聖女ノアールの受難 〜私のMPはゴミクズ勇者のためにあるのではない〜 作:水上 空
「ノアール、あそこに女神スティア様が! また新作のドリンクを持ってきてくれたみたいだぞ!」
新居の厨房。カイトの古典的な嘘に、ノアールが「えっ、またあのお騒がせ女神が……!」と視線を窓の外へ逸らした。勝機は、コンマ5秒。カイトは泡だらけの手を拭く暇もなく、開いた窓からヘッドスライディングで脱出した。
「さらば、地獄の皿洗い1000回!!」
ゴンッ!!!
庭の縁石に頭から直撃。カイトは逃走開始0.5秒で首の骨を折り、本日113回目の死亡を記録した。
ノアールはピクピクとこめかみを震わせながら、呆れ果てた目でカイトの死体を見下ろした。
「……ちょっと。逃げるルートにピンポイントで即死スポットを選ぶなんて、ある意味天才的な才能ね。さっさと起きなさい、この縁石マニア」
――【効率の悪い死に方してんじゃないわよ・レザレクション】!!
黄金の爆風がカイトを乱暴に跳ね起こすと、ノアールは吐き捨て、新しい皿を取りに奥へ引っ込んだ。カイトは死の余韻でふらつきながらも門まで這い出した。そこで足がもつれて郵便受けに顔面から突っ込むと、中に入っていたチラシの角が目に刺さりそうになる。
「ぶふぉっ!? ……あ、危ねぇ……。いまチラシが目に刺さって死んでたら、またノアールに蘇生されて無限ループになるところだった……」
カイトは冷や汗を拭いながらチラシを掴み、ノアールの目を盗んでギルドへと駆け出した。
ギルドに到着したカイト。すると、そこにいた初心者一向がカイトを見て色めき立った。
「あ、あの! あなた、もしかして伝説の勇者様ですよね!?」
そこに少年・タケルも加わり、カイトは不安がる初心者の様子とタケルの存在にさらに調子に乗って答えた。
「……まあ、スライム相手の付き添いぐらいならいいけど」
こうして、カイトがその初心者に付き添うことを決めた。
カイト(自称・勇者)とタケル、そして初心者のパーティは、意気揚々とダンジョンへと足を踏み入れた。
だが、悲劇は戦闘開始の一瞬で起きた。
果敢に前に出たはずのカイトが、あろうことか最弱モンスターのスライムにいきなりやられてしまったのだ。
「え……?」
目の前で倒れ伏すタケル。ピクリとも動かないその姿に、一行は唖然として言葉を失う。
カイトは慌てるが、いつも自分を治してくれるノアールはここにいない。当然、この場でタケルを蘇生させる術などどこにもなかった。
そこへ、冷ややかな空気を纏ったカロンが静かに現れた。
カロン:「……ノアール様がいらっしゃらないのに、勝手にいくからですよ」
カロンの説教は、カイトの胸に鋭く突き刺さる。さらにカロンは、カイトの手にあるチラシを指差し、その「特別なバイト」の内容について指摘した。
カロン:「そもそも、その特別なバイト……。ノアール様があなたを連れ戻すために出した『逃亡勇者の捕獲依頼』ですよ。それを自分で持ってくるなんて……」
カイトは、自分が持ってきたチラシが自分を捕まえるためのものだった事実に絶望し、目の前が真っ暗になった。カロンは心底呆れ果てた様子で、カイトの目の前で大きなスタンプを構えた。
「自業自得ですね。……さて」
重苦しいスタンプの音が、静まり返ったダンジョンに響き渡る。
――そして、ここでカイトの運命は。