愛と勇気と正義にかけて、市民をお守りいたします! 作:イングラマン
「この番組は働く人を応援する番組なんですよ!?わかりますか福島課長さん!」
「わ、わかっている……ッ」
「ならもっと笑顔笑顔!」
桜山さんが囃し立てているが普段仏頂面のこの人にそれは難しいだろう。けど何も言わない。
後藤隊長も見られない角度から課長の悪戦苦闘ぶりを盗み見ている。
「聞きましたよー!あなたは本庁に務めながらも、この地の果てたる埋立地まで毎日往復し、危険な任務に従事する隊員たちの荒んだ心のケアを欠かさず行っている!更に隊員たちのため、現場に理解のない上層部を相手に日夜奮闘する孤高のヒーロー!」
桜山さんの瞳がキラキラ輝いている。
桜山さんの猛烈な勢いに押され、すっかりたじたじになっている課長の姿を目の当たりにした後藤隊長は、普段は油を搾られている身とはいえ流石に同情を禁じえなかった。
「もりすぎだろ……」
「悪いより、いいと思ったんですけど」
「自重で潰れそうだぞ……」
うわぁ、課長がものすごい渋面を作っちゃったよ。
「ねーヒカルちゃん、私変じゃない?」
「うん、変じゃない。いつもの可愛い野明だよ」
「そ……そう?えへへへ」
野明はデレデレと頬を緩ませながら、自分の頭をかいている。せっかく今朝早くに起きて彼女の癖っ毛をセットしてあげたというのに、台無しにされてしまった。
ボクはポケットから櫛を取り出し、彼女の髪をなでるようにして梳いた。くしゃくしゃに乱れた野明の髪を丁寧に整えていく。
「しっかし。俺たちに密着取材とはね~……っと。すみませ~~ん♪」
「は、はい。最近、テレビでも僕たちを取り上げてくれること増えましたね……っあわわ、す、すみません」
「い……いえっ……私の方こそ、ごめんなさい……」
広報の女性スタッフから身だしなみを整えてもらえた遊馬は鼻の下を伸ばしている。その調子のいい言葉に同じようにチェックを受けているヒロミちゃんが大きな体を縮こまらせて頷いた。
しかし、ヒロミちゃんは身長2メートルを超す巨体だ。担当する女性スタッフはどうしてもつま先立ちにならざるを得ない。案の定、よろよろとバランスを崩した女性スタッフが、咄嗟にヒロミちゃんの胸元にしがみついた。思わぬ至近距離での密着に二人は顔を真っ赤にして固まっている………何時まで見つめ合っているんだろう。
「雑誌でも取り上げられてましたね。妻が買った雑誌を親戚中に配って困っちゃいますよ」
何かと人目につきやすいレイバー犯罪。その抑止力であるボクたち特車二課もまた衆目に晒されがちだ。特に日中の事件は目立つ。人の往来もあるし、通報があれば騒ぎを聞きつけたマスコミだって事件現場にやってくる。
「アパートで、妻が胸を張って自慢の夫と言えて嬉しいって」
進士さんよりも、奥さんであるタミコさんの方が喜んでいそう。夫の活躍でアパート内ヒエラルキーでも上位に食い込められていることに。
「香貫花は大丈夫なの?日本のテレビに出て」
広報がボクを使って宣伝し続けていたころ、香貫花はその美しさから依頼が舞い込んできた経緯があるがすげなく断り続けてきた。ビジュアル映えする彼女には何人かの女性職員がついて整えてくれているが、香貫花は臆することなく涼しい顔をしている。
「えぇ。私の事は気にしなくていいわ」
「しっかしテレビにでてるのはいつもヒカルか野明だろ。たまには今日みたいに俺たちにスポットが当たってくれてもいいよなぁ」
「ぼぼ、僕はいいですよぉ。お恥ずかしいです」
「ぼ…僕も…」
テレビ出演に前向きな不満を漏らす遊馬に対し、ヒロミちゃんと進士さんは奥手だ。
レイバー犯罪との闘いは必然的にイングラムが主役になる。また時折、ボクと野明はレイバーの首から顔を出して操縦するからカメラにも映りやすい。
対してレイバーキャリアや指揮車にはカメラが向かない。たまに映る事があっても運転手は車内にいて姿が見られることもない。
「ねぇ、もっと念入りに化粧とかしなくてよかったのかな」
「すっぴんに見えるぐらい軽いのでいいんですよ。クランシーさんも軽く済ませてますから」
野明の質問に香貫花についていた女性スタッフが答える。
「…………なに?」
野明の視線に気づいた香貫花が訝しげにこちらを見てくるが、野明は「なんでもない」と誤魔化すように笑ってみせた。
どうやら違いが判んないらしい……まぁボクにもわかんない。この人、何にもしてなくても綺麗すぎるし。
「では本日は元気にまいりましょー!みなさーん!」
タワーシティの火災事故の際にも顔を合わせた、ちょび髭の男性ディレクターが整列した皆の前に歩み出た。そして両腕を大きく広げた彼に、自然と全員の視線が彼に集まった。
「我々はこれからハンガーの方からぐるーーっとここ、第二小隊オフィスまで回ってきますので、後藤隊長さんは我々が入室したら点呼の方をよろしくお願いします!」
「はい」
身だしなみをキッチリ整えた後藤隊長が、普段から猫背気味に丸めた背筋をシャキンッと伸ばした。おぉ、やればできるじゃん。
「いいですかみなさん。今回のドキュメンタリー、しかも地上波初のはたらくお嬢さん!拡大版!は2時間の枠を設けてあります。撮影したものには、その都度編集が入りますので、いくら失敗しても大丈夫です。緊張せず、肩の力を抜いて臨んでください」
「編集って?」
野明は小さい声でボクに尋ねたが、その囁き声を聞き逃さなかったディレクターがすかさずズバリッと答えた。
「撮影した映像は全てお茶の間に流すわけじゃなくて、失敗したところとか、不必要な映像は省いて、伝えたい情報を時間内に収まるようにする作業を”編集”…というんです!」
「あはは…どうも~」
グイグイ迫るハイテンションなディレクターの強烈なキャラクターに気圧された野明が、脂汗を流してたじろいでいた。
「では、さっそく!……桃ちゃ~~ん」
「はーーい!」
桜山さんを呼び出したディレクターは早速カメラマンを伴い、オフィスの扉を開け放つと外に飛び出していった。その背中を追う様にぞろぞろと広報のスタッフも退出していく。詰所に残されたのは福島課長と我々第二小隊のみ。まるで台風一過だ。
「なんなんだかなぁ」
その光景を眺めていた後藤隊長が、いつものぼやきをかましていた。
♦
午前中の特車二課隊長室。帽子を脱いだ整備班長の榊清太郎はパイプ椅子に腰かけ、つかの間の休息をとる二人の隊長に話を振っていた。話題は本日行われている、SNS全日本テレビの番組撮影についてだった。
「はっはっは聞いたよ。テレビの取材とはごくろうなこったな」
「大変ですよ。今を時めくアイドルお巡りさんの部下を持つのは」
部下から仰せつけられた仕事を何とかこなそうと悪戦苦闘する後藤の姿は、日頃からその悪知恵に巻き込まれている南雲にとって、実に胸のすくものだった。
「振り回す側がいつの間にか振り回されっぱなしね」
「ひどいなぁ……シノブさんは」
後藤はそういって頭を掻くが、声音から特に悪い気はしていないようだった。隊長室では現在、撮影の合間のひとときを利用して隊長たちが休息を取っていた。
もともとテレビクルーは多摩市で起きたタワーシティの火災で、更に名を上げたヒカルやビジュアルのいい香貫花を当てにしてきていたので、白髪混じりで水虫持ちの中年オジサンにそこまでの関心はなかった。
「広報課も彼女に借りがあるから、いまやいいなりね」
夕方から2時間の枠を使って、初の地上波でレイバー隊のPRをするというこの企画。警視庁は当初からこの企画を提案してきたSNS全日本放送に対し、非常に協力的な姿勢を示していた。その中でもとりわけ広報課と警備課の熱意が凄まじい。
なんだかヒカルと立場が入れ替わりつつあるような気がしたが、おもしろがった後藤は口にしなかった。
「そういや昔、テレビ映りがいいってだけで、アメリカ大統領にまでなったやつがいたっけかなぁ」
「政治家と一緒ですか……あいつならやりかねませんね」
「ふふっ。引退後は後藤さん、秘書にでも取り立ててもらったら?」
「俺は部下のカバン持ちですか……」
鞄とスケジュール手帳を両手に抱えて、ヒカルの背後にぴったりと付き添う。
そんな未来を想像したが、あまり歓迎はしたくはない将来設計だった。
三人でそのまま雑談に興じていると、不意に南雲が腕時計へ目を落とした。時間を確認した南雲は静かに荷物をまとめ始めた。
「あれ?南雲さんどっかいくの…?」
「えぇ、ちょっと本庁の方にね」
これから本庁に赴くという割に、表情が明るい南雲に後藤は怪訝な顔を向ける。
第一小隊を差し置いて第二小隊に取材依頼が来たと知った時の不機嫌さが嘘のようだ。南雲はふふんっと鼻を得意げに鳴らして笑った。
「……実は第一小隊に新型を導入する話が来ているのよ」
「ほぉ」
新型レイバーという言葉に榊の声が僅かに上擦る。イングラムに続く最新鋭のレイバーをその手で弄れるからだろう。周りからは整備の神様と煽てられてはいるが、彼は新しい機械に没頭する子供っぽい所がある。
南雲は少し考えるそぶりを見せると、言葉を口にした。
「あなたのとこの子たちのおかげよ」
「……うん?」
心あたりは――あったが。先を促した。
「イングラムが活躍してくれているでしょう。第二小隊にできるなら、第一小隊に新しい機体を配備すれば更なる成果を上げてくれるんじゃないかって。上は考えたのよ」
「あらまぁ」
そりゃ皮算用だろう。後藤はそう思ったが、日進月歩で鎬を削るレイバー業界で現在も97式パイソンで前線に赴く南雲からすれば渡りに船だ。後藤は相槌を打つにとどめた。
「しかも篠原以外にも来てるの」
その話には、さしもの二人も驚いた。
「そりゃまた豪勢だな」
「へぇ、太っ腹じゃない」
「えぇ……第二小隊の活躍でレイバー隊がいいアピールの場になると思ったんでしょう。各メーカーがこぞって我が社の製品をなんて、まさか自分から選べる立場になるなんてね」
特車二課はレイバーやオプション装備をはじめ、部品代や燃料費となにかと物入りで、とにかく金がかかる部署だ。
そのため、本庁出身のエリート警察官が揃う第一小隊は地道に実績を積み重ね、特車二課の更なる予算獲得や新型機の配備を実現すべく腐心してきた。もちろん、その実績には第二小隊の活躍も含まれている。ともあれ、積み重ねてきた苦労がようやく結実しつつあることに、南雲は確かな手応えを覚えていた。
「ついに私も、あの子に頭が上がらなくなっちゃうのかしらね」
「あいつはそんな事はしませんよ」
「わかってるわよ。彼女には私からよろしく言っていたって伝えてちょうだい」
笑顔を浮かべた南雲は鞄を肩に引っ提げ、ご機嫌な様子で本庁へと出かけて行った。
開けた窓からは、日差しに温められた気持ちのいい風が隊長室に流れ込んでいる。
「…悪くないな」
「えぇ…」
二人は静かに笑った
♦
『特車二課では男女に区別はありません。この畳のジャングルに今日も嵐が吹き荒れております!』
桜山レポーターからカメラが横にスライドする。
二課屋上に敷かれた畳の上で、第二小隊が柔道の特訓をしていた。
『この特車二課では日本一有名なお巡りさん、太田ヒカルさん主導の元、乱取り稽古が行われています!』
「おりゃー!」
ぽーい
「どりゃー!」
ぽーい
「よ、よろし――」
ぽーい
「お手柔らかに――」
ぽーい
ぜーぜーと畳に倒れて肩で息をする面々を見下ろす。
「みんな、はじめた頃よりとっても上達したね!すっごい!」
『と、とんでもない光景が繰り広げられています。特車二課ではもっとも小柄なヒカルさんが……ま、まるで小さいライオンかシャチかワニかジャイアントパンダのように暴れています!だ、誰もヒカルさんの捕食を止めることができません!』
捕食って…。
「よろしくおねがいします」
「よろしくおねがいします」
最後は香貫花だ。画面映えする香貫花だけは撮影のための指導が入る。
本人も仕事なので特に何も言わないが、真剣勝負が常の彼女にとって顔つきがどことなく不服そうだ。
「そこでとまってくださーい!」
ちょうどボクが技を仕掛けられた香貫花を下に抱えているところだ。
アシスタントの女性に霧吹きをかけられ、汗を演出される。
かけられた水滴が頬を伝い香貫花に流れ落ちた。香貫花の顔が少し赤い。
「大丈夫、香貫花?」
「えぇ…」
「はいVTRまわったー!」
撮影が再開され、彼女を投げた。
特に怪我もなく一連のシーンが終了し、屋上の練習風景の撮影が終了した。
「はいお疲れ様でしたー!!いやぁグーよ!グー!クール美女なクランシーさんと元気いっぱいなヒカルちゃん。身長差もあって映えるよぉ!ロミオとジュリエット、美女と野獣、ジャイアント馬場とアントニオ猪木!」
「えへへ、ありがとうございます!」
「イエーイ!」とハイテンションで両手の人差し指を突き付ける謎ポーズを決めるプロデューサーさんに、適当におべっかを使っておく。
プロデューサーさんはご機嫌だが、後半は本人ですら何言ってんのかわかってないんじゃないだろうか。思いついたことを、そのまま口にしているだけの人みたいだし。
適当なところで会話を切り上げ、乱れた柔道着の襟を直している香貫花にかけよる。
「緊張したりしなかった?」
「平気よ。カメラを向けられたのは、今回が初めてじゃないもの」
そうなんだ。香貫花は素材がいいから、ニューヨークでもモテたんだろうな。
「二人で何の話?」
ぬっと横から顔を出した桜山さんに声をかけられた。
「ううん。大したことじゃないですよ」
「……そういえば二人は親しそうだけれど、もしかして知り合いかしら?」
香貫花の質問に桜山さんがニコリと笑って頷いた。
「えぇ、ヒカルさんが火災から助けてくれたでしょう。その時にお互いの番号を交換しただけじゃなくて、撮影の約束を取り付けさせていただいたの」
自身も大火災に巻き込まれ、あわや生命を落とす危険な場面で、ちゃっかり警察と渡りをつけていた桜山さんのバイタリティに香貫花の細い目がわずかに見開かれていた。
会話もそこそこに桜山さんは担当ディレクターさんに呼ばれて去っていった。
「あの状況で……大したものね」
彼女のあくなき報道精神に、素直に他人を誉めたりしない香貫花がいたく感心していた。
そのまま二課屋上から広大な東京湾岸線沿いの空き地を二人で見下ろす。
この雰囲気なら言えそうだ。ボクは躊躇いを振り払って言葉を紡いだ。
「……あー。迷惑じゃなかった?……その…テレビの取材」
意を決して尋ねたくせに最後は小さく口ごもってしまった。
もにょもにょと俯いて喋ってしまったボクに香貫花は首を横に振った。
「気にしないでと言ったでしょう。あなたのそうやって人の顔色を窺うところ……悪い癖よ」
「……ごめん」
「すぐ謝るところもね」
香貫花を失望させてしまった。しょんぼりして項垂れるボクの頭を、なぜか香貫花が優しくなでてくれている。
なーんか最近、香貫花がボクの保護者みたいになっている気がする。
「最近、多くないこれ」
「そう…?」
唇を尖らせ不満を口にするが、すっとぼけたように香貫花が笑っている。
とはいえ巻き込んだ手前拒否もできないので、香貫花の気が済むまでされるがままでいた。
「とれてる?」
「はい……」
「いい絵ねぇ」
カメラマンと桜山がカメラの向こうに映る二人を見ていた。
♦
ハンガー2階の手摺からヒカルたち第二小隊は、整備班と彼らにマイクを向ける桜山レポーターと取材スタッフを見下ろしていた。
この日、特車二課レイバー中隊を支える陰の主役。シゲたち整備班の紹介を短いながらも収録することになったのだ。
収録前日に汚れたツナギを洗濯した整備班員たちの顔つきは、誰の目にもわかるほど浮かれていた。作業中そっちのけでお喋りに興じる班員に鬼班長こと榊清太郎や、いつもより200%マシに凛々しさを漂わせるシバシゲオが注意を飛ばす。
油と機械の匂いが立ち込めるハンガーで、シゲが胸につけられたピンマイクをいじっている。
「では、ここ特車二課の日常の勤務についても教えていただけないでしょうか?」
笑顔を浮かべる桜山と取材班に、シゲがカメラに向けて胸を張り、ビシッと敬礼をする。
「はい!我々特車二課整備班がレイバーを常にベストな状態に保つのが最上の使命であることは言うまでもありません!が、これが口で言うほど簡単なことはではありません。なにせレイバーは精密機械です、精密機械は細心の注意を払って扱わなくてはなりませんが、職務の性質上、時には格闘戦やレイバー同士での殴り合いをブチこまきゃならん時もあります!得てして犯罪者っちゅうのは時と場所を選ばず、故に、ここ特車二課に我々の苦労のすべてが詰まってまーーす!少ない人員、超過する勤務時間!いつまであると思うな予備パーツ!少ない予算で大きな成果を求められますが、しかしそうしょっちゅうレイバー犯罪なんておきませんから、ニワトリにエサやったり桟橋でハゼ釣って英気を養っておるわけですな…!あ、これは言わなくていいのかヌハハハッ……カットねカット」
「は…はぁ」
「どうもすみませんね!口下手なもんで!…こんもんでいいっすか?」
先が思いやられるような取材だった。他にも数名の若い整備員にマイクを向ける。
大手テレビ局の撮影ということで、はしゃいでいた若い整備員たちも、いざカメラを向けられるとガチガチに表情が固まっていた。
「お、俺は!日進月歩のレイバー産業の最前線において技量と修練を積むため、特車二課整備班に志願いたしましたァ!」
「僕は榊整備班長やシゲさ…シバ先輩にあこがれて整備の道に…!」
「私は整備を通して己の技量を磨くだけでなく、東京のレイバー犯罪から皆さんをお守りするため全力を尽くす所存であります!」
背筋にこれでもかと力を込めて敬礼する白いツナギ姿の若い整備員たちは、緊張で上ずった声のままインタビューに答えていく。聞いているこちらの背中までむず痒くなるようなコメントの数々に、シゲは眉間をひくつかせた。
シゲは恐る恐る榊の方をチラと盗み見る。だが、鬼番長は特に何の反応も示していない。さすがにテレビカメラの前で雷を落とすつもりはないらしいとわかり、シゲはほっと胸をなでおろした。
次に特車二課第二小隊のオフィスに場面が移り、仕事中の彼らの姿にカメラのレンズが向かう。
待機時間中は新聞や雑誌を読んだりで暇をつぶしている彼らも、今回ばかりは溜まっていた報告書や日報にペンを走らせ、一端の警察官を取り繕っている。
「お仕事中、失礼いたしま~す」
マイクを向けられた野明がペンを止めて膝を向ける。桜山は一言挨拶して、野明の志望動機について尋ねた。
なぜ男性社会である警察でその上、レイバー隊員という危険な仕事についたのか。野明は膝に置いた手を弄りつつ、そわそわしながら答えた。
「わ、私はその~…レイバーなんですけど。レイバーが子供のころから大好きで、でもそれが悪い事に使われているのを知って嫌だなぁって思って。志願したんです。で、こう念願かなってレイバー隊員になれて最新鋭のレイバーまで任されて、最初は慣れない職場で戸惑うことも多かったんですけど……でも、傍には頼りになる先輩もいて、こんなにうまくいくなんて思ってなくて。警察官の勉強をしている途中で隊長からスカウトされたんですけど、昔の私を見たらきっと驚いちゃいますよね。あはははは」
レンズをみたり、桜山をみたり、マイクをみたりと、とにかく視線が定まらず頻りに指先をいじっている。気分が上がっていて、落ち着きがないのだ。せっかく寝かしつけた髪を弄り、寝ぐせの様なくせっ毛をぴょんと跳ねさせた。
こんなものかと、今度は隣のデスクで日報にペンを走らせている篠原巡査にマイクを向ける。
「あ、はい。入隊の動機ですか…。無論、混迷する近未来都市、東京の治安と正義、国民の財産を守るためであります!」
野明が異なる星からやってきた宇宙人でも目撃してしまった様な目を向けているが、当の遊馬は無視している。他にも順を追ってマイクを向けていく。
「進士巡査はサラリーマンから転向したとお聞きしましたが、大変ではありませんでしたか?」
「アハハ、そうですね……ですが。自分で選んだ仕事ですから、大変とか苦労とか、そういう思いはありませんでした。職場の同僚にも恵まれましたし」
「山崎巡査のご実家は沖縄の漁師さんだとか」
「は、はい!!父が漁師で、ぼくも父の様な立派な漁師になりたかったんです。けど。船には滅法弱くて残念ながら漁師にはなれなくて……そ、それで一念発起して、上京して警察官になるための勉強を始めました。こ、こんな気の弱い僕でも人の役に立ちたいと思いまして」
「とっても立派な志だと思います!」
緊張してガチガチに固まっている山崎巡査。彼の巨体が桜山の高い声に怯えてビクリと震えた。最後に香貫花へとマイクを向けた。
「クランシー巡査部長はもとはニューヨークのお巡りさんとお聞きしました」
「えぇ。来るべきニューヨーク市警所属のレイバー隊創設のため、最新の日本のレイバー隊のノウハウを学ぶべく研修に来ました」
「ニューヨークに!?それは凄いですね!もうその予定があるんですかっ」
香貫花の話に興味の首がもたげた桜山が、グイッとマイクを傾け前のめりに迫る。香貫花は桜山の異様な迫力に呑まれ僅かに椅子を引いた。
「え、えぇ」
「レイバー隊という事は、勿論クランシー巡査部長はそこへ配属されるんですよね!?それはいつごろに!?いったいどんなレイバーを使われてッ?」
香貫花から更なる発言を引きずり出そうと桜山がマイクを向けたままグイグイ詰め寄る。
香貫花は口を閉ざした。創設予定のNYレイバー隊は部外秘の情報も多く含まれており、ここで不用意な発言をするわけにはいかなかった。どうしたらいいのか香貫花が困り果てていると、助け舟とばかりに第二小隊オフィスの扉が開かれた。入室してきたのは古めかしい岡持ちを持った白い割烹着を着た中年男性だ。威勢のいい太い声が室内に響く。
「はい、こちら上海亭!ご注文の品です!」
「おお!きたきた!」
「レバニラ炒めセットに、天津丼に、五目炒飯とタンメン、チャーシューメンとライスねー!まいどどうもー!」
「天津丼だれー?」
「あ、それオレ」
「レバニラ炒め僕です」
――――桜山はマイクのスイッチを切り、カメラマンはテープを止めた。
♦
今回の取材は特車二課の勤務形態を収録し、あとでナレーションをつけてテレビで放映するドキュメンタリー方式だ。しかも今回は初の地上波放送で、放送枠は最も視聴率が高いとされる特別な時間帯だ。
そこで白羽の矢が立ったのが、今まさに世間を騒がせている話題性抜群のハイテク前衛部隊『レイバー隊』だった。更に、先のタワーシティで一躍有名人となった桜山桃子の強烈な後押しもあり、今回の企画が実現へと至ったのである。
――――それはそれとして、噂のハイテク部隊だし外観は潰れかけの工場でも、中には近未来的なテクノロジーとかあって、それが何に使うのかわからないネオンの様にギラギラと光る謎の装置とかあって、全体的に内装がメタルシルバーカラーの首領の部屋とかあったらいいなーとふんわりとした仄かな妄想を抱いてやってきた桜山だったが、想像していた以上に所帯じみた生活を送る彼らの実態を目の当たりにし打ちひしがれていた。
テラスの様な回廊の手すりに桜山はぐったりとよりかかった。辺鄙な場所で暮らす彼らの妙に個性的なキャラクターに触れて疲れてしまったのだ。
項垂れていると横から、スッと湯気の立つ紙コップを差し出された。微かなインスタントコーヒーの香りに意識を向ける。
「ハイテク部隊といってもレイバーの修理維持だけでも相当なコストがかかりますから、そこはしょうがないかと。人に割くお金がないんです」
「そうなんだけど…そうなんだけどぉお…」
こみ上げてくる桜山の怨嗟の様な言葉にヒカルは口を噤んだ。
レイバーは元より重機が発展したようなロボットなだけあって、そんなボコスカ破損したり修理が頻繁に必要になることはない。
そうなってしまうのは都内で続発する凶悪なレイバー犯罪を迅速に解決する目的で設立されたレイバー隊の悲しき宿命でもある。
目の前に横たわる非情な現実には、いくら腕利きレイバー乗りでも勝てないのだ。
「コホン。でも面白い所ですよ、ここ。見どころもとっても多いですし」
「そうかしら」
今のところ変わったところと言えば、最新鋭のレイバー『イングラム』ぐらいで特に絵的に迫力のあるものや刺激のある材料は少なかった。とはいえ世間の想像とかけ離れた実態というのもそれはそれで需要があるのは確かだった。
警察官の仕事ぶりを撮影するのが目的なんですから、そんなに刺激ばかり求められても困ります……と、ヒカルは心の中で思いながら手すりから階下を見下ろした。
撮影に協力してくれた整備員たちも今は作業の手を止め、上海亭の出前の昼食をひたすら胃袋にかきこんでいた。
「ヒカルちゃーん!チャーシューメン、のびちゃうよーっ!」
「はーい!」
そういえばボクもご飯あったんだ。
項垂れている桃子を放って駆け出していくヒカルをスタッフたちは名残惜し気に見送った。
後に残されたのは失意で項垂れる桜山と取材班が数名のみ。
「どうするの桃ちゃん?」
「……決まってんでしょ」
偶然とはいえ、いま世間から注目されている少女と職場の独占取材だ。桜山は奮起して立ち上がった。
彼女の中にあるジャーナリズムが今一度、炎となって燃え上がった。渡されたコーヒーを一気飲みする。舌が火傷した。
「あちちッ……さ、仕事するわよー!」
気を取り直し、今度は特車二課の食事風景を一通り撮影していった。
最寄りの中華屋の出前を整備員を含めた男性陣が勢いよくガツガツと頬張っている。
「特車二課に食堂はありますが、使うのは朝夕だけで昼は出前とったりお弁当を持ち込んだりして、各自自分で用意するんですよ」
見れば大柄な男性署員の山崎巡査が、手作りと思われる助六寿司を美味しそうに頬張っている。
きっと恋人や家族に作ってもらったのだろうとスタッフは想像し、山崎巡査を羨ましがった。
ヒカルの方はというと大盛りのチャーシューメンをずるずると勢いよく啜り、時折お菓子を摘まむように、これまた大盛りの白飯を胃袋にかき込んでいる。見た目、女子中学生ぐらいの小さい体のどこに大量の飯が詰め込まれていくのか。人体の神秘である。
野明や香貫花ら女性陣も、それぞれ注文した出前を食している。身体を張る仕事をしているだけあって同年代の女性に比べて健啖だが常識の範囲内だ。どうやらヒカルだけが大食漢らしい。それらの風景を順にカメラに収めていく。
一行が取材して分かったことだが、特車二課は変則的な勤務体制を取っていた。
特車二課は部隊を第一小隊、第二小隊の二つにわけており、一週間交代でそれぞれ通常勤務、夜勤を含めた遅番勤務を交代で務める。基本は定時に帰っていくが出動があったり、持ち回りの夜勤があると分署内に泊まり込みもする。
ただ隊長だけはその例に限らず、毎日8時から17時を勤務とし、以後は自宅待機とされている。何度かの試行錯誤のうちにこの変則的なサイクルが定着したという。普通の交番や市役所と同じ勤務体制を取ろうにも人員不足という切実な事情に阻まれ、警視庁パトレイバー隊が導入したばかりの実験部隊の様相が色濃く出ていた。
「夏場の食中毒の危険性や、衛生の観点からもシャワールームや、社食の食堂を導入すべきではないかと部隊からよく陳情があがっているんです。こうした改善すべき点をドンドン洗い出せば、将来生まれるであろうレイバー隊にも生かされていくんですね」
「特車二課の方では実施の予定があるんですか、福島課長さん?」
「……我々の方でも検討中です」
メディアに水を向けられた手前、福島ははっきりとは答えづらそうにしていた。
体面を重んじる官僚主義的なとこがあるけれど、たまには現場で働く部下のためのお仕事もして頂かないとね、とヒカルは唇を真一文字に引き締める福島を見て思った。