愛と勇気と正義にかけて、市民をお守りいたします!   作:イングラマン

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第十二話 こちら特車二課その3

 私闘混じりの訓練は小一時間に及ぶお説教という形で終息した。

 幸い、最新鋭レイバーを用いた”少々行き過ぎた格闘訓練”に立ち会ったのは関係者のみであったため、全員で口裏を合わせることで、始末書の提出を免れることができた。

 ただ巻き添えを食った遊馬や香貫花からの咎めるような視線に晒された野明とヒカルは、いたたまれなさそうに肩を縮こませていた。一通りのお説教をすませ、気が済んだ榊は帽子のつばを直して体を斜めに向けた。

 

「まぁ最後に面白い見世もんを見させてもらったからな、ここまでにしといてやるよ。ほら、データディスクよこしな。保存用と指揮車用のコピー取っといてやる」

 

 ぶっきらぼうにそう告げた榊整備班長は手を差し出した。野明とヒカルは互いに顔を見合わせ、イングラムのデータディスクをそれぞれ手渡した。

 小隊長か整備班長同伴でなければ入室できない特車二課電算室。事務や作業所としてかつて使われていたこの部屋は今では全ての窓にベニヤ板と釘で打ち付けられ、空調のエアコン以外、一切の外気が入らないようにガッチリと封鎖がなされている。

 室内に設置された巨大な情報処理用のコンピュータはインターネットに接続できるだけでなく、警察レイバーの稼働データや過去の出動データの記録と保存、レイバーによる戦闘パターンとシミュレーションの構築と分析など、二課に圧し掛かる膨大なデータの保存と高速処理を一手に引き受けている。

 榊はデータディスクをディスクドライブの刺しこみ口に挿入し、最新の日付のフォルダにイングラムの動作パターンをコピーしていく。

 

「しかしなんだな……今回はいい経験になったんじゃねーのかい。コイツも殴り合いのコツみたいなもん、覚えられただろうしよ」

 

「えー、アルフォンスにそんな乱暴なことさせたくないですよ。手が壊れちゃいます」

 

「ははっ。そんなこと言っていいのかい、隣でお嬢が怖い顔しているぜ?」

 

 野明は隣にいるヒカルをチラッと盗み見る。

 じとりとヒカルに下から睨み上げられ、野明はウッと息を飲んでたじろいだ。

 

「お嬢みたいに殴り合いの訓練とかしねーのかい?」

 

「えぇっと……そういうのは太田巡査部長におまかせしようかなぁなんて「ンンッ!」……冗談!冗談です!あは…あははっ」

 

 訓練で言いたい放題、好き放題に暴れまわりストレスを発散できたおかげだろう。野明が溌溂とした表情を浮かべ、いつもの砕けた口調に戻っていることにヒカルは気づいていたが、あえて指摘はしなかった。

 藪をつついて蛇を出す気はない。それとして消極的な姿勢が拭い切れない野明の煮え切らなさに、ヒカルは小さく咳払いをした。先が思いやられる娘っ子だと榊はマウス操作を続ける。

 

「データが保存されている限りいつでもやり直しがきくんだ。慎重なのもいいが、思い切ってぶっ壊してきてくれても帰ってくれれば直してやるからな」

 

「……はい」

 

「では失礼します!」

 

 隣でヒカルが奇麗な敬礼をするのを見て、野明も慌ててそれに倣う。二人は二課棟電算室から退室した。しかし、廊下を出た途端に野明の顔が不満げに歪んだのを横目に捉えたヒカルは、あからさまなジト目を向けた。

 

「それが嫌なんだって顔に書いてある…」

 

「だって~~…」

 

 甘えるように泣き言を漏らす野明に対し、ヒカルは腰に両手を当ててぷりぷりと怒っている。 

 だが、小柄で童顔なヒカルがいくら凄んでみせても迫力は皆無に等しかった。本人の意図とは裏腹にマスコットが怒っているような愛嬌すら漂ってしまっている。

 

「だってじゃない。なんのために国民の血税からボクらの給料が支払われ、そのうえイングラムなんて高級品を支給してもらえていると思っているの?」

 

「それは……悪い奴らからレイバーを使わせないようにするために」

 

「既に起きたレイバー犯罪から国民の生命と財産を守る。それがボクらの任務だ。野明のいっていることとは真逆だよ」

 

 野明の気持ちもわかるけど、と一旦、言葉を区切った。

 ヒカルは深呼吸をして平静を取りもどし、唖然としている野明に言う。

 

「家屋の倒壊や、家財の損失、被害者の命。既に失われた財産の――それ以上の被害が広まらないように、みんなが元の日常に回帰できるように精一杯、働くんだ。おかげでレイバー犯罪の発生件数を頭打ちにできた」

 

「でもそういうことなら事前に捜査して捕まえるとか」

 

「ボクたちに捜査権はない。事件の捜査は本庁や所轄の捜査課や刑事課が担当している」

 

「でもそれじゃあ犯罪が起きても手遅れじゃないか!」

 

 ヒカルは首を横に振るでもなく、ただ野明を見つめている。

 野明の指摘が一部に於いて正しいからこそ、すぐに言葉を返さなかった。野明もまたその沈黙の意味を悟り、言葉を失った。

 

「だからって学校で勉強したり、会社で仕事をしたり、友達や家族と過ごしている普通の人々を『犯罪を未然に防ぐため』と称して監視するようになったら、警察は国民が健全な社会を送る上での邪魔者にしかならなくなっちゃう」

 

「でも現実に犯罪は起きてる……」

 

「その時こそボクたち警察官の出番だ。さっきも言った通り暴走レイバーが町で暴れていれば、ボクらが出動して取り押さえる」

 

「じゃあ私たちのお仕事って一体……」

 

「ボクたちのお仕事は野球でいうところの外野手だよ」

 

 ヒカルは少しだけ笑った。

 

「広い範囲をカバーして飛んできた打球をキャッチする。そして内野に返球し、これ以上、走塁されないよう失点を最小限に食い止める。それができるのは、日本に二つしかないレイバーを任せられた野明だけなんだよ」

 

「ごめん、私……」

 

「確かに走塁を許してしまった。でも野明とアルフォンスが体を張って止めれば失点を抑えられる。そうなったら無意味ってことにはならないでしょ」

 

 アルフォンスを可愛がるばかりで、その先にある警察官としての使命から目を背けていたわけではないけど、どこかで自覚が欠けていた。

 レイバー犯罪が多くの被害を齎している冷酷な現実よりも、まずはアルフォンスの損傷を気にかけてしまっていた自分。あの日、隊長からイングラムのシートを託された意味。これから先もこの仕事に従事していいのだろうか………野明の中に深い懊悩が渦巻いていた。

 

「それにさ、野明はこの日本でたった二人しかいないイングラムの担当オペレーターの一人なんだよ!選ばれたんだよ!特別なんだよ!もっと自分の仕事に誇りをもってバーンっと体当たりしていこうよ!ねっ!」

 

 ヒカルは大らかに笑い、またもや暗い顔をしている野明の背中をバシバシと叩いた。

 

「う、うん」

 

 もしかしたら野明は自分の立ち位置を未だ定めきれていないのかもしれない。

 野明のしゃっきりしない生返事にヒカルもまた一抹の不安が過ぎる。この重たい空気をどう払拭するべきか、ヒカルは歩きながら少し考えて―――ピコンと閃いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――特車二課のハンガー。第一小隊長の南雲シノブ警部補は97式改に必要な装備類や、交換部品のリストを厳しくチェックしていた。正規の警察教育と厳しい規律で固められた第一小隊の技量と士気は総じて高い。だが、現行の新型作業用レイバーとの絶対的な性能差を精神論だけで埋められるはずもなく、どうしても出動の度に酷使される機械のメンテナンスや修理で消耗していく部品の数は膨大になる一方だった。

 

「じゃあこの書類に課長からサインをもらってちょうだい。それを装備係に回して」

 

「了解です」

 

 第一小隊の1号機フォワード担当、五味丘巡査部長に書類の挟まれたクリップボードを返す。 

 その最中、ハンガーの喧騒に混じって話し声が彼女の耳に届いた。南雲がちらりと横目に視線を向けると少し離れたところで隊員と整備員が立ち話に興じていた。話題の中心は隊員とレイバーがついに揃い、ようやく正式稼働をスタートさせた新設部隊『第二小隊』についてだった。

 

「どうして第二小隊に太田さんがいるんだ?あの実力と経歴なら第一小隊でも十分やっていけるだろうに」

 

「それにあのルックスだしな。しょっちゅうテレビに出てたけど、一緒にいたアイドルより可愛いよあの人」

 

「クランシー巡査部長や泉ちゃんもいるしな。あーあ、第二小隊の連中わかってんのかねー。自分たちがどんだけ恵まれてるのかって」

 

「掃き溜めに鶴だね……全く」

 

 南雲は聞こえよがしに、ゴホンッと大きく咳払いをした。

 隊長は五味丘巡査部長との打ち合わせに集中している――そう思い込んで気が緩んでいた隊員たちは、文字通り跳び上がらんばかりに取り繕った敬礼を掲げた。雑談に混じっていた整備員も彼女の冷徹な視線から逃れるように身を縮めて走り去っていく。

 その背中を見送りながら南雲シノブは小さく息を吐いた。第二小隊のあの締まりのない悪癖が、我が第一小隊にまで伝染し始めているのではないか。彼女の胸を懸念が掠めた。

 

「無駄話してないで、あなたたち。始業点検は終えたの?」

 

「は……ハッ!」

 

 あたふたと駆け出していく隊員たちの背中を見送り、眉を吊り上げた南雲は隊長室へと繋がる階段を上っていった。

 

(どうせ私は若くありませんし、キツイし、オバサンですよ~……)

 

 そんな益体のない愚痴を内心で零しながら、南雲はドアノブを回して扉を開いた。

 隊長室では汚い足をデスクに投げ出し、ジャージ姿で椅子にもたれている後藤の姿があった。中年男のあまりにもあられもない姿に、南雲は早くも頭痛を覚えた。

 

「ふー。あついあつい……」

 

「後藤さん、走っていたんじゃないの?」

 

 だらしのない恰好をした後藤が手垢のついた団扇をパタパタと風を仰いで涼んでいる。これが警察官、それも隊長職についている男の姿としては、あまりに酷い光景だった。

 これが自分の部下でなくて本当によかったと心の底から安堵する。と同時に、仮にこれが己の部下だったらこの瞬間、躊躇なく怒号を浴びせ性根を叩き直していたと容赦のない評価を心の中で下す。

 

「それにしてもなんて格好をしているの」

 

 南雲は冷ややかな視線を向けたまま、遠回しにだらしがないと指摘する。およそ現職の警部補階級にあるものがしていい格好ではない。だが、当の後藤は注意されてもまるで暖簾に腕押しといった様子で一向に正す気配がない。完全に開き直っていた。

 

「いやぁ~『第二小隊の親睦を深め、またチームワークを高めるためにどうしても~』……って太田に請われて参加したんだけど。駄目だね。若い連中に付き合ったらかないませんよ。すぐに顎がでちまう」

 

 ヒカルが「隊内の親睦と結束を高め、同時に体力と技術の向上に励む」という名目で、非番の第二小隊員を全て集めて一日トレーニングを実施した。その企画に暇そうにしていた準待機の後藤までもが巻き込まれていた。言い訳代わりに窓にむけて小さく顎をしゃくる後藤につられ、南雲は窓枠から外を見下ろした。

 

「……女性陣以外、誰も走ってないわね」

 

「ん?……どうしたんだあいつら」

 

 額から滝の様な汗を噴き出し、ぜーぜーと荒い呼吸を繰り返す野明と香貫花が、先頭をいくヒカルを必死に追いかけている。ポテンシャルの高い香貫花と日課のランニングを欠かさない野明はなんとか様になってはいた。だが”普段より”遅いとはいえ素人目にも相当なハイペースだ。

 

「おいっち、にぃー!おいっち、にぃー!みんなもたもたしなーーい!」

 

 そして恐るべき事にこの惨状を作り出した張本人のヒカルは涼しい顔で軽快な足取りを崩さない。それどころか小気味の良い掛け声まで発する余裕すら見せていた。

 ――そんな先頭集団から大きく遅れて、庁舎の角から三人の男たちが姿を現した。だが遊馬と進士の顔色は蒼白で、まるで精気を吸い尽くされた幽鬼の様だ。かろうじて大柄な山崎ヒロミだけが懸命に二人を背中で引っ張るように前へと進んでいた。

 

「あんの……体力…バカに…つきあうんじゃ……なかった」

 

「隊長……3周目あたりで、早々にいなくなりました……ね…」

 

 へとへとの遊馬が途切れ途切れの荒い呼吸の合間に悪態をつく。早いうちに彼らの視界から野明や香貫花といった女性陣の後ろ姿が消え去ってはいたが、まるで散歩でもしているかのようなヒカルの陽気な掛け声は遥か遠くからでも容赦なく耳に届いていた。

 

「おいっち、にぃ!おいっち、にぃ!よーーし!みんな、ラストスパートだーーーッ!」

 

 「ラストスパート」という終わりを告げる希望の言葉に彼らの肉体が限界を超えて反応し、各々がなけなしの体力と気力を振り絞り、死に物狂いで疾走する。

 ダーーッとゴールラインに定めた二課棟出入り口前へと滑り込んでいく第二小隊。その瞬間、ヒカルを除いた全員が泥の様に地面へと転がり込んだ。

 

「ぜーぜー……くっそー。あいつ取材で忙しい癖に涼しい顔してやがる」

 

「はぁはぁ……ヒカルちゃん……かぁいくなーーい!」

 

「で、デスクワークには……ぺ、ペースが……ハードすぎ……ます……」

 

「さ、さすがですね……ついていけませんでした……」

 

「体力には……自信……あったのに」

 

 ぶーぶーとブーイングを上げる面々を前に、臆することなくヒカルは腕を組んで暴力的なサイズを誇る胸囲をぐいっと持ち上げた。疲労困憊でグデグデな小隊員たちをヒカルは仁王立ちして満足げに見下ろしていた。泥の様に倒れ込んでいる面々の中で、遊馬がのろのろと手を上げた。

 

「じ……じゅんさぶちょーどの……しつもんがありま~す!」

 

「ん。質問を許します。篠原巡査」

 

「はぁ……この訓練をする意味について…ひぃ……教えてくださーい!」

 

「意味?」

 

 遊馬の質問がよほど意外だったのか、ヒカルはきょとんとした幼い顔で遊馬を見つめた。

 

「もちろん……いざという時、走れない警察官じゃ困るでしょ。そんな当たり前の事を聞かれるとは思わなかったんだけど」

 

「で……でもよぉ、俺たちレイバー隊員だぜ」

 

「それで?」

 

 幼げで威圧感のない顔立ち。しかし、その瞳の奥にある強い意志を宿した輝きに射抜かれた遊馬は、なんとなく気まずくなってそっと視線を外した。ヒカルは一呼吸して間を作り、自分なりに今回のトレーニングを実施した意味を解説した。

 

「篠原巡査の言う通り……ボクたちはレイバー隊員だ。普段の相手は暴れる土木用レイバーばかりで、機動隊員の様に暴力集団に果敢に挑むことも、刑事の様に殺人犯や窃盗犯を追いかけることもない。けどね、レイバー隊員である前にボクらは地方警察に奉職する警察官だよ。犯人を前にして『疲れていたので捕まえられませんでした』って報告書に書くつもり?」

 

「……レイバーや……指揮車があるだろ」

 

「そのイングラムがパイロットにかける負担がどれほどのものか篠原巡査だって知っているでしょう。それもあって体力トレーニングを実施したんだから……それに事件となれば不測の事態は何時だって起こり得るし、いつも指揮車から命令だけしていればいいってものでもないでしょう……あと……」

 

 ヒカルは不意に頭上を見上げた。つられた遊馬や他の隊員たちも同じように空を仰いだ。

 そこにはパラパラとプロペラ音を立てて旋回するヘリコプターの姿があった。

 

「あれ対策かな。最近よくこの辺りを飛んでるし、こうして非番の日に集まって訓練してる姿を見せれば、真面目な警察官ぐらいには見えるでしょ」

 

「じゃあ俺らヒカルの巻き添えじゃないか」

 

「なによ、フォワードとバックアップは一心同体だっていつも言ってくれてたじゃない。たかが庁舎の回りを20周ばかし走ったぐらいでグダグダ言わないの!…………じゃあ15分の小休止と着替え、その後は屋上で稽古ね」

 

 その小さい身体のどこにそんな無尽蔵の体力が詰まっているんだ。彼らの怨嗟の視線を一身に浴びせられてもヒカルはどこ吹く風と全く意に介さない。

 うへーっと汚い呻き声をあげ、地面にぐったりと倒れ込んだ面々。彼らを尻目に「先に屋上に行って準備してくる」とだけ言い残し、ヒカルは疲労を感じさせない足取りで屋内へと戻っていってしまった。

 

「……警察官……そうだ……私」

 

「泉さん?」

 

「私、やる!」

 

 疲労で笑う膝をパンッと叩き、野明は根性で無理やり立ち上がった。怪訝な眼差しを向けるヒロミたちを余所に、野明はヒカルの後を追いかける様に棟屋に向かって歩き出した。残された隊員たちもひーひーと荒い息を整えつつ、さながらゾンビの様な鈍い足取りでようやく動き出した。

 予備校上がりなせいか、まだまだ民間人気分が抜けきらない第二小隊の面々が見事に活を入れられた。隊長室で聞き耳をそば立てていた後藤はふっと薄く笑った。

 

「少しは身が引き締まって、ウチらもらしくなってきたんじゃない」

 

「なんだったら可愛い部下からお呼ばれされたんだし、後藤さんも揉まれてきたら?姪御さんとかから羨ましがられるかもよ」

 

「やめときましょ。走っただけで腰にきとるんですわ。とても敵いませんよ……ところでなんかあった?」

 

「別に、なにも…?」

 

 なんの脈絡もない後藤の質問に南雲は小さく首を傾げて自分のデスクに戻った。

 ―――それから十数分後。屋上から畳に人が猛烈に叩きつけられる激しい物音が響いてきた。続いて男たちの情けない悲鳴と女の泣き声が容赦なく隊長室まで届き始め、後藤は天を仰いだ。

 

「やっぱ参加しなくてよかったわぁ……」

 

 サーバーから二人分のコーヒーをカップに注いでいた後藤は、心の底から安堵の吐息を漏らした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 一日後。呼び出しを受けた後藤は課長室の扉を叩いていた。普段は桜田門にいて週に一度しか、特車二課に顔を出さない福島課長が珍しく二課棟に訪れていたのだ。

 ――またぞろいつものお説教かな。そう当たりを付けた後藤は、課長の話を右から左へと聞き流す時間潰しの妄想に耽る準備を整えていた。だが、今回の話はいつもと明らかに毛色が違っていた。

 

「取材……ですか?」

 

「そうだ。諸君らのおかげでタワーシティでは一人の犠牲者を出すことなく救助できた、外相だけでなくテレビ局の人間も救けた事で、警察の評判も高まりつつある。素晴らしい事だ。諸君ら第二小隊を部下にもてて私も鼻が高い。そこで特車二課を是非取材させてほしいとテレビ局から依頼があった……こういうわけだ」

 

「はぁ……」

 

「局の名前は、SNS全日本テレビだ。知っているか」

 

「まぁ、名前ぐらいでしたら」

 

 部下と共に火災事故に遭遇した大手テレビ放送局だ。自分もたまに見ている局だし、流石に忘れるはずもない。とはいえ、まさかウチにテレビの取材が舞い込むとはなぁ。後藤は先ほどの会話を思い返していた。

 結局、あのタワーシティでの一件はすべての目論見が通りとはいかないまでも、警視庁側の目的は一部果たせていたというわけか。福島課長は後藤から背中を向けて窓の外に視線を移した。これで話は終わりだという無言の合図だ。

 

「つまり、そういうわけだ」

 

「そういうわけですか」

 

 お説教はなし。課長からの通達を聞き終えた後藤は短く一礼して二課長室を退室した。人気のない廊下を歩きながら、先ほど下された辞令の内容を頭の中で反芻し悩ましげにボリボリと頭を掻く。

 隊長室へ戻ると、またもお説教を受けているのだろうと早とちりしていた南雲に事の経緯をかいつまんで話した。暢気な報告を予想していたのだろう。話が進むにつれ、南雲の表情は目に見えて硬くなった。

 

「私は反対よ、先日の一件もあるし。あの子たちがまた何をしでかすか……取材するなら経験も実績も豊富にある第一小隊にしておけばいいのに、それを差し置いて第二小隊だなんて」

 

「まぁそういわないであげてよ。それにあいつらはあれでそれなりの人材だしさ」

 

「本当に?」

 

「まぁね」

 

 ちょっと報告書の提出が遅くて色々とデリケートな部分はあるけれど……後藤は心の中でそう付け加えた。書類作成能力にはまだまだ疑問符が付く連中だが、現場での実働に関しては、それなりの定評があるつもりだ。

 実際、福島課長から受けるお説教の場でも、もっぱら槍玉に挙がるのは第二小隊の綱紀やモラルについてばかりで、出動時の動きそのものに苦情が出たことは殆どない。まあ、その肝心の綱紀に関しては学級委員長役のヒカルが手綱を握ってくれているから、これについては彼女に任せきりにしている。

 

 ―――タワーシティは東京都の目玉商品だけあって、そこで起きた大火災は大衆の目を引いた。

 連日どこのテレビ局もタワーシティの報道を連日取沙汰にしている。その上、火災の根本的原因に消火装置の不備による人災があった事が暴露され、世間にセンセーションを巻き起こした。

 槍玉にあげられた都庁はマスメディアの矛先を逸らそうと救助活動で更に名をあげたヒカルを特車二課から引っ張り出した。おかげでヒカルは都庁に貸しを作ろうとする本庁の下心に巻き込まれメディアに引っ張り回さつつ、二課をいったりきたりの多忙な日々を送っている。自他共に甘えを許さないストイックな香貫花が見かねて補佐を買って出てくれたほどだ。

 だからこそ第二小隊にテレビ取材が舞い込んで来たのだろうが、なにかと人目を引く第二小隊の活躍の影に隠れている第一小隊を率いる南雲シノブとしては面白くないだろう。

 

 お喋りをそこそこに自家用車に乗って定時帰宅していく南雲を窓越しに見送る。今宵は当直だが特に緊急の案件はなく、持て余した後藤は暮れの時間を今日の夕刊で潰した。一面はイングラムまたもや活躍!という見出しで紙面を大きく飾っている。

 前評判を覆すどころか、大きく話題をかっ浚う事態は後藤にとっても予想外であった。前署では陽の当たらない部署に勤めていた後藤にとって、チヤホヤされる現状は面映ゆい思いだ―――まぁ、自分の部下が褒められて悪い気はしない。

 

『第七管区より通報!表参道にて破壊活動を行う暴走レイバーが出現。レイバーは店舗や家屋等を破壊しつつ北上中。第二小隊出動せよ!』

 

 紙面の隅にあるクロスワードの空欄を埋めていた後藤の耳に出撃を告げる警報が届いた。

 夕刊を畳み、椅子から立ち上がろうとしてハタと気づいた。

 

「そういえば太田、今いないんだったな……」

 

 携帯電話を取り出し、登録したアドレスを呼び出す。

 連絡先は太田ヒカルの携帯電話だ。確か本庁の命令でどこぞのスタジオで写真撮影に臨んでいるはずだ。数回のコール音。ただし電話に出てきたのはヒカルではなく、彼女に付き添っていた広報課の署員だ。

 

「はい、二課の後藤です。太田巡査部長を……はい、よろしくおねがいします」

 

 手短に用件を伝えた後藤は先方との通話を切る。水虫対策の裸足のサンダル履きから、使用済み靴下とロッカーに仕舞われたブーツに履き替えた後藤は二課のハンガーに向かった。イングラムの足元では大勢の整備員が慌ただしく動き回っていた。

 

「リボルバーカノン!弾込めおわりましたぁ!」

 

「バッテリーチェック!完了しました!」

 

「よし、キャリアまわせぇえ!」

 

 ハンガーに響き渡る榊整備班長の怒鳴り声に突き動かされた整備員が、稼働状態に整えられたイングラムをトレーラーキャリアのコンテナに搭載させていく。

 出動準備を整え、ぴしりと整列している第二小隊員を前に、後藤が一同をゆっくりと見回し口を開いた。

 

「原宿付近の商業区画で作業用レイバーが暴れているとの通報が入った。駆けつけた警官の報告から恐らく最近市場に出回ったばかりの新型レイバーだ。性能は未知数だが現場にあってはこれに対応する。何か質問は?」

 

「あの隊長……太田巡査部長の姿が見えないんですが」

 

 全員の心境を代弁した2号機キャリア担当の進士の質問に当然だなと頷く。

 

「太田は今ここにはいない。本庁からの要請でな、連絡はしたからおっつけ現場で合流する予定だ。それまで我々のみで対処する」

 

 後藤の返答を噛みしめるように何度も頷いた野明が、言葉の意味を理解すると目を剥いて自分を指さした。

 

「……え、えぇー!それって私とアルフォンスだけでやるってことですかぁ!?」

 

「んまぁ……そうなるのかなぁ」

 

 野明は素っ頓狂な声を上げた。

 レイバー隊は原則で二機一組で任務にあたることになってはいる。がしかし、首都圏どころか日本中のレイバー犯罪を僅か2部隊編成で対応する特車二課の特殊性において、単独出動は十分起こりうる事態であった。

 

「何も今回が初めてってわけじゃないんだし、大丈夫でしょ」

 

「は、はぁ……」

 

「時間も押してるし他に質問あったら道道受け付けるから――以上。ほら、駆け足」

 

 パンパンと後藤が手を叩く。一同が敬礼し、それぞれに割り当てられた車輛に乗り込んでいく。

 

「野明、何してんだ。急げよ!」

 

「あ、うん!」

 

 野明のレイバーキャリアのドアレバーを掴む掌はじっとりと汗ばんでいた。




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