愛と勇気と正義にかけて、市民をお守りいたします! 作:イングラマン
会場の警備の打ち合わせや篠原で開発中の量産機について一通り話を聞いた隊長は「ふーん」と気のない声を漏らした。相も変わらず興味があるのかないのか分からない、まるで木で鼻をくくったような素っ気ない反応だった。
それから東京国際レイバーショウの打ち合わせから数日が過ぎたある日、ボクは隊長に呼び出しを受けた。
「それでだな、また例のお仕事に行ってもらうんだが」
「はい」
例のというと警視庁によるPR活動をはじめ広告塔の事だろう。
でも今回はこれまでとちょっと毛色が違う感じ。隊長がちょっとシリアス入っているし、隣のデスクにいる南雲隊長もボクらの会話に聞き耳をそば立てている。
「今度でる、新作ゲームと警視庁とのコラボとかいうもののために、明日シャフトの東京本社にいってもらいたいわけなんだが」
「あ、それについては話を伺っています」
「あらそうなの?」
その返答は隊長にはちょっと意外だったようで、驚かれてしまった。
「先日のレイバーショウの打ち合わせで社員の方とお会いしました。その時に少しだけ」
「そうだったの…」
「なにか気になる事でも?」
ボクがそう尋ねると先ほどまでの緊迫した空気が緩んだ。隊長は急激にゆるゆると萎んだ風船のように気配を弛ませていく。
「いや……別にぃ」
と、いつもの気のない言葉だけ残して、提出した報告書に目線を落として黙りこくってしまった。
この思わせぶりな隊長の仕草にたびたび見覚えがあったボクは、浅く息を吐いた。
「ふぅ……あのですね、隊長」
「な、なんだよ……」
「そうやって、もったいつけた態度をとって、部下をその気にさせてダシにしようとするの……ほんっっっっとにやめたほうがいいですよ………みんなからそっぽ向かれてもボク、隊長のこと助けてあげませんからね?」
ボクがニッコリと笑ってそう言い切ると、隊長はまるで親に悪戯がばれた子供の様に、手にしていた新聞で顔の前まで持ち上げて隠してしまった。
今のやりとりがよほど可笑しかったのか、隣から南雲隊長の堪えきれない笑い声が聞こえてきた。
「アハハッ……あぁ、いえ。失笑だったわ」
謝ると南雲隊長はそれきり何も言わずデスクに置かれた日報に再び視線を落とした。
でも堪え切れないのか時折、南雲隊長のクスクスと忍ぶような笑い声が聞こえる。気勢のそれがれたボクはため息を一つ吐いて、頷いた。
「……はぁ。わかりました。何が気がかりか知りませんけど、シャフトについてそれとなく調べればいいんですね」
「あ、ぁあ……頼むわ」
「期待はしないで下さい、ボクらに捜査権なんてないんです。それにシャフトでのお仕事はあくまでも撮影なんですから」
「わかってるわかってるってば。だからさぁ……そんなに怒んないでよ」
「怒ってません!……それでは失礼いたします」
ボクはシャフトの撮影協力兼、偵察任務を帯びて隊長室を退室した。
扉を閉めた隊長室からは南雲隊長の笑い声がまだ聞こえていた。
♦
シャフトエンタープライズジャパン。
「スペースシャトルからつまようじまで」をキャッチコピーとする世界を股にかける巨大複合多国籍企業だ。
自動車、電化、家庭用品、化学用品、レイバー製造など販売商品は多岐にわたる。ヨーロッパを始め他国のシャフトでは軍需関係にも食い込んでいる。とはいえこの東京本社ではアミューズメントやゲーム開発の娯楽関係の会社となっている。全貌の計れない会社ではあるがそれだけでどうこうなんて乱暴な事にはならない。
スタッフに案内された会議室で待っていると一人の初老の男性が入ってきた。体格は大きく堀の深い顔で目つきは鋭く、角ばった輪郭の怖そうな顔付きの男性。仕立てのいいスーツを着ており、如何にも重役らしい人物だ。こちらに気づくとちょっとボクの姿に驚いたようだが、すぐに笑顔を浮かべた。
「本日はよろしくお願いいたします。太田ヒカルです」
「太田ヒカルさんですね。こちらこそ勤務でお忙しい合間を縫って、我が社までご足労頂いてありがとうございます。私、シャフトジャパンに務める専務の徳永と申します」
差し出された名刺を受け取る。シャフトエンタープライズジャパン専務徳永。
まさか巨大複合企業の日本支社とはいえ専務自ら挨拶に来るなんて…現職の警官を軽々しく扱うつもりはないってことか。
「先日は、どうやら我が社の社員があなたに無礼を働いたようで、誠に申し訳ありません」
「いえ…ボクの方こそ、申し訳ありません」
ここは社会人らしくお互いに頭を下げる。
挨拶はそこそこに専務は数名の社員を伴いスタジオに向かう。
「社内にスタジオを持っているなんて。すごいですね」
「我が社は広報課もありますが、スタジオはCMやプロモーションの宣材だけでなくゲームに反映させるための資料作りをかねて設けています。そういったさまざまな用途を検討し自社で用意した方がいいのではないかという結論に至ったのです」
たどり着くと、かなり大きなスタジオだった。広さだけで言えば体育館ぐらいはある。
既に数名のスタッフが機材を用意して控え、ボクや専務たちを出迎えてくれた。
「では、私はここで失礼いたします。太田さん」
「はい、ありがとうございます。徳永さん」
ぺこりと頭を下げる。
そういうわけで撮影が始まった。パトレイバーが主役とのことで、ボクの格好は2課の制服で来るように先方から言われていた。
シャフト専属のスタイリストから不自然に見えない程度に身だしなみを整えてもらう。背景は合成するとのことなので緑色の壁に立って敬礼のポーズをとるなど様々なポーズを色んなアングルから撮影した。撮影は特に支障もなく順調に進んだ。
♦
休憩時間、スタッフからもらった駄菓子をつまみながら、ホットミルクティーで一息ついていると、スタジオにスーツ姿の男性が入ってきた。
柔和な顔立ちをした男性だ。口元には絶えずにこやかな笑みが浮かび、目尻も下がっている。まるで顔そのものが笑うように作られているかのような、愛想のいい人だった。
「あら、あなたが太田ヒカルさんですね」
「あ、はい。初めまして…!」
慌てて立ち上がり頭を下げる。
しかし男性は何を言うでもなくこちらをジロジロみてくる。なんなんだ。
「あ、失礼しました!ンフッ…ワタクシ、企画七課課長のウ・ツ・ミ……と申しますぅ」
差し出された名刺を受け取る。企画七課課長の内海……。あの人の上司なのか。
「どうやら先日、うちの部下がヒカルさんにご挨拶にお伺いしたようで」
「あぁ、はい!黒崎さんにはよくしていただきました」
そうかこの人、あの黒崎さんの上司なのか。
しかしどうやら……ボクとの間に起きたトラブルを専務の徳永さんは把握していたようだが、目の前の上司であるこの人は知らないようだ。どういうことだろう?
「先ほどのお詫びと言っては何ですが、よければ撮影の後にでも我が社の新製品で、遊んでいきませんか。今や日本一のレイバー乗りであるヒカルさんに、我が社の新作『パトレイバー』のご感想を頂ければと」
「い、いえ!……ボク。ゲームなんてやったことないですし、それに撮影の後にすぐに仕事に戻らないといけないので!お気持ちだけ受け取ります!」
とても申し訳なさそうな顔をするので、ペコペコと頭を下げてお詫びする。
常にニコニコ笑顔を浮かべている人にそういう顔をされるのは苦手だ。
「そうですかぁ…残念です」
残念とは言うが笑った表情からは何も読み取れなかった。
ところが急にぐいっとこちらに顔を寄せてきた。あまりの勢いにびっくりし、ちょっとのけぞる。
「実は僕、あなたの大ファンでして。特にあなたを初めて拝見した上野の一件、感動しました。まさか鎬を削るレイバー産業黎明期の日本でレイバーシステムをあそこまで使いこなせる人物がいたとは、それに東京テレポートや、特に川崎でのレイバーを使ったグラップリングなんかも――」
「あ…あの~~……内海課長。そろそろ」
「え……?…あ~~っととっ。ごめんごめん!」
熱の篭った語り口調で、ボクのこれまでテレビで放映された2号機について話し始めた内海さんを隣にいる撮影スタッフが窘めた。
周りのスタッフもちらちらと急かすようにこちらを見ている。どうやらとっくに休憩時間は終わって準備完了のようだ。
「あ!あははっ。こいつはどうやらお邪魔みたいですね……では、僕はこれにて失礼いたします~。ではでは、ヒカルさんどうぞごゆっくり~~……」
あはははと頭をかきながら去っていった。
時折、抜身の刃のような鋭い雰囲気を発した黒崎さんの上司でありながらそんな感じを全く匂わせない……まるで昼行燈やってるうちの隊長みたいだ。
♦
―――午後の撮影は恙なく終了し、ボクはお引き取りすることになった。
いくつかのシャフトジャパンの手土産を包んだ紙袋までいただき、数名のスタッフに玄関まで見送られた。
結局どこにいくにしてもスタッフの付き添いがあり、会社内部をそれとなく探ることはできなかった。とはいえ元々期待はしていなかったので落胆はない。ふと、入口に飾られた巨大なモニュメントに隠れて、こちらを覗き見ている見知らぬ子どもを見かけた。
「…バド?」
気づいたスタッフの一人が声をかけた。
バドと呼ばれた少年は隠れていたのがバレたとわかると、たたたっとこちらに駆け寄りボクの前に立った。
戸惑うボクを興味深げにジロジロと不躾にみてくるが、その瞳には何の邪気も宿っていない。
「なぁなぁおねーちゃんがあのレイバーのパイロットなん?」
踵まで届きそうな薄手のジャケットに、腰まで伸びた黒く艶やかな長髪。褐色の肌に、すっきりと整った顔立ち。香貫花のような日系ハーフとも違う印象だ―――インド系、だろうか。
幼い顔立ちで女の子っぽいけど、背格好とアルトボイスで男の子とわかった。だけど奇妙な大阪弁を話し、どこかチグハグな印象を受ける少年だ。
「う、うん。そうだよ」
そういうと少年の目がキラキラと輝いた。その瞳からは一片の邪気が感じられない、とても素朴な印象を受けた。
「へー!ボクもな、おねーちゃんみたいになりたくて、いまいっぱい勉強してるんや!」
それはすごい。将来は警察官になりたいのか、それともレイバー隊員なのかな。
腕を後ろに回し、ニシシっと屈託なく笑っている。
「まぁ他の連中は大したことなかったけど。きっとボクならおねーちゃんに勝てると思うなー!あ、そしたらボクが世界最強のレイバー乗りやな!」
「おいバドッッ!!!」
奥からフロア全体に響くような怒声が聞こえた。
振り向けば眉間に青筋を立てたサングラス姿の男性が、玄関まで早足でやって来た。
レイバーショウの打ち合わせで挨拶した黒崎さんだ。彼は目を丸くしているボクを気にかける余裕もないのか、バドくんの首根っこを摑まえると廊下奥にズルズルと強引に引きずっていく。
ふがふがと鼻を鳴らしながらもがくバドくんと、頭に湯気を登らせている黒崎さんという異色の組み合わせ。
そのまま二エレベーターに乗り込み姿を消した二人を、残されたボクと社員さんたちはポカンとして見送った。
「す、すいません。あの子は我が社の製品のテスターでして。優秀なんですが、その……少々生意気なところがありまして」
再起動を果たしたスタッフさん達がダラダラと滝のような汗を流し、ボクに平謝りしてくる。すみませんと何度も連呼して。
「あ、あはは。いえ…子供の言うことですから気にしていませんよ。それに元気があっていいじゃないですか!」
「そ…そう言っていただけて恐縮です」
ボクが愛想笑いするとスタッフさんたちも調子を合わせるように、あははと取り繕うような笑顔を一斉に張り付けた。シャフトの社屋に乾いた笑いがこだまする。
ビル入口の受付窓口にいる受付嬢さんたちに変な目で見られた。
♦
「久々に本社で専務に会ったら絞られちゃったよ。結局、ファントムまで犠牲にして篠原製AVの優秀さを世間に証明しただけではないかって……ぐぅの根も出ないとはまさにこの事だよ」
「申し訳ありません。こちらの不手際で課長にご迷惑を」
「いいよいいよ。おかげでいいサンプルも取れたしね」
栃木県土浦市にあるシャフトエンタープライズジャパン研究所。
ここでは表向きシャフトジャパンのゲームやシャフト製品の市販品の開発が行われていたが、実態は企画七課主導でのレイバーの設計、開発が行われる内海の私物と化していた。
地下にある開発室への通路を歩きながら、黒崎は内海に苦言を呈していた。
「それにしても…まさか帰国早々に、彼女に会うとは……少しは自重して下さいよ」
「それを言うなら君だってそうだろう?」
「わ、私は……専務の命令で仕方なく」
言い訳じみているとはわかってはいたが黒崎にも言い分があった。
黒崎はもとよりヒカルに会うつもりなぞなかった。が、社命を無視するというわけにもいかずレイバーショウのミーティング会場に赴いてヒカルと顔合わせしていた。
「まぁまぁいいじゃないの、これを逃すと直接会うチャンスが今後なさそうだったんだしさ」
「しかし…あの少女は危険です」
露骨な警戒心を滲ませて忠告する黒崎に、内海は意外そうに目を瞬かせた。
確かにレイバーを扱うセンスは一級品だ。だがそれだけのはず。側近である黒崎も最後に会った時、同じような認識をしていた。
「なぜだい?」
「一目見て、私が裏のある人間だと感づかれました」
「………ふむ。どこかであったことでも?」
「もしそうなら私を知っていて課長を知らないのは筋が通りません。香港時代にもあの顔は覚えがありませんし……あまりこんな不確かなことは口にしたくはありませんが、恐ろしく勘がいいのかと」
内海は今齎された情報を吟味するようになんどか頷いて。
「もう会うのはよそう」
はははっと笑いながら内海は彼の肩をバシバシと叩いた。
調子のいい内海の返事に黒崎は疲れた様にため息を吐いた。
「是非そうしてください」
「なぁなぁおねーちゃんとはいつ対戦できるん?」
ひょこひょこと落ち着きなく動き回って付いてくる褐色の少年のバドに内海は先日の事を問いただした。
「バド~…キミも自重しなよ。聞いたよ、僕らに内緒でこっそり会いに行ったって」
「だって内海さんたちだけ、おねーちゃんに会いに行ってずるいやん…」
いじけてしょぼくれるバドを前に、内海は仕方がないと小さく肩を竦めた。
「わかったわかった。僕らももう会いに行ったりはしないよ、それでお相子だ……で、どうなの黒崎くん?」
「形になるまで、まだ1か月はかかりますよ、最終チェックもあって更に2週間ほど……まぁ折角です。見ていってください」
ながいなーっとぼやくバドを無視して黒崎はポケットから取り出したカードをスリットに差し込む。
カードを認証したドアが音を立てて横へとスライドする。黒崎が先に入室し部屋の中央を見上げる。
遅れて二人が扉をくぐる。見上げると、人の形をなしているむき出しのメタルの群体が接続したコードで宙づりにされていた。
「課長からの特別なお計らいですよ。まだお洋服も着飾っていないんですから」
その強烈な存在感に一瞬で心を奪われたバドは口をぽっかりと開いている。その無邪気な反応に満足した黒崎と内海は口元をほころばせた。
♦
場所を移し、深夜の公園に駐車した大型トラックの前で二人は人と待ち合わせをしていた。
今の二人はサラリーマン然としたキッチリとしたスーツ姿ではない。上はベースボールキャップとサングラスに安物のジャケット、下はダメージジーンズに履き替えた内海は、人混みを避け日陰を練り歩くチンピラのような姿に変装していた。
「東京テレポートの件で思い知らされましたよ。レイバー戦の基本は格闘だと……よくわかりました。まさか万全の態勢を整えたファントムが初戦で大破させられるとは思いもよりませんでした」
「うん、ビーム兵器も強力な電子戦装備もいらないんだ……彼女はそれを証明してくれた。まぁ少なくともアレはデータ収集ぐらいの役には立ってくれた」
「ファントムもブロッケンも……すべてグリフォンの肥やし…ですか」
「キミに正しいケレンという物を教えてあげるよ」
あとは仕上げに付け髭をつければ完成!―――っと、立派な不審者が出来上がったぞ。
トラックのサイドミラーで上から下までチェックした内海は、自分の変装をいたく気に入ったのか、頻りに頷いていた。黒崎もジーパンにシャツとジャンパー、キャップを被りラフなスタイルに姿を変えている。
「ファントムを壊されて、専務にはこってり絞られちゃったけど、考えようによっては悪い話ばかりじゃない。彼女の腕も篠原製イングラムの性能も、それだけ高いって世間に知れ渡ったんだから。そんな相手を新型機が下せば……どうなると思う?僕らの新型機の評価は一気に鰻登りさ」
それはそうでしょう……と黒崎はメガネを押し上げた。
「日本では軍用レイバーを下した唯一の国内製品になりますからね……きましたよ」
黒崎の視線の先には男が3人いる。
野暮ったい恰好をした30代ぐらいの男たちだ。無造作に髭をはやし、髪もぼさぼさ。服装や身形に清潔感もない。周囲を常に警戒していて、いかにも人生の落伍者を絵にかいたような人物たちだ。
「言われてきたぜ」
「ほ、本当にただでレイバーをもらえるのか?」
内海たちを怪しんでいるのか落ち着きのない挙動不審な男たち。
黒崎は変装した内海と視線を合わせる。内海は頷く。
黒崎は荷台を覆っていたカバーを外す、荷台からでてきたのは灰色のレイバーだ。
細身で頭身が高く力強さを感じさせ、作業用のような無骨さがない。男たちは見慣れないレイバーを前にして驚いた。
「ほ、本当だ」
「でも見たことねぇレイバーだけどよ」
「こないだトヨハタがだした『SR70-サターン』ってレイバーだよ。警備会社向けのレイバーで、もう採用している所もある最新機種だ。こいつを使って警察権力に喧嘩をふっかけてほしい。ぶっ壊してくれても構わない」
マジかよ…っと降ってわいた新型機の導入に男たちは呆気に取られている。
しかもこれまで市場に出た、あらゆるレイバーとも似つかない威圧感のある出で立ちに圧倒されていた。
「こ、こんなの本当にもらっていいのか?」
「かまわんよ、我々は『地球防衛軍』の理念に賛同している者と理解して欲しい』
『海の家』を傘下にする、来るべき地球温暖化による海面上昇対策として東京湾に堤防を立てて埋め立てる『バビロンプロジェクト』反対を公言する危険な環境保護団体『地球防衛軍』。
軍などと名乗ってはいるが統制は取れておらずその主義主張もバラバラ、彼らもまた地球防衛軍下部組織の一つだ。色めき立っている彼らを見守っていた仲間の一人が袖を引っ張った。
「あ、兄貴……やっぱやめようぜ」
「あぁッ?」
「ヒッ…だ、だってよぉ。最近は他の組織の連中…脱走者が頻発してて中々人が集まらないっていうし…山の小屋の連中がガキを巻き込んだせいでバッシングされて唯でさえ少ない構成員が更に減っちゃってるし…そ、それに、特車二課に目をつけられた奴らは例外なくとっ捕まってるしで……もう終わりだよ、こんなのやめようよ」
「ハンッ!ビビってんじゃねぇよ。他の連中には命がけで大事をなさんとする気概が足りてなかっただけよ……それにレイバー隊なんて山ほどあるはずだろ!必ずしも、第二小隊の連中が来るとは限らねぇだろうが!あと『山の小屋』の連中は俺たちとは関係ねーよ!あいつらが勝手にやったことだ!」
くるんだけどなぁ……って思いながらも内海は黙って彼らの諍いを眺めている。
「それにだな、逆に第二小隊を返り討ちにできたと知られれば、地球防衛軍の名声はあがり、我らの地位は組織でも盤石の物となる!なにより、構成員も金も復活するどころかこれまで以上に集まるぞー!」
「ぬけだせ!四畳半せいかつ!」
おー!っと掛け声を上げる二人に、まだ若い青年には迷いがあるのかオロオロしている。
盛り上がっている彼らの様子に満足した内海はうんうんと頷き、レイバーの起動ディスクを差し出した。
しかしディスクを受け取ろうとする男から、内海はサッとディスクを持つ手を引いて忠告をした。
「条件がある。もしレイバーを乗り捨てる際はこのキーを回収するのを忘れずに頼む」
「レイバーは他にはないのか?」
「ないよ。でも君らにはお得意の方法があるだろ?」
ウインクと共に起動ディスクを渡された三人はキョトンと顔を見合わせた。
―――しまった、サングラスをかけていたんだった!
♦
乗用車で移動中、内海は先ほどレイバーを授けた幸も金も薄そうな3人組を思い出していた。右も左もなさそうなテロリストについて、隣でハンドルを握っている黒崎と雑談に興じていた。
「なぁなぁ…これから何するん?」
後部座席にいるバドが前席に身を乗り出して、雑談をしている二人に尋ねた。
「黒崎くん、答えてあげなさい」
「退屈しているキミのためにと課長が特別な計らいをしましてね、我々で稼働しているイングラムをライブで楽しもうかと」
たどり着いたのは港湾区にある建設現場だ。
目立たないように物陰に車を止めると、物音をたてないように車のエンジンを切った。
「そうそう。第二小隊はちゃんとくるんだろうね」
「すでに別の現場でもイベントをキープしておきました。第一小隊が出動済みなのは確認済みです……なのでこちらにくるのはイングラムを装備した第二小隊ということにます」
内海たちが身を潜めている物陰から対岸へ目を向けた、そのときだった。
突如、遠くで爆発音が轟いた。すでにそこではバビロンプロジェクトを妨害しようとする複数のレイバーが建設区域へ侵入し、破壊の限りを尽くしていた。内海は手にした双眼鏡を目元へ当て、対岸の様子を覗き込んだ。その視界に飛び込んできたのはサターンと、二体の作業用レイバーだった。三体はまるで暴れ狂う獣のように建設資材や設備を次々と破壊していた。
「サターンも悪くないけど、ボクの好みじゃないんだ」
「データ収集も兼ねて、かつて第一小隊の新装備にとかなりの好条件で交渉もしたんですが、こちらの目論見を見抜かれました。意外と日本の警察もやるものですね……来ましたよ」
第二小隊の到着を告げるサイレンが、夜の港湾区にけたたましく鳴り響いた。
やがて姿を現した警察所有の98式トレーラーがその荷台がゆっくりとせり上がらせ、内部に格納されていた二体のイングラムが外気へと姿を晒した。駆動系が唸りを上げ、二体の巨人が同時に起動する。暗闇の中に二つのカメラアイが鋭く光った。その巨体を目にするやバドは内海を押し退け、車窓に身を乗り出した。
「おねーちゃんや!」
「うんうん。今度は何をみしてくれるんだろうね」
「はぁ……二人は楽しそうでいいですね」
興奮気味に双眼鏡をのぞき込む二人に、黒崎はぼそっと呆れた。
『我々は特車二課第二小隊です!そこで暴れている3体のレイバーに告げる、直ちに停車し、速やかに機体から降りてきなさい!』
降伏勧告を促す、キリッとしたよく通る女の声が現場一帯に響き渡った。
「課長、はじまりましたよ」
言われてのぞき込んだ双眼鏡を傾ける。3体のレイバーは現れたイングラムと第二小隊という名前に怯むように後ずさっていたが、まとわりつく恐怖を振り払うようにサターンが突貫した。
イングラム2号機が迎え撃つように突撃するが…大方の予想に反し、サターンのタックルに弾き飛ばされたイングラムが横へと流れた。車内からワッと非難じみた野次が飛んだ。
「ちょーなにやってんの!」
「そうだそうだ。君ならその程度わけないだろっ」
「どっちを応援しているんですか?」
黒崎はヤジを飛ばす二人から現場へと視線を戻す。
ステージとなった工事現場から場所を移し、やや広けた場所でイングラム2号機がサターンともう一体の作業用レイバーと対峙している。ここにはいない1号機は別のレイバーの相手をしているようだ。
前後を挟まれたイングラムが、じりじりと間合いを詰められている。牽制するように手を伸ばしているが、狼狽え腰なのが部外者の内海達にもはっきりと伝わる。あれでは相手の動きを止められないだろう。
「あーもー、なにやっとるんー!!」
のろのろとよろめくイングラム2号機の不格好な姿に、やきもきしたバドがイラついた様に叫んだ。
直後、イングラムの背後に近づくレイバーが手を掴んだ。牽制で伸ばしていた2号機の手を掴んだのはヘラクレス21だ。
現行の作業用レイバーでもトップクラスのパワーを誇るレイバーで、一度掴まれればさしものイングラムとて振りほどくのは容易ではないだろう。チャンスと見たサターンが2号機に急接近する。
「「あーっ!」」
レイバーに多少の優劣はあっても、2対1という数的有利を覆すことはまずありえない。
2号機が追い詰められ撃破される光景を想像し、バドと内海が悲鳴を上げるが。
「お?…おっ…おー」
なぜか腕を掴んでいたはずのヘラクレス21が宙を舞っていた。宙へと投げ出されたヘラクレス21が仲間のサターンを巻き込み、大きく転倒する。二体のレイバーが鳴らした地響きで砂利と砂埃が格闘現場に大きく巻き上がった。
少しして砂埃が晴れると、倒れたヘラクレス21をイングラムが踏みつけていた。慌てて起き上がったサターンが仲間を助けに行こうとするが、イングラム2号機の双眸に射抜かれたサターンの搭乗者は動きを止めてしまった。足がすくみ、それを見ていることしかできない。
サターンがグズグズしている間に2号機はヘラクレス21の脇の下に足を挟み込み、取り出した電磁警棒を関節の隙間に差し込み機能停止に追い込んだ。
2対1で圧倒的優勢の戦況が、一瞬のうちに逆転した。
そして劣勢だったはずの2号機が先ほどまでの弱気な姿勢とは全く違う、真中に一本線が入ったような堂々とした姿で歩いていく。
強者の気迫を醸しだす2号機に精神的に追い詰められたサターンが後ずさる。
(……あぁ、もうアカンわ。動きに負け犬ムード醸しとる。あれじゃどないにキャラ性能が良くても対面を止められへんわ。ざっこ)
勝利の女神は今やイングラム2号機に微笑んでいると感じたバドは、この戦いのクライマックスを予感していた。にらみ合いが続き、少ししてサターンはバッとイングラムに背を向けた。
「あ、逃げた」
現場から逃走を図ろうとするサターン。だが2号機はソレを追跡せずに黙ってみている。
なぜ後を追わないのか……腑に落ちないでいると、逃走するサターンを阻むようにイングラム1号機が眼前に立ち塞がった。どうやらも他の仲間のレイバーも既に倒されてしまったようだ。
前後を挟まれ、狼狽えるサターンに向かって二体が同時に駆け出す。
やぶれかぶれのサターンの連続攻撃をかわすイングラム2号機。肩からぶつかろうとしたサターンを横に躱し2号機が掌で突き飛ばす。よろけた拍子に反撃を試みようと爪先をあげようとしたサターンの脛を蹴り、我武者羅に振り抜いた拳を裏拳で弾く。
反撃の手段をひとつひとつ丁寧に潰され、みるみるうちに戦意を失うサターン。目の前の強者の重圧に押しつぶされ、背後に忍び寄る1号機に気づいていない。
「まるで案山子ですな」
ぼそりと下した黒崎の評価を誰も否定しない。
今度は足元に転がっていた鉄骨を拾い上げ、背後から掴みかかる1号機を振り払う。豪快な風切り音を鳴らし左右に鉄骨を振り回すSR70の連撃を。イングラム1号機は左腕のシールドで防御していく。
叩き潰さんと振りかぶる鉄骨を背後にいた2号機が掴んだ。左腕を捻り上げ、肩を押さえ関節を逆方向に反り返す。逮捕術のリストロックだ。
「おー!きまったー!」
「せっかくくれてやった新型が全く歯が立っていないじゃないか。へたっぴめっ」
のけ反るサターンのハッチ開閉スイッチに指を伸ばしたイングラム1号機を見て、盛り上がるバドとは対照的に内海は気落ちしていた。想像以上に鮮やかな手並みだ。ろくに反撃を許さず、二機の連携に淀みもない。サターンは辛うじて抵抗を試みてはいるが、ここからの形勢逆転は不可能だろう。
――――しかし内海の予想に反し、サターンのパイロットが意地を見せた。捻り上げられた腕が壊れるのも構わずに、強引にイングラム1号機と2号機を払いのけたのだ。
「おっ?」
「へー、やるやん」
間合いを取る2機にサターンが壊れかけの左腕をちぎりブンブンと振り回している。だが体幹が崩れたサターンではバランスを取るのは至難のようだ。足元がふらついている。
『野明!』
『おうッ!』
スピーカーで拡大された威勢のいい掛け声が工区一体に響く。隙を見た2体のイングラムがそれぞれの右腕を真横に突き出した。その奇妙な構えを前に怯えてたじろぐサターンに向かって、イングラムが同時に駆け出した。
頭部に1号機の前腕がガツンとぶつかる。同時に後ろからも迫る2号機がサターンの上半身に右腕叩き込む。2体のイングラムのコンビネーションによって、上半身を挟まれたサターンの首から上が衝撃で吹き飛び、きりもむように頭蓋が宙を舞った。
「おー!きまったー!」
「ヘルミッショネルズの勝利や―ッ!」
ズシーンッと激しく音を立てて倒れ伏すサターン。歓喜する内海とバド。
頭部をなくしたサターンが、じたばたともがいている。だが、機体から噴き出た大量の煙が、現場一帯を白一色に染めていく。ショーは終わりだ。内海はうんうんと頷きながら覗いていた双眼鏡を下ろした。
「追い詰められたイングラムが掴まれたのではなく、実は掴んでいたとはね。2機の連携も見事だったし、本当にいろいろ見させてくれるね黒崎クンッ」
「98式の器用さには驚かされます」
「攻撃を食らったのも、それで誘い出して広いところに誘導したんやな。それにああいう決断を下せるほど機体に自信があるようやし、けっこう手ごわいかもしれん」
「楽しくなってきたね。バド」
内海はバドを見た。バドは白煙に包まれているイングラム2号機を見ている。
現れた強敵にバドの表情は期待の色に染まっていた。
♦
「それでなんかわかった~松井さん?」
建設現場を荒らす盗難レイバー集団を鎮圧後、後藤は電話越しに本庁の松井と電話していた。
「あぁ、とりあえず犯人は捕まったよ。全員」
「あらそう?以外…煙幕まで張って逃げたのに」
「犯人はバビロンプロジェクトの反対を公言する『地球防衛軍』の一味だったよ。ただこれがねぇ…」
「なんかあったの……?」
後藤は通話先でもったいつける松井に先を促させた。
「奴さん……公園で倒れていたんだよ。そこを警邏中の巡査がたまたま見つけてね。んで、取り調べしたらあっさり白状したよ」
「そりゃまぁ」
なんとも締まりの悪い顛末に気勢が削がれた後藤はとりあえず耳かきをとりだし、受話器と反対の耳を掻きだした。
「連中が言うには手に入れたレイバーは支持者を名乗る者から渡されたそうなんだよ。それを使って現場から作業用レイバーを2台強奪して工事の中止を目論んで暴れたけど、オタクらにやられて失敗。そこで逃亡資金として支持者に更なる金を要求したら揉めたらしくてね。気が付いたらスタンガンで気絶されていたってさ……間抜けな話だよ」
「本当だよ…欲なんてかかないであるもので満足しておけばいいのに」
「まぁ結局レイバーの提供者が二人組の男って情報以外、連中は何も知らないの一点張りなんだけど……あぁ、あとそれと謎の支持者からレイバーを捨てる際にはレイバーの起動用ディスクは必ず持ち帰るように指示されていたそうだよ」
「ふーん。起動用ディスクをねぇ」
「……これってどういうことだと思う?後藤さん」
「犯人はディスクを持ってた?」
「いや、身体検査はしたけどそんなもの出てこなかったよ」
う~ん。状況証拠は揃いつつあるんだけど……と、松井の疑問を聞きつつ後藤は綿棒で耳を拭いた。電話を切り、デスクに置かれている名刺を拾う。
太田が今日であったシャフト関係者から頂いた名刺の束だ。名刺は社員だけではない、副社長をはじめ様々な部署や部門の統括者の名刺も束の中に含まれている。報告途中の太田からやや強引に全て譲り受けたのだ。
「黒崎に……内海」
太田が気になる人物に挙げた名前。
特に黒崎は一見するとただの青年ビジネスマンだが、武道に精通する太田が評するに、ただのカタギではないという。そんな男を従える内海というサラリーマン。
後藤はペラペラと名刺を蛍光灯に透かして見上げた。なんら変哲のない安っぽい紙の名刺がそこにあった。