦士『タツヤ』が、自らの腕が千切れることも厭わず異形の群れを物理的に粉砕していた。
「ザイロ! 私の愛しい騎士よ! 右翼から大型の異形が三体来ています!」
ザイロの背後、宙に浮くようにして存在する美しい少女――《剣の女神》『テオリッタ』がその可憐な指先を戦場の一角に向けた。
彼女の瞳には聖印が浮かび上がり、髪先からはパチパチと火花が散っている。
「分かってる! テオリッタ、剣をよこせ!」
「ええ、ええ! もちろんです! 敵を殲滅した暁には、私を力いっぱい誉め讃え、そして頭を撫でなさい!」
テオリッタの展開した異界の『門』から、禍々しくも美しい大剣が射出される。
ザイロがそれを掴み取り、大型の異形を両断しようと地を蹴った――その時だった。
.
――空間が、唐突に割れた。
「な……!?」
魔王現象とは違う。女神の門とも違う。
空中に突如として生じた不気味な亀裂から、一人の少女が吐き出されるように墜落してきた。
見慣れぬ意匠の鎧。
だが、彼女が受け身を取るよりも早く彼女の真下にいた大型の異形がその巨大な顎で少女の胴体を容赦なく噛み砕いた。
ゴキリ、と。
人間の背骨がへし折れ、内臓が破裂する致命的な音が響いた。
「チッ……民間人か!? どこから沸きやがった!」
ザイロが舌打ちし、救出を諦めかけた瞬間。
「――あ、アァァァァァァアアアアアッ!!」
噛み砕かれ、即死したはずの少女が、鼓膜を破らんばかりの絶叫を上げた。
ザイロは目を疑った。
少女の首に「聖印」の輝きはない。
懲罰勇者の蘇生ではないのだ。
それなのに千切れたはずの肉体が、砕けたはずの骨が、まるで時間を巻き戻すかのように凄まじい速度で結合していく。
「い、痛い……痛い痛い痛い痛いッ!! 何回やっても、この痛みには慣れん……ッ!」
アリシア・グレンフォールは、全身の神経を焼き尽くすような再生の激痛に涙と脂汗を流しながらも、自らを噛み砕いた異形の顎を内側から無理やりこじ開けた。
魔獣王クレバテスの魔血による強制的な再生。死を許されない生殺与奪の呪い。
「ここは……どこ? アイツ(魔獣王クレバテス)は……!?」
混乱するアリシアだったが、迫り来る異形の群れが彼女に思考する猶予を与えなかった。
群れが彼女を次の餌と認識し、一斉に飛びかかってくる。
「……邪魔をするな!」
アリシアの手に、彼女の世界の至宝『滝割り』が握られた。
次の瞬間、空間そのものを断ち割るかのような尋常ならざる斬撃が戦場を駆け抜け
彼女に群がろうとした数十体の異形を一瞬にして血の雨に変えた。
「おいおい……なんだあのデタラメな威力は」
歴戦の勇者であるザイロでさえ、その一撃には目を細めた。聖印の力も、雷杖のギミックもない、純粋な武と未知の力。
血だまりの中に立つ少女は、激痛の余韻で荒い息を吐きながら、周囲の惨状と、彼女を呆然と見つめるザイロたちへと視線を向けた。
「お前達……何者だ? ここは…一体何処なんだ?」
死すら許されない魔獣の従者と死ねば記憶を失う懲罰勇者。
決して交わるはずのなかった者たちが、血と泥に塗れた戦場の最前線で出会いを果たした。