愛と勇気と正義にかけて、市民をお守りいたします! 作:イングラマン
市民の通報により工事現場に駆け付けたボクらの前に広がるのは、2体のレイバーが言い争いしつつドツキあう光景だった。
一体は菱井インダストリーのブルドッグ。先端の3本指と長い前腕。大きく広がるクリアキャノピーのコクピットが特徴的で、タイラント2000の後発として菱井インダストリーから発売された中型レイバーだ。
大型のタイラント2000に比べ小型で高出力。小回りが利いて都市部や湾岸での作業に適応した汎用レイバーだ。
形がどことなくガンダム0080に出てきたハイゴッグに似てなくもない。
もう一体が篠原重工のASUKA96。かつて第二小隊で運用されていた96式の原型となった機械で、篠原製らしく足回りに定評がある。
ずんぐりむっくりとした体形に広い肩幅、細長い腕に広い足が特徴的だ。
「おまわりはすっこんでろー!」
「こいつとは今度こそ決着をつけるんだー!邪魔すると承知しねーぞー!」
その二体が周りの迷惑も憚らずに取っ組み合っている。
通報者である工事責任者の言い分によると、どっちが先にぶつかったのなんだのの小競り合いが頭に血が上り、次第にレイバーを使った大喧嘩にまで発展してしまったらしい。
指揮車備え付けの外部スピーカーでクランシー巡査部長が警告を発した。
『あなたたち、そんなに喧嘩がしたいならレイバーから降りて存分にやりなさい!』
そうだそうだ!いいぞクランシーさんもっと言ってやれ!
喧嘩するぐらい血の気が有り余っているならレイバー抜きで思う存分やってほしいよ、本当!
「レイバーがもとでこじれたケンカなんだ!レイバーで決着をつけるのが筋ってもんだろうが!」
「そうだー!止めてくれるなお巡りさん!」
『器物損壊、騒乱罪をはじめ罪に問われています。乗務員はただちにレイバーから降りなさい!』
「うるせー!」
「やかましいんだよボケッ!だったら、その生っちろい青瓢箪のレイバーから先にスクラップにしてやらぁ!!」
揃って標的をイングラムに変えた二体が一斉に突撃してきた。
指揮車を庇う様に2号機を一歩前に出させる。これなら簡単にとれる。
ボクのイングラムを青瓢箪とバカにしたツケを払わせてやる。
「クランシー巡査部長!さがって!」
まずは突撃してきた片方を相手取る。突進してきたブルドッグの側面に回り込むように体を捌く。
篠原重工製ASUKA96は足回りに定評はあるが、レイバーとしては小型なのでちょうどブルドッグの体形に進路を阻まれる。
「邪魔だおまえー!」
もともと喧嘩していた間柄なので連携も何もない。
その間にこちらへと無警戒にノーガードで振り向くブルドッグに、カウンター気味のフックを叩き込む。
大きいクリアキャノピーがバリンと割れる。たじろぐブルドッグが怒りのロングフックで反撃をするが、こちらは既に間合いを取っている。
追撃はこない。今の一撃で向こうも湧き上がる怒りとエネルギーをため込んでいる様だ。
『発砲を許可します!銃を使いなさい太田巡査部長!』
「了解!」
右脹脛に内蔵されたガンホルダーがガクンッと音を立てて開く。
イングラムの右手首の金属レールがグインッと伸びる。掴み取ったレイバーサイズの37mm口径『リボルバーカノン』をアイソセレス・スタンスで真っすぐに構える。
「動くな!動くと撃つ!」
「んなッコケ脅しが通用するか!」
警告の無視を確認。突貫するブルドッグの関節部に銃口を向けて引金を引く。
放たれた弾丸は空気を切り裂き、ブルドッグの肩関節を打ち抜いた。
自重によってチューブやフレームを覆うカバーがちぎれ、ぽっかりと大きく刳り貫かれたブルドッグの肩から先がずるりと地面に落ちた。
37mm……とんでもない威力だ。
『……まだ続ける?』
クランシーさんが余裕たっぷりに再び投降を呼びかけた。
「いえ……もう結構です」
「……はい」
狙撃されたブルドッグはもとより、背後にいたASUKA96の搭乗員もイングラムのリボルバーカノンの威力と轟音に戦意を喪失したのかへたりこんで降参してしまった。
銃弾一発で犯罪を終わらせてしまった。ボクのこれまでの悪戦苦闘の日々は何だったんだろう。
後のことはやってきた所轄の刑事たちに任せ、事件現場となった工事現場から特車二課のある埋立地に帰ってきた。
ハンガーに収めたイングラム2号機をシゲさんを始め、整備員がチェックしている。
イングラムは精密部品の塊だ。整備に気を使うのはもとより、これまでより搭乗者の癖や機械の特徴を飲み込まなくてはらならないと榊さんから話を聞かされていた。
愚痴っぽく言う割に、嬉しそうにしていたんだから根っからのエンジニアだ。榊さんは。
「ひのふの……マニュピレーターの関節にダメージと~、足回りに軽い負荷が見られるけど、それぐらいだぁね」
「どうシゲさん?」
「これなら部品交換ですぐに終わるよ。いやぁヒカルちゃんが丁寧に扱ってくれるもんで仕事も楽なもんだよ、おかげで徹夜せずに帰れそうだヌハハハッ」
大したダメージはないようでホッとした。ボクが下手に扱うとシゲさんたち整備班の帰りが遅くなってしまうんだもの。
イングラム2号機の点検と整備をシゲさんたちにお願いし、ボクは報告をかねて隊長室に向かった。
「失礼します……あ」
隊長室には既にクランシー巡査部長がいた。どうやら報告を先に済ませていたようだ。
「報告は私がやると言ってなかったかしら」
クランシー巡査部長の射抜くような冷たい視線に晒され、気まずさから汗が流れる。
「そうでした。いつもボクがやっていたので、つい……あはは」
「あとで報告書だしといてねー」
後藤隊長の間延びした命令を聞きながら、そそくさと隊長室の扉を閉めた。
やだもう、恥ずかしい。赤面する頬を押さえて、みんなのいる小隊オフィスに向かった。
♦
「それでどうだ。太田とはうまくやれてるか」
「素直な性格ですし命令にも忠実なので、今のところは何も」
「ふぅん」
香貫花の含むような物言いに後藤は気が付いていたが、あえて追及はしなかった。
「では任務ご苦労。戻っていいぞ」
香貫花は敬礼し、隊長室から退室した
後ろ手に扉を閉めたのを見届けた南雲は、手元の日報に視線を落とした。
「……最初はこのキャスティング。どうなるものかと思ったけど特に危なげもなかったわね」
それは模擬戦での一幕を指しているのだろう。
人間関係やこれまでの実績を考慮するなら依然、太田ヒカルのバックアップに篠原遊馬を据えるものだろうと南雲は予想していたが、隊長の後藤喜一の采配は違った。
模擬戦で太田ヒカルに敗北を喫した香貫花クランシーを二号機の指揮に据えた。この組み合わせに南雲は衝突の予感を覚えていたが、奇妙なほど第二小隊はうまく回っていた。
「まぁ二人とも優秀だからね。子供みたいに喧嘩するような歳でもないでしょ」
「溜めこむのもよくないわよ。爆発してから慌てても知りませんからね」
「つれないなぁ…」
数時間後。特段、急ぐ案件を持たない後藤は隊長室でのんびりと寛いでいた。背もたれによりかかり、何の気なしに外を見てみる。
羽田方面から伸びる飛行機雲と青い空、一面に広がるセイタカアワダチソウの原っぱと荒涼とした空き地。そして二課棟屋の前では、待機時間中のヒカルが走っているいつもの光景。
ただ普段と異なるのはそこに1号機搭乗員の泉野明が加わっていたことだ。
小柄な体格からは想像できない陸上選手並みの速度で走るヒカルのハイペースに懸命にくらいつこうとしている。
置いていかれてたまるかといった気迫が見ているこちらにまで伝わってくる。
「あらら……青春だねぇ」
ついにへとへとになった野明が地面に倒れた。
肩で息をして寝転ぶ野明に、ヒカルがスポーツドリンクの差し入れをしていた。
♦
「太田巡査部長。ランニングもいいけど報告書の提出…」
「それならもうやっておきましたよ。内容も簡単なものだったので、あとは隊長に提出すれば終わりです」
「……そう」
クランシーさんが自分のデスクに戻った。ボクも自分のデスクに座る。
そんなボクらをなぜかみんなが遠巻きに見ている。
「どうしたのみんな?」
「い、いえ」
「うんうん」
暇なのかな。まぁ事件がないと待機時間が24時間続いて暇なのがここ特車二課だけど。
イングラムの出撃データのバックアップも二課の電算室で既にとったし、マジで仕事がない。
パソコンでイングラムの動作パターンのシミュレーションでも組むか。もっといろんな技を実現したいし。
これまで構想はあっても96式では実現できなかった複雑な動作、様々なパターンを98式は学習し、実践できる器用さと優れたバランス感覚がある。
乗っているとそれを肌で実感できる。ボクはイングラムとそのメカニズムにのめり込んでいた。
だけどイングラムの整備と修理は素人のボクには、おいそれと手が出せない。そこはメカニズムの専門家である特車二課整備班の皆様にお任せするとして、終わったらワックスがけでもしてピカピカに磨いてあげよう。
都民を守るお巡りさんのパトカーが不潔だと外聞が悪いし、やっぱりキレイな方が印象もいいよね。
現在、現場働きの中心は二号機だ。未だ一号機搭乗員の野明は出撃命令を下されていない。
促成警官として二課に配属されたばかりの野明にはまだ講義や実習が続いているためだ……が、それも一先ず区切りをつけられそうだった。
「あの……太田巡査部長」
「なに、泉巡査?」
「よろしければ、あとでイングラムの設定のやり方について教えてほしいんですけど」
「オッケ、まかせてよ!」
指でマルを作ってニカッと笑う。ちょっと気まずかったのか、野明は深く息を吐いて張り詰めた肩をゆっくりと降ろした。
野明には奥多摩での研修からちょいちょい教えを求められる。特に女の子だからコンピュータに弱いのかな……その辺についての質問が多い。
遊馬もいるけど、あいつ冷たいからなぁ。ちゃんと頼めば聞いてくれるけど。
「お茶が入りましたよ~~」
本日はお茶くみ係のヒロミちゃんが、淹れたてのお茶を差し入れしてくれた。
「ヒロミちゃん、隊長の分はボクがもっていくよ」
「いいんですか?」
「うん。報告書もついでに提出しなきゃだし」
そのまま隊長用の湯呑を盆にのせて報告書を提出しにいった。
ヒロミちゃんお手製、あつあつの煎茶入り湯飲みを隊長が受け取る。
「あちちッ……はい。ありがとさん…それでどうだ。クランシーとはうまくやれてるか?」
「はい。判断も早いし的確で助かってます。ただなにかと発砲を命じられるのは……ちょっと」
「だが今んところ一発も外しとらんじゃないか」
「そうなんですけど~…日本のお巡りさんらしくはないかな~……って」
悪口を告げているみたいで言いづらくなり、ついお盆で顔を隠す。
現在、隊長室に詰めているのは後藤隊長だけ。南雲隊長は通常勤務から準待機に移行し、ついさっき自宅に帰ってしまった。
準待機とは帰ってもいいが、いつ二課からお呼びが掛かってもいいようにしておく事を意味する。つまり無断で旅行等の遠出はするなってこと。当番明けの非番や休日もこれに含まれるが、埋立地の二課にいるよりかは気が休まる。
隊長は南雲隊長の目がないのをいいことに赤ペン片手に競馬新聞を堂々と読み込んでいる。
時折ゴルフなどの専門雑誌やスポーツ記事を購読していたし、こないだなんてスーパーの雑誌コーナーに陳列している、週刊誌のクロスワードで遊んでいるのを見かけた。つくづく多趣味だよなぁこの人。
「まぁ常日頃は高い弾を浪費せず、可能な限り実射訓練を避け、一朝事あらば一撃必中。日本のお巡りさんはそーいうことになっとるわーな」
「そうですよね……ろくに訓練もしてないのに」
「ろくに訓練もしてないのによく当てるもんだなお前さんは」
「はい?」
「いんや……銃社会で犯罪者と日夜戦うニューヨーク市警の感覚だとそうなるのかもなって」
隊長の小さい独り言を聞き返すがすっとぼけられた。結局そのまま特に何事もなく夕刻となった。
隊員や整備員のその殆どが若い男性で構成された特車二課は、必然的に食事時間は戦場の様相を呈する。
おかずとメシの奪い合い。罵声だって飛ぶ。ちなみに夕食のおかずはハゼの揚げ物に整備班秘伝の特製タレをかけたものだった。美味しかった。
後藤隊長がそれとなく手を回して本庁警備部所有の高速艇を借り出し、整備班が漁に繰り出して得た魚だ。
ちなみにこの漁が営利目的でないこと、二課の悲惨な食糧事情もあって本庁からは黙認されている。
夜はパソコンを借りてテキスト片手にAV98のプログラムについて野明に設定やシミュレーションのやり方など、一号機バックアップを任命された遊馬と一緒になって講義する。
―――1998年の今年に入り、マイクロソフト社がパソコン用の新型OS『windows98』を発表。
これまでの企業向けOSから刷新し、直感的なマウス操作が可能な一般向けOS『windows95』の正統進化版を市場に売り出したことで、パソコン用OSとしてはかつてないほどの売り上げを叩きだしている。
それはそれとして、イングラムに使われている篠原製OSはMS-DOSを模したコマンド打ち込みタイプだ。絶対素人に使わせる気がないだろ。当然、専門用語だらけのテキスト。PCオタク女子でもないかぎり、女の子は興味も持てないし学習意欲もわかない。それでも野明はイングラムへの愛情一本でくらいついていた。
「今日はここまでにしておこう。詰め込みすぎても頭に入んないだろうし」
「うへぇ……」
野明の頭から煙が吹いている。遊馬も疲れたのかパイプ椅子にもたれかかり、伸びている。
「いつになったらアルフォンスと出動できるんだろう」
「そうだね~~、きっともうじき野明にもお呼びがかかると思うよ」
「そうだといいんだけど……」
だらしなく伸びている野明をテキストでペシペシと叩く。
「温かいお茶を淹れてきてあげるから、しっかりしなさいおかーさん」
「…うぅ……ママがんばるよー」
給湯室に行き、冷めていたポットのお湯を温めなおす。
電気ポットほしいなぁ。高い装備で金食い虫扱いされるウチにはエアコンひとつまともに支給されないけど。
ぼーっと天井を見上げつつ物思いにふける。暫くして、疲れ切っていた二人にあっつ~~い煎茶を差し入れした。
そんな感じで特車二課の夜は更けていった。夜勤もあるがこれは特に何もないので割愛する。
特車二課は基本8時から17時の通常勤務を一週間。その後、夜勤組とバトンタッチして夜間待機を含めた遅番勤務を一週間。
消防庁だと当番非番休日のサイクルが連続していくが、首都圏すべてのレイバー犯罪を僅か2個小隊で対処しなくてはならない特車二課。
24時間出動態勢を常に維持しようとした結果、夜勤と通常勤務の繰り返しが続いていくブラック体制が敷かれた。(緊急出動や緊急事態が発生したとして、交代要員が存在しない特車二課では連勤も日常茶飯事)
ちなみにこの一週間、一度しか出動はかからなかった。
♦
待機任務明けの非番でいたところ通報が入った。
『豊洲から通報!臨検中のパトカーを潰して移動する所属不明のレイバーが出現!目標は隅田川を北上中!形式は篠原重工の97式TFV-EX。第一小隊出動せよ!』
「TFV-EXってクラブマンの強力なやつですよ」
「第一小隊がいくんですか?」
家に帰っても寝るか掃除かトレーニングぐらいで、やることがなかったボクはツナギを着て2号機にワックスがけをしていた。隣にいる野明も同じような理由だ。
目の前にいる後藤隊長も家に帰らずに隊長室で南雲さんとお喋りに興じていた。うちの父より悪い育ち方をした大人だ。
「ここを留守にするわけにもいかんでしょーが……というわけで、これより第二小隊はいつでもお呼びが掛かってもいいように準待機から待機態勢に移行する」
「「了解!」」
その後、第一小隊のパイソンが柳橋で目標と格闘。上陸阻止に成功するも被害は甚大、待機中の第二小隊が応援に駆けつけることとなった。
「う~。ついに初出動だよ~緊張するなぁ」
「大丈夫。イングラムは強いから」
「ヒカルちゃ~~ん。もしもの時はおねが~い」
しっかりしてよ。あなただって同じイングラムでしょ。
あんなに出動を待ち望んでいたというのに……緊張から半べそになって、すがりつく野明をなだめる。
現場では南雲隊長の指示で十重二十重とパトカーのサイレンによって誘導された赤いクラブマンが国際通り、言問い通りを経由して上野公園に向かおうとしていた。
「季節外れのお花見だーね」
「満開の桜…見たかったですね~」
『少しは緊張感、もちなさいよあんたらは』
南雲隊長からお叱りのお言葉を頂いた。聞こえてたか…。
「南雲さん、そのまま手出しせずに誘導してちょうだい。相手は力持ちだからね、ケガ人を出したくない」
『ご心配なく。レイバーがないのよ。無理はしないわ』
それを最後に南雲隊長が無線を切った。
ボクたちは隊長を中心に作戦会議中だ。場所は上野公園、東京国立博物館。
お花見には季節外れとはいえ昼の上野公園はフェスで賑わっており、現在警官隊が上野公園から人払いを行っている。誘導されていく家族連れやカップルが何事かとこちらを遠巻きに見ている。
「相手は何者なんでしょう。犯行声明なしにこんな白昼堂々レイバーを乗り回すなんて……『海の家』でしょうか」
クランシー巡査部長の質問に後藤隊長は肩をすくめた。
「さぁね。もしそうならやっこさんが輸出用のレイバーをどこからどうやって調達してきたのかは気になるところだが…」
東京湾に川崎から木更津にかけて巨大な堤防を作り、水を抜いて用地を確保する過去にない超大規模埋め立て計画『バビロンプロジェクト』
東京湾埋め立て工事に猛反対を公言する環境保護団体は数多いが、レイバーテロを最初に起こした『海の家』はその中でも超武闘派だ。
活動内容も重要施設爆破、要人テロ、レイバーによる破壊と暴走、カージャック、無賃乗車、無銭飲食、カツアゲ、万引き、エロ本強奪、チャリ泥棒、無言電話、チェーンメール、ピンポンダッシュ等の過激の一言に尽きる。
ただ組織運営の資金源や銃器爆弾類、レイバーの入手ルートなど海の家には謎が多い。
特車二課の設立にも海の家の抗議活動が深く関わっているが、これは余談。
「埋め立ての抗議行動ならもっと穏当にやってほしいものですね……」
進士さんの文句に同意する。レイバーを犯罪なんかに使ってさ。
既に大規模な建設計画に伴い川崎、木更津間を繋ぎ、やがてパナマ運河式の水門を中央部に設置する東京港大突堤『バビロンの城門』
これらを繋ぐ巨大道路が昨年末に完成。東京から木更津方面への移動が容易になり、首都圏の物流に革命を起こした。
「何かほかに質問のあるもの」
遊馬が軽く手を挙げた。
「隊長……一般市民の生命財産を守る警察官としては市街戦を避けたのは理解できます。ですが上野公園にはここを始め貴重な建物や文化財が山ほどありますが、これらへの対策は?」
「傷つけるな」
「そ……それだけですか?」
「それだけ」
隊長のあんまりな命令に声にもならず遊馬だけでなくみんなも口を大きく開けて絶句している。
ちょいちょい見るなこの顔。慣れようよこの人こういう人だし。
しかし今回は初出動の野明だっているんだ。人を見る目のある後藤隊長らしからぬ厳しい采配と思えた。
質問タイムは終了。解散となり、それぞれ各自の持ち場に散っていった。
♦
「無理ですよ!」
作戦会議終了後。1号機バックアップ担当の篠原遊馬は、直接の上司である後藤喜一にくってかかっていた。
言い募る遊馬を窪んだ眼で後藤は見ている。
「野明のやつ……これが初の出動なんですよ!それを輸出用の怪物を相手に周囲の施設を気にして戦えだなんて!」
遊馬の背後では2号機バックアップ担当のクランシーが、冷ややかな表情を張り付け、事の成り行きを見守っている。
そして当の後藤は柳に風とばかりに平静を保ったまま、遊馬の諫言が終わるまでジッと黙っていた。そのうち言葉が尽きて肩を上下させる遊馬に向けて口を開いた。
「そんなのはわかっとーーの」
「ではなぜ?」
香貫花の問いかけに後藤はアゴをしゃくりある一点を示した。
つられた遊馬とクランシーの目線が公園周辺でカメラを構えているマスコミに向けられた。他にも物見高い一般市民が大勢集まり、特車二課や警官隊を興味深げに眺めている。
「世間様の手前。周辺の被害は考慮しなくていい……なんて言えんでしょーが」
「ではタテマエですか?」
クランシーの言葉に後藤が周辺を見渡す。事件を聞きつけてやってきた報道カメラマンと関係者、興味本位の野次馬、それらを押さえつける警官隊。
これから戦場になる現場だというのにとにかく人の目が多い。
「今回が我々第二小隊6名による正式稼働だ。しかし上層部にはお前たちの資質を危ぶむものも少なくない。今回の事件、格好のデモンストレーションの機会がやってきたと思わんか?」
「政治ですか……しかし第一小隊が取り逃した相手です」
クランシーは懸念を呈するが、それその物こそが狙い目だと後藤はニヤリと笑った。
「だからこそだ。ベテラン揃いの第一小隊が手こずった怪物を、お前たち寄せ集めが退治する。痛快な筋書きだろう」
現職の警視庁警察官から選抜された人員で構成された第一小隊はレイバーの操縦技術、士気、綱紀、総じて高いステータスで纏まっている、本庁肝煎りのエリート部隊。故に島流し同然で扱われる特車二課において警察本部からも一定の評価を得ている。
それに対し必要最小限以下の過程で修了する警察予備校出身者で寄せ集められた第二小隊は警察官としては半端者と捉えられ、中隊規模の体裁を繕うための人数合わせでしかないと警視庁から見なされている。
つまり、端から誰にも期待されていない。しかし今後の組織運営のためにも身内すら巻き込んで低評価を覆してやろうとする後藤の企てを聞き、悪魔だこの人……という呟きを遊馬はグッと呑み込んだ。
「ちょうど都合よく証人やカメラもある。華々しくお手柄を上げ、第二小隊の活躍を世間様に知らしめてごらんにいれようってもんだ。それさえできれば札付きの警官、半端ものと落ちこぼれの寄せ集めでも生きる希望が湧いてくる」
「札付き……半端もの……」
「落ちこぼれ……でも失敗したら」
「失敗した時のことは考えるな、我々にあとはないと思え」
口を揃えて復唱する二人に、厳しい言葉を投げかけた後藤はポンポンと肩を叩いた。
「みんなで幸せになろうよ」
事件だけでなく一般市民まで利用して…どこまで本気なんだこの人…。
二人は得体のしれない自分の上司に、暖かい陽気に関わらずじっとりと冷や汗を垂らした。
♦
隊長との打ち合わせを終えて帰ってきたクランシー巡査部長と共に、ボクは浄名院前で待ち構えていた。
「クランシーさん。隊長と何を話していたの?」
「なんでもないわ、ただの世間話よ」
「ふーーん。そっか」
そんなわけないだろうが、職務上言えないこともあるだろう。あの人食わせものだし。
そこへ警官隊からの無線通信が入った。無線特有の低音が被さった男性の声がスピーカーから発せられる。
『目標は言問い通りを抜けて上野方面へ逃走中!くりかえす―――』
「くるわよ。2号機デッキアップ!」
「2号機、パイロット、共にオールグリーン!……2号機デッキアップッ!」
「2号機デッキアップ!」
レイバーキャリアの運転席に搭乗する進士巡査が荷台を操作し、ジャッキアップ。仰向けに寝かされていた2号機が起立姿勢に変化した。
「太田巡査部長!作戦を再確認するわ。現在、警官隊に誘導された目標が鶯谷駅前にいる泉機に向かっています。1号機がこちらへ誘い込む手筈となっているから、我々はここ浄名院前から出発。場合によっては、上野公園に追い込んで迎撃します!」
自動的に2号機の両足と繋がっていたキャリアの電源ケーブルが排除される。2号機を前進させる。
「了解。2号機、前進します」
野明は鶯谷駅前で警官隊に誘導されたクラブマンハイレッグを待ち伏せ。もし取り逃したとしても浄明院前にはボクがいる。つまり、挟み撃ちという形になる。2段構えの作戦。
ふと……言問い通りから太い発砲音が鳴り響いた。1,2…若干遅れて3発目…3発か。でも物に当たったような音もしない。
「あんまり当たった感じしませんね」
「うん」
無線から聞こえた進士さんの呟きに同意する。
初の実戦で野明が自ら撃つとも思えないし、たぶん遊馬に急かされて狙いもつけずに撃ったな。
野明に実戦経験をつませたいという隊長の親心から誘導役に抜擢したんだろうが、これは予定通りこっちに向かってきそうだ。
「進士巡査、危ないですからそこを動かないでください。絶対そっちにはいかせないようにしますから」
「お……おねがいします」
最悪、我々が目標を取り逃すと進士さんが運転するレイバーキャリアが、犯人レイバーの侵攻を阻む盾役になっている。
そんな危険な役は果たさせたくない。進士さんには養うべき家族がいる妻帯者なのだ。
「くるわよぉーー!」
背水の陣で臨む戦い。にも関わらず闘志ムンムンのクランシーさん。
やはりこの人、初対面ではクールビューティーといった印象を受けたが、実際はアマゾネスかってぐらい血気盛んだ。
ギュォオオっと激しい走行音を鳴らして迫ってくる真っ赤なレイバーが見えた。
長い前足と後ろ足で4本。通常のクラブマンより一回りサイズが大きく、爪先に装備された太いタイヤが整地での高い走行性能を発揮している。
クラブマンハイレッグ。海外では軍やゲリラなんかが軍事兵器としても用いられているハイパワーレイバーで、ボクも実物を見るのははじめてだ。
赤いクラブマンの後ろからは遠くて小さいが野明の1号機が追ってきているのが見える。
「太田機!リボルバーカノンを用意!発砲を許可します!」
「りょうか――!」
右脚の脹脛からリボルバーカノン取り出そうとして、目に留まったものに驚愕した。
どこに隠れていたのか、カメラを構えた数名の一般人がイングラムと犯人のクラブマンハイレッグとの間に立つように撮影をしていたのだ。
咄嗟にリボルバーカノンを脹脛のガンホルダーに戻し、格闘体勢に入る。
「どうしたの!?太田機!銃を構えなさい!」
無視する。急いで前進する。あのままだとクラブマンにひき殺されかねない。
「太田!なぜ指示に従わないの!」
下にいるカメラマンを乗り越える。赤いクラブマンが目前に迫る。
こちらを粉砕せんと勢いよく振り上げられた前足。すかさず一気に前へ飛び込むようにしてダッキング――クラブマンハイレッグの股下に飛び込む。その際にバリンッとクラブマンハイレッグの前足と接触し、ウサギの耳の様な形をしたイングラムの頭部センサーが音を立てて損傷。
同時に股下から担ぎ上げるようにして、赤いクラブマン本体と後ろ足の間を両腕で挟み込むようにして、持ち上げた。
『肩車、いやファイアーマンズキャリーかぁーー!!』
なんか外野がうるさい。さっさと逃げろよ。
そのままぐるっと半回転、後方へと反り返るようにしてレイバーを放り投げた。
巨体を叩きつけられた衝撃で、現場となった言問い通りに地響きが轟く。埃と砂利が空に舞い上がり、観戦していた報道陣による場違いで熱苦しい実況が飛び交う。
『古の技、イングラムによるバックフリップだーー!』
2号機ごと地面に叩きつけられたクラブマンハイレッグはピクピクと痙攣して伸びている。
だが、まだトドメを刺したわけではない。衝撃で中の搭乗員が悶えているだけだ。時間が立てばまた動き始める。
そこへ駆けつけた1号機が左腕のシールドから電磁警棒を引き抜いた。
「泉、トドメだ」
「だりゃああああ!!よくも私のアルフォンスを傷ものにしたなーー!!!この!この!このぉおおッ!」
隊長の指示に従い、恨みがましい雄叫びを上げた野明が電磁警棒をクラブマンハイレッグに差し込んだ。グリグリと、渾身の力を込めて何度も何度も電磁警棒をねじ込むように突き立てている……怒ると怖いなこの娘。
電磁警棒から発生した高圧電流がレイバーに注ぎ込まれる。内部の電装品から青白いスパークがほとばしり、関節の節々から飛び散る火花と共に白煙が立ち登る。
1号機、執念の一撃はクラブマンハイレッグを見事に沈黙に至らしめた。
「はい、おつかれー」
拡声器で間延びした隊長の低い声が、大捕り物の舞台となった上野公園周辺に響き渡った。
これにて上野を騒がせた暴走レイバー事件に幕が下りた。機動隊によって時代遅れのヒッピーみたいな恰好をしたテロリストが、クラブマンハイレッグからつまみ出されていく。
電流の余韻から未だ醒めていないのか、顔を青くしてピクピク痙攣している。
「うぅ……アルフォンスが傷だらけだよぉ」
「怖いの我慢してよく頑張ったよ」
泣きべそかいてる野明の背中を摩ってイングラムを見上げる。
1号機の外装がクラブマンハイレッグの攻撃によって剥され、中のフレームや配線が露出しているし、他にも胸や肩などいたるところに爪で引っ掻かれた傷や殴られた凹みが目立つ。肩のパトランプだって割れている。
だが2号機とて決して無傷ではない。ウサギの耳の様な形をしたアンテナの役割も担う頭部センサーが割られているし、担ぎ上げる際に腰や膝のジョイントにかなりの負荷をかけてしまった。恐らく立って歩くのがやっとだろう。
そんなこんなで第二小隊の被害は総合的に見れば軽微で人的被害なし。無事に作戦成功。目論見が叶って隊長も機嫌がいい。これにて事件は一件落着……なのだが。
現場が後始末で追われている中、第一小隊の南雲隊長や後藤隊長、他隊員たちの前でボクはクランシー巡査部長に詰められていた。
第二小隊のみんなは巻き込まれたくないのか、ボクらから距離を取っている。
「私は撃てと命じたの、フォワードはバックアップの命令に従うものよ」
「けど、あの通りには民間人がいたんだ。銃を撃つわけにはいかない」
「我々には事件を迅速に解決する義務があるわ。それにあなたが躊躇せずに撃てていれば、致命的なダメージを与えて被害を今よりもっと下げられていたわ」
本気で言っているのか。流石に同意できない。
「民間人を挟んで銃撃だなんて承服できない!それに相手はゲリラが使うような大物だよ、そんな都合よくいくわけない!」
「あなたは自身の性能を過少評価しているのよ、私に任せればもっとうまく使いこなせてみせるわ――!!」
「だいたいクランシーはなにかにつけて撃て撃てって、ここはニューヨークじゃなくて日本なんだぞ――!!」
「警察官の仕事にニューヨークも日本もないわッ!!」
興奮したボクたちの言い合いが喧嘩にまで発展しそうになりかけたところで、パンパンと隊長が大きく手を打った。
「あーはいはい。お前たちの言い分はわかった」
「「タイチョーー!!」
「わかったから、戻ったらあとで報告書……提出しといてね」
「「……はい」」
そろって目は合わせない。お巡りさんの自覚が足りないこいつはマジで腹立つ。
せっかくデカイ事件を解決したのに気分はよくなかった。
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特車二課に帰還後、ハンガーは大わらわだった。
第一小隊の97式改は2機とも行動不能、イングラム2機は損傷。これら全ての機械を万全な状態にまで戻さなくてはならないのだ。整備班が総出で修理にかかっていた。
第2小隊ハンガーでは、シバシゲオをはじめとした数名のスタッフがイングラムの破損個所をチェックしている。そのすぐ傍でヒカルが成り行きを見守っている。報告書作成のために控えているのであろう。
班長の榊が矢継ぎ早に指示を出し続け、若い整備員が悲鳴じみた返事と共にハンガーを忙しなく走り続けている。
祭りの様に人が入り乱れる喧騒を後藤は2階の手摺にもたれて眺めていた。
そんな彼に南雲が近寄り、ホットコーヒーが注がれたカップを差し出した。
「あ、どうも」
後藤はカップを受け取ろうと手を伸ばしたが、寸前でひょいっと持ち上げられた。手が空を切る。
「この悪党。恨むわよ」
「な、なんのことかなぁ~?」
「自分の胸に聞きなさい」
冷めた目をむける南雲から今度こそコーヒーを受け取り、カップの縁に口をつける。
南雲も手摺に凭れ掛かり同様にハンガーを見下ろした。
「……正直言って、驚かされたわ」
「何が……?」
「あの新型レイバーよ……特に器用さとパワーはさすがね」
南雲は今回の事件で初めて、イングラムと第二小隊の実働を目撃した。
報告書からでは読み取れない行間。第一小隊が手こずった、アフリカや中東では軍事用にも用いられている輸出用のハイパワーレイバーを叩きのめした最新鋭機『イングラム』の性能を目のあたりにしたことで、エリートの第一小隊なら更なる成果を齎せるのではないかと南雲の脳裏を過ぎっていた。
「上の連中もどこか間が抜けているわ。あれほどの高性能機。ベテラン揃いのうちの小隊を差し置いて、第二小隊に導入するより遥かに効率が良くなると思わなかったのかしら、ついでにあの子もね」
南雲の視線の先にはイングラム2号機のコクピット傍で、点検を終えたシゲからヒカルが聞き取りを行っている。
最新機種を受領してからまだ日も浅いというのに、幾度かの実戦を経て高度な戦術を駆使するほどのセンスと高い技量、急変した事態を前にしても冷静さを失わず、危険を顧みず捨て身になれる胆力。
わけても本庁出身組で警視庁きっての才媛として噂されたヒカル。そんな彼女を何故、落ち零れの即席警官で構成された第二小隊に混ぜてしまったのか。
南雲は本庁の楽観的な考えがわからなかった。
「ほしい?イングラムと太田」
「え……?」
表情を一切変えずに発した後藤の突飛な提案を耳にし、声が僅かに上ずってしまった南雲は此れは不覚だと恥じて嘆息を吐いた。
「はぁ……どうせくれないんでしょ」
「あげない」
冷たい空気が流れる二人を差し置き、ハンガーの騒々しさは増々大きくなっていった。
バビロンプロジェクトによる建築ラッシュで日本全体が未曽有の好景気で潤う中、数少ないレイバー有資格者は危険が少なく好待遇高給与の民間企業にこぞって引き抜かれました。警察や自衛隊等は常に人材(公務員)不足に喘いでいます。