愛と勇気と正義にかけて、市民をお守りいたします!   作:イングラマン

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原作とは真逆の方向で、第二小隊は世間で有名になっていきます。
それはそれで、やる気十分、負けん気旺盛、しかしまだまだ発展途上な彼女たちを悩ませます。


第八話 ザ・タワーSOS!その1

 2号機にホースの口を向けて海水を洗い流す。ワックスも一から掛け直さないといけない。

 もともと沿岸部の辺鄙な場所に位置する埋立地は常に潮風に晒される特殊な立地だ。美観はもとよりイングラムのサビ予防のためにも欠かせられるものではなかった。

 

「だからね。手伝ってあげたんだから、最後までやってよね!シゲさん!みんな!」

 

「わかってるわかってる!女神様!仏様!ヒカルさまー!……なにやってんだおめぇらも続けー!!」

 

「「「ありがとうございます!ありがとうございます!」」」

 

 シゲさん他、特車二課整備班員らと共にイングラム2号機の洗浄作業を行う。

 理由は昨晩、出漁に出ていた整備員が欲をかいて積載能力を超える魚介類を満載し岸壁に高速艇を座礁させてしまうという事件が勃発。消波ブロックに乗り上げた高速艇の救助に2号機が当たった。本庁警備部から借り受けた高速艇は世界から隔絶された二課の糧食を担う大事な生命線だ。これがなくなると早晩干上がってしまう。

 幸い鬼の整備班長、榊清一郎が不在だったため即座に座礁船を引き揚げた後に2課総出で証拠隠滅を図った。座礁した高速艇を岸から引っ張って回収するというわけにもいかず、機体の凡そ半分を海水につけるハメになった。

 フレームや電装系のダメージも考れば絶対に洗車をしなくてはならない。洗車と乾燥はその日の晩のうちに済ませたが、2号機のサビ予防のためにも改めて翌日に洗車とドライヤーによる乾燥。更にワックス掛けをこなさなくてはならなかった。

 

 非番の整備員やシゲさんが率先して洗浄作業を手伝う光景を見た榊さんに訝しがられたけど、まぁ凡そ察しはついていたんだと思う。ニヤッと笑うだけだった。

 わかってて黙ってくれるんだから……ダンディーだわ。

 

「……ヒカル!」

 

「あれ?香貫花どうしたの?」

 

 ふと、洗浄作業を続けるボクを見つけた香貫花が声を荒げて近寄ってきた。

 香貫花とは親交が深まったことで以前より会話をする機会が増した。特にニューヨーク市警に勤務していた頃の話とか興味深くて面白かった。

 そんな気さくな間柄の香貫花が視線を鋭くさせている。何事だろう。

 

「こっちに来なさい……!」

 

「ちょっ!…ちょっとぉおお?」

 

 脈絡もなく香貫花に強引に腕を引っ張られた。

 此方を見上げていた整備班の人たちに見送られ、ずるずると引きずられていく。

 

「い、痛いって香貫花!ねぇってばー!」

 

 制止を求めるボクの声を無視してズンズンと前進する香貫花。散々引きずられた末にたどり着いた先は、人気のない2階廊下だった。

 香貫花は周囲に人がいないのを確認するとボクの腕をようやく放してくれた。一体なんなんだよもう……腕をぷらぷらと振っていると香貫花は頭痛を堪える様に額を押さえていた。

 

「あなたねぇ……なんて格好をしているの」

 

「……ん~?」

 

 下を見ればTシャツに短パン。水に濡れてもいい恰好だけど。

 

「まったく……自覚が足りていないわね」

 

「えー?なにがー」

 

 人を引っ張り回しておいて、要領を得ない香貫花の言い回しに腹を立てたボクは唇を尖らせた。

 けれどボクの睥睨を受けても香貫花は全く動じず、やれやれと肩を竦ませボクの格好を指さした。

 

「ヒカル、男どもにジロジロみられていた事に気づいていなかったの?」

 

「それは……気づいていましたけど」

 

「それがわかっていながら……」

 

 はぁ……ってオマケに溜息までつかれた。

 

「あんまりこういう事を言いたくはないけどね。あなた、野明や私より注目されやすいんだから、もっと危機感を持ちなさい。ここは男所帯なのよ」

 

 呼吸と共にぽよんと上下に揺れるボクの胸を一瞥された……そういうことか。

 でもそうは言われてもここ特車二課は男社会だし。いちいち気にかけていたら2号機洗えないし。けれどこういうことに関してはボクが抜けているのはそうだ。薄着でいると、お父さんにもっと女らしくしろとよく耳にタコができるくらい注意されたし。なにより警察官がしていい恰好ではなかった。香貫花の言う通り油断していた。

 

「刺激するなってこと?」

 

「そうよ」

 

 香貫花とコンビを結成して凡そ2か月がたった。

 世間話をする程度には親しくなれたが、それと一緒にお小言の数も増えていた。よく細かい所作を指摘されるし、今日の様にはしたないと注意もされる。まるでボクが抜けていること自体が、香貫花にとって許せないみたいだ。

 おかげで同僚や相棒というよりお姉ちゃんみたいになってしまった。前世含めて一人っ子だからよくわからないけど。

 

「……ん~。わかった」

 

「わかってくれたならいいわ。それと、隊長があなたのこと呼んでいたわよ」

 

 そっちが本題か。香貫花と別れて更衣室に向かう。

 割り当てられた専用のロッカーに水に濡れたシャツをしまい、予備の下着と制服に着替える。紺色のネクタイを締め、鏡を見る。白いシャツと厚い山吹色のベストで胸の膨らみは隠れていた。うん……よし。ボクは頷いて隊長室に向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 内容はPRの仕事でこれからテレビ局のお迎えがくるから、相手しろということだった。

 しっぶい顔するボクを隊長がしっぶい顔してみてくる。

 

「……そんな顔するなよ」

 

「だってもうあれから一月以上経つんですよ、どうせすぐ忘れ去られると思っていたのに、ずっとこんな仕事ばかりさせられて」

 

「まぁ式典やイベントに出たり、インタビューを受けて、テレビ出演して、よう頑張っているとは思うよ……『いいとも』おもしろかったぞ」

 

 『いいとも』はフジテレビの顔とも言えるお昼の長寿番組だ。2014年には人々から惜しまれつつも放映終了してしまったが、98年のいいともは人気番組としてバリバリ元気に放映している。

 遊馬を筆頭に2課の連中はタモさんのサイン色紙もらってこいとかぬかしていたけど無視した。警察官を何だと思ってるの!そしてまた例の如く実家にいるお父さんが番組を録画。ダビングしたテープを親類にばらまいていた。お母さんには止めるように釘を刺しておいたんだけど効果はなかったようだ。

 

「しかも副業は服務規程違反だから当然ノーギャラ!それとは別に仕事しろっていうんですよ!ボクの人権は誰が守ってくれるんですか―!」

 

「んなもんないよ」

 

 理不尽な世界に嘆いたボクはバンッバンッと机を叩いた。

 

「たいちょー!出動したいです!訓練したいです!射撃訓練しましょうよー!」

 

「おー。よう堪えたな。そんなお前さんに朗報だ」

 

「なんですか?」

 

「今度本庁からな、これまでの功績を鑑みて我々特車二課に特別賞与を支給するそうなのよ。珍しく埋立地にやってきた課長がそういっとった」

 

「ボーナスなら何もなくてもでるじゃないですか」

 

 警察官のボーナスは年二回支給される。中身は階級によるが…巡査相当はまぁお察し。

 

「それとは別にな。さすがに日本一有名なお巡りさんをタダ働きさせつづける現状に思うとこがあったのか……らしくもなく色気なんて出しちゃって。テレビや企業から寄付でもあったのかもね」

 

「ただの税金対策では?」

 

「お前、その歳で擦れてんねー」

 

「もう!余計なお世話ですぅ」

 

 警察は公益法人や支援団体を通じ何人からでも用途を明かした上での寄付を受け付けている。その使い道は犯罪被害者の支援などの公益、警察官への福利厚生、職務にかかる資機材や装備に宛がわれる。(例えば地元の防犯協会からの寄付によるパトカーの購入など)

 それに因んで篠原重工の新機種導入を始め上層部との黒い噂――癒着や献金といった噂が実しやかに囁かれたりもしたが、だが所詮は根も葉もない噂だ。だいたいこの手の風聞はどこからともなく噴き出すものだ。

 隊長は口にはしなかったが前回のX-10の件がある。こっちは只の憶測だけど、もしかしたら特車二課への謝礼兼口止め料も含まれているのかもしれない。それはそれとしてボーナスはもらうけど。

 

「いやほんとありがたいよ。月末までどう乗り切ろうか考えてたし」

 

「ギャンブルと酒とタバコ、やめたらいいんじゃないですか?けっこうお財布の負担になっているでしょう」

 

「無体なこと言うなよ」

 

 このマダオなおっさんは。しかもお財布事情は否定してないし。

 98年のタバコ税は令和ほど重くはないので世間の喫煙者はまだまだ数多い。だが特車二課はその性質上火器類や精密部品を多く取り扱うので、至る所に火気厳禁のエリアが点在する。故に喫煙者は特車二課には殆ど存在せず、精々この後藤隊長と榊整備班長の二人ぐらいだ。

 ガタッと微かな物音がしたので右を向くと、がっくしと南雲さんが力なく項垂れていた。そういえば前に隊長にお金貸していたんだよね南雲隊長。夢も希望もない後藤隊長のお財布話はこれぐらいにして、仕事の話に戻ることにした。

 

「場所はどこですか?」

 

「多摩市にある、建設中のタワーシティだ」

 

 タワーシティ…。

 確かバビロンプロジェクトで増加し続ける都市の人口密集を避けるのを目的に、日本の建築技術のアピールも兼ねて建設が始まった東京都の目玉商品だ。完成すると高さ1000メートルを超す世界一の超高層建築物になる。

 ちなみに墨田区にあるスカイツリーが634(ムサシ)メートルなのだから、これが如何にとんでもない代物なのかがわかる。

 

「建設中のビルなんかにいって、ボクになにしろっていうんですか」

 

「だからPRだよ。某国からのえら~い外相もくるんで。今やニッポンで一番有名なお巡りさんをつけたいんだとさ」

 

 そこには当然テレビカメラもあるだろう。つまり今や慣れてしまったお仕事だ。諦めて敬礼のポーズをする。

 

「……了解。太田ヒカル巡査部長。PR任務に就きます」

 

「はい、いってらっしゃい」

 

 いつも通り覇気のない後藤隊長のお見送りを受け、隊長室から退室した。

 これから外出しなければいけないので言伝をしに2課のオフィスに訪れたが、室内には誰もいなかった。とりあえず伝言板に外出と用件をチョークで書き留めておく。階段を下りていくとハンガーのコの字の隙間にテレビとソファーだけが置かれた談話部屋を第二小隊の皆が陣取り、午前のワイドショーを視聴していた。ただ暇だったからそうしていたみたい。

 壁に寄りかかっていた香貫花が階下に降りたボクに気づき声をかけた。

 

「どうだったの?」

 

「またいつもの。これからお迎えが来るからいけってさ」

 

「そう」

 

 それ以上香貫花は何も言わなかった。

 ボク一人だけテレビや警視庁の宣伝に引っ張りまわされるのは今に始まったことではないので、香貫花もみんなも慣れっこだ。当初は有名人とのテレビ出演を繰り返すボクを羨ましがる者もいたけれど、通常勤務と並行して撮影が挟まれるボクのワークスケジュールが周知された事で、今や二課では同情される立場となってしまった。

 テレビを見ているのは、遊馬、進士さん、ヒロミちゃん……野明がいない。

 

「野明は?」

 

 尋ねるとハンガー出口にむけて香貫花が視線を投げた。

 見れば野明がイングラム1号機を外に持ち出していた。1号機の周りには2号機のワックス掛けを終えたばかりの2課整備班がぞろぞろと集まっている。

 野明は上野の初出動以降、出動と訓練を繰り返す事でイングラムのメカニズムを会得しつつあった。ボクが別件で2課を留守にしていた間も単独でレイバー同士の喧嘩の仲裁をこなし、時には鬼降村とやらで鬼退治をしたと遊馬やヒロミちゃんが語ってくれた。書式確認で野明の報告書を読ませてもらったけど……楽しそうで羨ましかったなぁ。

 

「イングラムを持ち出して、何をしようっていうの?」

 

「イングラムのモーショントレーサーを使った動作データの収集ですって」

 

 ―――モーショントレーサー。

 イングラムに備わるオプション機能のひとつで、座席後部に備わるグローブ型コントローラーの事だ。このグローブを搭乗者が装着した状態で指を曲げ伸ばしたり掌を傾ければ、イングラムのマニュピレーターが連動して動く仕組みだ。

 更にモニターを併用すればテレビゲームの様な直感的な操作が可能になる。とてもお巡りさんの装備とは思えず、取説で存在を知った時は衝撃を受けたものだ。

 胡坐をかくイングラムの隣には車両牽引なんかに使うワイヤーロープが置かれている。ワイヤーとモーショントレーサーを使ってこれから何をするつもりなのだろう。1号機の周りには人だかりが出来ていて、とても盛り上がっている。

 

「太田さーん!テレビの人きてますよー!」

 

 整備班の若いお兄さんがボクを呼びかけた。

 庁舎前の出入り口にはテレビ局がよく移動に用いる撮影用のミニバンが止まっていた。

 

「はーーい!……じゃあ、いってくるね」

 

「えぇ」

 

「なんだ、また仕事か?」

 

「そうだよー。じゃあねっ。遅くても夕方までには帰ってくるから」

 

 ようやくこっちに気付いた遊馬たちに手を振ってボクは駆け出した。

 

「……できればさん〇か所ジョー〇のサインたのむなーっ」

 

「公私混同ッ!」

 

 アホ、誰がするか。

 出かける前に1号機にいる野明にも声をかけていくことにする。

 

「野明、ボクでかけなきゃいけないから。あとよろしくー!」

 

「あ、うん!いってらっしゃーい!」

 

 野明は集中していたのかどこか気がそぞろだった。

 そうしてお迎えにきたバンに乗りこみ、ボクはテレビクルーと共に多摩市に向けて出発した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 イングラムの指がロープを交互にくぐりぬける。

 少しずつ、微かに震える右親指が左親指にかかっていたロープを外し、中指の紐をとろうとする。だが、親指にかかっていたロープがするりと滑り落ちてしまった。

 

「あー!もうそうじゃないでしょー!アホんだらーーッ!」

 

 鬼教官と化したシゲによる罵倒じみた叱責が飛ぶ。

 野明はトレーサーを外し、膝に置いた紐でもういちど工程を再確認した。

 

「うん……こうか」

 

 乙女が口にしてはならない独り言を零しつつ、再びグローブ型のトレーサーを両手に嵌める。

 2,3回掌を握りこみ感触を確かめる。そーっと静かに野明が指を動かすと、ロープがかかっているイングラムの指が連動する。

 

「第二関節にポリシーがないのよポリシーが!あやとりはねー言ってしまえば哲学よ哲学ーッ」

 

 シバシゲオの野次を聞き流し、野明の中指と親指が交互に動く。ロープが交わるように行き来し、手を左右に広げる。

 イングラムの両掌に見事なロープの梯子がかかっていた。

 

「できたー!」

 

「「「ォオオッおじょーずーっ!!」」」

 

 整備班からワッと大きな歓声が上がった。

 イングラムであやとりをやり遂げた野明の成果に、体育座りで見守っていた山崎は感心した。

 

「すごいじゃないですか。泉さん」

 

 野明の1号機は様々な動作パターンを会得したことで指の器用さに定評を得ていた。特車二課に舞い込む任務と日々の訓練を創意工夫と独特の感性でこなし、野明はイングラムをモノにしつつあった。

 しかしソファーで寛ぐ1号機バックアップ担当の遊馬は野明の先行きに不安を覚えていた。

 

「けど指先ばっかり器用になっちゃってさ。ヒカルみたいに格闘も強くならないと」

 

「まだ一度もヒカルさんに勝てていませんからね」

 

「初対戦に比べれば、持ち堪えるようにはなったんだけどな」

 

 今や二足の草鞋で多忙な身の上のヒカルもまた、合間を縫いながらイングラムの操縦訓練や出動を並行し対応していた。しかし今のところ、対ヒカルとの模擬戦成績は芳しくはない。野明は射撃訓練も行っているがこちらも技術向上は見受けられなかった。

 発展途上、潜在能力未知数な野明にとって、あやとりはヒカルに負けまいと試行錯誤した末に至れた努力の結晶なのかもしれない。

 

『来日中のクラウス外相は現在、多摩市にあるタワーシティ建設現場を視察中です。現地の桜山レポーター、ヒカルさーん」

 

『はーい。えー、私たちはいま、1番タワーの13階。地上約200メートルのところにいまーす』

 

「なんだなんだぁ、ヒカルのやつが映っとるじゃないのっ」

 

 遊馬の素っ頓狂な声に手隙の整備員まで、みなぞろとテレビの前に集まりだす。

 テレビでは2課の制服を着た太田ヒカルが、桜山レポーターの隣で笑顔で佇んでいた。

 

『工事はいまのところ、地上約300メートルのところにまで進んでいて、私のいるフロアまでは完成しています。ほんと、今の日本の建築技術は素晴らしいですねー。なんと完成しますと高さ1000メートルにまで達してしまうんです。では早速、クラウス外相からご感想をお聞かせいただこうと思いまーす』

 

 長髪の女性『桜山』と呼ばれた女性が、隣にいる長身の老紳士にマイクを向けた。

 

『ビューティフル!ワンダフル!』

 

「あの子の今日のお使いって、これのことだったのね」

 

 補足する香貫花の言葉に耳を傾けつつ、テレビの視聴を続ける。

 桜山のいくつかの質問に、マイクを向けられたクラウス外相が拙い日本語でコメントを返していく。その隣ではヒカルが黙ってニコニコと笑顔を浮かべていた。最近ではテレビでよく見かけられる光景であり、二課の面々はまたかという気持ちでヒカルの仕事ぶりを見守っていた。

 ふと、笑顔を張り付けていたヒカルが勢いよく窓に目を向けた。その目は上下を交互に向けている。かと思えば、いきなり外相とレポーターを床に押し倒した。突然のヒカルの豹変ぶりにテレビクルーもザワザワと俄かに騒ぎだす。

 

『みなさん急いで通風口から離れてください!!』

 

『え?』

 

『いいからみんな伏せて――ッ』

 

 ヒカルが強引に外相とレポーターだけでなくこの場にいる全員を窓から遠ざける。

 ヒカルのいつにない大袈裟な態度にテレビをみていた2課の面々はギョッとした。

 

 瞬間――ドォオオンッという爆発音。現場を撮影していたカメラマンが転倒し、窓の上にある通風口から噴き出した黒煙が勢いよく撮影現場に流れこむ。

 

『ゴホッゴホッ…なんなの?なにが―』

 

『危険ですので立たないでください!ぼ…私の指示に従って!現場は建設中の一番タワー!爆発音からおそらく一階下の12階から発火した可能性があります!我々は現在13階3層第9エリア!人数は私を含め9人!香貫花、2号機を―――ッ!』

 

 二度、大きな爆発と振動。

 それを最後にタワーシティからの中継が途絶え、映像はワイドショーのテレビスタジオに戻った。ただのお昼の情報番組から一変した事態に二課の面々は呆気に取られていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 第二小隊が現場に到着した時点で、タワー内の至る所に置かれた化学物質が誘爆、火災をかなりの広範囲にまで広げていた。

 工事中の安全対策として消火装置のスプリンクラーが設置されていたはずだが、タワー全体から立ち上る黒煙を見るに効果は乏しかったようだ。また消防への通報が遅れていたことも火災を拡大させる一因となっていた。

 指揮車から降りた香貫花はすぐに後藤に詰め寄り、出動許可を求めた。

 

「それでいつ出動するんですか」

 

「落ち着け香貫花、まずは現場を確認せんといかんだろう」

 

「……ですが!」

 

「まぁあいつがついとるんだ。最悪の事態にはならんよ」

 

 そこへ紙束を手にした消防隊員が、タワーシティの火災を見上げる後藤たちに声をかけた。

 

「消防庁のスズカです。防火隔壁が作動して、ある程度火災の進行を食い止めることに成功しましたが、空調設備が止まってしまっています。通風口を伝って煙が充満してしまうのも……」

 

「時間の問題ですか……」

 

 敬礼するスズカと名乗った消防隊員はミニパトのボンネットの上に、タワーシティの見取り図を広げた。

 

「ご覧ください。このように、あちこちに液体酸素や工業化学有機物のタンクがありまして、おかげで二次爆発、三次爆発の危険もあって、我々もその撤去作業に追われていまして思うように消火作業が捗っていません」

 

 消防隊員の指先が各所にあるタンクを指さしていく。

 悪化の一途をたどる火災状況。予想よりも事態が行き詰りつつあると知り後藤の目線が鋭くなる。直ちにパトカーの無線機を掴んだ後藤は、データ転送のためにタワーシティ制御室に向かわせた山崎、進士の両名を呼び出す。

 

「進士、今、太田たちがどこにいるかわかるか」

 

『十三階三層、第八区画に閉じ込められています』

 

「……備え付けの内線電話や携帯電話は?」

 

「爆発で回線の方は切れていますが……」

 

『電話は壊れていて通じません、携帯の方も何度も太田さんや関係者の方の番号にかけていますが、こちらも全く応答がありません』

 

 後藤は制御室から齎された情報に顔を顰めた。

 ―――携帯電話は90年代に入り、音声通話だけでなくパケット通信によるデータ通信が可能となった。世界中の端末と繋がる情報伝達のグローバル化はビジネスや経済に変革をもたらし、世界はIT革命時代と呼ばれる、急速なインターネットの普及とそれに纏わる商取引時代に突入しようとしていた。(流行語『IT革命』は西暦2000年)

 しかし携帯電話の通信速度はまだまだ低速。基地局の数も少なく、屋内や地下では電波が拾えないなど多くの問題点を抱えていた。

 

「ここは?」

 

 後藤が地図に指さしたのは直前までヒカルたちがいた第九エリアだ。消防隊員が首を横に振る。

 

「ここはレイバーが入れないほど狭いですし、人が入れないほど火災が広がっておりまして、現在は近づくことすらままなりません」

 

「……離れざるを得なかったか」

 

 消防隊員が通路の端にある空洞を指さす。

 

「ここ、天井が吹き抜けになっていましてレイバーでの接近も可能だったのですが」

 

「が?……なにか?」

 

 ずるずると、指が吹き抜けから通路の角まで進んだところで止まる。

 つっかえたように言葉が詰まり、消防隊員は額に脂汗を滲ませている。

 

「いや、その……うちの消火作業レイバーが…この角で擱座してしまいまして」

 

「damn it!」

 

「あちゃー」

 

 香貫花の舌打ち混じりのスラングと後藤の失望したような悲鳴が同時にあがった。

 それを傍で聞いていた消防隊員が弁明しようと慌てて言葉を紡ぐが。

 

「いえ!すぐに取り除こうともう一機むかわせたんです!……ただ……もう一機も引っかかってしまい……その、いわゆる……二重の壁をこさえてしまい」

 

「……」

 

 香貫花の瞳にみるみる怒りのエネルギーが蓄積されていく。

 後藤はがっくしとパトカーのドアの縁に額を当てた。

 

「……仕方ありませんなぁ。中から無理なら、外から直接入りますか」

 

「入るってどうやってですか?」

 

 かけつけた遊馬が尋ねる。

 後藤は頭上を見た。つられて第二小隊の面々も黒煙を上げるタワーシティを見上げる。

 

「屋上のクレーンがあるだろ」

 

「えー!できるのー!?」

 

 意図を察した野明から悲鳴が上がった。

 

「並のレイバーでは無理だろうな」

 

 後藤が野明の悲鳴を肯定するが、香貫花が続きを付け加えた。

 

「だがイングラムの重量ならクレーンで吊るす事も可能と」

 

「まぁそういうことだ。さっそくはじめちゃってちょうだいよ」

 

 了解!――それぞれが持ち場へと散っていく。

 その前に、と後藤は駆け出そうとしていた香貫花を呼び止めた。

 

「香貫花、太田のデータディスクは持ってきているな」

 

「……yes」

 

「じゃあ頼むわ」

 

「yes,sir!」

 

 敬礼した香貫花は再び2号機キャリアに向けて走り出した。

 後藤はもうもうと黒煙を吐き出すタワーシティを見上げた。黒煙は時間の経過と共に勢いを増している。太田たちが救助されるよりも先に火災が落ち着いてくれたらいいなぁ……などと楽観的にはなれなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 特車二課第二小隊によるタワーシティ内に取り残された9名の被災者救助作戦開始直前。後藤は警視庁の仮設本部から呼び出しを受けていた。

 タワーの麓には詰めかけた大勢の報道関係者で犇めき合っていた。炎上するタワーにカメラを向けている報道の群れをするすると隙間を縫うようにかい潜り、後藤は本部の仮設テントにたどり着いた。

 

「後藤警部補……きました」

 

 テントには特車二課長の福島をはじめ、本庁警備部の面々が揃っていた。中には事件とは無関係なはずの広報課長まで混ざっている。

 後藤は目線だけで周囲をちらりと見渡した。テント内には通信機材やパソコンなどの精密機械が所狭しと設置されており、突発的な火災事故のはずが、後藤の目には随分と用意がよさそうに見えた。

 

「それでどうだ。なんとか救出方法は見つかりそうか?」

 

 面前で手を組んで構える課長らを代表して尋ねた福島の質問に後藤は答えた。

 

「はい。時間はないだけに十分な用意はできませんでしたが、一応行動を開始しました」

 

「ほう、どんな方法かね?」

 

「はぁ。外側から入ってみようかなぁと」

 

 後藤が提示した作戦に眼鏡をかけた初老の男性、特車二課の課長である福島は難色を示した。

 

「外側ぁ?……大丈夫なのかね」

 

「はい、これはイングラムでないと不可能とのことで、専門家との意見も一致しました」

 

 ”専門家の意見”という力強いフレーズに課長たちは互いの顔を見合わせた。

 果たして後藤案を採用していいのだろうか、それとも……その懊悩が表情からありありと見て取れた。しかし逼迫する事態を前に悠長に選り好みしていられる暇がないのも確かだった。

 一先ず頷いた広報課長が福島の言葉を引き継いだ。その口調には些か興奮の熱が宿っている。

 

「……後藤くん、最近の君たちの活躍には目を見張るものがある。我々としても誇らしい事だ、最近は警察官志望の若者も増えているし、レイバー隊への世間からの評価もうなぎ上り。優秀なパトレイバー、太田君の様な優秀な警察官―――」

 

 レイバー隊は警備部所有の部隊だ。功績をあげればそれはレイバー隊――ひいては創設した警備部の功績となる。そして功績の有無は警視庁内での影響力に直結し、予算をはじめ限られたパイの取り合いに打ち勝つ力となる。

 しかし裏を返せば、特車二課にかかる費用をはじめリスクの一切を警備部が担保しなくてはならない。だが如何せん、特車二課はとにかく装備と維持で出費が嵩む金食い虫で有名だ。そして金がかかるのならば、せめて有意義な使い方をしたいと考えるのが人情だ。

 

 実際、世論のあおりを受けて創設した特車二課。

 即席警官と札付き警官の寄せ集めで結成した特車二課第二小隊を当初は誰も期待していなかった。本庁エリート部隊の第一小隊のオマケ、中隊規模の体裁を繕わせるための人数合わせ。

 しかし蓋を開けてみれば大方の予想を裏切り、第二小隊は正式稼働してからも功績を上げ続けた。そして今を時めくアイドル警官の誕生。プロイラーが金の卵を産んだのだ。

 広報課長の熱弁とは対照的に、この騒々しさの真相に見当がついた後藤の心は冷えきっていた。

 

「ここで外相や太田君を無事に救助できれば、君たち……ひいては警察の評価が更に跳ね上がるまたとない機会だ……日本中が…世界が……注目していることを忘れないでくれたまえ」

 

 広報課長と警備課長の目には期待の色が滲んでいた。

 

「ハッ」

 

「頼むよ、後藤くん」

 

 その期待に頷くことなく敬礼した後藤は仮設本部を後にした。

 テントを出た後藤は視線の先に南雲シノブの姿を見つけた。待機中の第一小隊と共に応援に駆け付けにきてくれたのだろう。

 南雲シノブは目が合うと後藤にかけより声をかけた。

 

「後藤さん。なにか手伝えることはある?」

 

「そうだね。とりあえず報道陣をちょっと抑えててくれる?」

 

「なんなのかしらねこの騒ぎは、海外通信社の人間もいるし、まったく……誰が現場に入れたのかしら」

 

 後藤は背後に向けて顎をしゃくる。

 南雲がつられて見た先には、後藤が先ほど出てきたばかりの本庁の仮設本部があった。

 察した南雲は信じられないとばかりに顔を手で覆った。

 

「ウソでしょ。あの中には自分のとこの隊員だっているのよ……もしものことがあったら」

 

 自己PRどころではない。

 下手をすると大々的に自分の隊員も外相も、みな死なせてしまうショッキング映像が世界中に流れてしまう。もしもそうなれば、これまで積み上げてきた評価は大逆転してしまうだろう。

 

「あいつらはそこまで考えちゃいないさ。ただ目の前につられた餌にタボハゼのように食いついているだけだよ」

 

 珍しく厳しい言葉遣いをする後藤に南雲は鼻白んだ。

 

「後藤さん……あなた大丈夫?」

 

 南雲の気遣いに、後藤は自分が冷静さを欠いている事に初めて気がついた。

 懐からマイルドセブンを取り出し咥える。太田はやめたらどうだとお節介してくれていたが、この稼業を続けているうちは無理だなと悟った。

 

「何も……自分の部下が今にも焼け死ぬかもしれんというのに、人気取りと秤にかけているような連中……怒る価値もないさ」

 

 南雲はそれ以上何も言わなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 




二課で古株のヒカルは、数少ない後藤隊長のだらしなさに物申してくれる人材なので、そういう意味でも南雲隊長を始め頼りにされています。後藤隊長は聞く耳を持ちません。

警察官の特別手当はない訳ではないそうです。本当?

カメラ映えする美人の香貫花は広報から一度出てみないか誘われています。
が、同じ警察官とはいえニューヨーク市警から研修に来た……いわばお客様である香貫花をさすがにヒカルと同じ扱い方をする訳にはいきませんでした。

令和版を上映する映画館が近場になく断念しました。視聴予定の方は是非楽しんできてください。
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