愛と勇気と正義にかけて、市民をお守りいたします!   作:イングラマン

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第三話 VS香貫花その1

 ―――と、先日イングラムを相棒扱いしたが、実はまだイングラムの搭乗員として正式な任命を受けていない。

 その前に新メンバーの泉野明巡査を含めた我々第二小隊5名は、奥多摩にある特車隊員養成学校で2週間に及ぶ特訓研修を受けるよう命じられた。

 最新鋭機種のイングラムはこれまで世間に登場した、どのレイバーや警察用レイバーとも根本的に異なる。

 篠原重工の意向もあり研修を受ける価値は十分にある……と本庁は判断したのだ。

 

 

「いっちにー!さんしー!進士ぃ!遅れているぞぉ!」

 

「はっはいぃい!」

 

「いっちにー!さんしー!いっちにー!篠原ぁーぼさっとするなー!」

 

「うぃーっす!」

 

「泉ぃ、余所見するなッ!」

 

「は、はい!」

 

 

 教習用レイバーを使用した早朝の訓練(レイバーを使ったスクワットとランニングによる足さばきの操作教練)時間。特車隊員養成校『警視庁警察学校奥多摩分校』のグラウンドに警察用レイバー教導担当の佐久間教官の叱咤が飛ぶ。

 

 東京都、奥多摩――新宿駅から快速電車で所要時間90分は要する、東京最西端に位置する多摩地域で三つある町のひとつ。御岳山、雲取山などの登山スポット、百尋の滝や日原渓谷などの観光スポットがある都内でも知る人ぞ知る避暑地だ。奥多摩駅前には山梨県境を超えていけるバスもあり、観光に興味のある都民は一度は向かってもいい場所かもしれない。

 ただ、ボクらが今いるこの養成学校は人里からかなり離れた場所に建っている。最寄りのコンビニですら車で片道40分かけて向かわなきゃなんない辺鄙なところにあり、訓練や勉学に励むには最適だが、遊馬の様な遊びたい盛りには息苦しい閉鎖環境だったんじゃないかな。ボクとしては夏期の都内で過ごすよりかはずっと快適だったんだけど。

 早朝訓練後、少し遅めの朝食を用意する。薄明りの時間帯から始まった操縦訓練で突っ伏した男子組には早々と見切りをつけ、比較的疲労の色が少ない野明とボクの2人で調理を進める。

 といっても、訓練前に炊飯器で白飯の支度はしておいたから、みそ汁作ってアジ焼いただけなんだけども。

 

「男子どもーっ朝飯の用意できたぞー!」

 

「はやくしてくれー。腹減ったよ」

 

「太田さん手伝いますよ」

 

「ありがとーヒロミちゃん」

 

 復活したヒロミちゃんが配膳を手伝ってくれた。お台所の後片付けを終えた野明もこちらに合流し、食卓に並べられた朝食を前に各々が箸を手に取る。

 醤油を垂らした玉子かけご飯を鼻歌混じりにかき混ぜていた遊馬から、野明が醤油を受け取る。

 

「あいよ」

 

「今日は機嫌いいじゃん?」

 

 今朝は陽気なワケを尋ねられた遊馬が、ガンッと額をテーブルに打ち付けた。

 ちょっとーっ、食器が揺れるでしょ。

 

「くは……ッ長く苦しい戦いであった……生活のすべてを管理され娯楽はもとより、近所には息抜きのコンビニもなく自由もなく、来る日も来る日もレイバーの講義と操縦実習。悪夢の研修が…教育実習が……ようやく終わるんだぜーッ」

 

 ガバッと顔を上げた遊馬は、まるでテスト勉強から解放された中学生めいた子供っぽい笑顔を浮かべていた。

 この2週間、ボクらはずっと遊馬の愚痴を聞かされていた。やれ気晴らしする遊び場もないとか、やれハンバーガーやカップ麺等のジャンクフードが食べたいだとか、尋ねてもいない戯言を一方的に聞かされて煩わしかった。

 が、それも最終日が近づくにつれ、しかめ面よりニヤケ面を浮かべる頻度が増してきて鬱陶しかった。

 

「おーよく頑張りました。野明、ボクにもお醤油頂戴」

 

「はいっ」

 

 受け取った醤油を納豆に垂らす。箸でかき混ぜた納豆を炊きたてホカホカの白飯に流し込み、口にかき込む。

 そして赤味噌仕立ての汁で口内をさっぱり洗い流し、たまの箸休めに浅漬けや焼き海苔を頂く。うん、やっぱり日本人なら米だよね!

 

「でもさぁ。午後にはお披露目があるんでしょ?私緊張しちゃうなー」

 

「んなもん、訓練に比べれば遊び遊び♪」

 

 お披露目と言っても模擬戦だ。時間と体力を消耗する操縦訓練や講義と比べれば、遊馬の言う通りすぐに終わるだろう。

 

「お披露目ってレイバーの模擬戦やるんだよね」

 

「ゴホ…ッ」

 

 進士さんが味噌汁で咽た。

 

「大丈夫進士さん?今朝のそんなに口に合わなかった?」

 

「い、いえ……太田さんが作る味噌汁はいつも絶品ですよ。そうじゃなくてすみません……ぼく……あんまり胃腸が丈夫じゃなくて」

 

 あぁ、進士さん気が弱かったり緊張しぃなところがあるから。

 

「ちゃんと食べた方がいいよ。力つけなきゃ……ボクのアジ半分食べる?」

 

「いえ、お気持ちだけで結構です」

 

 そう言われては差し出したアジを引っ込めるしかない。進士さんは紛らわすように力なく笑っている。不安だなぁ。

 ……なんか野明がボクをみてる。

 

「あっ」

 

「なに?野明にはあげないよ」

 

 この2週間、養成校では野明とはルームメイトの関係だった。

 特車二課はいわば男所帯だ。女性はもとより、歳の近い同性など絶無。そんな折、同部屋となったボクと野明は歳が近しいこともあり、頻繁に交流する機会に恵まれた。

 なにより特車二課への志望動機がレイバーが好きだから!――そんな女の子は泉野明巡査が初めてですぐに意気投合。お互いの身の上を話し合った。

 

 北海道の苫小牧出身で酒屋の娘。実家にいた頃は父親の晩酌によく付き合っていた。高校時代はバスケ部に所属しスタメンでインターハイ出場まではこぎつけられたが、その頃からバスケ選手としては低い身長に成績が伸び悩み、インターハイは一回戦敗退。

 卒業後は東京に上京し警察官予備校で勉学に励みつつ、指定の警備会社でバイトをする多忙な日々を送っていたとか。あと上司と警備方針について度々衝突していたと愚痴られた。

 野明の溌剌とした明るい人柄と生来の人懐っこさもあり、僅か2週間で名前で呼び合う程度に打ち解けられた。

 そんな仲良しの野明の前からアジの干物を腕で隠す。さすがに同好の士とはいえこれは渡せない。

 けど彼女は首をぶんぶんと横に振っている。アジの横取りじゃなかったのか。

 

「ヒカルちゃんそっちじゃなくて、アレ」

 

 んー?

 野明は持っていた箸で窓の外を指している。もし母がここにいたら、その行儀の悪さを叱っているところだ。

 

「誰かいる…」

 

 無精ひげを蓄えた佐久間教官の隣に、サングラスをかけた見知らぬ黒髪の女性がいた。

 デニムの青いジャケットとスカート、両手にはフィンガーレスの茶色いグローブに革のブーツ。人を選ぶ尖ったファッションでありながら不思議と様になっている。

 二人はグラウンドに並べられた教習用レイバーを見上げている。

 

「乗り込みますね」

 

 教習に使っているレイバーはドーファン。

 イングラムの余剰部品を流用した教習用レイバーで、パワーは不足しているが運動性はイングラムに匹敵する。センサー類や装甲を簡略化している分、イングラムより重量は軽く身のこなしは正規品のイングラムにも引けを取らない。

 実際、ボクは訓練中にこの子の身軽さとフィーリングの良さに感動していた。ただ人型に拘った結果、増大した上下振動が搭乗者への負担となり、ボクと野明以外の第二小隊員は訓練後には疲労困憊でヘトヘトになるのがお決まりだった。

 ……そもそも運動性については旧式の96式ASUKAと、比べるべくもないといえばそうなんだけど。

 

 女性が乗り込んだドーファンが走り出した。足運びに無駄が少ない。

 前に飛び込みつつ、ガンホルダーから抜き放ったペイント銃を仮想標的に定めた校舎に向けた……ハリウッドアクションさながらの派手な機動に、食卓に”おおっ”とどよめきが沸いた。

 

「ほへー」

 

「すっげー。あんな動きして壊れたりしないの?」

 

 しないだろうけど。あれじゃイングラムの内部フレームやモーターの負担が大きそうだ。

 

「まぁ人間にできる動きはイングラムでも再現できるとされている…が。あんな動きをしたら機械には相当な負荷がかかるだろうなぁ」

 

「イングラムの重量であれを何度もやったら故障しちゃうかもね」

 

「はへー」

 

 遊馬の言葉に同意する。

 実戦ではあんな派手な機動はまず行わない。しかし己の技量を周りに示す良いデモンストレーションにはなるだろう。

 それにしても相当な技量の持ち主だ。何者なんだろうあの女性。

 

 ボクが抱いた疑問は食後の研修室で氷解する事となった。

 なんせ件の謎の美女が同じ教室にいたのだ。みんなの興味の視線が美女に殺到している。

 教卓に寄りかかっていた後藤隊長が目くばせする。気づいた女性は立ち上がり、こちらに敬礼した。

 

「ニューヨーク市警察から研修のために来ました。香貫花クランシー巡査部長です」

 

「ニューヨーク市警察……」

 

「どうかよろしく」

 

 女性……クランシー巡査部長は不敵に微笑んだ。

 では自己紹介も済んだところで――と、後藤隊長が話を引き継いだ。

 

「というわけでイングラムお披露目のメインイベント。トーナメントがあります。結果次第で編成とポジション決定の参考とするので、思うところのあるものはそこそこ頑張るように」

 

 ボクは席を立ち、隊長に敬礼をした。

 

「では太田ヒカル巡査部長以下5名、会場設営の準備に入ります」

 

「うむ、あとよろしくー。クランシー巡査部長はあとで教官室まで来るように」

 

「yes,sir」

 

 皆ぞろぞろと席を立ち教室の外へと向かっていく。

 だが、来日したばかりのクランシー巡査部長の存在が気がかりなのか、どうも動きが鈍い。

 もうシャキッとしなさいよ!

 

「ほら、みんな早く早く。午前中には本庁からお客さんだって来る予定なんだから、テキパキしていこー!」

 

「「「「はーい」」」」

 

 手をパンパンと叩き、のろのろと動くみんなを急き立てる。研修室から出ていった4人を見送り、ボクも後に続く。

 ふと背後が気にかかり振り返ってみると、クランシー巡査部長が切れ長の目でこちらを見ていた。クランシー巡査部長の青みがかった綺麗な瞳がボクの視線とぶつかりあう。

 

「……」

 

 なぜ彼女は何も言わずに黙ってボクをみているのか……まるで獲物を前にした猛禽類に睨みつけられているみたいで緊張する。

 これ以上、ここにいても居心地の悪さばかり覚えたボクは、みんなに続いて研修室を後にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 教官室の窓から一望できる運動場では、会場設営に取り掛かった第二小隊の5名が集会用の備品のテントやパイプ椅子を運びつつ、ワイワイと雑談する様子が窺える。

 まるで学校の引率をしているみたい―――おっとりとテントを組み立てる長閑な風景を後藤はマイルドセブンを咥えて眺めていた。

 

「まさか太田の娘が警官とはな。あいつは絶対に独り身で終えると思っていたんだが」

 

 顔見知りのように、親し気な口ぶりで語る養成校教官の佐久間に後藤は興味深げに尋ねた。

 

「なに、知り合いなの?」

 

「あいつの親父とは旧い仲なんだよ。頑固で融通の利かん男でな、それが社長令嬢を射止めて逆玉だ。世の中わからんものさ」

 

「世間って思いのほか狭いものね」

 

 意外な所で繋がっていた人間関係に、後藤は全く表情を変えずに驚いた。

 そこへ3回、トントンと教官室にノック音が響いた。

 

「どうぞ」

 

「失礼します」

 

 教官室の引き戸がガラガラと音を立ててスライドする。姿を見せたのは第一小隊隊長の南雲シノブだ。

 第二小隊が不在の間、首都圏の留守を預かっていた筈の彼女は今や特車二課整備班や、97式パイソンを搭載したレイバーキャリアを伴い奥多摩まで出向いてきていた。

 

「やぁ、早かったね」

 

「どう調子は?」

 

「なにしろ教官がいいからね」

 

 後藤はこの後に催されるトーナメントの配置図を作っていた佐久間を見やる。南雲は敬礼した。

 

「ご苦労様です。経過は如何ですか?」

 

 佐久間の目配せに気づき、敬礼を解いた南雲は新人育成の進捗を尋ねた。目線を下げた佐久間は掌でサインペンを弄びつつ、答えた。

 

「あぁ、俺もけっこう楽しくやらせてもらっているよ……しかしまぁ妙な面子をそろえたな」

 

 促成警官の訓練は第二小隊が奥多摩に来てから2週間に及んでいる。その間の首都圏の防衛はベテラン揃いの第一小隊のみ。

 その任務を一時とはいえ外れ、わざわざ東京湾岸道沿いの陸の孤島から東京郊外の奥多摩まで足を運んできたのだから、南雲としてはそれに見合う成果が欲しかった。

 

「使えますか?」

 

「あんたらも承知しているだろうが一人は既に教える事なんてないよ。水を得た魚みたいにすげぇ速さでモノにしちまったよ。ただ他の連中がな……あんたんとこの第一小隊の連中。あれとは根本的に違うと感じたな」

 

 長年、いろんな訓練生を受け持ってきた彼にとっても、本庁札付きの警官から促成警官の半端物とバラエティに富んだ第二小隊の面々を計りかねているようだった。

 佐久間は手元のペンをいじりつつ、悩まし気な色を滲ませた言葉を絞り出した。

 

「すごい才能を秘めてんのか、ただの落ちこぼれなのか……全く見当がつかん」

 

「褒めるか貶すかどっちかにしてくんない」

 

「褒めてるつもりだぜ」

 

 後藤と佐久間の掛け合いを傍で聞いていた南雲は、口元に手を当て笑いをかみ殺した。

 

「あとでじっくりお手並みを拝見させていただくつもりだわ。そのためにわざわざここまで来たんですから」

 

「それはそうと隊服、もってきてくれた?」

 

 後藤に催促された南雲は、手に提げていた紙袋を掲げた。

 紙袋の口からビニールに包まれた卸したての特車二課の隊服が覗けている。

 

「持ってきてはいるけど……ほんとにいいの?」

 

「だって本人が希望してるんだもの。ぜひやらせてくれって。指名までされちゃってるし」

 

 あまり穏やかではない言葉に、南雲は形の整った眉を顰めた。

 

「指名って……彼女のこと?」

 

「他にいないでしょ。誰かさんが唆したおかげでトーナメント作りに苦労してんのよ」

 

「俺はこれまで受け持ってきた中で、一番腕の立つやつの名前を出しただけなんだがな……」

 

 後藤は頭をかいているし、佐久間も眉間に皺を寄せている。

 普段他人を巻き込んでばかりいる男の困った姿に南雲はクスリと笑った。

 

「あらあら人気者ね。後藤さんの秘蔵っ子は」

 

「訓練は俺も立ち会ったけど……まぁ見せ場もなく終わりそうでね。それじゃトーナメントやる意味ないでしょ、あいつに三味線弾けとも言えないしさ」

 

 そこまでなの……っと太鼓判を押す後藤に南雲は目を見開いた。

 

「武者修行が目的じゃないんだし、テキトーにやってくれればいいんだけどなぁ」

 

「ふふ……手を焼いているならウチの第一小隊で引き取ってあげてもいいわよ?」

 

「……誉め言葉として受け取っておくよ」

 

 後藤はごまかす様に、悪戯っぽく微笑む南雲からそっぽを向いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 警備部特車二課の新型レイバー『イングラム』の初お披露目ということで、急ごしらえで設えた会場には、はるばる警視庁から警備部長様をはじめお歴々方がお越しいただいてくれていた。

 そのほかにも、本庁に行けば整備課長あたりがわざわざ玄関まで出迎えに来るという特車二課整備班班長の榊さん。そして班員であるシゲさん以下整備員一同。第一小隊の南雲隊長に97式改パイソン同伴で来た五味丘巡査部長。

 他にも特車二課に研修できているはずのクランシー巡査部長が、二課の隊服を着用して後藤隊長の隣に並んでいる。それも気がかりだった。

 観覧席の隣には待機状態のイングラムと、紅白鉢巻を頭部に巻きつけた2機のドーファンが膝立ちでアイドリングしている。

 

「ねぇなんでクランシー巡査部長、二課の隊服を着ているわけ?」

 

「俺が知るかっ。それより五味丘さんはなんで97式を持ってきているんだと思う?」

 

 野明の当然の疑問を遊馬はぞんざいにあしらい、逆に尋ね返した。

 試合会場である奥多摩くんだりまで、わざわざ特車二課からバイソンを持参してきているのだ。

 後輩のボクたちに見せびらかしに来たのでなければ、トーナメントに飛び入りするつもりなんだろう。

 

「なんでって……まさか…ッ!?」

 

「そうそのまさか」

 

「…………どのまさかだ?」

 

 本気なのかギャグなのか。

 すっとぼけた野明に調子を崩された遊馬と揃って肩を落とす。復活した遊馬はがーっと歯をむき出しにした。

 

「あのな「ミキちゃーーんがんばってーーー!!!」」

 

 うおっ。なんだ今の甲高い声!?

 遊馬のツッコミを遮るように絹を引き裂くような黄色い声援が会場に響き渡った。

 見慣れぬ一般人の女性が笑顔でこっちに手を振っている。ボクたちだけでなく、観覧席にいた人たちも何事かと驚いて女性を見ている。

 

「ミキちゃん?」

 

 ボクの呟きに、隣にいる進士さんが恥ずかしそうに顔を伏せた。

 

「僕です……幹泰だから……」

 

「もしかして奥さん?」

 

「はい……」

 

 なんてこった身内が応援しに来るなんて、そりゃ今朝から元気がないわけだ。授業参観みたいで照れ臭いもの……でも。

 懸命に手を振って応援している健気な奥さんの姿を見ているとなんていうか……こう。

 

「いいじゃーん」

「いいですよね」

 

「うぉおヒカル―!負けんじゃないぞー!!」

 

 ボクは額に手を当ててうつむいた。

 まさか顔見知りじゃないよね……今日お披露目があるなんて言ってないし。

 

「ヒカルゥウウ!!」

 

 聞き覚えのある絹を裂くような茶色い声援がグラウンドに響き渡る。周囲も変人がもう一人増えたことに迷惑がっている。

 ちらっと指の隙間から覗いてみるとHIKARUの名前付き鉢巻を付けた中年男性が、これまたボクの名前が書かれた団扇を必死にふっている。頼む、今すぐ消えてくれ。

 

「おい。下向いてないでなんか言えよ」

 

「うっさい」

 

 身内の恥を前に、遊馬の軽口なんて聞いてられない。

 

「あれ、お父さんですか?」

 

「うん……来るなんて聞いてないし、お披露目があるとも言ってないのに。どこから聞きつけてきたんだよ……」

 

 進士さんの言葉に同意する。できるかぎり見ないふりをするも父は「ぉ…ぉおおおッッ」と天に向かって吠えている。あぁもうやだ恥ずかしい。

 気を取り直した壇上の佐久間教官は咳ばらいをし、拡声器を構えた。

 

「これより、98式イングラム導入にあたっての訓練の締めくくり、トーナメント形式の模擬戦を執り行う。第二小隊がどれほどの実力を身に着けたのか見るために、特別に第一小隊の先輩、五味丘巡査部長が現用の97式で参加してくださる。さらに突然ではあるが、ニューヨーク市警所属の香貫花クランシー巡査部長も参加して下さる。彼女は特車二課第二小隊で一年間の研修も志願しており、非常に意欲的だ」

 

「強敵がいっぱいだぁ…」

 

 ぼそっと野明が溜息を零す。やっぱりクランシー巡査部長もトーナメントに飛び入りするつもりだったのか。

 佐久間教官がホワイトボードをひっくり返した。ボードにはサインペンで書かれた手書きのトーナメント表が大きく張り出されている。

 

「対戦の組み合わせはこの通り、なお試合は教習用レイバーを使用し決勝戦のみイングラムを使用する!第一回戦はこれより10分後に開始する!」

 

 組み合わせ表では、ボクがシードだ。

 

「ヒカルちゃんはシードかぁ……いいなぁ」

 

「その分、激戦区みたいになってますけどね」

 

 しみじみと羨ましがる野明のぼやきに進士さんが補足してくれた。

 3回戦目の五味丘さん対クランシー巡査部長。どちらか勝ち残った方と必ずボクは戦うことになる。

 先輩の五味丘さんは言うまでもない実力者だし、クランシー巡査部長は今朝の出来事もあってその実力は計り知れない。第一回戦は野明対遊馬だ。

 

「げー。俺が最初かよ」

 

「遊馬……私」

 

 ぶーたれていた隣の遊馬を、野明がボソっと低い声で威圧した。

 見れば戦意剝き出しの野明の睥睨に、まるで蛇に睨まれた蛙のように遊馬が頬を引きつらせ脂汗を流している。

 

 

「ぜぇ~~~~~~ったいに負けないからッ!!」

 

 

 強烈な野明の宣戦布告と共に、第二小隊の編成兼ポジション決めのトーナメントがはじまった。

 

 

 




太田何某さんは佐久間さんから話を聞きました。
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