愛と勇気と正義にかけて、市民をお守りいたします!   作:イングラマン

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第十三話 こちら特車二課その4

 1980年代末に始まった大規模湾岸開発は、当初こそ東京湾沿岸を中心に進められていたが、1994年の東京湾中部大地震を契機に再開発の規模は東京都周辺へと一気に拡大した。

 この震災時におけるプロトレイバーの活躍は、その実用性を広く世に知らしめ、レイバー産業が急速に発展する足がかりとなった。同時に、この震災で生じたガレキ処理対策が後の「バビロンプロジェクト」発端の遠因となったことは業界内では広く知られた事実である。

 しかし過激派環境保護団体の目には同プロジェクトが海洋生態系を破壊する環境汚染の元凶と映っていた。彼らにとって、計画を推進する政府や政治家は自然を食い物にする害虫であり、その手先たる官憲や役人に鉄槌を下してプロジェクトを白紙撤回させることこそが正義であった。

 「地球を守れ! 自然を大事に! 子供たちに明るい未来を――!」彼らはこのスローガンの下に闘争心を燃やし、自らを革命戦士と位置づけ過激な抗議行動に傾倒していた。

 

「みろよ!ブルジョワ共に正義の鉄槌を下してやったわ!」

 

「きのくにやっ!」

 

 市民の通報で駆けつけた警官隊を暴れるレイバーが一蹴する。その破壊活動を繰り返す鉄の塊に向けて、仲間と思しきエスニックスタイルの長髪の男が大声で冷やかしの言葉を浴びせた。

 そのまま男はレイバーから離れた。これ以上の家屋の倒壊や破壊活動に巻き込まれては、たまったものではないからだ。

 

「まずは手ごろな警察署をぶっつぶし、奴らの代紋に泥をつけてやる!なんだったらこのまま都庁まで殴りこんで悪党どもに正義の鉄槌を下してやら―ッ」

 

 傍から見れば無謀としか思えない宣言だ。看板や街頭、車両など、とにかく目についたものを手当たり次第に破壊しながら一機のレイバーが前進していく。

 目指す目的地は警察署だ。近頃はマスコミに「アイドル警察官」などと担ぎ上げられ、調子に乗っている官憲どもの鼻を明かしてやる。警察署がむざむざ破壊されたとなれば、奴らの面目は丸つぶれだ。何よりこの作戦に成功すれば組織内での地位は盤石となり、上層部への覚えもめでたくなる。男たちの野心は燃え上がっていた。

 激しい破壊音の中、最寄りの交番から自転車を盗み出した仲間の男はペダルを漕いでいく。すぐ傍らでは、パトカーを無残に踏みつぶされた警官隊が唖然と立ち尽くしていた。男はせせら笑いを浮かべながら、その横を悠然と通り過ぎていく。

 

「あぁ、クソ!レイバー相手じゃパトカーなんて何の役にも立たないな!」

 

「手の施しようがありませんよ」

 

「連絡入りました。特車二課中隊第二小隊が間もなく現場に駆け付けます」

 

「おーっ第二小隊か」

 

「では太田巡査部長殿がこられるのか」

 

 いまや都内に勤務する警官であの「太田ヒカル」の名を知らぬ者はいない。ワッと色めき立った警官隊の会話を男は聞き耳を立てて盗み聞く。

 近頃噂のアイドル警官がやってくるというのか。警察官の癖に頻繁にテレビに露出しているふざけた女だが、奴には数多くの同志が逮捕されている。実に腹立たしいがレイバー乗りとして一流なのは間違いない。なんだったら家には彼女のグラビアポスターが……いや違う、組織の標的としてマークされている要注意人物のひとりだ。

 「おい!」男は慌てて雑念を振り払うと、メガホンを口元に当て、面白半分にパトカーを蹴っ飛ばしているレイバーに向かって大声で呼びかけた。

 

「おーい!こっちだこっち!いそげ!噂の第二小隊が来るぞ!」

 

「第二小隊ってことは……お、太田ヒカルか……ゴクリ」

 

 強敵の出現を予感し、喉がヒリつくような緊張感の中で生唾を飲み込む。

 チャリンコを漕ぐ男はレイバーを先導して一刻も早く目的地へ向かおうとしたその瞬間、行く手の角から一台の車両が躍り出た。白黒に塗装された無骨なジープ仕様の警察車両――特車二課の指揮車だ。

 

「わっ」

 

 衝突を免れようと慌ててハンドルを切り損ねた男が自転車から盛大に転げ落ちた。

指揮車から血相を変えた若い男、篠原遊馬がそれに気づかずドアを開けて身を乗り出した。

 

「あれか!いたぞ野明、目の前だ!」

 

「98式!?」

 

 遊馬の誘導する声に応えるように、パトカーを模した白地に黒のラインが入った極めて人間に近い外観のレイバーが、商業ビルの角からぬっと姿を現した。

 AV98イングラム。胸に桜の代紋を掲げ、無骨さを削ぎ落としたスタイリッシュな出で立ちにレイバーを操るテロ犯は慄いた。

 

「う~~~っ………ワンッ!」

 

「官憲の犬がッ!」

 

「イヌで悪かったなぁ!」

 

 酷い応酬だ。遊馬は額を抑えた。

 レイバーを操縦する男は目の前のイングラムの外部スピーカーから発された、聞き覚えのない女の声に一瞬だけ目を見張った。だがすぐにそれは侮りへと変わり、好都合だと云わんばかりにニヤニヤと表情を歪めた。

 

「なんだお前、太田ヒカルじゃないのか……へへっ」

 

「ムッカ~~~!あんたなんてカエルのくせに!」

 

『あ~~。そこのレイバーの乗務員に告げる。ただちにエンジンを停止し。機から降りなさい!自分が何をやっているのかわかっているのか!』

 

 二つの投光器がカエルの目のような形をしている作業用レイバー『ボクサー』が長い腕を振り上げ、周囲に威圧感を振りまいている。遊馬からの降伏勧告に応じる様子はなさそうだ。

 

「あれが98式か」

 

 テロ犯が周囲を見渡すと、建造物の倒壊やパトカーのサイレンを聞きつけた物見高い野次馬がパラパラと現場に集まりだしていた。一部のレイバーオタクや親子連れ、アベックが生のイングラムを見れた喜びに歓声を上げている。

 

「イングラムだぁ!かっこいいー!」

 

「巡査部長殿ではないのか……」

 

「大丈夫なのか」

 

「えーお巡りさん、ヒカルちゃんじゃないのー?」

 

「皆さん、もっと下がって下さい!これ以上、近寄るのは危険です!」

 

 だが警官隊は救援に駆け付けたイングラムのパイロットが太田ヒカルではないと知り、不安げに眺めている。野次馬も噂の美少女レイバー乗りが現れたのではないと知り、あからさまにガッカリしていた。

 

『野明!奴は後ろを向いたぞ。近づいて取り押さえちまえ』

 

「おうっ!」

 

 1号機が後ろから肩に手を伸ばして圧し掛かろうとするが、ボクサーに強引に振り払われる。

 

「無駄な抵抗を!」

 

「るっせーー!!」

 

 強引に抑えつけようと再び手を伸ばすが、懐に飛び込まれそのまま逆に圧し掛かられてしまった。建物を背にしたイングラムがボクサーにしがみつかれている。もたもたしている野明を遊馬が怒鳴りつけた。

 

『何やってんだ野明!グズグズしてないで、早くそいつを払いのけろ!』

 

「だってこいつ……はやくてっ!」

 

 観戦していた周囲の野次馬からも、なにやってんだと怒りの声が上がる。

 

「へたくそー!しっかりやれよ!」

 

「この税金ドロボー!」

 

「せめて第一小隊が来てくれたらなぁ……」

 

 税金泥棒と揶揄する罵倒。ヒカルじゃないと知り失望する身勝手な野次馬。その上、カエルの目をした間抜けな外観の作業用レイバーに嘲笑された。野明は頭の血管が沸々と沸き立つ感覚に支配され、抑えていた不満と怒りがついに臨界点に達した。

 

「もう怒ったからなぁ!!なめんなよぉッ!!アルフォンスから離れろぉーーーッ!!」

 

 視界がカッと熱くなった野明は怒りに任せて操縦桿を思いっきり引く。主の激昂に答えたアルフォンスが両腕を頭上に掲げた。

 

「こんのぉーーー!!」

 

 裂帛の雄叫びと共に力いっぱいレバーを前に倒す。

 腰にしがみ付いているボクサー目掛け、野明のイングラムは両腕を思い切り叩きつけた。

 

「ぐえーーッ!」

 

 外部スピーカーから潰れたカエルの様な野太い悲鳴が現場に響いた。衝撃で拘束を解いたボクサーをアルフォンスが怒りの猛反撃。左膝で顎をカチ上げ、がら空きの胴体に右の前蹴りをお見舞いする。ドタドタと大きくふらついたボクサーがアルフォンスから距離を離す。

 

「け、警官のくせに足癖悪いぞてめぇ!」

 

 男は目の前のヤクザキックを炸裂させたイングラムを怒鳴りつけた。蹴られた恨みを晴らさんと罵声を上げたテロ犯は、地面に擦れんばかりの長さを誇るボクサーの前腕を振り回しイングラムに猛然と殴りかかった。

 やっぱり思ったより早い―――野明は思考するよりも早く反射的にレバーを傾け、ペダルを踏んだ。時間がない。考える暇なんてなかった。

 

「くっ」

 

 焦りで口から吐息が漏れる。雑にふりぬかれたボクサーの前腕をイングラムは左腕のシールドで防ぐ。ドカンドカンと板を殴りつける様な不快な振動が炸裂する。連続で振るわれる苛烈な攻撃を両腕を上げてガードし続ける劣勢の1号機。その背後では野次馬がハラハラと心配そうに見守っていた。

 ジリジリと後退する一号機に焦った民間人たちが蜘蛛の子を散らすように逃げ惑う。その狂乱の中で、一人の子供が足をもつれさせて転倒した。指揮車のモニターでそれを捉えた遊馬は、掴んだマイクに唾を飛ばして叫んだ。

 

「おい!そっちには、民間人がいるぞ野明!」

 

「わかってる!」

 

「へへ、こいつ怯えてやがるぜ」

 

 雑に振るわれたボクサーの右拳と同時に反射的に左腕のシールドを叩きつける。

 かちあった衝撃でガードが跳ね上がり、ボクサーのがら空きの顔面に右拳を叩きこむ。ドタドタと大きくたたらを踏むボクサーの姿に、ワッと周囲から歓声が上がった。

 

「あ、あたっちゃった……」

 

 淀みもなくすんなりとイングラムのストレートパンチがバチンッと綺麗に入ったことに、誰よりも野明自身が驚いていた。

 

「こ、このやろーー!!」

 

「わ……ッ!あわわ……わ!」

 

 逆上して腕を振りまわしたボクサーに野明が取り乱す。

 長い前腕がイングラムにあたる直前。野明の怯えが1号機を側面に回り込ませる。

 体を躱したイングラムがボクサーの腕を掴み、同時に足を払う。

 

「こんのぉーー!!」

 

 野明が吼える。掴んだボクサーの前腕を肩上に捻りあげ、脇に挟んで締め付ける。

 

「もう、このままいっちゃえーーー!」

 

 ドサクサ紛れの勢いで縺れ込むように倒れた1号機がボクサーの上に圧し掛かった。

 不安定な態勢のボクサーではイングラムの巨体を支えきれず、ズシン、と地面を揺らしながらコンクリートの上にうつ伏せに倒れ込んだ。

 

「あばばば!!」

 

 ボクサーの操縦者から情けない悲鳴が漏れた。拘束から逃れようと男は泣き顔で操縦桿をガチャガチャとしゃにむに動かす。だが、前腕を捻り上げられたボクサーはキリキリと不快な機械音を響かせるばかりだった。

 二足歩行レイバーの構造上、伸び切った肩と肘の駆動関節部を締め上げられ、極めつけにイングラム程の重量物が漬物石の様に圧し掛かられては、最早並のレイバーでは立ち上がる事さえできない―――柔道の関節技『脇固め』だ。

 

「……で、できちゃった?」

 

「は、はなせぇ~~~」

 

 野明は自分が為したことが信じられないと目を丸くして、地べたでもがいているボクサーをモニター越しに見下ろしていた。ビクビク震えるその空しい抵抗は、まるで甲板に打ち上げられた魚のようだった。

 

「ぉお~~」

 

「すげぇぞ姉ちゃーーん!」

 

「やるじゃねーか!一杯、奢らせてくれーーっ!!」

 

 先ほどまでの失望の声から一転、イングラムの鮮やかな手並みを褒め称える喝采が、群衆の中からワッと沸き立った。

 

「イングラムかっこいいーーッ」

 

 興奮に包まれる現場では大勢の群衆がイングラムに向けて大きく手を振っている。歓声に気づき、イングラムの首元から、ひょこっと顔を出した野明は照れくさそうに指で頬を掻いた。

 ――その後。遅れて現場に駆け付けたイングラム2号機によって、1号機に制圧されていたボクサーは完全に機能停止へと追い込まれ、事件は無事に幕を閉じた。

 

「オラッ!キリキリ歩けぇ!この不穏分子がー!」

 

 機械が止まったボクサー目掛け、雪崩のように押し寄せた警官隊がコックピットから操縦者の男をつまみ出していく。その傍らでは道路に頭を打ちつけ、もんどり打っていた仲間らしき長髪の男も同様に身柄を確保されていた。

 手錠を掛けられた犯人一味が連行されていく様を、特車二課第二小隊の面々が静かに見届けていた。

 

「……申し訳ありません隊長。合流が遅くなりました」

 

「ん、まぁこういう時もあるさ」

 

「ハッ」

 

 ヒカルは後藤に敬礼してその場を立ち去る。向かった先には自販機の前で休憩している野明の姿があった。戦いの高揚を冷ましているのだろう。

 110円のアイスコーヒーをちびちびと口に含み、ネオンに彩られた東京の夜空を背景にしたイングラムをぼうっと見上げていた。自販機の脇に背を預けて涼む野明にヒカルは声をかけた。

 

「お疲れ様、野明。今日はお手柄だったね」

 

「あ、うん」

 

 苦労をねぎらうも野明は心ここにあらずといった感じで、ぼんやりと体を休めている。

 ヒカルも特に話題を振るでもなく、キャリアにデッキアップされているイングラムを野明と共に見上げる。

 

「……すごいね。イングラムって」

 

 野明は目を細めてアルフォンスを見ている。敵レイバーに思い切り叩きつけた拳はひび割れ、左腕のシールドと右前腕はベコベコに凹んでいる。いつもなら愛機の傷を前に泣きじゃくり、必死に具合をチェックしているはずだった。

 しかし今回は違った。痛々しいはずの傷跡を見つめる野明の胸には、心地よい充足感と疲労感、そして確かな誇りが温かく染み渡っていく。耳を澄ませば自分を称えてくれた人々の歓声が、今もまだ聞こえる様な気がした。

 

「うん。あれって、柔道の技だけど野明は知っててやったの?」

 

「わかんない。気が付いたらアルフォンスが勝手に動いてた」

 

「そっか……日頃の苦労が実を結んだんじゃん。やったね」

 

 笑顔でのぞき込むヒカルにコクンと微笑んで頷く。

 不思議な感覚にうとうとしていた野明は、仕事の後はヒカルもこんな感じだったのかなと推察する。緩やかに流れる時間を二人でアルフォンスを見上げて過ごしていると、遊馬がやってきた。

 

「おいお前ら、二人でなに黄昏てんだよ」

 

「なんだ、ただの遊馬か」

 

「なんだってなんだよ。遅れてやってきたくせにずいぶんとご挨拶だな」

 

 唇を尖らせ、不貞腐れる遊馬を見たヒカルと野明は、互いの顔を見合わせ笑った。

 妙にウマが合う二人をみて、ますます訳が分からんと面白くない遊馬は鼻を鳴らした。

 

「そろそろ帰るってよ。隊長が呼んでたぞ」

 

 ぶっきらぼうに告げて去っていこうとする遊馬の背中を二人は追いかけていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 時刻は早朝。都内に支社を置くシャフトエンタープライズジャパン。主にゲームセンター向けのソフト開発や販売を手掛ける会社だが、その中でも異端の部署、企画七課のミーティングルームには日の出前だというのに所属スタッフたちが張り詰めた空気の中で詰めていた。設置された大型テレビモニターを囲う様に関係者が陣取っている。

 テレビに映し出されているのは先日、原宿の雑踏で起きた篠原重工業製『ボクサー』と『イングラム』の対決の一部始終だ。特に殴りかかるボクサーの腕を鮮やかにとり、咄嗟に関節技に持ち込んでいる白いレイバーの挙動を食い入るように見つめている。

 

 続いては特車二課の敷地内で執り行われた2機のイングラムによる格闘訓練の映像だ。しかし訓練というには、ただ正面からレイバー同士でひたすら殴り合う面白みに欠けた非常にお粗末な代物だった。映像はまだ途中だったが、つぶらな瞳をした男は失望してビデオデッキの停止ボタンを押した。

 

「知ってはいましたがとても規格品とは思えませんね。身のこなしが既存のレイバーとは段違いだ」

 

 人間の様に身軽に動くレイバー。それは口にするほど容易に達成できる事ではない。

 かつて生き物の様な動きを体現するOSを研究していた二人。髭面でメガネをかけた『磯口』と瘦身の『森川』には篠原開発陣の苦労が我が事のように共感できた。

 

「それにこの器用さ。どうでしょう。この際ですし肩に1とマーキングしている機体の方が、いい教師役になってくれそうです。さっきの映像を見ていると、2号のパイロットは噂されているほどではないように見えます」

 

 森川の侮りにサングラスをかけた黒髪の青年『黒崎』は首を横に振った。

 

「………いいや、当初の予定通りに行こう。ブロッケンの手ごたえを知りたいし、これまでの2号機もあれで全力とは限らん。なにより勝手に路線変更したと知られれば、課長がへそを曲げるかもしれん」

 

「それもそうですね」

 

 むしろそっちの方が厄介だと言わんばかりに一同が頷いた。それから、ここにはいない内海課長が眉毛をへの字に曲げた想像を巡らせた面々は小さく笑った。

 スタッフの間から特に不満や異論の声は出なかった。映像の中の1号機の変則的な動きに目を奪われそうになったが、2号機が備えるポテンシャルの高さもすでに周知の事実であったからだ。まぁ先日の程度の低い訓練の内容からして、これまでの第二小隊の実績は単なる幸運と、大衆向けに飾られたコケオドシだろう。

 

「ブロッケンの動作パターンはまだまだ未熟ですが。一度戦えば、かなりのレベルアップが見込めるでしょう。それに出力と装甲はイングラムよりも格上ですから、成果を期待していてください」

 

「あぁ」

 

 黒崎は唇の端を曲げて頷いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 両手の小指にかかっていた紐を外す。そして、空いた両手の小指で紐をひっかけて親指に通す。指の神経がピクピクと震える。あ、これ指が攣っちゃいそう~。内心で冷や汗をかきながら両親指に紐をかけた。

 よし、ここまでなんとか辿りつけた。肩の力を抜こうと、ふーっと深く息を吐き、頭を上げて首の凝りを解す。再度、両の掌にかかっている複雑に交差した紐に視線を落とす。まずは両手の親指にかかった紐を全部外し、その親指で、小指手前の紐を取る。

 更にそのまま親指で中指にかかっている紐を取る。次に両手の親指にかかっている紐を外し……あれ?ばららら~っと紐が崩れた。どどどどーして!?

 

「バカタレー!全部外してどーすんの!手前のヒモだけっちゅーとんでしょーがー!オタク何回失敗しとんのー!」

 

 メガホンを口元に構えたシゲさんの怒鳴り声が埋立地に轟く。

 

「あやとりはねーテクニックじゃないの!知性よ思いやりよ哲学よー!!ほら、もっかいやり直し―!」

 

 わりと直接ダメだしされた。だってあやとり難しいんだもん。

 2号機の肩に乗っている野明がボクの拙い指捌きを見て笑っていた。うぅ、どうも指さして笑ってくれてありがとう。ちくしょー。

 

「ねーー太田巡査部長殿ぉ。やる気がないならー、クランシー巡査部長に2号機を譲った方がいいんじゃありませんかー?」

 

 にっちもさっちもいかないボクのアドバイス係として、途中から野明に傍についてもらった。しかしボクの苦闘を見守る野明の表情は笑いを我慢できないとばかりにニヤケている。

 ワイヤーロープを柱に結ぶくらいなら仕事で慣れているし、簡単にできるんだけど。あやとりの様な複雑な動作をレイバーで実践した経験はない。ボクは思い通りにならない現状が悔しくて、うーっと小さく唸った。

 

「ぐ、ぐぬぬ」

 

「それとも~痛くしないと覚えられませんかぁ~?うりうり~」

 

「グスッ。負けないもん。できるまで頑張るもん」

 

 2号機の肩にもたれかかっている野明がペチペチと外装を叩いて、ここぞとばかりにボクの拙いあやとりを弄ってくる。知らなかった。野明ってかなり根に持つタイプだったんだ。

 

「手先の器用さと執念深さは野明の圧勝ね」

 

 他人事のような評価を下している香貫花の独り言を聞き流し、ボクは涙を堪えてグローブに括られた紐にもう一度指を通し始めた。

 

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