"やさしい"ウマ娘――UN-CROWNED――   作:灯火011

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DTL編―5話 出走前のひととき、宣戦布告

 ウマ娘の歴史上、最も苛烈で、最も華やかな一日。

 

 歴代の頂点を極めた18人が集う夢の祭典『ドリームリーグ』。その出走前控室は、近づく本バ場入場を前に、張り詰めたような静寂と、火花が散るような闘気に包まれていた。

 

 壁に掛けられたモニターには、各ウマ娘の人気と紹介VTRが流されている。18番ゲート。空席だったその枠に収まった「赤いジャージの最速」――彼女の人気は、当然のごとく最下位の18番だった。

 

 中央での公式な出走歴はなく、経歴も不透明。ファンからすれば「なぜあんな地方の教員が、伝説のレースに?」という疑問符しか浮かばないのは当然のことだ。

 

 だが、一部の情報通やスポーツ紙が直前になって掘り起こした『ある戦績』が、モニターに映し出された瞬間、控室の一部がざわめいた。

 

『――非公式ながら、今回初のドリームリーグに挑むあの天皇賞覇者を、非公式の模擬戦では何度も何度も完膚なきまでに打ち破ったという情報も……』

 

「……なんですって?」

 

 モニターを見上げていたメジロマックイーンが、目を丸くしていた。

 

「あの彼女に……土をつけた? しかも、完膚なきまでに……?」

 

 周囲のウマ娘たちも、信じられないものを見る目で、部屋の隅でパイプ椅子に座ってストレッチをしているジャージ姿の女へ視線を向けた。

 

「……あーあ。余計な事を」

 

 彼女は、モニターから目を逸らし、心底嫌そうに首をポキポキと鳴らした。目立つのは嫌いだ。コスパも悪いし、何より面倒くさい。できれば空気のようにスタートして、ひっそりと1着でゴールしたかった。

 

「私としては、嬉しいがね」

 

 ふいに、上から降ってきた声。見上げると、勝負服に身を包み、威風堂々たるオーラを纏ったシンボリルドルフが立っていた。

 

「何がです。あんな風にハードル上げられたら、やりにくくて仕方ないですよ」

 

「世の中に、君と言う存在が出る事がだ」

 

 ルドルフは、彼女の愚痴を柔らかく受け流し、まるで自分の教え子の晴れ舞台を見届けるような、誇り高い笑みを浮かべた。

 

「誇り高いよ。我らの最強」

 

 その言葉の重みに、彼女は小さく息を吐き。

 

「……どうも」

 

 と照れ隠しのように頭を掻いた。

 

「へえ。君がルドルフの言う『最強』ね」

 

 突如、横から声が割り込んできた。軽やかなステップで現れたのは、ミスターシービーだった。自由気ままな風を纏う三冠ウマ娘は、顔を覗き込むようにして、ニカッと不敵に笑う。

 

「ルドルフやマルゼンスキーをアッツアツにしたって聞いて、ずっと会ってみたかったんだ。……今日は、逃がさないから」

 

 無邪気な笑顔の奥にある、剥き出しの闘争本能。最強は、パイプ椅子からゆっくりと立ち上がり、その挑発を真っ向から受け止めた。

 

「ミスターシービーさんですね。名前は知ってます。……でも、私が速いですよ。誰よりも」

 

 一切の気負いも、恐怖もない。ただの事実を突きつけるような圧倒的な自負に、シービーは、

 

「あははっ! いいね! 今日はヨロシク!」

 

 と嬉しそうに目を細めた。

 

「あら、ずいぶんなご挨拶ですわね」

「フン、相変わらず不遜な女だ」

 

 さらに歩み寄ってきたのは、ジェンティルドンナとオルフェーヴルだった。先日、練習コースで絶望的なまでの実力差を見せつけられた二人。だが、その瞳には一切の曇りはなく、打倒すべき巨城を見上げる挑戦者のギラギラとした熱が宿っていた。

 

「ビーフシチューの借りは、このターフで倍にして返させていただきますわ」

「貴様のその余裕もここまでだ。王の御前で、再び泥を啜る覚悟をしておくことだな」

 

「あはは。望むところだよ。……かかっておいで」

 

 口角が、自然と吊り上がる。ルドルフ、シービー、ジェンティル、オルフェ。ウマ娘の歴史そのものと言えるバケモノたちが、自分という存在を肯定し、倒すべき敵として本気で牙を剥いてきている。

 

 かつて恐怖した「他人の感情」が、今は心地よい熱となって、血液を沸騰させていた。

 

「やあ。久しぶりだね、最速君」

 

 熱気に包まれる控室の奥から、勝負服姿のアグネスタキオンが歩み寄ってきた。

 

「お久しぶりです、タキオンさん。皐月賞、見ましたよ」

 

 彼女は、あの日の宇都宮でのテレビ中継を思い出し、素直な感嘆を込めて言った。

 

「全く。……あんなすごい脚を持っていたんですね」

 

「ああ。君を身近で見ていたからねぇ。あの圧倒的な絶対速度を前にして、私の探究心に火がつかないわけがないだろう? 君が居たからこそ、私はここに立っている」

 

 タキオンは、狂気を孕んだ瞳を細め、唇を舐めた。

 

「だから。今日は……その『最速』を、君から奪い取りに来た」

 

「……願ったり叶ったりです」

 

 二人は、小さく笑い合った。互いの領域を侵さず、それでも互いの存在に救われた不器用な友人同士の、最高の宣戦布告だった。

 

「――ちょっと!」

 

 そこへ、息を切らせて駆け込んでくる影が一つ。あの天皇賞(秋)の覇者――彼女の平穏な日常をぶち壊し、この狂乱のドリームリーグへと引きずり出した、ウマ娘だった。

 

「みんなして抜け駆けしてズルイですよ! あの人に一番最初に挑むのは私なんですからね!」

 

「おせーよ。もう全員から喧嘩売られ終わったとこだ」

 

「ああもうっ! 言っておきますけど、今日はいつもと違いますからね! 今日こそ、絶対に泣かしてやりますから!」

 

 後輩の威勢の良い吠え声に、ついに耐えきれず、声を出して笑った。

 

「はははっ! いいよ、泣かせるもんなら泣かしてみろ。……全員まとめて、絶望させてやるよ」

 

 その瞬間。控室のスピーカーから、割れんばかりの大歓声と共に、重厚なBGMが鳴り響いた。

 

『――さあ、歴史の目撃者となる準備はよろしいでしょうか!! ドリームリーグ、本バ場入場です!!』

 

 実況の声が響き渡る。

 

 控室にいた18人のバケモノたちの表情から、一切の笑みが消え去った。

 

 残ったのは、ただ一番先にゴール板を駆け抜けることだけを渇望する、純粋な闘争心のみ。

 

「……行くか」

 

 最強は、勝負服についた埃を軽く払うと、誰よりも先に、光に満ちたゲートへと向かって歩き出した。

 

 世界を壊すことを恐れた臆病な怪物はもういない。

 

 そこにいるのは、ウマ娘の歴史上、最も速く、最も純粋な『最強の挑戦者』だった。

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