愛と勇気と正義にかけて、市民をお守りいたします!   作:イングラマン

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第十一話 こちら特車二課その2

 雲一つない澄み切った青空。たまに報道のヘリが2課の頭上を飛び回っているが、今日はその姿を確認できない。野明は遊馬と雑談に興じつつ、屋上にある物干し台に宿直室の布団類と洗い立てのシーツ、枕カバーを干していた。

 

「私ってどうなんだろ…」

 

「どうって?」

 

 要領を得ない問いに手すりに体を預けていた遊馬は聞き返した。

 だが、無意識に発した問いかけだったのだろう。返事が帰ってきたことに驚いた野明はあたふたと慌てだした。

 

「え?あ、はは……その、ちゃんとイングラムを役立ててるのかなぁって」

 

「立ててないと思うのか?」

 

「……」

 

 流石にそうはっきりと言われてしまえば肯定はできない。レイバー乗りとしてそれぐらいの矜持が野明にはあった。

 だんまりを決め込んだ野明に遊馬はしてやったりとほくそ笑んだ。

 

「ヒカルが言ってたぜ。最近…お前の様子が変だってな。なんかあったのか」

 

「ヒカルちゃんかぁ……」

 

 あったといえばあるし。ないといえばないし。

 胸の内でうねっているこの言語化できないモヤッとした感情を野明は持て余していた。

 ていうか私の事で遊馬に相談していたのか。元バディだからかな、ヒカルちゃん。よく気が付くなぁ。流石だなぁ。野明は遠い目をした。

 

「太田巡査部長ってすごいよね……」

 

「ん?」

 

「だってすぐ周りに気が利くし。気立てがいいし。実家もお金持ちだし。レイバーの操縦もうまいし。頭もいいし。運動神経もいいし。柔道も強いし。料理もうまいし。字も綺麗だし。美人だし。可愛いし、おっぱいも大きいし…「ストップストーーーップ!!」」

 

 聞き捨てならない事まで口走り始めた野明を制止する。我に返った野明は自分の手元を見た。

 気が付かないうちに物干しざおにかけていた布団に顔を埋めてギチギチと引っ張っていた野明は、パッと布団から手を放した。

 

「あ、あれ私……あははは」

 

 煙に巻こうとする野明のヘラヘラ笑いに、遊馬はガシガシと自分の頭をかきむしった。

 まさかヒカルの存在がネックになっていたとは気が付かなかった。そりゃヒカルだって見落とすわなと遊馬は腑に落ちる思いだった。

 

「……まぁお前がクサクサする気持ちもわからんでもないよ。あいつ、モノが違うからな」

 

「遊馬もそう思うときあるんだ……」

 

「お前、俺の事なんだと思ってるわけ?」

 

 またもやアハハッと愛想笑いで誤魔化そうとする野明を半目で睨む。

 仕方がないとこれみよがしに大きく溜め息を吐き、遊馬は空を仰いだ。突き抜けた東京の青空は羽田から伸びる細長い白い飛行機雲がよく見えた。

 もしここで慰めの言葉をかけても野明は納得しないだろう。ヒカルは間違いなく優秀でそれで部隊が助けられているのも事実。そして今後の第二小隊を引っ張っていく要の存在になる。となると同じくイングラム搭乗員である野明は比較され周囲から評価されてしまう。野明はそれらを間近で見続けるハメになるのだから。

 だがそもそも、その様な評価に意味なんてないのだ。なぜなら。

 

「あいつさ。野明が来た時、めっちゃくちゃ喜んでたんだぜ。これで仕事が楽になる―って」

 

「太田巡査部長が?」

 

「第二小隊は発足時から既に人員が欠けていたからな。常にオーバーワークを強いられていたんだよ。前にアイツが乗ってたレイバー覚えてるか?」

 

「うん……」

 

 当然、覚えている。96式。篠原製の土木作業用レイバー『ASUKA96』を警察用に装甲を取り付けて白黒に塗装した継ぎ接ぎレイバー。

 同時に特車二課創設と共に配備された栄光の初代パトレイバ―。

 

「そ、オヤジのとこで作った古めかしいレイバーを使って戦ってたんだよ。たった一人でな。大変だったんだぜ、ワイヤーひっかけたり、その辺の鉄骨でぶん殴ったり、けたぐりして踏みつけたり」

 

「そんなことしてたんだ……!?」

 

 これまでの格闘家のようなスマートな印象からは余りにもかけ離れた、トリッキーで乱暴な戦いの歴史を遊馬から聞かされた野明は驚きで目を丸くした。

 

「そんな汗と苦労が煮詰まりかけていた日々についにピリオドが打たれた。野明、お前とイングラムがやってきたんだ。それからは知っての通り爆進中だよ」

 

「でもそれは、イングラムのおかげで……」

 

「ちげーよ」

 

 野明はえっ……と声を漏らした。イングラム搭乗員を拝命されてからのヒカルはまさに鬼に金棒、虎に翼と与えられた力を最大限に振るい任務を達成している。

 私の力なんて大したことない。だが野明の自虐を聞かされた遊馬は首を横に振り真っ向から否定した。

 

「イングラムじゃなくて、お前が来てくれたことをあいつは喜んでたんだ」

 

「私に……」

 

 遊馬は悪戯っぽく、くいっと口角を上げた。

 

「やっとツーマンセルの二機一組で活動できる―って、はしゃいでたんだぜ。せっかくやってきたイングラムそっちのけだった。お前専用のデータファイルなんてわざわざ作って、即席警官のお前に必要になるかもしれない資料とか調べ上げてさ」

 

「太田巡査部長そこまで……で、でも私。何の役にも立ってないし!巡査部長みたいにうまくできないし!」

 

 弱音を捲し立てる野明にビシッと掌を上げて遊馬は続きを遮った。

 

「まった!……考えてもみろよタワーシティではヒカルや偉いさん達を救助した一番の功労者は誰よっ?お前さんだろ。役に立ってないどころじゃない。自信……もっていいと思うぜ」

 

「そ……そうかな?」

 

「だいたい俺たちは警察官だぜ、内輪で競い合ってもしょうがないだろ。如何にイングラムを役立てられるか、そっちを考えるべきだと俺は思うぜ」

 

 相棒として言うべきことは言ったとニヒルに笑った遊馬は先に階下に降りていった。

 一人屋上に残された野明はぶっきらぼうな相棒の助言に思考を巡らせ、やがて俯いていた顔を上げた。悩みが全て消えたわけではない。しかし胸でつかえていたものが、ほんの少しは取れたような気がして肩が軽くなった。

 軽い足取りで階下におりていくと先に帰ったはずの遊馬が待ち伏せていた。しかも警戒するように周囲の様子を見渡している。アレッと首を傾げた野明に遊馬が近づくとそっと耳打ちした。

 

「あ、なぁ。さっき聞きそびれたんだけどさ、ヒカルの胸って実際どれくらいなわけ?」

 

 野明は瞼を瞑り、ケツにキックした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ”どっちが勝つと思います?”そのシゲの問いかけを博打にもならねぇよと榊清太郎は一蹴した。

 秋晴れで澄み渡る青空の下、東京湾沿岸道路沿いの空き地には起動中のイングラムが二体。50メートルほど距離を広げ、お互いを見合いながら立っていた。

 

「野明ッ!ヒカルに正面から組み合ったら勝てないぞ!」

 

「わ、わかってる!」

 

「太田巡査部長、わかっているでしょうね。万が一、泉機に負けたら承知しないわよッ!」

 

「任せて」

 

 端的に答えるヒカル。コンビ結成当初は距離のあった二人も、今は名前で呼び合う程度には互いの信頼を預けている。香貫花はフォワードに指示を出さず叱咤に留めている。裏を返せばこの模擬戦のやり方は好きにやってもいいという指示でもあった。

 それぞれの指揮車に搭乗する遊馬と香貫花の二人から更に離れた土手側で、山崎巡査と進士巡査の二名が控えている。他にも整備班の榊班長やシゲを始め非番の整備員が同席し、これから行われるイングラムの模擬戦を観戦していた。

 泉機はどこから攻撃が来てもいいように、両足のスタンスを肩幅ほどに広げイングラムの爪先に体重をかけて太田機の出方を窺っている。自分からは動く気配はない。

 2号機はしばし考えて、すり足ではなく無造作に歩いて間合いを詰めた。

 

「……え、ちょ」

 

 自然体で近づく2号機に戸惑った野明は攻撃ではなく、さらに間合いを広げて奇襲に備える安全策を選択した。及び腰の野明に遊馬から叱責が飛ぶ。

 

「なにやってるんだよ!相手は隙だらけだぞ、ドーンといけ!ドーンとっ!」

 

「だ、だってー!」

 

 野明が反論の声を上げる。僅かに遊馬の方へ視線をずらした1号機の隙を見逃さなかった2号機はすかさず前に飛び込んだ。

 うひゃあっと野明から悲鳴が上がる。これを好機と見たヒカルは、1号機の目の前に拳を持っていきパチンと大きく両手を叩いた。驚いて咄嗟に腕を上げてガードする1号機。

 

「あ、バカ!今日日、猫だましにひっかかるやつがあるか!」

 

 自ら視界を塞ぎ、重心が後方に下がった1号機の爪先を2号機が踏む。

 のけぞる1号機の手首をつかみ、重心を2号機側にグイッと引き寄せる。姿勢が崩れた1号機の脇の下に腕を通し内側に捻る動作を加えた。

 体重を前に掛けることで、肩と腕のジョイントに圧力をかけられた1号機。更に前傾姿勢でもってより強く上半身の駆動部が圧迫される。イングラムによるアームロックだ。訓練開始から僅か30秒でこの惨状、1号機指揮担当の遊馬が額に手を当てて天を仰いだ。

 

 なにもできずに制圧された……。私は何をしにここへ来たんだ。先日の出撃がフラッシュバックし野明の首筋に嫌な汗が流れる。2号機の首から顔を出しているヒカルが、いつになく冷めた眼差しでジッと野明を見下ろしていた。

 上意下達を徹底する警察内部で、ヒカルは何時も砕けた調子で話しかけ場を和ませてくれていた。そんなきさくなヒカルの普段見せない冷徹な面持ちに野明は唾を呑み、きまずさに視線を逸らす。先輩からの失望の眼差し。一向に期待に応えられそうにない自分の不甲斐なさ。心臓がキリキリと軋んで痛い。

 

「野明、1号機の蓄積したモーションセレクターでも同じ動作はできるんだ。遊馬の言う通り、もっと思い切ってバーッとかかってこい!」

 

「はぁ…ハァ…」

 

「なんなのその生返事?それともやる気がないの?こうやって時間を取って訓練する意味も解せないなら、今すぐ1号機を下りて香貫花や遊馬にでもかわってもらいなさいッ」

 

 先輩の叱責に気力が萎えかける。私には先輩のようにイングラムを上手く操縦できない。期待には応えられない。先輩の言う通りパイロットを降りた方がいいのかもしれない。体にケガはない、だが野明の心は挫けていた。

 しかし1号機の関節からギギギという不快な音が響き、危険を察知した2号機は手を離した。すかさず2号機を突き飛ばして間合いを広げた1号機は、極められた腕を庇うように手で押さえた。

 野明は驚いてレバーを握る自分の掌を見た。あの時、野明の心は確かに折れていた。だがアルフォンスは主の意思に反して2号機に抗い、ヒカルは身の危険を感じて咄嗟に離れた。アルフォンスが野明の尊厳を守ったのだ。

 

「アルフォンス……」

 

 俯いた顔を上げる野明。彼女の目を見たヒカルは、ここにきて初めて2号機にファイティングポーズを取らせた。

 

「こいっ!それとも野明のアルフォンスはただのお人形遊びの玩具か―ッ!」

 

「クッうぐぐ……私だけならまだしもよくも……よくも……コンノォオー!!」

 

 イングラムの良さを夜通し語り合った同好の士でもそればかりは許せなかった。

 逆上した野明が、1号機の腕を振り上げて2号機に突撃していく。がむしゃらに腕を振り回すが、2号機には冷静にいなされてしまう。

 だがすぐさま伸ばした腕を振り戻したり、間隙に肩からのタックルを挟むことで反撃のスキを与えない様に妨害を行っている。

 相手の動きを見切ろうとするあまり消極的過ぎた先の試合より、無鉄砲で粗雑な今の方が攻撃に勢いがある。なにより2号機のヒカルに食らいつけている。

 

 「あの娘は頭に血が上った方が強ぇのかもしれねぇな……」と榊は、ドッタンバッタンと砂埃を上げて2体のイングラムが格闘戦――というか取っ組み合いが発展して遂にはイングラム同士でドツキ合っている光景を見てフッと薄く笑った。

 班長の額にくっきりと浮かび上がった青筋に気づいた進士、山崎、シゲたち整備員はゆっくりと後ずさった。

 

「ドリャー!どうだー!ヒカルちゃんでもこんなことできないだろーー!!」

 

「なんだとー!!野明のくせにボクの育てた2号機をバカにすんなー!!」

 

「してないもん!ヒカルちゃんがふっかけたんじゃん!おりゃぁーー!!」

 

 とても成人とは思えない子供じみた罵倒をぶつけ合いながら、2機は倒れないよう両足を大きく広げ、泥仕合さながらに殴り合っている。色んな意味で壮絶極まる光景に両者のバックアップは目も当てられないと額に手を当てた。

 

「なにムキになってんだあいつら……」

 

「Jesus……」

 

 これでは、もはや訓練ではなく痴話喧嘩だ。特に第二小隊では綱紀を正す側にいるヒカルが、らしくもなく野明に突っかかっている。

 

「ひとりでうじうじ悩むぐらいなら相談しろバカー!」

 

「ヒカルちゃんには私みたいな出がらしでミソッカスの悩みなんてわかんないんだよ!!」

 

「だれもそこまで言ってないし、何も言わないのにわかるわけないだろー!ボクを何だと思ってんだコノーッ!」

 

 1号機の攻撃をガードし、2号機が殴り返すがそれを咄嗟に屈んでかわす。起き上がりざまに1号機のアッパーカット。突き上がる拳を2号機がのけ反る事でこれを躱す。

 一触即発。巨大重機の殴り合いは見ごたえもある派手な光景だ。だが、この後に待つ整備や調整、なにより鬼番長こと榊班長の怒号を考えると事情を知る関係者達は胃が痛くなった。

 隊長室では、ヒートアップした2体のイングラムが正面から殴りあう光景を後藤と南雲が観戦していた。即席部隊で綱紀の乱れ甚だしい第二小隊において、正規の警察教育を受け自然とお目付け役係りに収まっていたヒカルが暴走してしまったことに南雲は頭痛を覚えた。

 

「おーよく動いとるわ」

 

「なにを感心しているの!止めなくていいの、仮にも警察敷地内で訓練に託けて、警察の装備で私闘だなんて!」

 

「そんなことないんじゃない。よく見なよ」

 

 後藤に促され演習場となった空き地を見る。対峙する両者は好き放題に相手を大音声で罵りながらイングラムで殴り合っている。2号機がUの字を描くように上半身を動かすことで、1号機のフックパンチが頭上を素通りしていく。起き上がり様に2号機が左フックを振るが1号機も寸前に屈んで躱す。

 今度は1号機が左ジャブで牽制の連打を入れる。この攻撃に2号機は体を斜めに傾け、肩と腕でブロックする。2号機が体を捻った勢いで右ストレートを放つが1号機が左腕のシールドで弾く。これら一連の動作を南雲は訝しんだ。

 

「あら?当たってないわね」

 

「ぎりぎりのところでお互い防御しているんだよ。泉が太田の動きを真似ているんだな。あぁいや真似させているのか……うまく乗せちゃってまぁ感心」

 

 泉がイングラムを大事にしすぎて消極的になっていたのは、気にはしてたんだよなぁと後藤は窓枠に凭れ掛かった。

 しかしヒカルがボクシングまで習得していたとは。かなり危うい間合いでブロッキングやダッキング等のディフェンス技術で、野明の殴打を巧みに捌いていくヒカルの引き出しの多さに後藤は内心で舌を巻いた。同時に様々なパンチの種類と防御テクニックを私闘のドサクサに野明と1号機に学習させている。

 後輩の指導とメンタルケアまで兼業してくれる、できる部下を持てて隊長としては仕事が楽で助かるなぁと後藤は内心感謝した。今は2号機が両腕を盾の様に掲げている。1号機の攻撃を防ぎつつ反撃を混ぜて様子を窺っているようだ。

 

「マイクタイソンのファンなのかしら、あの娘」

 

「言葉の意味は解らないけど……とにかく、ここに課長がいなくてよかったわ」

 

「あ、そうね。うん」

 

 それはそれとして見られたらまずい光景であるには違いなかった。そろそろ決めてくんないかなぁと後藤は動きが止まっている両者のバックアップに目を向ける。

 しばし呆気に取られていた遊馬が再起動し、頭に血が上っている野明に指示を出した。

 

「野明ッ!太田機は格闘に集中していて足元がお留守だ、きめちまえ!」

 

「遊馬は口を挟まないでッ!!」

 

 まさかのフォワードからの命令無視に遊馬はあんぐりと口を開けた。屋上での俺のアドバイスはいったいなんだったんだよーー!と遊馬は心の中で叫んだ。

 

(懐に飛び込まれるとヒカルちゃんに勝てない!……同じイングラムなのに…!)

 

 今は2号機が1号機を牽制するように手を出し続けている。

 1号機のジャブの引き手に合わせ、2号機が僅かに右足を前に出し右ストレート。もう何度か見たモーション。1号機は利き足を軸にスリップしつつ2号機が突き出した右腕をつかむ。ヒカルの齢不相応な幼げな声が空き地に響く。

 

「とった!」

 

「とったのはーこっちだー!!」

 

 姿勢制御はオートバランスに一任。

 アルフォンスが主の闘志に答え、潜り込むように2号機の懐に飛び込み、体を丸めて姿勢を下げる。

 

「ンガッ!訓練でそこまでするやつがいるか!」

 

 野明の策に気づいた遊馬が制止の声を上げたがもう遅い。野明はやる気だった。

 もしかしたらこれが決まれば2号機は壊れるかもしれない。しかし知ったことではない。野明は遊馬の焦燥を完全に無視した。

 ここ数日ぼんやりしていて怒られた、不注意はその通りだから仕方がない。でもイングラムを―――ひいてはアルフォンスのことをバカにされたり、諦めろとハッキリ侮辱されて黙っていては女が廃る。ここで泉野明が引き下がるわけにはいかなかった。

 逆上した野明が屈んだ1号機を跳ね上げさせる。2号機を肩からグイッと担ぎ上げようとするが、ガクンと動きが完全に制止した。そしてぐるっと回りこむようにして、1号機に担ぎ上げられていたはずの2号機が野明の視界に飛び込んだ。

 

「あれ?」

 

 イメージと全く異なる展開に野明の口から呆けたような声が漏れた。

 瞬間、横へ流れるように野明の視界が移ろいだ。何が起こっているのか野明にはさっぱり訳が分からない。混乱しているうちに気が付けばズシーンッと埋立地の地面にアルフォンスごと叩き落とされた。

 激しい振動に頭がくらくらする。すぐさま気を取り直した野明は叫び声をあげ、ペダルを踏む。しかし1号機はギチギチと不快な機械音を鳴らすばかりで全く動かない。

 よく見ればアルフォンスの腕が2号機の両足にがっちりと挟まれ、手首から掌の先が上を向いたまま両手で抑えつけられている。関節が伸び切り、1号機の腕を曲げられない。これでは1号機を起き上がらせられない。

 

「うぉおお!!腕拉ぎ逆十字固めだ!すっげーー!」

 

 イングラムによる大迫力のプロレス技を目の当たりにした面々が歓声を上げる。

 同様に1号機の首から顔を覗かせた野明が惨状を目の当たりにし、ギャーッと可愛げのない悲鳴を上げた。

 

「な、なんなのこれーッ…あ、あぁ…ア、アタシのアルフォンスがぁあ!?」

 

「何って、裏投げからの寝技だけど」

 

「そういうことじゃなくてー!私、教わってないよこんなのー!もっとこう、ん~~~手心とか加えてよー!」

 

「そんなことしたらイングラムに変な癖付けちゃうでしょ!ワザと負けてあげるつもりなんてないよーーだ!」

 

「てことは……あーーッ!ずっとパンチを散らして、こないだ教えてくれたのをやるように仕向けていたんだなーー!?ひっどーーーい!!」

 

 野明は不満爆発とばかりにバシバシと機械のインテリアを叩いた。野明が癇癪を起こす様を見たヒカルはカラカラと笑っている。その屈託のない無邪気な笑顔が気にくわないと、野明は激情は更に燃え上がらせ、声にもならない叫びをあげた。

 見物していた整備班を始め、血気ある若い男の子たちはイングラムの迫力満点なプロレス技で大いに盛り上がった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 レンズの向こうでは、先ほどまで殴り合いをしていた2機のイングラムが、今度は姿勢を低くして、がっぷりと肩を組み合っている。腕や手首を掴み合うそれらを関係者らしき面々が囲み、やいやいとこぞって囃し立てていた。

 呆れた男は布の隙間から覗かせていたカメラを引っ込めた。畳んだ機材をボストンバッグにしまい、運転席でハンドルを握るツナギ姿のドライバーの肩を叩く。

 

「あれが警察の訓練か?まるっきりお遊戯じゃないか」

 

「どうする、今日の出撃はなさそうだが」

 

「これから本社に帰って課長と相談する。ただ待っていても埒が明かない。何か仕掛けが必要だ」

 

 挿し込んだキーを捻り、エンジンをスタートさせる。

 配送会社のステッカーが貼られたバンが、特車二課から遠ざかる様に湾岸線沿いの道路を走り去っていった。

 

 




パトレイバーの世界、治安が悪い。
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