聖女ノアールの受難 〜私のMPはゴミクズ勇者のためにあるのではない〜 作:水上 空
. 宿屋の夕食、湯気と石鹸の香り
無菌状態まで磨き上げられたカイトを囲み、一行はようやく宿屋『安らぎの盾亭』の食堂でテーブルを囲んでいた。カイトが動くたびに「キュッ」と鳴る摩擦音が、シチューの湯気に混じって虚しく響く。
「……ちょっと、さっきから言おうと思ってたんだけどさ」
ノアールがスプーンを叩きつけ、カイトを指差した。
「あんた、不滅の勇者とか豪語してるくせに、あっさり死んでんじゃないわよ! 魂のスタンプカード、もう何枚目よ!」
「死んでねーよ! ちょっと……その、三途の川の入り口まで観光に行ってただけだ! 俺は女神様に『普通に死なない体』を授けられたんだからな!」
2. 「死なない」と「死ねない」の境界線
ノアールは呆れたように鼻で笑った。
「……はぁ。それ、あんたの聞き間違いじゃないの? 今回のネズミの件といい、さっきの高圧洗浄といい……それって『普通に死ねない体』の間違いじゃないの?」
その言葉に、ルナが無機質に頷く。
「……。……。肯定。……。……カイト様は、どんなに汚物になっても、どんなに屈辱を受けても、存在だけは維持される。……。うん……(カイト様)になりましたね。」
「ルナ! その呼び方やめろ! 伏せ字になってねーぞ! それに『なりましたね』じゃねぇよ、現在進行形で俺は勇者だ!」
横でエールを煽っていたアイリスが、急に「ぶふっ!」と吹き出した。
「く、くく……。自らネズミに食われ、体内から攻撃を耐え抜く『盾』になるとは……騎士として……これほど斬新な戦術は見たことがない! ははは、傑作だ!」
「笑うなアイリス! お前らが俺を囮にしたんだろ! 盾じゃなくて、あれはただの丸呑みだろぉぉぉ!!」
3. セレナの予言と、衝撃の「秘密」
そんな騒ぎの中、ずっと静かにジャガイモを咀嚼していた聖女セレナが、ふと遠い目をして呟いた。
「……。……。こんな調子で、私たちは隣国の正教会本部まで、生きて辿り着けるのでしょうか。……。……いえ、私はともかく、カイトさんの『魂』が、原型を留めている自信がありません……」
カイトはふと、気になっていた疑問を口にした。
「そういえばさ、セレナ。俺たちって一応『勇者パーティー』だよな? 俺以外にも、女神に召喚された『他の勇者メンバー』はどうしたんだ? 別のルートで魔王軍と戦ってんのか?」
その瞬間、食堂がしんと静まり返った。
セレナの手が止まり、顔を伏せてプルプルと震え出す。
「……えっと……。……実は、勇者様たちは、もう……先に旅立ちました……」
「えっ!? やっぱり先に魔王のところへ!? カッコいいな、俺たちも負けてらんねーな!」
「……。……。いいえ、違います。……。……私が、あまりにもドジすぎて……、置いていかれたんです……っ!!」
「……は?」
4. 聖女、ぼっちの理由
セレナは涙目になりながら、例の黒い手帳(日記)を広げた。
「……。……。回復しようとして毒消しを飲ませたり……。……。祈りの最中に転んで、聖水の瓶を勇者様の頭で割ったり……。……。朝起きたら、私の枕元に『君は、一人で生きていったほうがいいと思う(切実)』という置手紙が残されていて……。……うっ、ううっ……!」
「……。……。……あー。……(一同、納得)」
ノアールとルナが、これ以上ないほど憐れみのこもった視線をセレナに向ける。
「いいじゃない、カイト! あんたなら死なないんだし、セレナのドジ(殺人未遂)も全部受け止められるわよ! 完璧な布陣ね!」
「全然よくねぇよぉぉぉぉ!!」
カイトの叫びが、再び宿屋の食堂に響き渡った。