愛と勇気と正義にかけて、市民をお守りいたします!   作:イングラマン

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第十五話 はたらくお嬢さん!その2

 マイクを握る桜山さんの隣には解説役の遊馬が立っている。これから行われる催しについて、前置きを兼ねてカメラの前でわかりやすく説明する為だ。

 

「レイバー戦の基本は格闘戦です、なので我々特車二課は格闘戦の訓練を実施することで経験と直感を養い、いついかなる時も不測の事態に対応できるようにしています」

 

「というわけで今回、警視庁全面協力の下!と!く!べ!つ!に!第二小隊のイングラムによる格闘訓練を初!公開!していただきました!」

 

 カメラが二人の背後に立つボクたちのイングラムにぐいーんと移動する。

 現在、イングラムと撮影スタッフは埋立地の空き地に場所を移していた。画面映えを狙って奥にレイバーキャリアまで設置され、実戦さながらの様相だ。

 空き地には撮影スタッフの他に特車二課の面々も集まっている。福島課長、広報課長、そしてプロデューサーの三名は少し離れた場所で番組の打ち合わせ中だ。そんな騒がしい中、拡声器を構えた香貫花が指示を飛ばした。

 

「太田巡査部長!わかってますねー!」

 

「了解でーす!」

 

 イングラム2号機の首元から、顔を出して小さく敬礼する。

 

「泉巡査ー!」

 

「はーい!」

 

 アルフォンスの首元から野明が元気よく返事をする。お互いの準備が整ったので撮影を再開する。

 

「お互いに、礼!」

 

 普段のように、ろくな打ち合わせもなくドッタンバッタン始まる訓練とは勝手が違う。今回は歴とした模擬戦形式なので、まずはお互いに軽い挨拶から入る。どちらともなく前進し、距離を測るように間合いを詰める。

 イングラムのレバーを浅く倒す。肩で軽くフェイントを入れつつすり足と共にジャブを入れる。1号機がダッキングしながらブロックし、ボディフック。肘で抑え足を差し込み流れのまま投げの体勢に入る。それを嫌がった1号機にいなされ、タックルで間合いを広げられる。

 

 起き上がりに重ねたフック バックスウェー ストレート ブロック 関節 いなし 投げ 抜ける 蹴り

 

 致命の一撃を避けた派手さ重視の組み手。野明とは事前に打ち合わせていた手順で進められるパフォーマンス目的の模擬戦。地上で見守る撮影スタッフの目にはどう映っているのかわからないけれど、ボクらはあらかじめ決められていた通りのプログラムを消化していく。

 殴りと蹴りと体当たり、こちらの引手にあわせ体勢を深くして潜り込もうとする野明機をいなす。淡々とこなしながら1号機の動作を観察する。7月の頃から訓練を積み重ねてきたが、特にここ一ヵ月は格闘への躊躇が吹っ切れたのかレイバー戦の上達ぶりが目覚ましい。重心移動にも無駄が殆どなくなり、奥多摩の研修時代に比べれば動作に淀みがなく格段に洗練されていた。

 一通り、実戦形式っぽい組手が終了する。締め括りはイングラムで互いに礼を交わし、場を締めた。その瞬間、張り詰めていた空気が解け、あちこちから”ほぉ~~っ”と熱っぽい溜め息が漏れた。

 

「す、すごいです!レイバーが、まるでプロの格闘家のように動いています!」

 

「イングラムはその可動域の広さと軽量ながら抜群の運動性能を誇ります、人間にできる体術はほぼすべて再現可能といっていいでしょう」

 

「そうなんですか!すごいですね~~!でもあんなに大きく動いてイングラムが壊れたり、コケたりしないんですか―――」

 

「それは篠原重工が設計した足回りに秘密がありまして―――」

 

 桜山さんの感想と質問に遊馬が終始笑顔でひとつひとつ答えていく。

 模擬戦の撮影は滞りなく終了し、イングラムをキャリアに戻して地上に降りた。すると、グラウンドの隅っこで遊馬がぐったりと項垂れていた。

 ついさっきまで、あれほどハキハキ受け答えしていたというのに……声をかけると、テンションがガタ落ちしたやる気のない顔がのろりと此方に向けられた。

 

「調子に乗って、親父の仕事に協力しちまった……」

 

「まぁた遊馬の親父アレルギーがはじまっちゃったよ」

 

「そんなに嫌いなんだ……」

 

 うん……と隣にいる野明に肩を竦めて同意する。

 自己紹介の際に、警官になったのは親父に嵌められたせいだと嘆いていたが、第二小隊が正式稼働した今もその認識は変わっていないらしい………しかし協力ってまた大袈裟な、ただイングラムを解説しただけじゃない。

 

「そんなことばかり言ってたら、お父さんが可哀そうなんじゃないの」

 

「お前には関係ない」

 

「……なッ!」

 

 野明がムッと唇を尖らせた。だが遊馬はそれに気づくだけの余裕がないのか素気がなく、野明の表情の変化を見落としたまま、刺々しい口調を崩そうともしなかった。これでは野明が腹を立てるのも無理はない。

 

「なんだよ……それ!私はただ心配して」

 

「……大きなお世話だ」

 

「……っ」

 

「野明、喧嘩はダメ」

 

 遊馬の不遜な態度に、堪忍袋の緒が切れかかっている野明を抑える。

 遊馬は自分が配慮に欠けた言葉を考え無しに投げかけてしまった事実に気づく余力もなく、見るからに元気がない。こちらを半目で一瞥すると、トボトボと一人でハンガーへ向かって歩き出してしまった。

 ボクらはその遠ざかる遊馬の寂しげな背中をただ見送る。相棒から余計なお世話だと冷たくあしらわれ、怒りと悲しみで綯い交ぜとなった表情を浮かべる野明の背に、そっと手を当てた。

 

「遊馬と遊馬のお父さん……ここに来るまでにいろいろあったみたいで……あんまり折り合いがよくないみたいなんだ」

 

「そう……なんだ」

 

「たった一代でレイバー産業の大手にのし上がったんだ。息子の遊馬にも話せない事とか、きっとあったんだと思うよ……そんで遊馬もあぁ見えて、変に潔癖なところがあるから」

 

 野明はお父さんの晩酌に付き合うほどの仲良しだから、遊馬の苛立ちに共感できないようだ。

 でもそれはボクだって同じだ。父はボクが出演した番組やグラビアを見てはうるさく説教するくせに、写真や映像はしっかり親戚中に見せびらかしている。そんな面倒くさい父の事をボクもまた鬱陶しがってはいても、嫌ってはいない。

 だが遊馬は違う。父親や篠原重工と自分は無関係だと言い張り、その親子関係は冷え切っている。にもかかわらず、実家が話題に出ると感情の制御が利かなくなり、ひどくナイーブになるキライがある。

 そういう訳で父親と冷戦中の遊馬のことは、自分から話してくれるまでそってしておくしかない。が……まぁそれはそれとして!!!!

 

「……でも関係ないよ!野明みたいな可愛い子にあんなひどいこと言う遊馬が悪い!ムカついたらお尻でも蹴っ飛ばしちゃえば!?」

 

「ひ、ヒカルちゃん……さっきと言っていた事が違うよ」

 

 頬をピクリと引きつらせる野明。ボクの私情塗れのダブスタっぷりに若干ドン引きでいたが、その分ちょっとは気が紛れたらしい。ぷっと小さく吹き出した。

 

「それより野明、前より動きに無駄がなくなって速度が上がってたね。アルフォンスがとっても早く感じられたよ」

 

「ほんとー!?ヒカルちゃんにそう言ってもらえると嬉しいなぁ」

 

 ボクの誉め言葉に感激した野明がふにゃりと表情を柔らかくして笑った。

 ボクはお父さんとはわかってもらえるまで何度もぶつかってきた。なんだったら実力行使だってしてやった。

 ボクはそれでいいと思っているし、遊馬ともそのやり方でうまくやれている。

 遊馬は腫物としてそっと扱われるより、言いたいことをきちんと言わせてあげた方がうまくいく。それをボクは経験上知っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 野明と遊馬の間に微妙な空気が漂いつつも、撮影は続けられた。

 早朝深夜に寝起きドッキリまで協力させられるし……おかげで寝起きの香貫花が反射的に銃を抜いちゃったもんだから大事になりかけた。

 ボクと香貫花、それに進士さんが割烹着を着て、みんなの朝食を用意する。夜勤明けで少し遅れて起きてきた野明たち1号機組とも合流し、そのまま食事をとった。食後には通常勤務の風景を撮影してもらう。とはいえ待機時間の多い特車二課だ。書類仕事はインパクトに欠けるが、公務員の実態を映像として記録し広く知ってもらう目的もある。

 せっかくなので準待機中の第一小隊にも取材に応じてもらうことになり、翌日だけ招集された。自他共に厳しい南雲隊長の綱紀粛清によって、高いモラルを誇る第一小隊はテレビ取材を前にしても浮つく気配すらない。五味丘巡査部長をはじめ、隊員たちは毅然とした態度で桜山さんの質問に答えていた。アドリブで挑み、あえなく悲惨なコメントと化したボクたちとは違う。

 

「鶏小屋や菜園まで持っているのね」

 

「ここ、スーパーも何もない立地ですから。開発が進めば変わるでしょうけど」

 

「じゃあ普段はどうしているの、コンビニとか?」

 

「最寄りのコンビニまで車で往復しておよそ45分。けれどどれも量の割に高くつく上に栄養も偏ります。それに連日コンビニ弁当では士気に影響します。出前をしてくれる店が中華料理屋の上海亭一軒のみで、夕方以降は受け付けてくれません。野犬が出没するので。様々な要素を検討した結果、最終的に自分たちでやりくりするしかないって結論に至ったんです」

 

 撮影終了後の空き時間。ボクは桜山さんに特車二課を案内していた。

 桜山さんの顔が引きつっている。平成、それも東京都内にいながら自給自足の営みを送るボクらにドン引きしているのだ。

 できればここ特車二課の致命的な食糧事情を撮影して、世間の皆様を通して警視庁に訴えてほしいけど……難しいだろう。見てて面白くはあるだろうけど番組の趣旨と異なる。

 

「さすがに……これは流せないわねぇ」

 

「はい……」

 

 鶏小屋独特の饐えた臭いに、桜山さんは眉を顰め鼻を手で覆っている。

 菜園や鶏小屋のある裏庭をでると時刻は既に夕暮れ。東京湾に突き出た堤防で非番の整備員が、湾に糸を垂らしてハゼをつっていた。現職公務員のあられもない姿を目の当たりにして、強いショックを受けた桜山さんがボクの後をついてくる。

 

「魚は貴重な動物性タンパク源です」

 

「法にふれたりするんじゃ…」

 

「事情を説明し営利目的ではないということで各方面には大目に見てもらっています。20羽の鶏だけでは十分なタンパク質を補えませんし、なにより魚は豊富な鉄分も有しています。鉄分の摂取はケガや病気の予防、疲労緩和に繋がります」

 

 桜山さんが特車二課の現状にうちひしがれている。

 私生活の殆どを特車二課で過ごすボクたちが、安定した食生活すらままならない日々を送っている事に強い衝撃を受けていた。

 ほんのちょっとしたアクシデントひとつで、補給が途絶える組織としての脆弱さ。これもまた、特車二課が設立間もない実験部隊であることを如実に物語っていた。

 

「あなた女の子なのに…」

 

「女も男もここでは関係ありません」

 

「……強いのね」

 

「ボクはなにも……二課のみんなが力を貸してくれているからこそ、警察官としての職務を遂行できています」

 

 な、なんか桜山さんの瞳がキラキラ輝いている。危険な光だ。

 

「……ま、まぁ続き行きましょー!」

 

 ボクは気を取り直そうと拳を振り上げた。

 とはいえ、とれだけ特殊な環境下に置かれていようと、特車二課だって歴とした警察組織だ。

 桜山さんの興味を引けそうな場所はそう多くないし、あっても部外者立ち入り禁止の区域も少なくない。そんな風に特車二課の案内を続けていた時、管内からの通報が入った。

 

『第七管区より通報、川崎コンビナートに正体不明のレイバーが出現!第二小隊出動せよ!第二小隊出動せよ!繰り返す―――』

 

「いかなきゃ……!失礼します!」

 

「あ、ちょっと!!」

 

 呼び止めようとする桜山さんを置いてハンガーに向かって駆け出した。

 

「リボルバーカノンの装填完了しました!」

 

「予備の電池、急げよー!!」

 

「キャリアだせーーっ!1号機と2号機の搭載進めろー!だらだらしてるやつぁ海に叩きこむぞー!!」

 

 ハンガーでは既に榊さんの怒号のもと、第二小隊の出撃準備が整いつつあった。

 鋭い檄に急かされ、整備員が四方へ慌ただしく行き交う。その合間をくぐり抜け、ハンガーにて最終チェックを受けていた2号機に搭乗した。2号機をトレーラーキャリアの荷台へと移し、コンテナに固定させる。

 出動準備を終えた第二小隊はサイレンを鳴らして現場へ急行した。隣でトレーラーを運転する進士さん―――最近臨時ボーナスやテレビ取材のおかげで家庭内の雰囲気がいいらしい―――に、今回の緊急出動の理由を尋ねた。

 

「正体不明のレイバーって?」

 

「…さぁ」

 

 進士さんから不明瞭な答えが返ってきた。無線機を掴み、ミニパトで先頭を行く隊長に尋ねる。

 

『俺も詳しいことはわからんのよ』

 

 どうやら現地の警官との連絡がうまく取れていないようだ。

 やがて事件現場となっている川崎コンビナートに到着した。入り口付近で待機する機動隊のその先、石油タンクの間を縫うように一機の見知らぬ人型レイバーが堂々と歩いていた。

 装甲が丸く無骨な灰色のレイバーだ。大きく楕円を描いた胴体と丸みを帯びた頭部。まるで中世の騎士甲冑を思わせるデザインだ。しかも頭身はイングラム並みに高い。

 篠原製イングラム以外で重心が高く、歩行可能なオートバランスを持つレイバーとなるとボクは他に知らない。菱井のヘラクレス21や篠原のボクサーぐらいか?

 

「……タイプ7だ」

 

 双眼鏡を覗き込んでいた遊馬がぼそりと、コンビナートを練り歩き、タンクをペタペタ触れている謎のレイバーの名前を口にした。

 

「篠原知っとんの?」

 

「西ドイツ製の軍用レイバーですよ!なんであんなものがここに!」

 

 ベルリンの壁が崩壊しなかったドイツは、1998年の今なお東西に分断されたままだ。

 この影響によりソ連も崩壊を免れ東ドイツを占領下に置き続けている。

 一方、その対抗陣営である西ドイツが開発した軍用レイバー。なんでそんなゴツイのが日本のコンビナート地帯にいるんだ。

 顔を青ざめて叫ぶ遊馬を前に、隊長は困ったように首を傾けた。

 

「……厄介だなぁ」

 

「隊長、如何いたしますか?」

 

 香貫花の問いに隊長は少し悩むと、俯いた顔を上げてボクらに向き直った。

 

「とはいえ放っておくわけにもいかんでしょ。後ろにある石油タンクを破壊されたら厄介だ。おびき出せ」

 

「「了解!」」

 

 即興の作戦が決まった。各自持ち場に向かう。ただちに1号機と2号機をデッキアップ。

 破壊活動をするでもなく不審な動きを繰り返す、所属不明レイバーの前で待ち構える。

 

『あーあー。そこの不審なレイバーに告げる。搭乗員はエンジンを停止し、ただちに降りてきなさーい』

 

 市民のお手本となるべきお巡りさんは不意打ちなんて上等な戦術はとれない。

 きちんと手順に則り、後藤隊長が拡声器を使ってタイプ7のパイロットに投降を促す。

 

『あなたは包囲されています。無駄な抵抗はやめて、大人しく降りた方が罪も軽くなるかも知れないよーー?」

 

 ―――タイプ7の丸い頭がこちらを向いた。一歩、こちらに向かってくる。

 

『太田、泉』

 

 前に出る。戦いの空気を察知し、様子を見ていた機動隊がさらに、レイバーキャリアのあるところまで下がった。

 

『ヒカル、ここからでは銃は使えないわ。格闘で仕留めなさい!』

 

「了解!」

 

『野明!やつは軍用レイバーだ、イングラムのパワーでまともに組み合っちゃ勝てないぞ!』

 

「わ、わかった!」

 

 迎え撃とうとボクが先行して駆け出すと同時にタイプ7も走り出してきた。身体を丸めた体勢からの体当たり。タックルを躱すのと同時に、震脚で大きく踵を鳴らし横から体をぶち当てる。

 捌きと体当てが一体となった攻撃にタイプ7の巨体が宙を飛ぶように大きく転倒し、お互いの立ち位置が入れ替わる……なんだろう、軍用レイバーの肩書に恥じぬマッシブな見た目に反し、敵の動きがぎこちない。

 

『そこからなら撃てるわ。ヒカル』

 

 右脹脛に内蔵されたリボルバーカノンを引き抜き、銃を構える。瞬間、タイプ7は分厚い装甲を纏う両腕を交差して肩と肘を隠してしまった。これでは関節駆動部を狙撃できない。ボクは明確な違和感を覚えた。

 

『チッ』

 

 無線機越しに香貫花の舌打ちが聞こえる。

 ボクが判断に迷っていると横から1号機が飛び出した。

 

「野明!危険だ!」

 

 ボクの制止を無視して倒れたタイプ7にトドメを刺そうと、1号機は電磁警棒を構えて突撃した。しかしタイプ7は大きく吹き飛んだにも関わらず復帰が速い。

 不意を打たれ動きの止まった1号機をタイプ7が殴った。

 

「キャアッ!」

 

『野明ァ!』

 

 野明の悲鳴が上がり、遊馬が無線機越しに叫ぶ。

 大きく転倒した1号機にタイプ7が馬乗りになり追撃しようとする。ボクは制止させようともう一度銃を構えた―――すると、何故か奴は1号機への追撃を中断してボクに向き直った。相変わらず関節を守るように両腕を交差して構えている。違和感は確信に変わった。銃を下ろし、ガンホルダーにマウントする。タイプ7が向かってきた。

 

「ふぅ……」

 

 深く呼吸する。頭の中が冷えていき、意識がクリアーになる。

 

『くるわよ…』

 

「うん」

 

 香貫花もボクがこれから何をしようとするのか察したみたいだ。何も言わない。

 奴がとびかかってきた。フック気味の右ストレートをダッキングで躱し肩でブロック。パトランプが割れる。止まった右脚膝関節、蹴り抜く。反撃の左のロングスイングを躱す。その隙に膝で腹をけり込み、九の字に曲がるタイプ7。

 起き上がりに右のフックを打たれ、咄嗟にシールドで防御。地響きの様な深い打撃音がコクピットにまで伝わり、ボクの肌をビリビリと震わせる。惜しげもなく振るわれる剛腕を何度も躱し、ジリジリと後退する。

 威力からしてイングラムと一階級――もしくは二階級ぐらいウェイトに差がありそうだ。こんな奴のパンチ、ガード越しとはいえ何度も打たれるわけにはいかない。

 

『大丈夫?』

 

「なんとか!……それに、段々大ぶりになってきた」

 

 珍しく心配げな香貫花に返答し、余力をアピール。

 

『ヒカル!!前!』

 

 香貫花の焦り混じりの声に反応する。

 イングラムのガードを外そうと掴みかかるタイプ7に踏み込んでタックルを入れる。結果、双方が相打ちとなり、弾かれたように間合いが開く。

 あんな怪力自慢に捕まれたらひとたまりもない。イングラムの装甲をぐちゃぐちゃにされちゃうし、反撃を考えれば迂闊に打撃もできない……そうだ!入れっぱなしの無線機に声を飛ばす。

 

「遊馬!」

 

『野明!起きろ!起きて太田機を援護しろ!おい野明!……おっ!?……おぉ…どうしたんだ急に?』

 

 野明に気をやって間の抜けた声を出した遊馬を叱りつけたいが、それよりも先に問い質すべきことがある。

 

「タイプ7の重量っていくつ!?」

 

『あ、あぁ……えっと、うろ覚えだが確か、本体重量で8トンかそれぐらいだったはず……ヒカルお前、なにするつもりだ?』

 

 不意の質問に遊馬が戸惑い気味にだが答えてくれた。

 イングラムの本体重量が6.02t。重量差はおおよそ2トン。

 

「いける……かも。クラブマンの時は膝をやっちゃったけど。今度こそ!」

 

 ガードに傾斜をつけ避弾経始でダメージを減らし続けてきたが、やがてしびれを切らして大きく振りかぶるタイプ7。

 チャンスだ。大振りの右ストレートをひっかけ、お互いの位置を入れ替える。そして無警戒に振り返るタイプ7の横っ面に左フックのカウンターを差し込む。バキンと嫌な音が聞こえた。

 

「「「おぉ!!」」」

 

 どよめく歓声を聴きつつ、赤く点滅するモニターのダメージ表示をちらりと一瞥。

 どうやらタイプ7の横面を殴った際に、左のマニュピレーターのジョイントを破損させてしまったようだ。悔しさに唇を噛む。

 

「こいつ……硬いッ!」

 

『そいつは強化スチールの複合金属だ!FRP装甲のイングラムで殴ったらひとたまりもないぞ!』

 

 FRPとはガラス繊維やプラスチックなどの非金属の有機化合物の事で、自動車や航空機のボディに用いられている素材だ。軽くて丈夫で長持ち、そこへ更に炭素繊維を交ぜて強度を増したのがイングラムのFRP装甲。

 対して向こうはスチール―――つまり鋼と様々な素材を交ぜ合わせて、更に強度を高めた複合金属。そりゃ硬いに決まってる。

 

「それ先に言えよ!……ったく!」

 

 情報を小出しにした遊馬に悪態をつくが予定に変更はない。

 大きくよろめいたタイプ7が懐に飛び込もうとするボクの2号機を右のスイングパンチで迎撃してくるが、直撃寸前にダッキングで躱す。

 起き上がり様に、胴体に引っ込んでいるタイプ7の顎に貫手を差し込む。右手を首のジョイントに引っ掛け、股下に左腕を通しタイプ7を担ぎ上げる。お、重い。

 

『お、おい。あそこからなにをするつもりだ、ヒカルのやつ』

 

 ジタバタともがくタイプ7をなんとか両肩に担ぎ上げる。

 けどこいつ、拘束を振り払おうと全身を動かして落ち着きがない。おかげでコクピットはガンガン揺らされるし、大事な2号機は壊されるし、ボクの堪忍袋の緒も切れかかりつつあった。

 

「暴れるな!暴れるなこいつ!………あぁもう!被疑者だからと優しくしてあげればつけあがりやがってーー!だりゃぁあああッッ!!」

 

 チクショー!こうなったらやけクソだ!レバーを傾け、両ペダルを踏み込む。

 ボクは暴れるソイツごとイングラムを巻き込んで地面に叩き落としてやった。

 ドガンッと深い地響きがコンビナート一帯に大きく鳴り響く。頭から落ちる重量級レイバーと衝突したアスファルトがぐちゃりと砕けて道路が陥没し、固唾をのんで見守っていた機動隊からワッと悲鳴が上がった。

 

「で、デスバレーボムだぁ!」

 

「もう無茶苦茶だぁ!」

 

「レイバーでやることじゃねぇよぉ!」

 

 プロレスオタクの誰かが震える声で叫んだ。

 だが見た目のダメージは派手だが、トドメにはなっていない。中身がシェイクされ搭乗者は満身創痍だろうが機能は停止していない。

 しかもこいつ、頭からアスファルトに叩き落とされたというのに未だ健在だ。硬すぎる。

 

「もう優しくなんてしてやらないからなぁ!!」

 

『落ち着きなさいヒカル!』

 

「十分、落ち着いてるってばぁ!!」

 

 地面に陥没したソイツを引っ張り上げ、二の腕に両足を絡めて伸ばし肘破壊を試みる。しかしタイプ7の復帰が異様に速い。

 腕拉ぎ逆十字の拘束が解かれ、無理やり起き上がろうとするタイプ7に今度は首に両足をかけ、三角締めを試みる。首を絞め上げつつ伸ばした右手首を逆方向にねじると、バキンと機械が割れる音がした。まずい!?勢いをつけすぎてタイプ7の手首がすっぽ抜けた。もげてチューブやら部品がまろび出た右手を投げ捨てる。

 腕だけで殴りかかろうとするタイプ7の攻撃を頭をずらす事で躱すが、頭部センサーが大きく砕かれた。息つく暇もなく首に抱き着いて間合いを殺す。軍用レイバーと殴り合いなんてしたら軽量級のイングラムで負けるのは必定。X-10で学習済みだ。徹底的に超接近戦による組み打ちに持ち込む。

 

『……重量を聞いたのはこのためか。あいつ、また無茶しやがって』

 

『けど、あんなにくっついて大丈夫なんでしょうか、かなり危険な距離ですよ。もしものことがあったら……ッ』

 

『あれだけべったりと組み付かれたら打撃は意味をなさないわ。軍用レイバーでさえ、持ち前のパワーも半減以下よ。パワーとタフネスに勝る相手に技術で勝負できる寝技はうってつけかもしれないわね……けど』

 

『イングラムのダメージもバカになりませんね……』

 

『致命傷は避けているわ』

 

『機動隊のイズブチです!後藤警部補!タンクには当たっていませんが、地面は陥没するし、フェンスは破壊され、周辺の被害がバカになりません!あ、今、エルボーを入れました。今度はドロップキック……巡査部長殿を何とかしてくださいよ!』

 

『キレたあの娘を止めろっていうの?……俺やだよ』

 

 間合いを再度詰めた際に殴られるが大したダメージじゃない。返す刀で肘打ちを叩きこむ。

 殴りぬいた勢いで巻き込むように横転し、回転締めから首の上に右腕を回しフロントチョークでブロッケンの上体を締めつける。

 もがくブロッケンを抵抗できないよう、より強く締めあげ、腰の後ろに両足を回す。

 コンビナート地帯にギリギリと機械の軋む音と金属同士が擦りあう不協和音が響く。その一部始終をこの場にいる全員が固唾をのんで見守っている。

 相手の後頭部を脇の下に抑え込み、両足で腰を蟹の様に挟んで全体重をかける。

 全体重量6,62tの重りがガッチリとタイプ7の頸椎部から腰椎基盤に圧し掛かり、上体を拘束する事に成功した。

 

『カウント、取ってさしあげましょうか?』

 

「いらないよ、そんなの」

 

 香貫花の軽口に答える。完全に頸椎が極まった。相手は必死にもがいているが自力での脱出は不可能だ。

 戦いは終わった―――が、誰も反応しない。少しして、おもむろに隊長が喋った。

 

『…………キレるとおっそろしいことするなぁ、太田』

 

『勝っ……ちゃいましたね』

 

『軍事兵器をノシちまったよ。あいつ……』

 

 あ、うん。

 後藤隊長たちのぼやきにも似た感想を耳にし、香貫花を除く面々もようやく我に返った。

 関節を破壊され、ギロチンチョークで拘束されたタイプ7。とはいえシステムそのものはまだ生きている。機体の稼働状態を完全に停止させない限り、危険すぎて拘束を外せない。

 

『バッテリーの問題もあります。隊長、ただちに機動隊を突入させてください!』

 

『篠原、動作の停止を確認せんことには許可は出せんよ。でなければ、あまりにも危険すぎる……泉、いつまでも倒れてないで、電磁警棒でちゃっちゃとトドメを入れちゃいなさい』

 

「あ、はい!!」

 

 復帰した一号機が電磁警棒でタイプ7を上から突っつく。

 しかし電磁警棒が分厚い装甲に弾かれ、野明がもたついている。

 

「ぐ、この……は、はいんないよ!」

 

『上に回って首の隙間に差し込んでみろ!2号機のバッテリーにも限界があるんだ、もたもたするんじゃない!』

 

「わ、わかった!」

 

 野明の声にはかすかに涙が混じっている。手間取る1号機に周囲がやきもきする中、後頭部と頸椎盤の隙間へ今度こそ電磁警棒を差し込むことに成功した。

 電磁警棒から発生した高圧電流が流れ込み、タイプ7の全身に青白いスパークが奔る。次の瞬間、カメラアイの光がふっと消え、ぐったりと力なく崩れ落ちるタイプ7を慌てて横へ退かした。

 

「……ふぅ」

 

「ヒカルちゃんごめんね。私、油断して足引っ張っちゃって」

 

 差し伸べられた1号機の右手を無事な右手で掴み、2号機を引っ張って起こしてもらう。

 

「野明……相手が悪かったんだよ。それにボクも人のこと言えないよ、頭と指のジョイント壊しちゃったし。デカブツに組み付いてボディも傷だらけ……あ~あ、やだなぁ、後で榊さんたちにドヤされちゃうかも」

 

 おどけるようなしぐさで、かろうじて無事だった右のマニュピレーターで頭部センサーにそっと触れる。が、伸ばした指先は、ある筈のパーツの感触を得られないまま虚しく空を切った。やっぱり耳が欠けている。

 2号機の頭部はセンサーの集合体で1号機よりずっと高価なのだ。なによりイングラムを壊してしまったことが、野明の台詞じゃないけれど、ちょっと悲しかった。

 

「もう、ヒカルちゃんったら」

 

 相手の不意の反撃に遭い、今回はまるでいいとこなしで落ち込んでいた野明。

 けれど、イングラムの首元から彼女の小さく吹き出す姿を見て、ボクは肩の荷が少し軽くなった。

 張り詰めていた戦場の空気もようやく弛み、成り行きを見守っていた周囲の機動隊や小隊の面々も、ほっとしたように肩の力を抜いていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 機能停止したタイプ7へ、1号機がおっかなびっくりに近づいていく。

 ボクの2号機はいざという時に備えてタイプ7の背後で警戒中だ。

 

「じゃあ……いきますよ」

 

「おう。頼むわ」

 

 後藤隊長の指示に従い野明の1号機のマニュピレーターがハッチの開閉スイッチに差し込まれる。ツマミの回転と共に、ギギッと摩擦音を立ててハッチの上蓋がせり上がる。解き放たれたコクピットの中を機動隊と第二小隊の皆がそ~~っと覗きこもうとした。

 だが突如、盾で守りを固めていた機動隊の中から女性が割って飛び込んできた。レポーターの桜山さんだ。肩にカメラを担いでいる。

 

「あ、ちょっと。駄目よ」

 

 後藤隊長の気のない制止を振り払い、タイプ7の装甲の隙間や留め具のでっぱりを掴んで、ものすごい勢いでよじ登っていく。カメラを担いだままで。

 こじ開けられたタイプ7のコクピットにたどり着くと、カメラのレンズを向けた桜山さんの表情が驚愕の色に染まっていく。震える唇が大きく開かれた。

 

「な、なにもないわ!空っぽです!みなさん!正体不明のレイバーには人が乗っていません!いったこれはどういうことでしょうか、川崎を騒がせた暴走レイバーは、な、なんと無人でした!!幽霊か!それともオカルトか!はたまたエイリアンの侵略なのかーー!!……ちなみに答えの分かった方は番組下の電話番号にご応募するともれなく商品が――」

 

 川崎コンビナートを騒がせた暴走レイバーの正体が無人機と判明し、機動隊もボクたち第二小隊も言葉を失くしている。後藤隊長もいつになく真剣な顔つきだ。

 ―――日が暮れ、事態が収束した夜の川崎コンビナートには本庁を始め大勢の捜査官が集結しつつあった。無数のパトカーの前照灯、パトランプによりコンビナート一帯が、まるで昼間の様に煌煌と明るく照らされていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 現場を捜査官たちに任せ、川崎コンビナートから特車二課へ戻った後―――。

 とっくに日が暮れた夜半の特車二課の隊長室には少なくない数の人間が集っていた。部屋には後藤隊長と97式がオーバーホールで準待機中だったところを叩き起こされ、ちょっと機嫌が悪い南雲隊長。実際に組み合った経験から事情聴取としてボクと、指揮担当だからと言い張った香貫花が強引に同席している。ただでさえ狭い隊長室だ。更に見慣れない刑事が二人、出席している。

 

「で、どうなの松井さん」

 

「今のとこ、調べてわかったことといえば、これぐらいかな」

 

 後藤隊長に松井さんと呼ばれた、背が低く恰幅のいい刑事が、懐から取り出した数枚の写真をデスクに放った。

 

「タイプ7通称『ブロッケン』……西ドイツで生まれた最新の軍用レイバーだよ」

 

 軍用…。

 刑事が差し出した白黒写真には、ついさっき川崎で戦ったものと同型のレイバーが、レイバーサイズの自動小銃を構えている姿が映っていた。

 

「ヨーロッパ諸国や西ドイツなんかでは国境警備なんかで使われている、まず間違っても日本にはない代物だよ」

 

「日本へのレイバーの輸入には厳しい審査があるはずですが」

 

 香貫花が投げかけた疑問を松井刑事が首肯する。

 

「あぁ…」

 

「税関の方にも問い合わせたのですが、そんな記録はないと」

 

 後ろに控えていた背の高い若い刑事が補足した。

 少し考えて後藤隊長が口を開いた。

 

「……密輸ですか」

 

「俺はそうみているよ。まぁ今んとこわかったのはそんぐらいで……それで実際に取っ組み合ったお宅の子らにも、話を聞きに来たんだよ」

 

「待ってればそのうち話いったのにー」

 

 後藤隊長の言葉を無視して松井刑事と若い刑事の視線がこっちに注がれる。

 だけど二人とも現場働きの刑事にしてはその、失礼で言い辛いけど身形が小奇麗だ。

 後藤隊長は何か察したようだけど興味がないのか何も言わない。

 

「そう……ですね。一手目で違和感はすぐに感じました。手応えがおかしくて、確信に変わったのは……ボクが目標に向けて銃を構えた時です」

 

「なにかあったのかい」

 

 後藤隊長より、松井刑事の言葉遣いが子供に接するようなトーンで優しい。

 

「銃を構えた瞬間に即座に防御したんです」

 

「……それはふつうなんじゃ」

 

「より正確に言うと、肘と肩を守ったんです」

 

「だから、それがどうしたっていうんだい?」

 

 ボクの要領を得ない話を、若い刑事がもどかしげに否定した。それはそうなんだけど。

 うまく言語化できない……ん~~。少し悩んで、隅で成り行きを見守っていた香貫花の手を掴んで、部屋の中央まで引っ張る。

 

「香貫花はここに立ってて」

 

「え、えぇ」

 

 戸惑う香貫花を置いて、ボクは距離を取る。

 部屋にいるみんなの視線がボクたちに集中している。

 

「何度か捕り物して分かったんですけど……犯罪者はみんなパターンというか習性みたいなものがあるとわかったんです。必然というか、必ずそうなってしまう本能というべきでしょうか……」

 

 全員、ボクの独り言じみた語りに黙って耳を傾けている。

 ボクは握っていた掌をピストルの形にして香貫花に向ける。

 

「もし香貫花ならどこを防御する?身を躱せず、防具もないとして」

 

 少し悩んだ素振りをしてから香貫花は答えた。

 

「体を丸めて心臓か頭かしら……ね」

 

「うん。普通はそう。レイバーの場合操縦者のいるコクピットだね……でもあいつコクピットじゃなくて関節を守った」

 

「それは無人機で……」

 

「でもそれは関節を防御する理由になりません、そのまま力任せに突っ込めばいいんです。動作目標に対し関節だけを撃ち抜くなんて言葉ほど容易じゃありません。なによりタイプ7は突き出た装甲で末端部や関節が隠れています」

 

 若い刑事の顔が戸惑っている。やっぱり、いまいち要領をえないようだ。

 

「……それはあなたのイングラムがテレビで頻繁に映っているからじゃないの?」

 

 南雲隊長が指摘する。

 ボクはしょっちゅう香貫花の命令で、レイバーの関節駆動部のみを撃ち抜いている。そして日中に事件が起きればボクと2号機の活躍が報道によってお茶の間に流れていく。

 

「はい、そうだと思います。だから……」

 

 南雲さんの言葉に同意する。

 少しして香貫花がハッとして顔を上げた。ボクの言わんとしていることに気づいたようだ。

 

「そう……あの無人機は最初からあなたを狙っていたのね」

 

 香貫花の推理に、部屋にいるみんなは驚いた表情で沈黙した。

 

「恐らくは……確証はありません」

 

「いや、十分参考になったよ。ありがとう」

 

 そっけのない反応からしてあまり参考になったとは思えない。もとより根拠に乏しい、憶測ですらない婦警のただの勘をあてにはしていないのだろう。警察官を狙ってテロを起こすなんて尋常じゃないし。

 話は終わったので会議はお開きとなった。隊長たちに一礼して退室する。刑事たちもボクらの後に続いて退室した。もう夜も遅いが、これから桜田門に戻り本部と報告会があるのだろう。桜田門から、わざわざ埋立地まで足を運んで捜査の進展を教えに来ていただいたお客さまだ。せめてハンガーまでお見送りしようと思う。

 

「あー。ちょっといいかい?」

 

 なんてことを考えていたら、隊長室前の喫煙所で松井刑事に呼び止められた。

 

「はい、如何いたしましたか?」

 

「いや…その~…ねっ」

 

 なんだろう。さっきまでのベテラン刑事然とした風格が消え失せ、ボクに向かって気まずそうにしている。

 訝しげに首を傾げていると、松井刑事は意を決したのか懐から手帳と一緒にペンを取り出してボクに差し出した。

 

「一筆……おねがいできないかい。姪っ子からヒカルちゃんのサインもらってきてくれって、ずっと強請られていて」

 

「ちょっ!松井さーん!」

 

 後ろから刑事の悲鳴が上がる。

 食わせ物な雰囲気を発する本庁のベテラン刑事が、ボクに何用かとつい身構えてしまっていたので、そのギャップについ吹き出してしまった。

 

「ぷっ……は、はい!いいですよ!ヒカルはいつでも、だれでもサインOKです!」

 

「お、ぉお……ほらみろ、言ってみるもんだろ」

 

「……え、えぇ……あ、あのできれば俺もッ」

 

 先ほどまでの張り詰めていたようなシリアスさが打って変わり、二人が和やかな雰囲気を発している。さっきは仕事だからそうしていただけで、本当の顔はこっちなのかもしれない。

 ――て、唐突に二人がギョッとして目を丸くしている。ボクではなくボクの後ろに。背後から強烈なプレッシャーを感じ振り返ると、香貫花がとてつもなく冷ややかな目で刑事たちを見ていた。ボクも思わずのけ反る。

 日夜犯罪者と戦っている二人も、日系美女の香貫花の迫力には蛇に睨まれた蛙の如く固まっている。慌てて香貫花を隠そうと腕を振り上げるけど、モデルスタイルでそこそこ身長のある香貫花はボクじゃ全然隠せない。ぴょんぴょん飛び跳ねる。

 

「だ、大丈夫ですよーこの子いつでもこんな感じなんですよー!全然怒ってるとかそんなんじゃありませんから―!誤解されがちですけど、本当はとっても優しい、いい子なんですー!……あ、そうだ。姪子さんへのプレゼントなら色紙の方がいいですよね!整備班の人がまだ持っていると思いますから、分けて貰ってきますね!香貫花いこーすぐいこー!」

 

 目から冷凍ビームを発射している香貫花の背を押し、二人で階段を下りて行く。

 その後、姪御さんと刑事さんたちを含めた色紙を3枚とサインペンを抱えて二人のリクエストに答えてあげた。

 喫煙所ではいつの間にか後藤隊長がタバコを吸って寛いでいた。サインを巡ってやりとりをするボクたちの様子をタバコを咥え、ヌボーッと眺めている。

 

「たまにはちゃんと返してもらわなきゃな」

 

「はぁ……そうですか」

 

 恐らくこの人の頼み事をきいては散々振り回され、その度に空手形でも押し付けられてきたんだろう。

 若い刑事――風杜刑事にも、ボクの名前と風杜さんへと書いたサイン色紙を手渡し、これから本庁で夜を徹しての捜査会議や打ち合わせが待っているであろう二人をハンガーまでお見送りした。

 

「まめなもんだなー」

 

「隊長がずぼらなんですぅ!」

 

 一連の様子を黙ってみていた隊長を叱責した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 かつて不渡りを出した町工場を都が買い取り、警察がレイバー隊の庁舎として再利用したのが現在の特車二課である。

 工場跡はレイバーを整備するハンガーに改造され、西の出っ張り部分にある、元は事務係が使っていたであろうオフィスルームを隊長室や課長室として流用。東の旧社員寮を宿直室と呼称を変えて夜勤担当者が仮眠の為に利用している。

 本日の夜勤担当はボクと香貫花と進士さんの三名。進士さんは今、別室で仕事をしている。女のボクらと同じ4畳半にいるのは、きっと息が詰まるんだろう。あと多分家に電話もしていると思う。

 

「あの……香貫花。そっちよってもいい?」

 

「えぇ」

 

 卓袱台の上に置かれたノートパソコンで、レポートを作成している香貫花の隣に座る。キーを打ち込む香貫花の様子をチラと盗み見ると、意志の強い瞳を宿した綺麗な横顔をしていた。時折、そんな香貫花の大人っぽさが羨ましいって思う。

 黙って座っていると、少しして香貫花に頭を撫でられた。出撃で神経が昂っていたからか気持ちいい。心が平静を取り戻していくのがわかり、心地よさに目を細める。

 

「……気に病むことはないわ」

 

「……でも」

 

「アレはあなたのせいじゃないわ」

 

 図星を突かれた。

 膝に顔を埋める。香貫花が背中をなでてくれている。

 

「………うん」

 

 力なく返事をした。

 夜が明けるまで、香貫花はずっと傍についていてくれた。

 

 

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