都市は都市でも人格ストーリー世界線に来ちゃった   作:薬指〝笛吹派〝スチューデント

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 少しづつ調子を取り戻したい。


追憶『蜘蛛の巣の刀』

 それはいつかに忘れ果てた記憶、零れ落ちた記憶の断片は本となった。

 

 幻鏡万華 断章『小指番外』

 

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 これは親指と小指の問題を片してすぐの事だ。

 

 時間が僅かにもつれて、私は少しだけ過去に遡った都市に飛ばされてしまった。

 

 お粗末な有様だったと自分でも思う。

 

 あの頃はまだ力の扱いに慣れて無かったから、部分的にだけしか効果を及ぼせなかったんだ。

 

 特定時間内を消す事によるやり直し、それがあの時の限度だったから。

 

 だから、幾つものやり直しと悲劇が積み重なって、やがて私を縛る重荷になっていったんだ。

 

 私はそれを忘れてしまった。

 

 あまりにも多く積み重なったそれを、私は直視し続ける事が出来なかったから。

 

 でも、忘れてはいけなかった。

 

忘れては、捨ててはいけなかったんだよローラン

 

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「童、名をなんと云う」

 

「...」

 

「余程痛めつけられて来たのだな、その体にびっしりと刻まれた傷がそれを教えてくれる。

 童よ、主は悲劇を避けられぬ...さりとてこの身はそれを和らげる術は教える事が出来る故、主がそれを望むのであればこの身は主に我が術理を授けようぞ」

 

「...教えて」

 

「うむ、良かろうて」

 

 私は蜘蛛の巣に潜り込まんとする為に姿も喋り方も変え、幼き日の良秀に出会った。

 

 それは良秀であったのか、よもやアラヤの立ち位置に座らされた者であったのか、或いはそのどれでもなかったのかは私にはわからない。

 

 故に、幼い子がこれからの世で待ち受ける避けられぬ痛みを、少しだけでも和らげる術を教える事にしたのだ。

 

「良いか、これはもしどうしようもなく迷ってしまって時、苦しくて何も見たくなくなった時にだけ使う術だ。

 とはいえこれはほんの一刻だけ、主に刻まれる苦痛を僅かに和らげる術故に多用はするでないぞ。

 

 良いか、呼吸を巡らせ意識を己の内に集中させよ、深く深く潜って沈み込みその深奥にて揺蕩うように身を踊らせろ。

 さすれば、暫しの間だけではあるが痛みを忘れさりとてより鋭く意識を研ぎ澄ます準備が整う。

 

 そして、意識が浮上するその刹那に...主の怒りを解き放つと良い」

 

「その時が来たらあなたはどうするの傘頭さん?」

 

「この身を案ずる必要はなかろうて、この身は時が来ればすくにでも消え去る身であるが故に、さすれば主がこの身を思い出す事もなくなるであろうよ」

 

「どういう事?」

 

「この身は虚ろなる境界を揺蕩う身なれば、時が満ちれば誰のこの身を思い出せぬようになる故」

 

 良秀は何故か私に良く懐いた。

 

 愚かだな私は、愛すれば別れが辛くなるだけだと云うのに、苦痛と悲劇の真っ只中に置かれた幼子を私は見捨てられなかったのだよ。

 

「童よ、この身は主の親に非ず何故手を引き炊事場などに...」

 

「偶には戦う以外の術理も教えて欲しい」

 

「仕方あるまい、かつて友であった者に拵えたものと同じものを主に教えよう」

 

「傘頭、あなたもしかして女の人だったの?」

 

「ふむ、興味深い問いではあるが...この身が女人であるか男であるかなど、さして重要ではあるまいよ」

 

「そうなんだ、そういう風に料理を男の人へ送るのは恋人同士のやる事だって聞いていたのに」

 

「童よ、恐ろしい事を云うではない」

 

 あの子は偶にこういう爆弾発言をするところも中々に可愛らしかったと記憶している。

 

 だが、どんな物事にも終わりは来る。

 

「さて...漸く、この身が主に教える最後の術理が整った」

 

 そう、時が熟したのだ。

 

「傘頭さん、いったい何処へ行ったの?」

 

「娘、お前の云う傘頭はもう此処には非ず、あの者はそなたを育むに相応しからず故に二度と招かれぬ」

 

「嘘だ!あの人は私を見捨てないと言ったんだ!だから絶対に来る!!!」

 

「否、あの者は親指の親方によりて処断されり」

 

 良秀の顔が悲しみに歪む、だが時は待ってくれはしない。

 

「娘、これよりお前をこの中に入れる」

 

「それ...」

 

 時間金庫と云ったか、最初から人など入れるようには出来ておらぬというのに、親方たちは遂にあの子をその中へ入れるに至った。

 

 それは適性があれば人の身でもあるべき形を保ったままでいられるが、多少の適性程度ではほんの少しの糸の掛け違いでも"もつれて"しまう、そんなものにあの子を入れるなど私は到底許せなかったのだ。

 

 だからこそ助けようとして、それでもあの時の私はまだ甘さを捨てられなかったから。

 

 優先順位をより深く定めなかったせいで親方たちに不覚を取った。

 

 そのせいで、あの子が時間金庫へ入れられてしまうのをみすみす救い出してやれなかったのだ。

 

 私が死んだように装って少し経った後、私は再度あの子を救わんと試みた。

 

 あの子を救う最後の機会。

 

 本当に最後のチャンスだったのに、私はあの子を本当の意味で救えなかったんだ。

 

 あの子はもう『もつれていた』

 

「傘頭?」

 

「すまぬな童、随分と遅くなった」

 

「どうして、何故そんなにも血まみれなんだ?」

 

 幼き良秀は育ち、もはや幼子とは云えぬ年に成長を遂げていた。

 

 それ程までに長い間、私は蜘蛛の巣への道を阻まれていたのだな。

 

「童、やはりもつれてしまったのだな」

 

「其処までにして貰おうか?チケットのお気に入りの傘頭野郎!」

 

「ふむ...やはり酒に溺れ過去に溺れ、そして自分自身に溺れた太刀筋は余りにも哀れなるかな、外面の美しさこそ在れど中身はとうに腐れ堕ちて久しいらしい」

 

「貴様ぁ!!!」

 

「美しき狩人よ、せめてその哀れなる姿と太刀筋をこれ以上童の前で晒すな。

 

 記憶の中だけでも美しくありたかろうよ」

 

 かつては余程美しき太刀筋であったのだろうな、それだけに残念と云うものよな。

 

 以下に素晴らしきものであろうと、刻は残酷にそれを腐れさせる。

 

「がっ!?」

 

 親指の親方、ヴァレンチーナの立ち位置にあてがわれたロジオンを私は斬り捨てた。

 

「殺したのか」

 

「否、殺してはおらぬが...童よ、主はもはや止まれぬのだろう?」

 

「あぁ、私は全ての親方を斬り私自身を斬り捨てる」

 

 あぁ、嗚呼、余りにも遅すぎた。

 

 私が来るのは、この子にとって余りにも遅すぎた。

 

「童よ、この身はやがて朽ちる...最後に我が名を伝えよう」

 

「朽ちる?傘頭...体が!」

 

 私の身が朽ちる時は、いつだって同じように鏡の如く罅割れる。

 

「我が名は石蒜、小指が番外たる九曜の星"羅睺星"さりとてそれは仮染めの名にありて、真なる名を村雨と云う」

 

「村雨、それがお前の...」

 

「童、この身は主の母代わりにはなれなんだが、どうか主の心の片隅にささやかな思い出として残るる事を祈る。

 

 さりとて、残らぬのであろうな...この身は本来此処に在る者に非ず、故にこの身消えし時主らの記憶よりこの身は抜け落ちるであろうて、故にこれまで主に名を教えずに来た。

 

 だが、最後くらいは名乗った方が良いかもしれぬと思ったのだ」

 

 嗚呼、そんな悲しそうな顔をするな童よ。

 

 この身は主を救えなかったのだから、何一つ変えることが出来なかったのだから。

 

「どうせ死にゆく身だ...明かした所で何か変わるわけでもあるまいよ」

 

「待て傘頭!消えるな!!!」

 

「悠久の刻の果て、揺蕩う境界の中で或いは主とこの身は再開するのやもしれぬな。

 

 しかし、その時までは暫しの別れだ童よ」

 

 嗚呼どうか、どうかこの子に幸あれ。

 

 本当に口惜しい、せめて最後くらいはこの子に愛を与えてあげたかったと云うのに。

 




【登場人物紹介】

『蜘蛛の巣の刀/良秀』
・念入りに念入りに親方たちにもつれさせられていた所にやっと救いの糸がやってきたと思ったら、その救いの糸を親方に断ち切られたので親方をぶっ殺す覚悟がより強く決まった刀良秀。
・主人公が取り零した者たちの1人であり、この後暫く展開される追憶編の一番手となってしまった。

『人差し指親方/イサン』
・良秀に残酷な真実を告げる係として抜擢されたが、多分この後良秀にぶった斬られる事が確定している人、刀良秀の人格ストーリーではドン引きしましたよ貴方。

『親指親方/ロージャ』
・漸く実装されたのにヴァルプルギスが近いから引くに引けない人が多いであろうお方、作者も交換の為だけにヒースと合わせて欠片400個集めちゃったからもう交換するっきゃねえ状態。
・作者は9章やってる時に丁度ヴァレンチーナ戦で寝落ちして、なんか起きたらクリアしていたとかいう悲惨なエピソードがあったりする。

『小指番外(羅睺星)/石蒜(村雨)』
・親指と中指の紛争を解決した直後になんか時間がもつれて過去に飛ばされた結果、よりにもよって蜘蛛の巣の刀世界線の良秀に会ってしまった主人公。
・諸々あって小指に所属したが『こいつ絶対厄ネタありそうだから正式メンバーにするのダメじゃね?』みたいなのりで番外こと羅睺星にぶち込まれたが、持ってる力が阿頼耶識に近いからと云うことで良秀の所に送り込まれた。
・実はこの時に力の扱い方が完璧になっているが、此処までに至る迄の間に今まで描いてこなかった囚人たちの人格ストーリー世界へ立ち会っている。

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