愛と勇気と正義にかけて、市民をお守りいたします!   作:イングラマン

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第六話 あんたの勝ち!

 シャフトエンタープライズジャパン東京本社

 

 『爪楊枝からスペースシャトルまで』というキャッチコピーで家庭用品から自動車、化学製品、レイバーの製造販売、引いては軍需産業に至るまで、全世界でマーケットを展開する巨大多国籍企業『シャフト』。

 多くの企業を傘下に置くグループ企業だが、裏ではテロリストを利用した資金洗浄や武器供与など、非合法の分野にまで手を染めているのではないかと業界内では実しやかに囁かれている。

 

 なにかと黒い噂が絶えないシャフトグループにおいて、シャフト日本支社は大手ゲームメイカーの看板を掲げ、オフィス街の表通りに自社ビルを構えている。

 アーケードゲーム筐体や家庭用ゲームソフトなどを独自に企画、設計、開発及び国内のショップへの販売が主だった事業内容だ。故に、シャフトジャパンは大手アミューズメント会社として業界内に幅広く認知されている。ただし茨城県土浦市に独自の技術研究所を擁しているなど、表から見えない部分も少なくない。

 ビル内に呼び出しのアナウンスが響いた。

 

『企画七課の内海課長、第三会議室までお越しください。企画七課の内海課長、第三会議室までお越しください』

 

「はいはい……いま内海がいきますよーっと」

 

 ニコニコと屈託のない笑みを浮かべるスーツ姿の男性が、開かれたエレベーターからスキップして降りていく。

 身長は170センチそこそこ。眼鏡をかけた中肉中背。黒い頭髪を七三に分け、顎は四角く顔全体が笑った作りのいかにもな優男。

 シャフトエンタープライズ日本支社で課長職についている。名前は内海。

 

「や、どーもー皆様。すでにお集まりのようでして」

 

「遅いぞ、内海くん」

 

「いやぁ、先日の上野の事件の映像が面白くてついつい、夜更かしを」

 

 照明の落ちた会議室では、既にシャフトジャパンで課長職以上の幹部役員が雁首を揃え、内海を待ち構えていた。

 会議室中央に置かれたプロジェクターから放たれた放射状の光が、部屋奥に天井付けされた床に向かって伸びる白く大きな幕に投射されている。

 役員たちは幕に写された映像を食い入るように見ていた。

 

「ではすぐに、はじめましょー」

 

「もう始まっている。7月分はもう見た」

 

「それでこれが先日の8月分ですか」

 

 スクリーンには建設現場で暴れる菱井のヘラクレス21が映しだされている。

 タイラント2000、ブルドッグに続き、それらで培った技術を結集して今年頭に菱井が世に送り出した新型レイバーだ。

 強力なパワーと軽快さが売りで、菱井のキャッチコピーは『燃える男の汎用レイバー』―――出力だけでいえば現行のどの汎用レイバーをも凌駕している。

 怪力自慢のヘラクレス21。その長く太い腕が白地に黒いラインが入ったモノトーンカラーのレイバーに捻り上げられ、巨体ごと地面にねじ伏せられている。

 

「アームロックですか……いやぁ恐ろしい」

 

「内海くん、解説を」

 

「これがAV98イングラムですね。篠原重工が開発した最新機種。ご覧の通りの優れものでして……軽量ながら、それを補う高い運動性と様々なオプションを自在に扱う器用さ」

 

 イングラムがブルドッグの肩を打ち抜き、無力化に成功した映像に切り替わった。

 

「警察が使用していることもあって、ケタ外れに豊富なパターンデータを有しています。あ、今のこれ僕のおすすめです。迫力満点♪」

 

 再び映像が切り変わる。今度はクラブマンハイレッグの攻撃と同時に、懐に飛び込んだイングラムが担ぎ上げて投げ飛ばしている映像だ。

 事件後。どの報道番組でもこの映像が流れており、ダイナミックなスープレックスをイングラムに使わせた搭乗員の正体が、実は容姿端麗な美少女というギャップも相まって、ちょっとした有名人(アイドル)となりお茶の間を賑わせている。

 だがそんなことよりも役員たちにとって、アフリカで軍やゲリラに運用されている大型レイバーが民製の警察用レイバーに一蹴されたという事実に頭を痛めていた。

 

「御託はいい。それで?」

 

「これらの映像を見た上が、こいつ以上の物を作れとご命じになられたでしょう。それでシャフトの最新鋭にこれをぶちこもうと思うんです」

 

 背後で流れる、交通事故から被災者を救助するイングラムの映像を内海が指さす。内海の言葉に重役の一人が頷いた。

 

「君に言われるでもなく既にシャフトでは開発が行われている、どれだけの時間と金を消費するかわかっているだろう」

 

「いやだなぁ誤解してもらっちゃ困ります。催促はウチの仕事じゃないですって」

 

 認知の齟齬に気づき、含むような笑みを浮かべた内海に対し、男――徳永専務は射抜くような目で睨み上げた。

 

「いま……何を考えた内海?」

 

「……悩んでいたんですが。さっきの映像を見て、ちょっと思いついたことがあるんです。興味ありません?」

 

 内海はスーツの内ポケットから一枚のセキュリティカードを取り出し、怪訝な顔を浮かべている重役たちにヒラヒラと見せびらかした。

 場所は変わり。重役たちを伴った内海はシャフトジャパンでも一部の関係者しか立ち入れないエレベーターに乗り込んだ。降りた先は、シャフト東京本社が隠れ蓑にしている地下の特設ハンガーだった。

 

 内海は閉ざされたシャッターの前に立つと、手元で遊ばせていたカードをスロットに滑らせた。ピッとセキュリティの解除を示す電子音と共に自動的にシャッターが上昇していく。

 シャッターがせり上がるにつれ、影に隠れていた巨大なシルエットが露になった。

 それは一見してレイバ―の様にも見えたが、フレームの殆どがむき出しであったり、胴体らしき部分は空洞。眼球を咥えた白いドクロの様な頭部が取り付けられてもいたが、まだ開発途上なのか全体的な空白が目立つ。塗装も施されておらず、無骨な金属板が剝き出しだ。

 それを見た重役たちは気づいた。内海は自分らが務めている会社の地下で、レイバーらしき機械を役員の了承も得ずに黙って作っていたのだ。

 

「まだ途中なんですがね、こいつはシャフトヨーロッパ(西ドイツ)の最新モデル『タイプ7-ブロッケン』をベースに、うちの部下が企画設計して作り始めた実験兵器搭載の無人試作機なんですよ。これをイングラムにぶつけてみるのも一興かと」

 

「タイプ7だと!?……軍用レイバーの輸入には多重のチェックが入るんだぞ。いったいどうやって仕入れた!」

 

「天下のシャフトエンタープライズ、方法ならいくらでもあります」

 

「密輸か……っ」

 

「しかも無人試作機だと!?いつの間にこんなものを……!」

 

「企画七課のやり方は乱暴すぎる、お国柄という物を考えろ!」

 

「こんなことが警察や世間に知られればシャフトは企業としての信用を失う……キミがいた香港とは違うのだぞ!」

 

 会議に参加していた者たちは、勝手に軍事兵器を日本国内に持ち込んだ企画七課の強引な手管に非難の声を浴びせた。

 税関の目を盗んで軍用レイバーを仕入れただけでなく、あまつさえ軍事兵器搭載の実験機の開発を独自に始めていた内海の傍若振りについてもだ。

 しかし上層部からの叱責を受けても事の張本人の内海はどこ吹く風といった様子で、人を食ったような笑みをへらへらと浮かべている。

 内海の常識はずれな提案に徳永はがなり立てた。

 

「このガラクタをイングラムにぶつけるといったな……内海キサマ!警察に喧嘩を売る気かッ!?」

 

「そうですよ。ご存じの通り、タイプ7は西ドイツ国境警備隊への導入が決定いたしました………が、如何せん実戦を経験していません。基本動作以外はカラッポ!」

 

 やれやれと芝居がかった調子で大きく肩を竦ませる内海に、そんなことは当然だといわんばかりに徳永専務はフンッと大きく鼻を鳴らした。

 

「それはそうだ、タイプ7が実戦を経験するようになれば大事になる」

 

 その徳永の言葉に内海は意を得たと言わんばかりに人差し指と中指をピンと立て、ニヤリと笑った。

 

「それでこの試作機を使って、戦争が起きない程度の実戦経験を積ませてタイプ7にデータを移植したいのが一点目。で、あわよくばイングラムのデータディスクを丸々頂こうかと。なにしろ相手は幾たびの実戦を潜り抜けていますからね。成功すれば経験豊富なイングラムのデータをわが社の最新鋭にぶちこめますし、開発費や工期を一気に短縮できますよ。仮に負けたとしてもその時の蓄積データだけで値千金の価値があります。どっちに転んでも会社に損はありません。これが二点目」

 

「強盗のやり口だ……それはっ!」

 

「だが勝てるのかね。頭どころか中身もまだ満足にできていないようだが」

 

 気が付けば内海の犯罪計画の片棒を担がされていたと知り、冷静さを失う重役たち。

 浮足立つ者たちばかりの中で、唯一試作機を見上げていたスダレ頭をした重役の一人が問題点を指摘した。

 中央のボディが空洞であったり、骨組みとなる構造材やエネルギーチューブがむき出しになっている。まだまだ試作機は開発途上な様子で、内海もその点は否定しなかった。

 

「まだ未完成ですからね、しかし軍用レイバーをベースにしているんです。ハードでは負けませんよ、パワーと装甲はこっちが上です。念のためオマケだって付けちゃいます」

 

 いけしゃあしゃあと論点をすり替えた内海はバッと両腕を広げた。

 試作機の隣からベースとなった軍用レイバー『タイプ7-ブロッケン』が5体、ズラリと並びでた。

 それらを見た徳永を含めた重役たちは、あんぐりと口を開いた。

 

「あのお嬢さんどうやら強敵みたいなんでね。もったいぶらずここにあるものぜ~~んぶ、ぶつけちゃおうかな~~っと」

 

「内海……大事件になるぞ」

 

 内海は会社には不利益をおかけしませんよ~~っと、ニコニコ笑いながらとんでもないことをぶちまけられた重役たちは一斉に顔を顰めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 東京湾岸沿いの突き出た出島に所在を置く特車二課。

 先の上野事件から八王子工場に帰郷していた2号機がやっと帰ってきた。出荷時と異なる出で立ちを成している2号機を進士さんと見上げる。

 

「なんか頭部の形状が違いますね」

 

「うん。テスト用の試作でセンサー類が充実してるんだって」

 

「前より凛々しい感じがしますね」

 

 ハンガーに収められている2号機を進士さんと眺める。

 前回の上野の事件で破損した2号機は、篠原重工側の意向で八王子工場に修理に送り出されていた。機体の状態をはじめデータ取りが目的だ。そして帰ってくる際、八王子工場が初期型の頭部を試作の新型頭部ととっ替えっこしてくれた。

 太い緑色のバイザーが特徴的だ。ウサギの耳のように生えている尖ったセンサー部も増設されており、これまでの愛嬌のある面影は消え失せ、男ぶりが上がった様な気がする。

 

「本庁から、前回の作戦で功績をあげたご褒美だって。工場で埃被っていたものをよこしただけで偉そう」

 

「い、いいじゃないですか。前より性能が上がっているんでしょう」

 

「クラブマンハイレッグに頭壊されちゃったからなぁ。修理費浮かすのと、ついでにデータ取りのためでしょ。どうせボクは体のいいモルモットですし」

 

「……太田さんの本庁嫌いも相当ですね」

 

 進士さんの指摘が図星なので何も言えない。

 

「あ、あのぉ」

 

 二人で里帰りから戻ってきた二号機を眺めていたら、整備員の一人に声をかけられた。

 確か二課整備班に入りたての若いスタッフだ。手には色紙とサインペンが握られている。

 その二つで彼が何を言おうとしているのか概ね察した。

 

「さ、サインおねがいできますか?」

 

「……いいですけど」

 

 表情には出さないよう唇を固く結び、微笑む。手渡されたサインペンでさっと色紙に名前をかく。

 色紙とペンを返すと深くお辞儀をして足早に去っていった。今の光景を見ていた彼の同期や先輩たちが、サイン色紙を抱いている彼を弄っている。

 

「人気者ですね~、何回目です?」

 

「……さぁ5回目からは数えてない。実家からも同じこと言われたよ。サインくれとかなんとか。何が悲しくて家族にサインするために帰省しなきゃいけないんだか……はぁ」

 

 先日の上野で起きた事件。真昼間の都内で起きた大捕り物だっただけに、一連の第二小隊の作戦が大勢のマスコミに撮影された。

 連日、クラブマンハイレッグの股下に飛び込んだ2号機が目標をぶん投げ、ボロボロの一号機が電磁警棒でトドメを刺した白熱シーンがお茶の間に流れた。足元近くに報道のカメラがあっただけに迫力も相当なものだった。

 しかも2号機の首から顔を出しているボクの姿がバッチリとカメラに映ってしまったのもあり、ボクの名前と顔が全国に知れ渡った。さすが平成初期の日本、個人情報もへったくれもない。

 おかげで実家の会社にまで報道関係者が押し寄せてきた始末だ。何か困ったことはないかと電話で尋ねたが、母はテレビ効果で受注が増えたと言って喜んでいたし、父はテレビ録画をダビングした映像を親類縁者にばらまいていた。心配して損した。

 

 そして本庁警備部のはみ出し者の集まりである第二小隊は一躍時の人になった。

 特段、用事さえなければ普段は本庁詰めで、週に一度しか埋立地にやってこない課長が珍しくご機嫌だったし。

 課長が言うには色んな企業がボクを被写体にして製品PRをさせてほしいんだとか、近々式典をやるからそこに出席しろとか……もちろんそこにボクの意志なんて介在しない。既に上の方でいろいろ話が決まっているんだろう。宮仕えの悲しいサガだ。令和だったらテレビにでたぐらいじゃどうこうなんてならないのに。

 栄華を極めた80年代と比べればメディアパワーが漸減したとはいえ、90年代後期におけるテレビの社会的影響力はまだまだ健在で、とてつもなく強い。なにせ〇outubeも〇コニコ動画もまだ生まれていないし。

 だがいいこともあった。この2号機の新しい頭もそうだし、来期の予算が増えるかもれしれないと普段からぬぼーっとして表情の変化が少ない後藤隊長が喜んでいた。

 頼むから夏に入る前にエアコンやシャワー室を導入してくれと頼んだ。あ、それより今よりも大型の食糧保管庫を増設してほしいかも。職場内環境(食事)の改善は必須だ。まぁ予算の増額はあっても、そこまで見込めないかもだけど。

 ちなみに同じ現場にいた筈の野明は1号機の肩が影になり、カメラに写らなかった。羨ましい。

 

「あ、あの~。よければ僕ももらってもいいですか?同じ職場だって言ったら、友達が一筆頼めないかって」

 

 さっきのやり取りを見て、悩みながらもサインを求めてきた進士さん。

 おずおずと切り出す彼を見たボクは少し悩んでから、にやーっと揶揄う様に笑った。

 

「え~~そんなこと言っていいのぉ~?同じ職場の女のサイン色紙なんて持って帰ったら……奥さん、きっと怒るよ~~っ」

 

 最初はお調子者のシゲさんを皮切りに、将来プレミアがつくかもしれないからと篠原重工の御曹司でありながら、割と金にがめつい遊馬がボクのサインをねだってきた。

 二課の諸先輩方がその様な浮ついた行動をとれば、悪影響を受けた歳若い整備員の子たちがボクの元に殺到してくるのは時間の問題だった。色紙やシャツやツナギにサインをおねだりされる始末。

 非番の日に街を出歩けば一般の人にまで握手やサインを求められた。

 

「あっ……あははは…はは…はは…」

 

 肘でつっついてやるが笑い方に力が篭っていない。こっちも図星だったか。

 そんなこんなで進士さんと、ここ数日の苦労話を交えてダラダラと雑談に興じていたら、階段を登ってきたクランシーとたまたま目が合った。

 一瞬、お互いの目線がかち合う。やがて、どちらが先というわけでもなく視線が外れた。気づけばクランシーはどこかへ去っていた。

 位置的にちょうどボクとクランシーの間に挟まれていた進士さんが脂汗を流して目を泳がせていた。

 

「進士さん……ごめんね。肩身の狭い思いさせて」

 

「い、いえ!……僕のことはいいですから!」

 

 進士さんは2号機キャリア担当。必然的にボクとクランシーの喧嘩に巻き込まれることになる。

 元々胃腸の弱い人だ。こないだそれを苦にして隠れて胃薬を飲んでいるところを目撃してしまい罪悪感が沸いた。

 ボクは溢れ出しそうになる感情を抑え込もうと、自分の両腕をぎゅっと掻き抱いた。

 

「……ごめん…ボクだってなんとかしたいんだ…でも…」

 

「……太田さん」

 

先日の一件だけは、どうしても許容できなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 隊長室で南雲はペシペシと紙で後藤の机を叩いていた。その目はとても冷ややかだ。

 

「それで……どうするのかしら?案の定、爆発させてしまった後藤隊長さん」

 

「……まぁ、篠原と太田の喧嘩ほど単純じゃないのはわかっているよ」

 

 先日の上野公園の一件以来、第二小隊の空気が露骨に悪くなっていた。

 太田とクランシーの元々多くもない会話がついにゼロになり、顔が合えばそっぽを向き、オフィスでは常に険悪な空気を発する。この事態を重く見た山崎、進士、泉の3名が果敢に立ち向かうもいずれも玉砕。

 出動ではさすがに喧嘩を持ち込まないが、いつ大きなヘマを仕出かしやしないか冷や冷やしている……と、隊長室に泣きながら駆け込んできた篠原の顔を思い出す。

 南雲のお小言を聞き流しつつ、後藤喜一はマウスを操作し、両手の人差し指を用いてポチ…ポチ…っとパスワードを入力していく。

 

「こういうのど~も、苦手なんだよねぇ。太田にも怒られたし」

 

 愚痴っぽい独り言を零しながらも、ようやくお目当ての項目に到達し、ページを閲覧する。

 隣にいる南雲しのぶが箇条書きに書き出されたデータを読み上げていく。

 

「香貫花クランシー巡査部長。ハワイ・オアフ島出身。ニューヨークポリスアカデミーを首席で卒業。翌年巡査部長に昇進。特捜部に在任中、MITに聴講生として在籍。電子工学を優秀な成績で修了。スポーツ万能、柔道四段、合気道三段、茶道裏千家師範。射撃や爆発物処理のスキルを有し、英語や日本語の他に、ドイツ語、フランス語、オランダ語、北京語堪能のマルチリンガル。趣味、囲碁、乗馬」

 

 プロフィール写真はなぜか香貫花がハワイビーチにて水着姿で寛いでいる写真だ。

 南雲の冷たい視線に気がついた後藤は咳払いし次のページに切り替えた。写し出された該当人物の経歴を後藤が読み上げる。

 

「太田ヒカル巡査部長。東京都出身。都内でも大手のゼネコン、藤井建設の会長の孫娘。元機動隊員である父親の背中を追って国家公務員一般職試験を主席合格し、警察官学校に入学。之を非常に優秀な成績で修了して卒業、同年本庁警備部に配属。文武両道で、柔道四段、剣道三段。英語をはじめ台湾語、北京語など語学にも通暁。家の方針で茶道、華道など伝統文化にも精通。射撃、レイバーの操縦に関しては共に特筆すべき素質あり。趣味は筋トレと映画鑑賞それと……レイバーが好き!」

 

 写真ではなぜか、露出度の高いメイド服を着た仏頂面のヒカルが笑顔の女の子たちに囲まれている。

 同年の少女たちの中でも小柄ながらひと際たわわな胸が揺れている。染みひとつなくキメ細かい美しい肌と、グラビア雑誌でもお目にかかれない零れんばかりの乳房が中年の目に毒だ。

 目線が下がっている後藤の顔面をパチンと南雲が叩いた。後藤は悶絶した。

 

「……どちらも優秀だけど。やはりクランシーが頭一つ抜けているわね」

 

「ま……まぁここに書かれているスペックで言えばね。しかし二人が互いの優劣に納得しあっているなら、妙な意地の張り合いになったりしないんじゃないの?」

 

 もう一度、太田のプロフィール欄を開こうとする後藤の手を南雲がはたく。

 小さく悲鳴をあげた後藤は赤くなった手をぷらぷらと払った。

 

「先日の件も含めて後藤さんはどう考えているのかしら?」

 

 それは先日のクラブマンハイレッグとの一戦を指しているのだろう。

 しかし今日までの経緯を省みた後藤は、初対戦となったトーナメントの模擬戦こそ、事の遠因になっているのではないかと推察していた。

 

「まぁ完璧主義者の香貫花からすれば、太田がどこか手抜きをしているように見えるのかもね」

 

「それはないでしょう……上野なんてけっこう際どかったじゃないの」

 

 ふむ……っと後藤は両腕を後頭部に回し、背もたれに寄りかかる。

 圧倒的な実力で勝利を収めて尚、相手のことを慮る。そして自分の意見ではなく相手の意思を尊重する。それは人並以上にプライドの高い香貫花にとって、負けるよりも悔しかったのではないだろうか。

 ライバルとして歯牙にもかけられず。また、優れた才能を持ちながらも、自身と異なる価値基準で判断する太田の姿は香貫花の目には歯痒く映り、プレッシャーになっていたのではないだろうか……。

 そして先日の両者の喧嘩の発端となった事件。国民の生命財産を死守する警察官として太田の判断は正しいといえる。

 一般人を挟んでの撃ちあいなど以ての外。香貫花にもそれはわかっていた筈だ。つまりそれは。

 

「ねぇ、シノブさん考えたことある?もしかしたら太田はこれまで、一度も本気を出したこと……ないんじゃないかって」

 

 後藤は天井を見上げながら南雲に問いかけた。南雲は一笑に伏した。

 

「ふっ……まさかぁ」

 

「まさか……だよねぇ」

 

 後藤は椅子から立ち上がった。

 

「それでどうするつもりなの?あなたのとこの子たち、わかりやすくそわそわして仕事が手についていないみたいじゃない……報告書も溜まっているんじゃないかしら?」

 

「あれであいつら、割とデリケートみたいなんだよねぇ……まぁ、わが国にはこの種の問題については伝統的な解決方法があるじゃなーい」

 

 人差し指と親指で輪っかをつくり、口にくいっと持っていく。

 その使い古されたジェスチャーに南雲は形の綺麗な眉をひそめた。

 

「ちょっと方法が安直すぎない?」

 

「人間腹割って、語り合い、相互理解を深めるにはこれが一番なのよ……ところでシノブさん」

 

「……?」

 

 後藤は両掌を合わせて申し訳なさそうに頭を下げた。

 

「面目ない……お金貸して」

 

「……ちゃんと返してね」

 

 南雲は目を逸らしてがっくりと肩を落とした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 第一小隊と夜勤を交代して無事に業務を終えた現在の時刻、夜の7時。

 残暑で日中は暖かいとはいえ夜は少し肌寒い、みんな薄手のジャケットやアウターを着用している。

 

 都内某所の鉄橋下、赤い提灯に四角いおでん鍋を構えた屋台で、ボクら第二小隊はささやかな宴会を催していた。

 今回の宴会は隊長主催による第二小隊の慰労会だ。しかもなんと掛かる支払いは全て隊長持ち。やったー、隊長太っ腹。

 でも給料をギャンブルや酒の当てにしているあの人が、他人に奢れるほど懐が潤っているとは知らなかったな。

 贅沢を言うなら隣の席にいるクランシーが眉間に皺を寄せていなければもっとよかったんだけど。

 こいつ……せっかくの奢りの飲み会でも不機嫌さを隠そうとせず、ツンッと澄ませている。

 

「隊長、私はこの席に納得いっていません」

 

「じゃあ、あっちいけばいいじゃん」

 

「あ、あはは仲良くやろーよ。せっかくの隊長のおごりなんだしさー」

 

 右から野明、隊長、ボク、クランシーの順番に長椅子に座っている。

 他の男衆は離れた屋台にいる。既に宴が始まっているのか、喜色ばんだ声がこちらにも届いていて実に楽しくやっているのがわかる。

 

「まぁ普段からよく働き、初任務を見事果たしたお前たち部下に対してだなー。俺からささやかながらの感謝と祝いの気持ちを込めてだな」

 

「職務ですから、とりわけ感謝していただく必要はありません」

 

 ここにきてもグチグチと不満を吐露するクランシーにキレたボクは、バンッと屋台のカウンターを叩いた。

 

「オマエ、人の厚意をだなあーッ!……ふにゃッ!」

 

 と、立ち上がり人差し指を突き付けたボクの肩を隊長がグイッと掴んで引き寄せた。ついでに喧嘩の予兆を察して、あわあわとあたふたしていた野明も。

 

「まぁまぁ楽しくやれや―!言いたいことを言い、わめきたいことをわめき!食って飲んでパッとやれやー!………ってなもんで俺野暮用あるんで」

 

 それだけ言い残して、隊長はボクたちを置いてさっさと去っていってしまった。残されたのは険悪なボクとクランシー。あと取り残されて困り顔の野明の3名。

 誰も注文をしない。女3人の緊迫した空気がおでん屋台を支配していた。少しして、この嫌な流れを変えようと野明が先陣を切った。

 

「あ……あははおじちゃん。とりあえず一杯ちょうだい。3人分」

 

「え……?」

 

「泉巡査、勝手に注文しないで頂戴」

 

 野明の注文に答えた店主のおじさんが早速三人分の日本酒を注ぎ、目の前にサッと置いた。野明が注文してくれて、おじさんがどこかホッとしたような表情を浮かべていた。

 どうやらボクたちのアレに巻き込まれたくなくて、物陰でジッと息を潜めていたらしい。

 

「まぁまぁ……あと適当においしいとこ乗せといてよ。追加は各々好きに注文するってことで」

 

「野明……こういうの慣れてるの?」

 

「あ、うん。お父さんと付き合いでいったことあるし」

 

 そういえばそんなことも言ってたっけ。

 手慣れた様子で注文を続ける野明にこれまでにない貫録が窺える。

 

「じ、じゃあ……本日の業務、お疲れ様でした。かんぱーい!」

 

「……かんぱーい」

 

「……」

 

 一気にコップ酒を呷る野明。

 その見事な飲みっぷりにボクとクランシーは呆気にとられた。

 

「ングング……プハァ!!」

 

「い…いい飲みっぷりだね。野明」

 

 日本酒ってアルコールとしては度数が高い方だぞ。ビールが5か6。日本酒は15前後。大雑把でも3倍以上。

 それを水や氷で割らずにストレートで一気に飲んでケロッとしている。そしてまた店主から新しく注いでもらっている。え、何この子…怖い…。

 

「うん!うち酒屋だしお父さんの晩酌にも付き合ってたし、ちょーっと自信あるんだぁ……あれ?ヒカルちゃんとクランシーさんは飲まないの?」

 

「いや…ボクはその……」

 

「……ッ」

 

 野明の見事な飲みっぷりに感化されたクランシーが負けじと一気に日本酒を呷った。

 え……マジ?負けず嫌いにもほどがあるでしょ。

 そしてそのままの勢いで日本酒を飲み干してしまい、杯を空にしてしまった。

 

「おー!クランシーさん、なかなかやるじゃーん!」

 

「……ふぅ。ワンモア……あら?あなたは進んでいないようだけど」

 

「……」

 

 クランシーは勝ち誇った顔で空となったグラスに追加の酒を注いでもらっている。

 対して酒豪に挟まれ戸惑うボクの手には、並々と日本酒が注がれたグラスが静かに波を揺らしている。

 

「……」

 

 挑発を受けてもボクが一向に動こうとしないのを不審がったクランシーがしばらく考え込み、何かに気づいたのかクスクスと笑いだした。目元もこらえ切れないのか弧を描いている。

 

「あら……あらあらあら、そういうことなら無理しない方がいいわね。アメリカではアルコールによるハラスメントが問題視されているもの」

 

「いつになく饒舌じゃないですか。クランシー巡査部長」

 

「きっとここのお酒がいいのね。て、あぁ……ここはニューヨークではなく日本だったわね」

 

 こいつ!ここぞとばかりに煽ってきやがった!あと、こないだの事まだ根に持ってんじゃねーか!

 

「あ、あぁヒカルちゃんが真っ赤になってぷるぷる震えてる!?おでん食べよ!ねっ、がんもとかおいしいよ」

 

「マスター。この子にジュースを」

 

 こいつぅううううう!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あの……たみこさん。幹泰だけどごめんね~ってさ」

 

「は……はは。遊馬さんピッチ早くないですか?」

 

「お、やっとるかー?」

 

 後藤が暖簾をくぐるとすでに出来上がっていた遊馬が赤い顔して悪ふざけに興じていた。

 篠原のつまらない冗談に山崎は苦笑いを浮かべている。ただ途中まで屋台の席にいたはずの進士がいなくなっていた。

 

「進士はどうした?」

 

「さっき奥さんに電話しにいきましたよ」

 

 ヒロミが答えると、ちょうど携帯電話で家族への連絡を終えた進士が戻ってきた。

 

「あ、すみません」

 

「よー。妻帯者は大変だなー。おばちゃん、ごぼう巻きとはんぺん……進士は飲むだろ?」

 

「あ、はい。恐縮です」

 

 ぺこりと進士は頭を下げてヒロミの隣に座った。さっそく一杯、店主から注いでもらった日本酒にちびりちびりと口をつけている。

 ヒロミは大きい身体を縮こませてタマゴや蒟蒻をつまみ、すでに出来上がっていた遊馬は赤い顔で後藤に絡んでいる。

 

「しっかしどういう風の吹き回しなんですかタイチョー?急に俺たちに奢りだなんてぇ?」

 

「そりゃ日頃よくやってくれて、6人での初任務もこなしてくれたお前たち部下を労わろうとね……まぁまぁ気にすんな、どっといけどっとー!!」

 

「篠原どっといきまーーす!」

 

「僕、ちくわぶください」

 

「あ、僕はダイコンください」

 

 4人でそれぞれ注文したおでんを女将によそってもらい、飲みたい連中は並々と注がれた日本酒をやっつけ始めた。

 早いうちから酔いが回っていた遊馬は隣に座る後藤にもたれかかり、酒息をまき散らして絡んでいる。

 

「たいちょーものみましょーよー」

 

「いや俺、今日は車だから」

 

「いひっ…いいじゃないですかー。いっぱい……いっぱいだけぇ。おばちゃんコップ―!」

 

 赤らんだ顔で人差し指でつっつく遊馬に後藤は頬を引きつらせた。

 

「穏やかにさぁ、しんみりと大人の酒で楽しくやろうよ」

 

「そうですよ、遊馬さん。それにお酒ばっかりというのも体に毒ですよ」

 

 ヒロミの忠告を無視して後藤に絡み酒を続ける遊馬。こりゃ手に負えないと事態の収拾を放棄した後藤は目の前のおでんをつまみ始めた。

 しつこく絡み酒を続けていた遊馬は不意に、キョロキョロと周囲を見渡して半目になって後藤に詰め寄った。

 

「たいちょー!どうして野明やヒカルや香貫花はここにいないんですかー?どうして?どうしてなんですかー!みんなで飲みましょーよー!」

 

「あいつらはあいつらで楽しくやってるよ」

 

「よくない!それはよくない!女同士なんて不純です!南雲さんもここに呼びましょーよー!」

 

 酒乱と化した遊馬は、がくんがくんと渋い顔をした後藤の体を前後に大きく揺さぶる。ヒロミなりに遊馬を窘めようと努力するが、ハラハラするばかりで効果がない。

 

「みんなでブワァーーッとたのしみましょーよー!ブワァーーッとぉ!」

 

「遊馬さんお酒ばっかりは体に悪いですよぉ。おでんも食べましょう」

 

 再三に渡りなだめるヒロミを払いのけて遊馬はズバッと立ち上がり、上体をのけぞらせてここにはいない女性陣の名前を絶叫した。

 

「ノアー!ヒカルー!カヌカー!」

 

 高架線の下に遊馬の雄たけびが木霊する。一頻り叫んで気が抜けたのか、遊馬は地面にひっくり返った。慌てた山崎が、倒れた遊馬を抱き起して長椅子に座らせる。

 

「大丈夫ですか?」

 

「ダイジョブ、ダイジョブ」

 

 顔が茹蛸の様に真っ赤だが、頭を打って冷静さを取り戻したのか胡乱げな瞳に正気の光が戻っている。後藤と山崎は一安心した。

 ほっとしたのも束の間、ドンッとテーブルにコップを叩きつける音が屋台に鳴り響いた。

 

「……なんていいましたか?いま……なんていいましたかっ?」

 

 怒りの色が滲む低い声にギョッとして3人が振り向く。視線の先では進士が剣呑な空気を発しながら、黙々と日本酒をハイペースで呷っていた。

 しゃっくりが止まらないのか度々体を震わせている。

 

「ヒック!……女を呼べですって?女を呼んだら酒がまずくなるじゃないの……所帯持ちでもないくせに……女の喧嘩に板挟みにされた男の気苦労を知らないもんが……気軽に女…女と」

 

「し……しんしさぁん?」

 

 進士の殺気じみた気迫に当てられ、すっかり酔いが冷めてしまった遊馬が後ずさる。

 だが深酒で正気を失いつつある進士は、酒息を吐き散らしながら青ざめた3人にズイィッと詰め寄った。

 

「好きでもないやりたくもない帰るコールや、女同士の喧嘩に巻き込まれて胃薬を飲んで耐え忍ぶ僕の苦労を知っていて言っているのかって聞いてるんですよぉ?……ああぁッ!?」

 

 怯え切った山崎と遊馬はお互いの体を抱きしめる。後藤は二人の背中に隠れて、おでん屋からコソコソと逃げ出していく。

 

「後藤さん!……どこへいくつもりですかぁ?逃げるんですかぁッ?」

 

 しかし酔っぱらった進士に回り込まれてしまった。

 

「逃げるだなんてそんなっ……太田たちの様子を見にいこうかなーって」

 

「あ、きたねー!」

 

「後藤さぁんッ!だいたいあなたがシャンとしないから僕が苦労する羽目なってるんですよぉ!わかってるんですかぁ!後藤さぁあんっ!」

 

 夜の鉄橋下に2号機レイバーキャリア担当の進士幹泰、魂の慟哭が響き渡った。

 

「おばちゃん、やっぱ俺も飲むわ……て、あ」

 

「ゴクゴクゴクゴク!!!」

 

 酔ってうやむやにしよう。酔ってしまえばどうとでもなる。

 後藤は打算で酒を注文するが、女将から差し出されたコップ酒をプッツンした進士に横から強奪された。

 

「飲んじめーでやんの」

 

 進士はのけ反りながら一気に飲み干し、コップを空にした。

 

「ターミーコーォオオ、ホォオ!!!…………グゲッ!」

 

 泥酔状態を更に悪化させて暴走する進士を見かねたおでん屋の女将が、ビール瓶で進士の後頭部を殴り倒して鎮圧。目を回して地面で伸びる進士を3人は血の気が引いた思いで見下ろしていた。

 

「ほんまに悪い酒だこと……あんたの息子さん?」

 

「誰が……」

 

 後藤は口をへの字に曲げて女将を非難がましくみた。

 

「進士って意外と酒癖悪いんだな、ためになったわー」

 

 青褪めるヒロミと遊馬の両名の手により、最寄りのタクシー乗り場まで運ばれていく進士を、酒を一滴も飲めなかった後藤は黙って見送っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 やばい。二人のピッチが異常だ。

 最初はここぞとばかりに弄ってきたバカヌカも、今は標的を野明に変えて呑み比べを始めている。

 お酒が飲めないボクはちくわと大根をつついている。ここの練りものうまいかも。

 濃い口醤油が沁みて茶色くなった大根にカラシをちょっぴり塗ってつまむ。昆布とカツオ出汁で煮込まれた大根にピリっとした辛味がアクセントになってて箸が進む。

 ソーメンや冷やし中華、お刺身。夏は冷たい食べ物ばかりだったし、夏の終わりに偶には熱い料理を食すのも悪くないかも。

 肩を縮こませて今度は鰯のつみれを摘まんでいたボクに、空になったグラスの縁を指先でなぞっていた野明が話しかけてきた。

 

「ねー。前々から聞こうと思ってたんだけどぉ、ヒカルちゃんはさぁ。なんで第二小隊にいるのぉ」

 

「え?」

 

 野明の突然の質問にびっくりした。

 なにそれ、ボクが第二小隊にいちゃいけないっていうの?しまいには泣くよ?

 

「だってヒカルちゃんならエリートの第一小隊でも十分やっていけそうだしさぁ。なんでウチなのかなぁって」

 

 あぁ、そういうこと。

 ボクが黙っていると野明が酔った勢いのまま、ガンガン踏み込んでくる。

 酔っ払いにソーシャルディスタンスなんて概念は存在しないのか。

 

「う……うぅん」

 

 シラフじゃ絶対できないなこれ。

 こういう時、お酒が飲める人は羨ましいなって思う。

 

「別に……大したことじゃない。本庁にいた時に後藤隊長に特機部隊の小隊を新設するから、ウチに来ないかって誘ってもらったの。それで」

 

「……答えになっていないわ」

 

 隣で聞き耳を立てていた香貫花がピシャリと断じた。あとコップに新しい日本酒を注いでもらっている。鉄の女は肝臓まで鉄で出来ているのか。

 

「出世コースに乗っていた貴方が、それを蹴ってまでいく理由にはならないわよ」

 

 香貫花、知らない所でボクの事を調べていたんだ……。

 少し逡巡して、ため息を吐いた。

 

「まぁ公然の秘密みたいになっているし、話してもいいけどあんまり言いふらさないでよ……平たく言うと、上と揉めて睨まれちゃったの」

 

 ポツポツと酒の入ったコップをみながら話した。

 

「課長のセクハラがあってね」

 

 いきなりバンッとテーブルを叩く音が鳴った。

 

「えー!?セクハラされたの!?ヒカルちゃん!」

 

「die」

 

「違う違うボクじゃないって」

 

 野明の怒りに満ちた声に首を振る。あと香貫花は静かだが内容が殺意に満ちていて怖い。

 セクハラという言葉は90年代に入る前に流行語大賞に入るほど世間をにぎわせたが、まだその実態は世間に認知されるほどではなかったし、それは女性の社会的立場の低さを物語っていた。

 20年後の令和においても、旧態依然とした組織に蔓延る閉鎖的男性社会とそれに伴う女性への性加害が問題となっていたし、某テレビ局なんかでは性接待や性行為の強要が社会問題に発展していた。

 

「同僚の子がイジメにあってたの……課長に性的な行為やモラハラを強要されていて。でもボクはそのことに全く気づけなかった……警察でそんなことが起きるなんて露ほど思わなくて」

 

「午後のおもいっきりテレビとかで知ってはいたけど、身近にあったんだね……」

 

 この子のソースって専らワイドショーなんだな。

 

「ボクも同じ……いつも通り朝起きて、出勤して、挨拶して……気がついたときにはあの子、自殺寸前にまで追い込まれていたの。髪もぼさぼさで、眼の下には隈までできてくぼんでいたし、食事や睡眠もまともにとれなくなっていたのか肌もガサガサで痩せこけていたんだ……仕事中に過労で倒れた彼女を病院にまで運んで、そこでようやく彼女の身に起きていたことを知ったんだ……ショックだった。仕事として押さえてはいたけど、よりによって、ボクが務めていた警視庁でそんなことが起きていたなんて信じられなくて」

 

 波紋を揺らすコップに視線を落とす。

 

「それからは独自に調査を始めたんだ……真実を知りたくて。婦警のことなんて眼中にない人だったから思ったより証拠が簡単に集まった」

 

「ンッ……それで?」

 

 どうでもいいけど酒を飲む手を止めろ。

 

「つきつけてやったさ。もちろん。家族や職場にバラされたくなければ、これまでの事を反省して謝罪しろって……そしたらあいつ、懇意にしてる上司に相談してボクに交渉を持ちかけてきやがった。好きなとこに口利かせてやるからこの件はどうか内密に……って」

 

 なんだろう。目頭が熱い。あの頃の出来事を思い出すと胸の奥底から沸々と言葉にならない激情が沸き上がってくる。

 

「ボク……その話を聞いて怒るより情けなくなった。お父さんが務めた警察が……大人たちが……どうしてって……ボクはただ、あの子にごめんなさいってすみませんでしたって頭を下げてほしかっただけなのに」

 

 視界がぼやける。こぼれた雫が机に広がる。

 なんでボクこんな話二人にしてるんだろう。

 

「ぐす……」

 

 スッと横からハンカチが差し出された。

 受け取って目元を拭う。

 

「ありがと」

 

「……」

 

 香貫花は何も言わなかった。

 

「まぁ……それでムカついたからマスコミとか週刊誌に全部暴露してやろうと準備を進めたんだけど。そこに待ったをかけてきたのが後藤隊長なの。どこから聞きつけたのかボクの前にやってきて「うまく取りなしてやる」って言って……」

 

「隊長とはそのころからなんだ」

 

 野明の言葉にコクンと頷いた。

 

「そんであの人部署違いのところでも顔が利いたんだよね。本庁では慕っている人も少なくないし。ボクが握った情報も使って方々に手を回してくれたの。結果、元課長は栄転という名で地の果てに異動。たぶん電気は通っているところにはいるんじゃないかな」

 

 電気だけは通っている場所に二人は想像をめぐらしている様だが、ピンとは来ていないようだった。

 まぁ今思えばこれでよかったかもしれない。もしも、ボクが暴露していたら面白がったマスコミが権力者叩きに無関係なご家族や友人にまで触手を伸ばしていたのは想像に難くない。

 被害者の子の私生活だって暴かれていたかも。マスコミと大衆を御しきれるなんて当時は思いあがっていた。

 

「それでこの事件は終わりなんだけど。ボクもいわば渦中の人間になったし、上には上司に楯突く厄介者として顔を覚えられちゃったから本庁にもいづらくなってて……古巣には愛想つきてたし実家に帰るのもいいかなぁって考えていた矢先に、後藤隊長に新設部隊の話を持ち掛けられて……」

 

「それでついてったんだ」

 

「うん、前から特機部隊への転属は望んでいたから、すぐに受理されたよ」

 

 上意下達の警察で上層部に歯向かう者がいては組織として立ちいかなくなる。

 しかも上司の弱味を握ろうとするボクみたいなハミ出し者が警視庁内を堂々とうろつかれては、心中穏やかではいられないんだろう。転属願いは驚くほどすんなりと上層部に聞き届けられた。

 一気にしゃべって喉が渇いた。手元の水を飲む……ってからぁ!

 

「ねぇ。被害者の女性は今どうし――それお酒よ」

 

「ごほっごほっ!ごほっ!」

 

「わー!おっちゃん水ー!!」

 

 酒で焼けたのどを潤すために、もらった冷水を一気に飲み干す。

 

「―――プハァ………ぐすっ」

 

「ヒカルちゃん?」

 

 どうしてこうもうまくいかないんだろう。

 香貫花を怒らせたり、進士さんを困らせたり、みんなにも迷惑かけたり、あの子をもっと早く助けることだってできたはずなのに…。

 

「ごめんね。でも…ボク…」

 

 ボクは無力だ……。

 うわーん!!うわーん!!

 

「ヒカルちゃん、泣き上戸だったの?」

 

「意外ね、よしよし」

 

 かぬかやさしー!うわーん!おこらせてばかりでごめんなさーい!

 

「もういいわよ……ワンモア」

 

「いいなぁ私もヒカルちゃんに抱きつかれたい……おっちゃんもう一杯!」

 

 おさけばかりじゃなくておでんもたべなさーい!うわーん!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ―――この日の事ははっきりとは覚えていない。

 

 目が覚めたら、ボクと香貫花と野明の3人で肩を寄せ合って屋台で寝ていた。ついでに店主のおっちゃんもなぜか酒瓶を抱えて寝ていた。

 そして男衆のところで楽しんでいた筈の後藤隊長がわざわざ様子を見にきてくれた。だけでなく、寝ぼけてしゃっきりとはしないボクたちを自宅まで車で運んでくれた。

 

「とどのつまり、信頼関係なんてもんは、お互いの欠点を認め合うところからでしか始まらないんだから。まったく苦労するよ……お前たち繊細だしさ」

 

 なんてことを後藤隊長が運転しつつぼやいていた。

 翌日。飲み会で要らぬ事を口走っていなかったか二人を問い質したが、お互いの顔を見合わせて笑っているばかりだった。

 結局、尋ねても教えてくれなかったし。

 

 ただそう悪い事ばかりでもなかった。香貫花がこの日を境に近寄りがたい雰囲気を柔らかいものに変化させていた。おかげでほんのちょっぴりとだけど周りと打ち解けられたし。

 あとボクをヒカルって下の名前で呼んでくれるようになった。理由はわかんない……でも喧嘩していた時よりかは職場の雰囲気は明るいし、ボクの心も軽い。

 喧嘩に巻き込まれていた進士さんも胃薬の服用をやめた事で肌艶がいい。

 

「ヒカルー!一発で決めなさいよー!」

 

「まっかせなさーい!」

 

 垂直にジャッキアップしたトレーラーの荷台に目掛けて前進する。

 現在98式のデッキアップ用の自動誘導はオフにされている。レイバーキャリア備え付けの自動誘導は無しの、マニュアル操作でトレーラーとイングラムを接続しなくてはらない。

 そーいう二課の入隊儀式だ。新入りの野明のためにお手本として先陣を切る。

 仰向けになれるように後ろ歩きでデッキのふちに踵をかけ、コンテナに搭乗する。コツは前屈しすぎて重心を崩さないこと。ただ踏み込み過ぎるとコンテナにぶつけてしまうから、そこは経験と勘でカバーする。

 

「2号機!搭載完了!」

 

 降りてきたデッキの固定バーが2号機の胸にはまり、特に危なげもなく搭載作業を完了できた。

 造作もないけど、ちょっとホッとした。後輩である野明の前で恥ずかしい姿は見せられないもの。

 

「よっしゃ……どうよ香貫花ー!」

 

 ハンガーの2階からみていた香貫花が微笑んでいた。合格らしい。

 続けて行われた1号機の搭載作業はコンテナとの接触を恐れるあまり腰が引けてしまい、怪しい挙動が目立った。危うい場面もあったが、最終的にはイングラムを1号機コンテナに収めることに成功した。

 ボクがなんとはなしに1号機の足元に目を向けると、なんと遊馬が整備員から金を巻き上げていた。あいつ野明でバクチしていたな。

 

「コラッ!篠原巡査ー!曲がりなりにも警察官が署内でバクチなんてするんじゃなーい!!オイコラッ!逃げるなーッ!」

 

 ひっつかんだマイクで怒鳴りつける。慌てふためいた遊馬は裏で賭博に興じていた整備班共々、蜘蛛の子を散らす様に逃げ出していった。まったくなんて奴だ。見つけたらとっちめとかないと。

 ふと、視界の端に映ったハンガーの2階を見上げると後藤隊長が南雲隊長に金を渡していた。

 ……昨夜の資金源わかっちゃったかも。ただギャンブルの金で返すのはまずいだろ。南雲隊長が滾々とお説教をしていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『8月某日天気、晴れ。出動内容、暴走行為を繰り返す篠原重工製の赤い作業用レイバークラブマンのスゴイヤツを制止するために、出動。朝、非番中にアルフォンス(イングラム1号機の愛称です!)とイングラム2号機を太田巡査部長と共にワックスがけをしていた時の事でした。

 泉はバックアップ兼指揮車担当の篠原巡査と共に鶯谷駅前で目標を待ち伏せしました。ホシ(犯人の事です)は第一小隊を突破したと聞いて泉は怖くなりましたが、アルフォンスがいるのでなんとか踏みとどまれました。

 研修では、使うことはないだろうと言われたリボルバーカノンをいきなり使うことになってビックリしましたが、同時にあぁ、私警察官になったんだなぁとようやく実感しました。しかし篠原巡査に命じられて急いで撃ったものの弾は一発もあたりませんでした。

 その上、大事なアルフォンスの体を引っ掻かれるわ殴られるわで散々でした。このまま逃がしてしまったとあればアルフォンスに申し訳が立ちません。泉は頑張りました。とどめは、2号機のプロレス技と1号機の電磁警棒による合体攻撃です』

 

 最後の部分を読み上げる。

 

「初出動で、地方出身の泉には何もかもが手探りの体験ばかりでしたがレイバーを悪用する人がいなくなるその日まで、アルフォンスと戦います。警視庁警備部特車二課、泉野明」

 

 読み終えた日報から目線を外し隣にいる野明を見上げた。

 彼女は日報を読んだボクの感想を待っている。恥ずかしいのか体をもじもじとくねらせながら。

 

「ど、どうかな……じゃなくてどうですか太田巡査部長」

 

「泉巡査……強いて言えば日報とはいえもうちょっと書式…段落ごとに箇条書きにして、日時や場所を書き出すといいかも。他には読みやすくなるように余白なんかのレイアウトにもこだわってほしいかな……あと」

 

 ボクは初出動の様子が書かれているノートを閉じた。

 

「日報は原則として5年間保存するんだ。例えば5年後……泉巡査がふとした拍子にこれを読み返したとするね。どう思う?」

 

「えぇっと……あの頃の泉は若かったんだなぁっ……と」

 

 とぼけた調子で天井を見上げて言う野明の姿に、知らず知らずの内に皺の寄った眉間を指で解した。

 

「悪いこと言わないから、この小学生の読書感想文みたいな文章。書き直そう……ボクも手伝うから」

 

「……はい」

 

 野明に日報を返す。

 受け取ったノートを胸に抱えて、意気消沈した様子で元居たデスクに帰っていった。

 こうして野明の初出動を記した日報は隊長に提出する直前で書き直しとなった。

 




内海出しておいてなんだけど、しばらく登場しません。
香貫花はヒカルを実像よりも大きく見ていました。
ヒカルは本庁婦警の間では英雄です。今でも本庁にコネがあります。

既にお気づきの方がいるかもしれませんが、当小説は98年前後の時事ネタやサブカルを盛り込んでいく方針です。
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