愛と勇気と正義にかけて、市民をお守りいたします!   作:イングラマン

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第十七話 上陸 赤いレイバー

「公安から?なんなのかしら…」

 

 事の発端は隊長室にかかった一本の電話からだった。

 通話先は公安部外事一課。公安部外事課は日本国内にはびこる諜報機関、国際テロリスト、不正輸出、外国人の不法滞在などテロやスパイ活動などを捜査し、未然に防ぐ事を目的として設立された部署だ。その日本の防諜組織がレイバー隊に用件があるとかないとか。

 公安嫌いな後藤喜一は当初、外事一課班長『高畑』の要請にひどくごねたが、先方は聞く耳をもたなかった。一方的にまくし立てられた上に後藤の返答も待たずに通話を切られた。

 そして今日、公安がこの埋立地に乗り込んで来るという。後藤はやる気が全く起きなかったが、相手にしないわけにもいかなかった。

 

「さぁねぇ……連中の事だからまたなんぞ悪だくみでもしてるんじゃないの?」

 

「後藤さんがそれ言う?」

 

「…………え?」

 

 とりあえず公安のお客様を入れてもらった。

 

「失礼します。隊長、お客様をご案内いたしました」

 

「あぁ、入れてもらって」

 

「……どうぞ、こちらが隊長室です」

 

 顎を引き、背筋をピンと伸ばしたヒカルが扉の横にサッとずれる。案内を受けた公安部の面々が顔を出した。

 

「「「「いやいやいやいやどうもどうもどうもどうも」」」」

 

 ロングコートと目深帽子を被った、いかにもな風体の中年男性たちがぞろぞろと入室する。

 国内の不穏分子や不逞外国人を取り締まる公安部所属故に強面揃いではあるのだが、全員が鼻の下を伸ばしてヒカルのサイン入り色紙を懐に抱いており、貫録の一切がなかった。

 

「では、隊長。これで失礼いたします」

 

「うむ」

 

 ヒカルはニコッと朗らかに笑うと深々とお辞儀し、退室する。爪先を揃え、腰と首筋を一直線に保つ美しい所作。公安の面々はヒカルの姿が見えなくなるまで、厳つい顔の作りをデレデレに緩めて手を振っていた。

 安普請の扉がギーッと軋みをあげて閉じられると男たちはスッと後藤に向き直った。揃って陰影を濃くした恐ろしげな顔付きを作っており、後藤は男たちの変貌ぶりに呆れた。

 

「……それでだな」

 

 この流れでキメ顔でシリアスされてもだなぁ。調子のいい男たちに白けた後藤は、とりあえず集団の頭目である『高畑』からの話に耳を傾けることにした。

 

「要注意人物として、かねてからマークしていた男が尾行中だった捜査員を襲い。タクシーを奪って逃走するという事件がありました。これがその男です……名前は『犬走一直』」

 

 差し出された写真には赤茶けた短髪、中肉中背でフリースジャケットを着た精悍な顔つきの男が映っていた。

 もったいつけたような語り口をする彼が言うには、海の家のシンパであり元空挺レイバー部隊出身。だがいずれも証拠不十分で釈放された逮捕歴8回の凶悪テロリストを公安が尾行中に取り逃したのだという。

 

「犬走は流しのタクシーをカージャックして宇都宮付近を北上。ガス欠となったタクシーを乗り捨てた奴はたまたま通りがかったアベックのバイクを強奪。追いすがるパトカーをぶっちぎり、白川、福島、郡山、米沢、寒河江へとあらゆる信号を無視して暴走。2時間後に、鶴岡市内のラーメン屋で無銭飲食をやらかし。今早朝、酒田市に潜入した時点で行方を晦ましました」

 

「派手だねどうも……」

 

「性格はずさんだが、過去に無数の修羅場をくぐりぬけてきた筋金入りのテロリストでしてね。レイバー乗りとしての腕も超一級」

 

「でもねぇ……それだけじゃ」

 

「それだけではレイバー隊は動けない……だがこれならどうです」

 

 高畑と名乗った公安員は懐から一枚の写真を取り出し、後藤に差し出した。

 映っているのは夜を背景にした見慣れない四脚のレイバーだ。胴体に砲身を持っており全体的にマッシブな印象を受ける。

 

「なんですこりゃ?」

 

「レーニングラード軍事科学アカデミー設計、クロンシュタット戦車工廠製。ソビエト地上軍次期主力レイバー。形式番号L-99。コードネームは……ドシュカ。秘密のベールに包まれた幻の赤いレイバー……それが今夕から、酒田に入るんですよ」

 

「なっ……なんですって!?」

 

 まだ公にされていないソ連製の最新軍用レイバーが日本国内に密かに運び込まれた。

 この情報に大人しく聞き手に徹していた南雲が戦慄した様子に、手ごたえを覚えた高畑はニヤリと唇の端を上げた。

 

「ソビエトと東南アジアの某国との間に新たな武器、軍事協定を結ばれましてね。それらの一環として供与されることになったのですがー、あー……なんせ最高機密だ。大方の裏をかき、ソビエト船籍の貨物船に乗せ日本海ルートで入港しようと」

 

「それが酒田に?」

 

「偶然にしてはできすぎている」

 

 一通り話を聞き終えた後藤は本題に切りかかった。

 

「で、我々にどうしろと?」

 

「うむ、小隊を派遣していただきたい」

 

「無理ですな」

 

 そしてそのまま切り捨てられた高畑はがっくりと肩を落とした。

 即座に復活し、後藤に詰め寄る。

 

「なぜだ!!」

 

「県警なりなんなりの要請があるのならばともかく、任地を離れての活動となるとそれなりの手続きが……」

 

「事の性格上、正規の手続きを踏めないからからこそ、こうして人目を忍んでお願いしに来ている!……あー、聞くところによるとそちらは先日、軍用レイバーを相手にして勝ったそうではないか。それも、先ほど我々を案内してくれたお嬢さんが捕えたとか。我々にもそのお力をお貸しいただきたい」

 

「見解の相違ですね。そもそも最新の軍用レイバーを相手に98式じゃ役者不足ですよ。それこそ自衛隊にでも持ってったらどうです?」

 

 後藤は差し出された写真をデスクに放った。

 けんもほろろな後藤の態度に業を煮やした高畑はわなわなと全身を震わせ、今しがた突き返された写真に拳を叩きつけた。

 

「連中の手を借りるなら、こんなところになぞ!貴様それでも警官か!!」

 

「みんなで幸せになろうってのが、うちのもっとーでして」

 

「国民のスーパーヒロインを独り占めにしている男がなにを……ッ!!」

 

 方便を立てては協力を拒み、言質を取られまいと、ウナギの様にするすると捉え処のない発言を繰り返す後藤に苛立った高畑はサングラスを外して睨みつけた。

 気の弱い者なら震えあがるだろう厳つい双眸。しかし相手が悪かった。

 高畑の鋭い眼光に晒されても、後藤は気の抜けた顔面をぶら下げ続けた。まさに糠に釘だ。切り札の恫喝を以てしても成果が得られず、悔し気に呻く高畑に部下が耳打ちする。2回頷くと、高畑は柔和な表情を作りコロリと態度を軟化させた。

 

「では、こうしましょう。小隊規模の派遣が難しいなら、隊員を数名……そうですね。先ほどのお宅のお嬢さんなんかを回していただけないでしょうか。それで折り合いをつけられる……妥当なとこでしょう」

 

「なにが妥当なとこですか……だいたいレイバー隊員がレイバーなしで何を」

 

 無気力が服を着ている後藤がらしくなく、頑なに突っぱねる姿を見かねた南雲がそっと彼に耳打ちした。何度か南雲の助言に後藤が頷くと、険しかった表情を朗らかな物へと変えた。

 

「わかりました。隊員を2名派遣します」

 

「おぉ、わかっていただけましたか!よかったよかった!」

 

「はい、なぜだか急にわかっちゃいました」

 

 二人は固く握手を交えた。話がまとまって高畑や後ろで控える部下たちは嬉しそうだ。

 

「あ、それと経費は全てそっち持ちで。あとさっきの彼女はこれから老人ホームに慰問しにいくので他の隊員を送りますね」

 

「………え?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「え?……これからいっちゃうの?酒田に?山形の?」

 

「うん!」

 

 ひと通りの着替えやトラベルグッズを仕込んだ旅行鞄を手に提げた野明が元気のいい返事をした。隣にはボストンバックを肩に掛けた遊馬がいる。

 遊馬と野明は喧嘩というか冷戦状態にあったのだが、先日の出動でうやむやなうちに喧嘩は収まっていた。元々息のあったコンビだ。きっかけさえあればすぐに元鞘に収まる。

 

「また急ですねぇ」

 

 進士さんの当然の疑問にボクも頷く。

 明日はクリスマスイヴで準待機だっていうのに。まぁあの人なりに考えがあるんだろうけど。

 

「隊長からハタハタ買って来いって」

 

「ハタハタかぁ。気が利きますね隊長」

 

「僕好きですハタハタ」

 

 ヒロミちゃんも進士さんも嬉しそう。

 でもそれたぶん、自分の分用に買って来いって意味だと思うよ。

 

「臭うわね」

 

 香貫花は先ほど公安の外事課からきたという、怪げなコートの男たちに思うところがあったみたいだ。

 

「……まぁもし何かあっても隊長ならきっとうまくやってくれるよ」

 

「ヒカルちゃんって隊長のこと信用してるよね」

 

「うん!」

 

 だって悪だくみであの人に勝てる人いないもん。

 

「あの昼行燈のどーこがいーんだか」

 

「こらこら遊馬。誰が聞き耳を立ててるかわからないんだから」

 

「くわばらくわばら」

 

 あははは!っと皆で笑う。荷物をまとめた旅行鞄をもった二人は、階段を下りてハンガー出口に向かっていく。

 先ほどの公安の男性たちと乗用車に乗って出かけていくそうだ。ボクはこれから都庁による慰問活動があるので、ついでにと二人と公安の人をお見送りする。公安の人たちはニコニコしながら二人を乗せて去っていった。

 

 

 

 

 

 

 先の事件で評判を落としていた都庁は、少しでも名誉回復に励もうと警察と連携した老人ホームの慰問イベントを実施した。

 ボクはそこに呼ばれて広報課職員との撮影に臨む。カメラの前でお爺ちゃんとお婆ちゃんやそのご家族らとお話しして交流するのが本日のボクのお仕事だ。お偉い人たちの思惑に利用されている自覚はあるがそれはそれ。それにお爺ちゃんやお婆ちゃんたちと話すのは嫌いじゃないもの。

 

「前に、うちの倅が交通事故にあったんだけど第二小隊に助けてもらったことがあってねぇ」

 

「うちはレイバーに家を壊されたときに」

 

「お前さんもかい?いやあ……あん時はありがとうねぇ」

 

「いえ……それがボクの職務ですから!」

 

 中には第二小隊が仕事で救助したご家族やその関係者が混じっていた。

 今度はお孫さんを片手に抱きかかえてカメラの前でお話をする。

 

「わー!ヒカルちゃんすごーい!」

 

「この程度、お巡りさんならお茶の子さいさいだよ」

 

「ねぇねぇ!お姉ちゃんがロボットでやった、あのグワーッてやつなんなのぉ?」

 

「え?……ええっと。カンフーとか柔道とかプロレスを組み合わせたオリジナルっていうのかな?……えへへ、お姉ちゃんも即興でやってるからよくわかんないや」

 

 子供の純粋な瞳にボクは狼狽えた。なにせ、我を忘れてがむしゃらに操縦してしまったのだ。思い返すたび、恥ずかしさで身の置き場がなくなる。ボクのお茶を濁した回答にお嬢さんは首を傾げていた。

 後日。イングラムを使ったボクの持ち技が、サブミッションとなり新聞に掲載された―――それは、拳法と柔術を組み合わせた全く新しいレイバー格闘技であり必殺技だ。そんな見出しだった。

 

「わ、私…ヒカルちゃんみたいなお巡りさんになりたい!」

 

「へー!じゃあ君が婦警さんになったらボクが手取り足取り教えてあげる」

 

「うん!どうすればヒカルちゃんみたいになれるのー?」

 

「そうだね~。なんでも好き嫌いせずにご飯を食べて、お勉強を頑張るんだよ。あと、お父さんやお母さん……身近な人から助けてあげてね」

 

 そんな感じで和気藹々としながらイベント終了まで老人ホームの入居者とその関係者による歓談を続けた。それから特車二課に帰ってこれたのは結局夕方過ぎだった。

 二課棟屋の開けたシャッターを潜ると、イングラム1号機を搭載したキャリアにヒロミちゃんが乗りこもうとしていた。血相をかえたボクは走って声をかけた。

 

「ヒロミちゃん出動!?現場は?どこなの?」

 

「あ、いえ!ち、ちがいますよ!ヒカルさん。ただのお使いです!」

 

「え?」

 

 お使いでレイバー持っていくの?

どうやら隊長の命令らしい。本部からの出動命令もなしに。恐らく裏で手をまわして、なんぞまた悪だくみのつもりなのだろう。あーびっくりした。

 

「すみませんが、急がないといけませんので」

 

「うん。気を付けていってらっしゃい!」

 

 手をバーッとふる。ヒロミちゃんが微笑みながら頷き、1号機を乗せたトレーラーキャリアがハンガーから出動していった。

 となると特車二課に詰めているのは第一小隊と、二号機チームだけか。ちょっと戦力不足だけど、まぁそうそう事件が立て続けに起きたりしないよね。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「一号機トレーラーの発進を確認しました」

 

「あぁ、連絡してくる。イチを確認」

 

 

 埋立地を一望して見下ろせる道路から特車二課を双眼鏡でのぞいていた男たちは、路側帯につけていたバンにのりこみそそくさと去って行った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 冬の夜気につつまれた東京湾岸道路。その沿線に広がるうらぶれた埋立地に、特車二課の棟屋はある。煌々と室内灯が灯る隊長室には隊長の南雲シノブ、後藤喜一の二人がいた。

 そこへ本庁刑事部捜査一課の松井孝弘が人目を忍んで密かに訪れていた。後藤から差し出された白湯を啜り、冬の寒さで凍えた体を温める松井に南雲が静かに尋ねた。

 

「連絡は受けています。早速ですが、状況を」

 

 松井は啜っていた湯飲みをゆっくりと口からは離した。白湯で暖められた舌を動かし、彼は静かに語り始めた。

 

「今夕、東京テレポートとの連絡の一切が途絶しました」

 

 後藤と南雲の表情が硬く強張った。

 

「電話、コンピューター回線はもとより、無線すら使えない有様です。更に東京テレポートとの交通の一切がストップしています。東京港連絡橋ガイドウェイも中に行くことはできるんですが、全く戻ってこない。これは車輛についても同じです」

 

「車輛にはパトカーも含まれているんですね」

 

「はい……」

 

「本庁は、ハイジャック対策特殊部隊まで投入したそうじゃない……?」

 

 頬杖をついたままの後藤は他人事のようにぼそりと呟いた。それは本庁の別ルートから、彼が独自に入手していた極秘の情報だった。

 

「あれですか、日本のGSG-9(ドイツ連邦警察対テロ特殊部隊)と呼ばれとる……そんな連絡は受けてませんが?」

 

「まっ、あんまり表立っちゃまずい連中ですからね。でもここにお鉢が回ってきたとこを見ると……失敗だったのかな~?」

 

「東京テレポートで一体何が起こっているのか?」

 

「それを是非、調べていただきたいんです」

 

 一通り語り終えた松井は、残りの白湯で乾いた唇を湿らせた。

 とんでもない厄介事だ。松井からもたらされた依頼に後藤は頭をポリポリと掻き、深く溜息をついた。

 

「はぁ、あの連中といい。なんで今日に限って……厄日なのかなぁ」

 

「あの連中?」

 

 詮索する松井を遮るように、南雲が身を乗り出して口を開いた。

 

「いえ、こちらの話です。お気になさらず。ほら、お仕事よ」

 

「はぁい……」

 

 のらりくらりと間延びした返事をしながら後藤は観念したように瞼を閉じた。

 松井は前回、初めて二課に訪れた時の様子を思い出した。あの時と同じピリついた雰囲気が隊長室に流れている事に松井は引っ掛かりを覚えたが、今は胸に抱いた疑念を抑え込み本来の目的に意識を戻した。

 

「それに、特車二課に腰を上げてもらわんとちょいと困ったことになるんですわ。通信が途絶えたのはECMによるジャミング……つまり、軍事的な通信妨害ではないかと自衛隊が神経を尖らせておりまして……」

 

「自衛隊ねぇ」

 

「まぁ口実さえあれば、いつでも出動してもおかしくない状態なんです」

 

 寄りかかっていたデスクから離れた南雲は、静かに歩み出た。

 

「わかりました。では此方の準備ができ次第、特車二課中隊が東京テレポートの調査に向かいます。ウチが先行するから後藤さんたちは後詰をしてちょうだい」

 

「通信妨害があるから信号弾、忘れないでね」

 

「えぇ、そうね……」

 

『第七管区より通報――――蒲田で火災が発生!応援のため第一小隊は直ちに出動せよ!繰り返す!蒲田で火災が発生!応援のため第一小隊は直ちに出動せよ!』

 

 突如、特車二課の棟屋に響き渡る緊急通報。三人は言葉を失い、お互いの顔を見合わせた。後藤のボヤキ通り、今日は本当にツイていない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 オフィスで報告書の作成をしていたら、突然緊急通報が入った。

 部屋を飛び出して第一小隊のハンガーを覗くと整備員総出で出動準備に取り掛かっており、南雲隊長と五味丘巡査部長率いる第一小隊が、慌ただしくキャリアと指揮車に乗り込んでいくのが見えた。

 しばらくしてハンガーに静けさが戻った。現在、特車二課のハンガーに残っているレイバーはイングラム二号機のみだ。季節はもう冬。吹きさらしの格納庫に埋立地の冷たい夜風が入り込んでくる……なぜか胸騒ぎがするのは、ボクの気のせいだろうか。

 

「……」

 

「香貫花」

 

 いつの間にか隣には香貫花が立っていた。彼女もまた、ボクと同じようにハンガーの向こうに広がる首都の夜景を見つめている。

 

「部屋に戻りなさい。ここにいても風邪をひくだけよ」

 

「うん…」

 

「何もないわよ」

 

 香貫花に促され、ボクは小隊オフィスに戻った。冷え切ったハンガーを後にし、ストーブが灯されたオフィスでやりかけの仕事に手を付ける。

 今日一日、自分の仕事ができなかった分を取り戻さなければならない。野明たちが期限ギリギリまで溜め込んで提出してくれた日報や書類に不備が無いか目を通す。ボクだって暇じゃないし、できればもっと余裕をもって提出してほしいんだけど。

 溜息をつくボクの前に、進士さんがお盆に乗せた湯呑をそっと差し出してくれた。

 

「お茶をどうぞ」

 

「あーっ進士さん。ありがとうー、ふぁあ…あったかーい!……ズズーッ…んー、進士さんが淹れてくれるお茶はいつも美味しいね!」

 

「いやぁ…そんなことないですよ。普通に淹れただけですって」

 

 照れる進士さんを尻目にお茶を啜る。のどを通り過ぎる心地の良い熱さと煎茶の仄かな苦味に少し心が落ち着いたかも。はぁ……。進士さんが気晴らしにとテレビをつけると昼に行ったボクの慰問イベントがニュースになって流れていた。

 

「あ、ヒカルさんが映っていますよ!」

 

『本日、東京都主催による老人ホームの慰問イベントが開かれました。施設には多くの人でにぎわっています。そして警視庁からはいまや日本のスーパーポリスとして活躍するニューヒロイン!太田ヒカルさんもイベントに参加しに来ていただきました!』

 

 進士さんが付けてくれたテレビからニュースが流れた。短いけどしっかりボクの姿が映っていた。昼間、来場者や老人ホームのみなさんと握手をしたりお話ししている光景だ。もうニュースになっているなんて、流石に報道がはやい。

 ボクは差し出されたお茶をすすりながら、その気恥ずかしい映像を香貫花や進士さんと一緒に眺めていた。

 

「通常勤務もこなしながらイベントにも参加して、すごいですね」

 

「えへへ。いやー、大したことないってば」

 

「妙に引き出しが多いからおかしいとは思っていたのよ。あなたって、節操なしに格闘技を取り込んでいたのね。それをバックアップの私と情報を共有せずに……」

 

「え……あははっ。テンパって考えずにしゃべってたから、よく覚えてないっていうか……」

 

 香貫花の咎める様な鋭い双眸に晒されたボクはしどろもどろになった。気まずさを誤魔化そうとずずずっとわざとらしく音を立ててお茶を啜る。

 そのまま片手間に書類を片付けつつ、3人でテレビのニュースをネタにした雑談を続けていると、おもむろに香貫花が口を開いた。

 

「明日の非番についてなんだけど」

 

「うん」

 

「クリスマスイブでしょう。実はニューヨークにいる祖母が日本にやってくるのよ」

 

「へー!お婆ちゃん来てくれるんだ!」

 

「よかったじゃないですか!」

 

 ちょっと前に「一方的に知っているのはフェアじゃないから……」と、身に覚えのない理由で香貫花から身内話を聞かされたことがある。早くに両親を亡くした香貫花にとってお祖母ちゃんが唯一の家族だって。

 香貫花が日本に来てもう四ケ月近く経つ。久しぶりの家族との再会に香貫花の表情がいつになく華やいでいる。口元に笑みを綻ばせる香貫花をみて、ボクは胸が暖かくなった。そうしてしばらく3人で穏やかな時間を過ごしていると第二小隊オフィスのプレハブ扉が音を立てて開かれた。後藤隊長だ。

 

「おーやってるな」

 

「隊長」

 

 立ち上がりかけたボクたちを隊長は手で制した。サンダルをペタペタと鳴らしてオフィスに入室した隊長は、何かを憂いているようなひどく真剣な表情を浮かべていた。

 しかもその背後に立つ男性は、かつて川崎コンビナートで起きた事件について特車二課まで話を聞きに来た本庁捜査一課の松井刑事だ。何時の間に特車二課にやってきていたのか。こちらもまた、見た事がないほど険しい顔つきを作っている。そのただ事じゃなさそうな雰囲気にボクたちは無言で顔を見合わせた。

 

「……実はな」

 

 隊長は黙って耳を傾けるボクらに説明した。

 

 ――東京臨海副都心。前世ならダイバーシティや日本科学未来館などがある有名な観光地だ。その島が電話、コンピュータなどの通信回線が一切が使用不能となり音信途絶。その上、強力な妨害電波により無線までもが遮断されて完全な孤立状態。東京テレポートに繋がるハイウェイまで一部封鎖され、パトカーで調査にむかった警察官までもが行方不明になってしまったという。

 

「それの調査……ですか?」

 

「あぁ」

 

 他にも何か隠されているようだったが、隊長も松井刑事も表情を硬く強張らせるばかりで、それ以上は何も語ろうとはしなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「イングラム2号機バッテリー!チェック終わりましたー!」

 

「リボルバーカノン装填完了!いつでもいけます!」

 

「よぉおし!キャリアまわせぇえ!」

 

 整備員がハンガー内を駆けずり回り、不備がないか機体の状態をチェック中。装填済みのリボルバーカノンと予備の弾丸が2号機に装備されていく。

 ヒカルは香貫花と軽い打ち合わせをしており、キャリアに搭乗した進士は準備が済んだ2号機の格納を始めていた。

 

「……」

 

 後藤は出撃準備を着々と進めている部下たちを見やり、今回の事件について懊悩していた。思い出すのは酒田に送った1号機組、そして高畑と名乗った公安部。蒲田で発生した火災と第一小隊の緊急出動。そして小隊の留守を狙いうちにしたかのようにして起きた第二小隊二号機チームによる調査出動。

 一見すると不運な偶然の連鎖。だがその裏で糸を引く何者かの影が潜んでいる。後藤は持ち前の嗅覚でその存在を敏感に感じ取っていた。

 

「あんな連中無視するべきでしたよ……今回は俺の采配ミスです」

 

 飄々とする後藤のいつになく弱気な発言を、傍で黙って聞いていた榊はおもむろに口元を緩めた。

 

「あいつらの前で弱音を吐かなかっただけ大したもんだ。それさえできていれば上等よ」

 

「まぁ……強いて言えば俺の仕事と言えばそんなものですから」

 

 キャリアと指揮車に乗り込んでいく三人の背中を見届けた後藤は、遅れてパトカーへと乗り込んだ。アクセルを踏み込む。目指す行き先は、完全な沈黙に包まれた東京テレポートだ。

 

 

 

 

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