愛と勇気と正義にかけて、市民をお守りいたします!   作:イングラマン

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第二十三話 東京国際レイバーショウ

 冬の寒さにススキは白い霜をまとい、一面の銀世界と彩られた早朝の埋立地。

 今朝は何事もなく特車二課へ出勤した第一小隊隊長の南雲シノブは、棟屋裏のシャッター前に赤い自家用車を置いて降りると早足でハンガーの階段を駆け上っていった。

 二階では、当直明けの泉野明がうつらうつらと舟を漕いでおり、その傍らでは、太田ヒカルが彼女の乱れた身嗜みをせっせと注意していた。

 

「ふぁあ……」

 

「しゃっきりしなよ野明。国民のお手本となるべきボクたち警察官は身嗜みには殊更気を遣わなきゃ。ほら、寝ぐせが立ってるしネクタイも乱れてる。こっちに見せてっ」

 

「ごめぇん……」

 

 寝ぼけ眼でいる野明の隊服をひっぱり、ヒカルが崩れたネクタイや襟を整える。まだまだ新米気分が抜けない後輩をお節介な先輩が世話を焼く、特車二課ではおなじみの光景だった。

 やがてカツカツと階段を鳴らすヒールの足音に気づいたヒカルは締め直していたネクタイから、パッと手を放した。階段を上り姿を現した南雲に振り向き、ビシッと敬礼する。幼げだが大きく張りのある快活な声がハンガーに響き渡る。

 

「おはようございます!南雲隊長!」

 

「ぁ……お、おはようございます!」

 

「二人ともおはよう。後藤さんはいる?」

 

「はい、隊長室におられます」

 

「そう…ありがとう」

 

 挨拶もそこそこに険しい顔つきを張り付けたまま、隊長室に向けて足早に去っていく南雲の後ろ姿を、二人は何事かと見送っていった。

 

「なんだったんだろうね……」

 

「さぁ……」

 

 南雲が隊長室の扉を開くと 後藤は何をしているかと思えば脱いだ靴下を摘まんでいた。

 当直で臭いの染みついた靴下を嗅いでいる後藤を見て、南雲は呆れたように眉をひそめた。

 この男には、先ほどの部下の爪の垢でも煎じて飲ませた方がいいんじゃないだろうか。しかし目の前の男のだらしなさよりも、他に気がかりがあった南雲は意識して無視した。

 

「おはよう、ねぇ。これみた?」

 

 手短に挨拶を済ませた南雲は、脇に抱えていた今朝の新聞を後藤に見せた。

 

「またなんか、うちの小隊の事でも書かれてた?……ゴホッ」

 

 履き古した靴下の強烈な体臭に後藤はたまらず咽せ返った。靴下を腕いっぱいに遠ざけ、顔をしかめながら南雲へ振り向く。どうやら当直明けの一足は、後藤の飄々とした余裕すら吹き飛ばすほどの破壊力を秘めていたようだ。

 

「最近破竹の勢いですものね、後藤さんのところは」

 

「ひがまないでよ……」

 

「ひがんでませんッ」

 

 カツカツとヒールを鳴らして近づく南雲は、後藤のデスクに朝刊を乱暴に叩きつけた。

 

「そんなことよりも、これ!」

 

 広げられた新聞を読む。芸能人の浮気問題、与党政治家が図書券で賭け麻雀、北朝鮮のミサイル実験。

 

「そっちじゃないわ」

 

 それらゴシップを無視し南雲が指で示した先を辿っていく。あったのは紙面に小さく掲載された某社の求人広告だ。仕事内容、給料、勤務地、勤務時間、応募方法などの基本的な労働条件が細かい文字で記載されていた。

 

「なになに……求むレイバー搭乗員?社会保険、寮完備、昇給有、賞与2回、経験者高給優遇、年齢30歳未満……HOLIセキュリティーサービス……なにこれ?」

 

「民間の警備会社も本格的にレイバーを採用するようになったってことよ」

 

「だから?」

 

 ここまでいって要領を得ようとしない後藤に、ムッとした南雲は机に手をついて詰め寄った。

 

「落ち着いてていいわけ?」

 

「どうして?」

 

「ウチも警備が仕事なのよ?資本に物を言わせた警備会社が本腰を入れて動き始めれば、何かと比較されるだろうし!ウカウカしてられないんじゃないの?」

 

「そうはいってもねぇ……ヨソはヨソ、ウチはウチじゃない?」

 

「偉い人もそう思うかしら」

 

 言葉が途切れた。南雲の不満げなを顔を見た後藤は、仕方がないと顎をしゃくった。

 

「あれ見てよ」

 

 後藤が顎で示した先に目を向けると、部屋の隅に小さな蜜柑箱が置かれていた。

 片付けもせずに放置されている薄汚れた段ボール箱に呆れた南雲は、眉間に皺を寄せ閉目した。

 

「……気づいたなら自分で掃除なさいよ」

 

「そうじゃなくて。まぁみてよ」

 

「ただのゴミじゃないの……」

 

 半ば呆れ、面倒くさそうに呟きながらも催促されては仕方がない。南雲は小さく息を吐くと渋々その箱へ歩み寄った。屈み込んで中を覗き込むと紙束が雑然と積まれていた。中身はレイバーのカタログやチラシだった。以前にも南雲が渡された企業パンフよりも新しく発行されたカタログで、それがいくつも積み重なっていた。

 

「どうしたのこれ?」

 

「今度、東京国際レイバーショーやるの知ってるでしょ」

 

 国内企業に留まらず、世界中の最新レイバーや開発中のレイバーの関連技術を展示する大規模な見本市『東京国際レイバーショー』。中には新型レイバーの発表やデモンストレーションなども行われる華やかな舞台となっている。

 

「えぇ、晴海でやるのは今年最後といわれているわね」

 

「それの警備を偉い人から命令されたのよ。展示物の中には軍用レイバーや世に出てないレイバーも出展予定だから警備してくれって。それはその資料」

 

「あらまぁ…」

 

「そういうわけで、ここで妙に張り切ったりしなくてもいいんじゃないの」

 

 そう締めくくると、まだ何か言いたげな南雲を放って後藤は汚れた靴下と広げられた新聞をまとめ始めた。

 

 

 

 

 

 

 翌日。香貫花は隊長室にやってきていた。出勤時間になっても特車二課にヒカルが姿を現さなかったからだ。

 第二小隊オフィスにある黒板には太田の連絡事項欄に『出向』とチョークで書かれていたが、北海道の件もあって香貫花は太田の動向を気にかけていた。

 

「ふむ…まぁ黙っているほどのことでもなし……いいか」

 

 ぶつぶつと呟いた後藤は先ほどまで読んでいた新聞をデスクに広げた。

 そして紙面の隅っこを指でトントンと指し示し、そこを香貫花がのぞき込んだ。

 小さい記事で『東京国際レイバーショウ』と書かれている。

 

「東京国際レイバーショウ?」

 

「あぁ、太田は今そっちのミーティングにね」

 

 記事には今度予定されている晴海のレイバーショウの開催告知記事が小さく乗っている。

 国内だけでなく海外のレイバーメーカーからも今度発売を予定している新型が一堂に集結し、展示発表される一大イベントだ。毎年開催されるが、晴海でやるのは今年最後だとされている。

 しかし記事によると開催日はまだだいぶ先だ。

 

「こないだの事件で今やレイバーといえば、太田ってぐらい盤石なものになっちゃったから。今度のレイバーショウで是非第二小隊にと偉い人が業務委託を引き受けちゃったんだよ、今はそれに先駆けてミーティング中。だから今日は帰ってこれないよあいつ」

 

「隊長はいかなくてよかったのですか?」

 

「開催はまだまだ先の話だし、なにより俺……というより先方はあいつに用があるからなぁ」

 

「そうですか…」

 

 ちらっと後藤は香貫花の背後に向けて顎をしゃくって見た。香貫花もつられて背後にある箱を見た。

 蜜柑の絵が描かれたダンボール箱が床に置かれており、箱の中には雑誌やチラシが山の様に積まれていた。表紙がすべてレイバーとそれに侍る艶めかしいレオタード姿の女性の写真が印刷されている。

 

「それ全部太田への贈り物」

 

「まぁ…」

 

 ”話は聞いていたけど……”香貫花は企業から送られた同僚へのラブレターに呆気にとられた。

 後藤が椅子の背もたれに寄りかかるとギシッと音が鳴った。話は終わったと新聞を読むのを再開しようとして――ふと、気になった後藤は広げた新聞越しに香貫花に尋ねた。

 

「もしかして……つれてってほしかったの?」

 

「ふっ…まさか…」

 

ニヒルに笑う香貫花に、この半年でずいぶんと相棒への面倒見がよくなったなと後藤は暢気に構えていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 スタッフルームで名刺交換と挨拶をすませて、軽い世間話をした。

 背広を着た人々がボクに会社名と名を名乗り、ぜひともわが社の製品の広告塔やPRにも参加して欲しいと依頼された。勝手な副業は服務規程違反に抵触するし、ご依頼は警視庁警備部の方へとお願いした。

 大手グループの四菱をはじめ、新参のトヨハタ、農耕のエセキ、パイソンのマナベ…他にも大小のメーカーの偉い人々と名刺を交換した。

 その中には、世界的に名の知られたコングロマリット、シャフトエンタープライズの日本支社から参加した社員もいた。

 

「黒崎と申します」

 

「はじめまして、太田ヒカルです」

 

 差し出された名刺を頂く。サングラスをかけた中肉中背の男性だ。切れ長で迫力のある目。整った顔立ち。入社してかれこれ5年目のサラリーマンですって顔をしているが、足運びと体幹で心得のある人物だとわかった。

 差し出された手を握る。―――武道というよりも、体幹のブレや手の形と握り、感触からケンカ慣れしている感じ。これまで挨拶してきた業界関係者たちと人種が違う。

 炎天下で汗をかきながら、営業周りをする尊敬すべき日本のサラリーマンじゃない。地味なビジネススーツで巧妙に隠されてはいるが、暴力の世界に身を置いて生きている人種だ。いけない……手を握ると、無意識にその人の力量を測ろうとしてしまう。悪い癖だ。

 

「どうかされましたか?」

 

「い、いえ……失礼しました!」

 

 一向に手を解こうとしないボクの態度を訝しまれた。すぐに頭を下げて謝罪する。

 変な空気になりかけていたので、慌てて誤魔化そうと手渡された名刺を見てみる。『シャフト日本支社、アミューズメント部門。企画七課』と書かれていた。

 

「アミューズメントゲーム、テレビゲーム企画、開発…ですか。一見、レイバーとは関係なさそうですが」

 

「実は我が社から、今度出る新作の筐体ゲーム機が全国のゲームセンターやデパートに設置する運びになりまして、その際に是非とも警視庁とのタイアップ………ひいては太田ヒカルさんには、わが社の新作ゲームのイメージキャラクターとなって撮影に協力をしていただきたいのです」

 

「そういうことでしたら、ボクではなく。警視庁警備部か特車二課の方にでも」

 

「はい。もう既に話を通しています」

 

 仕事が速い。では今回は顔合わせということね。

 

「警視庁とのタイアップ……ということは新作ゲームは警察に関係あるんですか?」

 

「はい。プレイヤーはパトレイバーに搭乗し、凶悪な犯罪者やテロリストと戦い、ステージクリアーを目指していくというゲームです」

 

 それはまたなんとも…。

 

「……えっと…おもしろそうですね!」

 

 何とも言えず、あははと愛想笑いした。

 黒崎さんも、ふっと薄く笑っている。

 

「太田さんはゲームを嗜んだりいたしますか?」

 

「いえ…お恥ずかしながらボクは全く」

 

 前世はやっていたが、こっちの世界のテレビゲームはなんというかまだまだ発展途上な印象を受けた。子供の時からゲーム自体はあったが食指が伸びなかった。それよりも、実家にあるレイバーの方に夢中だったし。

 できればもう少しグラフィックや効果音、操作性が洗練されてきたら購入しようと思っている。P〇5発売まで……あと20年ぐらい待たなきゃいけないのか。

 

「そうでしたか。まぁ……本物のパトレイバーに触れる太田さんからすれば、ゲームでは物足りないかもしれませんが」

 

 なんかちくちく言葉するじゃん。

 

「……」

 

「いえ、失敬。あなたのような可憐な少女が、あのイングラムのパイロットだと俄かには信じられませんでしたので」

 

 ……そうですか。ボクはニコリと笑った。

 

「あなたもただのサラリーマンには見えませんよ?」

 

「……それはどういう?」

 

「ご自分の胸に聞かれてはいかがです?」

 

 自分よりも一回り以上に背が小さいお巡りさんに、挑発気味な言葉をかけられて少し驚いたように目を薄く開く黒崎さん。

 お互いの目線がかちあう。ボクを見下ろす彼の瞳にはニッコリと笑うボクの顔が映っていた。

 ……そうしてしばらく廊下で見つめあっているとフッと黒崎さんの視線が逃れるように外れた。すかさず、ボクはさっきよりも深く頭を下げた。

 

「重ね重ね失礼いたしました」

 

「いえ、こちらこそ。すみませんでした」

 

 社会人らしく、ここはお互いに一礼して話を流す。新作ゲームの宣材撮影の話は近々また今度するといい、そのまま別れた。

 黒崎さんからもらった名刺を見る。企画七課か……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 警備の相談は時間もかからず、すぐに終わった。一応、会場完成予定図の見取り図とかも頂いたけど、まだこれから参加企業も増えそうとのことで簡単な打ち合わせだけにとどまった。あくまで警視庁ではなくボクと個人的に顔つなぎが欲しかったのだろう。

 ただ篠原重工の八王子工場の工場長、実山剛さんがこっちに来ていたのには驚いた。そのうえ今日の実山さんは地味な作業服ではなく、キッチリとした仕立てのいいスーツで着飾っている。

 

「ご無沙汰しております実山さん」

 

「えぇ、お久しぶりです、太田さん。しばらく会わない間に見違えましたね」

 

「あ、あはは。それほどでも」

 

 最後にあった時とは実山さんがボクを見る目がちょっと違う。恐らくこの一年で、世間からの特車二課の評価が、がらりとかわっちゃったことが影響しているんだろう。

 廊下を歩きながら、実山さんとここ最近のことを話した。レイバーや仕事とは関係のない他愛もない雑談だ。中でも遊馬の最近の様子を聞かれ、元気にやっていると答えると、実山さんはホッとしたように喜んでいた。今なお続く、社長と御曹司の親子喧嘩に板挟みにされている実山さんは、ずいぶん気を揉んでいる。

 

「……実はあなたと面識があるということで、上からこちらへ向かうよう指示されましてね」

 

「…すいません」

 

「あぁいえ、そういう意味で言ったんじゃありません!あなたのせいじゃありませんし、皮肉で言ったわけでもないんです!むしろ……我々はあなたには感謝しているんです」

 

「ボクに?」

 

 実山さんがいつもの柔和な笑みを浮かべ、コクリと頷いた。

 

「こないだの東京テレポートの事件でイングラムが大々的に活躍したとのことで、篠原の製品がかつてないほどに売れ行きを増しています。それに今は国内市場に留まらず、海外でもインターポールやニューヨーク警察、ロンドン警察、香港警察がAV98のマイナーチェンジを発注したいという話も来ているんです。が、如何せんコストの問題やパーツの選別もありまして、話は難航しています」

 

「イングラムを汎用品というには、手間もお金もかかりますからね」

 

「それに相応しい結果……あ、いえ、それ以上の成果を上げていただいて、我々は本当に感謝しています」

 

 休憩室にたどり着いた。コーヒーを奢っていただき、二人で飲む。

 話は変わってここ最近のイングラムと第二小隊について。

 

「テレビの方も、拝見させていただきましたよ……イングラムをあんな風に使っていたとは」

 

「あ……もしかして、みたんですか。アレ」

 

 テレビ『はたらくお嬢さん』の事だろう。あの番組中でイングラム同士の組手を披露していた。

 仕事とはいえ、知り合いに見られていたのはちょっぴり赤面物だ。

 

「勿論です、社内でも持ち切りになりましたから」

 

 クスクスと笑われてしまった。反応から実山さんたちの感触は悪くないようだ。

 

「最近じゃ、新製品との性能比較によくイングラムの名前を上げられるんですよ。菱井やシャフト、SR70を出したトヨハタではなく……イングラムに比べてこれはどうなんだって具合で。それが私にはうれしくてうれしくて」

 

 実山さんは見るからに嬉しそうな顔をしている。イングラムは実山さんが工場長を務める八王子工場が自信をもって送り出したレイバーだ。それが世間や企業から話題をかっさらえていることに、自慢の子を持てた親のような気分なんだろう。

 ユーザーのボクとしても制作者がそういってくれてなんだかむず痒いやら照れくさい。

 

「我々としても折を見て、AV98の動作データを直接取らせてほしいと開発陣からのリクエストが上がっているんです。イングラムは次世代の機械のサンプルにもなりますから」

 

「イングラムを参考に新機種が生まれてくるのは特車隊としては願ってもない事ですけど…今は難しいと思います」

 

 この手の話題はボクは吹っ切れたけど、野明がぐずりそうだなぁ。それにわずかな間とはいえ首都圏の守りを薄くするのは警備部としても頷きがたいだろう。

 こないだの北海道の一件や東京テレポート占拠事件の例もある、兜の緒を締め直した警視庁や公安は武闘派環境団体や国外勢力の動きに神経をとがらせている真っ最中だ。

 

「わかっています。まぁそういうことがあったと覚えておいてください」

 

 会話がなくなり、二人でちびちびとコーヒーを飲む。壁に貼られたボクの姿が映った警察官募集のポスターをみながら、実山さんはなにか考え込んでいる。ボクは口を挟まずに黙っている。

 

「……実は折り入って、太田さんに見ていただきたいものがあるんです」

 

 決断を下した実山さんがジャケットのポケットから取り出したのは、レイバーが撮影された一枚の写真だ。

 姿形はイングラムに似ているがまだ開発途中なのか、彩色がなされていない灰色のレイバーだ。

 

「新型ですか?さっきお話していた?」

 

「あ、そちらとは別件です……」

 

 さっきとは違い、実山さんの表情が優れず歯切れも悪い。

 

「先ほどもいいましたが、イングラムは高くつきすぎますし、なにより手間が厄介です。せっかくの大口の発注があっても……部品の精度を落とすわけにもいかず、篠原の生産ラインだけでは到底支えきれない。それで開発陣はAVシリーズの新型としてコストを抑えたこの廉価版を開発しようとしています」

 

「それは……」

 

「これまでのAV98の実戦データをフィードバックし必要最小限の機能のみにしぼったことで、より安価、より耐久性や操作性を向上させるのに成功しました。設計も簡略化したことで整備もしやすくなっているんです」

 

「うーん……」

 

 コーヒーを隣において、腕を組んだ。

 話を聞く限りはイングラムのいいとこ取りなんだけど…。

 

「できれば、太田さんの意見を頂けませんか。我々はイングラムの性能を知り尽くしている、あなた方の意見が欲しいんです」

 

 それがここに来た一番の本題なのかな。

 

「過分なお言葉に恐れ入ります……ですがその…新型レイバーというのがどの程度のものなのかこの写真だけでは何とも…イングラム並の性能は保証してくれるんですか?」

 

「……開発陣は夜を徹して頑張ってくれていますよ」

 

「……」

 

 その言葉にボクが肩を落とすと、実山さんがはぐらかすように目を背けてしまった。廉価版云々以前に最低限の保証すらくれないなら何も言えない。

 ということはそれがわかっていた上で、他の誰かではなく、あえて実山さんをボクの元へ送ったのか。これでは貧乏くじだ。万が一にも不興を買いたくないからって……ボクは実山さんに同情した。

 

「量産機……あんまりうまくいってないんですか」

 

「……」

 

 実山さんは何も言わない。

 新聞ではイングラムの活躍で一躍脚光を浴びた篠原重工だったが、どうやらそれがかえって仇となったようだ。市場からイングラムの『次』を求められ、開発陣は焦り、経営陣は口を出し、現場は混迷を極めているのかもしれない。今の篠原は好景気の波に乗ろうと焦り、新型開発で社内が相当迷走しているようだ。

 

「……よろしければ今度乗ってみますか?」

 

「え、そんなことができるんですか?」

 

 実山さんから意外な提案が入った。あんまりにも自信がなさそうだったのに。

 

「我々で展示の最終日を飾るデモンストレーションを企画しているんですよ。よろしければそれに太田さんが試乗していただけないかと」

 

「は、はぁ…」

 

 歯に物が挟まったようにお願いをする実山さんに、廉価版に自信のない現場と、ボクを使うことで新製品をアピールしたいと考える上層部で意思統一ができていないと、改めて強く感じた。そして、その間に挟まる実山さん。

 しかし警備中のデモンストレーションとなるとボクひとりの判断では返答できない。この場での返事はいったん保留にしてもらい、この話は持ち帰らせてもらうと実山さんに告げた。

 それはこれまでの話がここだけのオフレコじゃなくなるわけなんだけど、実山さんは承知の上で話してくれていた。ボクに写真を見せたことで上層部……違うな。実山さん自身が上層部なわけだから、他の役員や社長にも言い訳が立つだろう。

 

「まぁ、そういう話があったと、頭の片隅にでも覚えていてください。あ、そうだこれ。ウチで作った、新製品なんです。どうぞ、遊馬さんたちとお召し上がりください」

 

「あ、これはどうもご丁寧に。あとで、みんなと美味しくいただきますね」

 

 実山さんに紙袋と一緒に長方形の箱詰めをもらった。奇麗にラッピングされており、新製品『いんぐらむ人形焼き』と書かれた菓子折りをいただいた。

 話は変わり明日には八王子工場に送った2号機が帰ってくるという。ボクのデータを反映した新しい基盤を2号機にそっくり取り換えるということなので、これまで以上に制御系の処理速度がかなり向上するという。つまりボクが反応、操作してから2号機が動きだすまでのタイムラグが減少し、よりスムーズな動作が可能となる。

 

 だが、先日のボクサーとの銭湯での一件もある。最近、レイバーメーカーから名刺代わりに譲り受けたカタログの中だけでも、第一小隊のパイソンを超す性能を持った新機種はいくつもある。第一小隊はますます苦しい立場に追われていくことだろう。

 最後に参加企業からあいさつ代わりに譲っていただいた菓子折りをお土産に、ボクは会場を後にして特車二課に帰った。

 八王子の実山さんからいただいた新製品のイングラムの形をした人形焼きをお茶請けに、小隊のみんなにお出ししてみたところ、けっこう美味しくて小隊内でも好評だった。そのことを実山さんにお礼と一緒に電話で伝え、他にもメーカー側からいただいた分の菓子折りを整備班オフィスに、メモ書きと一緒に挟んで置いておいた。

 かなりの量だったはずだけど、2日と経たずに高級焼き菓子はキレイさっぱり消えていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 テーブルに広げた駄菓子を摘まみながら漫画雑誌を読む。足をパタパタとぱたつかせていたら香貫花に睨まれたので、仕方なくやめた。このころまだ、NA〇UTOやってないんだ。

 

「……ていうことが打ち合わせであったの」

 

「ふ~ん、それ、私に話してもよかったの?」

 

「うん、隊長には報告したし。実山さんも関係者に話すのは織り込み済みだって」

 

 ボクはソファにねそべりながら、隣でテレビをみている香貫花の気のない返事を聞く。

 今日は非番の日。二号機のワックス掛けをやるか考えたが、たまの休日なので香貫花の部屋に転がり込んだ。

 昨年からボクが堂々と外を出歩くには世間に顔が売れすぎてしまった。テロ攻撃の的に掛けられたのもあって、迂闊な外出もできなくなり、息抜きの休日というものは失われた。だからといって部屋に篭りきりというのも息が詰まるし、同じく非番の香貫花に電話して家に押しかけてきたってわけ。

 

「ふぁ~あ……香貫花って、非番の日は普段なにしてんの?」

 

 あくびを掻きながらソファの上でゴロゴロする。

 実家にいたら、だらしないってやんわりとだが窘められるやつ。やっぱ避難するなら友達の家だね。

 

「あなたと変わらないわ」

 

「そっ」

 

 じゃあ気取らずに一緒にゴロゴロすればいいのに。テレビでは最近の最新スイーツや巷の観光スポットを紹介している。それら流行りのトピックスをBGMにだらだらと時間を浪費していると、ワイドショーの内容が最新のホットニュースに切り替わった。

 

『宇宙ステーションアーク建造のため、四菱グループは新型レイバーを開発しておりまして、今回四菱グループ会長の藤倉征四郎氏と篠原重工社長の篠原氏を当番組のゲストとしてお越しいただきました――』

 

 ――テレビでは、宇宙での船外活動を目的とした無人レイバーの開発に成功した四菱グループが、その機体を搭載したスペースシャトルの打ち上げ実験を行うと報じていた。

 このプロジェクトには、軍事技術やレイバー開発のノウハウを持つ菱井インダストリーを傘下に収める大手グループ『四菱』を筆頭に、協賛企業を含めて50社以上が参加している。まさに一大プロジェクトである。

 

「ついにレイバーで宇宙ステーションを作る時代なんだねー。レイバーの進歩が速すぎて実感わかないや」

 

「もしかしたら未来ではレイバーによる、宇宙開発競争に発展しているかもしれないわよ」

 

 香貫花の冗談にふふっと笑う。そうなったらボクらに出番はないね。あ、でも。宇宙を飛び回るレイバーには乗ってみたいかも。

 テレビには頭頂部が禿げ上がった恰幅のいい男性と、痩身の初老の男性がレポーターのインタビューを受けている。

 

「あの人が遊馬のお父さん…?」

 

 インタビューを受けている男性が質問を柔らかな表情で受け答えしている。若いころは多くの苦労を重ねてきたのか実年齢よりも、顔の堀が深く白髪が多い。でも、遊馬から聞かされた血も涙もない男という印象からは、だいぶかけ離れている。

 

「遊馬の話と違うね、優しそうな人じゃん」

 

「仕事よ」

 

 ボクの感想に、アレはビジネス用の顔だと香貫花は身も蓋もなく切り捨てた。それもそうか。でもお父さんか。そういえば偶には家に帰って来いと煩く言ってたなぁ。

 電話口で年末年始にも顔を出さないとは何事だと怒鳴っていた自分の父を思い出す。言うに事欠いて親不孝者めと罵られて腹が立ち、話の途中で通話を切ってやったような気がする。いづれほとぼりが冷めれば、機嫌も直るだろうし、父の癇癪はいつもの事なので無視している。

 

「ふーん、そっか……何かほかに面白い番組ないかな」

 

 ポチポチとリモコンを操作する。情報番組、ニュース番組、グルメ番組、ドラマの再放送……なんかどれもパッとしないなぁ。

 

「パラパラ変えるのよしなさい」

 

「うーん………あーっ!そうだ映画見ようよ。ビデオ借りてきたんだよね!」

 

「あなたって、話に取り留めがないわよね……はぁ、それにどうせアクション映画でしょ」

 

「いいじゃんいいじゃん。これちょー面白いんだよ」

 

 ボクが肩を弾ませて、鞄から取り出したビデオの帯に貼られた映画タイトル『酔〇2』をみて、香貫花が疲れた様な溜息を吐いた。

 

「後にしなさい。もう夜になるし、ディナーにしましょう。今日は私が作るわ、テーブル片しておいて」

 

「ほんとーッ?やっりぃー!」

 

 今日の晩御飯は香貫花の手作りだって。ラッキー!

 ボクはルンルン気分で読み終えた雑誌を部屋の隅に置き、テーブルに散らばった食べカスや駄菓子の袋を片付け、布巾でサッと拭った。

 香貫花の作ってくれた地中海風パスタとポテトサラダに舌鼓をうちつつ、持ち込んだ映画を二人で見た。




 軍用レイバーすら実力で下し、確固たる地位を築いたAV98の大好評を受け、篠原は国外の市場にまでシェアを伸ばしつつあります。それは海外のレイバーメーカーにしてみれば面白くありません。
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