愛と勇気と正義にかけて、市民をお守りいたします!   作:イングラマン

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第九話 ザ・タワーSOS!その2

 野明が操縦するイングラム1号機は現在、資材や重機搬入に用いられる大型エレベーターで建設途中のタワーシティ屋上に向けて移動していた。

 野明にはこれまで大型建造物に生じた大火災とそれに纏わる救助作戦に従事した経験はない。不慣れな現場で落ち着かない野明はエレベーターに同乗するイングラム2号機を見た。首から覗く2号機のシートには正規パイロットである筈のヒカルの姿はそこになく、バックアップの香貫花が搭乗している。

 

「香貫花……必ず助けようね」

 

「……えぇ!」

 

 野明は緊張で荒くなる鼓動を強引に抑えつけた。修羅場の時ほど、ヒカルの方からいろいろと話題を振って気を紛らわせてくれていたものだが……香貫花は険しい顔を作ったまま何事か考え込んでいる。

 第二小隊にはモラルがないとよく南雲隊長には小言を並べられたものだけど、今思えばヒカルなりに経験が浅い野明の緊張を解してくれていたのかもしれない。

 

「まだまだだなぁ…私って」

 

 誰にも聞き取られないぐらい小さい声で弱音を零す。やがてエレベーターが屋上にたどり着くと、出入り口を塞いでいたフェンスが左右に開いた。

 踏み出すと視界が開けた。建設途中のタワーシティ屋上は一面がふきっさらしとなっており、足場は少ない。足がかりとなる鋼鉄板が重なるように道として連なり、そこへ楔を打ち込んだ非常に簡素な代物だ。

 足場板の横からそっと階下を覗きみる。肉眼では見通せないほどタワーの底は深く暗い。野明はヒュッと短く息を飲んだ。足を踏み外せばイングラムといえど一巻の終わりなのは明白だった。

 

「いくわよ!」

 

「お、おう!」

 

 火災は収まるどころか更なる拡大を続けている。時間がない。足場板を駆け出した2号機の後を追って野明は1号機を走らせた。

 少しして、見ていて心細くなるほど細い鉄骨の前で2号機は停止した。流石にここからは慎重に歩いていくのだろうと野明は様子を伺う。だが、2号機のカメラはクレーンの先端を向いたまま身動ぎしない。野明が焦燥に駆られていると、香貫花からの無線が入った。

 

「野明」

 

「な、なに……香貫花」

 

「あなたが先にいきなさい」

 

「うん……………うぇえぇえ!?」

 

 んなご無体な!―――香貫花からの理不尽な命令に喉から悲鳴を吐き出しかける。だが。

 

「shut up!いいから聞きなさい!」

 

 間髪入れずにピシャリと香貫花に咎められ、野明は口ごもった。

 

「ここに来るまでに進士巡査に調べさせたのだけれど、一度降りた隔壁を外すには開閉装置のレバーを手動で操作しなければ開かないわ」

 

「そ、それがどうかしたの?」

 

 嫌な予感を覚えたが野明は先を促した。

 

「タワー内部の通風口は黒煙で充満しつつあるわ。きっと隔壁の温度も優に100度は越えているでしょうね。人力では不可能よ」

 

「じゃ…あどうやって」

 

 野明は心細くなるほど細い鉄骨とクレーンの先端を交互に見て、嫌な想像が脳裏を過った。

 

「直接、イングラムで隔壁のレバーを操作して開けるほかないわ。そしてそれは野明……あなたとあなたが育てたアルフォンスにしかできない」

 

「え……えぇええ!?む、無理だよぉ!無理無理!」

 

 香貫花から突然与えられた難題に野明の顔から血の気が引いた。とてもやり遂げられるとは思えず、大袈裟に首をブンブンと横に振る。

 

「それに……あ、開けるだけなら2号機でも」

 

「開閉レバーは人間サイズよ。レイバーでの操作は熟慮されていないの。少し力を込めただけで簡単にぽっきり折れてしまうわ」

 

「だ、だから私じゃなくて香貫花が……!」

 

「この2号機にそこまでの器用さはないわ。あなただけなのよ……みんなを助けられるのは。きっとヒカルがここにいてもそうしていたわ」

 

「そんな……ッ」

 

 あやとりの成果がこんなところで生かされてしまうとは。

 野明は再び悲鳴をあげそうになったが、2号機にいる香貫花の目がどこか縋るような色を帯びていて。野明はぐっと呑み込んだ。

 今日ほど傍にヒカルがいてくれたらと願ったことはない。だが生憎と頼れる先輩はタワーの中で囚われの身だ。野明の額から緊張の汗が流れ喉が渇いた。

 

「わ……わかった」

 

 重々しく頷いた瞬間、タワーの中腹から小さい爆発が起きた。振動で足場が揺れる。

 

「……時間がないわね」

 

 香貫花のシリアス混じりの呟きを聞いた野明は、もう一度鉄骨の先にあるクレーンとその先端部に取り付けられたフックをみた。

 怖い。滅茶苦茶怖い。建設途中とはいえ、高度300メートルもある。転落したらイングラムといえどひとたまりもない。できれば隣の香貫花に今すぐ代わってほしい。

 でもここまで一緒にやってきたアルフォンスとなら歩き出せそうだった。

 

「よ…よぉし」

 

 野明は勇気をもって一歩、イングラムを鉄骨の上に踏み出させた。

 細い鉄骨の上を慎重に渡り歩いていく。少しずつ、少しずつ、フックがかかっているクレーン先端部に向かって、転落の恐怖を押し殺して小刻みに歩みを進めていく。

 

「今にも落ちちゃいそうだよぉ…」

 

『お前ならできる!アルフォンスを信じろ!』

 

 無線越しに遊馬のエールが飛ぶ。背後からは香貫花が操る2号機も、ゆっくりとついてきていた。階下からは断続的に小規模の爆発が生じている。時間は掛かったが、なんとか屋上の懸吊用パワークレーンの先端部へと無事に辿り着いた。

 アームに装着されたフックに持ってきたワイヤーロープを括りつけ、それをイングラムの股間部に装備された特殊鋼製のウインチワイヤーと繋げる。これで安全に降下できる……筈だ。

 軽くワイヤーをひっぱる。イングラムのパワーでも容易に千切れないしっかりとした手応えを感じた。

 

「野明…」

 

「うん……運んでください!!」

 

 野明の呼びかけに答えた建設スタッフがクレーンを操作し、1号機を機材外部搬入デッキの直上まで運んでいく。

 

『1号機!目標は十三階第三層の搬入口だ!いけるな!』

 

「了解!1号機降下します!」

 

 ワイヤーロープに吊り下げられたイングラム一号機が外壁沿いをゆっくりと降下していく。

 宙に浮いたイングラムの足元が不安定にゆらゆらと揺れる。その頼りなさはコクピットにいる野明にも伝わっていた。

 

「地に足がつかないって不安だねぇ……」

 

『泣き言言わないの!』

 

 遊馬の叱咤が飛ぶ。こんな時でさえこの冷血漢は優しくない。

 外壁沿いの機材搬入口はギリギリレイバーが入れる程度のサイズだ。しかし重なり合う様に崩れた建材が搬入口を塞いでいる。

 障害物を脇に寄せようと1号機の手で押し込むが、壁にひっかかって思うように捗らない。これではアルフォンスを搬入口に侵入させられるだけの空間を確保できない。

 

「遊馬ぁー!どうしよー!」

 

『引っ張って外すことはできそうか?』

 

 軽く引っ張ると積み重なっていた瓦礫がずるりと崩れた。

 

「うん、そっちはできそう。でも外した瓦礫や鉄骨はどうすれば」

 

『下にはお客さんがいて落とすわけにもいかないからな。2号機に運んでもらおう。香貫花!』

 

『OK!』

 

 現場での即興が決まった。

 1号機が取り除いた鉄骨や瓦礫を、もう一機のクレーンによって降下してきた2号機が受け取り屋上に運んでいく。この工程を2回ほど繰り返したあたりで、搬入口にレイバーサイズでもなんとか潜り抜けられるだけの空間を作り出すことができた。

 出入り口に足をかける。クレーンと繋いでいたワイヤーを外し、デッキ内部に侵入する。天井までの高さから立って歩いていくことはできない、膝立ちになり、すり足で移動する。

 

『いけそうか?』

 

「なんとかーッ」

 

 見れば奥にはさらに大きな空間が広がっていた。これなら目的地までイングラムで向かって行けそうだと野明は安堵した。

 だが突如、横合いから大きな爆発が起きた。引火した有機化学物質による誘爆が13階層でも起きたのだ。その爆発による衝撃はイングラムの巨体を搬入口まで押し出させた。

 

「キャアアッ!」

 

『野明ァッ!』

 

 鈍い衝撃に野明の口から悲鳴が上がる。化学物質の誘爆に巻き込まれた1号機が外壁の外まで押し出され、あわや200メートル上空から転落する―――かと思われた寸前、何か壁のような物につっかえた1号機は搬入通路に留まれた。

 目を開けた野明が恐る恐る背後を見る。搬入口にはクレーンに吊り下げられた香貫花の2号機が穴を塞ぐ壁になってくれていた。2号機の手がゆっくりと1号機を通路に押し戻す。

 

「か、香貫花……ありがとう」

 

「ケガはない?」

 

「…うん!」

 

 危うく地上200メートルの高さから転落死しかけたというのに、不思議と野明の気分は高揚していた。土壇場でふっきれたのかもしれない。

 

『いけそうか?』

 

「まかせて…ッ」

 

 ただの現状への逆ギレかもしれないが、このままいかせた方がうまくいきそうだなと遊馬は直感した。

 じりじりと膝立ちで通路を前進する。先の打ち合わせの通り、通風口から吐き出された黒煙が屋内に充満しつつあった。通路をふさぐ鉄骨や鉄板を払いのけつつ先へ進む。舞い上がる大量の煤や粉塵が、大事なアルフォンスに付着してしまい不愉快だったが大事な仲間と人命がかかっているのだ。泣き言も言ってられない。いや――。

 

「アルフォンスが汚れたー!」

 

『泣き言言うなー!』

 

 遊馬に叱られた。野明はぐずった。

 道中、煤で赤褐色にくすんだ消防用レイバーが擱座しているのが見えた。

 情報では要救助者はこの付近のはずだ。

 

『制御室にいるヒロミたちから送られたデータじゃ、その先の隔壁にいるはずだ』

 

「うん!」

 

 目的の三層の第八エリア付近でイングラムは通路全体を覆う巨大な壁に進路を阻まれた。

 指揮車から送信されたタワーの内部図では壁などは存在していなかった。ならばこの壁こそ火災の侵入を塞ぐ防火隔壁なのだろう。

 

『それが隔壁だ。右下に手動の開閉装置があるだろ」

 

 1号機の視線を下ろせば、円形に作られたそれらしき装置が壁にはめ込まれていた。

 

「ある…!あったよ…!」

 

 香貫花との打ち合わせに従い、さっそくシートの背後に格納されたモーショントレーサーを起動しようとする―――が、思い止まった野明は1号機のサーモグラフを起動した。

 モニターに表示された熱分布は緑と赤を表示している。壁は100度どころか優に200度へと達しており、野明の儚い希望は脆くも打ち砕かれた。

 諦めてグローブを装着した野明は1,2回拳を握り、手応えを覚える。右手人差し指をそっと前に伸ばす。グローブを嵌めた野明の手の動きに連動し、1号機の指先がこするようにレバーを引っ掻いた。カチッ…カチッ…。折りたたまれたレバーが降りて回転可能を示す。

 

「折れちゃいそう~~」

 

 乾いた唇をペロリと舌で舐める。

 誤ってレバーを折ったりしないよう、指先で押し上げるように隔壁の開閉レバーを慎重に回し始めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 黒煙を噴き出し続ける通風口にボクは脱いだ隊服の黄色いベストを遮蔽物代わりに詰め込んだ。だけど通風口が大きくて上着一枚じゃ足りないかも……ていうか全然足りない。ただでさえ子供用と言い張っても通じるぐらいボクのベストがサイズが小さいわけだし。

 それとこの黒煙、ケミカル感のあるキツイ刺激臭も発している。人体に有害な物質を含んでいるかもしれない。

 

「死ぬんだ…俺たち死んじまうんだぁ!」

 

「もうだめだぁ…おしまいだぁ」

 

 悲嘆にくれて泣いているテレビクルーに指示を出す。

 

「煙や火で温められた空気は軽いから下に酸素がたまっているんです。危ないですから、救助がくるまで身を伏せて屈んでいてください」

 

「あんたお巡りさんだろ、どうにかしてくれよー!」

 

「そ…そうだ!助けてくれよーー!」

 

 今しているが。できることはそう多くない。

 通風口にかけられた梯子を下りていき、蹲っている8人に要請をかける。

 

「……ここにいる皆さんにお願いがあります。申し訳ありませんが、みなさんの上着を貸していただけませんが。急いで通風口を塞いで煙の侵入を防がねばなりません」

 

「そんなぁ~っ」

 

「あんた警官だろぉ!俺たちの税金で飯食えてんだろう!なんとかしてよー!」

 

 税金ならボクだって支払ってはいるけど、今そんな事を口にしても火に油を注ぐだけだ。

 彼らも打ち合わせのときは礼儀正しかった。何度か仕事で顔も合わせた事があるし、現職の警官ということで距離もあったが配慮もあった。今は大規模火災に巻き込まれて冷静さを失っているだけだ。

 短気な父だったらきっと「納税者だからと優しくしてやりゃぁあつけあがりやがって~~!!往生せいやぁ~~!!」などど叫んで激高していたのかもしれない……なんで今、お父さんのこと考えたんだろう。

 

「ボク一人の力ではなんとも…もちろん微力ながら全力を尽くさせていただきます。ですが、この窮地を脱するには皆さんのご助力が必要なのです。なのでどうかお願いします。皆さんとここから無事に脱出するためにも…何卒ご協力のほどを……何卒……何卒……!」

 

 深く深く頭を下げる。平身低頭。ひたすらにお願いするしかない。

 覚悟をもって警察官という職業を選んだボクはともかく巻き込まれた彼らは違う、ただの一般人で被災者だ。覚悟なんて大層な物、抱いていない。

 大規模災害を乗り越えた前世の令和の日本人ならば、メディアを通じた震災教育によりどこか達観というか、冷静に受け止める下地が育まれつつあった。

 被災の準備を常に欠かさず。いつ何時、事が及んでも冷静に、そしてどう動けばいいのかを国民は知らずの内に教育されてきた。

 

 しかし今いる日本は違う。そこまで現状への心構えが及ばないし、まだまだ震災というのを対岸の火事のように捉えている。

 4年前の直下型地震で大勢の死者を出し、被災と救助の経験からようやく各自治体やマスコミが震災に対し警戒を促す報道をし始めたばかりだ。”阪神淡路を経験していない”この日本では防災グッズが量販店には全く置かれておらず、最近になってようやく国が津波対策を兼ねて東京湾に巨大堤防の建設を始める様な国だ。

 バビロンプロジェクトみたいな生態系を著しく破壊する一見無謀な都市開発計画が、一部過激派を除き日本国民からそこまでの反発が生まれなかったのも震災の経験が起因している。

 

 知識と道具と心構え。その3つが足りないなら頭を下げ、下げ倒して、お願いする。これ以外ない。頭を下げ続けるボクに誰も何も言わない。ザワザワと囁きあうばかりだ。

 やっぱりボクじゃ無理なのかな………腹案の強硬策を取ろうか心の中で真剣に検討し始めていると、衣擦れの音が近くから聞こえた。と、同時に女性の大音声が隔壁内に響き渡った。

 

「……あんたたち、いい加減にしてよ!いつまで泣き言ばかり喚いて蹲ってんの!?しかもこんな小さな子に当たら散らして男として恥ずかしくないわけ!?」

 

 よく通る女性の声だ。確かレポーターの桜山さんだ。彼女は蹲る男性陣を叱責すると、バッと気前よく上着を脱いだ。す、すごい、男性より男らしい。

 

「桃ちゃあん。今そういうのはご時世的に厳しいって」

 

 などと彼女の隣にいるチョビ髭男性が窘めつつも、桜山さんに倣い服を脱ごうとしている。

 二人につられて、三人四人と、最後はここにいる全員が身に着けていた上着を脱いだ。貸し出された上着を先ほどの女性が集め、ボクに手渡す。

 

「…みなさん、ありがとうございますッ!」

 

 もう一度深く頭を上げる。先ほどの暗い顔とは違う、みんなどこか照れくさそうで、でもどこか誇らしげだ。こういうの見るとまだまだ人間、捨てたもんじゃないなってそう思う。

 通風口に繋がる梯子を上り、下にいる桜山さんから上着を受け取る。借りたジャケットやスタッフジャンパーを穴に詰め込んでいく。

 隙間がないくらいギッチギチになり、なんとか通風口を塞ぐことに成功した。これで刺激臭を放つケミカルな煙が通路内に入らなくなった。同時にそれは新鮮な空気が流れてこなくなることを意味するのだが……不安にさせるだけだし黙っておこう。

 

「みなさん地面に伏せて腹這いになってください。ハンカチや布を持っている方は口にあてて、ない方は袖をあてるなりして、できるかぎり煙を吸わないようにしてください」

 

 ボクは地面に腹ばいになり懐からハンカチを取り出して口に当てる。常日頃、口を酸っぱくして身嗜みを注意してくれた母の教育に感謝する。

 男性陣は持っていないようでシャツの袖を口にあててマスク代りにしている。隣にいる腹這いのクライス外相を見ると彼も口もとに布を当てていない。ハンカチの類を今日は偶々持ってきていないようだった。

 

『…使ってください』

 

『ォオ。アリガトウゴザイマス』

 

 英語でボクがさっきまでマスク代りに使っていたハンカチを差し出す。クライス外相が小さくお礼を述べ、受け取ったハンカチを恐る恐る口に当てた。

 ……あとは耐える。ひたすら耐える。きっと野明たちがなんとかしてくれるだろう。黙っていると――ねぇって呼びかける声が隣から聞こえた。先ほど手伝ってくれた桜山さんだ。

 

「私、桜山桃子っていうんだけど」

 

「はい…ボクは」

 

「知ってるわ。ニッポンイチ有名なお巡りさんだもの」

 

 桜山さんはニコッと微笑んだ。けれど額からは大量の汗を流し、無理して気丈に振る舞っている事はすぐにわかった。諫めようかとも考えたが喋っていないと落ち着かないのかもしれない。

 桜山さんは紅潮した面持ちで、やや早口で捲し立てた。

 

「ここを出られたら、あなたのこと密着取材させてくれない?」

 

 思わず閉じた口が、ボケッと開いてしまった。被災時にまで、仕事のことを考えていたというのこの人?

 すぐに断ろうとしたが、ちょっと考えてから口を開いた。

 

「いいですけど、それよりもっと桜山さんたち好みの話がありますよ」

 

「えーっ。なになに」

 

 なんか距離感が近い。

 

「ここについてです」

 

「ここって……タワーシティのこと?」

 

 コクリ――と頷く。

 

「妙だと思いませんか?火災が発生したのに備え付けの消火装置が全く働いていません。それに最初の爆発が起きてから我々が避難するまで、火災の発見が遅れたのか消防も来てくれていません」

 

「……そうね」

 

 桜山さんの目の色が変わった。この人って仕事だとこういう顔をするのか。

 

「隔壁で火災を塞ぐ設計にしておいて呼吸器を一台も設置していませんし……通風口があるとはいえ杜撰な作りをしています。それにここに来るまでの道中、ちゃんと動いている消火用のスプリンクラーが一台も見当たりませんでした。極めつけはこの防火壁です。そもそも人の出入りができない作りにしたら逃げ遅れが生じて危険すぎます。その辺、つっついたら相当曰くつきの事情が出てきますよ。このタワー」

 

 それにAEDを一台も設置していないし……いや、さすがに除細動器がないことに違和感を抱いたボクがおかしいのか。

 

「……条件は?」

 

 すぐにこちらの意図を察してくれた。

 

「いえ、たださっきの密着取材について、やってほしいことがあるんです」

 

 耳打ちしようと構えると意を汲んだ桜山さんが顔を寄せてくれた。

 ごにょごにょごにょ……。話の途中で瞼がパチクリと瞬く、そしてボクのお願いを最後まで聞き終えた桜山さんはクスクスと忍び笑いをした。

 

「そんなことでいいなら、もちろん。でもあなたお巡りさんらしくないわね」

 

「うちの隊長の方針なんです。みんなで幸せになろうって……この言葉、ボク好きです」

 

 多分おそらく、あの人の意図していた意味とはだいぶ……かなり異なるだろうけど。

 

「素敵な言葉ね……ねぇ、この件が片付いたら飲みに行かない?」

 

「……ごめんなさい。ボクお酒飲めないんです」

 

 ”いいじゃな~い一緒に飲みに行きましょうよ~”とか”最近リーズナブルなフレンチのいい店を見つけたのよ~”などと、やたら絡んで話しかけてくる桜山さんを宥めつつ、とにかく救助がくるまで耐え忍んだ。

 こちらを見ていたクライス外相に『アノ…スキデス』って、唐突な愛のカミングアウトにガックシと二人で項垂れるなどのハプニングもあったけど……そんなこんなで、タワーに取り残された9名が焼け死ぬ危機的状況に置かれつつも、通路内には和やかな雰囲気が漂う奇妙な空間が生まれていた。

 士気も高く救助が駆けつけに来るまで全員が懸命に耐え続けた。だが隔壁内の空気が薄くなるにつれて被災者の呼吸が次第に荒くなり、表情が虚ろになっていた。中には体調が悪化し地べたに横になる者も出始め、皆の空元気にも目に見えた限界が生じていた。

 流石の空気の薄さにボクも焦りを覚え始めた頃、分厚い防火壁が微かに震えた。何事かと驚いた皆が顔を上げると、ゴゴッと音を立てて巨大な防火壁がせり上がり始めた。同時に隙間から新鮮な空気が通路内にビュォオオと一気に流れ込む。

 

「ぉ……ぉおおッ」

 

「……き、救助だ!助かるぞ!」

 

「ハハッ!俺たち助かったんだー!やったーー!!」

 

 徐々にせり上がる防火壁を見て、酸欠になりかけて苦しんでいた被災者達が息を吹き返した。

 

「ほら、桜山さん。救助が来ましたよ。ボクたち助かったんです」

 

「……あ、ぁあ」

 

 火災で酸素が不足しているにも関わらず、喋り倒して気怠げにぐったりとしている桜山さんを抱き起こす。隔壁の向こうに見えたのはイングラム。肩のパーソナルマークは1。野明が助けに来てくれたんだ。

 

『ひの、ふの……全員無事ー!』

 

 そこは要救助者発見とか…ま、いっか。

 イングラムの顔がこちらに向いた。元気ですよーって手を振って健在アピールする。

 

『あーっ。ヒカルちゃんみつけたよー!』

 

 もう野明ってば、声が大きすぎて内線のスピーカーが外に漏れてるよ。

 

 ――それからはあっという間だった。イングラムの両腕に抱き抱えられ、タワーから脱出したクライス外相をはじめ某国視察団と我々撮影クルーを含めた生存者9名は屋上で待機していた消防用レイバーに引き渡された。

 

『レディ‐ファ‐ストデス』

 

「れ、レディだなんてそんな……ねぇ!」

 

「アハハッ」

 

 皆してクライス外相のジョークに笑った。そのまま消防レイバーに抱き抱えられ、資材運搬用の大型エレベーターで地上に降りる。

 ふーー。地に足がついて心地いい。被災した生存者たちは救急隊員が運んできたストレッチャーに乗せられて救急車に運ばれていく。酸欠になりかけていた被災者もいたし、後ほどMRI検査にもかけられるだろう。それはボクも同じで、救急隊員が運んできたストレッチャーに乗せてもらう。

 あ、第二小隊のみんながいる。おーいって、手を振る。こちらに気づいた皆が一斉にかけ寄ってきた。

 

「この!心配かけさせやがって!」

 

 遊馬がボクの頭をぐりぐりと押さえつけた。いたっ、こいつ!

 鬱陶しいから軽く鳩尾に一発入れてやった。苦しそうだが、嬉しそう。

 

「うぅ……うぅ…無事でよかったです。ほんとに」

 

 ヒロミちゃんは目を真っ赤にして鼻を啜り上げている。

 ううむ、ヒロミちゃんに泣かれると罪悪感がすごい。進士さんも涙ぐんでる。

 

「うぅ、怖かったよーーっ。ビルから落っこちそうになるし、足場細いし、ビルは爆発するしーー!」

 

 そしてなぜかボクの命の恩人が、今になってぶりかえしてきた恐怖で泣いていた。被災したのキミじゃないでしょう。

 香貫花はボクを一度そっと抱擁すると、着ていた自分の隊服の上着をかけてくれた。そういえば通風口に入れた隊服を置き忘れたままだった。

 

「ありがと……」

 

 お礼を言うとキツく締めていた口元を緩めた。何も言わない。でも頭撫でるのやめろ。

 みんなの後ろには後藤隊長と南雲隊長がこちらを遠巻きに見ていた。珍しく後藤隊長が純粋な微笑みを向けてくれている。

 軽く会釈すると向こうも目線で返してくれた。

 

 そのままみんなと救助された喜びを軽く分かち合い、救急隊員と共に最寄りの総合病院に運ばれた。といっても全員ケガらしいケガもない。検査だけ受けてその日は入院した。

 入院中、病院から連絡を受けた家族が押しかけてきた。父は病院だろうと関係なくうるさかったし、母は母で元警官の奥さんだからか落ち着いていた。

 会話もそこそこに、着替えだけありがたく受け取り二人にはご帰宅を願う。母はみっともなく居残ろうとする父を微笑みながら引きずっていった。

 

 桜山さんとは病院の休憩室で再会しお互いの無事を喜び合った。その場で互いの名刺と連絡先を交換し子細を詰めた。桜山さんはプロデューサーをはじめ方々に顔が利くらしく手土産さえあれば意見を通せる立場にいるみたい。熱血レポーターってすごい。

 翌日、退院後に報告をかねて職場に置きっぱなしにしていた荷物を取りに埋立地に向かった。救助活動を生中継で見ていた二課のみんなには既知だったらしく、総出で出迎えられた。

 しかも二課棟の屋上から『ヒカルちゃんおかえりなさい!!』と墨を入れた垂れ幕が下げられていたし、シゲさんなんてお手製のノボリまで立てていた。バカな、僅か一日だぞ……イングラムの整備もあって暇じゃ無かったろうに。みんなにもみくちゃにされながら隊長室に向かう。隊長室には後藤隊長と南雲隊長だけでなく榊さんも同席していた。

 

「ご心配をおかけしました。太田ヒカル巡査部長、タワーシティPR任務から帰還しました」

 

「うむ……まぁ無事で何よりだ」

 

「そうね。あなたにもしも何かあれば感激屋さんのお子さんたちが、今よりもっと煩かったろうしね」

 

 ハンガーのことを指していますね、それは誠に申し訳ありません。榊さんは何も言わない。元気な姿さえ確認できればよかったようだ。

 隊長たちはボクの生存確認だけでなく、事件についてボクが見たもの聞いたものを聞きたがり、情報交換として隊長からも外で起きていたことを聞かせてもらった。

 テレビ局と連携して情報収集した桜山さんとの話と併せ、被災の真相と本庁の目論見を知った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――――2週間後。

 

 

 青い空白い雲。見事な快晴に洗濯物がよく乾きそうだなぁと後藤は思いつつ、新聞を広げていた。見出しは先日起きたタワーシティ火災事件だ。

 

「えーっと。東京都多摩市に於いて建設中のタワーシティ1番タワーで火災が発生、大使館は消防庁警視庁を通じて救出されるまでの間、取り残された人々を統率して冷静に対処し、クラウス外相らを元気づけた警視庁警備部特車二課第二小隊、太田ヒカル巡査部長とSNSのニュースレポーター桜山桃子さんを晩餐会に招待、感謝の意を表す―――』

 

 下に目が滑る。

 

「しかしタワーシティの火災にはいくつもの不審な点が散見された。スプリンクラーを始め消火装置の不良、万が一の防災装備の不設置、通報装置の故障による救助の遅れ。等々の事故に対する不手際が目立った。これらの要因が重なり火災へと発展した根本的原因は、東京都の技術アピールと経費削減が招いた人災に尽きる。これを受けて東京都は一から設計を見直すと会見で謝罪し――」

 

 と、後藤は締めくくり新聞をとじた。南雲は窓枠に手をかけて外を見ている。

 

「いったい誰がタレこんだのかしらねぇ」

 

「さぁ……誰なんでしょ」

 

 後藤も南雲も顔を合わせず視線をあらぬ方へ向けている。

 

「火災が、当局による経費削減と宣伝効果ばかりを狙った……ご都合主義的な考え方に起因していたとはね。通報も遅れるわけよ。都も外務省も一枚噛んでいるし、報道を知った某国は外務省を通じて正式にクレームを入れたわ。あやうく警視庁にまで事が及びかけたけど、クラウス外相が止めたそうね」

 

「つまり欲に目がくらんだ日本人に殺されかけ……同時に高潔な日本人に救われたわけ。振り上げた拳の行き場になりかかった所を、太田が救ったわけだな」

 

「今回の件で都庁は大きく信用を落とし、結果的に警備部……いえ警視庁は命拾いした。第二小隊……引いては太田ヒカルに大きな借しを作ったわ。そういえばお宅の子、クラウス外相を通じて某国大使館との間に入って日本と友好の懸け橋……だったかしら?となると外務省も救われたのね」

 

「おっそろしい娘だわ、ほーんと」

 

 あなたの教育のせいじゃないのこれ……って、南雲は非難めいた視線を向けるが後藤はなぜか楽しげにしている。

 

「なにかいいことでもあったの?」

 

「んー……ほら、前に外相がお礼を言いにわざわざ視察に来たでしょ」

 

「えぇ。クラウス外相」

 

 箱がある。中から包み紙を取りはずすとフィギュアがでてきた。イングラムの彫像だ。

 

「パトレイバー隊の勇気と人命救助を称えての贈り物だって……ほしい?」

 

「ほしいわ」

 

「あげる」

 

 パトレイバーフィギュアはファイルがしまわれた棚の上に置かれた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 勢いよく噴き出した水がイングラムの爪先を舐める。

 かなりの量の煤が装甲の溝に溜まっていたが、ノズルの先から噴出した強力な水圧が煤を跡形もなく吹き飛ばした。

 

「ヒカルちゃーん!そこ終わって、シゲさんのプログラムチェーーックが済んだらコクピット周りもやってねー!けっこう燃えカスがたまってんのー!」

 

「はーーい!」

 

「溝の部分は手じゃ入り込めないし拭きにくいしで、大変だったからさ!買ってよかったねーー!」

 

 もう一度シャワーをあてて溝に溜まった煤を跡形もなく吹き飛ばす。一瞬でイングラムの真っ白な装甲が露になった。これは先日、特車二課に齎された臨時ボーナスを当てに野明とワリカンして購入した業務用高圧洗浄機だ。しかも実家のツテを使って取り寄せた延長パイプ付きの海外製。

 ボーナスを手渡す際の課長のピクピク痙攣する眉が面白かったのを思い出す。想像していたより第二小隊に割り当てられた金額が多かったのは……どうぞよしなにってことなんでしょう。巡査相当の薄給で命がけの任務に従事している第二小隊が、降ってわいたボーナスに小躍りしていたから水を差すのはやめた。

 遊馬は何か欲しいものがあるのか指折り数えていたし、進士さんは奥さんと賃貸に割り当て、ヒロミちゃんは菜園のビニールや補修に宛がうつもりらしい、香貫花は聞いても微笑むばかりで答えてくれなかった。後藤隊長は――この人はどうでもいいか。

 

 そして今、ボクがやるべきことは命の恩機である、イングラム1号機を鏡の様にピカピカに磨き上げることだ。鼻歌混じりに洗浄作業を続けていると、香貫花がやってきた。跳ね返る水飛沫を浴びせない様に洗浄機の水を止める。

 

「どうしたの?」

 

「…」

 

「……ふ、服ならちゃんと着てるよ」

 

 今の服装は濡れてもいいようにツナギを着ている。もう小言を言われる理由はないはずだ。二課整備員の目だって前より少ない。香貫花は何も言わず、いきなりボクの腕を掴んだ。

 そして頭の上に何か置かれた。感触からたぶん帽子だ。

 

「……どしたんこれ?」

 

「あげるわ」

 

 はぁ?…それだけ言って、長髪をサッとかき上げた香貫花はクールに去っていった。

 帽子を取り上げ掲げてみると質のよさそうな帽子だった。良質な布地を使っているのか高級感のある肌触りに、デザインもお洒落な感じがする。ツバも広く、とても高そうだ。でもなんで帽子?

 

「ヒカルちゃーーん!」

 

「はーーい!!」

 

 再び帽子を被って洗浄を再開する。イングラムの装甲にはじかれた水滴が宙を舞った。

 あ、虹だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 次回!こちら特車二課―――に続く!!

 




後藤さんはある程度の他者にふりかかる災難はコラテラルダメージとして目をつむるがそれはそれとしてみんな(おそらく身内)で幸せになろうと解釈しています。

主人公は言葉通りの意味で一人でも多くの人に分け隔てなく幸と徳が訪れることを願っています。そのためなら自ら泥を被ることを厭いませんし、自己実現できるだけのスペックを主人公は有しています。

桜山桃子さんは太田ヒカルのことを一発屋というか、たまたま世間で注目されただけの少女だと認識していました。ちなみに後藤隊長のことを部下に素敵な言葉を送る紳士だと思っています。

ヒカルは野明にとって何かと頼りになる先輩です。歳が近くて話しかけやすいし、現場だけでなく即席警官で警察知識に疎い野明をよく支えてくれています。
同時に自分が皆(仲間、世間)のお役に立てているのか、アイデンティティを見失いつつあります。
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