愛と勇気と正義にかけて、市民をお守りいたします! 作:イングラマン
――――その1,事件発覚
東京都あきるの市、秋山渓谷。
秋川は多摩川の支流の中でも最大と言われ、あきる野市網代付近から檜原村にまで及ぶ。
清流で澄んだ水と、東京とは思えない雄大な自然に囲まれた山々と新緑、秋には紅葉など四季折々で様々な景色に表情を変える。
「「「くさ~のう~み~かぜ~がふ~く!」」」
3人の男性は休暇を利用して東京の喧騒を離れ、豊かな自然の中でハイキングを満喫していた。
高層ビルに覆われたコンクリートジャングルでは、決して味わえない緑と土の混じった匂いが鼻腔を擽る。一年を通し葉が落ちない常緑樹から吹き抜けていく冬山のひんやりとした空気が、ハイキングで火照った体を心地よく冷ましてくれていた。
これが近頃ワイドショーでひっきりなしに持て囃されている、マイナスイオンによるリラクゼーション効果とやらだろうか……そういえば、はなまるマーケットで岡〇さんが似たようなことを言っていた気がする。
鬱屈のたまる上司の小言やルーチン化した代わり映えしない日々で蓄積したストレスを解消し、心身をリフレッシュする。先頭を歩く眼鏡の男性が草むらから千切ったエノコログサを振り回し『大牧場みどり』を熱唱する。
「お~まきば~っはみ~ど~り~、よく~しげった~も~の~だ「おいッ」……ほいっ!」
サビの一番いい所で歌詞を間違えやがった不届き者がいる。
ムッときたメガネの男は調子を外した仲間にズカズカと大股で詰め寄り、鼻先にエノコログサを突き付けた。
「"ほいっ"だよ"ほいっ"!ここんとこの歌詞は!……まぁ恥ずかしい気持ちも、わからんわけでもないけど!雰囲気の問題だからね!"ほいっ"だぞ!"ほいっ"!」
「おい」
「ほいだよほいっ!わからんやっちゃなー!都会の喧騒を離れ、大自然の懐に抱かれようとしてるんだから!雰囲気っちゅうもんがあるからさー!フンイキー!」
「それより、あれ……みろよ」
ぺしぺしとエノコログサの先っぽで鼻先を擽ってやるが、しかし連れの男の様子がどこかおかしい。視線と指先を一点に向けたまま呆けている。
指し示された方向に男たちが顔を向けると、本来なら鬱蒼と茂っていた筈の樹木が刳り貫かれたようになぎ倒され、草むらが根こそぎ踏み荒らされていた。まるで巨大な獣でも通り抜けたかのように、無残にも蹂躙された凄まじい光景に3人は驚愕した。率先して先頭を歩いていたメガネ男はエノクログサを放り投げ、手近な樹の幹に飛びついた。
「な、なんだぁこりゃぁ!?」
男が悲鳴を上げた瞬間、無事な林の奥からグルルルっという獣の唸り声が聞こえた。
茂みと樹が視界を遮る影となり様子は窺えないが、その長く低い声に男たちは恐怖でたじろいだ。
「……つ、ツキノワグマでも出たのか?」
「ば……バカかー。どこの世界に樹を薙ぎ倒すツキノワグマがいるっていうんだ。北海道のヒグマでさえ無理だぞ!」
連れの一人は冷静さを装うが、その表情には明確に怯えの色が滲んでいる。
そして木の幹にしがみついていたメガネ男がツレの男の発言で何かを察しガーッと吠えた。
「それじゃ、クマ以上の何かがいるってことじゃないかぁ!」
「あ、なるほど……」
「アホかキサマーッ!!」
リーダー格のメガネ男が絶叫する。男を罵倒した刹那、樹木の隙間から巨大な影が男たちの前に現れた。メキメキと樹をなぎ倒し、一歩一歩近づくたびに大きく土砂を巻き上げる。
「「「ヒイイ!!」」」
折れた木々や巻き上がった砂が降りかかる。咄嗟に地面を転がる様に土砂を避けた男たちの前に、巨大な影は音を立てて、その正体を露わにした。
長い爪先に、蟹の足を模した節くれだった4本脚が特徴的な、汚れた茶色い中型作業機械。篠原重工製の整地作業用レイバー『クラブマン』だった。
「な、なんだレイバーかぁ……脅かすなよ」
都内の建設工区なら、ありふれた存在の作業用レイバーの登場に男たちはホッと胸をなでおろした。人を襲うクマではなく、人が乗るレイバーで心底安心した。
「こんな山奥にまで開発の手が入っていたとはなぁ」
「この……紛らわしいんだよッ」
すっ転んで土をつけられた屈辱もあり、立ち上がった男の一人がいらだたしげにクラブマンの爪先を蹴り上げた。クラブマンの装甲を蹴っ飛ばした拍子にガコンと気の抜けたような音が鳴った。
するとクラブマンの両足が、ガクンと大きく軋んだ。少しして膝から先が千切れ大地に沈んだ。爪先を蹴った男はギョッとして崩れたクラブマンをみる。よくみれば所々装甲が凹み、千切れたチューブはむき出しで素人目にもわかるほどに酷く傷ついている。これって賠償責任を取らされるのかと男は顔色をサッと青くした。
「お、俺のせいじゃないぞ!」
「グォオ……ォオ」
再び森の奥から低い獣の唸り声が聞こえた。先ほどよりも近い距離から聞こえた鳴き声に、男たちは獰猛な生き物の気配を感じ取った。目を凝らしてみると樹の奥から怪しい光が2つ見える。今度はレイバーのヘッドランプのような機械的な光ではなく生物的な光だ。男たちは急いで飛びのいた。
「「「うわあああッ」」」
男たちは荷物を放り出し我先にと背を向けて逃げ出した。
――――その2,事件通報
千代田区にある、警視庁通信指令室。ここでは東京都23区及び島嶼部を含めた110番通報を一手に受理している。
指令室指揮台では都内全域に齎される事件事故の情報を集約し、カーロケーションシステムにより、パトカーの活動状況を常に把握している。
指揮台正面には、複数台のマルチスクリーンが設置されている。スクリーンには事件事故現場の上面地図をはじめ、事あらばヘリコプターによる上空からの映像。並行して、現場状況等をリアルタイムによるモニタリングを欠かさずにいる。
「はい、こちら警視庁。事件でしょうか事故でしょうか?」
通信オペーレーター担当の婦警が市民からの110番通報を受け取る。ただちに無線指令を行う係員のモニターに通報地点が表示され、最寄りの警察署や交番、パトカーに情報、指令が送信される。
――だが、今回は違った。
「は?怪獣ですか……いえ、確かにそれらしい事例は最近ありましたが」
担当オペレーターの素っ頓狂な声に気づいた職員たちが、なんだなんだと彼女の周囲に集まり耳をそばだてる。通報者である男性の声は切羽詰まったような焦りに満ちており、その一方で「怪獣」などといった漠然とした言葉も入り混じる、ひどく曖昧で要領を得ないものだった。
「え、もしかしたら全長10メートルのクマかも?巨大なネコの可能性も否定できない……もしかしたら巨大なサルかも……あのですね、警察をからかうとあとがひどいですよッ」
なにがひどいのかは見当つかないが、通報を悪質なイタズラと判断した婦警は通報者に怒鳴った。例えイタズラであったとしても警察が通報者を怒鳴りつける様な発言は許されていない。促成栽培の悪影響が警察各所で綻びを生じさせていた。
「なんでしたら自衛隊にでも持っていったらいいんじゃないですか!」
「待ちなさい」
通報内容から悪質な悪戯と判断した婦警は、苛立たしげにマイクを切ろうとスイッチに手を伸ばした。どうせ誤報や悪戯に決まっている。自衛隊にまで電話をかける度胸などないだろうとタカをくくったのだが、婦警の後ろで話を聞いていた通信室課長が制止の声をかけた。
「自衛隊はまずい。これはあくまでも警察の縄張り内での仕事だ」
「え?……ではいかがいたしますか?」
「そりゃ、こういう時こそ彼らに……」
「彼らに……?」
課長はかぶりを振った。まるで悩みを振り払うような仕草だった。
「いや、なんでもない。通報元に最も近い警察署や交番に連絡しろ。あとは任せた」
課長はそう言い残すと、そそくさと急ぎ足でその場を後にした。あとに残された通信室の署員たちは課長の不審な態度に一斉に首を傾げた。
「それはね、部署ごとの対立感情というか、ほら……”彼ら”が最近躍進してるから。さっさと解決されたら困るのよ。面子の事もあるし」
「あ~~」
一番年嵩で事情にも詳しい婦警に倣うように、皆が神妙な面持ちで頷いた。
――――その3,地元警察、応援部隊の到着。
「こりゃあまた……」
最寄りの交番にいた巡査に伴われた3人の男たちは、謎の生物と破壊されたレイバーの目撃証言を確認するために再度、事件現場まで戻ってきていた。
いたるところの樹木がなぎ倒され、野山が大きく荒らされている。この惨状を前にして壮年の駐在は言葉を失くしている。
「これが登山者が残したバックです」
先行していた若い警官が現場に残されていたリュックサックを差し出す。獣の爪の様なものでズタズタに引き裂かれ、中身の荷物は空なのかペシャンコになっている。鞄の表面には生き物の唾液のような粘着性のある液体が付着しており、それを見た登山者が大声で指さした。
「あ、それ俺のです!」
「ざっくりやられとるな、中は何だったの?」
「菓子とかお弁当とかお茶が入ったペットボトルとか……とにかく食べ物なんかですよ!」
尋ねた警官に登山者が両手をぶんぶんと大袈裟に振って叫ぶ。
男性3人の通報によると全長10メートルを超す怪物を目撃したという。眉唾だ。共謀して警官をからかっていると言われた方がまだ信憑性がある。駐在が訝しげに男たちを見ていた。
「だがレイバーはおらんようだが」
「レイバーが食べ物を狙いますか!?これで何かがいる事ははっきりしたでしょー!」
信じてくれと両手を振っている男性を尻目に駐在は現場を見渡す。通報では破壊された4本足のレイバーもいたそうだが、今は影も形もない……やはりからかわれたのかもしれない。
駐在の中で通報した若者への疑惑が膨らんでいたが、一概にはそうとも言い切れない。破壊された森林、生き物の唾液が付着したリュックサックと不審な痕跡を幾つも発見していた。
調査を続けていると不意にバキバキと森の奥で木の幹が砕かれたような音が鳴った。それらしい方向に目をむければ鳥の群れが逃げ出す様に一斉に羽ばたいていた。
巡査たちをはじめ、同行した通報者の3人も周囲に立ち込め始めた異様な雰囲気に息をのんだ。
「……引き返して応援を呼ぼうか」
「そうしましょ!そうしましょ!」
全員の意見が一致した。小走りでパトカーに戻ろうとする刹那、木々の間を縫うように目の前に大きな影が躍り出た。成人男性より圧倒的に巨大な身の丈、10メートル近く瞬時に飛び上がる跳躍力。本当に獣はいたのだ。一斉に大きく口を開いた。
「「「「ギャーー!!」」」」
獣の様な大きな影は悲鳴を上げた警官たちを素通りし、パトカーを踏みつけにして再び森の中へと姿を消してしまった。
腰を抜かした駐在達は逃げる様に麓の駐在所に戻った。巡査は受話器を引っ掴んで本庁に要請を連絡し、しばらくして応援に駆け付けた警官隊に事情を説明した。
目撃者の登山者と共に身振り手振りで状況説明する駐在を一旦さがらせた警官隊の隊長は、残留物が付着した登山者のリュックサックを観察していた。駐在が無我夢中で下山した際に無意識に握りしめていたものだ。
「う~~む……とりあえず、調べてみるか」
駐在の報告は半信半疑だが、多数の目撃情報から山中に何かが潜伏しているのはハッキリしていた。隊長は調査部隊を直ちに編成し山中に向けて派遣した。
隊長は駐在所に居残り付近の聞き込みと今後の捜査方針の打ち合わせをしていた。近辺の地図と現場の目撃情報を参照して小一時間ほどしたころ、調査隊の一人が駆け足で戻ってきた。
「隊長!先行部隊はレイバーの部品らしきものを発見しました!」
「らしきものだと?レイバーそのものは見つけられなかったのか」
「そんな馬鹿な!この目で見たんですよ!この目でーー!」
目撃者の登山者がメガネを前後に激しく動かして目を大きく見せている。一世を風靡したタレント、ケント・デリカット氏のモノマネで動揺を表現しているつもりらしい。目撃した仲間の登山者たちも頻りに首を縦に動かしている。
「信じてくださいよぉー!」
「うーん。全長10メートルの獣ねぇ。眉唾だとしても、レイバーの部品といい何かいるのは確かだな」
「眉唾じゃないですってば―!刑事さんは『特ホウ王国!』とか見てこなかったんですかー!?」
「俺、そういうの興味ないから」
駐在からも同様の報告を受けていた隊長だったが疑わし気な様子だった。あと1年も残さずに21世紀になろうとする現代日本で謎の生物がどうのというのは…。
素人からの投稿で心霊現象や怪現象を取り上げる俗な番組名を出されたことで、彼の中で目撃者の証言の信憑性は更に下降していた。だが、近隣の聞き込みに行っていた部下からの報告で事態は一変した。
「隊長、それと付近の農家が飼っていた鶏が襲われていました……近くに鶏の死骸らしきものも……」
「……もしかしたらこれは厄介な事件かもしれん」
さすがに市民社会に実害が及んでいたとなればただ事ではない。
家畜を襲ったということは少なくとも肉食性。そして、人里へ下りてきたのは山で餌が不足しているためだと考えられる。クマのような人より体格に優る生物をこのまま放置しておけば、派遣した部隊に被害が及びかねない。いたずらに捜索に時間をかければ最悪の事態が予想される。警官隊の隊長は悩まし気に腕を組んだ。
(もし生命の損失が出れば遺族への謝罪やマスコミからのバッシング。本庁から判断ミスを問われて場合によっては降格、左遷……)
「隊長、青年団、消防団員。山狩りの準備整いました!」
「うーむ。マテ、一報を入れてくる」
どこへ?という部下の言葉を無視して隊長はパトカーのマイクをむんずと掴み、本庁の指令室に連絡を入れた。
―――その4,特車二課出動!
バビロン工区での事件の翌週、松井と風杜は再び特車二課に訪れていた。
「北海道の件も併せ『地球防衛軍』については本庁で合同捜査本部が置かれて引き続き捜査していますが、こと軍用レイバーやら謎のレイバーの件になると本部はあわあわ言っておって、ラチがあかんのです」
昨年末に起きた無人レイバー集団による東京テレポート占拠事件。正体不明の集団に島ひとつ乗っ取られておきながら、本庁はひと月近く経過した今も犯人を捕まえるどころか手がかりを一つも掴めていなかった。
ワイドショーでもこの件でたびたび世間から突っつかれており、東京都警視庁は面子を危うくしていた。
「お宅のお嬢さんのおかげでなんとか世間体は保ててはいますけどね、これ以上はアカンと上は判断なさったんですよ」
「捜査の遅れを誤魔化そうと『日本警察の切り札』なんて、ヒカルさんに黙って大風呂敷まで広げたんです。本部は必死ですよ!」
ただ第二小隊のヒカルがみせた八面六臂の大活躍をマスコミが積極的に流布してくれたおかげでこの失態から世間の目を逸らす事に成功していた。
その間に本庁はこれまで金食い虫と見下していた特車二課、しかも半端物の寄せ集め部隊と見下していた第二小隊に体面を守られ続ける窮状から脱却し、なんとか巻き返しを図ろうと精力的に捜査を展開していた。
後藤は太田ヒカルに付けられた大仰な二つ名も、犯人たちを誘き寄せるためのエサだろうと本部の狙いを見抜いていた。言いふらすだけなら誰の懐も痛まない策。事実、北海道では釣り餌として一定の成果を上げている。強いてリスクがあるとすれば、自分の部下が犯罪者に蛇蝎の如く嫌われ命を狙われた事だろう、後藤の脳裏に本部にいる食わせ物のタヌキ親父の顔が浮かんだ。
「―――とまぁ何にせよレイバー犯罪と言っても、これまでの酔っ払い運転や喧嘩とはわけが違いますでしょう?」
「かといってここでジタバタしても、そりゃ泥縄ってもんですよ……」
「我々は軍用やら怪物レイバーやらを相手にしても、最新式のレイバーで難なく跳ねのけた第二小隊のお知恵を拝借したいんですよ」
20代後半ぐらいの背の高い刑事「風杜」が手を上げて、のらりくらりと躱そうとする後藤に言い募る。はやる若者の芝居がかった賛辞に後藤は目を伏せた。
「難なくは言いすぎだよ」
「後藤さん……」
「あぁ、もちろん通達についてはわかっていますよ。こうして警備部長の了承や課長のハンコも押されていますしね。文面も上意下達の見本文だ」
松井刑事たちから手渡された通達文をペラペラと捲って見せる。
その内容は松井刑事たちを無人軍用レイバーや東京テレポート占拠事件など、一連の事件を担当する専従捜査員に任命するというものだった。併せて、特車二課に対しては捜査協力を要請する旨が書かれていた。
「ではしばらく軒先をお借りいたします。よろしくお願いしますよ。後藤さん」
「はいはい……電話機2個分のスペースなら用意しておくよ。必要そうなものがあったら言ってよ。うちの若い奴に用意させるから」
「いや、悪いね…」
それではと隊長室から退室し、後ろ手に扉をしめようとしたところで思い出したように振り返った
「そういえばシャフトの方だけど。こっちは更に難航しているよ」
「そうなの」
予想できていたのか特に意外そうでもない様子だ。
「なにせ巨大なコングロマリットだ。ガードも固いし迂闊なところは見せてくれそうにないよ。証拠のひとつでもあれば口実になるんだけど」
「日本にある支社も同じシャフトと言っても、所詮はグループ傘下のゲームメイカーに過ぎませんから。話になりませんよ……宛てが違ったのかもしれません」
ん~?どういうことだと、後藤が首をかしげて頭をかいた。
「あれ?うちの太田が少し前に本庁の要請でそのシャフトで仕事したんだけど……松井さん聞かされなかったの?」
「後藤さん……そういうの先に言ってよ」
締めかけていた扉が再び開かれる。松井と風杜が渋面を作っていた。
とりあえずもう一度、隊長室に出戻るハメになった。
「―――とまぁ。そういうわけ」
一通り太田から見たシャフト日本支社の様子を、同席している南雲も含めて松井たちと共有した。
後藤のデスクに広げられた、ヒカルから頂戴した名刺を前になんともいえない顔をしている。
「トイレまでスタッフに付いてこられたって……」
「一応、迷子になられちゃ大変だからってことらしいんだけど…」
「まるで取り調べ中の被疑者みたいな扱いをするのね」
誰も言いづらくて口にしなかったことを南雲がズバリ指摘する。
松井は話を聞く傍ら、シャフト日本支社の副社長『徳永専務』の名刺を手にして眺めている。
「まぁそうともいえなくもないんだけど。おかげで関係者とは挨拶程度で、あとは撮影現場と会議室に缶詰めだったらしいよ」
「徹底しているわ。調べられたら困る事でもあるのか……あるいは」
「単に制服を着た警官に社内をうろうろされたら迷惑なだけかもよ~」
そもそも無人レイバー事件でシャフトにあたりをつけて調べ出したのも、軍事用のノウハウを所持している条件に当てはまる会社だからに過ぎない。それに別企業といえど仮にも同じシャフトだ。タイプ7を密輸できる独自のルートを所有している可能性も大いにある。
だが、捜査本部は国内の武闘派テログループ『海の家』と、それを傘下に置く世界で猛威を振るう過激派組織『地球防衛軍』が独自に入手した路線を有力視している。どちらにせよ憶測の域を出ていない。
それでも見当違いかもしれない捜査が許されているのは本庁が重い腰を上げているにもかかわらず、全く実効が上がっていないからに他ならなかった。
松井は2枚だけ、別にわけられた名刺を見つけた。
「これは?」
「太田が特に気になった人物の名刺」
名刺はそれぞれに黒崎と内海。肩書に企画七課と書かれている。
肩越しにひょいっと顔をのぞかせた風杜が不思議そうに言う。
「どうしてこれだけの名刺の山から、この二人だけヒカルさんは気になったんです?」
頬杖をついていた後藤は微かに唸った。
「ん~……まず黒崎から。スーツを着こなしたいかにも青年サラリーマン然としていたんだけど、立ち振る舞いから結構な場数を踏んでいそうでさ。殆どが一般人のシャフト中で明らかにカタギの人間じゃなかったそうなんだよ。足を洗った人間にも見えなくて、どうしてそんな男が、平凡なゲーム企画会社に在籍しているのか……それでもう一枚はその男を従えている上司」
「黒崎よりも手強そうだったのかい?」
ギシッと背もたれに音を鳴らして寄りかかり、後藤は後頭部に手を回した。
「いんや~。むしろ荒事とは縁遠く見えたそうだよ。顔全体が常に笑っているような作りの男で一切の貫録を感じさせない。だというのになぜそんな平凡な男に黒崎のような男が従っているのか……まぁサラリーマンだし、仕事には私情を挟まないタイプなだけかもしれないけどね」
「なんか聞いてて眉唾っぽいですね……」
「この話を後藤さんは信じたわけかい」
「まぁ内海についてはともかくとして、黒崎についての人物評は根拠としては弱いけど取っ掛かりぐらいにはなるんじゃない。あいつの武術の腕、知らないわけじゃないでしょ」
そういえばと、こないだの本庁警備部主催の大会で腕利きの現役機動隊員をあっという間に5人抜きしたヒカルの姿を松井と風杜は思い出した。テレビ番組でも実演しているし、レイバー戦でも度々、その卓越した技量を披露している。
「あとで直接、話を聞かせてもらってもいいかい?」
「いいけど。こないだみたいなことはしないでね」
「わかってるよ。それじゃ」
はーいって手を振り、今度こそ隊長室から出ていった二人を見送った。
デスクをちらと見る。散らかした名刺の山から副社長や内海たちの名刺だけが持ち去られていた。少し惜しかったが、捜査権のない自分が持っておくよりはいいかと気を取り直した。
「ま、いいか」
「よくないわ。いったいどういうつもりよ」
南雲は不服そうに後藤を見ている。
「なにが?」
「本部の指示よ。こんなところに刑事を二人送っていったい何になるっていうの?本来なら捜査を充実させて次の犯行を防ぐのが筋のはずじゃない。人員をこんなところに送っている暇はないと思うんだけど」
「そりゃまぁつまり……またタイプ7やら怪物レイバーが出て来た時に、少しでも現場近くに捜査員を送り込みたいんだろう」
「……次の犯行が来ると思うの?」
「そうでないと仕事が楽で助かるね。島ひとつ占拠されておきながら、ロクな手がかりも掴めなかった捜査本部としては『近くで指示していた奴がきっといたはずだから、もう一回やってくれれば今度こそとっ捕まえてやれるのに』と、本音ではこう考えているわけ」
「仮にもしそうならこの化け物共の矢面に立つのは私たちなのよ!」
バンッと机をたたく。南雲のデスクには2号機のモニター記録から複写した襲い掛かるブロッケンや、眼孔からビームを発射する化け物レイバーの写真が散りばめられていた。
これらとやりあう場面を想像しただけで南雲は頭が痛くなり、シャーペンの尻で自らの額を小突いた。ついでに八つ当たり気味に怒鳴られた後藤は拗ねた様に唇を尖らせた。
「俺に怒鳴られても……化け物の方は太田が始末してくれたから次はこない……と思いたいんだけど」
「あの子も不憫よ。これほどの戦果を出した見返りが嬉しくもない二つ名だもの。そんな事するぐらいなら98式をもう2、3台ほど送ってくれればいいのに」
「あ~。そっちの方はもしかしたら何とかなるかもしれないよ」
「は……?」
意外な返答に呆気にとられている南雲を放置し、後藤は散らばった名刺を片付け始めた。
―――片付けている途中、デスクの固定電話が鳴った。相手は警視庁の指令室だった。受話器に耳を当てて話を聞く。
「はぁ…はい。いえでもうちの……あれ?」
「どうしたの?」
相手から一方的に通話を切られた後藤は、受話器をそっと元の位置に戻した。その様子に訝しむ南雲に後藤はぼそりと戸惑い混じりに呟いた。
「怪獣退治」
顎に手をついてぼけ~っと気を抜いている後藤に「第一小隊が当直の日じゃなくてよかったわ」と、南雲はビームを発射している怪獣レイバーの写真を片付けはじめた。