「――お、新品発見」
夜の帳が降りた街の中。
俺はちかちかと灯る店の明かりを頼りに、薄汚れた棚から物を拾い上げた。
指で摘めるそれは、白い棒に球状の可食部がついたキャンディ。
この薄暗さでもはっきりとわかる蛍光色の包装は、この街ではよく見かけるシリーズだ。
色んなとこで見つかるけど、流行ってたのか?
でもまあ所詮は飴玉。拾ったところで金にはならない。
「美味いから良いんだけど」
この身体じゃ煙草が吸えないから、代わりに丁度いい。
早速口に放り込んで無人のコンビニを後にする。
「んー、右か左か。どっちに行くか」
目の前に広がる薄暗い廃墟の街並み。
少し冷えた夜風に巻かれ、埃と錆の臭いが鼻を満たした。
からからと。どっかの看板が揺れる鳴る音だけが虚しく響く道を眺めて、進むか帰るか悩みながら、一歩。
「――――ん」
踏み出して呼吸を止める。
微かに響いた音を頼りに、腰のホルスターから自動拳銃を引き抜いた。
『■■■■――!!』
左に飛び退いた直後、立っていた場所にずしゃりと落ちる白い影。
俺の倍は優にあるその巨体は、全身がぬらぬらとした白皮の怪物。
蜥蜴を二足歩行にしたような身体に、顔はミミズを思わせる目も鼻もないのっぺりとしたもの。
何度見ても気持ちの悪い異形である。
『――――?』
そいつは俺が潰れたと思って自分の足元を確かめている。
間抜けなその長い首に向け、拳銃の引き金を引いた。
凄まじい破裂音が立て続けに鳴り響き、赤い明滅が視界を焼く。
装填数17発。
夜によく馴染む黒色の自動拳銃から放たれた9㎜弾は、怪物の分厚そうな皮をしっかりと突き破り、その奥にある真っ赤な血肉をぶち撒ける。
残弾全てを叩き込み終えると、奴のぶっとい首はその半分ほどが欠けていた。
『■■……!!』
それでも異形は死なず、血を噴きながらこちらへと藻掻く。
見た目通りのしぶとい野郎だ。
肉の潰れる嫌な音が響いて、白い巨体はようやく地面へと崩れ落ちた。
「はっ……はっ……!!」
鯨かってくらいゆっくり途絶えていく断末魔を聞きながら、俺は荒い息をなんとか整える。
発砲の衝撃と快楽が頭に
最後に周囲――特に屋根上に何もいないことを確認して、ようやく緊張を解いた。
「はーっ……ビビった……上から来んのかよ……」
危ない危ない。死ぬとこだった。
デカいくせに静かなんだよな、この真っ白人型化け物。
呑気に歩いていると角や上から現れてあっさり殺されちまう。
「油断も隙も無い……」
てか飛び散った血と火薬が臭いしマズいし気持ち悪い。
何度やってもこれには慣れそうにない。
でも生き残った。
なによりこれで丁度
背負ったザックがゆさりと揺れる。パンパンに荷物を詰め込む快楽は、ゲームと同じかそれ以上。
このゴミたちはいくらで売れる?
それとも拠点の修理に使えるか?
「……ふふ」
自然と笑みと零れるってもんだ。
さて、化け物を倒したらすることは1つ――解体の時間だ。
こいつの声は仲間を呼ぶ。急いで済ませないと。
単体なら運が良けりゃ倒せるが、今の装備じゃ連戦は無理。
「あ、飴……」
驚いて落としちまった。勿体ない……。
血で汚れたそれに心のなかで謝罪して、その何十倍もある巨体に目を向ける。
こいつで
「重たいな、こいつ……!!」
伸びた尾を引っ張って出たばかりのコンビニに連れていく。
白皮化け物――正式名称はブラーとかいうらしい、この世界を徘徊してる異形の怪物。その心臓は金になる。
よく知らんが好事家がいるらしい。こんなヌルっとした陰部みたいな怪物の何が良いんだか。
扉をきつく縛ってから、鉈を振り上げる。
「高く売れてくれよー」
笑みを浮かべて、俺は死骸へと鉈を振り下ろした。
***
――ルートシューターってジャンルのゲームがある。
広大な廃墟のステージに放り出されて何の役に立つのか分からないゴミを漁って持ち帰る。
それらを売ったり、どうにかして施設を改良したりして成長していくってゲームだ。
俺は
ゲームで、じゃない。転生させられた現実世界でだ。
『おいお前。好きなゲームはなんだ?』
『……は?』
気付いたら居た、白い世界の中。
俺は輪郭だけの黒い人にそう訊ねられたんだ。
『だから、好きなゲームだよ。一番プレイしたやつ。何? あ、商品名は駄目だぞ、分かんないから。ジャンルでな』
……細かい指定だな。まあいい。
『そりゃ、ルートシューターだな』
『あん? ……あー、あったな。そんなゲーム。ゴミ漁るやつだろ。物好きだねえ』
は? 人気ジャンルだが?
『商業でも数本とかだろ。マニア向けじゃん』
『ぐっ……そんな事は……あるかも』
……てか、ここなんだよ。
それこそ俺は家でゲームしてたんじゃ……。
『お、いるもんだねえ。マッチングしたわ』
『マッチング?』
『そう。嗜好が同じ連中を組ませて、転生させる』
『転生……?』
『気付いてない? お前身体ないだろ?』
……ない! なんか白く光る玉みたいになってやがる!
え、じゃあマジで死んだのか。
いや、なんでだよ。せめて原因を……? あれ、なんでか上手く思い出せない。
俺はどうやって死んだんだ?
『ほら選べ。そのまま消えるか、俺らと一緒にゲームをするか』
『ゲーム……』
『そ。お前が大好きなルートシューターだよ』
『……』
ふと、俺の前に光る板が現れた。
真っ白に輝くそれは誓約の為の決定ボタン。
ゲームかよ。いやそのゲームをするらしいからいいのか? よくわからん……。
『一応契約だから、サインじゃないけど、やる気あるなら押してくれる?』
『いや、これじゃ押せないけど』
『身体でやって。ぶつかって突き破れば平気』
まじかよ。神様の癖に
いきなりでわけわかんねえけど……死ぬよりましか。
どうして死んだかすら碌に覚えてないが、転生できるなら幸運な方だろう。ゲーム世界に行けるっぽいし。
……どうせ、生きていたって仕事とゲームの繰り返し。
ノイズまみれの記憶を辿る限り、嫁も子もなく、親とはもう2度と会うこともない。
なら……ゲームに生きるのも悪くない。
あ、そもそも死んでるから戻れないか。なら遠慮はいらねえな!
『……よし、やってやる!』
意を決して真っ白のそれへと飛び込む――その寸前。
『物好きだねぇ』
『……あ?』
『じゃあ、頑張ってねー』
これ、光じゃなくて肉……。
そう思ったその瞬間に俺は白い光だったものを突き破り、その奥に蠢く肉に喰われて――気付いたら転生していたのだった。
『……俺は……』
身体も意識もばっちりあって。
なんとなく見た両手は、何故か真っ赤な血に濡れていた。
『……え?』
周囲を見るとそこは血の海で。
俺はバラバラに分かれた男女の血肉に埋もれるようにして、生まれたままの姿で転生していたのだった。
『……うわぁぁぁぁ!?』
転生して初めて耳にした音は、俺の泣き喚く絶叫だったのである。
――こうして、よくわからん真っ黒神様によって転生させられたのであるが……。
「結局何の説明もないんだよなあ……っと!」
気合とともに鉈を振り下ろす。
ずちゃりと、肉の潰れる嫌な音が廃れた店内に響いた。
目覚めてから1ヶ月程経ったが、あの真っ黒な神様?からの説明は何もない。
使徒的なお助けキャラも来ないし、仕方なく『ルートシューター』って単語を頼りにこうして廃墟の街を探索している。
転生したこの世界。見た目や中身の文明まで俺の元いた世界と変わらない現代都市だが、何故だか異形の怪物が彷徨いてる。
なんとか原型を留めている灰色の都市には、当然ながら化け物以外誰も住んではいない。
この世界の人類は、あの化け物に住処の多くを奪われているらしい。
……これ系の敵って軍人とか機械とかじゃねえの?
銃撃戦とかそういうの期待してたらまさかの
ジャンルが違うだろ。
「タスクとかも来ないし、どうしろってんだ……あっ、鼻に血が……うぇぇ……」
正直、何の目的があってこんなことさせてるのか全く分からん。
俺がこうして解体に四苦八苦してる様見て笑い転げてんのかね。
ヒントでもいいから教えてほしいもんだ。
「どうせ他にやることないからやるけどさ」
ただまあ、文句は言いつつ実は結構楽しんでいたりする。
何が良いって、実際に拳銃を撃てることだ。
銃を使うなんて初めてだったが、このずっしりとした重みに金属感、なにより発砲時の音に衝撃!
銃を撃つと頭を弄られてんのかってくらい快感が迸るのだ。
この脳内麻薬のおかげで、わけわからん化け物とも戦えている。
ただついつい気持ちよくなって毎回全弾打ち尽くしちまうのが難点だ。
拳銃でこれなんだから、機関銃とかだと一体どうなるのかは恐ろしいが……まあ、まだまだ先の話だろう。
「これでよし」
なんとか心臓を摘出して、近くの家で見つけたジッパー付きの袋に仕舞う。
この辺は気を使わないとすぐに鞄がぐちゃぐちゃになる。ゲームみたいになんでも気軽につっこめないのは面倒くさくて仕方ない。
アイテムの自動整理機能も、クリックすれば一瞬で鞄に仕舞える便利機能も、残念ながら現実にはないのである。
「うへー、手ぇベトベト」
解体は臭いし汚い。
汚れた顔と手を拭こうと開け放たれたトイレを覗き込む。
ただ悲しいかな水は出ない。とっくの昔に水道は機能停止済みらしい。
仕方なく残っていたハンカチ(未開封)を拝借して顔を拭おうとして……顔を歪ませる。
「……相変わらず、見慣れない顔……」
汚れた鏡に反射して映るのは、幼さの残る美しい顔立ち。
漆黒の修道服っぽいローブに身を包み、腰辺りまで伸びたオレンジ色の髪は鮮やかで目を惹く。
顔は人形みたいに綺麗で――首から下は男でも女でもない。
これが転生した俺の姿なのである。
転生前の記憶は曖昧だが、絶対にこんな美人ではなかった。
てか多分男だったはずなんだが……この身体はなんなんだろうな。
「……行くか」
なんて、分からないことを考えても仕方ない。
解体場所に戻ってザックを背負う。……血肉が臭え。あと重い。
やる気を出すため、新しい飴の包装を解く。
からころと口の中で音が鳴る。この音、弾込めてるみたいで好きなんだよな。
あー、まだ銃撃の余韻で頭の隅がじんじんする。依存症とかないだろうなこれ。
むせ返る血の臭いを飴玉で誤魔化しながら、俺は再び薄暗い廃墟へと歩き出そうとして――ふと足を止める。
「……
顔を上げた向こう側。
それなりに大きな道の先、T字路になっている突き当りにはマンションらしい建物がいくつかあって、その間から巨大で淡く光る物体が顔を覗かせている。
既に深夜と言っていい時間帯だが、月より明るいそれが街をほんの少しだけ照らしてくれている。
社畜たちが深夜でも働きまくってるビルとか、観光名所の電波塔とかじゃない。
あれは……裂け目だ。
全長何百メートルもある、夜空を縦に切り裂く青黒い巨大な裂け目。
それが廃墟の街に浮かんでいるのだ。
なんであんなものがあるのかは知らん。
分かってるのは、あの裂け目から化け物が出てきてるらしいってことくらい。
「化け物に裂け目。……これ、絶対俺の知ってる世界じゃないよなあ……」
なあ神様。俺はルートシューターをしに連れてこられたんじゃないのか?
あんな巨大裂け目と、馬鹿でか化け物と戦うなんて聞いてないんですけど?
綺麗な星空みたいな光が漂うその巨大な空隙を見て思う。
ファンタジーかよ。
やっぱりジャンルが違う気がしてならない。
こんな世界でゴミ拾いさせて、一体何をさせたいんだか。
「……帰るか」
考えても答えが返ってくるわけもなく。
からころと飴玉を舐めながら、俺は夜の廃墟を進んでいくのであった。
キリの良い所まで書けてるのでのんびり投稿していきます。わりとなんでもあり。