「――お、またみっけ」
夜の北西地区。
俺は拳銃片手に廃墟の街中を駆け巡り、ゴミを集めていく。
普段はこんなに堂々と走り回ることなんてしないが、今回は別。
――奴らが根を張り切る前に終わらせないとな……!!
昼間、
『
つまり奴らの行動はある程度予測できるらしい。
『最初に来る下っ端たちは3つの物を作る。活動用のねぐら、ブラーの解体場、そしてそれを本拠地に送るための輸送拠点』
夜鳥羽の裂け目が現れた5年前にはレジピポそのものがいなかった。
だから夜鳥羽にはまだ奴らの拠点はない。
全部ができたら、本隊がやって来るらしいが……本隊ってなんだ?
ブラーでさえ大変なのに他に3種類もお邪魔勢力がいるって……めんどくさ過ぎる。
「なーんて、思ってたんだが……」
ここで俺は閃いた。多分、これはタスクだ。
ほら、追いかけっこする番組とかであるじゃん。
制限時間内にクリアしないと敵が増えちゃうミッション。
要はあれだ。
このタスクを行えば敵の数を減らせる――そういう類のタスクなんだろう。
それならやるしかない。
新参のレジピポ君達はさっさとここから退場してもらおう。
なにより個人的な恨みもあるし、奴らの活動拠点……ぶっ壊してやる。
屍肉漁りは別のとこでやってくれ。
というわけで、只今仕込み中。
その目的は――。
「――見つけた」
『――――』
崩れた瓦礫の向こう側。
うろついている
無防備に背中を向けている奴の足に狙いを定めて拳銃を連射。
『――――!?』
白い皮と赤い肉が弾けて姿勢を崩した奴に素早く近づき、頭にもう何発かぶっ放して、鉈の代わりのバールでトドメを刺す。
白皮のやつならこんな具合でさっさと殺せるようになってきた。
奇襲されたり、避けられたらこっちが死ぬがな。
――さて、急がないと。
死骸に取りつき目的の物を脇腹に差し込む。
これで良し。
作戦の第一段階が無事に済んでホッと息を吐きつつ、立ち上がる。
これで
心臓が抜き取れないのは死ぬほど悔しいが……今は我慢。
あと1~2体適当に狩って、一旦引き上げるとしよう。
「ふっふっふ……楽しみだ」
あの臭い屍肉漁り共が。俺の獲物を奪ったこと、後悔させてやる……!!
***
日が沈み、街は夜を迎えた。
昨今は電力節約のために日没に合わせて仕事を終わらせる事が増えている中、
そんな中、職員の1人が通り過ぎた人物に声をかけた。
「――あれ、十神隊長。出動ですか?」
「う、うむ」
そう曖昧に頷くのは、支部内のブラー駆除部隊の隊長である十神咲良であった。
長い黒髪を1つに結んだ彼女は、意志の強そうな顔に焦りを浮かばせた。
「この間の活性化があったからな! 夜間の見回りも行ってるんだ」
「へえ……大変ですねえ。お気をつけて」
「あ、ああ。ありがとう」
聞いてもいない理由を説明するあたり大分怪しくはあるが、職員は気付かなかったのかそのまま通り過ぎていった。
その背を見送りながら十神は安堵の溜息を吐き出す。
――何をやっているんだ、私は……。
この数日間、十神は日勤を終えた後に危険領域に入るという行為を繰り返していた。
本来は週に2度、昼間に行えばいい行為。
それを夜間に、しかも単独で行っているのだ。
規範を示さなければならない隊長としてはありえない行動だ。
それでも十神は行わなければならなかった。何故ならば――。
――本当に生きてるのか、あの亡霊は……!!
確かめなければならなかった。
夜の廃墟を彷徨う『銃の亡霊』。その正体が、あの日の乱入者なのかどうか。
目の前で自爆した筈の人物。
それが生きてるなど、本当に
一応、それが現実的に不可能ではないことは理解している。
あの異形の怪物たちがもたらした、空想の科学を実現してしまった代物だ。
物によっては致死の傷すら癒すことも可能と聞く。
あれを使ったのなら、理解はできる。
だが、それなら尚のこと分からない。
彼女は何故そうしてまで十神を助け、たかが遺影を託したのだ?
『――遺影の回収を誰に頼んだか、ですか? ……それが、誰にも頼んではいなくて』
あの後、足立文香を再度尋ねて聞いた。
彼女は十神の再訪に驚きながらも、はっきりとそう告げた。
『あたし、封鎖壁の前でお願いしてたんです。母の遺影を取り返してください……って。そしたら、「分かった」って声が聞こえて……』
『声が……?』
『はい。その時は怖くて直ぐに逃げたんですけど、そしたら翌日、あなたが』
『なんだそれは……』
明らかな嘘だ。
だが、一般市民である彼女がわざわざ嘘を吐く理由が分からない。
こちらは遺族に伝えたいだけだと言っても、彼女の答えは変わらなかった。
亡霊とやらに脅された? あるいは庇おうとしている?
ただどちらにせよ、あの時遺影を渡した時の涙は本物で。
亡霊は他人のために全力で戦っていた――それもまた事実だった。
そういった諸々が十神を混乱させていた。
――目の前で死んだ筈なのだ。それがどうしてまだ目撃情報が上がる?
別人か、はたまた本当に亡霊か。
夜な夜なブラーを狩る不法滞在者なのか、別の目的があるのか……確かめるには直接会うしかない。
そしてもし、万が一、この街に仇なす存在だったなら。
――私が、この手で……!!
というわけで毎夜、単独で危険領域に向かっていたのであった。
恥ずかしさと疲労と眠気でおかしくなりながら、装備を身につけようとロッカーへと進んでいると、背後から声がかかった。
「――十神」
「ん? ……甘木隊長。お疲れ様です」
「おう、お疲れさん」
呼び声に振り向けば、十神と同じ制服姿の男が立っていた。
短く刈った黒髪、巌のような分厚い肉体をしたその男は、十神と同じく夜鳥羽支部で部隊を率いる隊長格である。
ゲートの防衛に封鎖壁外側での住宅街の警護や巡回を行う、甘木率いる第1部隊。
危険領域内部でブラーの対応をする、十神率いる第2部隊。
これに緊急時の即応を目的とする第3部隊を加えた3隊編成で夜鳥羽支部は成り立っていた。
丁度仕事がひと段落したところらしい。
彼は壁にもたれ掛かりながら笑みを浮かべる。
「色々と張り切ってるそうじゃないか。頑張るのはいいが、あまり無茶はするなよ?」
「……すみません、私事で」
「私事で危険領域に入る奴があるか……? まあ、ほどほどにな」
「はい。いつもありがとうございます」
元々は彼が第2部隊の隊長も兼任していたが、中央から派遣された十神に譲る形で壁の外に回っている。
見た目の通りの武闘派で、5年前の裂け目発生直後にこの夜鳥羽に派遣された旧陸軍士官。
そんな彼やその仲間たちが命を賭けて築き上げた平穏を、今度は自分が守り抜く。
そう誓って日々活動している十神であったが――今、その平穏に
「
「――はい。既に拠点を造り始めています。間違いなく連中の尖兵ですね」
北の危険領域から
最初はたまたまやってきたハグレだと思った。
社会から逃げ出した者で構成される
ただ観測できた連中は、どうもそういった手合いではないらしい。
しっかりと
「奴らは裂け目の数値異常を的確に嗅ぎつけます。拠点を造ったということは、近いうちに必ずまた異変が起きるでしょう」
「……そうか。面倒なことになるな。俺の現役時には奴らは存在すらしなかったからなあ……力になれずすまないな」
「いえ! 住民が安心できるのは甘木隊長のおかげです。『中』のことは私にお任せを」
今も甘木が『外』を保護してくれているから、十神は安心して危険領域のみに注力できている。
未だ現役で通じる鍛えた肉体と、街を守ったという実績。ついでに歴戦の傷による強面で、色んな意味で犯罪抑止に役立っている。
それに、育成者としても彼は優秀だ。
裂け目出現初期の動乱を生き延び、今も尚現役で居続けている人間は貴重なのだ。
夜鳥羽だけでなく国にとっても彼は重要な人材といえるだろう。
「……しかし不思議です。
そんな技術が存在するならこの国はここまで追い詰められていない。
「そのことなんだけどさ。十神、お前『予言』って知ってるか?」
「予言……?」
「ほら、ちょっと前にネット上で裂け目の予言してた奴がいただろ?」
「……ああ、そのことですか」
SNSなどには定期的に現れる、裂け目の出現や活性化の予測ができると宣う連中。
その中に、異様に的中率の高い『
ただ一度捜査が行われ、何も見つからなかったと記憶しているが……。
「それだ。その予言者を追ってる連中が明日からここに来るんだと。世話役は俺。中央も無茶言うよ」
「明日……随分と急ですね」
「それだけ急いでるってことらしい。そいつら曰く、次の『予言の地』はこの夜鳥羽なんだとさ」
「それは……本当ならば大問題ではないですか!?」
思わず荒げてしまった声に、甘木が深く頷いた。
「あくまでネットの予言だ。ただもしこれが事実なら……この夜鳥羽で『活性化』が起きる」
「……!!」
――活性化。
それはブラーという侵略者が存在するこの世界において、あらゆる災害を越えて『最悪』に分類される厄災である。
人を喰らう化け物の中でも最上位の個体、
要は、奴らの大規模侵略行為、その開始の合図なのである。
そうなれば、たかが一支部の戦力では太刀打ちは出来ない。
「中央への要請は?」
「してる。というか、だからそいつらが来るんだろう」
実際の順序とは逆だが、専任の連中が来るならば本部もまた当然事態は把握しているということだ。
それならば、最悪の事態――住民含めた夜鳥羽の完全な壊滅は避けられるかもしれない。
安堵の息を吐きつつ、十神は首を傾げた。
「しかし、奇妙な符号ですね」
その両方が、この夜鳥羽――死んだとまで言われた裂け目が活性化すると言っている。
どちらも胡散臭くはあるが、同時に起きたとなると信憑性は一気に増す。
そして、それらが示す事実は非常に厄介で面倒である。
「……荒れますね」
「だな。夜鳥羽でも始まるぞ、醜いブラーの争奪戦が」
裂け目の活動が活発になれば、そこに
そしてそれは、強力な兵器――
今この国において、その武力は貴重だ。
そもそも怪物退治に必要だし、他勢力や他国に負けない為には力が要る。
そしてその裂け目がある危険領域は現状
ならばどうなるかは火を見るより明らか。
「ブラーとではなく人同士で争うなんて、馬鹿げていますね……」
「ああ。だがハンターや
「……本当、あいつらは金のことばかりで嫌になります。潰し合ってくれればいいのに」
「そうなるさ。直にな」
古くから活動を続け、裏社会を仕切ってきた――と自負する
その相性は最悪で、この2勢力は国中のあらゆる場所で
当然ブラーは好き勝手暴れ回り、十神らは全ての尻ぬぐい――もとい、問題の対処を行う。
それがこの国でのよくある争いの構図であった。
「ともかく、活性化については俺の方で調べておくよ。十神は引き続き領域内の治安維持を任せた」
「はい。隊の規定通りに処置します。基地作成は静観。ただもしハンターが来た場合はこれを阻止、
「ああ、それでいい」
やって来た尖兵を殺すと囲地の本隊が報復に来る。
それだけは絶対に避けなければならない。
それが、対残留者の鉄則であった。
ハンターも同様。彼らは街の平和なぞどうでもいい連中なのだから。
「ったく、面倒ごとはブラーだけで充分なんだがな。じゃ、頼むわ」
「はい」
「お疲れ。ただ、今日は帰って寝ろよ。疲れが酷いぞ」
そう言って彼は去っていった。
その背は曲がって疲労の跡が良く見えた。
あんなことを言いつつ、彼自身はこの後もやることが溜まっているのだろう。
「お互い、お疲れ様です……」
深く礼をしてから、十神は自身の部屋へと歩き出す。
甘木との会話でふわふわとしていた意識がぐっと引き締まる十神であった。
――そうだ。この夜鳥羽の平穏は私が守る。亡霊なんて戯言に付き合っている暇はないのだ。
さっさと見つけて終わらせる。
そのために歩き出した十神へ、駆け寄る人物がいた。
「と、十神隊長!!」
「今度はなんだ! ……オペレーターじゃないか」
そこにいたのは、危険領域内の監視を任務とする人物だった。
慌てて走ってきたのだろう。涼しいのに汗をかき、肩で息をしている。
明らかな異常事態。
顔が引きつるのを感じながら、十神は問いかける。
「……何があった?」
「ば、爆発です……」
「は?」
「危険領域内で、爆発が起きました! 戦闘が行われています!」
「……っ!! 場所は?」
「北東区画のマンションです。……例の、残留者共の拠点予想個所で戦闘が起きてるんです!」
「……はあ!?」
悲鳴のような声を上げる十神。
先ほど守ると決めた平穏が、早速崩壊を始めるのであった。