"やさしい"ウマ娘――UN-CROWNED――   作:灯火011

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少しだけ続きます。10話ぐらい。曇はどっかに吹っ飛んでいきましてん。


DTL編―1話 空席の18番と、一度きりの招待状

 中央トレセン学園、特別会議室。

 

 そこには、ウマ娘の歴史の頂点を決める夢の祭典『ドリームリーグ』の出走者を決定するための、重苦しくも熱を帯びた空気が満ちていた。

 

「――以上で、17人だ。歴代の三冠ウマ娘、それに匹敵する偉業を成し遂げた者たち。文句なしの顔ぶれだろう」

 

 上座に座るシンボリルドルフが、手元の資料を置きながら重々しく口を開いた。

 

 円卓を囲むのは、学園の重鎮たちと、現役を代表して意見を求められた数名のG1ウマ娘、そして特別アドバイザーとして呼ばれているアグネスタキオンだ。

 

「問題は、最後の一枠……18番ゲートだ。今回、マルゼンスキーは私用で参加が不可能。その穴埋め……この究極のレースを締めくくるに相応しい、最後の一人がどうしても決まらない」

 

 ルドルフの言葉に、会議室は静まり返った。候補者は山ほどいる。だが、この17人のバケモノたちの中に放り込んで、圧倒的な熱狂を生み出せる「最後のピース」となると、誰もが決め手を欠いていた。

 

「……あの人は、どうですか?」

 

 ふいに、静寂を破る声が上がった。発言したのは、現役最強としてこのドリームリーグへの出走をすでに決めている、あの天皇賞(秋)の覇者だった。

 

「あの人……?」

 

 ルドルフが眉をひそめる。

 

「ええ。数年前、私や会長、マルゼンスキーさんをあくびしながら叩きのめして、さっさと地方の教員になっちゃった……あの『最速』です」

 

 その言葉が出た瞬間、ルドルフとタキオンの顔色が変わった。

 

「却下だ」

 

 即座に、ルドルフが強い口調で遮った。

 

「彼女は今、自分の選んだ平穏な道を歩んでいる。あの痛ましい過去を乗り越え、ようやく見つけた居場所だ。今更彼女を、この狂乱のターフに引きずり込むような真似は許されない」

 

「同感だね」

 

 タキオンも、珍しく真剣な表情で紅茶のカップを置いた。

 

「彼女の才能は認めるが、彼女は自ら凡庸な世界を守るためにターフを降りたんだ。我々のエゴで、彼女の『教員としての正しい物語』を邪魔する権利はない」

 

 かつて主人公の深いトラウマを知り、彼女の決断を尊重すると決めた二人の、大人としての配慮だった。

 

「でも!」

 

 G1ウマ娘は、食い下がった。

 

「今のあの人は、もう昔みたいに『自分の本気が世界を壊す』なんて怖がってませんよ! この間だって、私と全力で走って……心の底から、笑ってたんですから!」

 

 その言葉に、ルドルフとタキオンが目を見開く。

 

「……君と、全力で?」

 

「ええ。しかも、彼女から誘ってくれたんです! だから! 今のあの人なら、絶対にこの誘いから逃げない。私は、あの一番輝くターフで、最速に挑みたいんです!」

 

 G1ウマ娘のギラギラとした瞳。それは、理屈も配慮もすべてを吹き飛ばす、ウマ娘としての純粋な渇望だった。会議室が、奇妙な熱に包まれる。

 

「……提案!!」

 

 沈黙を破ったのは、扇子をバサッと広げた秋川理事長だった。

 

「ダメ元で、招待状を送ってみればいいではないか!」

 

「理事長!? しかし……」

 

「明白! 彼女の平穏を乱すまいとする君たちの配慮は美しい! だが、最後に走るかどうかを決めるのは、我々ではなく彼女自身だ! ウマ娘の魂に、一度だけ『問い』を投げることくらい、罪にはならんだろう!」

 

 理事長の力強い断言に、ルドルフはふっと息を吐き、タキオンと顔を見合わせた。二人の顔には、困惑と……ほんの少しの、隠しきれない期待が入り混じっていた。

 

「……全く。君たちは、本当に諦めが悪い」

 

 ルドルフは苦笑し、手元の白紙のリストに、万年筆を走らせた。

 

 

 数日後。宇都宮のトレセン学園、職員室。

 

 放課後の部活を終え、ジャージ姿のままデスクで報告書をまとめていた主人公の元に、一通の分厚い封筒が届いていた。

 

 差出人は、中央トレセン学園・生徒会。

 

 仰々しい金色の箔押しがされたその封筒を開けると、中には『ドリームリーグ・第18番ゲート出走招待状』という信じられない文面が記されていた。

 

「……マジかよ」

 

 主人公は、その豪奢な招待状と、同封されていた一枚の手紙を見つめた。手紙には、ルドルフやタキオンからの気遣いの言葉と共に、殴り書きのような乱暴な字で。

 

『逃げないでよね! 私たちの最強! 餃子の借りはターフで返す』

 

 と、あのG1ウマ娘からのメッセージが添えられていた。

 

「……本当に、諦め悪いな、あいつ」

 

 主人公は、呆れたようにため息をついた。マスコミに追われるのはご免だ。コスパも悪いし、目立つのも嫌だ。教員としての業務だって山積みだ。

 

 だが。

 

 彼女の脳裏に、あのナイターで大笑いした皇帝たちの顔が。

 

 宇都宮の駅前で自分に噛み付いてきた、泥だらけのウマ娘のギラギラした瞳が。

 

 そして、自分の背中を追ってダートを駆け抜ける、教え子たちの姿がフラッシュバックする。

 

「……」

 

 主人公は、窓の外を見た。夕日に染まる宇都宮の空。彼女を優しく包み込んでくれた、安息の地。もう、自分が本気を出しても、世界は壊れない。誰も絶望しない。

 

 だったら――。

 

「……まあ、一回くらいは」

 

 主人公は、引き出しの奥にしまっていた、かつての地味な勝負服を引っ張り出した。

 

「一回くらいは、本気で付き合ってやってもいいか」

 

 誰もいない職員室。

 

 無冠の最速は、手元の招待状を握りしめ、静かに、そして獰猛な笑みを浮かべた。

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