愛と勇気と正義にかけて、市民をお守りいたします! 作:イングラマン
1999年1月某日。年が明けてもお巡りさんに正月休みなんてやってこない。
新年という節目に浮かれすぎて、羽目を外した酔っ払いが酒気帯び運転をやらかしてやいないかと交通課は検問で目を光らせているし、派出所勤務の地域課は夜の新橋や渋谷の飲み屋街や駅前通りなんかを頑張って練り歩いている。
繰り返すけどお巡りさんに正月休みなんて存在せず、常に交代制で勤務している。ボクもその一人で、今日は警察官求人ポスターの被写体となり、写真撮影に臨んでいる。
「でも振袖って……こんなのでいいんですか?普通こういうのって礼服でやるんじゃ」
「いいのいいの!だってあなたは昨年、臨海副都心を不法占拠した軍用レイバー集団から人質を救出した『東京テレポートの英雄』なんだから!―――『首都圏の守護者』!『日本警察の切り札』!と呼ばれ、名実ともに警備部の看板娘となったのよ!いまやあなたの両肩には本庁婦警みんなの未来が乗っかっているといっても過言じゃないの、疎かにできないわ!」
「カメラ班準備完了デース!」
「レフも配置完了しましたー!」
「よーーし!!あんたたちナイスよー!」
広報課の女性警官が笑って手を振っている。他に連れだった広報の婦警は三脚を用意し、お値段も敷居も高そうな一眼レフカメラをセッティングしている。そしてボクは膝立ちになったイングラム2号機の肩に乗っている。
昨年末のクリスマスイブに起きた不明勢力による『東京テレポート占拠事件』はワイドショーで連日取り上げられた。それは同時にSNS全日本テレビが独占取材に成功した『怪獣レイバー対イングラム』世紀の決戦が頻繁にお茶の間に流れたことを意味していた。おかげで珍妙な二つ名が、ボクの与り知らぬところで勝手に広まっていた。誰だ流したのは。
各放送局では多くのレイバー関係者や専門家がテレビゲストとして招集され、その中には八王子工場の工場長である実山剛さんや息子の高志さん、レイバーシステムの生みの親ともいえる柳原教授の姿もあった。テレビに呼ばれた実山さん親子は慣れないインタビューに緊張した面持ちだったが、スタッフに見せられたビーム兵器の映像には言葉を失っていた。
夜空を切り裂くビームと怪獣レイバーの爆発、特撮映画さながらのド派手なレイバー戦は世間に大ウケした。非常に大きな好評を得たことで、事件解決の功労者であり一躍時の人となった第二小隊に再び報道のスポットがあたった。
それは世間の評価が上がりつつある特車二課を、これまで金食い虫呼ばわりしてきた本庁の認識を根本から改めざるを得ない切っ掛けにもなった。警察は守るべき国民とマスコミの声には弱い。
同時に本庁では鼻つまみ者のボクを使ってアピールをすることに、元より失いつつあった戸惑いを完全に消し去ることを意味していた。特に本庁婦警たちの熱意がすごい。
「この写真を公民館や市役所、図書館、学校。他にも駅のホーム、デパート、病院の待合室。とにかくいろんなところに貼りまくるからね!それにこれからは成人式!ひなまつり!節分!バレンタイン!卒業式!入学式!イベント目白押しで大勢の人が外出するシーズンなのよ!あなたの写真で一人でも多くの将来有望な新人を獲得するわよー!」
戸惑うボクとは対照的に、撮影を主導している婦警の気合の入れ込み具合が尋常ではない。取り巻きの婦警たちもうんうんと頻りに頷いている。
昨年のボクの活躍を契機に、男社会で生きる本庁婦警組が勢力拡大に躍起になっている。警視庁内で抗争勃発か。
「あっ……枝は胸に手を当てるように、ちょうど梅の花が唇近くにかかるように!そうそう!視線は少し下げて!いいわよー!」
人材募集ポスター用に今回はバッチリとメイクを施され、梅の枝を持たされている。
梅の花は「高潔」「忍耐」など力強い言葉が多く、とても縁起のいい花ではあるが、今は一月。梅の木はまだ花を咲かせていない。
持たされた枝は造り物の梅だけど、間近で見ても本物と見まごう程の精巧さで仕上げられている。
「じゃーいくわよー!」
パシャリ。掛け声とともにフラッシュが炊かれた。
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「よーやっとるわ」
「少しは彼女に感謝したらどうなの、本庁嫌いのあの子がマメに口利いてくれたおかげで。二課の予算……本当に増やしてくれるなんて思ってもみなかったんだから」
「まぁ…期待させて梯子外されるのなんてしょっちゅうだったからねぇ」
のらりくらりと掴みどころのない後藤の態度に、南雲は疲れたようなため息が漏れでた。
「はぁ……本当に後藤さんにはもったいない部下ね」
外では広報の婦警たちがヒカルをちやほや持て囃しつつ、撮影を続けている。
元は本庁出身組であり女性警官として才媛で通っていたヒカルは、今や日本全国の婦警たちから羨望の眼差しを一身に受ける憧れの的であり希望の星だ。
なにかと婦人警官だからと警察庁内で軽く扱われがちな婦警たちからして、男性社会で活躍するヒカルの雄姿にはスカッと溜飲が下がる思いなのだろう。
いまはまたぞろと二課整備班と第二小隊の面々が殺到し、本庁婦警たちを押しのけて勝手に撮影を始めている。相変わらずの悪ガキどもだ…。
「それで松井さん。例の正体不明のレイバーってどうなったの?」
中央のストーブの前を陣取っている本庁捜査一課の松井に話しかけた。
彼は埋立地には来たばかりで差し出された煎茶を啜りながら、凍え切った指先を解している。後輩で相棒でもある風杜刑事も煎茶の相伴にあずかっている。
「情けない話だけど……大部分が原型を留めてないし、パーツも熱で解けていてさ。ただ、ちぎられた腕の一部が見つかったんでそれを鑑識に回したら、おもしろいことがわかったよ」
松井はパイプ椅子の背もたれにぐったりと体を預けた。
「鑑識が言うにはさ。レイバーっていうのは、凡そメーカーごとに特徴があるそうなんだよ。例えばお宅らが使ってるイングラム。あれはこれまでの篠原重工製とは全く異なるけど」
「オートバランス機構で篠原製とわかる」
「それで試しにとバラバラにしてみたんだよ。ネジとかボルトとか、外装の材質や塗料を検証してみたり。で、鑑識が言うには西ドイツのタイプ7をベースに、どうもそれを改造した違法レイバーだったんじゃないかっていうんだよ」
「腕一本で、よくそこまで正体がわかったね」
「まぁ、幸いなことに、警視庁お抱えの鑑識倉庫にはタイプ7のサンプルが山ほどあったからね。比較材料には事欠かなかったよ」
昨年の事件でクレーンに吊るされ、本庁自慢の鑑識課のレッカー車でトコトコと運ばれて行った4体のタイプ7の姿を後藤は思い出した。
「あぁ……それもそうね」
「ズズッ……はぁ、この時期は緑茶が体に響くね。俺も歳かな」
「茶漬けに、梅干し、醤油味……そりゃ歳のせいだけじゃないよ」
南雲は頬杖を突きながら連日ワイドショーを賑わせている、怪獣映画さながらの戦闘映像を思い出した。
「…レイバーがレーザー光線を発射するとはね」
「俺もテレビでみたけどアレには驚かされたよ」
「お嬢さんの報告だとかなり強力なECMまで装備していたんだってね。高度な軍事技術のノウハウをもつ組織は数限られているが」
「本部は国外勢力の軍事活動の可能性も視野に入れていまして」
「もしそうならウチらじゃお手上げだよ」
それこそ自衛隊にでも持ってってもらいたい……後藤は切実にそう願った。
後藤は窓の外で、本庁婦警組と揉めている二課の面々を見ながら考えて、ぼそりと言った。
「……シャフトとかは?」
「あの爪楊枝からスペースシャトルまでっていう多国籍複合企業の?」
南雲は家庭用品のみならずレイバー製造まで請け負っている巨大企業を思い出した。もちろん日本にも支社はあるがあそこはアミューズメントや娯楽系を担っているはずだ。
後輩の風杜が否定した。
「あそこなら軍需関係にも食い込んでいますし、軍用レイバーを密輸できるかもしれません。ですが、外事からはそういった報告は来ていません」
「公安部は先の一件で力落としてるから……あんまり期待できないよ」
「……わかった。不明のレイバーも含めてちょっとそっち方面で洗ってみるよ」
窓の外では記念撮影も無事に終わったのか、2号機に搭乗した香貫花がイングラムをハンガーに戻していた。
……さすがに撮影用の振袖で操縦はできないわな。
刑事たちが出ていった後の隊長室。
椅子に腰かけた後藤はぼんやりと窓の外を眺めながら南雲に言った。
「今回はしてやられたよ……コンピュータにいい勉強させちゃったよまったく」
「…?」
「例えばの話、将棋を指すならへぼな指し手とプロの指し手……どっちとやれば強くなると思う?」
「それは……後者でしょう」
「そう。しかもその指し手がいまや、日本最強とまで呼ばれるようになっちゃった人物なら猶更だよ」
南雲はこれまでのレイバーは全て無人機だったことを思い出し、後藤が暗に言わんとしている事を理解した。
「無人レイバーによる事件……すべてはイングラムと太田ヒカルとの実戦データを収集し、経験値を上げるためだった?」
「それだけじゃない……川崎でタイプ7を撃破した太田のイングラムと対等に渡り合えるようになれれば、それは現用のどのレイバーにも通用することになる。ずばりイングラムと太田は格好のテスト材料ってわけ」
はぁ……と後藤は気苦労を感じさせるため息を吐いた。その草臥れた姿を見た南雲は口元を隠して小さく笑った。
「ふふ……最新鋭のレイバーと優秀な隊員を持つ部隊にも悩みがあるのね」
「えぇそうですよぉー……これでも苦労しているんですよぉー」
「でもそのために態々軍用レイバーを4機に、正体不明の新型レイバーまで使い捨てたっていうの?」
「あと川崎のも併せるなら5機……手間と金を惜しまないにしても出血が大きいし、たった一機のレイバーに負けるのは向こうさんにとっても予想外だったんじゃないかなぁ……太田も俺もただの考えすぎかもしれないけど」
「すべて同一犯によるものだっていうの?」
「今回もタイプ7の中身が空っぽだったんだよ。それにお宅の第一小隊が出払った時を狙いすましたかのように事件が起きたし、偶然とは思えないね」
後藤の言うとおりで、僅か一機のレイバーに差し向ける企てにしては規模と損害が大きすぎる。
南雲は頬杖をついて考え込み、後藤は変わらず羽田から旅客機が飛び立つ埋立地の空を窪んだ眼で眺めている。
「とはいえ太田が言うには前回と大して変わらんだそうだ……まぁ多少のレベルアップじゃ大魔王の敵じゃなかったらしいがね」
場末扱いされてきた部署の評価と予算向上の一役を買ってくれた自分の部下を大魔王扱いする男に南雲は白い目を向けた。
窓の下では振袖を着たヒカルに、丁寧なお見送りを受けている松井たちの姿が見えた。
大魔王からのお見送りを受けて浮かれた二人の足取りは軽くみえた。
♦
――また日は変わって
会場中央の試合場では、日頃から厳しい訓練によって肉体を鍛え上げた屈強な警官たちが汗を流し、互いの胴着を掴み、激しい音を立てて畳に相手を叩きつけている。
この日のために警視庁が押えたイベントホールには大勢の警官や関係者が集まっている。そこには報道陣も含まれている。
「本日は全国の腕利き警察官が一堂に会する本庁警備部主催の柔道大会、全国警察柔道大会警視総監杯が行われています!」
報道エリアにはマイクを持った桜山さんの姿も見える。先の大事件をどの局よりも先駆けて取材に成功したことで局内でも評判がいいみたい。うちに電話をかけてきて喜んで話してくれた。
ボクたちが会場に現れるとワーーッという歓声が上がった。二課の皆が驚いている。男性だけでなく、女性の声援も多い。特車隊も負けじとシゲさんと整備班が旗を振って応援してくれている。
「すごい熱気ですね…」
歓声に気圧されたヒロミちゃんがぼそりと言った。
「全員ヒカル目当てだろ……あーあ。しっかし、せっかくの非番の日に呼び出されて、あんなゴリラと汗かいて戯れにゃいかんとは。サイテー」
非番にも関わらず呼び出されて機嫌の悪い遊馬が、対戦相手である機動隊員に向かってぶーたれている。ジロッと睨まれたが遊馬は気に留めていない。
「警備部は全部隊参加が建前だからな。第一小隊は待機任務中。暇な俺たちが出るしかなかったわけ。まっ諦めるんだな」
「ボクが大将で本当によかったんですか?」
ひけらかすわけじゃないけど特車二課では腕は立つ方だと自負している。対外試合で経験値を積んでいく強豪柔道部でもあるまいし、先鋒に据えてくれてもよかったんだけど――っと、ボクの問いかけに前を歩く隊長は諦めた様に、上座に座っている課長や部長たちに視線を向けた。
「……まぁ人数合わせとはいえ、お前さんを矢面に立たせると何言われるかわからんからなぁ」
福島課長からボクの参加は絶対だと言われている。色々顔が売れたのもあって、隊長の言う矢面云々で編成にも影響が出ていた。
先鋒進士さんから順に篠原、山崎、後藤…と続いている。
「これより第一試合、Bブロックをはじめる―――赤、特車二課第二小隊!白、第四機動隊B中隊!礼!」
相手陣営は現役の機動隊員。テロリストや凶悪な犯罪者による集団犯罪を想定し、日夜徹底した訓練で装備を研ぎ澄ました集団暴力のプロフェッショナル。
対してこちらは凶悪化の一途をたどる首都圏のレイバー犯罪に対処するため組織された、近未来のハイテク部隊。字面だけなら決して負けていない。
「赤、先鋒、進士!白、先鋒、斎藤!」
相手は体重100キロをも超す巨漢。それも日々の厳しい訓練で鋼の如き肉体に作り換えた機動隊員。対峙する進士さんは体重60キロの前職サラリーマン。アカン。
「進士さん、気を付けてね…!」
「まぁもって……3秒ってところか」
ハラハラしたボクは両掌を握って祈った。お願いですから怪我だけはしないでください。
ドスンと豪快に畳に叩きつける衝撃と同時に、審判の「一本ッ!」の声。進士さんの試合が終った。
腹這いになりながらも進士さんがケガもせず自力で自陣に帰ってきてくれた。相手が手加減してくれていたのと、日ごろの格闘訓練の賜物で受け身だけはなんとか取れていたのが幸いした。
「次鋒―篠原!」
「また白帯かよー!」
「所詮レイバーがなきゃ何にもできねー連中なんだよ!」
「遊馬ーッ!ガンバッテー!冷静に―!」
先鋒に続いて白帯ということで観客席からバカにされてムッとしていたけど、ボクが応援をかけると遊馬がこっちにグッと拳を握っていた。意外と冷静じゃん。
けど遊馬に声援をかけたのと同時に、対戦相手の目に闘志の炎がメラメラと滾ったのが気になる。ボク、余計なことしたかもしれない…。
審判の号令直後、先制攻撃とばかりに遊馬が突撃した。おぉ、ぎこちないけど組み手争いできてる。
「……甘いな」
隊長が冷静に戦況を下す。
白帯の遊馬の奇襲には面食らったようだけど、それも最初の内で対戦相手の目には余裕の色が窺える。
数秒後、健闘も空しく沈んだ。その上、技ありに託けて柔道衣の襟で首を締めあげられた遊馬が担架で運ばれて行った。
「実力差はすぐにわかっただろうにあの人……」
「……遊馬さん」
中堅はヒロミちゃんだが、担架で運ばれた遊馬を見て怯えていた。動きがぎこちなくなり、こちらも1分と経たず沈んだ。
「副将!後藤!」
ボク以外だと唯一の黒帯なので、みんな固唾をのんで見守っている、
対戦相手の選手も後藤隊長を前にして少しは期待した表情をしている。中央で対戦相手と向かい合わせになり、審判が号令を下す。
「始めッ!」
しかし試合開始直後。隊長を前にして独特な……一体何考えているかわからない意味不明な雰囲気に呑まれ、対戦相手の顔が汗ばんでいる。
体格差は圧倒的。にも関わらず後藤隊長の方からすり足で間合いを詰めていくもんだから、隊長の考えが読めない斎藤選手は呼吸を乱している。
「オイどうした斎藤!!はやくしろ!大将が控えてんだぞ!」
「負けて俺にまわしてくれー!」
飛び交う歓声とヤジに背中を押され、冷静さを失い恐慌に駆られた斎藤選手が突撃した。
その心の動揺を見逃さず後藤隊長は内側に潜り込むように胴着の袖と襟をつかんだ。走りながらタイミングを計り、勢いで―――投げられた。
「は?」
審判の一本の声が響く。何でもないように体をパンパンと払って、腰に手を当てた隊長が自陣に帰ってきた。
「……いやぁ腰が痛いわぁ。じゃ、あとよろしくぅ」
「……」
このオッサン……なにが矢面にだ。ちゃんと受け身とって自分だけ逃げ道作って。
ボクは小さくため息をついて立ちあがった。
「大将!太田!」
「ヒカルちゃーん!」「あんなゴリラやっつけてー!」「ヒカルちゃんケガしないでー!」
「斎藤、ヒカルちゃんのおっぱいみせてくれー!」「胸触ったらコロスゾー!」「頼むから俺に代わってくれー!」
向こうの背は高いし恰幅もいい。元々女性の中でも小柄なボクと比べて倍以上の差がある。
頬が紅く、鼻息が些か荒い。視線が普段、隊服で隠れていたボクの胸に行っている。雰囲気が好色に染まっており、さっきと違い隙だらけだ。うーんもって。
「3秒かな」
「はじめ!」
「ぉおお!!」
――ポーイ。
「「「………」」」
バァーン……畳を叩きつける乾いた音と共に、騒がしかった試合会場がシン…と静まり返った。
まともに受け身も取らず、ボクの真後ろに投げ飛ばされた斎藤選手が背中から叩きつけられ泡をふいている。
とりあえずこれで遊馬や、みんなの仇は取れたかな。
「一本!!太田!」
『すっ……すごいです!神業です!圧倒的に体格で勝る斎藤選手を全く寄せ付けずに倒してしまいました!柔よく剛を制す、これぞ柔道の神髄!まさに秒殺。いえ瞬殺です!』
「「「「オオオォ―――ッッ!!」」」」
興奮気味にマイクをもった桜山さんの声が飛び、会場からは歓声が上がった。それらの声を聞きながら僅かに乱れた胴着の襟を正す。
ぶくぶくと泡を吹いて伸びてしまった斎藤選手は、医療班によって担架で運ばれて行った。
そのあと特に危うい場面もなく、大将のボクが4人抜きして特車二課が勝利した。
シゲさんたち整備班もこれには大喜びだった。観客席にいる香貫花や野明も呆れながらも笑って祝福してれた。
次戦は棄権した。遊馬が締め技を受けたときに喉をケガしてしまったからだ。
せめて授賞式には参加するよう課長たちに求められたが、現場で苦戦している第一小隊を援護するために取りやめとなった。
事件現場は下町の銭湯屋だった。ボクたち第二小隊が駆け付けた時には、既に犯人レイバーと格闘したパイソンが銭湯の向かいにある家屋を枕にして倒れ伏していた。
不幸中の幸いはケガ人が出ていない事と、パイソンの下敷きにされた家屋がレイバーによる物損を対象にしたパトレイバー保険に加入していたことだろう。
南雲隊長が説明するには銭湯に立てこもった犯人は恋人に振られてやけになり、酒を呷って泥酔中。しかも逃げ遅れた銭湯の客をレイバーで人質にしたという。
「最悪じゃないの…」
犯人の凶状を聞かされた後藤隊長が、うんざりするように項垂れた。
直ちに1号機、2号機キャリアが銭湯の裏手に回り配置についた。なんだなんだと騒ぎを聞きつけた大勢の近隣住民が顔を覗かせ、現場に現れたボクたち第二小隊をみてザワついた。
そしてレイバーキャリアから降りたボクを見つけた人々が、ワッと歓声を上げた。こういうのは事件からこっち、更に有名になったってのを実感する。
「ヒカルちゃん握手してくれー!」
「サインちょうだーい!」
「ヒカルちゃんプロレスやってーー!デスバレーボムーっ!」
「みんな応援ありがとー!また今度ねー!」
手を振ってねだる子供たちや、野次馬を振り切って2号機に乗り込む。デッキアップした1号機、2号機共に配置につく。
滞りなく全て配置完了。ところが、遊馬が先刻の試合で喉にダメージを受けてしまい1号機指揮不能状態に陥っていた。
『たくこんな時になぁ……』
『どうしましょう……』
困り顔の進士さん。仕方ないので香貫花が1号機の指揮を兼任することになった。
香貫花の負担が大きいが、予めザッとだが作戦を決めていたのと香貫花が優秀だから出来る仕事だ。
メガホンをもった後藤隊長が、人質交渉をしに破壊された銭湯に乗り込んでいく。
「あ~。あ~。籠城中の犯人に告ぐ、聞こえるか?この銭湯は完全に包囲されている。速やかに人質を解放し、レイバーを停止させて降りてきなさい」
頭部に二つ付けた投光器が特徴的な、篠原重工の作業用レイバー『ボクサー』が、銭湯の縁に腰掛けてふんぞり返り、逃げ遅れた銭湯の客をその3本の爪で捕まえていた。
護岸工事をも可能とするレイバーのパワーを使えば人間なんて紙粘土のように潰せてしまう。
近づく後藤隊長を警戒した籠城犯が叫んだ。
「来るなぁー!近づくとこのオヤジ握りつぶすぞー!」
「やめなさいって。女なんて広い世間にいっぱいいるじゃないの」
「うるせぇー!てめぇなんかに俺の気持ちがわかってたまるか!俺には…俺にはあいつしかぁ…」
酔っているのもあって、振り切った感情が犯人の瞳から悔し涙を流させている。
「みんなそう思うの。フラれた時には特に……あいつしかいないって、俺にはあいつだけだったって。あいつと一緒になれない世の中なんか、ぶち壊して死んでやるって。そういう自分を見れば、きっとあいつも俺という男をふったことを悔やむだろうって。でもそれは、間違いな訳。そういうことは全然ないわけ」
銭湯の風呂椅子に腰かけた後藤喜一のやる気が微塵も感じられない説得術が続いていく。
というか隊長……ハンドスピーカーを使っているから、全文に渡ってこの説得らしき奇怪な何かが町内全体に轟いているはずだ。恥ずかしい。
「バカな男のバカな死が三面記事を飾り立て世間の物笑いの種になる頃、女は別の男と引っ付いて、子供コロコロ産んじゃって、自転車に乗っけて買い物なんか行ったりして、塾なんかに行かしたりして。それで世の中、丸く収まったりするわけ。バカバカしいと思うだろう?」
「う~ん、そりゃまあ……」
「だったらもうやめようよ」
「何なんだよー!?それで説得してるつもりかよ。帰れよぉ。俺と対決する気が無ければ帰れッ!」
「だからさぁ……」
「だからさぁ……じゃねぇーだろぉ!さっさと帰れよ……それともあれだ。太田ヒカルを紹介してくれたりすんのかよ!?アイドルを紹介してくれんのかよ!」
隊長は胸を張って言い切った。
「警察はそういうことはしない!」
「だったら帰れよぉお!!帰らねーとこのオヤジぃ……!」
立ち上がるボクサーの横合いから1号機が銭湯に飛び込んだ。
泡喰ったボクサーの肘から先を叩き折り。1号機が人質の店主を回収する。
『救出完了…!』
その後、頭に血が上ったボクサーが裏手の空き地にまで1号機を追いやったが、後ろから忍び寄る2号機には気づかなかった。電磁警棒で腰の腰椎基盤を破壊され、あえなく御用となった。
手を振るみんなに見送られ、ボクたち特車二課は現場から去っていった。
篠原ユーザー「軍用レイバーを4機と怪獣相手にしても勝てるレイバーを超える警察レイバー作って、役目でしょ」