愛と勇気と正義にかけて、市民をお守りいたします! 作:イングラマン
松井たちが第二小隊のオフィスを訪れると、ちょうど隊員たちはそれぞれ持ち寄った弁当を広げて食べていた。その光景を目にした松井たちは、自分たちが昼飯を食い損ねていたことを思い出し腹を疼かせた。
「というわけで、捜査のために太田さんからまた話を聞きたいんだけど」
「ヒカルさん……太田巡査部長なら今はあちらに」
苦笑いする山崎ヒロミが示した先には、部屋の角に置かれたテレビがあった。なぜか第二小隊の面々が一斉にテレビへ顔を向けている。その様子に松井たちは何事かと顔を見合わせた。
テレビのチャンネルはフジテレビに合わせられていた。画面に映っていたのは、日本で最も有名な長寿バラエティ番組だ。ちょうど、サングラスをかけた初老の司会者がスタジオに招いたゲストと対談する、名物コーナーが始まったところだった。司会者が一言発する度に客席からは「そうですね!」と相槌が飛び、番組のお約束ともいえるやり取りが繰り広げられていた。
「テレビがどうしたんだい?」
「まぁ見ていてください。そろそろですから」
山崎の言う通りしばし黙っていると担当アナウンサーを紹介し、ゲストを呼ぶタイミングになった。全員が食事の手を止めて固唾をのんで注視している。
『はい、ははは、ありがとうございました。さぁゲストとして呼ぶのは今回が二度目ですね。どうぞ、太田ヒカルさんです!』
その人物が現れた瞬間、スタジオもオフィスもワッと歓声が上がった。テレビの向こうからは雨のような拍手が打ちなされている。
「うほー、でとるでとる!」
「わぁー!テレビでみるとほんとちっちゃいなぁ。ヒカルちゃん」
「今度はサインとか、もらってきてくれませんかね」
スタジオにここにはいないはずのヒカルがテレビに映っていた。呆気に取られている松井たちをよそに第二小隊の面々は仲間のテレビ出演にキャッキャとはしゃいでいる。
松井の後ろにいた風杜はテレビに映る人物を見て目を丸くしている。
「おいおい、こりゃどういうことだい?」
「ヒカルさん。今日はゲストとして生放送でおよばれされているんですよ」
「へぇ~~」
どうやら昨年末、事件の舞台となった臨海副都心にあるフジテレビに出向いていたようだ。
まさか事件の捜査ではなくテレビ番組に呼ばれていたとは。度々、ワイドショーやバラエティ等でゲストとして出演しているところをみたことはあるが生放送は初めて見た。
「東京テレポートの事件でまた取材も増えたみたいだしな」
「僕たちも雑誌とかで取り上げられる機会が増えましたからね。妻が親戚にバラまいちゃってて困ってますよ」
「私もー。実家に何冊か送っちゃった」
困ったように笑っている進士にハハァと同調した野明が笑っている。
『今日はご実家からお花が届いていますね』
テレビではヒカルの実家である藤井建設の名前で送られた祝い花を紹介している。他にも新進気鋭のレイバーメーカー篠原重工社長をはじめレイバー関係各社の重鎮、保険会社や警備会社からも花輪が届いていた。
それらを手短かつ順に紹介する。その光景をみていた遊馬が不意にヘッと悪態をついた。
「親父め、ヒカルや俺たちのおかげで業績がのびたからって、色気づきやがって」
「遊馬ぁ今は余計なこと言わなくていいのッ」
野明の睥睨にぷいっと面白くなさそうに遊馬はそっぽを向いた。遊馬と父親との確執は署内でも有名な話だ。不貞腐れた遊馬を野明が叱りつけ、やや緊張した空気を解そうと山崎と進士の両名は愛想笑いを浮かべた。
テレビでは司会とヒカルはレイバーの話題やなぜ警察官の道を嘱望したかの動機についての歓談に移っていた。
『父の影響です。かつては機動隊員として立派に勤められた父の姿に憧れて、ボクは警察官になりました』
その受け答えは実に堂に入ったもので、生放送でもヒカルは緊張する様子もなく国民的有名司会者との対談を続けている。話もそこそこに、今度は好きな食べ物の話に脈絡もなく変遷している。
「日本人って変なのが好きねぇ」
香貫花は来日から既に半年が経過している。だが、彼女は未だに日本バラエティ番組のツボを掴めずにいた。
相棒のヒカルが司会者と談笑する姿を、なんともいえない面持ちで鑑賞しつつ、サンドイッチを摘んでいる。
「しかしそういうことなら帰ってくるのは難しそうだねぇ」
笑顔で有名司会者と対談を続けているヒカルを見て、松井は己の額をペシリと叩いた。
司会の話にひとつひとつ頷いて明るく笑っており、あどけなさも相まって魅力的な笑顔だ。司会も調子に乗って更に話題を広げている。傍から見ているとまるで齢の離れた祖父と孫娘のようにも見えた。
会場の空気も程よく温まり、どうして警察官という公職の身分でありながらテレビの出演オファーが一向に途切れないのか、松井はその理由の一端がわかった気がした。そのままテレビを眺めていると背後から扉の開く音が聞こえた。
「おー。ほんとに太田の奴でとるじゃないの」
「あ、隊長」
立ち上がりかけた面々を後藤は手で制する。
「あー。みんな飯を食う手を一旦止めて聞いてくれ。出動要請が入った」
出動という言葉で一斉に顔つきが変わった。箸をおき、全員が後藤の言葉に傾注している。半年の月日をかけて一端のレイバー隊員の顔をするようになった面々を後藤は目を細めて見渡す。しかし遊馬だけは何かに気づいた様にテレビと後藤を交互に見やり、おずおずとテレビを指さした。
「あの隊長。ヒカル……太田巡査部長がいま向こうですけど」
「あー。そうね、うん」
テレビでは東京テレポート事件の話題から大きくそれて、いまは好きなラーメンの種類の話をしているヒカルの姿が映っている。
後藤は僅かに逡巡し携帯電話を懐から取り出して短縮ダイヤルをプッシュ、とある場所へと電話をかけた。何回かのコール音。通話先の人物となにやら話をしている。
「はい……はい、お願いします。至急取り次いでください……はい」
『ラーメンの海苔ってなんなんでしょう……食べ方がそのわからなくてですね。どのタイミングでどう食べればいいのかっていっつも悩んじゃって』
『いやわかるわかる。ヒカルちゃんにこんなこと聞くのもなんなんだけどね』
『あの……ヒカルさんに警視庁警備部の後藤喜一様からお電話です』
ギョッとして室内にいる一同がテレビに視線を戻す。テレビの向こうではアナウンサーがおずおずと携帯電話を司会の隣に座るヒカルに手渡している。
先ほどまで、ラーメンの食べ方について興じていた最中に現れたサプライズにスタジオ中がざわめいている。
スタッフやこの日のために呼ばれた一般の観客がこれから何が起きるのかと、ザワザワと身動ぎしつつ期待した面持ちで受話器を耳に当てたヒカルの一挙手を注目している。
「あ、太田?元気?」
『はい太田です…隊長ですか?どうなされましたか。今生放送中ですが』
携帯電話越しにヒカルと後藤の二人がのほほんと会話をしている姿が同時に見られる異様な光景。それを前に第二小隊オフィスにいる全員が呆気に取られた。ちなみに生中継で全国放送である。
「うん、よく見えてるよ~忙しいところ悪いね。実はさぁ、本庁から出動要請が入っちゃったのよ。大変だろうけどすぐにそっち切り上げて戻ってきて頂戴よ」
『任務ですね、了解しました。太田巡査部長、ただちに特車二課に帰投いたします』
「はい、おねがいねー」
後藤が電話を切る。途端に太田が通話の切れた携帯電話を下げて、ピョンッと席から立ちあがる。
和やかで幼げな表情がキリっとした凛々しい顔つきに代わっていた。お手本のような美しい敬礼のポーズを司会者とスタジオにビシッと構えて披露する。
『お話しの途中のところ大変申し訳ありません、お聞きの通り、特車二課中隊第二小隊に出動命令が下りましたので、太田ヒカルはここで失礼させていただきます』
『あ、はい。どうぞどうぞ……』
口を開けてポカンとしている司会やスタッフ、観衆を置きざりにしてヒカルはスタジオからスタスタと立ち去っていった。テレビ越しの異様な光景に二課の面々は口をあんぐりと開けている。
後に残された者たちも突然の事に呆然としている……ゲスト不在の対談コーナーというおかしな状況に置かれた司会者の男性は苦笑いし、場を繋ごうと今朝スタジオ入りした時の出来事を面白おかしく語っていた。
『出動です!福島課長も二課にきていただかないと!』
『し、シーッ!生放送で私の名前を出すなぁ!!あ、あの男は~~ッ』
「松井さんもくる?いちおう怪獣が出たそうなんだけど」
スタジオに響いた幼げな声と聞き覚えのある怒鳴り声を、綺麗に無視した後藤は何事も無かったように松井に話しかけた。
どうやら生放送という事で福島課長が付き添いできていたようだ。恐らく部長の差し金だろう。他に暇な人はいなかったのか……戸惑う福島が太田に急き立てられている。これではどっちが上司かわからない。
「あぁ……怪獣かぁうーん」
松井と風杜は互いに顔を見合わせた。
テレビやら出動命令やら突飛な展開に困惑したが、諦めてついていくしかないようだ。
「課長も来てくれるみたいだし、お留守番任せられるなぁ」
捜査課の刑事まで巻き込んで人を食ったような笑みを浮かべる後藤に、一同は悪党だこの人と内心で呟いた。
テレビ局から帰還したヒカルは第二小隊と合流。課長にはそのまま課長室で電話番をしてもらい、特車二課第二小隊は通報があった秋山渓谷麓まで出発することになった。
棟屋である特車二課ハンガーから威風堂々と発進する第二小隊の白黒車両を整備員一同が作業用の帽子を振って盛大に送り出す。
「おー!はりきっていってこーーい!」
「泉ちゃーん!ヒカルちゃーん!がんばってこいよー!」
「帰ってきたらまたサインちょうだーーい!」
「すごいですね太田さん、テレビ局からトンボ帰りしてくるなり出撃して!かっこいいなー!」
隣にいる特車二課に入りたてなのだろう若い整備員に、シゲは腰に手を当てて得意げに顎をくいっと上げた。
「あぁ。警視庁のハイテク部隊とか未来警察の先駆者などと期待されながら、いざ蓋を開けてみればこんな地の果てに押し込められ!そのくせ毎月、予算がどうの計画がどうので……ッ!部隊創設から来る日も来る日も警視庁からは本庁のゴミー!とか、お荷物ー!などと呼ばれて蔑まれてコケにされ、とりわけ我々整備班員が苦汁を舐めさせられる辛い日々。く……ククッ!しかぁし我々特車隊の評価が一転、街を歩けば握手をねだられ街行くお嬢さんたちから噂され、なにより本庁整備課主催の合コンでもあの特車2課といえば女性陣から「きゃ~シバさん特車隊の人なの~ステキ~~ッ!」と婦警たちのお熱い眼差しを独り占め!……それも全て日頃の彼女たちの精力的なイメージアップのおかげなのであ~~る!………だからお願い!機械はいくら壊してくれてもいいから無事に帰ってきて~~!!」
熱い語りを終えた途端、白黒のレイバーキャリアと指揮車の姿が見えなくなるまでシゲを含めた整備員一同は全力でお祈りを捧げた。
もしまたあの化け物レイバーにぶつかっても無事に帰ってきてくれ、機械ならいくら壊しても全力で直すから。
もう二度と警備部の無駄飯喰らい扱いはイヤだと、下心満載で整備班は懇願していた。
―――その5、6 特車二課到着、1号機の奮闘
郊外にある山間の駐在所で後藤たちは地元警官から捜査の進展具合を聞き取っていた。
警官隊や地元住民、そしてどこから聞きつけたのかカメラを向けるマスコミに見守られつつ、レイバーキャリアからイングラムをデッキアップする。キャリアの油圧ジャッキが立ち上がり、イングラムの姿が現れる。
おお~~っと見守っていた観衆がどよめいた。
「すっげぇ、本物のイングラムだぜ!」
「ほぉ~~、これが本庁ご自慢のレイバーですか」
イングラムを見上げていた市民や駐在が揃って感心したように吐息を漏らした。
「金食い虫、寄せ集め、客寄せパンダ、はみ出しもの、とうとう散々言われてきましたが、まぁなんとか元気にやっている警視庁のマスコットです」
「なにを仰いますか、東京じゃ特車二課は覚えめでたいと、えらく評判じゃないですか」
「そりゃ私じゃなくてあいつらですよ」
駐在の冗談めかしたお世辞もそこそこに、パトカーに寄りかかった後藤は備え付けのマイクを掴んだ。
「帰ってきて疲れているところ悪いが太田。お前さんの2号機は先行して山に入れ。香貫花、いってくれるか?」
『Yes, sir!』
『了解です!……計器、すべてオールグリーン。イングラムだします!』
バッテリーと繋がっていたキャリアの電源コードが強制排出され、2号機が大地を踏みしめた。歩き出すイングラムにワッと歓声が沸く。
先行する地元青年団の後をついていく2号機の首からは、少女が顔を出して周囲を注意深く見渡している。その見覚えのある幼げな顔立ちを見た巡査は掌をポンとうった。
「あの娘っ子が本庁の言う日本警察の切り札ですか。うちの倅と歳は変わらなそうですよ」
「まぁ若いですが、腕は確かですよ」
「イングラム対山に現れた謎の巨大生物!いったいどちらが勝利するのでしょーか!後藤隊長、今回はいったいどういう作戦で行くのしょう!?」
いつの間に事件現場にやってきていたのか、取材用の安全ヘルメットを被ったFNNの突撃レポーターの桜山桃子がマイクを後藤に差し出した。
それを見た後藤がおもむろにマイクを掴もうとしたが、ひょいっと上に逃げられ手が空を切った。
「んふふ~~二度も引っかかりませんよぉ。さぁ!ズバリ答えてください!謎の生物の正体とは、そして警視庁が誇るイングラムによる捕獲作戦とは!後藤隊長!」
「……まいったなぁ」
ニンマリと得意げに笑う桜山にズイィッとマイクを突き出され、後藤は困ったように笑って頭をかいた。
キャリアの荷台の縁に腰かけていた野明は1号機ヘッドギアを膝に置き、空を見上げていた。
先ほどから、遊馬から伝え聞いた作戦を頭の中で反芻していたのだ。
「つまり今回は私たちは、控えってこと?」
「控えというか待ち伏せだな。ヒカルと香貫花がその謎の巨大生物をつかまえるのに失敗したら公道沿いに待機していた俺たちが迎え撃つ。ま、上野の時とは逆だな」
「隊長はその謎の生物が道路に出ると思っているの?」
「生き物なら、障害物のないところを走ると思いますよ。」
キャリアの運転席から顔をのぞかせていたヒロミが代わりに答えた。
彼は動植物に深い造詣があり、困ったときの特車二課の生き字引だ。察するに今回の作戦は山崎案を参考に隊長が立てたのだろう。
「つまり坂を下ってくるのか」
「やだなぁ。怖いし、アルフォンスが傷つくし、ヒカルちゃんが捕まえてくれないかなぁ」
「お前ねぇ……」
少しは度胸がついて成長したと思ったらこれだ。
相変わらずのアルフォンスへの溺愛ぶりに遊馬はがっくしと肩を落とした。
だが実際のところ野明の見立ては当たっているだろう。ヒカルと香貫花のペアが取りこぼす目算は低いと遊馬や山崎も楽観して肩の力を抜いていた。
ミニパトに備え付けられた無線機で香貫花の報告を聞いていた後藤が、どことなくだらけている1号機組をちらりと一瞥した。
「わかった、では太田、香貫花の両名は引き続き下山してこい。おって指示を伝える」
香貫花との無線内容にふむふむと相槌を打つ後藤。
掴んでいたマイクのスイッチを入れ、車載のスピーカーから後藤は命令を発した。
「あぁ、泉。聞こえとるか。すぐに1号機に搭乗してくれ」
「…………え!ヒカルのやつ、捕り逃したんですか?」
「うそぉ!?」
野明が奇声を上げてひっくり返った。のんびりと公道で構えていた1号機組は突然の急展開に慌てふためき、出撃準備を整える。
遊馬は駆け足で指揮車に戻り、ヘッドギアを被った野明が1号機に搭乗する。山崎が操作するレイバーキャリアが油圧ジャッキを押し上げイングラム1号機を立ち上がらせる。慌てて出動を整える野明に、後藤は再び命令を発した。
「目標は林の出口側の横だ」
「出口側……え?出口側ですか!?なんだってもうそんなところに!急げ野明!」
「わ、わかった!」
1号機のメインカメラが木々の間に蠢く、大きな影の様な物を捉えた。
その影は野明との目線がバッチリと合ってしまった。
「め……目が合っちゃった」
巨大生物とのいきなりの邂逅に呆ける野明を尻目に影はぐるりと反転。
来た道を戻る様にして林の中に姿を隠してしまった。
「うお!あ、あれが巨大生物!?」
ついに現れた謎の巨大生物とのファーストコンタクトに遊馬は色めき立った。
「マテーッ!神妙にしなさーい!」
野明が駆るアルフォンスが電磁警棒を引き抜き、すぐさま山林の奥へと逃げ出した巨大な影を追いかけた。すっかり頭のスイッチが格闘モードに切り替わっている。ついさっきまでイングラムが傷つくのを散々嫌がっていたというのに……。
まるで人が変わった様に木々を破壊しながら突撃する野明の姿に遊馬は呆気にとられていたが、遅れてはまずいと指揮車のアクセルペダルを踏み込み1号機の背中を追従した。
バキ!ベキャ!と折れた枝が地面に降りかかる。イングラムのモニターとリンクしている指揮車の画面には、林に隠れている駆動音、熱反応を正確に捕らえていた。
「けどおかしい……隊長!目標の熱分布が中型レイバーのそれですッ!」
『うん、くれぐれも手荒な真似はせずに事情聴取を頼むわ』
「へ……?」
遊馬の口から間が抜けた声が漏れた。林を抜けると、アルフォンスが電磁警棒で謎の生物――ではなく、レイバーだ。
機種は菱井のブルドッグ。特徴的な涙適型クリアキャノピーと警告色の強烈な赤が全身に塗装されているソレがうつ伏せに倒れている。ブルドッグの背に馬乗りしたイングラム一号機は、振り上げた電磁警棒を駆動部に突き刺し機能停止に追い込んだ。
「これが怪獣ぅ?」
捕り物を終えた事で冷静さを取り戻した野明が、沈黙したブルドッグを見下ろしてぼそりと残念そうに呟いた。
衝撃で開かれたキャノピーからごろんと男が転がり落ちて尻もちをついた。ケツを摩りもんどりうっている搭乗者の姿を見た遊馬はわけがわからんと無線機をつかんだ。
「隊長、巨大生物はいったい……?」
「あぁそれなら太田が無事に保護して、いま下山してくれているんだわ……俺、いわなかったっけ?」
淡々と話す隊長のすっとぼけに遊馬と野明は眼を見開き、空気をめいっぱい吸い込んだ。そして各々はマイクにむかって全力で吠えた。
「言ってませんよーー!」
「そうやって人をその気にさせて、コキ使うのやめてくださいよタイチョーー!!」
「ごめぇん」
巨大生物の登場に心躍らせていた純情をクソ中年オヤジに弄ばれた!
裏切られたと言わんばかりに怒りの色をくっきりと滲ませた野明と遊馬は非難の声を上げてはいるが、事の発端となった後藤は目線を下げて形ばかりの軽い謝罪で流していた。
「太田、香貫花、両巡査部長!ただ今戻りましたー!」
「……何をしているのあなたたち?」
山狩りに加わった消防団や警官たちを伴い、騒動の発端となった毛むくじゃらの巨大生物を両腕に抱えたイングラム2号機が、ゆっくりと山を下りてきた。
その前方では、ヒカルと指揮車を運転する香貫花が地団駄を踏んでいる野明と遊馬を見つめていた。さらに怒り心頭の二人を前に山崎と進士がどうしていいのか分からずおろおろしている。あまりにも奇妙な光景にヒカルと香貫花は揃って困惑した。
―――その7、事件解決。
太陽が沈みかけた夕暮れ時の秋山渓谷の麓。
特車二課第二小隊をはじめ警官や関係者ら一同が、仮設した謎の生物対策本部である駐在所に集合していた。
「後藤さん聴取、終わったよ」
「どうだった?松井さん」
無事に謎の生物の捕獲に成功し、ついでに不審なレイバーと乗務員を逮捕。麓の駐在所で乗務員の事情聴取を終えて出てきた松井が、後藤をはじめ整列する第二小隊を前に説明した。
「とりあえずレイバーの搭乗員の正体はわかったよ。山向こうにある製薬会社の研究員だった。あの謎の生物を捕獲するためにレイバーを繰り出したと証言したよ」
「毛むくじゃらの方は?」
「謎の怪物の正体はその研究所で飼われていた実験動物だそうだよ。予想以上の成長を遂げて手に余るってんで処分しようとしたけど研究所から逃げられてしまったんだと」
「では捕獲のために繰り出したレイバーのうちの一機が、返り討ちにあったってことですか」
「それを秘密裏に回収しようとして今回の事件が?」
遊馬と香貫花の推理を松井は首肯した。
「まぁそういうことだね」
「おかげで我々はエライ目にあいました」
「まさか本当に謎の怪物と蜂合わせるなんて、こっちも思いもよりませんでしたよ」
持て余すような謎生物を勝手に作るわ、レイバーで捕り物するわ人騒がせな研究所だ。
駐在と風杜は疲れたように肩をすくませた。
「隊長。あの子、処分されてしまうんですか?」
ヘッドギアを抱えていたヒカルが上目遣いでおずおずと尋ねた。彼女の隣にいる野明も人間のエゴによって追い立てられた動物に同情して目線で訴えかけている。
後藤は困ったように視線を落とした。特車二課に動物保護の仕事は含まれていないからだ。
「カメラが回っているのよ。もう処分したくてもできないわよ」
香貫花の視線の先には、檻に入れられた謎の動物の前にレポーターとカメラマンが殺到している。間を置かずテレビは動物保護の見地がどうのと面白おかしく囃し立て自ずと世論を巻き込んでいくだろう。
だからきっと大丈夫よ――香貫花の微笑みをみて、ヒカルもコクリと安堵してニッコリと笑った。
「動物園か大学にでも保護されるわよきっとね……でも結局あれって、いったいなんだったのかしら」
「なにって……ボクはおっきなクマだと思ったけど?」
「あら、私はネコ科に見えたわ」
「え、モグラじゃないんですか?」
「てっきり巨大なネズミか何かかと」
「妖怪ケウケゲン!……とか?」
「アホか!……ジャイアントブラックパンダとかどうだ?」
「ばぁか……そんなのいるわけないじゃん」
「だからぁ!あいつらが作ったんだって!」
各々が好き勝手に動物の正体を考察、推理して盛り上がっている。
その和気藹々とした姿は、メディアで取り上げられるような本庁精鋭部隊の面影は微塵も感じられない。ただの年相応な若者たちの姿がそこにあり、駐在の巡査や松井たちを当惑させた。
「あー。はいはい、撤収するよー」
「「「「「「はーい!」」」」」」
「なんなんだぁ……この人たちは?」
帰りの道中では大牧場みどりを車内で熱唱した。
―――後日、ワイドショーで『イングラム対謎の巨大生物』の特集が組まれた。番組の途中、動物園の檻でタイヤ遊びに興じている謎の動物の姿が映し出された。
保護を申し出た動物園は巨大生物を一目見たさに訪れた客で溢れ返り、その年で国内最多の来場者数を記録したそうだ。
「……あ、そうだ。みんな、明日はオフィスを大掃除するよ。課長から、今度本庁から警備部長が視察に来るって聞いたから。部屋を目一杯きれーいにしておこうね!」
「「「「「「えーー!?」」」」」」
「いや、隊長まで他のみんなと一緒になって不満そうにしないで下さい。まったくもう!」
ヒカルは憤慨した。
「――――何時になったら帰ってくるんだね……第二小隊は」
福島は課長室で本庁からの電話番をしつつ、任務を終えた第二小隊の帰りを待ちわびていた。
本格的に次章に入るため、一旦完結といたします。誤字脱字報告など、応援ありがとうございます。
次回の更新は1年後を予定しています。