真っ黒な神様モドキに騙され、この化け物だらけの崩壊世界に連れてこられたリズこと俺。
そんな俺に、あの神様モドキが用意してくれたものはそんな多くはない。
死んだら蘇る身体に、ポーチシステム付きの服。
ボロボロで空っぽの拠点と何故か無限に湧く保存容器。
後は銃器ラックと、どっから電源が来てるのか分からん肉用の冷凍室。
そして最後が商人の伝手――それを、2つ。
1つはあの肉屋。正確にはその居場所と紹介状。
もう1つが今向かっている医院、
夜鳥羽の南東地区、円形に存在する危険領域の南端辺り。
その一角に医院はある。
「すみません、いらっしゃいますか?」
「――お前か。入れ」
間もなく22時を回ろうかという時間だが、幸いまだいたらしい。
扉を開けて出迎えてくれたのは、白髪を撫でつけたやせ細った爺さんだ。
枯れ木みたいな細い身体は焦げ茶の肌が張り付いている。
明らかに年老いた……でも生命力漲る神経質そうな顔の男。彼が
神様モドキが最初に居場所を教えてくれた人物である。
誰もいない薄暗い医院へと入ると、爺さんは豊かな白眉毛を片方吊り上げ睨んできた。
「お前はいつも丁度仕事が全部終わった後に来やがるな」
「すみません、緊急だったので」
「いつもだろうが。お前くらいだぞ、こんな真夜中に活動する奴は」
この爺さん――
ブラーによる人手不足は当然ながら医療にも及ぶ。
どうも5年前の裂け目騒動で勤務予定だった大病院が建設中止になり、以来この安っぽい建物の2階で医院を開いているんだと。
そんな
医者不足も相まって、一般市民だけでなく
金欲しさや博愛精神でもなく、ただ目の前の怪我人を治すという仕事人。
間違いなくこの街を支えてる屋台骨の1人だろう。
「大怪我でもねえのにこんな夜中に来るんじゃねえよ。ほら、座れ」
「すみません、助かります」
こうして夜中にいきなり訪ねても、構わず治療してくれるいい人だ。
小言は多いけどな。
「で? どうした?」
「右足。折れたみたいです」
この世界に来て直ぐのこと。
ブラーに脇腹を裂かれてやってきた俺を何も聞かずに治療してくれたのには驚いた。
『気にすんな、仕事だ』
いかにも怪しい俺を見ても、そして明らかにおかしい俺の身体を見ても、この人はその一言で済ませた。
それから2度ほど治療してもらってる。
死なずに治せるってのは結構な安心を生むらしく、
正直、この人がいなかったら貯蓄が尽きていた可能性すらある。
金さえあればいくらでも復活する身体だが、この爺さんは間違いなく命の恩人だね。
「おう、ちゃんと教えた通りの応急処置だな。ちと荒くはあるが、上出来だ」
「そうですか? それは良かった……痛……」
「締めるぞ、手伝え」
「はい。せーのっ」
拾った木の板から真っ黒いサポーターのようなものに変えていく。
ぐっと締められると痛いが、変な形で繋がるよりはましだ。
「これでいい。立てるか?」
「……はい。大丈夫そうです」
「そうか。ハンターって連中はどいつもこいつも頑丈だな。人間離れしてやがる」
治療さえ適切にしておけば1日もすりゃ治る。
「まあ骨折くらい大したもんじゃねえ。欠損してもなんとかしてやるから、取れた腕持ってここに来い」
「あ、あはは……」
欠損が治せるかは……試したくないなぁ。
流石は裂け目初期の動乱を経験した医者は覚悟が違う。
きっと、想像もつかない惨状だったんだろうな……。
帰り支度をしながら、あ、と声を上げる。
「いつもの物は明日お持ちしますね」
探索中に拾った薬やら包帯やらの医療用っぽい物は
俺の身体には不要だし、何となくこういったものを売るのには抵抗があった。
消費期限とかは知らん。そこは
「毎度毎度気にしなくていいんだがな。まあ、助かる」
「いえいえ。お互い様ですから」
それに、こうして信頼度稼いどけば緊急時に治してもらえる……なんて打算もある。
なので本当にお互い様なのだ。
「で? 今度はなにとやり合ったんだお前? ブラーにしちゃ随分と大人しい怪我だ」
「あー……それなんですが、探索中に襲われまして」
「なんだ、ハンター同士の小競り合いか?」
……
まあ、
だからこそ、あの屍肉漁りどもが何なのかって話だが。
「いえ、ハンターではないですね。人でしたがもっとその……汚い方々でしたね」
「ああ? ……そうか、奴らが来たのか。厄介な事になるな」
お、なんか知ってる?
「奴らとは?」
「なんだ、知らんのか? あれだえーっと、――そうだ、レジピポ」
「……はい?」
なにその雑魚ロボットみたいな名前……。
俺、そんなのに2度も出し抜かれたの?
探索成果:生還
収入:―
支出:¥5,000 【骨折治療】
残額:¥610,150
進行中任務
1:夜鳥羽の裂け目の消滅
2:拠点の修復
3:修復予定機材の撮影
4:PCパーツの回収、引き渡し
5:盗人をブッ飛ばす
***
「――レジピポ? ああ、知ってるよ」
翌日。眠い頭で訪れたジャンクショップ鵲にて、天パ店主はそう言った。
ちなみに今日はボルトとかを持ってきてる。
なんでもと言ったので雑に纏めてきたが、相変わらず好評だ。
どんだけ物資が足りてないんだ? この街……。
で、肝心のレジピポである。
やっぱりそういう連中がいて、広く認知されてるらしい。
「有名なんですね」
「有名というか……常識?」
……そうなんだ。全然知らない……。
化け物と危険領域内に引きこもってるので歴史も常識もまだまだ足りてない。
新聞とか本とか、たまに拾っては読んでるんだけどね。
「あ、でも略称だから、外国の人には通じないか」
俺の容姿を勘違いした店主の言葉には、肯定っぽい笑みを浮かべておく。
ありがとうこの身体。できれば常識も知ってて欲しかったけど。
「略称……どういう意味なんですか?」
「ウチらの言葉でいえば危険領域残留者。
「確かに」
ちょっと間抜け感があるのが良い。
やはり予想通り、ブラーの危険領域に敢えて暮らしているヤバい奴らの事らしい。
そりゃ臭いよな……。あんな廃墟じゃまともに風呂なんて入れないだろうし。
「あんな危険な場所だけど、だからこそ法律とか警察とかそういったのとは無縁に生きられる。意外と安全に過ごす方法があるんだろうね」
「……そうですよね。でないと食べられちゃいますもんね」
つまり、ある意味俺の同業者って訳だ。
ちなみにこの身体は血とかの外的な汚れ以外は奇麗なまんま。
ああはなりたくないから、そこだけは神様に感謝だね。
「ねー。なんか方法あるのかな」
「とーっても臭いが強かったので、そのせいでは?」
「あはははっ、そりゃいい。万が一いかなきゃいけなくなったら1週間は風呂に入らないようにしよう」
ふむ。しかしそうなると地道に探してブッ飛ばすしかないかなあ……。
そのまま和やかに買取を終わらせ帰ろうとしていると。
天パ店主がふと声をかけてきた。
「あ、そういえばカメラの件だけどさ」
「はい?」
「1人丁度良さそうなのがいるんだけど、どうする?」
「あら、カメラをお持ちの方が?」
写真を撮るだけだから、他人のカメラを借りられればぶっちゃけそれでいい。
俺の問いかけに、天パ店主が頷いた。
「そ。あれだよ、ライターっていうの? 元新聞記者で、今は裂け目の調査をしてる。君なら取引相手に丁度いいだろ?」
「……なるほど」
新聞記者ねえ……確かにカメラを持ってる、で思い浮かぶ職種第一位である。
ただ正直あんまりいいイメージはないんだけど。
「どんな方なんですか?」
「女性だよ。性格は……うん、うるさい!」
「はあ……」
それ、性格じゃないです。
「害はないから安心して。会えばすぐ分かると思うけど。……で、その彼女が今困っててさ。君が助けてあげれば喜んで協力してくれると思うんだよね」
……ほう。
それはつまり、タスクってことか。
あるよな。商人解放タスク。
しかも達成すればカメラが手に入り、拠点の修復も進められると。
いいね、商人伝いでどんどんコネができていっている。
ぶっちゃけ滅茶苦茶怪しい話だが……やらない手はない。
「どうする?」
「ぜひ、お願いします」
というわけでそのまま紹介先に行ってみることになった。
***
天パ店主に教えられ、たどり着いた先は東地区。
封鎖区画にほど近い住宅地である。
6階くらいはありそうな古めのマンション。その最上階に件の記者はいるらしい。
「なんで記者がこんな交通の便が悪いとこに……」
この辺りはバスも電車も微妙に遠い。
道も狭いし車移動にしたって不便そうな場所だが……なんでこんなところに住んでるのやら。
「高くて封鎖区画が見えるから、とか?」
いや、流石にそんな理由じゃねえか。
別に封鎖壁の真ん前でもない。こんなとこから見える景色なんてたかが知れてるだろ。
「しかもエレベーターないし」
荷物が軽くて良かった。
早速上がろうとしたら――。
「おい、行くぞ」
「へい」
ダボっとしたパーカー姿のレスラーみたいな巨漢と、それを従えてるっぽい派手なスーツの男が横を通り過ぎていった。
……このボロボロの世界で、随分身綺麗な服装だな。
こんな古いマンションに住んでるようには見えないが……まあ、関係ないか。
必死こいて昇って目的の部屋のチャイムを鳴らす。
しばらく待つが……反応がない。
「んん? 不在か?」
天パ店主が連絡してる筈だが。
仕方なく、所々剥げた赤い扉をノックする。
「すみませーん、鵲からの紹介で来たんですけどー!」
「……!!」
お、中から音が聞こえた。
がっさがっさ音が響いて、ドアが僅かに開く。
隙間から女の顔が覗いた。
「……入って」
「失礼します」
入ったらすぐにドアが締められ施錠される。
居留守してたのか? なんで……?
薄暗い室内で、髪を肩ほどまで伸ばした茶髪の女が大きく息を吐き出していた。
「あなたがリズさんね? 裂け目ライターの鷹村よ、よろしく」
……裂け目ライター?
なんか怪しい名前が飛び出してきたけど。
目の前に立つ、なんか背の曲がった体勢の家主は、くたびれた顔をした30歳前後の女性。
部屋着だろうか緩やかなカーディガンを身に纏い、太ってるとまでは言わないが少し豊満そうなお身体をされている。……あまり行動的ではなさそうだ。
「ある程度はあの天パに聞いてるわ。カメラが欲しいのよね?」
「ええ、そうですね。お借りできると嬉しいですが……」
「勿論いいわ。その代わり、お願いがあるの」
少し充血した鋭そうな目をこちらに向けて、彼女は俺の両手をとった。
その手は、何故だかとんでもなく震えていた。
「ぶ、ブラーの肉! 肉を頂戴……!! でないと私、殺されちゃう!!」
「……はい?」
号泣しながらのとんでもない懇願に、俺は首を傾げるのであった。