"やさしい"ウマ娘――UN-CROWNED―― 作:灯火011
ドリームリーグの数日前。中央トレセン学園の片隅にある、普段は使われていない視聴覚室。そこには、ウマ娘の歴史上類を見ない、あまりにも異質で、あまりにも凶悪な密談の場が設けられていた。
円卓を囲むのは、シンボリルドルフ、ミスターシービー、アグネスタキオン、ジェンティルドンナ、オルフェーヴル、そしてあの天皇賞(秋)を制した現役最強の後輩ウマ娘。
世代も派閥もバラバラ。普段なら絶対に交わることのない歴代のバケモノたちが、ただ一つの「絶望的な共通認識」のもとに集結させられていた。
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「……単刀直入に言う。個の力で挑めば、我々はあの『赤いジャージ』の前に全滅する」
腕を組み、不機嫌極まりない顔で口を開いたのは、他でもない暴君オルフェーヴルだった。常に他者を圧倒し、天上天下唯我独尊を地で行く彼女の口から出た「全滅」という言葉。だが、先日ターフで完全に置き去りにされたジェンティルドンナも、それを否定せず静かに目を伏せている。
「故に。届かないなら、届くようにすればいい。……我々の脚を繋ぎ、あの理不尽を引きずり下ろす」
オルフェーヴルの提案は、ウマ娘の矜持である「個人の勝利」を根本から捨てるものだった。ロードレースにおけるアシストとエースの関係。身を粉にして風よけとなり、誰か一人を勝たせるための捨石になる作戦。
「ええ、乗りますわ」
即座に同意したのはジェンティルドンナだった。
「ですが、私とオルフェさんだけでは風の壁を破るには足りません。あの規格外の絶対速度に『誰か』を送り届けるには、より強固で、より絶望的なまでの推進力が必要ですわ」
ジェンティルドンナの視線を受け、白衣姿のタキオンが、黒板の前に立ってチョークを鳴らした。
「計算は済んでいるよ。彼女が最終コーナーから展開するであろう絶対速度の領域。そこに食らいつくためには、最終コーナー手前から、我々が一人1ハロン(約200メートル)ずつ、文字通り『命を燃やし尽くす限界のスプリント』で風除けとなり、後続を牽引し続ける必要がある」
タキオンは、黒板に多段式ロケットの図解を書き殴った。
「限界を迎えた者は外へ散り、次の者がまた1ハロンの全開スプリントを引き継ぐ。そうやって速度を乗せ続ければ……計算上、最後の1ハロンで、2つの『弾頭』を彼女の真横に撃ち込むことができる」
視聴覚室が、重い沈黙に包まれた。
理屈は分かる。だが、それはつまり、ここにいる6人のうち4人は、勝利を放棄した「使い捨てのブースター」になるという残酷な宣告だった。
「……で? 誰が最後に残るつもり?」
シービーが、飄々とした態度のまま核心を突いた。本来なら、全員が「自分が最後に残る」と主張して然るべき面々だ。しかし――。
「我々ではない」
オルフェーヴルが、ジェンティルドンナを見つめながらも、忌々しそうに、だが確固たる誇りを持って言い切った。
「あの圧倒的な理不尽を前にして、己のエゴを押し通せるほど私は愚かではない。それに……」
「ええ。一番因縁の浅い私たちが、おいしい所を持っていっては無粋というものですわ」
ジェンティルドンナも、静かに微笑んで同意した。彼女たちの視線の先には、ルドルフ、タキオン、そしてG1ウマ娘の三人がいた。
「そういうこと。だって、彼女に一番関係が深いのって、さ」
シービーが、楽しそうに笑いながら両手を頭の後ろで組んだ。
「彼女が本気を出すのを怖がって、ずっと隠れてた時代。その重たい扉をこじ開けようとしたのは、キミたちなんだから。アタシが最後を横取りしちゃったら、筋が通らない」
シービーもまた、自らブースター役を買って出た。そして残されたのは、かつて彼女にタイマンを挑み、トラウマを抉ってしまったルドルフ。彼女の才能を愛し、友人として隣にいたタキオン。そして、宇都宮にまで押しかけて、結果的に彼女の呪いを直接ぶち壊したG1ウマ娘。
三人の間に、緊張が走る。誰もが、あの背中に追いつきたいと渇望している。
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「…………くそっ」
沈黙を破ったのは、G1ウマ娘の震える声だった。彼女は、ギュッと拳を握りしめ、唇を噛み締めていた。
「私の……私のトップスピードじゃあ、最後の直線で、あの人には並べない。……そんなの、隣で何度も走った私が一番分かってる」
悔し涙を滲ませながら、彼女は己の実力不足を認めた。誰よりも彼女をターフへ引きずり出したかったウマ娘が、他人に最後の一撃を託すという、重い決断だった。
「……じゃあ、決まりですわね」
ジェンティルドンナが、毅然とした声で場を締めくくった。
「私とオルフェさんが、ロケットの第一段目を務めます。強引にバ群を割って、空気の壁を破り、最高速のレールを敷く。第二段目は、シービーさんと貴女。そのレールの上で、限界まで速度を引き上げ、彼女の背中を射程圏内に捉える。そして……最後に勝負を仕掛けるのは、タキオンさんと会長」
ジェンティルドンナは、二人の「弾頭」を真っ直ぐに見据えた。
「……よろしいですわね?」
「じゃ、アタシがルドルフの風よけになるよ。勝手知ったる仲だしね」
「……ああ」
ルドルフが、目を閉じ、深く頷いた。その両手は、感謝と、そして背負ったものへの重圧で固く握りしめられている。
「判りました。では……頼みます、タキオンさん」
「1人で立ち向かえないのは実に、実に、不本意だがねぇ。君たちのその献身、必ずや『最速』の真横へと届けてみせようじゃないか」
タキオンが、狂気と理性を入り交じらせた笑みを浮かべて宣言した。
かくして、歴代最強のバケモノたちによる、一人の「最速」を墜とすためだけの狂気の同盟が結成された。
それは、ウマ娘の歴史上、最も不純で、最も美しい結束の瞬間だった。