聖女ノアールの受難 〜私のMPはゴミクズ勇者のためにあるのではない〜 作:水上 空
「た、た、大変だぁーーーっ!! 勇者様が、勇者様が死んだぞ!!」
ギルドの重厚な扉が、蹴破らんばかりの勢いで左右に弾け飛んだ。飛び込んできたのは、涙と鼻水で顔をぐちゃぐちゃにした初心者一行だ。彼らはあまりの恐怖と罪悪感に、入り口で派手に転びながらも受付カウンターへ這い寄る。
「受付さん! すみません! 俺たちが、俺たちが不甲斐ないばかりに……勇者カイト様が、スライムに飲み込まれて、その、……死んじゃいましたぁ!!」
その絶叫に、館内の喧騒がピタリと止まった。
酒杯を傾けていたベテラン冒険者が吹き出し、武器を磨いていた戦士が愛剣を床に落とす。
「おい、今なんつった? 勇者がスライムに……?」
「嘘だろ、あの『不死身のバカ』が、よりによってスライムに……?」
ざわつきが波のように広がる中、初心者たちは床を叩いて号泣した。「俺たちの付き添いなんて頼んだばっかりに……伝説が、終わっちまった……!」
だが。
カウンターの奥から、ガサリと書類を束ねる音が響いた。
そこにいた受付嬢は、初心者たちの悲痛な訴えを耳にしても、眉一つ動かしていなかった。それどころか、彼女はメガネを指でクイと押し上げると、深く、深ーい、底知れないため息をついた。
「……またですか。あのバカ」
その冷ややかな一言に、泣き叫んでいた初心者たちがピタリと止まる。
「え、……あ、あの、受付さん? 勇者様が死んだんですよ? 歴史的な損失なんじゃ……」
「いいですか、あなたたち」
受付嬢は事務的な手つきで、引き出しから一冊の「分厚いファイル」を取り出した。表紙には『カイト様・死亡届(今月分)』と書かれている。
「あなたがたが気に病む必要は、これっぽっちもありません。あれは……そうですね、このギルドにおいては一種の『定期的自然現象』のようなものです。雨が降るのと同じ、あるいは縁石に躓くのと同じレベルの出来事です」
「自然現象……? でも、スライムですよ!?」
食い下がる初心者に、彼女は乾いた笑みすら浮かべず、淡々と告げた。
「気にしなくていいから、さっさと次の依頼に行ってきなさい。薬草採取でも、溝掃除でも。あんなのと関わって、これ以上あなたの貴重な冒険者人生の時間を無駄にする方が、よっぽどギルドにとっては損失ですから」
「は、はい……すみません……」
受付嬢のあまりに冷めきった、しかし「日常」として処理しきっている態度に毒気を抜かれ、初心者たちは首を傾げながらもトボトボと出口へ向かう。
彼らが去った後、受付嬢は手慣れた手つきで新しい死亡報告書に判を捺した。
「……さて、今度はどんな言い訳で蘇生してくるのかしら」
ギルドには、何事もなかったかのように、またいつもの喧騒が戻っていった。