愛と勇気と正義にかけて、市民をお守りいたします!   作:イングラマン

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第二話 『栄光の96式』その2

 結果的に今朝の出動をすばやく終えられたボクは報告書を提出後、余ったエネルギーを発散しようと待機時間を使って軽く庁舎周辺を10周していた。

 走るのは好きだ。体力の向上も図れるし心肺機能の強化にも繋がる。なによりランニングは背中に羽が生えた様な解放感と軽やかに風を切る疾走感で、悩みやストレスなんて吹っ飛んでいく。いいことづくめ。

 

「精が出るな」

 

 暇してサマーチェアで寛ぎながら、日光浴を満喫していた榊さんに声をかけられた。

 

「あ、どうも!なんか持て余しちゃって」

 

「そうかい」

 

 レイバンのサングラスで顔が隠れていてわかりづらいが、口元がニヤリと笑っている。

 うーんダンディだ。

 

「今朝はお手柄だったそうじゃねぇか」

 

「あはは、96式が頑張ってくれたので」

 

 榊さんは青空に視線を戻した。ボクもつられて空を見る。

 ぽっかりと出島のように突き出た埋立地の周辺には高層ビルが存在しない。おかげでどこまでも続く、白い雲と青い空をよく見渡せられる。

 洗濯物がよく乾きそうな、見事なまでの日本晴れだ。

 

「……俺は12の齢にユタンポエンジンの単車をバラして、親父にしこたま殴られたことがある」

 

 急に榊さんがボクにむけて語りだした。

 

「それ以来機械一筋に生きてきた。今更見栄も虚勢もない…だからよ、新しい機械。俺はそいつに誰よりも先に見たい、触れたい、弄りたい、バラしてみたい。歳くってもこれだけは変わらなかった……ただの機械バカよ」

 

 それって……

 

「もしかして……新型機が導入されるって噂についてですか?」

 

 前にソース不明の情報を何処からか仕入れた遊馬がボクに聞かせてくれた。

 篠原と四菱を二股にかけて警視庁でコンペやってるとかなんとか。

 

「おめぇさんがあいつと踏ん張ってくれているのは、ここにいる連中全員が知ってるよ」

 

 けどよ……と続けて。

 

「レイバーにも土木用や水中用に建築用、どれも適材適所ってのがある。96式……ありゃ元々民間の払い下げだ。もう現場にも……なによりおめぇさんの性能についてこれちゃいねぇよ」

 

「……でも新型機が第二小隊に導入されるかどうかはまだわからないですし」

 

 榊さんは言うべきことは全て言ったのか、何も言わず日光浴を再開した。

 ボクは暗澹とした気持ちに心を締め付けられた。空は変わらず突き抜ける様な青空が広がっていた。

 

 

 翌日、第一小隊が帰還した。菱井の新型『ヘラクレス21』に相当苦戦したようで97式パイソンがかなりの深手を被っていた。

 今は整備員総出で修理に取り掛かっており、パーツを運ぶ整備班員がハンガー内をあちらこちらへと駆けずり回っている。怠けたり不注意の事故が起きないよう、榊さんが定期的に活を入れている。

 ボクが2階の手すりから、第二小隊のハンガーを貫いた先にある第一小隊のハンガーの喧騒を眺めていると声をかけられた。

 

「あ、いたいた。太田さーん!」

 

「ヒロミちゃん?」

 

 ボクに声をかけてきたのは山崎ヒロミ巡査だった。

 2メートルもある巨漢で、厳つい顔つきにも迫力が表れているが、その実人柄は極めて温厚。

 人里離れた特車二課棟で職務に励むスタッフ―――都市から交通路が伸び伸びとなった陸の孤島じみた職場で働く、とりわけ若い彼らの偏りがちな食生活と不足するビタミンやミネラル、たんぱく質を補うべく始めたトマト菜園と養鶏場の運営は彼の手腕によるものだ……ここって仮にも警察だよね?

 

「隊長から話があるそうです。すぐに隊長室に」

 

「……了解」

 

 更衣室で簡単に身だしなみを整えてから隊長室に向かう。階段を上り喫煙所の先にある扉を三回ノックする。

 

「隊長、失礼します」

 

「おー。入れ」

 

 全く緊張感とは無縁そうな間延びした低い声が、扉の向こうから聞こえた。

 入室するとオールバックで普段は昼行燈が服を着て歩く男性、後藤喜一隊長と口の悪さが目立つ篠原遊馬巡査がいた。彼の隣に立ち、隊長の言葉を待つ。

 

「実はな、これから両名には八王子の工場にいってもらいたいんだわ」

 

 んー?

 怪訝なボクとは裏腹に隣にいる遊馬が興奮している。遊馬は握り拳を作り身を乗り出して隊長に尋ねた。

 

「隊長……それってもしかして例の新型機導入についてですか?」

 

「それともボクたち払い下げられちゃうんですか?」

 

「そんなことになったらこんな暢気にしてないでしょ」

 

 ……少なくてもこの人はしてそうだと思うけどなぁ。うげ、隣にいる遊馬に睨まれた。

 

「先方には連絡が既にいってるから、二人は96式を載せたキャリアを八王子の工場に運んでほしいんだわ」

 

 それを最後に隊長は言葉を切った。命令である以上、従わなくてはならない。

 

「……了解。太田ヒカル巡査部長、篠原遊馬巡査。ただちに八王子工場に向かいます」

 

「はい。お願いね」

 

 ボクたちは任務を遂行するため敬礼を解除し退室する。

 

「……太田」

 ―――と、隊長に呼び止められた。

 

「はい?」

 

「96式だがな。これから民間に引き渡されることになっとるんだ……だからそう気に病むな」

 

「……はい」

 

 ぺこりと会釈し、扉を閉めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 八王子に向けて出発したレイバーキャリアを隊長室の窓から後藤と南雲は見送る。後藤のいつもの覇気のない横顔に変化はないが、南雲は小さく笑った。

 

「気が重たそうね」

 

「まぁ、太田がはじめて受領したレイバーだからね。思い入れもあるだろうし、それでなんとかこれまで結果を出して繋いでくれていたもんだからさ」

 

「それって私たち第一小隊にいたころよりも、96式が実績を上げていることへの嫌味かしら?」

 

 昨日の捕り物から些か機嫌の悪い南雲の刺すような視線から、後藤は咄嗟に肩をすくませて逃れようとした。

 

「やだなぁ忍さん。勘ぐりすぎだってー」

 

「……新型レイバーもいいけどね、第二小隊はレイバーよりも、よっぽど深刻な問題があるのではなくて?」

 

「え、えぇ……そうだっけ?」

 

「隊員数、足りてないでしょ。人材不足の方が喫緊の課題じゃなくって?」

 

 南雲の苦言に後藤は誤魔化すように頭をポリポリとかいた。

 

「そういえば今日、八王子の工場でレイバー隊員の適性試験があってね。うちが忍さんとこを超すエリート集団にのし上がれるのか、それともただの独立愚連隊になりさがるのか……いやぁ頭かいーわ。わはは」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 八王子市内にある篠原重工管理の工場に向けてボクと遊馬はレイバーキャリアで移動していた。車内には特に会話もなくトレーラーの退屈な走行音だけが響いている。

 暇を持て余したボクはトレーラーの助手席から窓の外の景色を眺めていた。だが運転中の遊馬は何か気がかりでもあるのか、ちらちらと鬱陶しくこっちを盗み見ている。

 

「……なぁ」

 

「なんだよ」

 

「いいかげん機嫌を直したらどうだ。お前ぐらいだぞ、新型機導入の話を聞いてそんな暗い顔をしているの。おかげで新型機で盛り上がってた進士さんもヒロミちゃんも整備班も誰も話さなくなったんだぞ」

 

 今は、遊馬のお小言を相手にする気分じゃない。窓枠に肘をかけて、内心で溜め息を吐いた。

 

「別にそんなんじゃない……」

 

「じゃあなんだよ」

 

「………」

 

 なんだろう。言葉が見つからない。そもそも96式は暴走レイバーとちゃんばらするために作られていない。

 ならばこれから96式は本来の役目である土木や建築に使われるっていうのは……いい事のはずだ。

 そしてボクは助手席から、一向に開発の手が入らない埋立地の荒れた景色を頬杖を突いて眺めている。

 

 この湾岸エリアもいづれは様々なビルディングやショップが立ち並ぶことになる予定だ。かつては空き地、工場、倉庫ばかりだったが、JR高輪ゲートウェイを中心として再開発される芝浦。レインボーブリッジをはじめ人気観光地の台場、品川駅近くでオフィスビルが並び、羽田空港とのアクセスが良い港南。国際展示場を始め知る人ぞ知る有明、豊洲に徒歩圏内にある東雲。新木場、夢の島。

 しかし1998年の現代ではどこも、広い空き地でしかない。そう、今はまだ……いづれ前世のボクが知る通りの風景に取って代わられていくだろう。だから、どうっていうわけじゃないんだけど。

 

「なんか置いてけぼり喰らったみたい」

 

「なんのこっちゃ?」

 

「……」

 

 自分でも何言ってんだろう感がある。ちょっとセンチメンタルに浸りすぎて、らしくもなく気色悪い考えを隣にいる遊馬の前で口走ってしまった。

 

「下手の考え休むに似たり、元気だけが取り柄なんだから深刻に考えんなよ」

 

「ボク巡査部長で、キミは巡査なんだけどーーーっ!?」

 

「だったら、もっとそれらしくしていてくださいよ巡査部長殿」

 

 ぐぬぬぬ……。ノンデリの遊馬なりに気を遣ったんだろうけど、言葉選べよなー!

 それから話すこともなくなり八王子の工場につくまで黙っていた。途中、八王子工場の門扉で制服を着た婦警がみえた。

 さっきから門扉の近くをうろうろと当てもなく彷徨い歩く姿は、わかりやすく道に迷っているように見えた。途方に暮れている婦警をみかねたボクは声をかけることに決めた。

 

「ちょっととめて!」

 

「なんだよ急にっ」

 

 ボクの呼びかけに慌ててブレーキを踏んだ遊馬は、ハザードを点灯し路側帯にそってキャリアを停車させた。

 レイバーや自動車の製造工場が立ち並ぶ工業団地の道路は、閑散としていて一般車は滅多に通らない。僅かな間ならばトラックを止めていても支障はないだろう。

 

「わぁ……栄光の初代パトレイバ―だぁ」

 

「あなたそこで何しているのっ?」

 

 停車したトレーラー……というより荷台に乗っているレイバーの方に気が向いていた婦警がボクに振り向いた。

 助手席の窓から見下ろすボクの顔をまじまじと見た婦警は、ハッとして敬礼を掲げた。取り繕ったたどたどしい敬礼と落ち着きのない所作から、どうやら婦警になって日が浅い様だ。

 

「あのー!実は私、道に迷っちゃいまして……もしかして、警備部特車二課の方ですか?」

 

 ボクらが着る特車二課の山吹色のベストを見て気づいたのだろう。

 緊張しておどおどと目線を合わせずにいる婦警にボクは答えた。

 

「そうですよ」

 

「わ、わーっ、私!昔からこういうのに憧れていたんです!」

 

「こういうのって……レイバー?」

 

「はい!……それで特機部隊のレイバー適性試験を受ける様に言われてきたんですけど……道がわからなくなっちゃいまして。入口まで戻ってきたんですけど……」

 

 どうやら本当に迷子だったようだ。バツが悪いのか訝しむボクから目を背けてキョロキョロと辺りを見渡している。

 ショートカットの赤茶けた髪。大きくクリッとした瞳に、意志の強そうな太い眉。よく見れば少年っぽい顔立ちにも女性らしい愛嬌が現れている。

 体格は小柄だけどボクより少し……背が高いかも。ボクは彼女の言う試験会場がある辺りを人差し指でさし示した。

 

「試験ならあっちの東館の方でやってるって言ってましたよ」

 

 婦警はクリッとした目を大きく見開くと、勢いよく頭を下げた。

 

「ひ、東館ですか!わー!ありがとうございます!おかげで、ギリギリ遅刻しないですみそうです!……いそげー!いそげー!」

 

 お礼も手短に彼女はタイトスカートが捲れそうな勢いで八王子工場の東館に向けて突撃した――――と思いきや、婦警が急に止まった。

 

「ととっ……失礼しました!」

 

 此方に向き直り、ビシッと敬礼。再び試験会場に向けて走り出した。

 そのはしたなくも懸命にパンプスを鳴らす婦警の後ろ姿に、遊馬とボクは呆気に取られた。

 

「なんだったんだぁ?ありゃあ……」

 

「んー。新しい仲間候補……的な?」

 

「……あれがぁ?」

 

 怪訝そうな遊馬を促し、停車していたレイバーキャリアを発進させた。

 ちょっとした寄り道をしつつも目的の八王子工場の格納庫に辿り着いた。トレーラーから降車すると、茶色い作業着を着た、垂れ目で柔和な印象を受ける初老の男性がボクらを出迎えてくれた。

 篠原重工の常務で八王子工場では工場長を務める『実山剛』さんだ。レイバー隊のレイバーの受注や修理を一手に請け負う八王子工場とは縁もあり、実山さんとはお互いに顔馴染みだ。

 

「やぁ、遊馬さん太田さん」

 

「こんにちは実山さん」

 

「よっ!じっちゃん」

 

 遊馬は実山さんと気さくな挨拶を交わした。

 篠原重工社長の息子である遊馬と実山さんは旧知の間柄だ。実山さんは遊馬を社長の息子という括りではなく、本当の孫の様にとても可愛がっており、そんな愛情深い実山さんを遊馬もまた”じっちゃん”と呼んで慕っている。

 実山さんと世間話をしながら工場内を歩く。案内された先は篠原製品を点検する検査室だ。この部屋で八王子工場のスタッフがボクたちが運んできた96式を調べてくれる。

 検査はまだ途中だが、実山さんはコンピューターが弾き出したデータに感心していた。

 

「傷らしい傷もないし駆動部やモーターにも消耗が見受けられない……相変わらず丁寧に扱いますね」

 

「いやぁそれほどでも、それがボクの仕事なもんで」

 

 お世辞上手な実山さん。照れちゃうわ。

 だというのに隣の遊馬の反応は冷ややかだ。

 

「警官のくせに取っ組み合いするの嫌うんだよこいつ」

 

「……スマートって言ってくれないかな?」

 

 意地の悪い遊馬に訂正するよう強く求めるが、聞く耳をもたない遊馬はへっと鼻を鳴らすだけだった。

 

「警察用レイバーなんてものは本来取っ組み合いしてなんぼだろうが。罠はったりするなら警察用でなくてもいいし。そんなことばかりするから、ますます新型の導入が遅れちまうんだろ」

 

 新型レイバーの導入が遅れてる?そんなの初耳なんだけど。

 隊長だってそんなこと一言も……。

 

「なにそれ……まるで」

 

 ボクのせいみたいじゃん。

 遊馬も自分の失言に気づいたのか、ハッとした顔をして口を押さえている。

 

「ま……まぁまぁ!せっかくだし見ていきませんか?新型」

 

 険悪な空気を察した実山さんがボクたちの間に入って、取りなしてくれた。

 新型レイバーの場所は今いる工場から少し離れた建物にあるそうなので、歩いていくことになった。

 

「あなたもきっと気に入りますよ」

 

「そうですか……」

 

 実山さんが新型レイバーについて色々と説明してくれていたが、さっきの遊馬の言葉が気にかかりそれどころじゃなかった。

 今思い返すと昔カタギの職人って感じの榊さんがらしくなく饒舌だったし、後藤隊長にも新型機導入の件で迷惑をかけていたのかもしれない。気が重い。

 考え事をしていたら、いつの間にか目的の施設にたどり着いていた。出入口はシャッターで閉ざされており、実山さんが扉にある開閉スイッチを操作している。

 

「すごいですよ、篠原重工が総力を結集して製作した新型パトロールレイバー…正式名称は98式AV<アドヴァンスドビークル>……通称」

 

 実山さんの言葉に熱が籠っている。よっぽど新型に自信と愛があるみたい。

 自動でシャッターがせり上げられる。やがて目の前には新型機を載せたキャリアがグングン迫ってきていて………は?

 

 

「あぶない!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 事態は最悪だ。新型機を載せたレイバーキャリアが目の前で奪われた。

 隣では遊馬に押し倒された実山さんが肩を抑えて苦し気に表情を歪めている。強奪犯が運転するレイバーキャリアに危うく轢かれかけた際に肩を痛めたのかもしれない。

 実山さんを庇った遊馬の方にケガはなさそうで、すぐに起き上がり倒れた実山さんを抱き起こしていた。

 

「じっちゃん大丈夫か!?」

 

「はいっ……なんとか」

 

「肩、さわりますよ」

 

 怪我の具合を診ようと肩に少し触れたら、ハッキリと表情を歪められた。

 だが骨折の類ならこんなものでは済まない。恐らく打ち身だろう。

 

「わ、私の方はいいですから……それよりキャリアを!」」

 

 実山さんの意識ははっきりしているし、頭部や肉体にも大きな外傷は見当たらない。

 意識を切り替えて力強く頷く。

 

「篠原巡査、キャリアを使って追いかけます!」

 

「おう!」

 

 来た道を二人で走って戻り、ハンガーにいた手近な作業員を捕まえる。

 

「お願いします、すぐに96式をキャリアに乗せてください!!」

 

「な、なんなんですかあなたは!……あ、遊馬さん!」

 

「いいから言われた通りにしろよ!新型を乗せたトレーラーが今さっき、犯罪者に奪われたんだよ!!ここでグズグズしていたら新型がスクラップにされるかもしれないんだぞ!!」

 

「は?……奪われた?新型が?」

 

 焦燥に駆られた遊馬の説明を聞き、事情を飲み込んだスタッフの顔からみるみるうちに血の気が引いていく。

 掌からクリップボードとペンが床にコロンと滑り落ちた。

 

「え、えぇえええ!!?……わ、わかりましたーーッ!!」

 

 青ざめた社員は全速力で走り出した。

 ただちに検査を終えたばかりの96式をレイバーキャリアに乗せるよう、スタッフが矢継ぎ早に指示を飛ばし搭載を進める。

 

「96式を直ちに乗せろ、バラされでもしたら一大事だぞ!!」

 

 ハンガー内にいる者だけでなく休憩中のスタッフまで社内放送で駆り出させ、篠原社員が文字通りの総出で、引退予定だったはずの96式をキャリアデッキに積め込んでいく。

 そしてスタッフの搭載完了の号令と同時にボクと遊馬は車内に飛び込んだ。エンジンに火を入れレイバーキャリアを出す。

 既に八王子工場を突破していた強奪犯からやや遅れて、ボクたちは奪われたキャリアの追跡を開始した。

 強奪犯が運転するキャリアの行方は人工衛星とリンクしたGPSと、それに紐づけされたカーナビで現在地を把握、参照できている。

 キャリアの無線機で特車二課に通報を入れる。電話に出た後藤隊長に事の経緯を伝えた。

 

「はい。目標は新型機を載せたレイバーキャリアを奪って逃走しました。現在、篠原巡査と共にキャリアで追跡しています、位置情報システムによると目標は甲州街道を高尾方面にむかって逃走中です」

 

『そうかわかった、第一小隊のレイバーは現在修理中だ、戦おうなんて無茶するんじゃないよ』

 

「了解!」

 

 ロールアウト前の新型レイバーを強奪するなんて滅茶苦茶を超えて無謀をやる犯人だ。ホシを捕まえるまでにどれほどの被害を齎すか見当がつかない。

 ほどなくして、強奪されたキャリアの途上に、ペチャンコに潰されたミニパトの残骸を発見した。きっと運転手はひとたまりもなかった筈だ。

 

「なんだあれは」

 

「わからない。とりあえずミニパトを調べないと……人が乗っていたかも。篠原巡査は本部に連絡を」

 

「りょ、了解……」

 

 予備校出身者の遊馬に轢死体は刺激が強すぎるし、今ここでグロッキーになられては任務に支障をきたす。

 適当にいいくるめて遊馬を運転席に留める。体積が半分以下に凹んだミニパトを見て青ざめた遊馬にもボクの意図は伝わったのか返事が素直だった。

 トレーラーキャリアから降りて改めて事故現場を調査する。幸い、ミニパトやその周辺にケガ人の姿や遺体等は発見できなかった。

 とりあえず人的被害はないようだったので後の事は地元警察にまかせ、我々は強奪犯の追跡を再開した。遊馬が無線で追跡経過を隊長に報告する。

 

「目標は陣馬街道をぬけて西にむけて逃走しています」

 

『なら、一本道だな。相手は無謀な犯行をしでかすような奴だ、無用な刺激を与えずつかず離れずで尾行しろ』

 

「了解、それと途上で潰れたミニパトを発見しました。恐らく強奪されたキャリアに追突されたのかと思われますが、太田巡査部長が事故現場を調査したところ、運転手の姿は発見できませんでした」

 

『じゃあ大丈夫だろ』

 

「大丈夫って……」

 

 絶句している遊馬に隊長はフォローした。

 

『物事ね……なんでもそう悪い方、悪い方に考えちゃいかんのよ』

 

 いいのかなーそれで、隊長らしいけど。

 そのまま此方の尾行を犯人に気取られないよう距離をとって追跡を続けていると、時刻は夕刻に差し掛かろうとしていた。

 ―――それにしても白昼堂々と新型レイバーを強奪するなんて。実山さんが熱弁した98式AVって、そんなに優れモノなのかな。

 ふと、ボクは抱いた疑問をキャリアを運転している遊馬にぶつけてみることにした。

 

「ねー。仮に奪われた新型が敵に回ったとして、96式で勝てるかな」

 

「無理だろ……無理、無茶、無謀」

 

「むぅ」

 

 議論するまでなく一刀両断された。

 

「実際に動いているところ見てみないことにはわからんが、カタログスペックだけでも相当なもんだぞありゃ」

 

 カタログって……いつの間にそんなもの調べていたんだこいつ。

 フフンっと鼻を鳴らした遊馬は覚えたての機体スペックを得意げに諳んじてみせた。

 

「98式AV――通称、イングラム。全高8.02メートル、重量6.02トン。FRP装甲を採用し軽量ながら運動性にも優れ、豊富なオプション類とそれらを自在に操る器用さを併せ持つ、見る者に与える心理的影響までを考慮して設計された警察用パトロールレイバーである……!って触れ込みだったぜ」

 

『へー。この子イングラムっていうんだ』

 

「おい、急に気持ち悪い声出すな」

 

「俺じゃねーよ!!」

 

「じゃあ他に誰が……うん?」

 

 視線を落とすと、無線機が通話状態を知らせる緑ランプで点滅していた。

 急いで受話器を取り上げて通話先に呼びかける。

 

『うーん。機械の感じはシミュレーターと同じだな』

 

「おいっお前だれだ!ボクは特車二課第二小隊の太田ヒカル巡査部長だ!」

 

『うわ、女の子の声!?びっくりしたー!……コホン、これはイングラムからの送信です』

 

 聞こえたのは溌剌とした元気のいい女の子の声だった。しかしどこかで聞いた覚えがある声だ。それもつい最近。

 

『私は泉野明巡査です。あの……その声、もしかしてさっきの方ですか?門扉のとこの』

 

「きみは道に迷っていたあの婦警なの?なんでそんなところに……」

 

 通用門で試験会場までの道を尋ねてきた新人婦警の顔を思い出す。

 なんでウチの入隊試験を受けにきていたはずの子が、強奪されたイングラムの中にいるんだ。

 

『ちょっとミニパトで追いかけちゃいまして……えへへ』

 

「……じゃあ、あのひしゃげたミニパト……って、とりあえずイングラムの中にいるってことは操縦はできるの?」

 

 レイバーの知識がない人には、ハッチの開閉スイッチの場所すらわからないはずだ。

 

『あ、はい。研修のシミュレーターで何度か、オプション類はわかりませんけど。ひと通りのことは』

 

 ボクたちの会話にしびれを切らしたのか、遊馬が無線のスイッチを押して強引に自分のヘッドマイクにイングラムとの回線を繋げた。

 

「俺は篠原遊馬巡査だ。君が操縦できるならいまから言う指示をよく聞け。操縦席の下にある緊急用のデッキアップリモートスイッチをさがせ、警察レイバー共有だから必ずあるはずだ!」

 

『え?すいっち?……スイッチスイッチ……あ!?……は、はいっ!ありました!』

 

「まだ押すなよ!目標がレイバーキャリアを停車したら、そのリモートスイッチを押してデッキアップして起動。やっこさんが驚いている間にイングラムで走って逃げろ!」

 

 研修中の婦警に捕り物なんてさせられないし、その指示は妥当だ。しかし。

 

『了解!……えぇっと……キャリアが停車したらデッキアップしてイングラムで走って逃げる……キャリアが停車したらデッキアップしてイングラムで走って逃げる……キャリアが停車したら……』

 

 まるで思春期真っただ中の自閉症気味なロボットアニメの主人公みたいに、遊馬の命令を復唱しはじめてしまった。

 無線機越しの音声を聞くからに、婦警はかなり緊張している様子だ。

 

「大丈夫なの?」

 

「なるようにしかなるまい……ッ」

 

 苦々しく言葉を絞り出す遊馬。目を細め、額から一筋の汗が流れている。

 なにかと風変わりな事件に遭遇する特車二課だが、これまでとは毛色が違う突発的な事態だ。さしもの皮肉屋の遊馬も表情が張り詰めている。

 

「もしもの時は頼むぞ……っ」

 

 縋るようにハンドルを固く握る遊馬の不安を吹き飛ばそうと、ボクは大きく胸を張った。

 

「まーっかせなさい!」

 

「……不安だ」

 

なんだとーー!こちとら乗務250時間を超すベテランだぞー!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 現場に到着した時には、既に起動していた白いレイバーが作業用レイバーに囲まれていた。

 箱型のがっちりとした体形に地面に届きそうなほど太くて長い腕。緑色に塗装されていたが菱井のタイラント2000に酷似していた。それが3体、起動したばかりのイングラムらしきレイバーを取り囲んでいる。旗色は悪そうだ。

 

「遊馬!ボクでるよ!」

 

「頼む!」

 

 急いでレイバーキャリアから機体を立ち上がらせる。

 まだこちらに気づいていないタイラントの一体に近寄り背中を掴む。人型に拘った篠原重工製レイバーと違い、タイラント2000は大出力と簡易化を図った信頼性の高い機体だ。おかげで古い機体であるにも関わらず、今でも作業現場では大人気だ。ボクの実家にもある。

 だから短所も知り尽くしている。

 

「くぅうう!」

 

 背中を引っぺがそうとするが容易く振り払われる。やはりパワーでは勝てない。

 こちらに振り向いたタイラントから間合いを取る。じりじりと詰めよられる。

 

「……ふぅーー」

 

 深く息を吐く。例え旧式であっても96式からすれば決して油断ならない相手だ。

 瞬間、しびれを切らした相手が一気に走り出した。

 

「焦って飛び出した方が負けだよーー!!」

 

 タイラントは長くて太い腕が自慢だ。それは鉄骨なんかの材料を運んだり組み立てには役に立つけど、逆に懐に飛びこまれると弱いことを意味する。

 なによりレイバーでも小ぶりな96式は簡単に見失いやすく、ボクは96式を屈めてタイラントの攻撃をかわした。目標を見失い、動きの止まったタイラントの足を払い上げ、腰を掴んでそのまま後方に押し倒した。

 

「96式で下手投げだとーーッ!」

 

 遊馬の歓声が聞こえる。転倒時の衝撃でタイラントの搭乗員が頭を抱えて悶絶しているのがわかる。

 倒れたタイラントのキャノピーをひっぺがし、コンソールを壊して無力化する。これで一体。

 

「後ろだヒカルーー!!」

 

 殺気に気づいて振り返るとタイラントが拳を振り上げて立っていた。無理だ、反応できても96式ではこれはかわせない。

 殴り飛ばされる。96式のバイザーごと装甲がひしゃげた。油圧ポンプまでいかれたのか血しぶきの様にオイルが噴き出ている。

 

「ち……ッ」

 

 頭が痛い。どっかで打ったかも。

 タイラントがとどめを刺そうとゆっくりとこちらに歩み寄る。レバーを動かすが96式が反応しない。そんな……たったの一撃で動けなくなったの!?

 

「聞こえないのか、はやく脱出しろヒカルー!」

 

 ハッチごとバイザーが凹んで出られないんだよ。ボクが脱出でもたもたしている間にタイラントが目前に迫り腕を振り上げていた。

 まずい、やられる!!―――こちらの命を無慈悲に叩き潰さんと巨碗が振り下ろされようとした瞬間、タイラントがまるで落雷にでも打たれたかのようにガクガクと痙攣しだした。関節の至る所から白煙を噴き出している。

 タイラントはやがて力尽きた様に動きを止め、ズゥウウンと低い音を立てて膝をついた。衝撃と共に砂利が宙を舞う。

 倒れたタイラントの背後には、レイバーサイズの大型警棒を構えた見慣れない白い人型レイバーが立っていた。すごい、威風堂々と強烈な存在感を放つレイバーにボクは言葉を失った。

 

「……ご無事ですか?太田巡査部長!」

 

 どうやら助けてくれたのは泉巡査だったようだ。ということはあれが噂の新型レイバー「イングラム」か。

 

「泉巡査……はぁ、助かりました」

 

 ボクがお礼を述べると、外部スピーカーから感激したような喜色ばんだ少女の声が飛んできた。

 

「さっきのすごかったです!相撲の技ですよね!昔、父とテレビでみたことあります!レイバーであんなことができるなんて!」

 

「感心してるところ悪いけど、ハッチ外すの手伝ってくれない?ひしゃげて出られなくなってて」

 

「あ、はい!」

 

 タイラントに殴られて開閉装置がバカになってしまった96式の頭をイングラムで外してもらい、外に出る。

 辺りを見渡すと3機目のタイラントはキャノピーを潰され倒れていた。新型の性能込みとはいえ初の実戦で2体のレイバーをやっつけたのか。泉巡査すごい。初めてガンダムに乗ってザクを撃破したアムロレイみたい。

 それから操縦者含め被疑者を全員確保。ヘリコプターに乗っておっとり刀で現場にかけつけてきた後藤隊長に報告した。

 

「これ泉と太田の二人でやったの?」

 

「はい……って、隊長は彼女のことご存じなんですか?」

 

 遊馬の質問を隊長は無視して周りを見渡している。

 

「それより被疑者は?」

 

「向こうにいます。観念したのかおとなしいもんですよ」

 

「ふーん。じゃああとは所轄や他の連中に任せて、我々は帰るとするか」

 

「「了解」」

 

 見ればかけつけた所轄の刑事や警官が被疑者を連行している。

 そして崩れた96式のそばにはイングラムが悠然と佇んでいる。

 

 

「あれがイングラム……」

 

 

 ボクの独り言は誰の耳に拾われることもなく、からっ風に流れて消えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 後日。ついに特車2課に導入された新型パトレイバ―『イングラム』を第二小隊のみんなと見上げる。白黒のこざっぱりとしたモノトーンカラーと胸に桜の代紋、肩にパトランプ。まんまパトカーを人型ロボットにしましたという趣味性の高いレイバーだ。顔立ちにもそれは現れていて、かっこよさの中にどことなく愛嬌も感じられる。

 ていうか、改めてみるとシルエット全体がスラッと伸びるような外観をしている上に、とんでもないイケメンフェイスを乗っけている。超カッコイイ。

 シゲさんたち整備班はさっそく新型レイバーのハード(機体)を弄っている。初期設定を始めソフト(中身)は導入日にすませた。

 

「他社の製品を盗んで、自分とこの開発費浮かそうなんて……せこい話ですね」

 

「絶対に失敗するってなんでわからないんでしょうね」

 

「レイバー産業も本格的な過当競争の時代だからな。焦ったんだろーぜ」

 

 我々が捕えたイングラム強奪犯の正体は雇われの産業スパイだった。

 篠原重工のスタッフに変装して警備の目を掻い潜り、盗んだIDカードで八王子工場に忍び込んだと取り調べで自供した。

 本来のIDの持ち主は身ぐるみを剥されトイレで気絶していた所を、事件後に掃除のおばちゃんが発見していた。おちおちトイレにも行けない世の中になったと、後藤隊長がぼやいていた。

 ―――こちらに近づく足音が聞こえる。振り返れば隊長がいた。

 

「おう、みんな。新型レイバーが導入されて我々も活気づいたところで、新隊員の紹介だ」

 

 ニヤリと笑う後藤隊長が横に一歩ずれる。

 そこには先日、偶然乗り込んだイングラムで八面六臂の大活躍を見せた婦警が立っていた。卸したてでパリッとした二課の隊服を身に纏い、ビシッと力強く敬礼する。

 

「本日付けで警視庁警備部、特車二課に配属になりました。泉野明巡査です!」

 

 敬礼する泉巡査が微笑む。ついに特車2課に新メンバーが加わった。

 しかも適性試験を受けていたということはレイバー操縦者ということ、これで第一小隊と同じツーマンセルで行動できる!やったぜ!

 

 

 

 

 

 

 

 

 ―――っと、それぞれの自己紹介をかねて新入隊員と歓談に興じている皆を置いて、さっさと隊長室に戻ろうとする後藤隊長にボクはかけよった。

 

「隊長……!」

 

「どうした太田」

 

「あっと……その……」

 

 やば。勢いで声をかけてしまったので二の句が続かない。

 僅かに逡巡して――頭を下げた。

 

「ありがとうございます!」

 

「どうした急に」

 

「あ、いや……なんていうか。隊長や皆さんにはここ数日ご心配をおかけいたしましたし。それに篠原巡査から隊長がいろいろ汲み取っていただいたと……」

 

 唐突にお礼を述べたボクを驚いた様に見ていた隊長はふむ…っと腕を組み。

 

「まず新型レイバーの導入と新隊員の編入……これは戦力不足の第二小隊においては急務だった。これは決して太田……お前のためというわけじゃない」

 

「はい」

 

「それに整理はつけられたんだろう?」

 

 コクリと頷く。するとポンポンと隊長に肩を叩かれた。

 

「ならそれでいいじゃないの」

 

 そうからからと笑って隊長は立ち去って行った。相変わらず読めない人だ。

 特車二課に導入されたAV-98式『イングラム』を見上げる。こいつが新しいボクのパートナーだ。

 

 

 

 

「よろしくね……相棒」

 

 

 




次回は来週の金曜日に投稿します。
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