愛と勇気と正義にかけて、市民をお守りいたします!   作:イングラマン

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第七話 VS暴走レイバーX-10

 9月某日。天気、晴。東京湾岸道沿いにある13号埋め立て地。

 本日は模擬弾頭を用いた射撃訓練の実施日だ。その目的はイングラムの射撃データの収集である。こういう蓄積されたデータも実戦で用いられるので、訓練とはいえ疎かにはできない。

 けれども使用できる弾丸は一度に6発まで――ウチが世間で金食い虫呼ばわりされているのは伊達ではない。

 左手の親指で交差するように右親指を抑え込み、グリップを握りこむ。

 

「はじめてくださーい!」

 

 進士さんの号令がかかる。

 整備班が夢の島のゴミ捨て場から拾ってきた廃材とドラム缶をくっつけ、更に独特の感性を用いてブラッシュアップした手作りブイだ。それが今、東京湾にぷかぷかと漂っている。

 

 警察はコンピュータによる高度な計算で自動照準を行う火器管制システム等の軍事装備を所有していない。故に、測定照準によるマニュアル操作だけで標的を正確に撃ち抜く必要がある。

 レティクルの十字に重ねた目標めがけ、リボルバーカノンの引き金を絞る。落ちた撃鉄が撃針を叩き、37mm弾の雷管が爆ぜる轟音が周囲に響き渡った。確かな手応え。発射した六発全てが標的に命中したと直感した。

 案の上、野次馬をしていた整備班から「おーっ!」という、どよめきに似た歓声が上がった。

 

「どー?香貫花ーっ」

 

「……そんなに気になるなら自分で確認して見なさい」

 

 なんだよつれないなー。

 モニターの横にあるツマミを回し、カメラの倍率を上げる。ブイに見立てたドラム缶が満遍なくピンク色のペンキに染まっていた。

 まぁこんなものだろう。今日の波は穏やかで全弾命中させるのはそう難しい事じゃない。ウチの父でもこれぐらいは造作もなくこなすだろう。

 

「太田巡査部長、終了です。チェック受けていってください」

 

「はい!」

 

 指揮車の中で2号機の駆動数値や機体コンディションをモニターしていた進士さんの指示に従って、後方に下がる。

 その隣で双眼鏡を覗いていた香貫花もこの成果には満足……していない。むしろあからさまに不満気だ。一体どこに気に食わない点があったというのだろうか。

 

「香貫花ー!なにかあったー?」

 

「……なんでもないわ。いいからチェック受けてきなさい」

 

 ふーむ。今日の香貫花は気難しいだ。

 2号機と入れ替わるように野明のアルフォンスが沿岸の縁にたった。

 

「野明、銃を打つときは肩の力を楽にしてね、あなたが気張るとアルフォンスにもそれがウツっちゃうから」

 

「う、うん!任しといてっ」

 

「ドットの計算の仕方は覚えている?」

 

「うんッ」

 

 威勢は良いが顔と声が張り詰めている。

 取っかかったばかりの慣れない射撃訓練に四苦八苦している様子だ。もしかしたら銃を撃つことその物にも忌避感があるのかもしれない。

 こういう時、バックアップが気を利かせるものだが、遊馬のやつは自分に関する事柄以外は関心が薄く素気がないのが玉に瑕だ。特車二課内のH字型の縦棒部分のハンガーに2号機を格納する。

 

「じゃ、シゲさんお願いします」

 

「あいよー!まっかしといてー!」

 

 早速、オフィスに面した横棒部分の通路に控えていたシゲさんがイングラムのプログラムチェックを始めた。他の整備員は機械のコンディションに異常がないかチェックボードのリストを閲覧しつつ各部位を検査している。

 イングラム自体が精密部品の塊みたいなもので、一度動かすたびに機械の細かいところまで整備員による点検を通さなくてはならない。非常に面倒見甲斐のある機械なのだ。

 ふと―――ハンガーに都度六発、リボルバーカノンの発砲音が聞こえてきた。それから程なくして、野明の1号機がハンガーに帰ってきた。コクピットから降りた野明の肩を叩くと疲れた様な溜息が返ってきた。あまり訓練の成果が芳しくはなかったようだった。訓練後、第二小隊オフィスで野明に射撃のやり方について質問された。

 

「どうすればうまく当てられるかな……コツとかってありますか?」

 

「……よく狙って引き金を引く」

 

 野明だけでなく、耳をそばだてていた第二小隊のみんなから落胆したような目で見られた。くっ。

 銃の打ち方は警官予備校時代に学んでいたようだし事前にチェックはさせてもらったけど、拳銃を握りこんだ右手の上に左手親指で重ねてリコイルを抑え込むフォームをきちんと取れていた。腰が引けて、ややくの字型の歪な体勢になっていたのを指摘したぐらいで他に問題はなかった。やはり不慣れや拳銃を忌避する性質が野明の足を引っ張っているのかもしれない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 鎌を引いて握った草を刈り取る。場所によっては身の丈ほどにまで成長した雑草も、まとめてサクッと刈り取っていく。

 サンサンと降り注ぐ強烈な日差しが首都圏と埋立地を明るく照らしている。8月を過ぎた晩夏とはいえまだまだ都内の気温は高い。

 

「う~ん!あっつぅい」

 

 野明が手を庇にして空を見上げている。

 

「野明。ちゃんと日焼け止め塗ったー?」

 

「もちろーん」

 

 ペシッと野明が自慢の健康的なお肌を叩いた。

 特車二課の庁舎周辺の埋立地は人の手が入っていないためにススキなどの雑草が生い茂っており、定期的に人の手で間引かないと庁舎まで侵食されてしまう。

 特に夏場のセイタカアワダチソウの成長は凄まじいの一言で、待機任務中の特車二課小隊員を始め手すきの整備員も必ず草刈りに動員される決まりだ。職場の環境整備も特車二課の大事なお仕事なのだ。

 

「~~♪」

 

 鼻歌混じりにサクサクッと草刈りを続ける。麦わら帽子を被っての整地作業はボクは苦にはならないけど、遊馬や進士さんは時折腰に手を当てて伸びをしている。

 ニューヨークも東京と同じような高温多湿と聞いていたが、隣にいる香貫花は涼しい顔をしている。だが彼女の濡羽色の前髪をじっとりと濡らす額の汗が炎天下での作業の過酷さを物語っていた。

 それにしても、はるばるニューヨークから海を越えてまで日本にやってきて、空き地の草刈りに従事させられている現状に香貫花は一言も愚痴を零さない。香貫花は自分の弱みを他人には容易に見せない、我慢強い女性であるのを短い付き合いながら察していた。

 

「あなた、楽しそうね…」

 

「うん!ていうか、みんなとならボクはなんでも……あ、それと香貫花。やっぱりこれ使ってよ」

 

 ボクの身に着けていた麦わら帽子を香貫花に差し出した。

 夏場の強烈な日差しは香貫花の黒い長髪だと相当きついだろう。けれども彼女は麦わら帽子を受けるのを拒んだ。

 

「……だから私はいいと」

 

「ダメだってば!……見ててこっちが日射病になっちゃいそうだし、いいからつけてよ!」

 

 いつもは断られればそのまま引き下がってきたけど、今回は強引に香貫花の頭にボクが身につけていた麦わら帽子をかぶせた。

 露骨に嫌がられたが炎天下の作業で疲労しているのか抵抗が弱弱しい。

 

「……あなたねぇ、いつもいつもそうやって人のパーソナルスペースに踏み込みすぎよ」

 

 不愉快そうに眉を潜める香貫花に、にへらって笑って見せる。

 

「帽子似合ってるよ。香貫花」

 

 しばらく見つめあっていると、はぁっと諦めた様にため息を吐かれてしまった。ふふん。強がりにはこれぐらい強引に押し付けた方がいいのだ。

 最近気づいたことだが、香貫花の意地っ張りで頑固で、それでいて内面はギラギラと熱く滾らせているところ。どことなくだけどボクの父さんに似ている気がする。

 まぁ権威を振りかざされても眉ひとつ動かさず、他人の言葉に容易に流されない芯の強さは、権威に滅法弱い父とは似てないけど。

 

「あ、香貫花笑ったー?」

 

「……笑ってないわよ」

 

 口元が綻んでいるのを指摘したら、スンッとまたいつもの鉄面皮に戻ってしまった。まだまだ香貫花攻略の道のりは遠そうだ。

 ふと、近くからヒソヒソ声が聞こえたので振り向いたら、進士さんや遊馬がこっちを見ていた。

 

「あ、いやなんでもねーよ」

 

「えぇえぇ。僕たちのことは気にしないで続けてください」

 

 そうは言うが、なんか生暖かい目でニコニコと微笑んでこっちを見ている様がなんというか……その、うむ、不気味だ。

 

「遊馬不気味……」

 

「だれが不気味じゃッ」

 

 突っ込む遊馬を皆が笑う。

 結成当初はボクと香貫花の喧嘩もあってそれぞれに遠慮があったけど、今の第二小隊の雰囲気は悪くないなぁなんて、ボクはみんなと笑いながらそう思った。

 ふと、隣で草刈りを続けていた香貫花に思いついたことを口にした。

 

「ねー。香貫花、今度の非番、一緒に遊びに行かない?まだ東京観光もロクにしてないでしょ。ボクが案内してあげるよ」

 

「そうね…」

 

 せっかくの非番の日であっても、特車二課に緊急の案件が入ると即座に準待機から待機態勢に移行してしまう。

 そのおかげで、なかなか自分の時間という物が取れない。自分で選んだ職場だからそこに不満はないんだけど、それはそれとして偶には遊びたいし相棒に東京案内をしてみたい。だが考え込む香貫花の思考を遮る様に、特車二課庁舎全体に屋外スピーカーでの緊急放送が鳴り響いた。

 

『第二小隊!緊急出動!繰り返す!第二小隊!緊急出動!』

 

 特車二課に舞い込んだ出動要請に草刈りに従事していた全ての隊員たちが、サッと顔色を変えて立ち上がった。

 

「その話はまた今度…!」

 

「うん…!」

 

 現場や事件に関する情報が何もない緊急出動の指令に訝しむが、全員作業を中断し着替えにいく。

 軽く汗を拭って装備を整える。横にいた香貫花から帽子が突き出された。

 

「これ返すわ」

 

「あ、いいよ。ボク他に持ってるし」

 

「でも……」

 

 麦わら帽子を返そうとする香貫花に首を横に振り、ロッカーからもう一個、帽子をひょいっと取り出して見せた。

 ちょっと呆れたような顔をしていたが、香貫花は少し悩むと自分のロッカーにしまった。

 ……人にいうことを聞かせたい時はその人が急いでいる時に限るね!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 自衛隊富士駐屯地指令室には大勢の自衛隊士官が集結していた。自衛官が忙しなく詰所の中を行き来している。

 通信オペレーターは出動した部隊から矢継ぎ早に舞い込んでくる状況報告を処理しており、自衛隊幹部は齎される報告に顔色を険しくしていた。

 

「X-10を止められないのか…ッ」

 

「現在、レイバー隊と第三中隊がX-10の侵攻を阻止せんと攻撃しています」

 

「X-10が演習場から出ればマスコミに嗅ぎ付けられるぞ」

 

 自衛隊の試作軍用レイバー『X-10』。

 このレイバーは本来有人機ではあったが、今回の演習でX-10に搭載された最先端AIの性能を富士演習場で確認する予定であった。

 ところが試験中に突如、X-10のAIが指令室からの指示を全く受け付けなくなるという事故が発生。

 その上、X-10は高度な思考ルーチンに基づいた独自行動を始めてしまい、もはや自衛隊の手で直接、X-10を撃滅する他なかった。

 

 社会に露見し、万が一守るべき国民の生命を害するような事があれば、ただごとでは済まされない。それも罪もない一般市民を殺害したとなれば自衛隊は存在意義を失う。

 直ちに富士駐屯地はX-10の暴走を食い止めるために中隊規模の部隊を派遣。対策本部となっている指令室には事の性質上、今回の極秘試験を知る士官のみが招集されていた。

 

 ただでさえ何かとマスコミに叩かれがちな自衛隊にとって、極秘開発中の試作軍用レイバーの存在が露見してしまうだけでも十分なスキャンダルになりうるというのに、まさか試験中の機体が暴走して市民社会に飛び出したとなれば、どこまで火の手が及ぶか想像がつかない。

 緊急国会、野党の詰問、国民からの非難、責任者を含め少なくない上級幹部の引責問題。最悪、防衛大臣の引責辞任にまで問題は発展するだろう。彼らは痛くなる頭を押さえ全力で火消しに努めていた。

 

 対策本部の巨大モニターには、密命を帯びて出動した陸自のレイバー部隊が試作軍用レイバー『X-10』の進撃を阻止せんと猛烈な火線を浴びせている光景を映し出していた。

 直上からの自衛隊の大型攻撃ヘリ『ヘルハウンド』による対戦車ミサイル。更にX-10の進路上に立ち塞がるように立つ菱井製の軍用レイバー97式『アトラス』の右肩に搭載された20㎜バルカン砲と左肩の6連装ロケットランチャーが同時に火を噴いた。上下からの制圧射撃だ。

 しかし前線の部隊から齎された報告は、司令官が待ち望んだものではなかった。

 

『第三中隊突破されました!現在、X-10は山中湖方面へ向かっています!』

 

 それは自衛隊の『ヘルハウンド』と虎の子のレイバー『アトラス』によるX-10の侵攻阻止作戦の失敗を意味していた。

 通信先からは絶え間のない砲撃音が今もなお聞こえてくる。現在、演習場から抜け出したX-10を追撃する命令を部隊に出していない。

 どうやら暴走レイバーは手当たり次第に攻撃を仕掛けている様だ。

 

「最も恐れていた事態になってしまった」

 

 苦悶の表情で額に手を当てている上官に、下士官は話をつづけた。

 

「『X-10』は最終的に無人機とすることを前提に開発されてきました。ですので大変優れた人工知能が備わっています。しかもコントロールが離れた時点で都市制圧のプログラムが働いているかと……」

 

「ではこの近くの都市に向かっていると?」

 

「いえX-10にこの周辺のマップデータは備わっていません。ですから目標を持って動いているとは思えません。ただ……」

 

「ただ……なんだ?」

 

 男は背後のボードに張られている陸上自衛隊演習場から御殿場近辺の地図を指す。

 

「都市制圧機能が働いていた場合、路面に沿って行動するようプログラムされています。つまりこのまま国道138号線にぶつかれば138号線沿いに御殿場方面に向かうのは必至かと!……既に警視庁には政府を通じて連絡がいっている手筈です」

 

 御殿場市にはおよそ8万人を超える市民が暮らしている。

 試作機の存在が露見しただけでなく数多の住民の命が落とす事となれば戦後最大の大不祥事として歴史に残るのは必至だ。

 しかし事の性質上、演習場を飛び出した試作機を表立って追撃しにいくわけにもいかず、自衛隊は手をこまねいていた。

 

「ことここに至って我々が表立って動くのはマズイ。後のことは警視庁に任せよう……ただ彼らにバトンタッチする前にやっておかねばならんことがある」

 

 モニターにはヘリコプターに吊り下げられた黄色い巨大バルーンが、爆走するX-10へと目掛け落下していく光景が映し出されていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 特車二課庁舎から緊急出動したボクたち第二小隊は川崎ICから東名高速に入り、御殿場に向かっていた。

 緊急出動の原則に則るならパトランプを点灯して現場に急行するはずだ。

 けれども隊長の命令で今はソレを止められている。また同小隊員であるボクたちに緊急出動を命じた理由を未だ明かしてくれていなかった。

 

「極秘行動の必要があるとしても、私たちには任務の内容を話しておいてくれれば適切に、かつ迅速に対処することができます」

 

「その通りだ。だが…今回ばかりは俺もお前たちと同じ立場に置かれててね」

 

「同じ立場?」

 

 2号指揮車を運転している香貫花が訊き返した。

 

「東名御殿場インターから国道138号線に入ったところで待機せよ、次の連絡を待て……聞かされているのはこれだけなのよ」

 

 後藤隊長は今回本庁から下ってきた命令に強い疑念を抱いているようだった。

 一方的に緊急出動を要請しておきながら第二小隊を蚊帳の外に置いている現状に、隣にいる進士さんが考え込むような顔をしてトレーラーを運転している。

 

「なんなんでしょうね……」

 

「わからない……けど」

 

「けど?」

 

 御殿場インターを降りる直前、道路をバリケードで封鎖している山梨県警警官隊の姿が見えた。

 

「きっとレイバーが必要な事態にはなっているんだ……ああやって秘密裏に交通規制までかけてレイバー隊を呼んだわけだし」

 

 全員が降車し交通規制を行っていた警官から事情を聴く。

 しかし警官――『青木巡査長』も我々と同じく上からの命令で動かされているだけで、彼もまた何のための道路封鎖なのか知らされていなかった。

 現状判明しているのは、ここにいる全員が本庁の得体のしれない命令に動かされ、それを不審がっているという事。

 

「わかりません、上からは国道138号線を閉鎖しろと…」

 

「そちらも上からですか……」

 

「何が起きているんです?」

 

「お互い……どーも嫌な予感がしますなぁ」

 

 ぼやく隊長。すると突如、ミニパトの無線機から通知音が鳴った。

 隊長は降りたサイドウインドウ越しに無線機を掴み取った。

 僅かに漏れ聞こえる女性の話し声から、どうやら通話先は南雲隊長のようだ。会話から察するに出動前に後藤隊長が情報収集を頼んでいたようだ。

 

「……でも、私たち特車隊に声をかけたということはレイバーが必要なのは確かね」

 

「なにかって?」

 

「いずれわかるわよ」

 

 野明の疑問に香貫花が短く答えた。

 後藤隊長はふむふむと無線機にむかって相槌を打っている。

 

「なにもね……よほど情報の管理が徹底しているのか、それとも上の方でさえ状況の把握ができていないのか……」

 

 後藤隊長の話声から確かにそう聞こえた。

 どうやら通話先の南雲隊長も方々を当たってみたが大した情報を得られなかったようだ。

 

「ニュースじゃ封鎖の理由は籠坂峠の路面に亀裂ねぇ……イングラムに道路工事でもやらせようっていうのかしら」

 

 その独り言を聞いた青木巡査長が訝しんだ。

 

「路面に亀裂って変ですな?…自分は出動命令が出る2時間前に山中湖方面から、ここ御殿場インターに戻ってきたんです。しかしそんな様子は全く」

 

「籠坂峠付近はどうでしたか?」

 

「別に……スイスイいけましたよ」

 

「2時間前っていえば俺たち第二小隊には出動命令が掛かっていたはずですが…」

 

「どういうことー?」

 

 存在しない道路の亀裂。そんな奇妙なニュースとほぼ同時に発令された緊急出動。

 野明の疑問に遊馬はただ肩を竦めてみせた。南雲隊長との通話を終えた後藤隊長が無線機を戻すと、ボクら第二小隊に向き直った。その面持ちはいつになくシリアスに強張っている。

 

「これだけは言えるな、表面化してはならない事件が起きている。それも……山中湖付近で」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 腑に落ちない物を抱えたままボクたちは再び車輛に乗り込んだ

 本部からの命令に従い御殿場へ行く国道を封鎖している山梨県警の警官隊と共に、ボクらは御殿場インターの入口でただ待機を続ける。

 到着してから15分ほど過ぎたぐらいだろうか。本部からの無線を受け取った後藤隊長の指示により、全車山中湖に向けて急行した。

 移動中の車内、ボクらはようやく後藤隊長から今回の任務について説明を受けた。無線越しに語られる内容に野明が素っ頓狂な声を上げた。

 

「暴走レイバーを止める!?レイバー、止まんなくなっちゃったんですか?」

 

「そういうことだ。ただこれだけは頭に叩き込んでおいてくれ、その暴走レイバーはセンサーでレイバーを探知すると攻撃してくるってことだ」

 

「センサーで探知って、おかしいじゃないですか。もしかしてそのレイバー、無人で動いているってことですか?」

 

「そのようだ」

 

 コンピューターに明るい進士さんは事の異常性に即座に気がついたようだ。

 

「そんな高度な攻撃機能をもったレイバーなんてそうざらには……まさかひょっとして」

 

「軍用レイバー」

 

 香貫花が指摘した。きっとそうに違いない。

 もしレイバーに人が乗っているなら既に機械を止めているはずだろうし、センサーの反応だけに依存した無差別攻撃では何ら戦術目的も存在しない。恐らく自衛隊が作ったレイバーが完全に指揮系統から外れた行動を初めてしまったのだろう。

 

「あり得ますね。それで今回の命令の不可解さにも納得がいきます。第一、富士の裾野には陸上自衛隊の演習場があります」

 

 御殿場では毎年8月に陸上自衛隊主催の大イベント『総合火力演習』が実施されている。その開催地である日本最大の陸上自衛隊演習場『東富士演習場』や、山中湖のすぐそばには『北富士演習場』がある。

 静岡県には他にもう3つの駐屯地があり、裾野市のすぐ近くにある駒門駐屯地がその一つとして数えられている。そして進士さんの推測通りだとすれば富士山の裾で、人の手から離れた軍用レイバーが今頃、猛威を振るっている筈だ。

 

「山中湖の近くというと北富士演習場……で、無人のレイバーが暴走。でも手が付けられなくって、その処理をボクたちが行うと」

 

「そゆこと」

 

「仮にそうだとして、なんで自衛隊で処理しないんでしょう?」

 

「したけど失敗した」

 

「へっ?自衛隊がそう言ったんですか!?」

 

 野明の驚愕に、後藤隊長は己の見解を淡々と語った。

 

「さすがにそうは言ってこん。だが今回の事態と、我々を御殿場インター入口で待機させたことを照らし合わせれば凡その見当はつく。つまり二段構えの作戦だ。自衛隊が内々で処理できれば、待機させていた我々にはそのままお引き取りを願う。それが叶わなければ……とこういうわけだ」

 

「自衛隊の尻拭いはごめんだなぁ」

 

「だからってこのまま放っておいたら軍用レイバーが街に出ちゃうよ!例えそれが人のお尻を拭うことであっても、国民の生命を死守する事に繋がるなら、これもまた警察官として大事なお仕事ッ!」

 

 ボクはムンッと拳を握った。軍用レイバー相手の危険な任務を前に、気合を入れているボクを見た進士さんが苦笑いを浮かべている。

 

「お前はいっつも張り切ってんなぁ」

 

「遊馬はやる気がなさすぎるんだよ!」

 

「下品よ」

 

 香貫花の苦言で場が締まった。

 

『こちら県警本部。暴走レイバーは山中湖防衛線を突破。現在、御殿場方面に暴走中。よろしく阻止されたし!』

 

「了解……さてさてお仕事お仕事」

 

 山梨県警の交通規制が突破されたなら目標がこちらと接触するまでそう時間はない。

 隊長は国道沿いの左手にある建設予定の空き地に目を付けた。

 

「左側にある造成地に誘い込め。いいか、敵は乳母車じゃないってことを忘れるな」

 

「「「「「了解ッ!」」」」」

 

「ヒカル、いくわよっ!レイバーキャリアデッキアップ!」

 

「太田機共に準備完了!進士巡査!いつでもどーぞ!」

 

「レイバーキャリア、デッキアップ!」

 

 1号機、2号機を載せたそれぞれのキャリアの荷台がまっすぐに起き上がる。

 機体を固定していたボルトと充電ケーブルが外れ、イングラムを前進する。

 

「うぅ…来ないで欲しいなぁ」

 

 今のは野明の独り言として聞き流そう。

 顔を上げれば、ここから遥か遠くに豆粒ほど小さいがヘリの姿を視界に捉えた。

 どうやら自衛隊は完全に高みの見物と決め込んだらしい。

 

「自衛隊も火消しに躍起になってないで、こっちに暴走レイバーの情報をちょっとは送ってくれればいいのに」

 

「そうだよね」

 

 両手の親指を弄りつつ野明と道路上で目標を待ち構える。

 やがて、はるか前方に砂煙を巻き上げて疾走する「小さな影」を視界に捉えた。それは猛烈な勢いで真っすぐにこちらに近づきつつあった。

 スイッチを押して座席をコクピット部に移動する。

 

「来た……目標確認!」

 

「え、私まだ見えないんだけど……って、あれほんとに自衛隊所有なの?」

 

 迫りくる暴走レイバーはクラブマンを彷彿とさせる爪先に車輪を備えた4脚タイプだ。分厚い箱型の胴体には大小いくつもの砲塔が搭載されている。

 しかし国防色に近いグレーグリーンのボディの上からは、何故かヴィヴィットイエローの派手なペンキが至る所にぶちまけられていた。

 その異様な出で立ちに一瞬の戸惑いが過ぎるが、それはそれとしてイングラムを前進させる。

 

「野明!なにやってんだ、太田機に続け!」

 

「りょ、了解!」

 

 遊馬に急かされた野明が慌ててボクに追従する。彼女のアルフォンスが2号機から少し出遅れて付いてきていた。

 目標との距離が狭まるにつれて、その異様さがハッキリとわかった。イングラム並みに体格が大きく、その分厚い装甲からかなりの重量だろう。馬力もありそうだ。

 

「ヒカル、いまよ!」

 

 香貫花からの鋭い指示が飛んだ。目標との拙著く直前、隣の造成地へと横っ飛びで避難する。野明機も後ろに続いてくる。

 突進を躱された暴走レイバーは造成地へと向き直り、ボクたちの後を追ってきた。とりあえず当初の作戦はうまく嵌まっていた。

 

「でも、ここからどうすればいいの!?」

 

「先手必勝!!」

 

 相手は無人機だ、これまでと異なり遠慮はいらない。

 右脚部に仕込まれたガンホルダーからリボルバーカノンを抜き放ち、後ろに振り返って速射する。轟音と共に放たれた37mmが空気を切り裂き、暴走レイバーの装甲を貫通……することなく弾かれた。

 そんな……いつもボクを助けてくれたリボルバーカノンがまるで豆鉄砲みたいに!?

 

「んなっ!?」

 

「相手は軍用よ!37mm如きが通用するわけないでしょッ!」

 

「それ先に言ってよ!」

 

 無線機越しに叱りつけてきた香貫花に言い返すや否や、お返しといわんばかりに5発のロケット弾が煙を吐き出しながらこっちに向かって飛んできた。

 ボクはその絶望的な光景に悲鳴を上げてしまった。再び背を向けて走り出す。野明も後ろに続いて来る。

 

「いやーー!!」

 

「ヒカルちゃんのバカーーッ!」

 

 ごめんなさーーーい!!

 背後で地面に着弾したロケット弾がドカンドカンと連続して爆発。凄まじい轟音と共に泥を大きく巻き上げる。

 FRP装甲のイングラムがロケット弾の直撃なんて受けたらひとたまりもない。野明の非難を心の中でお詫びしつつ全力で逃げる。

 

「そうだ!そうやって弾を使わせるんだ!」

 

「無茶言わないでよーー!」

 

「こっちが一発撃つ間に十発以上撃ち返してくるんだけどーー!」

 

 遊馬の無茶苦茶な指示に、ボクたちは二人して「ワー!」「ギャー!」「イヤーッ!」と悲鳴を上げながら造成地内を逃げ回る。背後から降り注ぐ砲弾を野明と共に間一髪で躱し続ける。

 だけど相手は武装した本物の軍用レイバーだ。攻撃力、防御力、更に速力までもがイングラムを完全に凌駕している。このまま逃げ回ったところで追いつかれるのは時間の問題だ。いづれは二人揃って共倒れになりかねない。

 

「野明!ここは二手に別れよう!火力は向こうが上だけど相手は一機だ!分散した分だけ、弾も消費されやすくなるはず!」

 

「わ、わかった!」

 

 ボクが左に曲がると、野明が右に曲がらず左に来た……って!

 

「ちょっと野明!なんでついてきてるの!?」

 

「ご、ごめんつい!……キャアアッ!」

 

「野明!?」

 

 放たれたロケット砲弾がイングラム1号機の足元に着弾。爆発の衝撃で野明機が転倒してしまった。

 このままだと野明が乗るアルフォンスが破壊される。イングラムのFRP装甲如き、武装した軍用レイバーからすればベニヤ板も同然だ。

 

「くっ!」

 

 接近してきた暴走レイバーに組み付く。

 まずい……動きを止めることには成功したが、一瞬でイングラムの下半身のモーターが悲鳴を上げている。このままではたちどころにギアが焼き付いてしまいかねない。

 

「しっかりして、お願い!」

 

「ごめん、ヒカルちゃん…」

 

 今のは二号機を叱咤したんだけど。どうやら野明は自分の不手際を責められたと勘違したようだ。

 しかしそれを言うならボクもだ。軍用レイバーというのを心のどこかで甘く見積もっていた。

 

「ちょっと本気出していこう……」

 

「い、今まで出してなかったんだ……」

 

 それは言葉の綾というかなんというか…。

 不意に首筋がゾワッときた。危険を察知してイングラムの身を屈ませる。

 間髪入れずに肩上で機関銃による掃射が行われた。

 

「野明、ボサッとするな!太田機が押えている間に奴に電磁警棒を刺せ!」

 

「りょ、了解!」

 

 遊馬の指示に従い、側面に回り込んだ1号機が暴走レイバーの横っ腹に電磁警棒を突き刺した。

 高圧電流が迸り電子機器がスパークする……が、嫌がるように振り払われ、組み付いていた2号機もろとも1号機が差した電磁警棒が弾き飛ばされた。

 

「くぁあ!……つぅッ……電撃も対策済みってわけッ?」

 

 流石陸自のレイバー。隙がない。よろめいた2号機の体勢を立て直す。この子を休ませてあげたいけど、暴走レイバーの攻撃が苛烈でそれどころじゃない。

 だが奴は消耗している2号機ではなく1号機に狙いを定めていた。どうやら電磁警棒を刺した野明を直近の脅威だと判断したようだ。

 

「逃げて!野明ァッ!」

 

 ハッとして弾かれたように1号機が背を向けて走り出した。逃走した1号機に向かって暴走レイバーがロケットランチャーを打ち放ちながら爆音を立てて追走していく。

 人気のない造成地にロケット弾の炸裂音が轟く。ボクも野明の後を追おうとペダルを踏む――だがしかし、立ち上がりかけた2号機の膝が一瞬、グラッと大きく傾いた。危うく転げそうになった2号機を慌てて持ち直す。

 

「どうしたの太田機!泉機の後を追いかけなさい!」

 

「そ、それがイングラムが!…膝が!……うまく動かなくなって」

 

「SHITッ!」

 

 うそだろう。さっきの組み付きと振り払われた際の衝撃で膝のジョイントが故障してしまった。

 このままなんとか立ち上がり二機の背中を追いかけたとしても、またさっきの二の舞になってしまう。どうしよう。困ったボクはマイクを掴んで香貫花からの指示を仰いだ。

 

「香貫花、なんとかならない?」

 

「……そう……ね。なくはないわ」

 

「じゃあそれで行こう。指示を」

 

 無線機越しにフッと香貫花の小さい笑い声が聞こえた。

 

「あなたのその即断即決なところ……嫌いじゃないわ。ちょうど1号機を追跡していることだし、ヒカル、あなたあのじゃじゃ馬の車輪を狙撃なさい。どうやら試作段階で末端部は装甲で覆われていないようだし、そこなら37mmでも十分通用するでしょう」

 

「お……おいっいくらなんでもそれは」

 

「………了解」

 

 「ちょっとコンビニいって雑誌でも買ってきて」ぐらいの軽いノリで――時速4、50キロ近くで爆走する暴走レイバーの、その爪先にある車輪を狙撃しろと香貫花に命令された。

 無線機越しに遊馬が制止しているが、もはや四の五の言っていられる状況ではない。このままだと逃げ惑う野明のアルフォンスに暴走レイバーが追い付き破壊される。そしてさっきの格闘で膝に異常をきたした2号機が全速力で走ったところで、救援に到底間に合いそうになかった。

 

「……ふぅ」

 

 深く呼吸する。意識がスッと冷えていく。

 イングラムの解像度の低いモニターでは末端部への狙撃は困難と判断。座席を鎖骨中央部に移動して有視界に切り替える。

 モーターやらサスやらが疲弊し膝がカクついて姿勢が安定しない2号機を膝立ちにして照準を固定する。発砲時のリコイルでブレないよう、リボルバーカノンを握った右手に左手を被せる。

 

 視線の先では1号機とそれを追い立てている暴走レイバーが見える。

 雲、土、木、プレハブ小屋。イングラム。舞い上がる土砂。視界に入る余分な情報をカットし、対象物にのみ意識を集中する。集中力を上げたボクには2機の動作がとても緩慢に見えた。

 

「はやくなんとかしてー!」

 

 スピーカーで拡張された、野明の助けを求める悲鳴が造成地に響き渡る。

 演習場から始まった連戦による無駄弾の撃ち過ぎで、残弾はとっくに使い果たしたのだろう。奴は砲撃ではなく、逃げている1号機の背を押し倒そうと背後から高速で迫ってきていた。

 もはや悠長に構えている時間がない。造成地のくぼみで、僅かにブレている車輪に狙いをつけ、ボクはリボルバーカノンのトリガーを引くスイッチを押した

 

「……っ」

 

 炸薬が弾け、轟音が鳴る。37mmの弾丸が空気を切り裂いて一直線に飛んでいく。

 狙いすまして発射した1発、右爪先の影に隠れていたタイヤに命中する。しかし弾痕と凹みができただけ。まだ走行に支障はない。

 続けて2発目、更に深い窪みができる。怯まずに速射。3発目,更に深いくぼみ。車輪を留めている部品が破損。トドメの4発目でギアもろとも車輪がはじけ飛ぶ。

 造成地を疾走していた巨体が大きくバランスを崩した。ズズズッと大きく土砂を巻き上げながら、身構えていたイングラム1号機の真横を暴走レイバーが派手に滑り転げていった。

 

「な、なんなの?」

 

 1号機を叩き潰さんと左足を振り上げていた暴走レイバーが、突然、見当違いの方向へと激しくスッ転んでいったことに野明が戸惑っている。これで奴は二度とあの四輪走行はできまい。ボクは極限まで張りつめていた緊張を解こうと、深く大きな息を吐いた。

 

「す……すっげぇ。冴羽遼……いや、次元大介かよ」

 

「……ビューティフォー」

 

 みんなが呆気に取られている。

 ボクは得意げに銃口から昇る硝煙を吹き消す様にリボルバーカノンを掲げた。

 

「ふぅ~……ヘンッ!どんなもんよっ!」

 

「やるもんだなぁ、太田」

 

 お褒めの言葉を頂戴しつつ、硝煙が立ち上るリボルバーカノンをガンホルダーにマウントする。覚束ない足取りの2号機をコントロールレバーで強引にねじ伏せ、二機に向かって走り出させた。

 しかし奴は車輪が外れただけでは降参する気はないようだ。ガタガタと歪な機械音を嘶かせている。4本の凶悪な形をした爪先を蟹足に変形させ、何事もなかったかのように巨体を立ち上がらせやがった。奇しくも篠原重工製のクラブマンと同じ機構を採用している。

 

「野明!」

 

「こんのぉー!」

 

 すかさず上から抑え込もうと1号機が組み付くが、パワーは軍用レイバーである向こうに軍配が上がった。

 足の具合が悪い2号機で2機の後を追従しつつ、1号機に向けて振り上げていた暴走レイバーの太い足にしがみ付いた。引き抜いた電磁警棒を関節の節に突き立てる。

 バキンと蟹足が関節から折れた!固いが、なんとかイングラム2機がかりで足を一本もぎ取れた。再び姿勢が崩れて転倒した暴走レイバー。横倒しになりジタバタともがくそれを上から二機がかりで抑えつけるが、これでは根本的な解決に至らない。馬力もイングラムを上回り手が付けられない。

 

「野明、手を貸して。こいつの足を叩き折るんだ!」

 

「うん!」

 

 二人がかりで足を一本ずつ逆方向に捻って叩き折っていく。

 

「どう?……バッテリーもちそ?」

 

「なんとかッ!」

 

 問いかけてきた後藤隊長に大声で返答し、野明と協力して巨大な鉄の蟹足を引き千切る。

 イングラムは現行のレイバーの中にあって軽量級だが、トップクラスの力持ちだ。

 時には電磁警棒で関節を砕き、時には野明がリボルバーカノンの銃把で殴り、必死こいてペキペキへし折る。

 

「やれー!野明ーッそこだー!叩き折ってカニもどきを刺身にしろー!ぶったおせー!」

 

「このままいけば、なんとかなりそうですね」

 

「あぁ…」

 

「好き勝手言わないでよー!こっちは命がけなんだからねー!」

 

 後ろで暢気に観戦している男衆の話声にイラッとしながら仕事を続ける。

 このっ足を上げるな振るなボクにあたる!野明、そっち逆逆!曲げる方向が違う!グアーッ!イヤーッ!ちくしょー!よくもぶったなー!お父さんにだってぶたれたことないのにー!

 

「よくもアルフォンスを傷つけたなーッ!すっごくすっごく怖かったんだぞーー!このこのー!」

 

 飛来する砲弾に追い立てられるという、ひどく恐ろしい体験をした野明が逆上を起こしている。捩じ切ったレイバーの蟹足を振り上げ、バシンバシンと暴走レイバーを殴りつけている。

 力持ちのイングラムを跳ね除ける強大な馬力、37mmを豆鉄砲の如く弾き返す分厚い装甲、それらを駆使してコンピュータ故に諦めるという事を知らない狂った暴れっぷりに、ボクと野明はほとほと手を焼かされた。

 

 山中湖が夕暮れの赤焼けに染まる頃。イングラム2機の手により、暴走レイバーの四肢はバラバラに解体された。半刻近くかけて暴走レイバーの足を完全に止めることに成功したのだ。

 しかし機体を動かしているシステムは依然生きている。弾薬は空、四肢を喪失し、ガス欠で動けなくなったにも関わらず目に強い光を宿している。その姿がなんだか不憫に感じられた。

 野明も立ち昇らせていた怒りの炎がすっかり消え失せ、今では憐れむ様な面持ちで暴走レイバーを見下ろしている。

 

「はい。おつかれー。よくできました」

 

「はぁー……死ぬかと思った」

 

「ぜーぜーっ……大変だったぁ」

 

 帰り道ではボクも野明もぐったりとトレーラーのシートに沈んでいた。

 流石に今回は少しばかり骨が折れた。

 

「いいんでしょうか、あのまま放っておいて?破壊してそれとなくわからないようにしておけと命じられていたのでは?」

 

「だってしょうがないじゃない。我が小隊の優秀な隊員たちが全力でかかっても、頑丈で壊せなかったんだから」

 

 香貫花の質問に後藤隊長は笑い声をかみ殺していた。

 オダてて使っておいてこれだもの。人の悪いオジサンだ。

 ボクがトレーラーのシートに深く体を預け休息をとっていると、香貫花から通信が入った。

 

「あぁ、それとヒカル」

 

「なにー、香貫花?」

 

「あなた、訓練で手を抜いていたでしょう」

 

 ギョッとした。みんなが聞いている中で、何を言い出すんだよ香貫花。

 

「以前から疑いをもっていたけど今回で確信したわ。移動目標の関節部や末端部に命中させられる腕前であの成績はないわ」

 

「ですが香貫花さん。太田さんは訓練中も目標に全て当てていましたけど」

 

 そうだ進士さんもっと言ってくれ。

 

「今日の成果を見る限り、ヒカルはもっと高いレベルの訓練が妥当でしょう」

 

「そっ……そうかなぁ。たまたま上手くいっただけじゃ」

 

「帰ったら再訓練よ」

 

 うげー。全くやる気が起きない。

 隣でトレーラーを運転する進士さんの気の毒そうな目線が心に痛かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『9月某日天気…曇りのち晴れ、本日の出動記録なし』

 

 香貫花はひとり、誰もいない第二小隊オフィスに居残り手元の日報に記帳していた。

 スラスラと香貫花の美しく長い指先に握られた鉛筆が、優美な筆跡を以って紙面の上を踊る。

 

『本日のコンバットシューティング訓練において、特車二課整備班長の榊清一郎と同班員シバシゲオに依頼し、クレー射撃より遅い時速60キロで動く小さな標的を一晩で作ってもらう。厳しい目標を設けてみたところ、裏で賭けをしていた大方の予想を裏切り太田巡査部長のイングラムが放つ弾丸は全て命中。わかりづらくあったがやはり力をセーブしていたようだ。被疑者に問い質してみたところ『毎回ちゃんと成果だしてるのになんで怒られてるのかわかんなーい!ヤダーッ』と供述。その場で小1時間かけて説教し、以後訓練にはもっと力を尽くすよう強く言い聞かせる。バックアップとしてはフォワードの能力を正確に把握する義務がある。これも仕事だ。ただ個人としてはこの娘の潜在能力をどこまで引き出せるのか、私自身の力量を試されているようでいて久しく感じられなかったやり甲斐を覚えている』

 

 彼女は鉛筆をおき。日報を閉じた。

 今度はデスクの隅にあった真新しいノートパソコンを起動し個人的な覚書を留める。香貫花の流暢なタイピングがキーボードの上で踊る。

 

『……2号機バックアップを拝命して1か月がたつ。フォワードの太田巡査部長は人懐っこく明るく、前向き。正義感は強いがどこか楽天的な言動が目立つ。しかしこと任務となれば真っ先に危険に飛び込む勇猛さから専ら第二小隊の斬りこみ役。格闘とレイバーの操縦に関して高いスキルを併せ持ち、特に射撃においては非凡な才能がある。反応も素早く命令にも忠実。ただし警察官としての倫理、道徳を著しく欠いた命令には反抗を示したことから、一概には言い切れない。いずれにせよ取り扱いさえ誤らなければ、優秀で扱いやすいといえる』

 

 ガチャリっとドアを開く音が聞こえた。

 入室してきたのは同レイバーキャリア担当の進士幹泰巡査だ。

 現在、香貫花を除いた第二小隊員は山崎に借り出され裏庭で開墾作業に従事している。しかし進士以外の姿が窺えないことから、途中で作業を切り上げてきたのだろう。

 

「それ、報告書ですか?」

 

「横から覗き見るなんてプライバシーの侵害よ」

 

 ツンッとした香貫花の冷たい目線に晒された進士はうろたえた。

 

「す、すみません。気になって……随分と太田さんのことを高く買っているんですね」

 

 進士と香貫花の付き合いはまだ日が浅いが、既に彼女の為人はある程度の想像がついていた。

 完璧主義者の才女でプライドが高く、例え男性相手だろうと物怖じしない負けん気の強さ。そんな香貫花が意外にも他人を手放しで称賛していたのが進士には意外に思えた。

 ましてや赴任初日の彼女に土をつけた職場の同僚、それもついこの間まで犬猿の仲だったとなれば猶更だった。

 

「っ……ただの客観的な見地に基づいた正当な人物評価よ。せっかくだし、他に彼女について付け加えることある?」

 

「概ねそこに書かれている通りかと……そういえば泉さんから聞いたんですけど、裕福で家柄のいい良家のお嬢様だとか」

 

「それなら知っているわ。警視庁のデータベースを借りて粗方調べたから」

 

 相棒の背景まで調査済みとは…。

 熱心なのは向上心と職務への責任感がなせる業なのか、はたまた単なる好奇心からか。香貫花の熱の篭った入れ込み具合に進士はただ苦笑いをした。

 

「香貫花ー!そっちに進士さんいなーい?スコップこっちで見つけたんだけど―!」

 

「お呼びよ」

 

「あっ…ハーイ!今行きまーす!」

 

 呼びつけられた進士は、階下で待つヒカルの元へと慌ただしく走り去っていった。

 まるで逃げる様に部屋を飛び出していく進士の後ろ姿に目尻を下げた香貫花は、帰国した際に市警に提出するレポートの作成を再開した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 駐屯地内のハンガーでは回収された『X-10』に大勢の技術者たちが群がっていた。

 機体の全重を支えていた四本の脚はすべて、関節から根こそぎ叩き折られ背部のホバーユニットも無残に破損している。

 唯一無事と言えたのは集積回路等の精密部品を凝縮した、X-10の頭脳に当たる本体ユニットだけだ。そしてそれこそ彼らが今、何よりも求めてやまないデータそのものでもあった。

 

「X-10が警察用レイバーに食い止められるとは」

 

「必要最小限度の攻撃だけで機能停止に追い込んでいる。とんでもないぞ!これをやったやつは!」

 

「貴重なイングラムとの交戦データだ。ちゃんとバックアップもとっとけよ」

 

 暴走の原因と目される無人動作用ソフトウェアの調査もさることながら、今の彼らの関心は別のところにあった。偶発的とはいえ、最新鋭の警察用レイバー『イングラム』との間で交わされた極めて貴重な実戦データ……それこそが、彼らの尽きない興味を激しく刺激していた。

 

「単にハードだけの問題ではないな。まだまだ詰められる余地がありそうだ。今のリストに追加しておけよ」

 

「オペレーションシステムの検証も進めないと。試験的に運用したとはいえ、暴走の原因はソフトウェアとの相性だけでは片づけられないぞ、システム設計そのものを根本から見直す必要がある」

 

 もぎ取られたX-10の脚部パーツの破損を調査しつつ、技術者たちは反省と称して次作への構想を企てている。

 篠原重工と菱井インダストリーの共同開発によって生み出されたX-10には足回りやセンサーに各メーカーの特徴が見て取れたが、それらを含めた一切の仕様は極秘とされている。

 だが、夢中になってデータの洗い出しを続ける彼らを、X-10の侵攻阻止作戦に駆り出されていた陸上自衛隊のレイバー隊員は冷ややかな眼差しで見上げていた。

 虎の子のレイバー隊を含む中隊規模の部隊を投入しながら、X-10の進撃を阻む事に失敗。あろうことか、その火消しに回った警視庁の警察用レイバーが事件を終息させてしまったのだ。メンツをつぶされた彼らは格納庫の片隅で、ただ忸怩たる思いを募らせていた。

 

「あいつらもう次のソフトとハードの算段をつけ始めてやがるのか…」

 

「演習中にX-10が癇癪を起こして、しっちゃかめっちゃかに暴れ散らかしている最中さ、あいつら顔を青くして誰が責任を取るかで擦り付け合いをしていたんだぜ。その間、現場は警察と俺たち任せ……まったく、暢気なもんだ」

 

 陸自のレイバー部隊まで動員せざるを得ない大騒動へと発展させ、事態が収束する直前まで真っ青で冷や汗をかいていた連中が、今や回収したX-10の残骸とそこから抽出された交戦データに夢中になっている。

 喉元過ぎたら熱さを忘れるとはよく言ったものだ。隊員たちは開発陣のあまりの開き直り振りと、そのマッドエンジニアぶりに呆れ果てていた。

 

「不破隊長!」

 

「なんだ!」

 

 オリーブドラブの野戦服に身を包んだ眼鏡をかけた女性士官が鋭く振り返る。

 声をかけた隊員は、不破と呼んだその女性に近づくとX-10のへし折られた脚部パーツへと案内した。既に検証を進めていた彼はくっきりと銃弾の痕が残る駆動末端部を指で示した。

 

「検証したところ、右前輪にのみ攻撃が集中しています。それとX-10のカメラ映像や偵察に出していたヘリの映像も併せ……使用されたのは警視庁のレイバー隊でも採用されている、対レイバー用の37mmホローポイント弾で間違いありません」

 

「末端部にのみ集中攻撃したというのね、警視庁がそれほどの重火器を装備しているとは思えないけど」

 

「いえ、発見できたのはたったの五発だけです。X-10からはそれ以外の銃弾は他に発見できませんでした」

 

 これって、どういうことでしょうと調査員が困惑している。考え込んだ不破はX-10から顔を上げた。

 

「つまり……稼働中のX-10の末端部のみを狙撃して動きを止めたというの?たった五発のレイバー用の銃弾で」

 

 自衛隊は今回の不祥事を隠蔽すべく、許される限りの火器を投入して集中攻撃を浴びせた。それだけの火力を以てしてもX-10の暴走を阻止することはできなかった。

 にも関わらず警察用レイバーは僅か五発の発砲で軍用レイバーの足を止めてみせた。これでは自衛隊の面目は丸潰れだ。

 

「いえ、X-10の車輪に残された弾痕は四つでしたので、四発で止めたことになるかと」

 

 不破は驚愕に目を大きく見開いた。

 静止目標への卓越した命中率をもつ人材は自衛隊にも少なからず存在する。しかしそれが激しく上下する移動目標となれば話は別だ。命中率は極端に悪くなる。だからこそ自衛隊は軍用レイバーの標準装備に速射砲を採用し、火線による連携と圧倒的な連射力で命中率の不足を補うドクトリンを敷いている。

 だが警視庁のレイバー隊は違った。爆走する対象の駆動末端部、その同一箇所に限定し、重機の発展型に過ぎないレイバーの巨体をコントロールして四連続の精密狙撃を成功させたという。そんなものは、もはや神業の領域だ。

 

「バカな」

 

 コミックやアニメの登場人物でもあるまいし。大方、高性能のFCS管制システムでも装備していたに違いないと不破は結論づけた。

 だが警視庁がそんなハイテク軍事装備を所有しているはずはないのだが、不破は馬鹿げた妄想をかき消そうとかぶりをふった。

 




無駄弾による浪費を抑えてきた事で、訓練で使用できる弾丸を増やせました。
筆者は軍事系の知識皆無なので、その辺気兼ねせずにツッコミを入れていただいて結構です。
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