『嘘つきな狂人』
がつん。
頭に衝撃を受けて何事かと目を覚ます。アリスかと思ってすぐに立ち上がったが、部屋には誰もいなかった。
振り返るとソファー。ああ、ここで寝てしまって落ちたのかと一人納得しているとこつこつというブーツの音が聞こえた。
遠慮がちにドアを開け、満面の笑みで入ってくるアリスにイラつきつつも用心深く観察する。何かを企んでいるのか、それともただご機嫌なのか。思えばいつもこいつはご機嫌だった気がする。僕が今こうして生きているのも、彼女がご機嫌だからでは?そう考えて背筋が凍った。今は彼女のなすがままの状態なんだ。
「やっほぅ!リドル。また階を増やしに来たよ。今日は二階だよね。私どんな階にしようか迷っちゃった」
またアリスは聞いてもいないのにペラペラと自分の事を話し出した。正直声も聞きたくないのだけど、我慢するしかないだろう。
「でね、結局こうする事にしたの。付いてきてリドル」
そう言うとアリスは僕の腕を引かずにスキップで部屋を出た。その瞬間、猛烈に嫌な予感がした。歩みを進めずに固まっているとアリスが振り向いて、抑揚はあるのに感情がこもっていない、そんな感じがする声色で言った。
「はやく、はやく。はやく見せたいの」
僕はその時、アリスの瞳孔が血のように赤黒く、底冷えするような冷たさを備えた色になっている事に気付いた。
「ここが写真を撮る部屋。ここがその写真を現像する部屋。ここが写真を飾る部屋。ここが額縁の部屋。ここが採血場。ここが診察場。ここが拷問場。ここが薬品庫。ここが白い部屋。ここが牢屋。ここが偉い部屋。ここが保管庫。ここが霊安室。ここが棺桶入れ。ここがお墓。ここがマグル部屋」
歩きたくない、見たくないのに僕の足は勝手に動く。どうして今回はこんなに物騒な部屋が多いのだろう?僕の予感は当たっていたみたいだ。それにしても写真とは、白い部屋とは、偉い部屋とは、なんなんだろう。
僕はいつになったらここから出て元の生活に戻れるんだろう。
深く暗い絶望が、今まで無視してきた分まで染み渡る。僕は、僕は一体、いつになれば自由になれるんだ。
いつの間にか操られなくなった足を見つめ、茫然とする僕の顔をあいつが覗き込む。
「泣いてくれるの?説明してないのに、わかってくれる?嬉しいな、すごーく嬉しいよ。ねえ、一緒に居てくれるよね?そう約束したよね?」
目を細めて僕を見る彼女の瞳孔はあの色の後ろにチラチラと紫をにじませていた。そしてその眼に映る僕は絶望に溢れた惨めな顔で、眼に涙を浮かべていた。
違う、お前なんかの為じゃないしわかっちゃいない。そう説明することも出来ず僕はただ叩きのめされて涙を零した。皮肉なことに、その涙を拭い取ったのは彼女だった。
彼女が「偉い部屋」で僕と向き合ってぽつぽつと嬉しそうに話し出す。ダンブルドアが思ったよりバカだとか、スラグホーンも私の味方だとか、思い思いの言葉を連ね僕の絶望を深めていった。アリスはそんな僕を見て、絶望する僕も好きだと言った。でも笑っている僕の方が数段好きだとも言った。それならばと僕をここから出せと訴えたが、アリスはダメだという。その代わりにと薄っぺらい悲しそうな顔で追加の一階を作ってくれた。その一階にはホグワーツやダイアゴン横丁を彷彿とさせる教室や店を作ったようで、また説明された。
ほとんどの説明は頭に入ってこなかったが、一つだけ僕に希望を与えたことがあった。
「姿をくらますキャビネット」がぽつんと教室の隅に置いてあったことだ。しかし対のキャビネットは見当たらないので、どうなるかわからない。外に出られる可能性があるのなら希望を見いだせるが、念密な実験が必要そうだ。
ぼんやりとそんな事を考えるうちに時間が経ったようで、アリスはまた玄関ホールから出て行った。最後にぼそりと「ごめんね」と言っていたが、申し訳なさそうな顔とは正反対の皮肉に溢れたゆがんだ笑顔を浮かべたようでは何の事だかわからなかった。
店に入るとまた黒い生物がぼたぼたと体をしたたらせながらレジに浮かんでいた。いや、生えていると言った方が良いかもしれない。
黒い生物は何かを訴えるような目をしていたが、僕は静かに店を出て部屋に戻り眠りについた。空には灰色の満月が昇っていた。
閲覧ありがとうございました。
リドルは狂ってないですが1D10くらいのSANチェックを受けました。一時狂気によりしばらくの判断力及び集中力の低下です。目星ダイスにはペナルティが付きます。
アリスは2階に自分のトラウマを設置しました。気が変わったら最後、リドルは実験室や拷問場に連れ込まれます。そして美味しく料理され、黒い生物の仲間入りを遂げるのです。