愛と勇気と正義にかけて、市民をお守りいたします!   作:イングラマン

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影響は知らない所でも波及していきます


第十六話 三者問題

 テレビでは先日から、お茶の間をにぎわす『幽霊レイバー対第二小隊!』という見出しの事件が、連日の様に報道されていた。

 2のパーソナルマークが右肩にあしらわれた98式イングラムが、重量級のタイプ7を相手に致命の一撃を紙一重で躱しながら接近戦を演じつつ、スープレックスからの連続サブミッションを決める―――白熱のシーンがSNSテレビを始め多くのテレビ局で繰り返し流された。この映像に一部のロボットオタクやプロレスファンは熱狂した。

 

 レイバーを巨大ロボットと持て囃されようとも、その本質は建築などの産業分野で働く歴とした土木作業用の重機機械だ。アニメや特撮のような派手な機動戦を想定しておらず、専ら穴掘りや資材運びが専門だ。ましてレイバー同士の戦いは、技量に差があれど凡そ馬力や物量がものをいう、無骨で単調な消耗戦になりがちである。

 だからこそ、その固定観念を打ち破った篠原重工製『AV-98式イングラム』と西ドイツ製の最新軍用レイバー『タイプ7ブロッケン』が繰り広げた激闘は多くの衆目を集め、世間の常識を鮮やかに覆した。

 懸命に日々の生活に追われながらも、娯楽に飢えた国民の心を強く揺さぶっただけでなく、様々な企業から強い関心を寄せる異例の事態と発展していった

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 都内某所。国道に面したオフィスビルの一室に、数名の若い技術者たちがテレビを前に陣取っていた。パワーと装甲で勝るタイプ7を相手に、危険な距離で果敢に挑みかかるイングラムとの戦闘映像を食い入るように見つめている。

 

「一技術者としてはこんなもの……サーカスパフォーマンスです、認めたくはありませんね。ただのエンタメショーですよ」

 

 スラックスとシャツを着た痩身の技術者は一言で切って捨てた。

 暴風のようなタイプ7の殴打を懸命に耐え忍び、機を待ち。そして一瞬のスキを突いての逆襲、スープレックスによる叩きつけ、連続関節技による捕縛術。

 特撮顔負けの戦闘映像を吐き捨ててはいる……が、しかしどこか目の前に現れたヒーローへの憧れというか、声に熱が籠っているのを内海は聞き逃さなかった。

 

「だが現実に彼女は実戦でやってのけた。なら我々にもできるんじゃないかな」

 

「本気ですか。こんな曲芸……できても使い物になりませんよ」

 

 この動きは搭乗者のセンスによる感性というか、アドリブが大きい。またイングラムの可動域の広さと出力重量比が為し遂げた勝利だ。

 同じ動きができても投げと関節の連続攻撃なぞレイバーによる再現性が低い。なによりレイバーは土木の重機機械だ。きっと現場で活かせる機会なんてありえない。

 

「じゃあほしくないの?自分の手で叶えたくないんだ?森川クンッ」

 

「……」

 

 この搭乗者のデータが欲しいかと言われれば―――男、森川政治は黙った。

 かつてレイバーシステムの生みの親『古柳教授』のもとで生物的な動きを可能とする新型オペレーティングシステムの開発に携わっていた彼には断ち切れない後悔があり、目の前で格闘家の様に戦うイングラムの雄姿と内海の挑発めいた言葉遊びには胸の奥から熱く、込みあげてくるものがあった。

 

「しかしタイプ7は歯がたちませんでした」

 

「一度目はね。動きも学習できたし、あともう一回やれれば結構いいとこまでいけるんじゃないかな」

 

「ではまたタイプ7を出しますか?」

 

「もちろんだすさ……でも少しは手品の品も変えないとお客様に飽きられちゃうしね、ね!黒崎クン!」

 

 黒崎と呼ばれたサングラスをかけた男性はフッと唇を弧に描いた。

 

「課長……あれは先日、ようやく完成したばかりですよ」

 

「あれを企画したのは君だけどね。レイバーは大事にとっておくコレクションじゃあない、せっかく今あるうちに使わなきゃー勿体ないでしょ!」

 

「ハァ……わかりましたよ」

 

 軽く溜息をつくも、内海の無茶ぶりには慣れているのか特に気に留めた様子ではなかった。むしろ口角を上げて喜んでいるように見える。

 そして当の内海ははしゃぐようにして肩を弾ませている。まるでクリスマスにサンタさんから贈られたオモチャで遊びたがる子供のような。椅子の上で無邪気に振舞う己の上司に、社会と遊びを天秤にかける悪癖が始まったなと黒崎たちは肩を竦めた。

 

「そうなると……あの子を丸裸にしなくちゃいけないね!」

 

「課長……セクハラですよ」

 

 ――テレビ画面では倒れ伏したブロッケンを冷ややかに見下ろすイングラム2号機と、それを操る少女の姿が映っていた。

 

 

 

 

 

「そういえばバドは?」

 

「あるもの全部引っ張り出してかぶりつきですよ。はやくやらせろとせっつかれています」

 

「ハハっ、そうかそうか……!」

 

バドは骨太な遊び相手が欲しかったか!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 人気もなく静まり返った深夜のビジネス街。

 ビルが立ち並ぶその一角。室内灯の強烈な光が、部屋の隅々まで煌々と照らされた会議室。

 篠原重工の各部門の管轄責任者、またその部下である技術者たちが一堂に会し、夜を徹する会議が続けられていた。

 

「ではイングラムを低価格に抑えたスタンダードバージョンを開発するという事で決定します」

 

「異議なし、そっちの予算は別の会計で頼むぞ」

 

「新型の方の開発進捗は?」

 

「そちらは開発陣総出でやっていますが。イングラムを超えるレイバーとなると……その……難航していまして」

 

「今、世間はイングラムに注目している……この機を逃す術はない。これは我が社に置いて急務だぞ。早急にだな……っ」

 

「しかし…あの…その…先日のアレを超す性能のオペレーションシステムとAVシリーズの新型となりますと」

 

「……」

 

 全員が押し黙った。壁にかけられたスクリーンには太田ヒカルが先日、川崎コンビナートでタイプ7を相手に実践した連続技が繰り返し映し出されている。

 手元の資料には2号機のこれまでの動作パターンの細かい数値や、写真資料が広げられている。

 

「……2号の修理はどうなっている」

 

「部品の吟味に多少かかりましたが、無事に修理は完了。八王子から特車二課に戻りました」

 

 ――篠原重工八王子工場。

 篠原重工の前進、篠原製作所が重工作機械製作の蓄積不足をカバーすべく、株式の公開買い付けという強硬手段で吸収合併した、かつての浅川鉄工である。

 八王子工場は所沢工場と並ぶ、東京に本社を構える篠原重工の二本柱であり、AV98を開発した輝かしい実績を持つ。また、損傷したAV98の修理も八王子工場が引き受けている。

 

「資料は見させてもらったが、サーボ系、あと関節を支えるフレームや機械部品の摩耗がすさまじかった……イングラムが立っているのが不思議なぐらいだったよ」

 

「ですが、2号の戦闘データにはそれ以上の価値がありました」

 

 最新型軍用レイバータイプ7との戦闘後、2号機の関節駆動を担うアクチュエーターやフレームの消耗具合は、設計に携わった開発陣の想定を超える異常をきたしていた。

 かといって特車二課で対応しきれないダメージではなかったのだが、事件の詳細を知った篠原重工の意向もありデータ取りもかねてメーカー修理に送りだされていた。自分たちでは手に負えないと思われた特車二課整備班の若い技術屋達は非常にご立腹だったが。

 

 

 

 

 

 ――――イングラムは今や日本のヒーローとなりつつあった。軍用レイバーを相手にしても全く寄せつけることなく、巧みな体術で一方的に制圧。

 用いられた技も見ている人の子供心を擽る派手なプロレスパフォーマンスで、以前から人気を博してはいたがイングラムを開発した篠原の製品は更に売れいきを増している。

 警視庁が誇る日本の守護者。国民のヒロイン。イングラムフィギュアは作った先からすぐに売り切れ。今や、篠原重工と第二小隊――引いては太田ヒカルと2号機。この4者は切っても切り離せない関係となりつつあった。

 

「しかしこんな再現性の低い……レイバーでやることではないよ!」

 

「今更そんなこと言ったって仕方ないだろう!」

 

「我々にハリウッドアクションやロボットプロレス興行でもやれというんではないだろうな…」

 

 そうかもしれない……。全員が沈痛な面持ちでテーブルに突っ伏した。

 

「菱井をはじめ他のレイバー企業は警備部の部長や第一小隊と既に接触していると噂に聞いたぞ」

 

「やはり第一小隊にも……AV98を送ってみては」

 

「いや差別化は必要だ。まったく同じではアピールにならん、なによりイングラムは我が社の技術アピールのためにもとより採算度外視で作った高級品だ。そうそう生産台数は増やせんよ」

 

 ダンッとテーブルを叩いて、スタッフの一人が椅子を蹴飛ばした。

 

「なら代案のひとつもだせよ!」

 

「代案だと!?自分の無能さを棚に上げるな!!」

 

「なんだとてめぇ表に出ろ!」

 

「おー!でてやろーじゃないの!」

 

 あーだこーだと会議は紛糾、堂々巡りを続け。

 結局。参加者全員が肩で息をしながら、新型開発とイングラムのOSのアップデートを続けるということで決着。もう何回やったかわからない篠原社内会議はお開きとなった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 寒さが厳しくなりつつある冬晴れ。埋立地の11月は気温が低い。

 特車二課、隊長室。中央に置かれた石油ストーブの天板に水を注いだヤカンが置かれ、カンカンに温められた湯が水蒸気となって室内を加湿していた。

 後藤は競馬新聞を、南雲はデスクで紙袋につまれた雑誌を広げている。後藤は新聞を読むふりをしつつも、陰からこっそりと雑誌のページを捲る南雲シノブを盗み見ていた。

 

「……なんなの後藤さん。さっきからチラチラこっちをみて」

 

 南雲は雑誌に視線を落としたまま、目も合わさず指摘する。

 盗み見がバレて焦った後藤は虚空に向けて視線を彷徨わせた。さながら親に悪戯がばれた子供の様だ。

 

「え!……えぇ…いやぁその~…シノブさんが雑誌を持ち込んでいるのが珍しいなぁって」

 

「雑誌じゃないわよ」

 

「あらそう……バレちゃあ仕方がない」

 

 新聞を畳んだ後藤は南雲のデスクに近寄り、横からそ~~~っとのぞき込む。

 紙袋に積まれた雑誌の表紙にはどれも、傍らに艶めかしいスタイルの美女を侍らせるレイバーの写真が飾られていた。

 視線を机に落とせば南雲が広げている雑誌ページには、テレビのコマーシャル等で見かけた事がある最新のレイバーの写真、それと簡単な主要諸元表が掲載されていた。

 どうやら南雲が読んでいたのは、最新のレイバーカタログだったようだ。

 

「どのメーカーも是非我が社をって。名刺代わりに押し付けられたわ」

 

 事情を説明しながら、南雲はパラパラとレイバーメーカーのカタログを捲って流し読みしている。

 しかし南雲の表情は不満げというか、関心が薄いといった感じだ。

 

「…その割に嬉しそうじゃないね」

 

「そもそも物がないのに、カタログだけ渡されてもね」

 

「…そりゃそうだ」

 

 これがイングラムの生みの親の篠原重工や、パイソンを作ったマナベ重工ならわかる。

 両者とも警察用パトロールレイバーを作った実績がある。警察用レイバーのノウハウがない既存メーカーの将来発売する新製品カタログだけを押し付けられても……と南雲は落胆していた。

 しかしレイバー隊を預かる者として情報のアップデートを欠かすわけにいかない。折角だからと試しにめくっている。イスラエル製か……こんなものまであるのね。

 

「レイバー隊が格好のPRの場になるとわかったんでしょうけどね」

 

「レイバー産業においては新参の篠原重工にこれ以上遅れを取るのはまずいと……必死なのねぇ」

 

「……一応、一社だけあったのよ」

 

へー。

 

「トヨハタオートのSRX-70って試作のレイバーなんだけど。装備が40ミリバルカン砲、オートカノン搭載と火力だけでいえば軍用レイバー顔負け。その上正式採用まで無料貸し出し。更に整備、パーツ、弾薬などと出動に係る費用をすべて自社で請け負いますって、至れり尽くせりだったわ」

 

「はぁ驚いた。破格の条件じゃないの。何か気にいらないとこでもあった?」

 

「……あの子の活躍ぶりを見ているとね。見る目が養われちゃったのかしら」

 

 先日のヒカルの捕り物。軍用レイバーすら戦い方次第では警察用レイバーでも単騎で、捕縛可能だと証明したイングラムの軽快な戦闘機動を南雲は思い出す。

 イングラムは人間に可能な体術は再現可能だと聞かされてはいた。所詮は新製品の性能を過度に謳いあげるメーカーの宣伝文句程度にしか、南雲は受け取っていなかったが。

 しかし操縦者が巧者であれば、膂力と装甲で上回るレイバーすら単騎で制圧できるのかと、かつての南雲の中にあったレイバー戦の常識が打ち破られていた。

 頬杖をついて雑誌から顔を上げた彼女の目はどこか遠くを見ている。

 

「そりゃ新しいレイバーは欲しいわよ……けれど導入して、やっぱり気に入らないから別の会社でとはいかないでしょう」

 

「まぁねぇ……」

 

 機体が変われば操縦方法や装備のオプションも変わる。そうなれば戦術を大きく見直さなければならない。部隊の運用、データの蓄積、隊員の習熟、それらすべてを放棄するのだ。

 アニメみたいにドンドン新しいロボットに乗り換えていくというのは、隊員への負担が大きい。

 

「あの子みたいになりたいわけじゃないのよ、ただ…なんというか…そうね」

 

 南雲はどうにかこうにか、心の中の引っ掛かりを表す言葉を手繰り寄せようと苦心する。そして……思ったままの事を口にした。

 

「イングラムを超えるレイバー……そんなものがあればきっと即決できるんでしょうけどね」

 

「……ふぅむ」

 

 それは確かに……難しいよシノブさん。

 後藤は腕を組んで唸った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ボクはいま駅前で人と待ち合わせをしていた。

東京を案内すると夏に約束したけど、お互いが雑務に追われて非番の予定を合わせられず、ようやく約束を履行できたのは季節が冬に入ってからだった。

 しかし待ち人が一向に集合場所にやって来ない。その間にさっきから変な宗教は攻めてくるわナンパは押し寄せて来るわ。サイテー。

 

「お嬢さん、中学生でしょう。こんなところで何をしているの?学校は?今日は平日だろ」

 

 しかも今度は警察官に補導されるし。同じ警察官に街頭で厳重注意を受けるとか何の冗談だろう。きっと遊馬が知れば指をさして笑うだろう。

 

「ん……」

 

 鞄から取り出した警察手帳を巡査に見せる。

胡散臭そうに手帳とボクを見比べている。きっとサブカルショップで購入した安物と疑っているのかもしれない。

 しばらくして手帳に記載されている名前と階級章、最後にボクの顔を確認した途端、雷に打たれたように震えた巡査は背筋をピンッと伸ばした。

 

「し、失礼しました!太田巡査部長殿ぉ!」

 

「いえ、巡回任務ご苦労様です、巡査」

 

 敬礼する巡査の大音声が駅周辺に響いた。ギョッとした通行人が何事かとこちらを見ている。

 巡査はボクよりも見た目年上だ。それが小柄な女に敬礼しているもんだから、それはさぞかし異質に映ったことだろう。

 巡査は敬礼したまま動かない。どうしたのだろう。声を掛けようか迷っていると巡査がおっかなびっくりとした様子で口を開いた。

 

「お、恐れ多くも自分…巡査部長殿のファンでして!ご活躍、テレビでいつも拝見させていただいております!特にタワーシティでの人命救助、感動いたしました!まさに巡査部長殿こそ日本警察の誇りであります!」

 

 肩に力が入り、身体を固くして上がっているのがわかる。最近の自分が本庁内外でも有名人の自覚はあるけれど、地域課とは部署違いなのだから鯱張らなくてもいいと宥める。

 

「ファンだなんてそんな……私には過分な言葉です」

 

「あの巡査部長殿……失礼を承知でお願いがありますー!ご、ご迷惑でなければ、一筆。手帳に記していただいてもいいでしょうかぁッ!?

 

 ガッチガチに固まりながら彼はボクにペンとメモ帳を差し出した。

ボクは笑顔を浮かべて受け取り、慣れた手つきでサインを書いて渡した。

 

ついでに握手もする。男性特有のゴツゴツとした感触が掌にじんわりと伝わる。

 

「ありがとうございます!自分、一生の宝物にします!では、非番中のところ失礼いたしましたぁッ!」

 

「はい、パトロール頑張ってください」

 

 敬礼する巡査に答礼で返す。紅潮した顔で巡査は去っていった。

周りにいた人々も何事かと遠巻きに様子を窺っていたが、少しして去っていった。中には好奇心で携帯カメラで撮影する者もいたが顔を俯かせてやりすごした。

 

「あ、あの……」

 

「はい?」

 

「もしかして太田ヒカルさんですか?」

 

 あ……。

 道行く人にサインをねだられた。

 

 

 

 

 

 

 

 なんとかサイン攻勢をやり過ごせたら。今度は東京で暮らすお孫さんに会うために、はるばる上京してきた先で道に迷ってしまったおばあちゃんに遭遇してしまった。

 

「おばあちゃん、バス停はそっちじゃないよ」

 

「どうして、ここがバス停なんじゃないのかい?」

 

 うんまぁそうなんだけど。

 東京って、バス停がいくつもあるから、口頭での説明が難しい。

 

「……うーん。ちょっと待っててくれる?ボクの連れがそろそろ来るはずだから、お婆ちゃんさえよければその人と一緒に行こうよ」

 

「いいのかい?用事があるんじゃないの」

 

「いいのいいの!乗りつけるバスは違うけど、ボクも同じバス停を使うから」

 

「そうなの……悪いねぇ。じゃあお言葉に甘えようかしら」

 

 そうしてお花を摘みにいくおばあちゃんをトイレの場所まで案内し、また待ち合わせ場所で香貫花を待っていると今度はナンパに遭遇した。どうなってるのよ……。しかも、これまで適当にあしらってきたナンパとは違う。今度のはしつこく食い下がってくるもんだからいい加減うんざりしてきた。

 ボクが警察手帳で追っ払おうか真剣に検討していると先にナンパ男の方がしびれをきらした。腕を振り上げボクの肩を掴もうとする。

 

「いいから、ね!優しくしてあげるから」

 

 ボクが中学生ぐらいの身長しかないから見くびったのか、腕力に物を言わせただけの大ぶりな動き。

 躱す事もできたが正当防衛にしてしまおうと隙だらけで構えていたが、腕を上げた男の動きが突如とまった。

 男の背後から伸びた手が振り上げた腕をつかみ、関節とは逆の方向に力を加えている。男の顔に脂汗が浮かんでいる。

 

「いて…いててて!!」

 

 苦悶の声を上げる男がジタバタして、拘束された腕を強引に振り解いた。

 振り向いた男の先、人垣の中に見知った顔が見えた。サングラスで顔を隠しているがスラリとしたモデルの様に長い手足と整った顔立ちですぐにわかった。

 

「またせたわね」

 

 聞きなれたクールボイス。口元が薄く微笑んでいる。

 相変わらず何してもサマになる。

 

「な、なんだよテメェ……グエッ!」

 

ボクは男を突き飛ばし、現れた香貫花の腕にしがみ付いた。

 

「もうダーリン、おそーい!」

 

「んな……ダーリンって、え、あ。でもいい女…」

 

「それより周り見ろよ……いいからいこうぜ」

 

「……クソッ」

 

 ヒソヒソとこちらを遠巻きに見ていた通行人を見て旗色が悪いと察したのか、地面に唾を吐いて足早に男たちが去っていった。道に唾はくとかどこまでも去り際まで意地汚い連中だ。

 

「べーっ……あっちいけ!て、あっ」

 

「さっ。いくわよ」

 

「ちょ、ちょっと待ってって!!」

 

 組んでいた腕をぞんざいに払いのけられた。ひどい。

 慌てて追いつき、香貫花に先ほどのお婆ちゃんの事を説明する。話を最後まで聞き終えた香貫花は嫌な顔を一つせず、ボクのお願いを聞き入れてくれた。早速、トイレから出てきたおばあちゃんと合流し三人で、予定したバス停まで向かうことにした。ボクは指折り数えて歩く。

 

「ボク、香貫花がきてくれるまで大変だったんだよ。変な宗教は持ちかけられるわ、ナンパされるわ、他にも二束三文の絵画を高値で売りつけるセールスや水商売のキャストを持ち掛けられちゃうわ。しまいには同じ警官に補導されかけるわ、モテモテだったんだよ」

 

「それはそれは、ぜひ見て見たかったわ」

 

「……むー。ボクの相棒はほんとやさしくない」

 

 せっかくの休日に疲労感を覚えて溜息を吐く。

しかし香貫花はボクをからかえるのが愉快みたいで、表情はサングラスで隠れているが口元は笑っている。

 

「これでもね、有名人なんですよボクは。騒がれるし、変な奴は寄ってくるしで、街に繰り出すにも変装しなきゃいけなくなったし」

 

「まぁ、東京って怖いのねぇ……」

 

 深くかぶった帽子と後ろに提げた三つ編みに結った髪、顔に掛けた伊達眼鏡を見せたが、香貫花は一瞥もくれない。やだこの子、クールすぎる。お婆ちゃんは少しずれた事を言いながら、頬に手を当て神妙そうに頷いている。

 

「それで、どこへいくのかしら」

 

「んー。まず丸の内南口のバス停にいってー、予約したハトバス使いまーす」

 

 ボクは香貫花とお婆ちゃんとを連れ添いながら、これから向かう東京観光プランを指折り諳んじていた。

 

 

 

 

 

 

 

 皇居周辺を観光し、国会議事堂を横目に靖国神社に立ち寄り、参拝を済ませる。

 各国の要人をお迎えする赤坂離宮を通りぬけ、最後にたどり着いたのは東京タワーだった。メインデッキでは小一時間、香貫花とぶらぶらしながら、のんびりと東京の風景を二人で眺めた。

 

「うん、やっぱり使ってよかったよ。東京住まいだからって、下手にあれこれ考えるよりプロに任せた方がいいね」

 

「あなた使ったこともないものに、私を乗せたのね……」

 

「子供のころからずっと暮らしてたけど観光自体は殆どしたことなくて」

 

 休日を使って出たとこ勝負の計画に出ていたボクに香貫花は眉間に皺を寄せている。しかしボクは知っている。車窓から移り変わる景色を彼女がじっと眺めて楽しんでくれていたのを。

 香貫花の袖を引っ張り、東京の景色を一望できるメインデッキの展望台から二人で外を見渡す。

 都内で開発中の土地では多くの土木作業用レイバーがビルやタワー建設のために稼働している。あんなに大きかったレイバーも、展望台から見下ろすと小さく見えてしまう。東京湾周辺でも埋め立ての開発は続き、バビロンプロジェクトは鋭意継続中だ。

 

「……私、ニューヨークに祖母がいるのよ」

 

 外の景色を見ていた香貫花が、不意にそんな事をボクに告げた。

 

「ん?香貫花のお婆ちゃん」

 

「そう」

 

 それは初耳。

 というか香貫花が自分から家族の話を振ってくれるなんて初めて。

 

「近いうちに、日本に来てくれることになったわ。昨夜、電話で話したの」

 

「えー!よかったじゃん!」

 

 香貫花の頬が緩んでいる。こんなにうれしそうな香貫花は初めてかもしれない。

ボクは顎に手を当てて考える。

 

「予め、お婆ちゃんにいきたいとこないか聞いておかないとね」

 

「そうね。楽しみだって言ってくれていたもの」

 

 東京には東京タワーや浅草だけじゃない。銀座、丸の内。国技館。アメ横。上野公園周辺。豊洲に移転してない築地市場。ザッとあげただけでも色々あるからね。是非楽しんでって、たくさんの思い出をお土産にしてほしい。

 ふと、香貫花と東京の景色を楽しんでいると、今いる展望台とは逆の方からザワザワと騒ぎが聞こえた。

 

「なんなのかしら」

 

「どうしたんだろうね」

 

「キャー!だれかー!引ったくりよー!」

 

 ハッとなって視線を向けると、人混みを分けて帽子を被った男が此方に走ってきていた。近くにいた家族とその子供を突き飛ばしている。子供が倒れて、膝を擦りむいたのか血を流していた。その光景を見て、ボクの中で怒りの感情が内から湧き上がってきた。拳を軽く握りこむ――が。

 

「どきなさい」

 

「香貫花?」

 

 底冷えする声だ。男の逃亡を阻むように立ったボクを押しのけ、香貫花が前に立った。

 何故、なんて疑問を問う暇はない。もう男が直前まで迫ってきていた。

 ひったくりが押し退けようと伸ばした腕が香貫花の体に触れた瞬間、男は宙を舞っていた。相手の勢いを利用して、巻き込むように投げる理合の技。巴投げだ。

 バシンと大きな音を立てて背中から床に落ちた男は衝撃と痛みで泡を吹いている。悶絶する男の元へ駆け寄る。とりあえず気を失っているだけで命に別状はなさそうだった。

 

「……最近、誰かさんのおかげで、私が人並み以上に武道の心得があるってことを忘れかけていたわ」

 

 香貫花が乱れた長髪を整えながら言う。誰の事を指しているのかわからないけど、とりあえずそうやって当て擦るの良くないと思います。

 男はその場で駆けつけた警備員の手により御用となった。荷物を奪われかけた女性は鞄を取り返してくれた香貫花に深く感謝した。ひったくりに突き飛ばされた子供は最寄りのスタッフルームで係員から手当てを受けたが、膝を擦り剥いただけで大きな怪我はしていなかった。

 

「せっかくの休日だというのにとんだ災難だったわね……ヒカル」

 

「なに?」

 

「とりあえずは……その……今日はありがとう」

 

 俯きながら感謝の言葉を小さく口にした香貫花に、ボクは笑顔で返した。

この後、ひったくり犯の聴取を取るために警察署に同行しなくてはならない。香貫花の言う通りせっかくの非番が散々な形で終わったが、まぁ悪い気分はしなかった。

 ――後日、新聞の隅に小さく今回のひったくり事件が掲載されていた。香貫花が犯人を投げた小さい写真付きで。どうやら陰に隠れて、偶然その場に居合わせた記者に撮影されていたようだ。ホント油断ならない。

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