"やさしい"ウマ娘――UN-CROWNED――   作:灯火011

25 / 29
DTL編―裏話 多段ロケットの設計図

 ドリームリーグの数日前。中央トレセン学園の片隅にある、普段は使われていない視聴覚室。そこには、ウマ娘の歴史上類を見ない、あまりにも異質で、あまりにも凶悪な密談の場が設けられていた。

 

 円卓を囲むのは、シンボリルドルフ、ミスターシービー、アグネスタキオン、ジェンティルドンナ、オルフェーヴル、そしてあの天皇賞(秋)を制した現役最強の後輩ウマ娘。

 

 世代も派閥もバラバラ。普段なら絶対に交わることのない歴代のバケモノたちが、ただ一つの「絶望的な共通認識」のもとに集結させられていた。

 

 

「……単刀直入に言う。個の力で挑めば、我々はあの『赤いジャージ』の前に全滅する」

 

 腕を組み、不機嫌極まりない顔で口を開いたのは、他でもない暴君オルフェーヴルだった。常に他者を圧倒し、天上天下唯我独尊を地で行く彼女の口から出た「全滅」という言葉。だが、先日ターフで完全に置き去りにされたジェンティルドンナも、それを否定せず静かに目を伏せている。

 

「故に。届かないなら、届くようにすればいい。……我々の脚を繋ぎ、あの理不尽を引きずり下ろす」

 

 オルフェーヴルの提案は、ウマ娘の矜持である「個人の勝利」を根本から捨てるものだった。ロードレースにおけるアシストとエースの関係。身を粉にして風よけとなり、誰か一人を勝たせるための捨石になる作戦。

 

「ええ、乗りますわ」

 

 即座に同意したのはジェンティルドンナだった。

 

「ですが、私とオルフェさんだけでは風の壁を破るには足りません。あの規格外の絶対速度に『誰か』を送り届けるには、より強固で、より絶望的なまでの推進力が必要ですわ」

 

 ジェンティルドンナの視線を受け、白衣姿のタキオンが、黒板の前に立ってチョークを鳴らした。

 

「計算は済んでいるよ。彼女が最終コーナーから展開するであろう絶対速度の領域。そこに食らいつくためには、最終コーナー手前から、我々が一人1ハロン(約200メートル)ずつ、文字通り『命を燃やし尽くす限界のスプリント』で風除けとなり、後続を牽引し続ける必要がある」

 

 タキオンは、黒板に多段式ロケットの図解を書き殴った。

 

「限界を迎えた者は外へ散り、次の者がまた1ハロンの全開スプリントを引き継ぐ。そうやって速度を乗せ続ければ……計算上、最後の1ハロンで、2つの『弾頭』を彼女の真横に撃ち込むことができる」

 

 視聴覚室が、重い沈黙に包まれた。

 

 理屈は分かる。だが、それはつまり、ここにいる6人のうち4人は、勝利を放棄した「使い捨てのブースター」になるという残酷な宣告だった。

 

「……で? 誰が最後に残るつもり?」

 

 シービーが、飄々とした態度のまま核心を突いた。本来なら、全員が「自分が最後に残る」と主張して然るべき面々だ。しかし――。

 

「我々ではない」

 

 オルフェーヴルが、ジェンティルドンナを見つめながらも、忌々しそうに、だが確固たる誇りを持って言い切った。

 

「あの圧倒的な理不尽を前にして、己のエゴを押し通せるほど私は愚かではない。それに……」

 

「ええ。一番因縁の浅い私たちが、おいしい所を持っていっては無粋というものですわ」

 

 ジェンティルドンナも、静かに微笑んで同意した。彼女たちの視線の先には、ルドルフ、タキオン、そしてG1ウマ娘の三人がいた。

 

「そういうこと。だって、彼女に一番関係が深いのって、さ」

 

 シービーが、楽しそうに笑いながら両手を頭の後ろで組んだ。

 

「彼女が本気を出すのを怖がって、ずっと隠れてた時代。その重たい扉をこじ開けようとしたのは、キミたちなんだから。アタシが最後を横取りしちゃったら、筋が通らない」

 

 シービーもまた、自らブースター役を買って出た。そして残されたのは、かつて彼女にタイマンを挑み、トラウマを抉ってしまったルドルフ。彼女の才能を愛し、友人として隣にいたタキオン。そして、宇都宮にまで押しかけて、結果的に彼女の呪いを直接ぶち壊したG1ウマ娘。

 

 三人の間に、緊張が走る。誰もが、あの背中に追いつきたいと渇望している。

 

 

「…………くそっ」

 

 沈黙を破ったのは、G1ウマ娘の震える声だった。彼女は、ギュッと拳を握りしめ、唇を噛み締めていた。

 

「私の……私のトップスピードじゃあ、最後の直線で、あの人には並べない。……そんなの、隣で何度も走った私が一番分かってる」

 

 悔し涙を滲ませながら、彼女は己の実力不足を認めた。誰よりも彼女をターフへ引きずり出したかったウマ娘が、他人に最後の一撃を託すという、重い決断だった。

 

「……じゃあ、決まりですわね」

 

 ジェンティルドンナが、毅然とした声で場を締めくくった。

 

「私とオルフェさんが、ロケットの第一段目を務めます。強引にバ群を割って、空気の壁を破り、最高速のレールを敷く。第二段目は、シービーさんと貴女。そのレールの上で、限界まで速度を引き上げ、彼女の背中を射程圏内に捉える。そして……最後に勝負を仕掛けるのは、タキオンさんと会長」

 

 ジェンティルドンナは、二人の「弾頭」を真っ直ぐに見据えた。

 

「……よろしいですわね?」

 

「じゃ、アタシがルドルフの風よけになるよ。勝手知ったる仲だしね」

 

「……ああ」

 

 ルドルフが、目を閉じ、深く頷いた。その両手は、感謝と、そして背負ったものへの重圧で固く握りしめられている。

 

「判りました。では……頼みます、タキオンさん」

 

「1人で立ち向かえないのは実に、実に、不本意だがねぇ。君たちのその献身、必ずや『最速』の真横へと届けてみせようじゃないか」

 

 タキオンが、狂気と理性を入り交じらせた笑みを浮かべて宣言した。

 

 かくして、歴代最強のバケモノたちによる、一人の「最速」を墜とすためだけの狂気の同盟が結成された。

 

 それは、ウマ娘の歴史上、最も不純で、最も美しい結束の瞬間だった。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。